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2011年04月29日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




地球の天候と人類との関係について考えてみたりしています



アメリカでは、今月4月の中旬から延々と悪天候が続いているようで、昨日は竜巻などによって1日だけで 300人近い死者が出てしまったようです。米国の悪天候はこの2週間くらいの間で日本語の報道となっているものだけでも、

などとなっていて、特に最近の1週間はひどく、 こちらによれば、4月22日から昨日までの6日間で、全米(主に南部)の各地で 329の竜巻が発生したことが確認されているそう。

その惨状は写真や映像からも想像できます。

これは、昨日のナショナルジオグラフィック・ニュースに載せられていたアラバマ州の竜巻被害地の写真です。

why-alabama-tornado-april-2011_35155_600x450.jpg

この記事のタイトルには「パーフェクト・ストーム」という単語さえ入っていました( Monster Alabama Tornado Spawned by Rare "Perfect Storm" )。


国も事情も違えど、米国も被災者の方々のご苦労はかなりのものだと思います。
家を失った方だけでも相当な数に上るようですし。


そして、実際に自然災害が現実に増えている中、どこの国だとかは関係なく、私たちは自然と向き合う姿勢が今まで以上に大事に思います。

最近、日本全体でも天候は不安定で、特に、震災以降、「天候や雲との自分」が以前とは違う関係性で感じる部分はあって、雲と語ったり風と語ったりと浮き世じみた行動をしているのも事実ですが、しかし、語る一方で、再度「頭でも考えたい」とも思っています。


そもそも、昨年までにすでに全世界では異常な気象が数多く観測されていて、今年の米国や日本の状況を見ると、赤道より上の部分の「太平洋を中心とした横のベルト」が荒れ狂っている感じがしています。
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2011年04月28日



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昔はどこに住む人たちでも、他の地域で起きていることを知ることはほとんどなかったと思います。

縄文時代とか弥生時代とかそういうずいぶん昔の話ではなくとも、たとえば、日本が室町時代あたりにいた時に、地球の反対側のほうにあったマヤ文明とかインカ帝国などの、いわゆる古代メソアメリカ文明というのは、ヨーロッパ人の侵略などが原因となり徐々に滅亡してきましたが、当時の室町に住む日本人でそのことを知っている人はほとんどいなかったと思います(場合によっては、ほぼひとりもいなかったのでは)。

一方で、その滅ぼされてしまったマヤ文明などの人たちも、文字を持たないで利器を発達させるという大変にすぐれた文明を持つ人たちではありましたが、しかし、やはり、自分たちの住んでいる地球の裏側のほうに「海藻や納豆を食べたりする」ような奇妙な人々が住んでいるとは想像していなかったと思います。

マヤ族は天体観測に優れた技術を持っていたとされていますが、地球は宇宙と相対的に動いているので、宇宙のいろいろな地点を観測することができても、「地球の自分たち以外の地域」については、マヤ族の利器をもってしても、最後まで一度も観測することはできなかったはずです。

彼らにとって、地球は宇宙よりも遠かったと思います。

一方で、これが昔の「地球の普通の生活」であって、そして、「そういう状態(地球の他の地域のことを知らない状態)での生活でみんな不幸だっただろうか」ということは思います。もちろん様々な不幸はあったでしょうが、それはこのこととは関係のない話だったと思われます。


最近の数年で言われていた様々なこと、たとえば、世界の多極化や保護主義化、あるいは、コルマンインデックスでいうところの、西洋から東洋への「思考形式」のシフトなどで考えてみると、世界は今後、また昔の方向(グローバルと反対の方向)に戻っていくのではないかという感じも受けないではないです。

コルマンインデックスの解釈は様々とはいえ、その根幹は西洋から東洋へと「思考形式のシフト」であり、これは「覇権が移動していく」ということとは関係のないことだと昔から思っています。


マヤ文明では、「銀河の中心と自分たち(マヤの人たち)は繋がっている」と考えていたし、自分たちの地域と宇宙も繋がっていると考えていたけれど、「地球の全世界と宇宙が繋がっている」というようには考えていなかったように感じます。

それは前述したように、地球の他の地域はマヤ族にとって、観測するには最も遠い場所だったからで、「そこに想いを馳せることはできなかったし、その必要はなかった」と考えています。特に地球の裏側にあったような日本などはマヤ族にとって、「すべての宇宙でもっとも遠い場所」にある場所だったかもしれません。もともと、地球の中のあらゆる地域同士は「宇宙でもっとも遠い場所だった」のかもしれません。
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タグ:進化

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2011年04月27日



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ずいぶんと以前から、「世の中は二分していく」というような概念が様々な部分で言われていました。

それらの概念の中には階級的な、あるいは差別的なニュアンスの漂うものもあり、どちらかというと、私はあまり好きな概念でありませんでした。キリスト教などの宗教にある天国に行くのと地獄に行くという概念などもそうです。本来ならどちらに行こうが他人には関係のないことなのに、言外に(言外でもないでしょうが)、

・天国いい
・地獄悪い


というようになっていて、こういう「ただ、その人が置かれている状況だけでその人の評価がわかれる」という差別的な概念。

これについては、4月の最初の頃に書いた「個人的な「第5世界」に突入している」という記事で、「枠からこぼれ落ちた人間は救済されない日本の国家システム」ということについて書いたことがあります。

高校中退者とか、男性「性」社会からこぼれ落ちること(これは女性も男性もどちらも)、とか、まあそういうよう話だったんですが、その両者の中で、「こぼれ落ちないで上から見ているほう」にいるのがイヤだったので、いつでも、スタンスとして、その逆も見ながら、あるいは完全に逆の世界の上で生きていました。

実際、この生活では、あらゆる既製の宗教を信奉することもできない(宗教には階級概念が強く存在するものも多いです)し、現在の社会体制そのものにも馴染めないし、まあ、いろいろと面倒ではあるんですが、まあ、それでも、「水のようにそれらを避けながら」生きてきました。


そういう意味でも「世の中は二分していく」という概念は理解しつつも納得できない部分はあったのですが、最近、日本だけでも、あからさまに「二分していっている精神的・価値観的な状況」などを見ていると、確かにその「価値観の世界の二分化」というものが相当なスピードで起きていると考えざるを得ないのです。

この場合、ここに差別や階級を交えないで考えてみたいと思った場合、それはこう考えるのが一番だと思っています。

「私のいる世界ではなく、相手側の世界の人にこそ幸せになってほしい」

と。
そして、これは「きれいごとではなく」本心でそう思わざるを得ないということも書きたいのですが、うまく書けません。


今、日本で、「どういう世界」と「どういう世界」が二つに別れていっているかというのかについては具体的には書こうとは思いません。それは多くの人々がすでに強く感じていることだと思います。


私は最近、多分、異常なほどの楽観と安寧の中にいますが、決してそうではない方々も多いと思います。そして、この接点が合っていくことは難しいとも感じないでもないです。


なので、この状況の中での良い方法のひとつというのが、「なるべく互いの世界の接点を断ち切り、しかしそれでも、互いに尊敬する気持ちを忘れず、互いの幸せを願う」ということなのではないかという気もします。


どちらが良いとか悪いとかいう判断も不要に思います。良い悪いの客観的な価値観の判断がつかない上での、「あっちがいい」とか「こっちが悪い」とかいう価値観は単なる「新しい階級の発生」でしかないと思っています。


若い時から「階級」と別れたいと願い続けていました。

生徒と教師
上司と部下
親と子ども
政府と国民
人類と他の生物
神と人類
地球と人類
銀河系と太陽系
宇宙と他の複数の宇宙



こういうものすべてに「階級」を与えてきたのがここ数千年の地球での人間の歴史だったように思いますが、最近になって、たとえば、

神と人類
地球と人類
銀河系と太陽系


このあたりの間には実は「階級は存在しなかった」ということがわかりはじめてきているような感じがしています。

そうなると、「人類と人類の間」にも階級が存在しない(ほうがいい)となった時には、すべての煩わしいものが消えるのかもなあとも思えなくもないです。



贈る言葉

昨日の記事で、日本という国土がいかに「地震と共存した歴史を持っていたか」というようなことを書いて、そして、「それを本当に恐怖に思うのなら日本から出たほうがいいのかもしれないです」ということを書いたのは、そういう中での「物理的な決別も今後あるかもしれない」と考えているからです。

そして、日本から見送る立場の私たちとしては、そのことを今後調べたりして、できるだけ情報面からサポートしたいと思っています。

以前書いたことがあると思うのですが、私自身は、この東京という場所で精神的な意味で命を救われたという実感があって、この街やあるいは東京や日本から出るということは有り得ず、多分、死ぬまでここ(あるいはこのあたり)にいると思います。


そして、私が最近思うことは、日本から出て行く人たちにも幸せになってもらいたいということがあります。これは結構な本心です。出て行った人たちには、その場所があまりにも幸せで、「日本のことなど忘れてしまった」というようなことになってもらえればいいなと思います。

これもきれい事ではなく、実利的な本心なのですが、うまく書けません。

ところで、上のほうに天国とか地獄のことを書いたのですが、以前、2008年くらいだったか、初めて、世の中のことや宇宙のことなどを(生まれて初めて)考えた頃、最初にふと思ったのが「地獄ってなんだろう」ということでした。



資料・地獄とは

もともと、幼い頃から「気高い人とか立派な人ばかりがいるような天国に行くのはイヤだ」とはっきりと思っていて、「地獄に行くとしたら、どのあたりに行くべきか(楽な抜け道はあるはず)」ということを考えたりしたことがあって、ふとダンテの「神曲」のことを思い出したことがあります。

今ではネットでも概略は調べられて、その時に調べてわかりやすい「地獄の系統図」におこしたもの(笑)が手元にあります。クレアなひとときの2008年の10月頃の記事に載せたと記憶しています。


最近の私の考えの流れでは、天国も地獄も存在しているのかどうかはさらにわからなくなっていますが、「人生から次の人生までの DNA の休憩所」的な意味ではあるのかもしれないですね。

まず、前提知識として、七つの大罪というのがあって、

1. 傲慢(高慢)・・・生前、高慢の性を持った者
2. 嫉妬・・・・・・・嫉妬に身を焦がした者
3. 憤怒・・・・・・・憤怒を悔悟した者
4. 怠惰・・・・・・・怠惰に日々を過ごした者
5. 強欲(貪欲)・・・生前欲深かった者
6. 暴食(貪食)・・・暴食に明け暮れた者
7. 色欲(愛欲)・・・不純な色欲に耽った者



となっています。
「神曲」では、これらが地獄に行く対象となるようです。

私の人生でいうと、「4」と「6」と「7」でアウトとなります。
特に「4. 怠惰」は逃れようがなく、確実に地獄行きの人生となっています。

その後、地獄界へは、

「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」

と銘された地獄の門を抜けるところからスタートします。

そして、実はこの地獄の門のすぐのところに「私に絶好な場所」があります。
地獄前域という場所で、ここは、

「無為に生きて善も悪もなさなかった亡者は、地獄にも天国にも入ることを許されず、ここで蜂や虻に刺される」


というところだそう。
ハチやアブに刺されるだけなら、まあイヤといえばイヤだけど、何とか耐えられる感じで、他は何の罰則もないです。

 > 無為に生きて善も悪もなさなかった亡者

は私も含めて、たくさんいそうで、この場所に数十億人溜まっている可能性もあります。


さて、ここから先が地獄となります。

「神曲」では下のように細分化されています。(感想)とあるのは、その地獄に対しての当時(2008年)の私の感想です。





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2011年04月25日



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(※)タイトルに「地震」の文字が入っていますが、また余計なことをいろいろと書きすぎてしまいました。最後のほうに地震の話題があります。
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「認識され過ぎ」の世界の虫たち

