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2012年03月05日



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町の遊郭の名残とかロシアの空のミステリーのような光を地元で見た夜のことなど



最近、宇宙のこととかを書くことが多かったんですが、さきほど気づいたら日記みたいなのを書いていました。


同じ街

私が生まれて高校を出るまでいた北海道の岩見沢という町のことです。これまで自分の街のことなど(なんの興味もないので)ネットで調べたこともなかったのですが、今年の大雪のことで何度かこの町のことをネットで調べることがありました。

その中で知ったのは、「どうやら今では、岩見沢という町の本当の歴史は記録から抹殺されている」ということです。


私の父親は真面目な教師でしたが、その父親、つまりおじいちゃんはヤクザで、岩見沢の近くにある栗沢という小さな町のテキヤの親分でした。その9人だか10人の兄弟の末っ子として生まれたのが私の父親でした。その9人の兄弟は全員が勤め人となり、それも、みんな教師とか役人とか裁判官など真面目な仕事ばかりについていましたので、よほどテキヤのおじいちゃんの生き方が反面教師になっていたようです。子どもは誰もテキヤの組の跡を継ぎませんでした。

そういうこともあり、私は父親からも、あるいは、その兄弟たちからもよく昔のいろいろな「岩見沢の実体」の話を聞いていました。

岩見沢というのは北海道で最初の鉄道の中心となった町で、岩見沢を起点として北海道各地に交通網が広がることになりました。そんな小さな町がどうして交通の中心地となったのか。あるいは、そもそも「岩見沢」という意味は何なのか。


ここからは戦前の話です。

一般的に「岩見沢(いわみざわ)」は「湯を浴びる沢」(ゆあみさわ)として発展したからだというように言われてきました。でも、この町には温泉など昔からありません。それでも、この周辺の当時の炭鉱夫たちは岩見沢で毎日のように湯を浴びたのです。

なので、ここが「湯を浴びる沢」であったことは事実です。
では、炭鉱を掘っていた男たちは「どこでお湯を浴びた」のか。


それはこの岩見沢という町の本当の名前の由来と関係すると思いますが、当時この町は、北海道で最大級の「遊郭街」のひとつだったのです。そこで男たちは「湯を浴びた」のでした。


うちのおじいちゃんのような人たちがどういう場所に「テリトリー」を作っていったのかを考えればわかりますが、

・炭鉱で働く男たち
・現地に有り余る彼らの給料

となると、当然、彼らの欲求に応じる店が次々と出来ていきます。

遊郭が次々と立ちます。
すると、遊郭のある「ゆあみさわ」にどんどん男たちが集まる。

彼らをターゲットにした賭博をする場所があちこちにできる。
その「賭場」を仕切っていたのが私のおじいちゃん系の人々たちです。


私の町にはそういう発展の経緯があるのですが、今はネットのどこを見てもその話は出ていないので、「なかったこと」になっているようです。

実際、その面影は今はあの町にはどこにも残っていません。

何年か前に帰省した時に、父親の車で移動している時、父親が、ある通りで、

「このあたりは、ずーっと遊郭と賭場が並んでいたんだよ」

と言いました。

「1度だけ夜に親父についていったことがあってさ。まだ小学生だったかな」

父親は今 70代ですので 60年以上前のことだと思います。

「すごかったなあ・・・何もかも」

と言っていました。

東京に吉原という場所がありますし、神戸だと福原とか、岐阜の金津園など、全国にいろいろとありますが、そういうものの北海道のにあるもののひとつが岩見沢という町だったようです。札幌はススキノという形で多少その名残もありますが、岩見沢はすべて消えました。

なので、本来は北海道の岩見沢という街は、

・遊郭
・賭場
・鉄道


という北海道での3つの発祥地だったのです。

でも今は、3つめの鉄道だけが歴史の文字に残されているだけで、上の2つは「なかった歴史」となったのかもしれません。そういう意味では、テキヤの親分だった、うちのおじいちゃんあたりも「存在しなかった人」ということになりそうです。

