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2012年01月22日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




人々が「神の怒り」と口にしたほどのオーストラリアの悪天候



(訳者注) なんだか、毎晩毎晩、ものすごい量の夢を見続けていて、印象のいい夢もあれば、きわめて不安な感じの夢もどちらもあるとはいえ、どちらかというと後者の「悪夢」のほうがはるかに多いです。まあ、内容そのものよりも、夢自体の「圧倒的な量」に少し疲れます。

今回ご紹介する記事は、先日オーストラリアのメディアで大きく報道された「信じられないような量と光景の落雷」の様子のご紹介で、何とも「不安な感じ」のする光景でした。もちろん、夢の話はこのニュースとは関係ないのですが、最近、夢を見て、どうも不安な感じをおぼえることも多く、「不安つながり」ということで、ちょっと関係ない前振りを書きます。

ちなみに、本記事のオーストラリアでの落雷写真はこれです。


thunder-2012.jpg


目撃した人の話によると、「落雷の光はものすごいのに、落雷の数そのものは少なかった」とのこと。つまり、いちどの落雷で、大量の光が周囲に放出されたという感じのもののようです。

しかも、このようなものがオーストラリアの広い範囲で一晩中続き、その落雷の数は、下の地図の点のところ。どのくらいの数があるのかわからないですが、その落雷の多さがおわかりかと思います。しかも、その範囲。

wether-map.jpg


大体ですけど、上の地図の比率で日本列島の地図を置きますと下くらいで、北海道から九州あたりまでの全域よりも広い範囲での悪天候だったようです。その範囲のすごさがおわかりかと思います。

japan-2012.jpeg

非常に広い地域で壮絶な天候が続いた一晩だったようです。


で、ちょっと横道の夢の話です。


人が夢を見るいくつかの現実的な理由

最近の海外などの研究では、良く感じる夢と悪く感じる夢では、「悪い夢のほうが多い」ということがわかってきていて、ほぼすべての人でいわゆる「悪夢」のほうをよく見るようです。

In Deep の過去記事で、

「夢」についてほんの少しわかっていること (2011年09月22日)

という、夢についての科学研究についての記事をご紹介したことがありますが、その中にこういう下りがあります。



夢の内容のほぼ 75パーセントは「否定的なもの」

誰でも楽しい夢を見たいと思うだろうが、実際には、研究によると、夢のほぼ 75パーセントの内容は否定的であることが判明している。怒りも喜びも、そして恐れも幸せも夢の中で経験することができるが、しかし、最も夢で一般的な感情は「不安」だ。そして、夢全体を通してでは、否定的な感情のものがポジティブなものを上回る。




とあります。

では、どうして「不安な夢が量として先行するのか」というと、夢の研究の国際的組織である「国際夢研究協会」( IASD )の研究(英文)によると、



夢はストレス軽減の役に立っている

夢は、現実での情報を夢で処理することにより、実生活での活動を補助しており、それにより、現実生活でのストレス軽減に大きく役立っている。また、夢での示唆が日常での重要な示唆をあらわすことが認められている。




とのことでした。

要するに、実際のところはともかく、現在の「科学のほうでの解釈」(スピリチュアル的な解釈ではないということ)では「夢は日常の不安や精神のストレスを代償している」という役割が大きいようです。

それにくわえて、様々なスビリチュアルな解釈があるわけで、夢は確かにおもしろいものです。とはいえ、今の私のような毎晩「派手な夢」が続くと少し休ませてほしいです。


ところで、夢の分類は、古代の中国では非常に細分化されていたようで、以前、資料記事として、「古代中国の夢の分類」というものを載せたことがあります。下のような 15種類の夢に分類して分析していたのだそうです。


1、直夢
2、象夢
3、因夢
4、想夢
5、精夢
6、性夢
7、人夢
8、感夢
9、時夢
10、反夢
11、借夢
12、寄夢
13、転夢
14、病夢
15、鬼夢



だそう。

ちなみに、上の「14 病夢」にあたるのかどうかはわからないですが、先日、私が倒れて救急車で運ばれる前の2日間、私は「白い蛇の大群に追われて、最後は噛まれてしまう」という夢を見ました。

「何かに追われる夢」というのは、体調や精神を含めて追い詰められている時が多いようですので、次の日に倒れることを暗示していたというより、そのくらい疲れていたということもあるかもしれません。


でもまあ・・・個人の夢なら別にいいですけれど、最近見る夢は、社会全体を含めたものも多く、そのあたりも何となく少しだけ「微妙な不安」というのは確かにあります。

ただ、自分でもなるべく考えたいこととしては、不安な夢を見て、その不安に負けてしまうようなことがあると、夢の本来の役割のひとつであると考えられている「夢によって現実生活でのストレスを軽減している」ということの「夢の意味」がそがれてしまうわけで、せっかく夢を見ている理由(のうちのひとつ)が消えてしまうと考えます。

なので、その夢が仮に「現実生活での重要な示唆をあらわす」のなら、自分の日常の中で、何かできることをしてみる(考えや行動の改善など)、ということでいいのかなと思っています。それでダメなら仕方ない。

では、オーストラリアの天候のニュースです。



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2012年01月20日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





(訳者注) 私は北海道の岩見沢という町の出身で、高校を出る( 1981年頃)まで、そこで約 18年間過ごしました。大雪が続いていることは知っていましたが、震災以来テレビのニュースを見ていないので、連日、全国版のテレビニュースで紹介されているとまでは思いませんでした。

