<< 1  2 

2012年04月12日



In Deep のトップページは http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




「地球外生命からのメッセージは人間自身の DNA の中にある」と主張するオーストラリアの宇宙生物学教授



(訳者注) 上のタイトル通りのもので、人間の DNA の中に地球外生命のメッセージコードが存在するかもしれないということを言っている教授の話です。これを言っているのは、オーストラリアのマッコーリー大学という大学のポール・ダヴィースという教授です。

マッコーリー大学というのはマッコリみたいな名称ですが、極めて著名な大学で、エンジニアリング、テクノロジー、化学の分野でオーストラリアで最高峰の研究機関大学です。


ちなみに、このポール・ダヴィース博士の言うことはほとんど私もその通りのように思っています。真実かどうかはあまり関係なくて、(時の流れを別として)私の考えとほとんど同じと感じました。そういうこともあり、ご紹介します。それこそ、この博士と一緒にマッコリでも飲んで語り明かしたいです。


ところで、記事の最後に、毎回「1年前の In Deep 」というリンクを載せていますが、1年前の記事を見ると、その時にも今日とほとんど同じようなことを考えていたことがわかりました。

2011年04月13日の「ちょっと小休止」という記事ですが、その前日、つまり1年前の4月12日に書いたことにふれていました。

その部分を少し抜粋しておきます。
今回の考えにも通じるような感じです。


夢は未来を予測しない

「人類の宇宙の記憶からの決別」はあらゆる活動と現象に及び、夢も例外ではないのかもしれません。つまり、一般的に言われるように、夢は宇宙の記憶に触れるという現象「ではない」可能性があります。夢も「宇宙の記憶とは関係のない人類の単独の現象」だという言い方にもなるかもしれません。

なので、夢は基本的に社会全体の未来を予知しないと思われます。

夢の正体は、その人の DNA が何十億年(期間は様々)の間に蓄積され保存され続けてきた「その人のもつ DNA だけの過去のあらゆる歴史」に触れていることだと思われます。なので、その個人の宇宙の中の人生で経験したあらゆることに毎晩ふれているといってもいいのかもしれないです。

たとえば、未来のような風景に見えてもそれは過去なのだと思われます。

そして、夢を見る意味は、過去の自分を知ることでのキュア(治療)であると同時に、自分が経てきた何億年、何百億年のすべての人生の学習でもあり、それを見ることで、自分の人生に「自分の価値観」を反映させることができる。

地球の人類文化の中にあるあらゆる価値体系(嗜好、趣味、音楽、文学、芸術など様々なもの)は、夢と現実を DNA の中を相互に行き来する行為の中で確認されて、そして、現実の中で芸術や、あるいは「個性」として花開くということなのかもしれません。

つまり、夢での学習がないと、人類の文化はこれほど多様に展開しなかった可能性を感じます。




へえ・・・。
こんなこと書いたのかあ・・・。

まあ、今も結局同じ考えということで、私は相変わらず何の進歩もないようです。

ただ、最近は上のうちの「過去とか未来」という時間軸も存在しないかもと考えるようになっています。

というわけで、ここから本記事です。
結構おもしろい記事ですので、お読みいただけると嬉しいです。



続きを読む





  

2012年04月11日



In Deep のトップページは http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





jupiter-01.jpg


(訳者注) 今日は宇宙関係の話題を2つ、別の記事としてアップしたいと思います。最近、どうもダラダラと長くなる傾向にありますので、今回のはどちらも大変に興味深い記事ですので、短めですが、2つにわけることにしました。

まずは、「木星」の話題です。

木星は太陽系で最も大きな惑星で、また、最近は観測上での大規模な変化が多く、よく記事になる惑星です。過去記事翻訳記事の下にリンクしておきます。



▲ 木星と太陽系の他の惑星の大きさの比較。


ところで、この「木星」には非常に奇妙な特徴があることをご存じでしょうか。

Wikipedia の木星から、その部分をピックアップいたします。「木星電波」という項目です。



木星電波

1955年、バーナード・バーグとケネス・フランクリンは、木星から発せられた断続的な22.2メガヘルツの電波信号(電波バースト)を検出した。(中略)研究によって、木星は3種類の電波を発していると判明した。