ちなみに、このおじいちゃんは四国の高知で生まれました。
そこから「一山当てに」開拓中だった北海道に確か十代でやって来たと聞きました。


今住む街も

さて、なんでこんな話を書いたかというと、今住んでいる埼玉県の所沢という町も「メジャーな遊郭街だった」ということを最近知ったからです。

以前いろいろと歩いている時に、妙に古式ゆかしい町並みがあることには気づいていましたし、所沢市には「有楽町」という町もあり、何らかの「歓楽の営み」の気配はあったのですが、それらの古い町並みには遊郭も含まれていたことを知りました。

こちらのページに街並みの写真がたくさんありますが「江戸時代から宿場町だった所沢には「浦町」と呼ばれる花街があり、明治・大正時代に栄えていた」と書かれてあり、そのあたりを何度か散歩したことがあったのですが、何十年くらい前まで続いていたのかはわからないですが、そのあたりは歓楽の場所だったようです。


84-56-thumb-300x200.jpg

▲ 上のサイトにある写真。「三好亭」という料亭。かつて、こういう建物が数多く並んでいたことは今でもかすかにわかります。


ただ、現在の所沢周辺は「超高層住居ビル」の乱立で沸き返っていて、かつての町並みはほぼ死んでいます。

高層マンションにより「完全に日当たりがなくなった古い家」も多数見られます。
良い悪いの問題ではないですが、寂しい光景ではあります。

また所沢の高層ビルはそのデザインがスゴイのですよ。

『未来世紀ブラジル』という1984年のハリウッド映画をご存じでしょうか。
そこに出てくる威圧感のある政府ビルそのもののような感じで、見ていて圧倒されます。

下から眺めていると、「呼吸が苦しくなる」ような圧迫感があります。


skylise1.jpg

▲ 所沢にはこんな超巨大高層マンションがたくさんあります。しかも、たったこの10年の間に建てられたものばかりだとか。


まあ、そんなわけで、生まれた場所も今住んでいるあたりも、近所が遊郭街だったという共通項もあるのだなあと知った次第です。


「共通項も」と「」と書いたのは、「裏が軍隊」というのも似ているからです。岩見沢で、特に私が小学生から高校を出るまで暮らした家は、自衛隊の北海道岩見沢駐屯基地の演習場のすぐ裏でした。

すぐ裏というより、その演習場の森林との境界と 100メートルほどしか離れておらず、地図レベルでは「自衛隊の敷地内そのもの」みたいなところでした。現在は、わりとすぐ裏に所沢米軍基地があります。

ここは通信基地で、正式名はアメリカ第五空軍の 374空輸航空団に所属する米軍通信基地「所沢トランスミッターサイト」というもののようです。

所沢市のホームページを見ると、ここは明治44年(1911年)に、日本で最初の飛行場ができた場所だそうで、戦後の1945年の第二次世界大戦後に米軍に接収されて、現在に至っているようです。今、私の住んでいるところはものすごく低空から飛行機が飛ぶのを見ることができます。機体番号が読めるほどの低空です。

さて、日記のシメとしては、その米軍とは関係ないと思うのですが、先月あたりにその米軍のあるあたりの空で見た光景の話です。

それは冒頭に載せた写真と関係します。


空の円

冒頭に載せた写真は 2009年の10月6日にロシアで目撃された「空の謎の光」です。ロシアでは一般ニュースでも取り上げられた、わりとメジャーなミステリー現象でした。今でも YouTube に動画があります。




これは結局なんだったかわからなかったんですが、先月くらいに、私も「同じようなもの」を空に見ました。

大きさも大体同じでしたが、ただ、あんなにくっきりと明るいわけではなく、上の写真に細工するとこんな感じでしたでしょうか。

tokorozawa-circle.jpg


日付けをはっきりと覚えてなくて、2月のはじめか1月の終わりくらいだったと思います。あれだけの大きさだと見ていた人だと他の人でも記憶に残っていると思うのですが、ただ、時間が早朝(深夜)4時くらいだったので、その時間にボーッと空を見ている人の数が多いとも思えないですが。