最近、「生き物を含めて、いろんなものが出てきている」というようなことを書いたのですが、場所によっては「出過ぎている」ようで、まあ、これが「春だから」なのか、そうではないのかよくわからないですが、大量発生のニュースをよく目にします。日本語の記事にもなっているものが多いので、リンクなども。

毛虫が大量発生=バリ島で観光に悪影響も(インドネシア) 時事通信 2011年04月16日

メコン川沿いで羽虫大発生(タイ) newsclip.be 2011年04月25日

どちらも短い記事ですが、タイの「虫の大発生」は、タイの新聞やテレビでも連日報道されていて、その写真がすごい。

たとえば、これはビルの屋上で、パッと見ると何だかよくわからないのですが、床の白いのがすべて羽虫。

tahi-hamshi-1.jpg


これを拡大すると・・・。

kakudai.jpg


ひぃぃ・・・。


タイ語ですが、こちらの報道では、街を清掃する人々の様子が出ています。


thai-hamushi-2.jpg

左のチェ・ゲバラのTシャツを着ているぼっちゃん(笑)が指さしてている地面は広大な面積の一面が死んだ羽虫で覆われています。隣の黒い服のぼっちゃんが嬉しそうに虫の死骸をすくっています。

この羽虫の大発生が何と 4月18日から23日までの1週間近く連日続いたというのだからすごい。

虫の大量発生自体はどこでもよくあることですが、今回のタイのものは報道の多さを考えると、相当なものだったようです。
インドネシアの毛虫もかなりの規模らしい。


まあ・・・こういうこと・・・。

なんというか、こう、最近の自分のまわりでの生き物なんかを見ていると、「このまま調子に乗らせると、こいつら大量に出てくるんじゃないだろうな」という感じは実は少しあります。

スズメだって蝶々だって、いて嬉しくはあるけれど、大量発生したらそれはそれで大変。
まして、クモだのハエだのに大量発生されたら・・・(苦笑)。

とはいえ、この地球の過渡期。
なんでも起きちゃうということはあるのかもしれません。


関係ないですが、さきほど夢でずいぶん前に死んだ父方のおじいちゃんのことが出てきました。



仁義なき

私の父親は小学校の教師でした。まあ、誰から見ても、また実際の周囲の評価も「あの真面目なお父さん」というような人でした。

その父は9人兄弟(うち男8人)という中の末っ子で、戦前とはいえ、当時でも9人兄弟は多いほうだったと思います。普通、それだけ兄弟の数が多いと、学歴など含めていい加減だったことが多い時代でしたが、うちの父親は末っ子であるにも関わらず、大学まで行き、それで教師になっています。

他の兄弟たちもほとんど同じように高等教育を受けて、そして、また、その父の兄弟のほぼ全員が教師か公務員関係という、「よくぞこんなに堅苦しい兄弟があったものだ」というほど真面目な兄弟でした。

現在は父の兄弟はほとんど亡くなっていて、年齢順に、末っ子である父とそのすぐ上の父の兄が生きています。


さて、昭和の初期に自分の9人の子どもたちすべてにほぼ平等に教育を受けさせた父の父、すなわち私のおじいちゃんはどんな人だったかというと、ヤクザの親分だったのです。

正確には、お祭りなどをつかさどる、いわゆる「テキヤ」というジャンルにあたるのですが、北海道の小さな町の地元の親分でした。

そのおじいちゃんは、私が幼稚園の頃に亡くなったので、私が祖父がテキヤの親分だったということを聞いたのはずいぶんと後のことでした。私の印象は「やさしいけど、体の弱いおじいちゃん」という印象でした。私が物心のついた頃には、入退院を繰り返していて、会いに行くのはほとんど病院の入院病棟だったからです。

祖父は二十代の後半にすでに地元の若い衆を統括して親分の立場となっていたという、いわゆる実力派だったそうで、何しろ、当時の北海道は「多くが内地からの流れ者 (内地とは北海道以外の日本のことすべて)」で、祖父は四国から北海道にやってきました。もちろん、目的は他の多くの流れ者同様に「開拓地で一発当ててやるけん」というものだったと思います。


「湯のまち」

私の生まれた町は北海道の岩見沢という小さな町でした。しかし、小さいながらも、北海道で最初に「国鉄の路線の基点の駅」となったという、北海道の中では、札幌と並んで北海道開拓の要所となった町でした。

どうして、岩見沢のような小さな町が要所となったのか。

そもそも、私のおじいちゃんのように「北海道で一発当ててやるけん」の中の「一発当てる」は何を対象にしているのか。

その中心となるものは「炭鉱」だったんです。

全国から北海道に集まった炭鉱夫たち。そして、炭鉱に関わる利権そのもの、そして、さらにはそれにより住宅、娯楽などが増加して、不動産価格も上昇する。

「炭鉱」の周囲にありとあらゆる「利権」がうずまいていたらしいのです。

そして、この岩見沢という町の周囲には当時、数多くの炭鉱があり、そして「湯を浴びる町だった」。

岩見沢は「いわみざわ」と読みますが、アイヌ語を日本語に変換した地名が多い北海道の地名の中で、岩見沢は純粋な日本語で、「ゆあみさわ(湯浴沢)」という俗名がそのまま地名となったようです。

その「湯」は何か。
これは温泉どと関係する言葉ではありません。

この「湯」は東京の吉原などのイメージを想像してもらうといいのでしょうが、「遊弋」というほうに関係する「湯」でした。

つまり、戦前から多分、戦後もそうだったのかもしれないですが、私の生まれ町である岩見沢は「一大遊郭地帯」だったのです。

炭鉱夫たちが稼いだお金を握りしめてどんどんと遊びに来る。そして、そこに必ず発生するのが、賭場であり、あるいは「縄張り」であったようです。

うちのおじいちゃんは戦前、その中の抗争で勝ち上がり、親分になったということのようでした。

私が生まれた頃には、遊郭街はすでになく、また、炭鉱自体が次々と消えていき、今では岩見沢という町は老齢化した寂しい町となっていますが、戦前、あるいは明治時代なども、ここは欲望が渦巻く場所だったということのようです。

下の動画は 1973年の日本映画の金字塔「仁義なき戦い」の第一作目のオープニングで、これは場所が広島ですが、北海道などでも、おおむね戦後は良い意味でも悪い意味でもギラギラとしていたのかもしれません。




ギラギラした様子は私の生まれた頃には、少なくとも周囲にはなく、特に私の生まれたあたりには「他の町では見られないような虚脱感」が漂っていて、それはわりといい雰囲気だったのですが、その理由は「文明が滅びた後の町だから」ということがあったのかもと今は思います。

今は本当に「何もない」です。

岐阜の金津園とか、神戸の福原とか、かつて遊楽街だった場所は現在でも多少はその面影を残したりしているのが普通ですが、そういう面影が見受けられません。


ヤクザのおじいちゃんから生まれた9人の子どもたちは全員真面目な人生を送りましたが、孫であるその子どもたちの中には、たとえば私のように「おじいちゃんの血を引き継いだ不真面目な人間」も散見されますので、「隔世遺伝」というものはあるのかもなあと思います。



「地震がこわいので帰ります」

昨日の記事に書いた、変なモノを見てしまった友人のジローさんですが(笑)、そこの記事にも出ていた「ネットカフェ」は、韓国人のオーナーの経営の店です。

私は知らなかったのですが、東京の西日暮里というあたりには、韓国人の留学生向けの日本語学校などがたくさんあるのだそうです。そして、その留学生を相手にしたネットカフェや飲食店などの商売がたくさんあるのだそう。

上のネットカフェも韓国人留学生を相手に経営している店のひとつだったようで、置いているパソコンも、日本語環境と韓国語環境のデュアルブート仕様。ジローさんは「家が近い」という理由だけでよく行っていたそうなのですが、頻繁に行くうちにこの韓国人の若いオーナーと仲良くなっていたようです。

で、このネットカフェは今年の6月で「閉店」ということになったのだそうで、理由は「お客さんが減った」からなんですが、その実情を聞くと、本当に現在、日本から次々と外国人たちが逃げ出している様子がとてもわかります。

そのネットカフェに来るお客さんのうちで、もっとも多かったのは、向かいのビルにある日本語学校の生徒さんたちだったのだそうですが、3月13日の震災前には、その日本語学校には 100人程度の韓国人の生徒さんがいたのだそうです。

それが今。

その数は「全部で 11人」というところにまで減ったそうです。

震災直後から時間が経つにつれて、日本から出て行く留学生の数は増えていっているようで、しかも、「その後、ほとんど誰も日本に戻って来ない」そうです。

留学生がいなくなると、その人たちを相手にしていた商売も成り立たなくなり、順番として、

・留学生がいなくなる
・留学生を相手にしていた商売もやめせざるをえなくなる
・その国の人たちの多くがいなくなる


という順番で、町から韓国人の人たちが消えていっているのが現状のようです。

これは韓国人の話ですが、ある程度のコミュニティを持っている様々な外国人の人たちの間で、多分似たようなことが起きているのではないかと推測されます。

要するに、「完全に帰国するには準備などで時間がかかるが、震災から1カ月経ち、次第にそういう外国人も帰国する時期となってきた」と。近所に住む白人夫婦も最近になって引っ越しました。ダンナさんがこっちで働いていたので、「完全に帰国する段取りをつけるまで」ちょうど今くらいまでかかったということのようです。


ジローさんはそのオーナーに、「やっぱり、みんな放射能とかがコワイのかね?」ときくと、

違いますね。地震。地震そのものがコワイ。韓国ゆれない

と言ったといいます。

そう。

実は韓国という国は地震がほとんどまったくないのです。
これは韓国だけではなく、近隣アジアでも「地震などほとんどない国」のほうが圧倒的であり、そういう意味でも、日本というのは極めて特殊です。

下の図は、1963年から1998年までの35年間に「世界で起きたすべての地震」の分布図を示したものです。回数にして、約 36万回分という数の地震の分布が記録されている貴重な図です。その後もほとんど分布は同じで、「世界の地震はこのように起きている」ということがわかると思います。

earthqake-1963-1998.gif

日本はあまりにも真っ黒で場所さえわからないかと思いましたので、赤で丸く囲みました。


この分布図からわかることは、人口が多い地区で地震がよく起きるのは、

・日本の全域
・アメリカ西海岸
・南米の太平洋側
・ギリシャからイタリアの地中海沿岸
・インドネシアの中心部全域


などとなっていて、「国家ひとつがまるごとすべて震源域」である国としては、日本とチリは世界で最大の地震国です。


そして、その「日本」をさらに詳しく見てみると、こんな感じです。
最近の1、2カ月だと大地震後で少しイレギュラーかもしれないですので、パソコンに保存してあった過去の地震の分布。

これは 2009年7月7日から8月6日までの「1カ月」の間に発生した日本のすべての地震の記録です。たった1カ月の間です。

eq2009-0707.jpg


今回のような大地震がなくとも、日本列島というのは常にこのように揺れ続けています。あるいは、常に揺れ続けているからこそ、ある程度の「軋みの解消」の連続ともなっているとも言える部分もあるかもしれません。

いずれにしても、これだけ「地震から逃げ場のない国」は他にはありません。

そして、上の図で地震が発生している場所は、実際に地震が起きているという以上は、すべての地点で大地震が発生しても「不思議ではない」断層と言えます。


何を言いたいかというと、そういうところに私たちは住んでいて、今後も住み続けるということです。

何をどう予測しても、地震は、それはあるいは大地震かもしれないですが、いつかは必ず日本では起こります。そして、地震は日本では「毎日常に 100パーセント起きる」と言えるものです。