2010年には、木星磁場とほぼ一致する領域から強いX線が放射されていることが日本のX線天文衛星すざくの観測で判明した。




つまり、木星からは「3種類の電波」が常に放出されているのです。

そして、さらに「木星からはX線(エックス線)が放出されている」ことを日本の観測衛星が突き止めています。

なお、上にある 1955年に最初に木星から電波が発せられていることを発見したふたりの科学者のデータは、現在 NASA のデータライブラリーに収められています。
英語ですが、下にあります。

The Discovery of Jupiter's Radio Emissions
木星からの電波の放出の発見


この「木星から電波が出ている」という前提でご紹介するのが本日の記事となります。

この「X線」が出ている「場所」が判明したのです。

それは、これまで科学者たちが推定した場所とはまったく違う場所で、なんと木星の「北極」と「南極」の両極からでした。地球でいえば、「北極と南極から同時に強力なX線が宇宙に放出されている」というような話で、これは確かに不思議な現象といえそうです。

これは NASA のチャンドラ人工衛星のX線撮影により判明しました。


では、早速記事をご紹介します。





続きを読む



  

2012年04月10日



In Deep のトップページは http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





今回は、コラムのような雑記ですが、 4月10日10月4日というのは、私個人には結構なインパクトを持つ日ですので、メモしておこうかと。

4月10日の何が奇妙かというのは、なかなか厄介な感じの話となるのですが、たとえば、過去記事の、

十字を描く古代インド数字「4」を巡る旅
 2011年09月15日

の頃に「数字の4」ということに興味を持っていたことがあって、古い文字あたりまで遡ったりして見ていると、たとえば、現在使っているヨーロッパのアラビア数字は、アラビアのインド数字に由来されていることを知ります。

そして、その中で、「インド最古の数字」の表記に行き当たります。
それはブラーフミー数字というものなのですが、下のような表記となります。



「4」が、十字であり、また、漢字での10、つまり、「十」となっているということを知ります。また、同じ古代のインド文字体系のカローシュティー文字では、現在の4は「X」と記します。

なので、このあたりを簡単にまとめますと、


・アラビア数字の「4」は
 4

・ブラーフミー数字(インド最古の文字)の「4」は
 bra-2.png

・カローシュティー数字(インドの古い文字)の「4」は
 caro3.png


そして、上と「形」が似ているものとして、

・漢字の「10」が
 

・英語のエックスは
 

・ローマ数字の10(テン)は
 


というようなことになり、たとえば、今日の4月10日の「数字の部分だけ」を上の数字と入れ替えると、次のような組み合わせが次々と出てくるのです。

十月十日 (ブラーフミー数字の4と漢字の10)

X月十日 (カローシュティー数字の4と漢字の10)

十月X日 (ブラーフミー数字の4とローマ数字の10)


というような混乱甚だしい表記が可能な日なのです。

まあ、それを言い出すと、他の例でもいろいろとあるのでしょうが、しかし、4と10というのが様々な数字で一種の「特別扱いされている」ということは感じていました。

それは、そのふたつとエックスは数字の中央付近に十字架を内包しているからです。アラビア数字でと漢数字では他にあまりないと思います。

4x.jpg


過去記事の「十字架がこの世にできた理由 (2011年09月13日)」という中では、もちろん私個人の単なる考えとしてのものですが、


・十字架はカオスの世界に秩序を導入するための現実的な手段


という推定を書いたことがあります。

それが本当かどうかは別として、そういうふうに考えると、今日4月10日という日は、すなわち、

十月十日 でもあり、
X月十日 でもあり、
十月X日 でもある

という今日は「カオスの是正日」とでも言いたい日であります(笑)。
10月4日もそうですけどね。


そういえば、以前ご紹介させていただいた female日記というブログの記事に、結構すごいことが出ていました。

そのことも少し書いておきたいです。
続きを読む



  


In Deep のトップページは http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





自分のガンと戦う物質は「自分の体内にもともとある物質」だった


(訳者注) 現在、イギリスで販売部数第1位の新聞は、デイリー・テレグラフという新聞で、これは一応「高級紙」という分類にあたり、内容においてはそれなりの信憑性もあるとは言えるかもしれません。今回の記事はそのテレグラフ紙のオンライン版に掲載されていたものです。


その見出しはなんと「すべてのガンに作用するワクチン」。


見出しを見て、私など「ほんまかいな」と、やはり思うわけです。


読んで見ると、このワクチンで使っている主要な物質は、いわゆる化学薬品とかではなく、「もともと人間の体の中にあるもの」のようなんです。



それは MUC1 というもので、何のことだか全然わからなかったので少し調べてみました。Weblio のがん用語辞書にはこのように書かれてあります。



muc-1

特定の上皮細胞(臓器や腺を始めとする身体各部の表面を覆っている細胞)と母乳の生成に関与する乳房細胞に認められる物質。乳房、卵巣、肺、および前立腺に発生する腫瘍においても認められる。