私はそのくらいの時間に起きることが多く、そのまま外に行って空を見ることもわりとあります。その時に見ました。

よく考えてみれば、奇妙な現象なのかもしれないですが、その時はなぜか別に違和感も感じず、10分間くらい眺めていたのですが、ちょっとコワくなって部屋に戻りました。あのあたりは通信基地があるし、いろいろと空にも影響あるんだろうなあ」とは考えていました。

場所はちょうど所沢の基地の「真上」でした。

そして、そのまま忘れていたのですが、先日知り合いにその話をしたら、すごく興味を持っていたので、今回書いてみました。



  

2012年03月04日



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(訳者注) かなりタイムリーなんですけど、昨日、「ビッグバン宇宙論は人類に有害」というような意味の記事を書きました。そうしましたら、今朝、この「現在の宇宙論の崩壊」というテーマと関係しそうなニュースがありました。

もともとは、NASA のハッブル望遠鏡サイトのニュースリリースという「宇宙観測のお膝元」からのものです。
NASA のニュースリリースはこちらです。

Dark Matter Core Defies Explanation in Hubble Image
ハッブルが撮影した画像では暗黒物質のコアを説明することができない
2012.03.02 NASA ハッブルサイト ニュースリリース


ニュースの内容は、「銀河団の衝突から形成されて、合併したと考えられる巨大な銀河団アベル520の暗黒物質と暗黒物質の中心(暗黒コア)にある銀河と、その高温ガスの分布を示す合成画像を公開した」というものですが、その写真に写る様子は「現在の宇宙論では説明不能」なのだそう。

このアベル520は、2007年に発見されたもので、当時から「暗黒物質の分布が銀河と一致しない」ということが言われていたようです。しかし、今回、NASA が新たに提出した画像により、曖昧だったそれらの問題が「明確」に突きつけられたということのようです。


暗黒物質の存在は、現在の宇宙論の根幹のひとつ

暗黒物質理論とは「現在のビッグバン宇宙論を支える根幹のひとつ」であるのですが、これら暗黒物質は、存在を見ることも感じることももできなく、計算上だけで「あるもの」とされているものです。

なので、たとえば、「暗黒物質」が全否定されれば、宇宙理論を根本から考え直す必要さえ出てくるのかもしれません。

しかし、そんな難しい話は科学者たち当人の話であって、私たちとしては、昨日の記事にある「この世は無限であってほしい」という夢を持てればそれでいいのだと思いますが(とはいえ、その夢が実現されるためには「ビッグバン宇宙論」が崩壊する必要があるわけですが)。


ところで、その NASA が発表した「説明することができない」という星雲の写真そのものが、また異常に美しいのです。
こちらです。

hs-2012-10-a-large_web.jpg


まるでイラストのようですが、NASA の最先端宇宙望遠鏡のひとつが写しだした現在の宇宙の姿のひとつのようです。


今回の翻訳記事は、宇宙に関しての情報量と開示の速度でトップクラスのサイト「デイリーギャラクシー」のものをご紹介します。今回の NASA の発表でかなり混乱した様子の内容の文章になっていて、後半は何が説明されているのかよくわからない下りもあります。それでも、「どうしてそういうことにになりうるのか」という理由を、現代宇宙論で説明しようとしています。


どうでもいいですけど、最近「シンクロ」のペースが早い感じがします。今回も「昨日書いたことの関連が今朝のニュースに出ていた」ということになりましたが、こんな感じのことが多いです。


最近は料理に時間が多くとられているのですが、記事もなるべく書きたいと思います(止まったら止まっちゃうから)。

料理というか、ここ何十年か、すっかり塩分が少なくなってしまった日本の料理全般に次第に我慢できなくなってきていて、少なくとも(酒のつまみなどで)自分で食べるものだけは、昔ながらの日本の味にしたいと思って、自分でいろいろと作るようになりました。「昔ながらの日本の味」なんていうとえらそうですが、それはつまり「昔はなんでも、しょっぱかった」ということですね。