なので、このことを本当に恐怖に思うのなら、地震のない場所(きわめて起こりづらい場所)というものが上の世界地図でも見当がつくかと思いますので、そういうところで暮らすという方法はあると思います。西洋ならアメリカの北東部やイギリスなどでは基本的に大地震はありません。近隣諸国なら、韓国や中国の大都市部でも大地震は基本的に起きたことがありません。


しかし、少なくとも、日本にはそういう場所(地震の影響を受ける可能性がほとんどない場所)がどこにもありません。

もし日本に留まるのならば、地震のための準備をして(物質的にも精神的にも)、あとは普通に毎日過ごすという「今までどおりの日本での生活」をする以外には何もないと思います。


この地震の分布図を見ると、あらためて日本という国家が数千年(年数はよくわからないですが)存在していたことがどれだけ奇跡か、よくおわかりかと思います。個人的には「いつまでも続く奇跡もないかなあ」とも思いますが、一方で、その奇跡が終わるにしても「奇跡の最期と一緒にいられるならそれはそれでカッコイイ」という気持ちもあります。


ところで、ここ1カ月(2011年3月26日から4月25日)の地震の分布図も参考までに。
壮絶ですよ。

EQ2011-0326.gif



タグ:地震大国

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2011年04月24日



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(※) クレアならぬグレアとは → 「グレアとは、不快感や物の見えづらさを生じさせるような「まぶしさ」のことをいう」(Wikipedia より)
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最近、「いろんなものが現実の生活の中に現れてきているみたいな感じ」というようなことが、私だけではなく、周囲のいろんな人からも聞くようになりました。

いろんなものというのは、本当にいろんなもので、先日も書いたスズメやクモなどの生き物から、悪魔(みたいなもの)から幽霊(みたいなもの)まで、今までには考えていなかったようなものが現れているような感じです。

自分でも見たり体験する度に、最初は何だかよくわからなくて、疑問だったのですが、「結局なんでもいいや」と考えると、何もかもおもしろおかしく感じられます。


上の幽霊(みたいなもの)がよく現れるのはうちの話で(笑)、悪魔(みたいなもの)は友人のジローさんという人が見たものなんですが、悪魔みたいなものの話は、なかかな面白いので後で書きます。

見たジローさんは「こんなこと周囲の人たちに言っても、気が狂ったと思われるのはイヤだし。オカなら話せるかと」と言っていましたが、4人くらいで飲んでいた時で、話を聞いた後には一同大爆笑となった程度の話ですが、「それが結局何だったのかわからない」という意味では興味深いです。


うちの幽霊みたいなものは一応、「幽霊みたいな」と表現していますが、やっぱりそれが何だかわかりません。ともかく、「なんか家にいる」という話です。こういう話もまともに人に言うと、確かに「ああ、ついにオカさんも頭がイッてしまったか」と思われる感じですが、実際に経験すると、それほど違和感もないことに気付きます。


タイでは幽霊なども含めて、オバケ全般を「ピー」というタイ語で表すのですが、これは日本のオバケと同様に、非常によく使われる言葉であり概念です。たとえば、なんとなく不気味な建物や場所を通る時に、日本なら「なんだかオバケが出そうだねえ」というように、「ピーがいそうだねえ」と人々は頻繁に言います。少なくとも、タイにいると、「オバケと同居してるなあ」とよく感じます。

日本だけでもないですが、最近の先進国の近代生活では、「もののけ」全般を存在から排除するような思想生活になっていたせいか、実際にはもののけたちも「認識されていなかった」というようにこともあるのかもしれません。だから、無用に「こわがるだけ」の存在になりつつあったという感じもあります。まあ、もちろんコワイのもあるのでしょうが、確認してからではないと、それはよくわかんないですからね。


オバケだの幽霊の正体が何なのかは私は知らないですが、この宇宙に存在している限りは、「人類の認識を必要としている」ようには思います。それが悪いものであれ、いいものであれ、認識されることを忘れられた存在というものは確かに可哀想で、「宇宙の認識からこぼれ落ちる」ということになってしまうのかもしれない。

そういう意味では、オバケや幽霊も、その姿や形は見えなくとも、認識されることがいかに本人たちにとっての「存在の充実」に関係することか、ということはあるのかもしれません。


ちなみに、うちにいるのはいわゆる座敷童というような概念と似ているようです。
いたずらするので(笑)。


話は全然変わりますが、前回の春よこいという記事で、「猫とネズミの逃走劇をベランダから 20分間に渡って目撃」というフレーズが出てくるのですが、先日、猫好きの知り合いと飲んでいる時にその話をしたところ、「そんなところを実際に目撃できたのはすごい」と言われたので、ちゃんと書いてみようと思いました。ちなみに、私自身は猫も犬も特に好きではないです。


私は文章で「状況をきちんと再現する」能力がなくて、図を添えてみます。



ネズミがしたこと。猫がしたこと

下の写真は、今回の「猫とネズミの出来事」が起きた私の家の周辺の写真です。ベランダからの様子を携帯で撮影しようとしたのですが、うまく撮れなそうので、グーグルアースの航空写真を利用しました。

cat-1.jpg


屋上が緑色の建物が私の家です。
外は駐車場になっています。

★印のあたりのベランダに私が立って外を眺めていたという感じです。
視線は矢印のとおり。ABCそれぞれの地点は

A 駐車場をはさんだ向かいのアパートのコンクリート塀
B 自転車の駐輪場の屋根
C うちの建物のコンクリート塀


となっています。

ところで、私は東京で「ネズミ」というもの自体をほとんど見たことがありません。
二十数年前に、新宿だったかどこだったか大きな街で走っているのを一度見たくらいで、基本的にあまり目にしたことはないです。まして、この街ではネズミというもの自体を見たことがありません。

なので、先日、ベランダで植物をいじっている時に、視界の横に「何か動くモノが見えた」時にパッとその方向を見て、「それがネズミである」ことがわかった時には、ちょっとビビるのと同時に、時間的に午後2時頃という真っ昼間であり、「ネズミって、白昼から屋外を単独で走り回るよう生き物だっけ?」と、やや疑問に思ったものでした。


・第一ラウンド/見えない追跡ルート

最初にネズミを目撃したのは、「」の地点です。すなわち、駐車場をはさんだ向かいにある塀の上をネズミは走っていました。単独です。

そして、上の写真では「」となりますが、屋根のある駐輪場のようなスペースがあって、その屋根の高さは向かいの塀と大体同じくらいです。

ネズミは塀の上を走った後、そのの駐輪場の屋根を見て止まりました。ネズミはしばらくその屋根を眺めていたのですが、次にその屋根の上、つまりBの上に降りて、走り始めました。

そして、その方向は「うちの建物」のほうに向かっています。

「おいおい、こっち来るなよ、ネズミ」


と私は思いながら見ていましたら、Bの駐輪場の屋根の反対側まで来て、行き止まりになったところで、またネズミは考えていました。

そして、うちのコンクリート塀、ちなわち、「」の上へと飛び乗りました。

さらに見ていると、ネズミはそのコンクリートの塀の上を走って、まさに、「C」のところ、つまり、私の見ているベランダのほとんど真下に来て止まりました。

私の部屋は3階なのですが、その塀から「こっち側」にネズミが飛び込むと、1階の人の庭にネズミが突入することになります。

「あー、1階の人も災難だな」

と思いつつ見ていると、果たしてネズミは「こっち側」、つまり1階の人の庭へと入っていったのです。「あーあ」と思って、それで終わりかと思っていると、1階の人の庭には木や植物がたくさん植えられているのですが、その中の小さな木がワサワサと揺れている。

「ん?」

と見ていると、そのうちの枯れ木にネズミが上ってきて、それから、その木の枝の先端にまで来て、そこで「ピタリ」と動きを止めたのです。しばらく見ていましたが、ネズミはまったくそのまま動かないのです。

ネズミが何をやろうとしているのか私にはわかりません。


そうすると、そこに、この「A、B、Cのすべてが関係するネズミ劇場」に、「猫」が登場したのです。すでに、ネズミが登場してから、小枝の先端で、「死んだように固まった」まではかなりの時間が経過しており、決して、猫がネズミを追いかけてきたようには見えません。

しかし、猫の登場の仕方を見ると、どうやら、この猫とネズミ追いかけっこは続いていたようにも思います。


不思議なのですが、猫は最初に私がネズミを見た「A」の場所、つまり、向かい側の塀の上に現れました。そして、その後も、Bの駐輪場の屋根の上も猫はネズミが歩いたのと、ほぼ同じルートで歩いてきたのです。

「匂いで追っているのかな」と思いましたが、ただ、確かにルートは同じでも、猫はさらに効率的にそのルートを短縮して移動しており、「正確にネズミの足跡を追っているわけではないのに、結果的に同じ場所に行き着いた」というのが本当に不思議でした。

つまり、猫は「ネズミと違うルートを歩きながら、ネズミの現在の到達点であるCの地点まで確実にやってきた」のです。AからCまでは距離にすれば結構あって、行き当たりばったりで辿り着くものではない感じです。

また、うちの塀の上には防犯用の鉄条網みたいなものがついていて、ふだんはその塀の上に猫が上がることはほとんどないと思います。ちなみに、私の住んでいるあたりは猫自体の数はとても多い地区です。


私も目が話せなくなり、ベランダの上から、真下で繰り広げられようとしている猫とネズミの死闘を眺めることにしました。一階のベランダの塀の上までは距離にして3メートル程度で、何もかもハッキリと観察できます。



・第二ラウンド/死んだ真似とそれを生き返らそうとする試み

その猫が移動している間、ネズミはどうしていたかというと、「まったく動かないまま」で過ごしていました。

これは猫の姿が見える前からやり続けて、後に猫が去った後も相当長い間続けていました。なので、「猫が来る」ということは予測していたのだろうと思いますが、しかし、これほど正確に自分のところまで来ることを予測していたのかと考えると、そのあたりも不思議です。

そして、猫。

ゆっくりとの塀の上を歩いて、まさに、ネズミが「木の枝の先で動かずにいる」目の前まで来ました。猫は確実に「このあたりだ」と看破しているようです。

猫は、ネズミのいる枝の先までは1メートルもない地点までやって来ています。

その距離だと、「見れば見える」はずなのですが、猫はそのネズミのいる方向のあたりを見つつも「それがネズミだ」と正確には確認できないようで、その周囲をずっと見回しています。後で人から聞いたのですが、猫の色彩の判断はかなり曖昧で、要するに「目が悪い」みたいです。そのかわり、色は関係なく「動くもの」には瞬間的に反応するようになっているようで、それが猫の生存本能のひとつのようです。

なので、ほんの1メートル先にいるネズミでも、それが動かないのでわからないようなのです。

「なるほど、ネズミが動かなくなった理由はこれだったのか」

と感心しました。しかし、それにしても、ネズミが猫に対処する方法として「動かない」という方法があることを初めて知りました。猫は鼻もいいし、動くものには敏感に反応できても、「不動なものはあまり見えない」という性質があることをこの観察で学びました。


さて、しかし、猫は匂いによるものなのか気配なのか、「そのあたりにネズミがいる」ことは確信しているようで、そして「そのあたり」がかなり絞れてきているようでした。

しかし、そのネズミがその小枝を選んだ選択の素晴らしさというのもあり、その木は猫が飛び乗るには細すぎて、乗れないのです。

猫は何度か枝に手をかけて、「お、飛び乗るかな?」と思わせるのですが、それはしません。よく猫がいろんなところから落っこちて「フギャーッ」とかいっている様子を目にすることがあるのですが、今回は猫はそういうヘマはしません。