要するに、ものすごく簡単にいうと、私たちの体の中に普通にある「身体各部の表面を覆っている細胞」のことのようです。


つまり、生まれてからずっと私たちの体のなかにある細胞。その MUC1 から「ガン細胞を探して破壊する」という作用のあるワクチンが開発されたという記事です。


これを読みまして、「ああ、ガンもかあ」と思いました。


昨年、「人間自らの力で歯を再生させる虫歯治療」が英国のリーズ大学で開発されたことを記事にしたことがあります。



 2011年08月24日


英国のリーズ大学で開発されたその方法は、「小さな虫歯ができたら歯の表面にペプチドの液体を塗るだけ」というものでした。


また、このペプチドは虫歯の原因であることがわかっている「ミュータンス連鎖球菌」の成長を確実に止めるという作用があることがわかり、ドイツの研究所では、「抗生物質のかわりの物質がもうすぐ開発される」という発表も昨年されました。


これも「ペプチド」でした。



 2011年06月09日


この「ペプチド」というのは要するにアミノ酸がつながってできたもので、人間の体の中にも、常にあるものだと思います。



どうやら、非常に多くの病気に対して、


人間は、自分の体内だけで細菌や症状に対抗できる、あるいは再生や治癒をできる能力を本来は持っている


ということが次第に明らかになってきました。



それを発見し続けているのは科学の力ですが、しかし、私たち一般人も「人間の体内には明らかに自己治癒能力がある」と「思ってみる」ということは大事なことのようにも思います。


ひとつの考え方が変われば、他の変わるような気がしたりもしますので。


拡大解釈していけば、もしかすると、人間はエネルギー(カロリーやビタミンなどの意味でのエネルギー)も自らの体内で産出できる能力があることがそのうち発見されるのかもれません。



最近の医学の発展を見ていて、19世紀にセルビアで有名だった予言者のミタール・タラビッチの言葉が思い出されます。


タラビッチは 1800年代の終わりに以下のような言葉を残しています。




世界中で奇妙な伝染病が蔓延する。だれもその治療法は分からない。人々は考えるに考えるが、正しい治療法を見つけることはできない。だが、治療のカギとなるものは人間自身の中や周辺にあるのである。




確かに「治療のカギとなるものは人間自身の中」にあるのかもしれません。

しかも、まだまだたくさん。



ところで、この MUC1 でのガン治療は、日本でも以前から行われていることを今回調べていて知りました。


免疫療法 - 進行膵がんのMUC1療法」という山口大学の腫瘍外科学教授の岡 正明さんの論文がありました。これが2006年のものですので、かなり以前から日本でも研究は進んでいるもののひとつのようです。


ここからテレグラフの記事の翻訳です。




続きを読む



  

2012年04月09日



In Deep のトップページは http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





今日はうちの子どもの小学校の入学式でした。

私は「学校」と名のつくところに長時間いると吐き気がするし、パニックも出てしまい、それは奥さんも知っているので、子どもの入学式には出席しなかったのですが、学校の門の前まで一応ちゃんとした格好をして(笑)、送りました。

まあ、ちゃんとした格好といっても、私はネクタイを今でも一本も持ってないので、昔のヤクザ映画か、タランティーノのレザボアドッグス(肥満バージョン)かという感じもありますが、それで見送り、その帰りに散歩すると、桜が咲いている。

Reservoir20Dogs20-20Soundtrack.jpg

▲ クエンティン・タランティーノの傑作映画『レザボア・ドッグス (1992年)』。リンクは日本語予告編です。


「今年はちょっと遅いのかなあ」と、時事のニュースを見ない私は、それでも、これ幸いと道ばたのいろいろなところにある桜の花を見ながら散歩していました。

家のほうに戻ると、小学生の子どもたちがまだお昼前なのに帰宅している。入学式の日は、2年生以上の子たちは、むしろいつもより早く帰宅できるのかもしれません。

先日、この町の「1丁目の新入生歓迎会」というのがあって、私も行ったのですが、そこでは班にわけられていて、私の子どもの班では1年生はうちの子どもだけで、他に数名の近所の子たちがいて、1ヶ月くらいの間はその子たちが、新1年生と一緒に登校してくれるのだそうです。