実家からの電話で聞く話もかなり深刻で、「まだ状況がよくわからない世帯も多い」ようです。つまり、一人暮らしのご老人などの場合、交通を断たれ、補給も断たれて、その状況がよくわからないという状態の世帯がかなりあるようです。


iwamizawa-snow-01.jpeg

▲ 朝日新聞の記事「史上最深の雪、生活混乱 岩見沢194cm」より、雪の重みで倒壊したプレハブ事務所。ちなみに、後で書きますが、この倒壊等は、これからが本番となってしまいます。


先日の実家からの電話では、「みんな、どうしてこんな状態なのに自衛隊が出動しないんだ」と怒っていると言っていました。昨日あたり出動したんようですが、この怒りというのは、普通の意味での自衛隊への感情と違うようには思います。

岩見沢という町、そして、そこで育った人たちは、ある意味「自衛隊と共に育ってきた」のでした。

昔と今では違うでしょうが、そのことを少し書いておきます。



子どもたちと「自衛隊のおっちゃん」たち

岩見沢には自衛隊の駐屯基地があって、自衛隊員がたくさんいました。今もたくさんいると思いますが、戦略拠点としての当時の北海道という意味で、当時のほうが今より多かったはずです。

私の子どものころは学校で「誰々くんのお父さんは自衛隊員なんだよ」というのは普通のことでした。

特に、私の生まれた家は自衛隊の演習地のある広大な森林のすぐ裏(本当に100メートル程度のすぐ裏でした)だったので、夏にはその森でクワガタを捕るのが当時の小学生の普通の行動でした。

当然、演習地の森になど入っていいわけはないのですが、森林の範囲はとなりの市に及ぶほど広く、森林の境界には有刺鉄線がある程度だったので、小学生でもいくらでも入れました。そして、そこは「昆虫の宝庫」でした。夏の日の出と当時くらいにいけば、誰でも何十匹もクワガタをとることができたのです(多くはミヤマクワガタ)。


miyama-02.jpeg

▲ ミヤマクワガタ。大きなクワガタで、いかにも強そうですが、実はアシの力が非常に弱く、木を蹴るだけでいくらでも木から落ちてきました。なので、クワガタの取り方は、子どもたち数人で木をドンドン蹴るという方法でした。


森で自衛隊の人に見つかると怒られるので(そりゃそうだ)、自衛隊の演習が始まる時間の前に森を出ます。でも、何度も見つかったことがありますが、「こらー!」というだけで本気で怒ることはなかったです。


冬は冬で、自衛隊の敷地内にある訓練用のスキー場が日曜日には一般市民たち(小学生だけだったかも)にも開放されて、みんなそこにスキーをしに行くのでした。その時には、子どもは自衛隊の食堂で自衛隊員の人たちと一緒にご飯も食べられた。


今はどうだか知らないですが、その頃の岩見沢という町では、そのように生活の中に自衛隊が普通に溶け込んでいました。なので、「(そんなに近しい関係の自衛隊員たちが)どうして出動しないんだ」というようなニュアンスもあるような気がします(今の岩見沢市民の感情までわからないですが)。


それに、これはまあ私たちが小学生くらいの時に友達同士でそのように言っていただけのことで、実際にそうなのかどうかはわからないですが、

「うちらの町は戦争になったら真っ先にソ連の爆撃うけるよね」

と信じていました。

私の家など演習地に隣接していますから、「オカんちなんて、最初にやられるよ」と言われたりしていたものでした。

それに対しての感想は、

「ま、それならそれで仕方ないよね。この町に住んでるんだもん」

という感じでした。

ちなみに、当時(30年とか40年前)の日本の仮想敵国は当時のソ連でしたから、北海道の自衛隊の意味は大きかったと思います。


そんな町に住む小学生の私たちは、戦争が起きるとか起きないというように考えることはあまりなく、「いつ戦争が起きるんだろうね」と考えていました。「小林くんのお父さんはレーダーの監視をしているから、ソ連が攻めてきたら、すぐ知らせてくれるって」というようなことを言ったりしていた子どもいました。



なんだか個人的な思い出話になりましたが、最近は北海道でも雪が少ない傾向が続いていたので、特に若い方などでは、「雪でよくわからない危険」がいくつかありますので、ちょっと書いておきます。

お子さんのいる方などでは知っていたほうがいいことがあります。



大雪での子どもさんへの注意点

岩見沢では 40年前くらいに前にも大変な大雪がありましたが、それを含めて、私は子どもの頃に何度も大雪を経験していて、その中で最も危険なのは、「屋根から落ちる雪」なのですが、これが最も危険となるのは、雪の降っている時ではなく、雪がやんで、「暖かくなりだした後の日々」なんです。

理由は、暖かさで屋根から雪が落ちやすくなるということもあるのですが、

・雪が解けて「氷」と化していく

のがこわいのです。

そして、北海道は日中は暖かい日でも夜はまた氷点下になり、水は凍りますので、「昼間とけて、また夜凍って」という繰り返しの中で、高いところにある雪が「岩」のようになっていきます。

そして、それが「いつか落ちてくる」ことになります。ここまでになると、もう除雪はできずに、ただの「きわめて重い氷のかたまり」が屋根の上にあることになり、これは落下の危険と共に、「建物の倒壊」にも結びつきます。

雪での家の倒壊は昔からあることで、それ自体は珍しいことではないですが、しかし今年の雪の量と、そして「雪の本番はこれからである」ことを考えると、かなり厳しい問題かと思われます。