どうやら、猫は「真剣」なようです。

睨み合いが続きます。
しかし、ネズミは決して動かない。

その次に猫がとった行動
このことを飲んでいた時に言うと、猫好きの人に「それはウソだろ」と言われたほどのことです。

猫はまず、「枝に脚をかけて木を揺らし始め」ました。そして、それに効果がないとわかると、枝を噛んだりしはじめました。

小枝が大きく揺さぶられています。

これが、「ネズミを動かして認識したい」ということなのか、あるいは「枝から落とそうとしている」のかはわからないのですが、いずれにしても、「そう出たか」と多少驚きましたが、ネズミはそれでもまったく動かない。

そのまま同じような時間が過ぎていき、また、ずっと同じ光景が続きましたが、約20分後に、猫が諦めたのか、去っていきました。

猫の負けでした。

ネズミというのも相当に用心深いようで、猫の姿が見えなくなった後も、結構な時間そのまま動かずにいたようです。
しばらくしてから見に行くと、ネズミも消えていました。


同時に私は、

一階の人、部屋にいたのかな。ベランダを開けて枝の上にネズミがいたらショックだろうなあ

と苦笑しました。
ちなみに、その部屋の方は女性で、ベランダにはたくさんの花や植物があります。

私が住んでいる集合住宅は住んでいるのが 10世帯程度ということもあるのか、住人のほとんど全員が顔見知りで、世間話などもそこそこします。それだけに、会った時に、「先日、ネズミがお宅のベランダに入りましたよ」と言っていいものなのかどうか(笑)。



第8領域の面々に包まれて

そういえば、上の猫の記事を書いた先日の記事では「クモの大群も見た」と書いたのですが、その場所が上も地図で説明できますので、書いておきます。

」の上のほうに白い車が止まっていますが、その後方あたりの場所にクモの大群がいました。

車を持っていないので、ふだんは駐車場に行くことはないのですが、そこに行った理由は「花」でした。ベランダで子どもと外を見ていたときに、「あの白い花と黄色い花は何?」と子どもに言われて、「黄色いのはタンポポだけど、白いのはわかんないから見に行こうか」と行ってみた次第です。

駐車場の奥まったところにはタンポポと名前はわからない白い花がたくさん咲いていて、その白い花のあたりをよく見ていると、黒いものが動いている。

な・・・なんかがたくさんいるぞ

と不気味に思いつつも、よく見てみると、それはクモでした。「クモって集団行動するんだっけかな」と思いつつも、実際にたくさんのクモが歩いている。そして、私は「こいつら、ここに集団でいたのか」と思って笑っていました。

「こいつら」というのは以前、歓喜する第8領域の生命たち (2011年03月24日)という記事に書いた、クモやキノコなど、西洋神秘学では、「第8領域」の生命と呼ばれているもので、彼らは数千年後から始まる「次の宇宙には存在しない」ことになっているのだそうです。

その記事にはこのように書いていました。抜粋です。

神秘学には「第8領域」という世界が存在するようで、クモやハエといったものがそれに該当して、それらは「次の宇宙からは消えてしまう」ものなのだそうです。

だから、「宇宙からの消滅」を恐れる人たちはそれらの存在を恐れるのだそうです。

キノコもその第8領域にいるのだそうです。
これらを恐れる人たちもいる。

「キノコに宇宙からの消滅に引きずられるかもしれない」と。

しかし、日本人たちは宇宙そのものをあまり怖がっていなかったせいか、食べる食べる。探せば、日本の山にも(本当は世界中の山にも)、キノコはいくらでもあって、食べる食べる。

キノコたちも嬉しかったと思うんですよ。

「消滅する運命を持ったものを嫌悪し、無視する」という恐怖の中にいたハエやクモやキノコたち。まあ、ハエやクモは食べませんが、キノコに関しては、これまで、おびただしい量が日本人の胃の中に入り、吸収されていったはずです。

しかも、「山の宝」と褒め讃えられながら。



というわけで、将来、クモやキノコは宇宙から消えてしまうことになるようですが、それを知って以来、クモのことが気になっていましたが、こうやって「集団」で現れました。

実は、ちょっと前に知り合いと会って飲んでいた時に、私が「そういや、この間、クモの集団見たよ」と言うと、その人も「オレもこの間、クモたくさん見たぞ」と言っていました。
以下、その時の会話。

その人 「クモが突然出ると何かあるのかな。地震とか」
わたし 「そういう時は出るんじゃなくて、いなくなるんじゃないの?」
その人 「なんか、クモって意味あんの?」
わたし 「オカルトの話では次の宇宙で消えるんだと」
その人 「クモが?」
わたし 「他にもそういう生き物がいるらしい」
その人 「へえ。じゃあ、挨拶に来てんじゃないかね?」
わたし 「なんの?」
その人 「お別れの挨拶」


というような話をしていました。



ジローさんの見た悪魔

これは実際には1カ月ほど前のことで、震災後2週間ほどしてから、久しぶりにみんなで会った時に出た話でした。

このジローさんという人は、学生時代からの知り合いで、劇団のようなものを始めた時に最初に声をかけた人です。この数十年の間には、お互いに何度か所在不明になっているにも関わらず、どこかで偶然会ったりしてしまう、「腐った縁」という意味では腐れ縁といえます。

彼は、大学を卒業した後、テレビ製作会社でドキュメンタリーを中心に作っていたのですが、その会社を辞めた後、しばらくパチプロをやっていて、その後、所在不明になりつつ、どうやって生きていたのかは知らないですが、今は東京都内の劇場の責任者をやっています。「いい加減な生き方」という点では私と似ています。


その彼は今、西日暮里という東京都内の街に住んでいるのですが、ある日の夕方、本人いわく、「薄暗くなり始めるくらいの時間」に、その街のネットカフェにいて、トイレに行ったのだそうです。

トイレの窓は開いており、ビルの三階だか四階のその高さからは、ちょうど電線が平行くらいに見える場所なのだそう。その窓から見るともなしにボーッと外を見ていると、「電線に何かが止まっている」ことに気付いたのだそうです。


大きさでいうと、50センチから1メートルくらいの間の大きさのものが電線に止まっている。

「カラス?」と思って見てみると、それは真っ黒ではなく、そしてカラスより大きい上に、「顔みたいな丸い部分」が頭部のほうにある。さらに、じっと見ていると、その電線に止まっていたものの顔が「こっち」を向いたらしいのです。そこには目があり、耳も見えたのだそう。


その姿はジローさんいわく「ゴシックって映画あったじゃん。あのポスターだよ。あれそのものなんだよ」。


それを聞いて、その場にいた私を含めた3人は大爆笑に陥りました。

「さすがジローさん。アーハッハッハッ」。

どうして笑ったかというと、その「ゴシック」という映画の公開当時(多分、まだ学生だったと思う)、その映画のポスターを見て「こんな気味の悪い人には一生会いたくないな」と言っていたのは、他ならぬジローさんその人だったからです。

なのに会ってやんの(笑)。


その「ゴシック」という映画のポスターはこれです。


gothic-2.jpg


ケン・ラッセルという監督の映画で、1980年代のものだと思います。

こんな感じの何かが、西日暮里の電線の上に止まっていたということのようです。

とはいえ、「それが何である可能性があるのか」は考えたいわけで、みんなで酒を飲みながら話しました。誰が何を言ったかよく覚えていないので、周囲ということで適当に書きます。

周囲 「ワシじゃないの? タカとか」
ジロー「西日暮里にいないよ。それに顔の比率が鳥より大きかった」
周囲 「巨大なフクロウ」
ジロー「それのほうがコワイわ」
周囲 「小さなオジサン」
ジロー「電線に止まれないだろ」


そして、ジローさんは「まあ・・・アレなんだよ。ルックス的に、いわゆる悪魔っぼいんだよね」と言いました。

わたし 「そう思ったんなら、悪魔じゃないの?」
ジロー 「どうして悪魔が西日暮里の電線に止まってんだよ」
わたし 「ジローさんを怖がらせるため(笑)」


このジローさんがどうして動揺したかというと、彼が「もっともオカルトに興味のない人」のうちの一人だからです。

それだけに、こういうものを見たことにややショックを受けていたようです。
ちなみに、ジローさんはオカルトなんかが書かれてあることもある私のブログもあまり読まないはずですが、最近の内容にふれてこのように私は言いました。

わたし 「まあしかし、こういうものでも何でもね。見られるというのはいいことだと思うよ」
ジロー 「そうか?」
わたし 「最近、オレのブログでさ、人間が認識して初めて宇宙があるとかないとかって話が出てるんだよ」
ジロー 「あるのかないのか、どっちだよ」
わたし 「いやまあ、だから、あるとかないとかなんだけどさ」
ジロー 「どっちもかよ」
わたし 「それもよくわかんないんだよ」
ジロー 「全部わかんないのかよ」
わたし 「そうなんだよ。でも、見ればとりあえずオレらのほうからは視覚なんかで認識できるじゃん。宇宙なんてのはそれでいいんじゃないかって話でさ」
ジロー 「うーむ・・・。よくわかんないけど」
わたし 「今度は、ゴシックが大群でジローさんの部屋に出たりして」
ジロー 「わー、やめろ! それはコワイ」



ところで、そのジローさんも、最近、スズメが増えたことに気付いたと先日言っていました。

つまり、なんかというかこう・・・うちの座敷童(笑)も、ジローさんの見た悪魔(あるいは小さなオジサン)も、大群のクモも、あるいはスズメや猫やネズミも、基本的に「似たような存在なのかも」と思った春でした。

あるいは、全部が一種の「宇宙劇場」なのかも。
タグ:座敷童

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2011年04月22日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





最近の日本の話題といえば、メインは放射能や放射線ということになってしまいそうですが、放射線といえば、以前読んだ記事で記憶に残っているものがあります。

読売新聞の 2011年 02月 11日の記事で、「宇宙帰りのサクラ異変…なぜか発芽・急成長」というタイトルのものです。オリジナル記事はすでにウェブ上からはなくなっていますが、丸ごと保存していたので転載します。

内容は、「発芽するはずのない種が宇宙から戻ってきた後に、相次いで発芽した。あるいは異常に早いスピードで成長している」という話です。

宇宙帰りのサクラ異変…なぜか発芽・急成長
読売新聞 2011年02月21日

 地上350キロメートルの国際宇宙ステーション(ISS)で2008年11月から8か月半、保管した桜の種を、地上へ持ち帰って植えたところ、発芽しないはずの種が芽を出すなど、異変が相次いでいることがわかった。

 原因は不明だが、無重力で放射線の強い宇宙環境で、遺伝子の突然変異や、細胞が活性化したなどの見方もある。

sakura-2.jpg 宇宙を旅した桜の種は、北海道から沖縄まで13地域の子供たちが集めた名木14種類。このうち岐阜市の中将姫(ちゅうじょうひめ)誓願桜(せいがんざくら)は、樹齢1200年と言われるヤマザクラの一種で、米粒ほどの小さな種は、地元の保存会などがまいても発芽せず、接ぎ木でしか増やせなかった。

 保存会が種265粒を宇宙に送り、248粒をまいたところ、昨年春に2粒が発芽した。このうち、10センチの苗木に成長した1本は、葉の遺伝子の簡易鑑定で「他の桜の種が混入したのではなく、誓願桜の可能性が高い」と判定された。