その、「うちの子の班」にいた、確か小学2年生の女の子がタッタッタッと走っていく。

「明日からはうちの子は、あの子とも一緒に学校に行くんだなあ」

と思うと、彼女の前に走り寄って、「なにとぞ、うちの息子をよろしくお願いいたします」と敬礼しようと思いましたが、それも「ユーマくんのオトーサンは微妙に変態」というような評判になるのもアレですのでヤメて、そのまま歩きました。

その「1丁目の新入生歓迎会」の時には、うちの子どもと同じ班の、やはり小学2年生の女の子が私にいろいろと説明してくれました。

なんというか、子どもにもよるでしょうけれど、今の小学生2年生あたりの女の子は、何だかものすごくしっかりしています。


女の子 「最初のですね、1ヶ月は私たちの班と一緒に学校に行きます」
わたし 「あ、そうですか。うちの子をよろしくお願いします」
女の子 「何か学校のことでわからないことがあったら相談して下さい」
わたし 「えーと・・・僕がですか?」
女の子 「いえ、ユーマくんが」
わたし 「あ、そうですね。はい、よろしくお願いします」
女の子 「そういえば、そこのとんかつ屋のK亭さんは行きました?」
わたし 「いえ、まだ引っ越して日が浅くて」
女の子 「行くといいですよ。大人でも子どもでもおいしいメニューです」
わたし 「はい。今度行きます」


というように、42歳差という年齢の差のどちらが上だか下だかわからないほどしっかりしているというような子たちもいる最近の小学生たち。

まあ、私は、むかし、短い期間ですが、芸能学校みたいなところで演劇の技術指導をしていたことがあって、子役の子たちは上の子くらいの年齢の子たちも多かったですが、芸能界にいるような「特別に優れているように見える子」たちがどこにでもいるというような感じのようです。



最強の破壊液体である人間の胃液

その入学式の日の夜、つまり、今日、家族で食事を取っていたときのことです。

うちの子が当然、青ざめた顔をして、「エビフライの尻尾のところを少し飲んじゃった」といって涙ぐみ始めました。

これは理由があって、2年くらい前だったか、祖母と外食でエビフライを食べていた時に、エビフライの尻尾が喉につまりそうになって大変だったことがあったそうで、それ以来のトラウマのひとつが「エビフライの堅い部分が喉に入る」ことのようです。

私が、「喉に詰まってるの?」ときくと、「ううん」と言う。


わたし 「じゃあ、どこにあるの?」
子ども 「お腹に入っちゃった」
わたし 「じゃあ、大丈夫だよ」
子ども 「だって、あんなに堅いものがお腹に入ったら、お腹は大丈夫なの?」
わたし 「あー、お腹って柔らかい感じがするもんね」


どう答えようかを考えていた時に、私はだいぶん前のひとつのニュースリリースを思い出しました。それは、日本薬理学会のサイトの昔の記事でした。

「胃潰瘍は何故発生するのか?その治療薬は?」 -貝殻からポンプ阻害薬まで-
 日本薬理学会 平成13年10月06日

というもので、これは、私が胃潰瘍で倒れた後に見つけた記事ですが、そこに京都薬科大学の岡部進という教授の文章が掲載されているのですが、そこにこのような一節があります。


胃液の作用は強力で、肉類などの消化などは1-2時間で完了するが、著者らの研究室では、ステンレスも半年以上胃内に放置しておくと消化?される事を観察している。つまり、溶解される。



なんと、胃液はステンレスも溶かしてしまうほど強力な酸なのです。

長い間の医学上での疑問が、「じゃあ、なぜ胃は溶かされない?」ということだったのは言うまでもないですが、それはその上のサイトに出ていますが、主要な要因としては、


・胃の上皮細胞は「粘液」と「重炭酸イオン」を同時に分泌しているために中和される。
・胃粘膜の表面には「燐脂質層」という層があり、酸が胃の細胞に接触しにくい。
・胃粘膜は、急速に細胞分裂が進む組織なので、少々の傷はすぐ修復される。