倒壊のほうはともかく、屋根の雪ですが、たとえば、下の写真は YouTube に投稿された 1月17日の岩見沢の様子の写真ですが、丸で囲んだところは、いつかは必ず落ちてくるのですが、それは見てもわかると思います。

snow-d1.jpg


これ自体も当たると大変ですが、しかし、暖かい時にはその部分が崩れて、連動して、「後ろの雪も一気に落ちてくる」ことがあるのです。

これがこわい。

私は小学生の時に屋根からの雪で生き埋めになったことがありますが、その場合は「同時に怪我も必ずします」。つまり、打撲や骨折などです。毎年のように、それで死者も出ます。

特に、「ひとけのないところの落雪」では、埋もれたことに気づかれないこともあります。私が埋もれた時は、友達の家の庭で遊んでいたのですが、子どもがいないことに気づいたその家の人が気づいて掘り出してくれたのですが、人が周囲にいない場合は気づかれないこともありえます。


そして、大雪だと家の屋根の形状がわからなくなることが多いということもあります。どこから落ちてくるよくわからない。

特に子どもにはわからない。
見えていない方向から雪が落ちてくることもある。「きっと、このあたりに雪が落ちてくるから、このあたりは大丈夫だろう」と歩いていると、「そうではないところに雪が落ちてくる」わけです。


たとえば、下のような構造だとすると、矢印のすべての方向に雪が落ちる可能性がありますが、しかし、それは「勢い」によって、また距離が違ってきたりする。


house-s01.png


そして、「1カ所が落雪すると、連動して全部一気に落ちてくることがある」ということもあります。


なので、とにかく「建物の近くを歩く時は注意する」としか言いようがないのですが、実際はこの何年もずっと雪がそれほど多くない状態が多かったときいていますので、気をつけていただきたいと思います。

それと、子どもの場合、道路で、道の横に積もった「除雪した雪の山」から道路まで滑っていってしまうことがあります。
冗談のようですが、これもかなり危険です。

大雪の場合には、多くの道路が下の写真のような状態になり、基本的に「歩道が消える」ので、慣れていないと危ないです。

road.jpeg

そこに車が来た場合、小さな子どもだと危ない。寒い日は道路が凍結していて滑るので、道路に滑り出すと、子どもだと自力で止まることができません



なお、今回、屋根の雪が厄介になっているのは理由としては、雪が多いことも原因ですが、それと別の理由は、屋根が平面の建物や、あるいはビルなどには屋上に雪を溶かす装置がついているのですが、写真や動画を見る限り、「雪解け装置の機能の限界を越えた雪が降った」と思われます。

ビルの上の雪が解けていない。

実家の電話で言っていたのですが、あちこちの建物の上に大量の雪が積もっており、除雪の人手が足りてもいないようで、建物の倒壊が相次ぐことも心配だと言っていました。


iwamizawa-snow-02.jpg

▲ 町の様子を見ても、ほとんどの建物の上の雪が解けていません。


実家の母親は、あまりの惨状に、「ここまでなったら、もうどうしようもない」と、もはや苦笑していましたが、でもまだ終わっていないですからね。本格的な雪のシーズンはこれからです。

ちなみに、上の YouTube 動画の説明にありましたが、岩見沢市というのは平均海抜が 18メートルしかないところで、この低さでは過去に例がない積雪数値となっているのだそう。

同じ海抜の地域での雪の量では「世界記録」のようです。


そんなわけで、実家の町のことを少し書きましたが、ちなみに、「雪」では興味深いニュースが海外であり、「サハラ砂漠が雪が降っている」のだそうです。

米国のテレビニュースで紹介されたもので、短いものですので、ご紹介します。



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2012年01月19日



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(訳者注) 昨日、知り合いの女性の方からいだたいたメールの内容がとても印象深いもので、それは私がたまに書く「ものの形のこと」だとか、「〜のように見える」ようなことについてこだわっていることを、「エネルギー」という概念を含めて書いてくださっていたものでした。

そのことを前置きで少しだけ書きます。


「〜のように見えるもの」にこだわる理由

エネルギーというのは、つまり、神話や伝説などでにも出てくるそのような概念のことで、言い方や表し方はいろいろでしょうが、私は、以前から「〜のように見える」ということが、なぜかとても重要だと考えるようになっていて、このブログでも、頻繁にそういうくだりが出てくることがあります。

それらの記事は下らないと考えれば下らないものですが、たとえば、過去記事では、




・宇宙の玉姫様、あるいは雪の天使のように見えるもの

tama-02.jpg

▲ 記事「クリスマス・イヴのCMEは歓喜の爆発? それとも断末魔の叫び? 」(2011年12月25日)より。



・龍のように見える太陽の磁気フィラメント

filament_2011.jpg

▲ 記事「「太陽が笑った」: 目は黒点で口は磁気フィラメント 」(2010年12月09日)より。





のような「〜のように見える」ということだけを取り上げたものが、特に宇宙関係の過去記事にたくさんあります。

そういえば、 NASA の火星探査機が撮影した写真を拡大していて、「まことちゃん」のようなものが火星の表面に立っているのを見つけたことがあります(笑)。

下の写真です。



▲ 記事「ありがとう、スピリット: 火星の真実を自らのボディで示してくれた無人探査機の引退 」(2011年05月26日)より。

なお、上の「まことちゃん」を最初に記事にしたのは、2009年のクレアなひとときの記事でした。
一応リンクしておきます。

火星写真館 (2009年11月07日)

火星 Blur 写真館 - ナマコとその仲間たち (2009年11月08日)



どうして、これほど「〜のようなもの」にこだわっているのか、自分でも今ひとつわからなかった部分があるのですが、そのメールの内容を読ませていただいて、うっすらとそのあたりのイメージも芽生えてきたような感じも少しだけいたします。