 岡山県では、通常は1年に50センチ程度しか伸びない真庭市の醍醐桜(だいござくら)10本が、昨年春に発芽して、今は90センチ以上。うち1本は160センチを超えた。高知県佐川町では、1年に約30センチしか伸びないはずの稚木桜(わかきのさくら)が、約1年で最高135センチに成長した。



というニュースでした。

記事にある通りに原因はわからないですが(わかったらむしろ大変)、宇宙空間から帰ってきた後に起きた異変ということで、「地球の空間には存在しないが、宇宙空間には存在するもの」が影響したのは間違いないようです。


地球は自身の持つ磁場を含めて、さまざまなシールド(防御)によって、宇宙や太陽から降り注ぐ宇宙線や放射線を遮っています。それは一般的には「人体に害のあるものが遮られている」とされていますが、上の例に見るように、あるいは「生命に有用な宇宙線か放射線も遮っている」という可能性もあるのかもしれません。

何しろ、上の桜は「死んでいたもの」が「生き返った状態となった」わけですので、あるいは、本当に宇宙空間にはいろいろなオカルトな光線が飛び交っているのかもしれないですね。

これらに関しては、じゃあ、人間も宇宙空間で試してみましょうか・・・とはできないわけで、それが地球上であきらかとなる時があるとすると、

・地球の磁場を突破して、今までにない宇宙線か放射線が地上に降ってくる時

ということになると思います。

これまで地球に入れなかった宇宙線か放射線が地球の磁場を突破してくるためには、地球のシールドが崩壊することが必要となりますが、それは磁場の異常という点からいえば、ポールシフトがもっとも早い時期での原因となりそうです。

昨年来、ポールシフトの記事は何度か取り上げています。

加速するポールシフト: この100年間での極の移動の距離はすでに1100キロに
2010年10月09日

米国フロリダのタンパ国際空港が磁極の移動(ポールシフト)の影響で滑走路の閉鎖へ
2011年01月08日

などです。

タイトルしか読んでいないのですが、先日、米国のモダンサバイバルブログに、「ポールシフトで北米の南東地域に最悪の影響」というタイトルの記事がありましたので、多分、ポールシフトは現在もなお加速していると考えるのが妥当なようです。


そういう意味では、数年内に完全な磁極の移動か反転によって、磁場が崩壊する可能性もありますが、上の読売新聞の記事を読んでいると、それは悪い方向だけとは限らない可能性もあるようです。まあ、宇宙の宇宙線も放射線も結局、基本的にほとんど解明されていませんので、何も予測できないし、想像もできないことですけれど。



2001年以前へ

震災後、1カ月を過ぎて、気持ち的にも平常に戻りつつある中で、日々気付いていることが、

元に戻れたかもしれない

という私自身の内面での喜びです。

この「元」というのは、今年の3月11日の震災前のことではなく、「2001年9月11日」以前のことです。
アメリカ同時多発テロより前の日々の私のことです。


私は以前も書いたような気がしますが、もともと世の中の動きとか、政治とか世界の政治とかには何も興味がなく(テロの歴史とか各国の処刑方法とかには多少興味があって調べていましたが)、音楽や表現関係、あとはプロレスやギャンブルなど、自分の好きないくつかの対象だけが自分の世界でした。


同時多発テロが起きたのは三十代の中盤過ぎくらいでしたが、その頃までは、「自分のペース」そのもので生きていた感があります。すなわち、テレビも新聞も「年に何度か見ることもある」というような生活をしており、そんな私が「突然、世界の政治に気をもつようになってしまったキッカケ」が同時多発テロだったんです。

当時、一人暮らしで、テレビはあり、ケーブル放送も映りましたが、その目的はアメリカのプロレス団体 WWF の番組を見るためのだけのものでした。

ところが、同時多発テロが起きたことを知ったその日から、ずっとテレビをつけっぱなしにするようになり、当時のケーブルチャンネルは日本語の字幕つきの CNN ニュースを24時間放映しており、眠る時にもテレビを消しませんでした。

その後の炭疽菌騒動やら、イラクへの侵略やら、いろいろなニュースを見るようになり、気付けば、私は「アメリカに洗脳されて」いました。

もともと、私にとってのアメリカという国は、「ストーンコールド・スティーブ・オースティンという偉大なレスラーと、カート・コベインという偉大な音楽家がかつていた」という国であり、それだけで実に立派な国でした。

それ以上に好きになる理由も、そして嫌いになる理由もなかったのです。
ところが、911以来、アメリカの大統領は誰だとか、どこと戦争をやっているとか、そんなことを知らなければならなくなった。

なんだか次第に「アメリカが特別」になってきてしまった。

思えば、他の「価値観」もいじられていたかのような感じで、2003年くらいからは、株式投資なんていうことまでやっていた。
それで経済のことまで知るようになってしまいました。

無駄ではなかったかもしれないですが、精神的には実に不毛な10年でした。


その 911によって落ち込んでしまった「人生の地獄」を、3月11日以来の日々を過ごすことで、元に戻せつつある。
正直、救われたと実感しています。

毎日毎日戻っていく自分を感じています。



戻ってきたスズメ

最近、早朝ベランダに出ると、ここ数年途絶えていたスズメの声がものすごくたくさん聞こえてくることに気付きました。

スズメに関しては、昔は「朝からうるせー!」というくらいに声がしたものが、3年くらい前から朝のスズメの声が聞こえなくなっていることに気付いて、調べてみると、実際に「世界中でスズメが極端に減っている」ことを知りました。その頃に書いていたブログに資料として載せたイギリスのインディペンデント紙の記事を下に載せておきます。

いずれにしても、昨年あたりは「まったく聞こえなくなっていた」スズメの声が、またうるさいほどに響き渡っています。

何か具体的な理由があるのかもしれないし、そんなものないのかもしれないですが、今年は、(春が来たので当然とはいえ)様々な生き物や植物が周囲に登場しています。

昨年よりあきらかに多い蝶々や蜂、そしてなぜかクモの大群というのまで見ました(消える世界のやつらが群れでやって来た ← 歓喜する第8領域の生命たちという過去記事をご参照ください) 。

最近、特筆するべきことは、なんと猫とネズミの逃走劇をベランダから 20分間に渡って目撃できたという(野生ドキュメントになるくらいものすごいドラマでした)、人生でも初めて目撃することがあったりと、いろんな生き物を見ることができています。

「ただし、ゴキ先生は来ないでね」と多少思う部分もありますが、急に暖かくなったせいか例年よりはるかに「春」を感じます。


そういえば、昨日、子どもを幼稚園に迎えに行く時、バスに乗って帰宅する子たちが、並んで歩いていて、その中の女の子の何人かが大声で、

「はーるよこい。はーやくこい」

と歌っていました。

ただ、その後のフレーズはみんなわからないようで、

はーるよこい。はーやくこい。・・・・・(ザワザワザワザワ)・・・・・

と、曖昧にお茶を濁して前に進みながら、また、誰ともなしに「はーるよこい!」と歌っては、また「・・・・・」と、次のフレーズの部分で沈黙を守るということを繰り返しながら何度も何度も彼女たちは歌うのでした。

実際には時期的にはもう少し前の歌なんでしょうが、彼女たちの心境が代弁するように、西荻窪の春が今やっと来た感じです。



資料 - スズメの消滅

First they disappeared from Britain. Now Europe's house sparrows have vanished
インディペンデント(英国) 2007年11月20日

最初はイギリスで、そしてついにヨーロッパ全土でスズメは消滅した

スズメは、フランスでも他の欧州諸国でも、今ではもはやありふれた鳥ではなくなってきている。

かつてはいくらでも飛び回っていたスズメだが、今ではパリを始めとするフランスの都市部で急激に減少しており、また、ドイツ、チェコ、ベルギー、オランダ、イタリア、フィンランドの都市部ではさらに減っている。

イギリスでは、過去 15年間でスズメの数が 90パーセント減ったとされているが、鳥類学者たちは、この突然のスズメの激減に対しての合理的な理由を見出すことができていない。また、フランスのパリでは、 20万羽のスズメが消滅したとされ、これは謎としか言いようがないとされている。

ひとつの理由として、「他の種類の鳥が増えて、スズメの生活域が浸食されたのではないか」というものがある。また、車の移動電話や携帯電話の電磁波に原因を求める専門家たちもいる。

しかし、どんな理由にしても、なぜ、その影響が「鳥」全般ではなく、「スズメ」に限定されるのか。鳥全体ではなく、スズメだけが突出して減っているのだ。


類似パターンは、ヨーロッパの各地で報告されている。ハンブルクでは、過去 30年間でイエスズメの 50パーセント、プラハでは、60パーセントのスズメを失ったと見られている。

フランスの鳥類の専門家はこれを「危険な徴候だ」と言う。

「イエスズメは、1万年間、人間と同棲してきた。スズメは人間にとって非常にシンボリックな鳥なのだ」と、生態系への懸念を表している。

このもっとも身近な鳥であるスズメの衰退の問題は6年前から議題に載せられていて、その原因を、カササギ、猫、殺虫剤、ピーナッツ、気候変動、および家の改良などに求めつつも、今でも根本的な原因は謎のままだ。

タグ:放射能 911 311

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2011年04月20日



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夢のことをたまに書いていたりして、そのテーマとして「夢は未来を予知しない」ということをあげていたりするのですが、では、どうしてそんなことを書き始めたかというと、それは「私たちは、今よりもっともっと夢の価値を大事にする必要がある」と強く感じているからです。

いろいろと夢のことは語られるわりには、どうも現代人は夢を軽視している感じがします。
「娯楽としての夢占い」の域を出ないと考える人たちさえいるように感じます。

古代の人々や、あるいは多くの先住民族たちは夢をとても大事にしていたと聞いています。そして、それは「夢を現実の生活に活かすため」だったと思われます。現代では、夢というものを、たとえば「漠然と未来を予知する」たぐいの、どちらかというと、曖昧な意味のツールとしてとらえる部分が定着してしまっている感じを受けます。


私は、夢の大きな役割は現実に生きている人間の生命と生活をサポートするための「自分の中に存在するもうひとつの世界からの的確なアドバイス」であると考えています。

まあ・・・そう考えるようになったのはここ数日の話ですが(歴史浅いじゃん)、なんとなく確信めいています。

だって、ちょっと前の記事くらいまでは私のブログにも「夢占い」とか、そういう記述が出ていたじゃないですか。
私自身も夢に対しての認識はその程度のものだったんですよ。

「それは違う」と、それこそ最近、夢の中で教えられて、気付いた感じです。



夢を多くの人と共有する生活へと

私たちが、「現実の中に生きる人間」として、今日や明日をどう暮らしていったらいいのか、どう行動したらいいのか、どう考えればいいのかといったようなことを、多分、夢は日々教えてくれていて、それは、過去数十億年とか、あるいは数兆年かもしれないですが、ともかく、長い年月のあいだにどんどんと記録が蓄積され続けている人類の DNA(しかも、その中の私やあなただけの個別のDNA) の経験則の中から「最良の方法」を教えてくれていると考えます。

だからこそ、古代の人々や、あるいは、先住民族と言われる多くの民族たちは、夢を大事にしていて、かつては「朝起きた後に、家族で夢の内容を語り合う」ということを習慣にしている民族もたくさんあったと言われます。


そういうことを我々はしているだろうかと。

個人個人、後起きた後に、「ああ、こんな夢を見たなあ」と思うことはあるかもしれないですが、それを自分の今日や明日の生き方への具体的なアドバイスと捉えたり(人類は過去の記録が膨大なので、多分、夢のアドバイスがその人にとって、最も正しい方向性だと思われます)、あるいは、他の人と「夢を共有しているか」というと、そういう人たちもいるとは思いますが、少数なのではないかと思うのです。