私たちの子どものころの日本の食卓はとにかく、煮物は醤油で真っ黒だったし、梅干しや塩からや塩鮭などは「塩よりしょっぱい」といわれたようなものばかりで、それでごはんをたくさん食べるのが食事というものでした。「減塩」という概念がどうしてこんなにこの世にはびこりだしたのかよくわからないですが(強制したりされたりする問題じゃないはず)、味の薄いブリのアラ煮とか、甘い梅干しとか食べているとしみじみとさびしいです。

話が逸れそうですので、本記事に入ります。



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2012年03月03日



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「ビッグバンは人類にとって有害」だと知った日に

前回の記事で「ニュートン」といういろいろな意味で有名な(有名すぎる) 17世紀の科学者のことについてふれましたが、この「ニュートンとの絡み」はしばらく続きそうな気がします。

前回の記事「土星を周回する「月の龍」」でこのように書きました。


ニュートンは自然科学者としてだけ教えられてきた私たちが受けてきた学校教育の価値観についての話です。

実際にはニュートンの研究の大半は今の時代でいえば「オカルト」に属するもので、ニュートンは、錬金術の研究、賢者の石の捜索、ヘルメスのエメラルド版の解析、そして、聖書の研究と、聖書の予言の解析などに人生を費やしていました。

どうして私たちの学習の歴史では「こちらが無視されてきたのか」ということは、科学史を考える上でかなり重要なことのように思います。




そして、少し前の「現代のジョルダーノ・ブルーノを作り出さないために(1)」という記事では、「進化論とビッグバン理論」が現在の科学の最大の阻害となっているかもしれないと書きました。

しかし、さらに言うと、上のうちの「ビッグバン理論」。

これが現代の科学だけではなく、「人類存在全体の概念の中で最も有害な概念かもしれない」ということにさきほど気づいたのです。宇宙論としての正否ではなく、「ビッグバン理論は、人類が持つすべての概念の中で最も有害かもしれない」という意味です。

そのことに気づきました。

まあ、また夢で見ただけですけど(自分の考えごときじゃ、私は何も気づきやしないです)。

でも、どうして「正否」を越えて「有害」なのか。
そのことをどう書くといいのか・・・。

でも、少し書いてみたいと思います。



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(訳者注) 最近たくさん書いているなあと思います。実際に日々ニュースが多いこともあるのですが、どうにも止まらない・・・という部分も多少あるようです。

まあ、過去の自分のブログの例を見ても、止まる時には一気に止まる傾向にあるので、書けているのは嬉しいですが。クレアの時は一度止まったら、そのまま半年以上更新が止まりました。今度止まったら 30年くらい更新が止まるような気がします(更新再開は墓場から)。


さて、昨日、土星に関係する記事「予想以上に「地球のきょうだい」であることがわかりつつある土星の衛星タイタン」というものを書いたのですが、今朝また土星関係の見出しを見ました。

また土星の「衛星」の話です。

今回はディオネという衛星。

この衛星を最初に見つけたのは現在の NASA の土星探査衛星の名前にもなっているフランスの天文学者ジョバンニ・カッシーニという人で、土星の衛星を数多く見つけた17世紀の人です。

ジョバンニは活動の序盤に(それが書きたかったのかよ)土星の衛星レアなどを発見して、1684年にディオネを発見しています。今から、330年位前のことですかね。

Giovanni_Cassini.jpg

上の写真がカッシーニで、この自画像が似ているのならかなりのイケメンですよね。

17世紀の科学者では、ニュートンもかなりのイケメンでしたが、このニュートンに関しては、最近書いている「次のブルーノを作り出さないために」という中のシリーズのどこかでふれると思います。