まあしかし、そのあたりのことはおいおい書かせていただくとして、こんな話から始めたのは、今回の記事は、天文学者たちから『天地創造の柱』と呼ばれている星雲の話なのですが、これがまさに「〜のようなもの」の集大成のような感じのものなのでした。

それは、へび座というところにある「わし星雲」というものですが、観測によって、その星雲のこれまでには見られなかった「形」が鮮明に見えてきた、というものなのですが、とりあえず、その写真を載せます。


eagle-m16.jpg


このわし座の中心部に『天地創造の柱』と呼ばれている部分があるようです。

ところで・・・「火星の上にまことちゃんを発見した私」ですが、上の「わし星雲」を見た瞬間に「そう見えたもの」を一応書いておきますね。それは1966年の『サンダ対ガイラ』という日本映画でした。

これです。

sanda_gaira.jpg


わし星雲を見た瞬間にこの光景を思い出しましたので、自分にとってはかなり「〜のようなもの」だったようです。

ちなみに、この『サンダ対ガイラ』というのは日本のモンスター映画ですが、どういう映画かというと、 Wikipedia から抜粋させていただきますと、


作品の根底には日本古来の神話『海彦山彦』が敷かれ、「細胞分裂によって分身した“父と子でもなく、兄弟でもない”二体のフランケンシュタイン(いわばクローン)の争いが描かれた。



というものでした。

海彦山彦・・・クローン人間・・・どちらもいろいろと思うところのあるキーワードではあります。

ちなみに、私がこの映画を初めて見たのはテレビでの映画で、小学生の時でしたが、とても怖かった。その頃は、『サンダ対ガイラ』と聞くだけでどうしようもならなくなりました。

なので、今、わし星雲に見えている「戦っているサンダとガイラ」の姿にはやや恐怖も感じます。


さて、怪獣話はともかく(苦笑。でも、最近多いです)、本記事のご紹介です。

本記事のほうの写真は、上の写真の中央のあたりに様々な色の星が光っていたりしているものも写っていて、もう何だかすごいです。



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2012年01月18日



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(訳者注) 先日、1月6日くらいでしたか、自宅から救急車で搬送されたことを書いたのですが、その時の状態を具体的に書かなかったので書いておきます。こういう個人的なことは書いても仕方ないと思っていましたので書いていなかったのですが、今日ご紹介する記事との関連ということもあり、書いておきます。

なお、私は、二十数年前に、いわゆるメニエール症候群等と呼ばれる原因不明のめまいの強烈な発作をやっており、それとは別に長いパニック障害との付き合いの歴史があります。パニック障害というのは簡単にいうと、「自分は死ぬのではないかという恐怖」が様々な症状として出てくる病気なので、まず、何か症状があっても考えるわけです。

「これは本当に体がヤバいのか、それとも単に心(精神的)なのか?」と。

で、めまいなんかの場合は、大体は神経的なことのほうが多いんです。

パニック障害のひどい時なんて、「風景自体がグニャグニャに歪んで見える」んですよ。ムンクの「叫び」ってありますけど、あれは、一般的には「心象風景」と言われそうですけど、パニック障害の人だとわかるはずなんですよ。

「ああ、ムンクってパニック障害だったんじゃん」と。

ああいう風景に毎日襲われる。

でも、何年もやっていると慣れてきて、またよく効くクスリもあるわけで、年数が経つとわりと乗り切れちゃうわけなんですね。


なので、よっぽどのことでなければ、「強いめまいを感じる」くらいのことでは、自宅から救急車を呼んだりはしないのですよ。

でも、今回は呼んでしまった。
それは「死の恐怖」が頂点に来たからでした。
エラソーなこと書いていても、私なんか弱いものですよ。



制御のとれない恐怖の中で

で、その主症状なんですが、夜中に目覚めて、少し起きていた時のことでした。




・自分の体の制御がとれない。手と足や首の動かし方がわからない。

・チック

・風景が見えない(暗くなるのではなく、風景の映像がすべて横に流れる)





などです。

「手と足や首の動かし方がわからない」というのは、「わからない」というのは変な書き方で、制御不能になったわけです。脱力はしていないのですが、手を動かす方法、脚を動かす方法がわからない。なので、床に倒れたまま。

これ、自分でもすごいなと思ったのは、「そうなるかも」と、事前に気づいて、まだ指が動くうちに救急に電話をして、その直後、動けなくなりました。夜中でしたので、奥さんを声だけで起こしました。

「悪い。倒れちゃったから救急車呼んだの。ちょっとゴタゴタするけどごめんね」

と言って、ほぼ不動となりました。

そして、ここ何日かで知ったのですが、私のお知り合い関係を含めて、年末から最近まで「極めて体調が悪くなっていた人たちがたくさんいた」のでした。それも何か特定の病気になったわけではないのに、立つことができないほどの状態になるような人もいて、それが本当に結構な数なのです。

ちなみに、その方々は通常での知り合いも、インターネットでの知り合いの方もいるのですが、体調を崩したのは女性ばかりでした。


それで、今回のニューヨークの女の子たち十数人が「原因不明の症状」に陥っている記事を読み、「うーん」と思ったのです。

その症状が、

・自分の体の制御がとれない
・チック


というのは私と何だか似ている。
なので、気になったのです。

全然関係ないですが、私は昨年の今頃、このブログで書いていた記事を思い出しました。

ポールシフトです。



ポールシフトと重力

1年ほど前は In Deep ではポールシフトの記事が多く、結局、

・ポールシフトは続いていて、その速度は加速している

ということがアメリカの大気局(気象庁)などの発表でもわかったわけですが、その後のことがわかりません。

当時の記事は、



などがありますが、この400年くらいで、どんどんスピードを上げて、磁極は移動しており、加速は止まっていないようなのです。

あの一連の記事から1年近く経っているわけで、またポールシフトはいっそうの加速をしている可能性は強いと思うのです。


まあ・・・・・これと体調が関係あるなんてことを言いたいわけではないですが、人間の体と精神が磁場に影響を「まったく受けない」ということもまた考えにくい感じもしたりもして、いずれにしても、現在のポールシフトの状態を知りたいなあとも思いますので、そのうち調べておきます。