私もそうでした。
夢を好きなわりには軽視していた。



夢に出てくる現象は「象徴」ではないかも

夢で現れるものが「象徴」的なこととして語られることがあります。

しかし、冷静に考えると、それはやはり不思議すぎると感じる部分があります。

私は基本的に「不思議が大好き」なくせに、不思議を否定したい人でもあって、そういう「モノの姿が他の象徴として変化して現れる」ということが理解できない部分があります。毎日見ている風景の中にある様々なもの、たとえば花や猫やビルや車や交番などが突然、龍とかクジラとか宇宙人とか別のものに変わったりしたことを見た経験は(これまでは)ないわけで、「現実は意外と冷徹に現実である」ということは言えるように思います。

そして、上の「自分の家の隣にあるビルは、いつ見ても隣にあるビル」であるように、「現れているもの、見ているものは、やはりそれそのものだ」と思う部分があります。

夢に体長100メートルの生き物がいたのなら、過去の人類の記憶はそれを実際に見ていたのだと思います。夢で得体の知れない形をした人間と出会っているのなら、それは人類が過去に出会っていたのだと思います。

「記憶を夢の中で思い出している」。

そう考えると、夢の正体はそんなに不思議なものではないと思います。


日常でも、頭の中で「昔のことを思い出したりして」いろいろと考えたりするわけですが、夢では見ている対象(あるいは体の器官)が違うというだけで、やはり思い出して、それについて考えている。

では、その夢が自分に何をアドバイスしているのか。

そのことを、多くの先住民族たちと同じように、日々考えて、生活に活かしていく方向性が見えてくればいいな、と思います。


未来を予知できないことと引き換えに人生の楽しみを享受している現代の人間としては、以下のようなことを常に意識しながら、現実の中で生きていくというようなことになっているのではないかと思ったりいたします。

それは、

・自然
・シンクロニシティ
・夢


です。


いずれにしても、目覚めているとき、そして眠っているとき。
どちらも人間は活動していて、人類という生き物もまた、他の生命と同様に「完全な不眠不休」の生命であることがなんとなくわかります。

今回は具体的なことを書いたわけではないですが、補足として書いておきたいと思いました。まあ、「もっと夢を大事にしてみましょう」と。
タグ:夢の意味

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2011年04月17日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





昔見ていた海外のいくつかのサイトを見ると、今日も大きく「 Fukushima 」(福島)の文字。また原子炉で何かあったのかもしれないですが、それにしても、この1カ月の間、何度この文字が海外の報道紙上を飾ったことか。

私が今ではまた新聞もテレビニュースも見ていないこともあるのかもしれないですが、パッと見た印象で海外の報道を見ていますと、「日本には福島しか存在していないような印象」さえあります。そして、1カ月くらい前の震災の時と海外での日本に対しての報道の取扱いの大きさはあまり変わっていないようにも感じられます。もちろん、内容は「地震の被害のすごさ」から「放射能関連」へと完全に移っているとはいえ、つくづくと思うことは、

この1カ月でフクシマの地名を知った外国人が何億人増えたのだろう

ということでした。
これだけ日々繰り返し「フクシマ」の文字が紙面や音声で連呼されれば、外国人にとって覚えやすい響きではないとはいえ、さすがに覚えるでしょう。

おおむね、海外の人々の日本の都市に対しての認識というのは、たとえば、これは私たち日本人が他の国に対しての都市の認識を考えると想像できると思います。

たとえば、私などが「知っているイギリスの都市の街の名前をどうぞ」と尋ねられると、

「ロンドン! ・・・あとは、えーと・・・・・・・・・・・・」

という感じになる人が多いのではないかと思います。
今、私が書こうとしましたら、実際上のようになりました。

なので、日本もまあ、

「トーキョー、オオサカ・・・・・あとは・・・・・・」

となるのが普通で、旅行が好きだったり戦争に興味があったりする人によっては、キョートやヒロシマ、ナガサキという地名を知っている外国人もいるかもしれないですが、数は少ないと思います。


そこに突然降って湧いてきた「フクシマ」。

今では、比較的、メディア情報の多い国の人々に「知っている日本の地名は?」と聞くと、「トーキョー」の次には、多分、「フクシマ」と出るように思います。

そして、場合によってはトーキョーとフクシマが逆転する可能性さえあるかもしれません。

もちろん、これは「悪い意味」で報道されているわけで、認知度が上がることがいいとは言えないかも知れないですが(それまで誰も地名を知らなかったチェルノブイリが誰でも知ることになったようなこととも似ているので)、それでも、良いとか悪いとは別の事実として「急速な全世界へのフクシマの名の認知度の拡大」はすでに起きてしまっています。

エルサレムでも何でも最初は聖典などさまざな文献による「徹底した地名の教育と頒布」で近代宗教の歴史は始まりました。


tokyo-2011-04.png


oosaka-2011-04.png


fukushima-2011-04.png

▲ ふと思って、Google で検索してみた日本の都市の英語表記での検索ヒット数。上から、東京、大阪、福島。東京が約 8100万件、大阪が 2300万件に対して、福島が 2400万件。かなりの検索ヒット数だと言えると思います。大阪の負け(やーい)。



ウイルスと細菌

顔の三叉神経にできた(「できた」でいいのですかね)帯状疱疹も、早めに医者にかかって薬をもらったせいか、まあ、特に悪化はせず、痛くてあまり眠れぬ夜もありましたが、かなりよくなりました。

なじみの医者は、嬉しそうに「目がつぶれるくらいに腫れ上がることもあるよ」と私を脅していましたが(苦笑)、幸い、それは免れたようです。

ちなみに、もらった薬はバルトレックス錠というものなのですが、驚いたのが、「ものすごく高価だった」ということでした。薬局で薬剤師が「このお薬がお高いものでどうにも・・・」と恐縮していたほどの値段だったんですが、多分、保険適用で処方された薬の中では、記憶では歴代で1番か2番の価格だと思います。

このバルトレックスという薬が何をするかというと、こちらによると、


 > 【薬理】ウイルス感染細胞内で活性化し、ウイルスDNA鎖の伸長を停止、ウイルスDNAの複製を阻害します。


「うーむ・・・」と私は唸りました。「ウイルスDNA鎖の伸長を停止」あたりはよくわからないのですが、しかし、一方で、「DNA がどうだこうだというようなことをしてくれているのなら高価なのも仕方ないか」と、わからないなりに納得した次第です。

食後に薬を飲むたびに「ふふふ・・・これでやつらウイルスの DNA が断ち切られていく・・・・ふふふ・・・死ね! ウイルス」と暗い笑顔を浮かべるのでした。


しかし、「死ね」と書きましたが、現実にはウイルスが「死ぬ」ものなのかどうかはよくわかりません。細胞のある生命ではないので、普通の生物の「死」の概念をウイルスには適用できないのです。

昔、微生物のことを調べている時にいつも混同したのですが、「細菌」というものと「ウイルス」というものは、まったく違うものだということでした。細菌というのは細胞を持った生き物であるのですが、「ウイルス」というのはどうもそうではない。

細菌とウイルスは「生命として全然別のもの」なんです。

ウイルスは、「細菌にとっての細菌」みたいなもので、「生物の細胞の中で増殖する」という寄生動物のようなものです。


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雑菌天国「本当のキレイとは?」より。


その違いをそれぞれで簡単に書くと、

ウイルス

・細胞はない(アミノ酸とタンパク質で出来ている)
・細菌よりはるかに小さい
・抗生物質は効かない


細菌

・これ自体が細胞
・ウイルスよりはるかに大きい
・抗生物質が効く



となります。

この「抗生物質が効く」と「効かない」は病気の治療で結構大きなポイントで、たとえば、現在でも「風邪の治療薬はない」というのは、風邪はウイルスですので対症療法(痛みや熱をとったり、鼻水を止めたり)しかなく、根本治療はないことなどを考えるとよろしいかと思います。

なので、今回のバルトレックスのように、ウイルスに対抗する薬というのは、結局、「薬剤による DNA への挑戦」ということになるようで、これらの薬が高価なのもそのあたりに原因があるようです。まあ、ウイルスの DNA への挑戦が進むことが、医学的に是か非かはわからないですが、少なくとも、今回は私はそのお陰でそれほど苦しまずに済みました。


ちなみに、病院に行ったのは4日ほど前でしたが、その時、結構混み合っていて、小一時間くらい待ったのですが、待合室にあった本で漢方の雑誌みたいなのがあったので、それを読んでいました。

個人的には、今後、日本は特に今までの国による健康保険制度を含めて、いろいろとこれまでどおりの医療態勢、あるいは西洋医学一辺倒の方向では難しい部分もあると思っています。かといって、何もかも東洋医療的な部分で病気に対抗することは無理なわけで、東洋医学、西洋医学、共に得意不得意はあります。

思えば、日本とか中国などは、考え方を少し転換すれば、東洋医学と西洋医学のどちらも合理的に混在させられるはずで、それは難しく考えることではなく、たとえば、「国民全員が体のツボをすべて知っている」とか、「民間療法の正しい部分の再検証」とかそういうことでいいのだと思いますが、今後、大事なことは「できる範囲で自力で病気を治していく」という姿勢ではないかと。

特に痛みにはツボはすげー効きますからね。
部位によっては、痛み止めの薬以上に効果があります。


そんなこともあって、待合室で漢方の本を読んでいたら、「五臓六腑」の文字に行き着き、また、「五行を知る」というページもありました。五行とかいうのは、全然知らないのですが、今後知ってもいいなと思いました。

まあ、「五臓六腑」に関しては、以前、酒を飲んでいて、「五臓六腑に染み渡る」とか言っていたら、本当に胃に穴が開いていたことがあったので(笑えないって)、そのあたりも勉強し治したいと思いました。


地獄の夏を回避するために

タイトルに「地獄の夏」とあえて入れたのですが、これは 2008年頃からウェブボットなどで繰り返し出されていたキーワードのひとつで、それは「アメリカ」で起きるとされていたことでした。「地獄の夏」という概念はいろいろとありますが、そこで語られていた具体的な様相としては、大雑把に、

・経済崩壊や自然災害で家を失う人が増える
・それまでの商業施設が住居として利用、転用されていく
・輸送網とインフラの停止により、食糧や電気の供給が途絶える


というようなことでした。
これらの「現実」は今の被災地を襲っていると同時に、また、関東など直接の被災地ではなくとも、今回、私たちは、


・電話、電気、水道などのインフラの災害に対しての弱さ

・在庫を作らない方式の現代式輸送システム(ジャストインシステム)ではあっという間に食糧供給が途絶える



ということを経験しました。


そして、大事なことだと思うのは、「それでも、まだ次への備えはしないといけない」ということはあるのかもしれません。

これらは過度の不安を持つべきことではなく、以前にも書いていますように、たとえば、地震が来た場合、それが大きなものなら、「その被害」というものは避けられないです。建物、あるいは人命。


そこで生き残った場合にはまた次を考える必要がある。
たとえば、上の、


・インフラの問題
・食糧供給が途絶える



などに対処する方法は考えておいてもいいのだと思います。
これは日本のどこの地域に住まれていてもです。


食べものに関しては食べものそのものがないとどうにもならない面はありますが、飲料水に関しては、昨年、いくつか翻訳記事にしています。今は放射能などの問題もありますが、「まったく飲む水がない」と、そのほうが致命的ですので、水道水などが止まって、給水がいつ来るかわからないというような場合などのためにご記憶いただくのもいいかと思い、リンクしておきます。