ニュートンは自然科学者としてだけ教えられてきた私たちが受けてきた学校教育の価値観についての話です。

実際にはニュートンの研究の大半は今の時代でいえば「オカルト」に属するもので、ニュートンは、錬金術の研究、賢者の石の捜索、ヘルメスのエメラルド版の解析、そして、聖書の研究と、聖書の予言の解析などに人生を費やしていました。

どうして私たちの学習の歴史では「こちらが無視されてきたのか」ということは、科学史を考える上でかなり重要なことのように思います。

ちなみに、そのニュートンの聖書の解釈では、次の世の中(新しい世界)は 2060年に訪れるとしており、そこにはこのように書かれています(抜粋)。




新しい天と新しい地。
神は人々を思い煩って涙を涸らし、泉を贈り、小さき者どもを作り、完了する。
神とキリストの栄光に照らされ、生命の樹が茂る楽園の川に潤される。
世界の王はみずからと民と聖人の栄光をもたらし、永久に統治する。





さて、逸脱に次ぐ逸脱の様相を呈していますので、本題に入りましょう。

土星の衛星ディオネ。

今回の記事は、そのディオネに酸素があったというニュースなんですが、ディオネに大気が存在するということは以前から知られていたようで、それほど大きなニュースというわけではないのに、記事を「見た」瞬間にご紹介しようと思ったのは、今年が 2012年だからです。

それは今年 2012年がイヤー・オブ・ドラゴンであり、辰年であり、「龍の年」であるからです。
それは土星の衛星ディオネの写真を見るとおわかりかと思います。


dione.jpg


そして、龍。

ryuu-2012.jpg


ディオネの写真は以前から見ていましたが、それが龍の顔であることに気づいたのが今日でした。上の「龍の顔」を刻んでいる白い部分は、記事によると、「数百メートルの深さのある氷の崖」だと考えられているそうです。


このディオネが下の写真のように土星の周りを「月」として回っています。
下のほうの線のようなものは「土星の輪」。

dione-ringside.jpg


龍といえば、出所も時期も不明ながら、海外の資料サイトに古い写真が貼ってあり、それは下のような写真でした。


japan-dragon.jpeg


日本海( Sea of Japan )の上に「USSR」とあり、また、朝鮮半島が分断されていませんので、1950年代以前のもののようです。
戦時中あたりものかもしれません。
強そう。

それでは、今日の本題記事です。



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タグ:ディオネ



  

2012年03月01日



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abell1835.jpg


今回は翻訳記事ではないです。

前日書きました「米国の火星ミッションが事実上終了へ」という記事を読み直しているうちに、やはり書いておきたいことがあることに気づきました。「どうしてこのようなことになってしまったのか」という根本的な理由に関して、記事では私の考えを書かなかったからですが、やはり書いておきたいと思います。

それはこのブログの存在意義とも直結する大事な話だからです。


ところで、このような宇宙計画の予算の削減に関しては、報道では大体「国家予算の削減の中で」という言葉が併せて使われるために、それを最初に読んでしまうと、「確かにアメリカの予算も大変だしなあ。宇宙どころではないし」と最初に思いこんでしまう部分があります。まあ、予算が大変なのは事実だとしても、それは、今回の NASA の失敗の根本的な理由とは関係ないことです。

米国の宇宙開発の歴史は、その時間も内容も濃いもので、それなのに、オバマ政権下で、(どんな形であれ、大気と生命が生存している星として、火星は人類が最初に訪問できた可能性の高い惑星であるにも関わらず)火星計画が中止となったということは、「NASA のミス」であり、「科学界全体のコペルニクス的転換を促す出来事」なのだとも思います。

そのことを書きたいと思います。

私は米国の政権の事情も、NASA の内幕も知りませんので、内容が合っているとか間違っているということは別としても、これは現在の「全世界の科学的組織が持っている問題と同義だ」と考えていただいてもいいかと思います。

つまり、米国だけでの問題ではなく、日本の国立天文台やJAXAや東大の宇宙研究機構や宇宙線研究所など日本や世界のあらゆる科学機関も「同じ問題を抱えている」(のではないか)と。