本当に2012年に磁極がひっくり返っちゃうという可能性もないではなさそうですが、しかし、物理的なポールシフトではないですので、その影響は「壊滅的な災害」というようなものとは違う、何か「人間そのものと関係するもの」である可能性もあるのかもしれません。もちろん、これは単なる推測です。

また、先月、「「ポールシフトは地球の脅威ではない」と NASA が説明」という記事もご紹介しており、ポールシフトという現象自体は、物理的な現象としては、さほど恐れるようなものではないということも言えそうなのですが、しかし、「磁場の大きな変化」というものは、「何かの変化に結びつくのでは」という感じは個人的にはいたします。


では、ここから米国のニューヨークのハイスクールで、女学生たちが「原因不明の制御不明等の症状」に困惑しているニュースです。

写真は同ニュースの米国テレビ報道からのものです。



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2012年01月17日



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以前、「世界各地で発生する「地震ではない」大地の振動 (2011年12月12日)」という記事で、昨年来、世界中で「地震ではない振動」に見舞われている出来事が相次いでいることをご紹介しました。

その現象にくわえて、実は昨年来、「原因不明の異常な音が広範囲に響き渡る」という報道や、 YouTube への投稿が相次いでいます。

その種類は様々ですが、たとえば、下の動画はアメリカでのものです。
昨年2011年8月にコロラド州で地震がありましたが、その直前に録音されたものだそうです。





上のものは、いろいろな意味でフェイクではないという可能性が高そうなのですが、ただ、この「ドーン、ドーン」という大きな音が何なのかは未だにわかっていません。

他にも様々な「音」が様々な国から報告されています。

とはいえ、ものが「音」なので、実際のところがよくわからない部分があります。もっといえば、音は編集でいくらでも入れ込めることができるものでもあり、フェイク映像を作るのにこれほど簡単なものはありません。

このあたりは私が最も得意なジャンルで、 Mac でなら寝ながらでもフェイク映像がマウスだけで作れます。
素人の私でも、1時間もあれば、10本くらいの「謎の音」の映像は作れるはずです。

たとえば、下のものは、ロシアで撮影されたとして YouTube にアップされていたものを、その本編はわりと長いので、ほんの少しをだけこちらで再アップしたものなんですが、これなどは現実なのかフェイクかわからない部分はあります。




いずれにしても、現在ではパソコンがあれば、誰でもこのような動画を作ることはできるわけで、「謎の音の動画」は、その真偽からして判断することが難しい現象ではあります。

しかし、その報告数はかなり多いということもあり、また、文字の報道の数も多く、それらをすべてフェイクと考えるのも少し無理がある。

今回は、それらをまとめて報告していた米国のブログ「エクスティンクション・プロトコル」の記事をご紹介しておきたいと思います。

ちなみに、これらのことに私がとても気になっているのは、振動にしろ大きな音にしろ、それらの中の本当に起きて、理由のわからない現象に関しては、これらが「地球内部からのものである」という可能性をとても感じるからです。



地球で何か起きるとしたら、「内側から起きる」ような気もしたりします

In Deep にはカテゴリーとして、

地球の内なる太陽

というものがあります。

これは、単純に地球空洞説のようなものを書きたいということではなく、文字通り、「地球の中心の太陽」のことを知りたいということがあります。

それは、現実ではなく「概念」でもいいのです。

とはいえ、やはり、実際には私たちの住んでいる地球はどのような構造になっているのかの「現実」を知りたいということもあります。

正直にいって、最近では、現在の一般的な科学や地質学での「地球の構造」というものをあまり信じられなくなっています。合理的に考えると、今の地質学にはむしろ不合理な面の方が多くなっているような気がするからです。

とはいえ、科学に疎い私には科学的な反論など言えるわけもなく、「専門家(あるいはインテリ)以外は沈黙せざるを得ない現実」というものがここにあります。なので、できる範囲で、地球に関しての興味深い報道や文章を紹介したいと思っています。

「感覚と知識の理想的な統合」というような時代が近いうちに来る、と考えるほど私は楽天的ではないですが、私が死んだ何千年か後にそういう世の中になっているといいなとは思います。

さて、それでは、ここから本文です。



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2012年01月16日



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前回の記事「「聖書は日本人のために書かれた」という奇妙な概念の存在」の続きのようなものです。

あんまりこの話だけを長引かせたくはないので、今回のでとりあえず終わりとしたいですが、その記事で一部引用させていただいた『聖書との対話』という福田定良さんという方の書かれた本を酒を飲みながら、いつものようにパラパラとテキトー読みをしていたんですが、その中にとても印象深い話が載っていたのでご紹介したいと思いました。