これから気温が上がってくると、発汗量が増えて喉が乾くだけではなく、雑菌の繁殖などの問題で、水の汚染も進みやすくなると思いますので、飲料水はさらに大事なものとなるように思います。

どちらも、池や川などの水や、あるいは雨水を飲料水にする方法です。

味はともかく、下のふたつ(あるいはそれに煮沸を加える)を併用すれば、化学物質で汚染されていない限り、水なら何でも飲めるようになるはずです。




上の「漂白剤」はゲッと思われる方もあるかと思いますが、アメリカの赤十字社が正式に薦めている水の殺菌方法で、その方法をきわめて簡単に書くと、

・2リットルのペットボトルの水に8滴(小さじ8分の1)の液体漂白剤を入れて、よく混ぜて、30分置いておく

だけです。

使う漂白剤は、キッチンハイターや、あるいは100円ショップで売っているものでよく、成分に「次亜塩素酸ナトリウム」があるものです。次亜塩素酸ナトリウムが健康にいい悪いはともかく、これは給水などが復活するまでの非常時の話です。

hit_kitchen_00_img_l.jpg


また、「太陽放射の紫外線Aで川や湖の水のバクテリアを滅菌して浄水する方法」の記事は太陽光線の強力な殺菌力を利用するもので、太陽光線だけでも多くの細菌を死滅させることができます。太陽光線だけで、99.999 パーセントの有害なバクテリアが滅菌されるとされています。


紫外線Aに6時間曝露されることによって死滅するバクテリアのリスト

・バクテリア – 大腸菌
・バクテリア – コレラ菌
・バクテリア – サルモネラ菌
・バクテリア – 赤痢菌
・バクテリア – カンピロバクター菌
・バクテリア – エルシニア菌
・ウイルス – ロタウイルス
・寄生虫 – ジアルジア
・寄生虫 – クリプトスポリジウム



太陽が実に「人間の生の味方」だということがわかる一面を見せてくれています。


今回は水のことを書いていますが、それぞれの具体的なことに関してはともかくとしても、今現在の自分の心境などを考えてみても、結論としては、今後の生活の中で、

「地獄の夏と感じるか、それとも感じないかは自分の気持ち次第」

だと思わざるを得ません。

これは「自分の世界観次第」と言い換えてもいいです。

このことは感覚で書いているのではなく、以前、「生きている世界は人によって違うというのは、オカルトではなく存在する」ということを書いていたことがあって、たとえば、あるふたりがいて、違う時に、海外旅行で同じ場所に同じような状況で行き、同じような体験をしたふたりがいたとしてます。

片方が、

「あんな楽しい経験したことがない」

と思って、しかし、もうひとりは、

「あんなイヤな経験はなかった」

と思うというようなことは本当によくあることです。



それでも世の中は楽しい

私ごとですが、以前、タイのある町で、酔っぱらって射殺されそうになったことがあって(私は泥酔状態)、結局、撃たれなかったのですが、その時、銃を向けられていることにえらく感動して、その後もしみじみと「いい経験したなあ」と思い返していますが、その時の旅行は他にもいろんなことがあって、でも、結果として生きて日本に帰ってみると、それは本当に「あれは本当に自分の体験だったのか?」と思えるほど嬉しいものでした。

しかし、上のどうしようもない話でも、「私が生きて帰ってきたから言えた」ということはあります。

人間がいつかは死を迎えることは仕方ないことですが、以前も書きましたが、「そのことに対して、ギリギリまで頑張る」ことも、また生命を持つものとしての、ひとつの正しい生き方だと思います。

そして、多分、ギリギリまで頑張るためには「つらい気持ち」ではなく楽しい気分でいたほうがいい気がするのですよ。


東北の被災地の方々の姿、そしてそれを救援している個人の方々の姿のお陰もあって、今、東京にいる私たちは(全員ではないのでしょうが)とても安心して生きています。

それに関しては、東北の方々、そして Fukushima の方々には本当に感謝しています。


日本の今後はわからないですが、何か起きたら「対処するだけ」。
不安はもはやあまり必要ない気がします。


そういえば、震災直後の「新しい神話の神様たち」という記事にこう書きました。

「ひとりで逃げない新しい神話」が始まった時、人類は「宇宙の進化の最終形」の手伝いをできることになります。

人類は宇宙を助け、また、その人類を作り出してくれた宇宙に人類は感謝する。

これだけでいい。
他に何もいらない。

そして、新しい世界が始まります。
それはどんな世界か。

その世界はそれは実は今までと同じです。
スーパーがあり、立ち食いそば屋があり、私たちは料理を作り、ゴミの分別をして、挨拶をして、庭で植物をいじる今までと同じ生活が再開されるだけです。



今は比較的このような感じになっています。

もっとも、今後、物質的な面(経済と国際流通の関係が大きそう)も大きく変わっていくことは避けられない感じはあります。震災前までに何度も書いていた食糧危機などの問題が沈静化するとも思えません。

それにしても、結局は、個人にとって、「それが地獄の夏かどうか」というのを決めるのは、個人の考え方次第だと考えます。



痛みもだいぶん消えてきたので、こちらの記事で書いた「夢の正体」のことは、今後、書ける時があれば書きたいと思います。

その記事に載せた部分がこちらです。

「人類の宇宙の記憶からの決別」はあらゆる活動と現象に及び、夢も例外ではないのかもしれません。つまり、一般的に言われるように、夢は宇宙の記憶に触れるという現象「ではない」可能性があります。

夢も「宇宙の記憶とは関係のない人類の単独の現象」だという言い方にもなるかもしれません。

なので、夢は基本的に社会全体の未来を予知しないと思われます。

夢の正体は、その人の DNA が何十億年の間に蓄積され、その本人の DNA の中に保存され続けてきた「その人のもつ DNA の中だけの過去のあらゆる歴史」に触れていることだと考えます。なので、その個人の宇宙の中の人生で経験した、あらゆることに毎晩ふれているといってもいいのかもしれないです。



これは、いつもの私の書いていること同様、何の根拠もない話です。私自身が納得すればそれでいいたぐいの内容ではありますので、娯楽話として読み飛ばしていただくとありがたいです。

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2011年04月15日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





NHK教育の番組で「日本語であそぼ」というのがあって、見るともなしに見ていると、与謝野晶子の

  こよひ逢ふひとみなうつくしき

というフレーズがクローズアップされていて、それが寸劇になっていました。
出典は「みだれ髪」とのこと。


「今宵逢う女性たちがみんな美しく見える」という意味なんでしょうが、道ですれ違う女性たちがみんな美しく見えるときの心情を若い女の子のタレントが演じていました。

それを見て、なるほど、「美しく見える時、という特別な時がある」ということでやっぱりいいんだと改めて思いました。つまり、「いつもいつも同じく美しく見える」というわけではなく、上でいうと、「今夜は特に」というような日があるのだなあと。

私も、女性が(全体的に)とても美しく感じることを突出して感じる日があるので、「日々それ(地上の全体が美しいと感じたり感じなかったりすること)が変化するのは変なことじゃなかったんだ」と安心しました。

これが自分の心理的な問題や、あるいは松果体などの器官的な問題なのか、または現実の偶然に過ぎないのかはわからないですが、一昨年頃から、周囲の風景が日々違って見えるというような感覚を頻繁に感じます。ずっと「気のせい」だと思っていましたが、まあ要するにどちらでもいいのでしょう。



極悪人・与謝野晶子

ちなみに、与謝野晶子といえば思い出すのが、中学生の時の話です。

クラスの女の子が私に本か何かを見せて、「このよしゃの・・・あきこってさ」のようなことを言ったので、なにげなく、私が「あ、それ、よさのって読むみたいだよ」と言いました。


すると、彼女はしばらく黙った後に涙を流し始めたのです。

私 「え・・・?」
彼女「ひどい・・・。私がちゃんと読めないからって・・・」
私 「いや、あの・・・」


周囲にいた生徒たちが「お?」と気づき、寄ってきます。

周囲「なんか、オカが女の子泣かしてるぞ」
私 「な・・・。違うって」
周囲「ひ ・ ど ・ い!  ひ ・ ど ・ い!」


シュプレヒコールが鳴り響く中でその事情を話すと、その周囲の中の一人が、

「それはやっぱりオカが悪い」

ということになりました。

すなわち、与謝野の「謝」は、どうやったって「しゃ」にしか読めないから、○○ちゃん(女の子)が正しいと。

それを聞いて私が、「オレだけが悪いんじゃない。そんな名前がついているほうも悪い」と言うと周囲も納得し、結局、「この世の中で最も悪い人間は与謝野晶子だ」ということで決着したことで、彼女も泣くのをやめて、みんなで、「よかったよかった」ということになりました(どんな話だよ)。

そんなこともあり、大変悪い人物である与謝野晶子(よしゃのあきこ)ですが、上の「こよひ逢ふひとみなうつくしき」というフレーズを見て、やや評価も持ち直した気配もあります。


ここ数日、東京はものすごい陽気で、日中は初夏っぽい感じも漂っており、若い女性などではノースリーブなどの「夏の格好」の人も増えてきました。上の「みなうつくしき」というような心境の日に、そういう女性たちの姿が目に入ると、「ものぐるおしけれ」というような気持ちにもなります。


ただ、同時にランニング姿のオッサン方の姿も目につき、汗ばんだその姿を見ていると、別の意味で「ものぐるおしけれ」というような気持ちにもなります。

「この世から消えてしまいなさい」

と彼らに対しては心の底から思わずにはいられません。


そういえば、震災直後によく目にしていた「精神のバランスを崩したっぽい中年の男性たち」ですが、最近はそのような人たちを見なくなりました。何日か前に「ジングルベル」を大きな声で歌いながら道で歩いているオジサンを見たのが最後で、震災直後と比べると、街の様子は全体的に非常に健全というか、どことなく安らかな感じが印象的です。

ジングルベルのオジサンにしても、まあ、時期の問題があるだけで、道で歌って歩いていけないということはないわけで、あれはあれでいいのだと思います。


考えてみれば、昔・・・・・具体的には十数年くらい前までは、この街にも「定番の変な人たち」がたくさんいました。それらはこの街に住んでいる人なら誰でも知っていて、話題としても、

「昨日、ポッポッポッのオヤジが西友でレジに並んでたぞ」

というように有名人扱いでした。

ポッポッポッのオヤジは私がたまに舞台の小道具を見るためなどに行っていた古道具屋の店主で、ヒマな時には「鳩と会話」していました。

これだけ書くとロマンティックな響きですが、ただ、「鳩など周囲にいません」でした。架空の鳩と架空の会話を続けていました。

私 「オジサン、これいくら?」
ポ 「ポーッポッポッポッ・・・・・」
私 「オジサン! 聞いてる?」
ポ 「ポーッポポポポ・・・・・」
私 「話聞いてよ!」
ポ 「あ、それ、5000円」
私 「たけー!」


と、商売のほうは大変なポッタクリでしたが、しかし、そういう人たちはこの十数年でどんどんと消えていきました。

進軍ラッパを片手にして、毎日、駅近くの道で行進訓練を日々していた軍人さんもいなくなり、気付けば、楽しい人たちはみんな消えていました。

世の中がつまらなくなっていくのとシンクロして消えていきましたが、まあ、あれらも暇つぶしにこのあたりで遊んでいた、まあ、たとえれば宇宙人とか異次元の人なんかのたぐいの妙な存在だったのかも、と思えば納得もいきます。「つまらない場所にいても仕方ない」と。