というあたりの作用があるそう。

私はこの岡部進さんの文章を思い出し、子どもに「台所を見てごらん」と言いました。

そこにはステンレスがあります。
ステンレスという言葉は子どもに通じないですので、「鉄」ということで。


わたし 「あそこに銀色の鉄があるでしょ。あれも、胃には負けちゃうんだよ」。
子ども 「え・・・?」
わたし 「もちろん、本当に鉄なんて食べちゃダメだけど、人間のお腹は鉄にも勝っちゃうの。溶かしちゃうの。そのくらい強いんだよ」
子ども 「あれが溶けちゃうの?」
わたし 「そう。だから、エビの尻尾くらいなんて、あっという間に」
子ども 「あ、そういえば、お腹は痛くない」
わたし 「でしょ? もう溶けちゃったんだよ」(これはウソ)


それで、子どもの顔色は元に戻り、またバクバクとご飯を食べ始めました。



うちの子どもは、これから小学校で学びます。
そこでは、多分ですけど「人間は弱い」ということを学ぶような気がするのです。

しかし、実際には「人間は強い」

(私が「死の真実」を知りたいのも、「人間の強さ」は死で終わらないことを知りたいからでもあります)


以前、子どもに、

「おとーさん、爪ってどうしてあるか知ってる?」

と聞かれて、その答えは幼稚園の先生かなんかに教わったらしく、子どもは、

「指先を守るために体が変わっていったんだって」

と、進化論を語っていました。

私は「へえ、そうなの」と答えつつも、このあたりに関しては、実は本当は極めてシンプルな答えしかないことはわかっているのです。

「指先を守るため」とか「堅い果実を割るため」とか古代人の変な想像上の話を持ち出すようなことではないのですよ。


そうではなくて、単に、「爪がないと人間は困る」のです。
だから、爪がある。

たとえば今から以下のこれをやらなければならない。

シールをはがす。
セロテープの先端をはがす。
缶ジュースのプッシュを開ける。
携帯電話の充電用の小さなゴムのふたを開ける。
机の上にこびりついて固まったノリを取る。
かゆいところを掻く。
・・・・・


爪がないとまったく出来ないことの多さ。

他の動物の爪とは役割が違う。

爪は進化の果てにあると考えるより、「爪がないと人類生活も文明もあり得ないからある」と言うほうが妥当なはずです。


それでも、多分、また小学校で仮に、

「人間の爪はどうしてあるのか」
「人間の髪の毛はどうしてあるのか」
「人間はどうして涙が出るのか」

というようなことに対して、うちの子どもは「何か」教わってくると思います。


それに対しての対峙を考えると、今から、若干憂鬱な面もありながら、楽しみな面もあります。

何が楽しみかというと、

どちらもアリだよ

という答えがあるからです。
そして、子どもが自分が楽しいと思った答えをよしとすればいい。


宇宙は未来も「過去さえも」自由自在だということが科学の世界でも明らかになっているのに、何も、無理して窮屈に考える必要もない。

言葉とか左脳の理解ではなく、「この世は縦横無尽の無限の宇宙」ということでいいと思います。




そういえば、この間、ずーっと私より年下の知り合いの女性がこんなこと言ってたんです。


みんな『良くなる』ということに夢中になりすぎてる

と。

私は彼女のこの疑問に対して、いつか、答えを出したいと思います。

「良くなる」という考え自体に意味がないことを示唆し始めているのが、今の科学であり、そして、変化しつつある多くの人々の感覚だということを。


そんなわけで、変な文章だけで終わってしまいましたが、いろいろなニュースが貯まっていますので、明日からまた書きますね。。

--
[子どもたち]に関係する過去記事:

子どものかみさま
2011年03月04日


こどもたち (震災翌日の記事)
2011年03月12日


--
[1年前の In Deep ]

2011年04月08日の記事

もはや神も大地も怒らない



  

2012年04月08日



In Deep のトップページは http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





昨日の記事の「正体不明の「ヘビの軍団」に襲われているナミビアの村」のオリジナル記事はアフリカのナミビアの報道メディアからのものでした。そのナミビアの公用語は英語で、報道も英語でした。そして、その記事の「見知らぬヘビの群れからの被害を受けるナミビアの村」という意味のタイトルは、

Namibia: 'Strange Serpents' Plague Tubuses

でした。

ヘビの英語として思い浮かべる「スネーク ( Snake )」ではなく、「サーペント ( Serpent )」という単語で表されていました。

私はこのタイトルの Serpent という単語を知らなかったんですよ。

それでこちらの英和辞典を見たんですね。

すると、




1 蛇 (snake)
2 悪魔;サタン〈《聖書》創世記3:1-5;黙示録20:2〉(Satan)
3 陰険な人, 狡猾な人, 悪意のある人
4 蛇花火
5 セルパン:蛇の形をした木管楽器
6 《天文》へび(蛇)座(Serpens)