それは「(聖書での)神と人間の関係」についての話でした。


ちなみに、書いたものを読んでみるとものすごく長くて、途中が文字ばかりで何か味気ないですので(苦笑)、最初に昨日見た結構すごい写真を載せておきます。

昨日のスペースウェザーのトップにあったもので、スウェーデンのエステルスンドという町で撮影された極域成層圏雲( Polar Stratospheric Cloud )というものだそうです。

colored-cloud-2.jpg


マイナス80度などの超低温の層圏で発生するものだそう。
まあ、きれいといえば、きれいだし、見方によっては不安げでもあります。

そういえば、1月3日の記事に書いた神社で見た彩雲はこれのごく小規模な感じのものでした。


さて、それでは、ここから話に入ります。

ところで、この『聖書との対話』の著者である福田定良さんという人は、生い立ち自体もわりと印象的です。




『聖書との対話』著者が聖書にふれるまで

・戦前、幼少の時に寺にもらわれ、お寺が養家となる。

・将来の僧侶として育てられる。

・寺の近くの男性に「僧侶になるなら『聖書』という本も読まないとダメだ。お経だけ読んでいちゃ、いい僧侶にはならない」と言われる。

・大学の哲学科に進学し、学科の関係でも聖書を読む必要が出てくる。

・その後、第二次大戦が始まり、1944年にインドネシアのハルマヘラ島の野戦病院で看護士として派遣され、終戦までそこにいる。

・その野戦病院に戦闘で負傷して入院していた軍人から「はじめにことばあり。ことばは神とともにあり。ことばは神なりき」からはじまるヨハネ伝をすべて口ずさまれるという体験をする。

・その後、戦地で入院中のその軍人から聖書に関してのたくさんの講釈をきくことになる。その軍人は、聖書をほぼ暗記していた。

・その出会いから終戦に至るまで、様々な話や人との出会いが続く。






というものです。

要するに、この著者の福田さんという人は、生まれてから「どう転んでも、聖書のほうに引き寄せられる人生だった」といえるような感じがします。お寺に引き取られた話、大学、戦争。すべてがそこに向かっていた人生だったように見えます。

そして、この人は一度も「特定の宗教も信仰もなかった」という点も特筆です。キリスト教徒であったこともありません。

それは信心がないというより、「信奉する理屈がない」という感じがとてもいたしました。

このあたりは何となく私と似ています。


「どうして私たち人類は存在しているのか」だけを考え続けた 2011年3月11日以降

自分はそもそも生きていて、それでたまには幸せだったり幸せでなかったりを感じますが、生きていて存在しているのに「どうして神や宗教を持たなければならないのだろう」という「理屈」が今に至るまでわからないのです。

最近、それは「宇宙」であり、「存在そのものである」という方向に行ってはいますが、しかし、私は宇宙を信奉しているわけではない。なぜなら、シュタイナーなどの言う西洋神秘学の考えでは、「宇宙はすでに死んでいる」わけで、それを信奉するのは何かおかしい。

物理的な周期を法則の中で繰り返している宇宙はすでに生きていなく、それを生かすために「人類は誕生した」というのが、西洋神秘学の根幹だと思われます。

このあたりは私は完全な素人ですので、これ以上は書けないですが、2011年3月11日の震災後の数ヶ月、ずっとこのブログに書き続けた中にそのことに何度かふれていますので、該当する記事をリンクしておきます。


日記が多いですので、「このあたりにその記述があります」と書いておきます。

ぼんやりと外を見ていて気付いた「宇宙の計画」
(2011年05月09日) ※ この記事は大体全部その関係です。

人類の現在 (2011年04月11日) ※最初のほうの「予言からの離脱」というセクションあたりから。


まあ、震災後の2ヶ月くらいは上のような記事ばかり書いていたので、どれも似たようなものですが、日本を襲ったあの災害の中で、「私たち人類はどうしてこの世に存在しているのだろう」と考えないほうが不自然で、毎日、いろいろなところを歩き回りながら、そのことばかり考えていました。

そして、このこと(私たちはどうしてこの世に存在しているのだろうということ)を考えるのをやめた時点で、「私たちは存在しないも同然かもしれない」ということにも薄々気づいてきました。しかし、その「どうして存在しているのか」ということについてはわかるわけもないし、今後も実際の部分はわからないと思います。

なぜなら、多分、「実際には何も存在しない」と思えて仕方ないからです。

しかし、存在しない中で、私たちはさらに考え続ける。
あるいは、「考えることだけ」が存在の意味なのかもしれません。


何だか、また話が逸れていますが、本題である『聖書との対話』の「とても印象深い話」というのをご紹介します。

これは、この本の作者の福田さんが、インドネシアの戦地で、多分、1944年だと思いますが、野戦病院にいた軍人の言葉として書かれています。

その軍人さんが病院にいる数週間の間、毎日毎日聞かされていた数々の話を覚えていたり、書き留めていたもののようです。なので、その人の「語り口調」で再現されています。膨大に長いもので、そのごく一部の抜粋です。

その中に出てくるいくつかの言葉が印象的でした。

ちなみに、ここに出てくる聖書の「ヨシュア記」とか「出エジプト記」いうものを私は読んだこともなく、その内容を知りませんので、書かれてある聖書の内容自体が正しいのかどうかはわかりません。

なので、下手な編集も出来ないので、その部分を、カッコなども含めて原文のまま抜粋しています。改行だけ適時しています。

このくだりは、「モーセが生まれたことを語った後」からのものです。

(ここからです)



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2012年01月14日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





今回のものは最近のものでもなないし、インターネットのものでもないです。今日偶然出会った「本」の話です。

年末に引っ越しまして、まだ町の周辺の状況をあまりよく知らないもので、時間ができた時にはいろいろと見て回っています。今日、外を歩いているときに道路でいろいろと車やら通行人やら様々が込み入っていて、「ああ、もうなんか進むのが面倒くさい」と、道で立ち止まって、ふと横を見ると、そこは古本屋さんでした。

