2011年11月01日



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バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(1)



バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(1)
バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(2)
バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場(3)

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16世紀にジョルダーノ・ブルーノが描いた宇宙の姿


(訳者注) 紹介しようと思った記事はそれほど内容のあるものでもないんです。

ローマ法王のお膝元のバチカンには バチカン天文台 という天文施設があります。ここには、「ルシファー」という名前の望遠鏡のある、世界的に見ても高度な設備を持った天文観測機材があります。

バチカン天文台の新しい光学天文望遠鏡「ルシファー」

という記事でご紹介したことがあります。

そのバチカン天文台の所長であるホセ・ガブリエル・フネスという神父が「宇宙には高度な文明を持つ宇宙人が住んでいて、地球にもやってくるはずだ」というようなことを言っていた記事が出ていたので、何となく昨今のパチカンの窮状とも関係して、いろいろ思うところもあったのでご紹介しようと思ったのですが、どうして、今回が(1)というようなことになったかといいますと、このホセ・ガブリエル・フネス神父が引き合いに出した17世紀の修道士であるというジョルダーノ・ブルーノという人のことを知りました。

この人が「まさに私の理想としていること」を言っていた人だと知ったのでした。

200px-Giordano_Bruno.jpg

▲ ジョルダーノ・ブルーノ。1600年に火刑で死亡。


どういう人かというというと、Wikipediaの説明ですと、

ジョルダーノ・ブルーノ(1548年 – 1600年2月17日)はイタリア出身の哲学者、ドミニコ会の修道士。それまで有限と考えられていた宇宙が無限であると主張し、コペルニクスの地動説を擁護したことで有名。異端であるとの判決を受けても決して自説を撤回しなかったため、火刑に処せられた。


という人のようですが、私はこのジョルダーノ・ブルーノという人のことを、さきほどまで知らなかったんです。

いろいろと読むと、大変に魅力的な宇宙観を持っていた人で、特に、


> 宇宙にある無数の太陽系の間はエーテルによって満たされていると考えていた。彗星は神の意志を伝える役割をもって天界から到達する



という考え。

特にこの中の「彗星は神の意志を伝える役割」という言い方に感心しました。
「ああ、そんな感じの言い方だとピッタリくるなあ」と感じたのです。

彗星に関しては、以前、エレニン彗星が消えた頃だったか、

消滅したエレニン彗星:そして、彗星の存在の意味 (2011年08月31日)

というものを書いたことがあります。彗星が生命の運搬の役割を担っているとするパンスペルミア学説のことを書こうとしつつも、どうも「生命の運搬役」という言い方に機械的なものを感じていたのですが、照れることなく、「神の意志を伝える役割」というようなタイプの言い方でいいのだなあと。

この「」という言い方に関してですが、ブルーノは「神とは心の中に内在する存在であって、宇宙の天国から地球を見ているものではなかった」という説を持っていて、すなわち、「神の存在」(あるいは神の不存在)というものに迫っています。この考えだと、当時では火刑になるのも仕方ないでしょうけれど。


あと、ブルーノは、「宇宙の中心などどこにも存在しない」という立場で、これも先日の「『宇宙が生命を作り出している』ことの証明に近づく新たな観測結果」という記事の最後のほうに書いた、


中央集権的な宇宙の姿(「宇宙の中心がある」的な概念の姿)ではなく、「宇宙が全体として生きている」という感じ



という概念にも近い感じがして、妙に嬉しい気分にさせてくれました。


そんなわけで、ほとんど Wikipedia からの抜粋みたいなものですが、ジョルダーノ・ブルーノという人の「宇宙観」を少し羅列しておきたいと思いました。

私の頭の中にある宇宙の姿とこの人の言っていたことがとても合致するのです。
最近、宇宙観に関して、私は何となく孤立感を感じていたのですが、つまり、私は「古い考え」ということなのだと理解しました(ブルーノの宇宙論が発表されたのは、430年前)。

いくら古いものでも、自分が安心できる世界観にふれられることは嬉しいことです。

それでは、Wikipedia を編集したものですが、ジョルダーノ・ブルーノの宇宙観です。
太字や赤字などは私によるものです。



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