とある。

この中の「2」の聖書の創世記に出てくるというのが気になりました。

というのも、ナミビアのヘビの記事の前の日の記事である、

地球と太陽の組成はまったく違うものというオーストラリア国立大学の研究発表

にも、調べている途中で創世記が出てきました。

それは、旧約聖書「創世記」の第1章 16-18節の部分。


神は二つの大きな光る物を造られた。大きいほうの光る物には昼をつかさどらせ、小さいほうの光る物には夜をつかさどらせた。



という部分でした。

しかし、先日知ったのは、地球から見る「夜の月」と「昼の太陽」は同じ大きさだということ。これはどういうことなのかなあとずっと引っかかっていたところに、また旧約聖書の話が出てきた。

今年になってからの In Deep には「旧約聖書絡み」の話題が多いんですが、とりあえず、その「ヘビ」の出ている創世記の部分を記しておこうと思います。

Sponsored Link








創世記に描かれるヘビ( Serpent )

旧約聖書より




創世記 第3章 1-7節

主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった。へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」。

女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。

へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。

女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。

すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。





と、ここまでです。

「ははあ」と思いました。

これはあの有名なアダムとイブが禁断の果実かなんかを食べて、突然、チンチンと女性のそれが丸出しであることが恥ずかしくなるくだりですね。これがそんなに悪いことだとも思えないのですが、このあとの創世記 3章 14節では、神はヘビにひどいことを言います。




創世記 第3章 第3章 14節

主なる神はへびに言われた。

「おまえは、この事をしたので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最ものろわれる。おまえは腹で這いあるき、一生ちりを食べるであろう」。





どういうわけだか、神は怒って、ヘビをこの世で最も呪われる生き物とした、と。


さすがにこれを読んで、私は、「チンチンと女性のそれを隠す気になる実を食べさせただけで、どうしてそんなに怒る?」と、その神に聞きたい気分になったのですが、いずれにしても、創世記においてヘビは「この世で最も呪われる生き物」とされる宣告を受けるわけです。

しかし、この後の世界では、「ヘビ」は他に例えるもののない崇高な生き物として、次々と世界各地の古代神話に登場することになるのです。このことは後で書きます。






旧約聖書とその後の世界観

それにしても、どうも次々と矛盾というのか疑問の思いがわいてきます。

上にも書きましたが、創世記には、


神は二つの大きな光る物を造られた。大きいほうの光る物には昼をつかさどらせ、小さいほうの光る物には夜をつかさどらせた。


とあります。
しかし、地球から見る限り、「太陽が大きくて、月が小さい」という概念はどうも釈然としない。


たとえば、最近たまに出てくる18世紀の『薔薇十字の秘密のシンボル』という本の中でも、「太陽が月より大きく描かれている部分」はありません。

薔薇十字の秘密のシンボルは旧約聖書より後に書かれているものであって、天文学を含めた科学的な観測については、進んでいたはずです。それでも、シンボルとして「太陽が大きくて、月が小さい」ということは、少なくともシンボルやイラストでは書かれてはいない。

その「薔薇十字の秘密のシンボル」の中から抜き出したものです。月と太陽が同じイラスト内に出てくる場合は必ず下のように「対等」に描かれます

sun-moon-02.jpg

▲ 下の「逆三角」の中にある「 Fons miraculorum 」のラテン語の意味は「奇跡の源」というような感じだと思います。多分、「月と太陽の力によって起きている奇跡」について描かれているのだとは思いますが、それ以上はわかりません。



あるいは、何より中世神秘学の象徴ともいえる「エメラルド・タブレット」のシンボルでも、月と太陽は(大きさも)対等な関係であることが示されています。

sun-moon-sui.jpg

▲ エメラルドタブレットの上部のイラスト。薔薇十字の概念では、世界という存在は、「月と太陽の奇跡を水星が完成させる」ということになっているようです。


しかし、創世記の「大きいほうの光る物には昼をつかさどらせ、小さいほうの光る物には夜をつかさどらせた」には大きさとしての比較級が入っている。なんとなく対等ではない感じがする。

この「旧約聖書と、その後の神話や神秘学などとの間に生じる矛盾のようなこと」がヘビのくだりにも見られるのです。


創世記ではヘビは「この世で最も呪われる生き物」とされているにもかかわらず、その後のいろいろな国の古代神話では「死と再生を表す永遠の象徴」として、尊い存在として登場するのです。