私の新しい家から急げば1分かからない場所でしょうか。
すぐ近くです。

「へえ、こんなところに古本屋が」

と、初めてその存在に気づき入ってみました。

引っ越してきてから、そろそろ2週間経つというのに気づいていなかったほどですから、とにかく小さな古本屋で、何の期待もしないで入ったのですが、そこにある本の品揃えは何だかすごくて、前衛芸術と思想のマイナー本がズラリと並び、そこから心理、歴史、宗教などの中の「ややカルト」な本が並んでいたのです。

並んでいる本のタイトルを眺めているだけでも楽しかったのですが、宗教コーナーの棚に『聖書との対話』というタイトルの本がありました。

背表紙に書かれてあるのはそれだけで、この『聖書との対話』というようなことだけなら別にどこにでもありそうなタイトルの本なので、手にとったこと自体が不思議なのですが、その帯に書かれてあった文字に興味を持ちました。

(帯より)




聖書は日本人のために編まれたという奇妙な信者との出会い。突然の来訪、預言めいた手紙・・・謎が謎を呼ぶ哲学的××小説? そして・・・独創的スタイルの旧約案内。





この「聖書は日本人のために編まれた」という文字に反応してしまって、少し立ち読みしたんです。

すると、書いている人自体はわりと普通の人のようなんです。

著者は、福田定良さんという方で、経歴を見ると、1970年の定年まで法政大学の職員をされていた方のようで、その年代を考えると、現在もご健在であるかどうかは微妙ですが、文章を見ても極めてまじめな人であることがわかるのです。

その人が「聖書は日本人のために編まれた」という人たちと出会って、長く付き合いのあったということを書いているものでした。


私も昨年来、どうも聖書の呪縛が強いもので、こういうフレーズには弱いという部分があるのですが、こんな「聖書は日本人のために編まれた」という主張を信じたり、広めたいということではなく、引っ越した土地で偶然見付けた「奇書」ということで、その「はじめに」をそのまま抜粋したいと思いました。

本編の全体は私もまだ読んでいません。

引っ越しとか倒れたりとかいろいろあって、本などをじっくり読むまでには、あと少しかかりそうです。

でも、この「はじめに」だけでもおもしろいですし、これを書いている方の真面目な気質がおわかりかと思います。

ここから書きます。
改行をいくつかこちらで入れていますが、他は原文のままです。



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タグ:聖書

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2012年01月13日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





(訳者注) 1月3日にご紹介しました記事、

陰陽論から見た「龍の年 2012年の予測」その1:天運から見た地球

の続きです。

前回の記事によると、風水や四柱などでその年を予測するには、

1. 天運
2. 地運
3. 人運


というものをそれぞれ見なければならないそうです。

前回記事では「天運から見た2012年」ということで、2012年は 水の龍を意味する「壬辰」の年であり、「水」に関係する多くのことが起き、また、「土と水は反発する関係」ことから、水が大きく動くことは、「地の動き」にも関係して、すなわち、地震や火山の噴火も多くなると予測していました。

日本は地震大国ですので、年がら年中地震が起きます。

しかし、昨年の3月11日のような大きな被害を伴う地震は来なければいいなあとは思いますが、しかし、やはりそれもわからないわけで、「地震の発生要因とそのトリガー」が確定していない以上は、基本的には地震の予測はできないと私は考えています。なので、「来たものに対して冷静に対処する」という以外はないようには思います。



夕陽の横の富士山を眺めながら

噴火も同じことで、火山の噴火は地震に比べると直前の予測がある程度できることもある自然現象ですが、しかし、「噴火を止めること」はできないのです。

今の私の家のベランダからは真っ正面に富士山が見えますが、以前の記事、

あらかじめ予測されていた小氷河期の到来(2) 「鎖国」と「富士山大噴火」を生み出した前回マウンダー極小期
(2011年11月09日)

という記事にも書きましたが、もし仮に本当に太陽活動が長期間の極小期(何十年も黒点が出ない)に入りつつあるのであれば、その数十年の期間に、様々な大きな火山が噴火すると思っています。これは「太陽からの磁場と宇宙線の関係」というものと関連する話ですが、それに関してはここでは書きません。あえていえば、過去記事の、

地震のトリガーについて (2011年05月21日)

というものに私の考え方を書いています。

この「宇宙線と地震や噴火」の問題はセンシティブですので、それ以降は書いていません。


いずれにしても、私のベランダから見える富士山も今後の何十年の間に噴火するのかもしれません。

しかし、「それは災いなんだろうか?」と最近思ったりします。


どこの国でも「山への信奉、信仰」はあり、そして、日本と日本人の山への想いの最大の存在としての山はやはり富士山だと思います。

尊い山、気高い山。それが噴火しただけで悪魔のような扱いを受けてしまっていいのだろうかと。

というより、「火山というのは噴火するために存在している」わけで、時代の中で噴火のサイクルに巻き込まれたなら、それも時の運というか、偶然というか、そういうもののような感じがする最近だったりします。


haku.jpeg

▲ こちらは北朝鮮の「聖なる山」である白頭山。火山の噴火として威力(度数)でいえば、富士山より大きいです。


ちょっと前まで、富士山なんて何の興味もなかったんですが、今は、ベランダから晴れている時は毎日見えていて、そのうちに親近感も沸いてきまして、最近の夕方はベランダで酒を飲みながらアントニオ猪木風に、「やるのか? おい!」と、富士山に話しかけています。