なお、世の中には陰謀論がたくさんあり、米国は宇宙の秘密を隠しているとか、 NASA も宇宙の真実を隠している、などの話はたくさんありますが、それに関しては私は知りませんので、「そういうことはない、あるいは関係ない」ということで話を進めます。



科学者集団としての苦悩

米国政府と NASA の関係は、トップのほうの立場にいる人はともかく、政府と NASA それぞれの2つの中にいる人々は「基本的に人種が違う」ということをまず考える必要があります。

つまり、政府という集団が「政治家とその関係者の集団」であるのに対して、 NASA は基本的には「科学者の集団」であるということがあります。この2つの間の溝というのは基本的に深いと思います。

そして、きれいごとを抜きにして、このどちらの集団の人たちも「名誉や名声」、あるいは、「人々からの賞賛」、または「財産」(あるいは研究資金)などを望んでいるとします。

その場合、

・政治家たち

の「名誉と名声」を得る方法と、

・科学者たち

が「名誉と名声」を得る方法はそれぞれ違うということに気づかなければならないと思います。

政治家がどのように名誉を得るのかのほうは私はよく知りませんので、そちらはどうでもいいです。


問題は後者の「科学者が名声を得る」手段。これは政治家のように街頭に立って、研究の内容をマイク演説でいくら繰り返しても得られません。

科学者の名声というのは、

・研究の成果
・実験の成果


が目に見える形で発表され、それが「評価」されないと得ることができないのが通常です。

要するに、ものすごく頭のいい将来有望な科学者でも、「私は将来ものすごい発見と発明をすることが確定しているので、先にノーベル賞の賞金くれない?」と申し述べても、それはもらえません。


どんな科学の賞でも、賞が伴わなくても賞賛や、あるいは「科学史に名前が残る」といった行為には実際の「論文」などが必要です。

その論文の内容自体は理論でもいいし、実験結果でもいいのですが、それが提出され、他の科学者たちの目にふれ、「素晴らしい」と判断された時にはじめて、その科学者は「名誉や名声」を得ることができます。あるいは、研究継続のための「資金」が国や財団などから提供されたりします。その資金がなければ誰も研究を継続できません。

では、その研究の「是非の判断は誰がするのか」。


ここがまずひとつのポイントです。

これを判断するのは、私の家の裏にある焼き鳥屋のオヤジではありません。

「科学界」が判断します。

まず、それぞれの分野の小さなグループや学会などが存在すると思うのですが、詳しいことは知らないですが、いずれにしても、「科学的に認められている学会」が、物理にも化学にもそれぞれのジャンルにあり、そして、上のほうには世界的な権威が存在します。たとえばですが、科学なら米国のアメリカ化学界とか、天文学ならイギリスの王立天文学会とか、そういうものが頂点にあって、

それらから完全に無視されるような研究や人物が世界的な名声を得ることは非常に難しい

ということは、多分言えると思います。

そして、 NASA 。

トップの人たちや職員の中には政治家寄りの人たちも多くいるでしょうけれど、NASA で実際に多く研究や観測や開発をおこなう NASA スタッフの多くは「科学者」だと思われます。

つまり、彼らが名声を得る方法は政治家とは違い、上のように、科学的に認められる。あるいは科学的に驚くべき研究や発見を行わなければ、科学的な名声を得ることは難しいはずです。


さて。


その「科学界」というものに現在、根本的に横たわっている基本的概念が、現在の多くの科学の進展を阻害し、そして、今回の NASA の火星開発の中止のような、一種、無駄な研究の挫折というようなことを生んでしまっています。

その「現在の科学界の基本的な概念」というのが何かというと、いろいろとあるのでしょうが、大きく次のふたつです。

・進化論(あるいは自然選択説)

・宇宙有限論(あるいはビッグバン理論)