これは、Wikipedia の「ヘビ」を読んでいて知ったことですが、そのことについて少し書いてみたいと思います。

その古代神話に出てくるものの名前はいろいろですが、ここでは、ウロボロスというものを中心にとして書いてみます。



続きを読む



  

2012年04月06日



In Deep のトップページは http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





そして、「月と太陽は同じもの」だと再認識した夜と朝


(訳者注) それにしても、どうして、ほんの2年くらい前まで「地球の年齢は46億年」とかと信じこんでいたのか・・・。そう信じていた自分がいたことが、むしろ信じられない感じですが、いつ頃からの思いこみだったのかも思い出せないほど「完ぺきに刷り込まれた記憶」でした。

そういえば、来週、うちの子どもが小学校へ入学するんですよ。

小学校1年生ではまだ太陽系の組成とか歴史とか、そんなことやらないかもしれないけど、いつかは「宇宙はビッグバンで作られ、地球は46億年前に太陽と共に・・・」というようなことを教えられていくのかと思うと、どうしても多少は暗澹とした気分にはなります。

奥さんとか祖母とかは「入学おめでとうモード」ですが、私は、彼(子ども)には「まあ・・・いろいろ大変だと思うけど、適度にがんばってね」と言うしかなかったです。あとはもう子ども本人が乗り切れるかどうかというサバイバルの部分だけかもしれません。

私は「人間は7歳から大人」と真面目に思っていますので、彼が子どもでいるのもあと数ヶ月(そういえば、今年の7月7日が彼の7歳の誕生日。777)。少ない子ども時代を精一杯楽しく生きてほしいです。

私の6歳の頃は楽しかったです。



崩れつつある地球の歴史と太陽との関係性

話がそれましたが、今日の記事は、オーストラリア国立大学で地球内部の研究をしている科学者たちが「地球と太陽と隕石の組成はすべて違うようだ」というようなことを発表したという記事のご紹介です。実際には、訳している内容はわりと難解で、理解できない部分も多いですが、その前に、「現在の科学での一般的な地球と太陽の関係はどのように説明されているものなのか」ということをご紹介しておきます。

下は、「太陽探査機「ジェネシス」による太陽と地球型惑星の酸素・窒素の同位体組成の差観測」という記事からの抜粋です。


一般に今からおよそ46億年前、星雲(星間物質の密度が周囲より高い領域)の中心部から原始太陽が形成され、その原始太陽系星雲が回転を始めて原始太陽系円盤となり、その領域で地球などの惑星が形成されたと考えられています。

従って太陽と地球などの惑星は、同じ太陽系星雲物質から構成されていると思われていました。




というもので、つまり、上の「太陽と地球などの惑星は、同じ物質から構成されている」という、この何十年もの宇宙科学の「常識」だったことが崩れてきているという話でもあります。


今回ご紹介する記事もそうですし、上の抜粋した記事の内容もそれと関係したものです。上の記事では、NASA の太陽探査機が採取した太陽風の粒子を分析した結果、地球と太陽の生成過程が違う可能性が示された(酸素と窒素の同位体比が太陽と地球などでは異なる)ということが 2011年6月に NASA から発表された時のものでした。


こういうことがどうして重要なことなのかというと、またも引用させていただく「ひとつのことは万物に通じる」というエメラルド・タブレットの概念の通り、

「ひとつの基本的な転換は、すべての転換につながる」

と私は思っています。


ところで、上の記事に唐突に「旧約聖書の創世記」の一節がピックアップされていましたので、その部分をここでもご紹介します。




旧約聖書 創世記 第1章 16-18節

神は二つの大きな光る物を造られた。大きいほうの光る物には昼をつかさどらせ、小さいほうの光る物には夜をつかさどらせた。また星を造られた。

神はそれらを天の大空に置き、地上を照らさせ、また昼と夜とをつかさどり、光とやみとを区別するようにされた。神は見て、それをよしとされた。






これを読んで「昨晩と今朝のこと」を思い出しました。

それは、上の旧約聖書には「大きいものを太陽として、小さいものを月とした」というようなニュアンスで書かれていますが、「それは違うかもしれない」という話です。

つまり、「月も太陽も同じ大きさだ」と酔っ払いながら思った時の話です。



夜の太陽と昼の太陽

昨晩、家でお酒(ワイン)を飲んでいたら、全部飲んじゃって、他のお酒はいろいろとあったんですが、「ワインまだ飲みたい」と、夜の10時頃にフラフラと外に買いに出ていったんですね。