地震でも噴火でも台風でも、被害や苦しみはイヤなものですが、人間にはそれを完全に防御することはできないし、完全に予測することもできない。なら、いつ起きるのかわからない災害を必要以上に怖がるのは精神的に負担が増すだけのような気もして、普通に適度な準備をしているなら、あとは忘れて過ごすのがいいのではないかとも思います。

では、ここから本文です。



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2012年01月12日



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(訳者注) あけましておめでとうございます(もうええわ)。

何だか倒れた日あたりから時間とか日付けの感覚が何となく曖昧で、つい人に会って上のように言ってしまう最近です(脳を調べろ、脳を)。← いや、調べたんですよ。運ばれた緊急病院が深夜の CT や MRI が可能で、脳の中もバッチリ丸見えでした。


さて、そんな体と頭の弱い話は放っておいて、今日の記事です。
今回もニュースというようなものではないですが、海外の「旅行サイト」で見付けたおもしろいもの。

それは「水の龍」の写真です。


1月3日の In Deep の記事で「陰陽論から見た「龍の年 2012年の予測」:天運から見た地球」という、風水の人の書いていたものを紹介いたしました。

今年は辰年であり、世界中がイヤー・オブ・ドラゴン(龍の年)なわけですが、上の記事にこんなくだりがありました。



2012年は「壬辰」の年で、これは中国語で、「水の龍」をあらわす。
(中略)

「龍」の内部に隠された要素である「水」要素が、「陽の水」のために表面に出てくる。

それは、大地から地表へとやって来る水の出現をあらわす。





というものです。

なんだか、その写真を見てこのくだりを思い出しましたので。


先に写真を載せますと、これです。


sea-monster.jpg


この写真は、アルゼンチンの「タフィ・デル・バジェ」という町を旅行した時のことを書いた旅行記にあったものです。写真だけ見ると、水の流れや波にも見えますが、撮影した人は「水の中を巨大なものが泳いでいったので、慌てて撮影した」とのこと。

これが出ていたのがオカルト系のサイトなら特に驚きませんが、この写真が出ていたのは普通の旅行サイト内のブログで、そういう中に唐突にこういうものが出てくるとちょっと笑います。


ウミヘビ、ウナギ、オースラリア大ミミズ・・・正体は何なのかわからないですが、ここは、「水の龍が出た」ということにしておきたいと思います。ちなみに、最近のものではなく、2007年のものですが、私が偶然目にしたのが今日でした。


では、単なる旅行記なんですけど、一応記事をご紹いたします。
旅行の写真の途中で唐突の上の写真が出てきます。

ちなみに記事に出てくるサン・ミゲル・デ・トゥクマンというアルゼンチンの町は、昼間とても太陽の日差しがキツく、大人子ども関係なく「昼間は昼寝をする」という過ごし方をするのだそうです。



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2012年01月10日



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(訳者注) 今回は何かのニュースではないのですが、最近、ふと気づくと、この

the entire Universe is One and that what we think of as "reality" is just an illusion
「すべて(の宇宙)はひとつであり、そして、私たちが『現実』と考えていることは幻影に過ぎない」



というようなフレーズをネットなどで目にします。

今回は、YouTube に誰かが作ってアップした動画に偶然行き当たりました。英語のものなんですが、内容を訳してご紹介するには、少し長く、しかも、あまりよくわからないものなのですが、いろいろな人たちの言葉、言動、行動などをまとめているもののようです。


ちなみに、私自身、上の「ような」意味、すなわち、


すべてはひとつであり、実際には現実(この世)は存在しない


という概念は、昨年の後半くらいからの私のグリグリの概念で、今では完全にそう考えています

しかし、それをそのまま言ったところで他の人に伝わるものでもないし、それに、何より自分でもよくわからないということがあります。


なので、私は「理屈」が欲しいんだと思います。


In Deep で、たまに取り上げる記事の中での存在論や物理論は、できれば、自分でもその「すべてはひとつであり、実際には現実は存在しない」ということをひとつひとつ「理屈」と重ねながら理解したいという意味なのかもしれません。



real-01.jpg

▲ その YouTube 動画より。「これらのひとつの輝く集団は、何兆光年もの範囲にわたっている」というような感じのことが書いてあります。


考えてみれば、このブログに、「 In Deep 」というタイトルをつけた時から、この「リアルとは何か」という命題と共存していくことになるような感じは予想されたような気もいたします。このブログのタイトルの元となった、しりあがり寿さんの『弥次喜多 In Deep 』という漫画の最終的なテーマは「この世は存在するのだろうか」でした。


登場人物たちは常に「リアルとは何か」と自らに、そして、他人に問い続けて、江戸の時代を生き続けます。


リアルとは何か?


そして、『弥次喜多 In Deep 』での結論は、「現実は存在しないからこそ、自分の足で前へ進んで現実を作っていく」というところで終わっています。つまり、「現実が存在しようがしまいが、私たちは日々、前や後ろに進んで、そして、感情を表して、物理的な動きと観念的な動きを提示し続ける」ということ。


それが「人間」だと。


私も今はそう思っていますが、しかし、現実の発表やニュースの中で、もっとそれを確かに知りたい気持ちもあって、今後もそういうニュースを見つけたいとは思います。

そんなわけで、その YouTube のビデオの説明文を翻訳しておきます。
この人は「宇宙そのものが意識」だと書いています。

なお、文中で言葉を引用されているニールス・ボーアという人は、1922年にノーベル物理学賞を受賞した科学者で、こちらによると、「量子論の育ての親として、前期量子論の展開を指導、量子力学の確立に大いに貢献した」という人のようです。


bohr.jpeg

▲ ニールス・ボーア。1920年代。

では、ここからです。




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タグ:意識 量子論

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