です。

そして、現在はすでに、このふたつの科学の基本的理論がすでに機能していなくなっていることを一番知っているのは「科学者たち本人」だと思います。2008年くらいまでなら上の理論のほころびを何とか覆い隠せる程度の発見で済んでいたのですが、もう無理です。

2010年頃からの宇宙での発見や、あるいは極限環境微生物などをはじめとする地球上での新しい生物の発見の数々は上の2つの理論をとどめておくことに限界が生じていることを示しています。

私は素人ですので、理屈からのその理由は書けません。

ただ、ブログで海外の報道や研究論文を翻訳しているうちに、やはり上の2つの理論は「そろそろ真面目に考え直さなければならないのではないか」という思いは以前より強くなっています。


それでも、上に書きました理由のように、現状では「科学界では反逆者やアウトローは生き残れない」という事実があります。科学界のアウトローがどうなるのかを実例を示します。

命か名誉か、どちらかを失った例です。



科学の世界のアウトローたち

西暦 1600年にイタリアの科学者であり修道士のジョルダーノ・ブルーノは「宇宙は無限で、そこに神はいない」と主張して、教会から焼き殺されましたが、今のままではまた同じことが起きてしまう可能性があります。

もちろん、「命」そのものではなく、立場的に焼かれてしまうということですが、それでも、「話すことのできない科学者」は命があるとは言えません。


あるいは、私が、「クレアなひととき」を含めて、ブログを継続して書いている動機となっているもののひとつに、ふと古本で100円で買った英国のフレッド・ホイル博士という人の著作があります。パンスペルミアという概念を知ったのはその著作によります。

フレッド・ホイル博士は、当時、最もノーベル賞に近かったひとりでしたが、博士はノーベル賞を受賞できませんでした。そのくだりは Wikipedia にこのようにあります。


フレッド・ホイルの共同研究者であるウィリアム・ファウラーは1983年にノーベル物理学賞を受賞したが、ホイルの元々の貢献は何らかの理由で見落とされた。ホイルのような著名な天文学者の業績が受賞の対象とならなかったことに対して多くの人々が驚いた。



「ホイルの元々の貢献は何らかの理由で見落とされた」とあります。「何らかの理由」。

これは、フレッド・ホイル博士が、ジョルダーノ・ブルーノと同じで、「その時の科学界の意見に従わなかった」からです。

ホイル博士は一生を通じて、

・ビッグバンの存在の否定
・進化論を否定


というふたつの意見を持ち続けました。

そして、その結果、博士は天文学と元素合成に著しい功績を残しながら、上のような科学界での扱いを受けました。「その貢献は何らかの理由で見落とされ続けた」のです。フレッド・ホイル博士が 17世紀に生きていてたら、ブルーノと同じ運命だったかもしれません。


17世紀には、ジョルダーノ・ブルーノの火刑で見せしめをして、科学界の意見は落ち着きました

20世紀も、フレッド・ホイル博士がノーベル賞を取れなかったという、「立場の焼き殺し」の見せしめによって、やはり科学界は落ち着きました。

その証拠として、今でも多分、学校の教科書には、

・進化論
・ビッグバン

このどちらも掲載されているのではないでしょうか。

そして、これは NASA が火星の発表について慎重になった理由とも直結します。それは前回も書いた「火星へ送った探査機に付着した地球上のバクテリア」の問題とも関係あります。


しかし、まだまだ長くなりそうですので、この話は何回かにわけます。

ニュースの翻訳などもありますので、続けて書くというのではなく、その合間に適度に書きたい時に続けます。


進化論とビッグバン理論のせいで、「発見したものに適切な説明をつけることができない」という事象は世に溢れているはずで、そのタガを外せば、科学は一気に進むと思うのです。

ブルーノが亡くなって 400年経っても世の中の「権威に従え」という基本的な構造はあまり変わっていない。

そのことがどうにも残念です。

今回、ジョルダーノ・ブルーノが自著『無限、宇宙および諸世界について』の最後のくだりで、ブルーノ自身に対して語りかける役割の男性の台詞を書いておこうと思います。
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