「おもしろい場所に移動しましょう」と。


そのつまらない場所に残されてしまった私たち・・・。

まあしかし、あれらの変人たちもそろそろ戻ってきてもいいのじゃないかなあという感じの最近の街の雰囲気もないではないです。


そういえば、昔のヒーローものの映像を見ていて、「あること」を忘れていることに気付きましたので、それを今日の最後に書いておきます。



ウルトラマンに見る「悪だの正義だのはまあどちらでもいいじゃないか」

日本のヒーローものの誕生といってもいい記念碑的な作品「ウルトラマン」。

1966年7月に第一作が放映されていますが、この「第1話」のラストの台詞をご記憶の方はいらっしゃいますでしょうか。日本のヒーローの最初の登場といってもいい物語の最後の隊員たちのやりとり・・・。

さぞや、神格と謹厳に満ちたものだったのではないだろうか・・・。
そう思って見直してみました。


その部分の台詞も全部おこしてみました。

その部分の映像を置いておこうと思ったのですが、著作権の関係でブロックされてしまいました。
第1話は YouTube のこちらにありますので、ご覧下さい。そのラストです。
多分笑います。

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▲ 「それはウルトラにいいでしょう」と笑うイデ隊員。ダジャレで終わったウルトラマン第一作。左で笑うのは後の毒蝮三太夫。この人たちの仕事は漫談ではなく、なんと地球の防衛なのでした。


「ウルトラマン第1話」(1966年7月17日)より


ハヤタ隊員 「ところでベムラーはどうなりました?」
キャップ  「うん。宇宙人が追っ払ってくれたよ」
ハヤタ隊員 「やっぱり彼が出てきましたか。僕もそうじゃないかと思って、安心していたんですよ」
アキコ隊員 「すると、あなたを助けてくれたのも?」
ハヤタ隊員 「彼だ」
イデ隊員  「ちょっとちょっと。ちょい待ち。彼、彼って親しそうに言うけど、いったい名前はなんていうんだい?」
ハヤタ隊員 「名なんかないよ」
イデ隊員  「よせやい。名無しのごんべえなんてあるもんか」
ハヤタ隊員 「うーん、そうだな・・・じゃあ、ウルトラマンってのはどうだ?」
アキコ隊員 「ウルトラマン?」
ハヤタ隊員 「そう。ウルトラマン。どうだ?」
イデ隊員  「そりゃあ、うーん・・・ウルトラにいいでしょう」
アキコ隊員 「でも、ウルトラマン、どっか行っちゃったんじゃないの?」
ハヤタ隊員 「どこにも行かないさ。彼の宇宙船が爆発して、自分の星には帰れなくなったんだから」
キャップ  「うむ。きみはまったく悪運の強い男だよ」
ハヤタ隊員 「僕は不死身ですよ、キャップ」



行き当たりばったりの科学特捜隊・・・。

よせやい。名無しのごんべえなんてあるもんか」・・・(笑)

当時の日本のヒーローものが神の領域に踏み込んでいることを感じさせる台詞やシーンは他にもいろいろとありますが、ここまで「笑いといい加減」という要素をヒーローものにこめる度量というのは他の国ではなかなか熟成しませんでした。


「まあ、なんかこう・・・大丈夫だろ。よくわかんないけど、すべてOKだ」


というヒーローものの歴史はいまだに終わりを迎えていません。



[追記]

上の台詞、音声だけなら大丈夫そうですので、音声だけアップしておきます。




タグ:科学特捜隊

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2011年04月14日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





江戸時代の話ですが、1858年に、日英何とか条約のために来日していた英国の使節団の一員で、船艦の艦長だったオズボーンという人が、日本についてこう書いています。

この町でもっとも印象的なのは、男も女も子どもも、みんな幸せで満足そうに見えるということだった。


何だか当たり前のことのように見えるこの短い一文ですが、しかし、イギリス人の彼が「みんな幸せで満足そうに見える」と書いたということは、彼の国、あるいは彼が見てきた国では、少なくとも「みんなが」幸せそうに見えたわけではなかったということなのかもしれません。

今の日本がどうかというのはわかりませんし、当時の日本だっていろいろとあったとは思いますが、少なくとも当時の英国人には日本は「そう見えた」。

その後、彼は日本から英国にいる母親に手紙を書きますが、その内容は、

日本人は私がこれまで会った中で、もっとも好感のもてる国民です。どんな地位にいようととも、私は日本なら喜んで出かけたいと思っています。


というものでした。

こういう例は多く残されていて、たとえば、「逝きし世の面影」という著作にたくさん出ているようです。こちらに内容の紹介があります。



▲ 本自体は楽天にありました。


しかし、ここで勘違いしたくないのは、「だから日本は素晴らしい」という言葉が仮に私たちの口から出てしまうと、それで、もうダメだと思うのです。


江戸時代や明治自体などに来日した外国人の感嘆は、日本人が「これはすごいこと」だと気付かないで淡々と日常的にしていたことで、そして、そのすごさに気付いていなかった日本人がすごかった。気付いてしまった今は不幸とも言える気がします。今の時代は、「だから日本はすごい」と言わなければならなくなってしまった。

本来は「無言」に戻るべきなのでしょうが、この「不幸」の中、もう少し言葉にしてみます。


たとえば、日本では比較的昔から普通のことだと思えるような、

・道にゴミや糞尿がなく、きれいだ
・玄関前に花などが置いてある
・子どもと大人が一緒に遊んでいる


こういうことは当時の西洋では「発想もつかないこと」だったようです。

西洋では古くから「子どもは小さな大人であり、邪魔な存在」という意識がかなり長く続いており、今は違うでしょうが、「道ばたで子どもも大人も遊んでいる」という光景は夢の世界のように見えたのだそうです。まあ、今の日本は治安などの問題で、そういう光景は少なくなってしまいましたが(道ばたに子どもがいない)。

また、一般的に昔の西洋では、道に糞尿を捨てるのは特別なことではなく、「道は汚いところ」という意識がかなり一般的だったと記録されています。


以前、記事に書きましたが、今、日本はどちらかというと、ふたたび鎖国の時代に戻りつつあるかもしれないということがあり、さらには、「国際社会が日本のことを忘れ去ってくれるかもしれない」ということがあります。

これはリスクの大きさを承知で書けば、日本にとってひとつのチャンスだと私は考えています。もともとの日本にあった(そして本来は今でもある)「特別ではない普通の日常」を取り戻すことができるのかの瀬戸際に今の日本はいるように思います。




一蓮托生の宇宙

私は「人類と宇宙から独立した」ということを最近書いていて、以前、「宇宙も自然もすべてが人類を尊敬しているのかもしれない」と書いたのですが、昨晩、ふと考えがさらに進みました。


すなわち、宇宙とあらゆる自然は、ただ人類を尊敬しているのではなく、人類である私たち以上に、宇宙も自然も私たち人類(すなわち、自分たちを認識してくれているもの)を愛してくれているはずです。人類が消えると宇宙も消えるということがほぼ確実となっている以上、「宇宙の最後の存在意味は人類を存在させ続けること」だと思います。


つまり、宇宙も人類も、その他のすべても「何もかも常に一心同体」であり、そこに優劣はないのだと気付いたのです。


これは「人類は尊敬されている」という考えからさらに進化していると自分で思います。なぜなら、もともと私は「尊敬」という言葉が嫌いだからです。

若い頃から「尊敬している」という人はいませんでしたし、今もいません。
あるのは「好きな人」という区分だけで、それはたくさんいます。

このブログに何度もでてくる作家の埴谷雄高さん、パンスペルミア説の生物学者フレッド・ホイル博士、パチプロの田山幸憲さん、昭和天皇、あとは、米国の元プロレスラーのストーンコールド・スティーブ・オースティンといった人たち。

こういう人たちはみんな好きです。でも、尊敬ではない。

大体、埴谷雄高さんなんて何度も何度もここに小説の引用だとか出させてもらってますけど、「死霊」そのものは読んだことないですからね。「死霊」第一巻は持っているのですよ。でも、3ページくらいで挫折して、あとは「すてきな飾り物」となっています。

ただ、埴谷さんの対談はすべて読んでいて、小説の引用もそれらの対談集などに出てくる引用で理解したものです。「死霊」は私程度の頭の人では「漢字すら読めない」ほどの男性性小説で、おもしろいものではないです。

でも、埴谷さんはカッコイイ。素敵だ。
そういうことになると思います。


宇宙と人類が一蓮托生の関係にあることについては、観念的な問題だけではなく、「私たちを取り囲む微生物の働き」などでも多分わかることのように思っています。先日書いた空間をつないでいるものの正体という記事で、私にメールを下さった方の知人の方のお話を紹介したことがあります。
そこにあった、


 > この世界には微生物が隙間なく蔓延している


という一節。

これが宇宙全体を貫いているとすると、「宇宙は繋がっている」ということが物理的にも言えることになると思うのですが、しかし、ここには以前、「ペアである自分」というものを書く原動力ともなった「壁」があります。

それは、「光速の限界」という物理の問題です。

100億光年先の「微生物」と繋がるためには、光速で100億年かかってしまう。
しかも、宇宙はもっともっと果てしなく巨大に広がっている。


「全部の宇宙が一体」であるためには、この物理の法則を打破する必要があるわけで、だからこそ、「自分の中にある宇宙」を考えてみたくなったり、あるいは「今、私たちがいる場所(たとえば地球)が最も大事な場所だ」ということになるのだと思います。

光速で瞬時に移動できる範囲で物事を拡大解釈していけば、きっと何かがそこにあるような気がします。

そして、それはその時に個人個人考えられる範囲でいいのだと思います。

たとえば今なら「東北のことを考える」でもいいし、「日本と日本人を考えてみる」でもいいと思います。そこから考えが宇宙に繋がっていく日がくると思っています。



どんなに愛される資格があるのかを私たちは知らない

1860年に、通商条約の締結のために来日した当時のプロシアという国の使節団の人は、報告書に、日本人についてこう書いています。


「どうみても彼らは健康で幸福な民族であり、外国人などいなくてもよいのかもしれない」。



実際に、 100年前とかそれ以上前に、日本にやってきたほとんどの外国人の共通の意見が上の意見に集約されています。

とはいえ、その後の 100年で日本の状況はかなり変わってしまった。最近の日本と日本人が「どうみても健康で幸福な民族」かどうかは、かなり微妙で、それだけに今の時期は考えてみるいい機会なのではないかとも思います。


今日は最後に、1876年(明治9年)と1899年の二度日本に来日して、日本が大好きだったフランスの画家のレガメという人が書いた「日本素描紀行」という著作からの抜粋です。中略と抜粋なので、このように続いて書かれているわけではありません。

 私は、午後三時から始めた貧しい人々の住む地域の散策から戻って来た。

 魚屋や八百屋の店先は、夕食のため、たいへん賑わっている。この時刻の盛んな活気は、やがて人気のない街の静けさに移っていくのだろう。

 私は、深く感動して、頭をかしげて戻る。たった今見たすべてのことに、心の奥底まで動かされ、あの誠実な人たちと、手まねでしか話せなかったことが、たいへんもどかしい。

 勇気があって機嫌よくというのが、陽気で仕事熱心なこのすばらしい人々のモットーであるらしい。女性たちは慎ましく優しく、子供たちは楽しげで、皮肉のかげりのない健康な笑い声をあげ、必要なときには注意深い。すべての人が、日中は、家の中でと同じように通りでも生活をしている。

 彼らは、私がどんなに彼らが好きであるのか、おそらく知るまい。また、自分たちに、どんなに愛される資格があるのかも知らない。


guimet.jpg

▲ レガメの書いた当時の東京の風景。これは浅草の射的屋。







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