ふと、歩いている真上やや前方に「月」がある。

ほー、月だ。月っていつもあるな(当たり前だ)」

と見上げてしばらく眺めていました。
下のはネットからもってきたものですが、薄曇りの中のこのような普通の月です。

moon-2012-04.png


その時はそれだけだったんですけれど、今朝。
自分の部屋の机に向かっていた時、開けていた窓から太陽が見えたんです。

今朝は薄曇りで、「雲の向こうに太陽の輪郭が映っている状態」の、下のような太陽でした。

sun-2012-04.png

それを見て、昨晩の「月」のことを思い出しました。

そして、


「月と太陽って、おんなじ大きさやんけ」


と気づいたのです。

同じ大きさというのは、「目に見える大きさが」という意味です。

そして、最近の私のブログでは、「見える状態」ということがどれだけ大きな意味を持つのかということを考えたりすることが多かったです。


いやまあ、そりゃ日食とかもあるんだし、そんなこと当たり前じゃん、と言われればそれまでなのですが、なんとなく、「太陽のほうが大きく見える」ようなイメージというものを私は持っていました。それは太陽が光っているので、光の放出の部分を考えるからでしょうが、大きさ的には明らかに「太陽 > 月」と思いこんでいたのです。

でも、「月と太陽のふたつは同じ大きさ」だったんです。
少なくとも、地球から見るそのふたつは。


そして、同時にこのことで気づいたのが、先日、

さまざまな言語での「太陽」の発音
 2012年03月30日

という記事を書いたのですが、その最後に「アイヌ語」のことをちょっと書きました。
アイヌ語には文字がありませんので、発音だけですが、

太陽は「トーカム・チュッ・カムイ

月は「クンネ・チュッ・カムイ

といい、「チュッ・カムイ」の部分が同じことに気づきます。

本当かどうかはわからないですが、その記事で私は、


この「トーカム」と「クンネ」は、今でいう太陽と月という違いではなく、

・昼の太陽
・夜の太陽


という違いだったようです。
アイヌは、太陽も月も「どちらも太陽」と見なしていたと考えられます。




と書いたのですが、まさにその通りだと昨日の「月」と、今日の「太陽」で気づいたのです。


なんか興奮ついでに下のようなものもアップしました。
発音は、アイヌ語を覚えようというところから拝借した音声ですので正しいと思います。





話がそれ続けてしまいましたが、いずれにしましても、今後、加速度的に「宇宙の歴史」に関しての記述は変化していくと思います。つまり、Wikipedia の「地球史年表」の最初の部分にある、


・137億年前 - ビッグバン。

・46億年前 - 地球誕生。

・46億年前 - 38億年前  地殻と海ができ、最初の生命が誕生したと考えられている。



が完全に書き換えられる日も遠くないということだと思います。


ここから翻訳記事です。

なお、下の翻訳記事の冒頭にある

現在の私たちは、太陽が M67 に起源を持たないことを知ってしまった

という下りに関しては、今年はじめに報道されたナショナルジオグラフィック・ニュースの「太陽の生まれ故郷、有力候補が消える?」などをご参照下さい。

そのナショナルジオグラフィック・ニュースの記事は、



太陽の生まれ故郷として最も有力視されていたメシエ67(M67)。しかし、新たなコンピューター・シミュレーションによれば、その可能性は低いという。


で始まるもので、「太陽の起源」に関しての可能性のひとつの理論が消えたというニュースです。



続きを読む



  

2012年04月05日



In Deep のトップページは http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





本当は、最近調べていたことを少し書こうと思っていたのですが、今朝、とても面白い写真を発見したので、今回はそちらをご紹介します。

ちなみに、「最近、調べていたこと」というのは、「宇宙は二次元に投影されるホログラフかもしれない」という最近よく話題に出る物理学の話と関係したことです。

ちょうど数日前の日本経済新聞サイエンス欄で、

時空は粒々からできているのか? 米国で進む検証実験計画

という報道があり、「そういう報道が出る時代なんだなあ」と感慨深く思い、少し調べていた時でした。

日経の記事では、「時空は粒々なのか」というように書かれていますが、これは辿れば「この世は実質的に存在しない」とほぼ同義になる可能性も含まれています。


日経の記事に出てくるアメリカのフェルミ加速器研究所の素粒子天体物理学センターの主任であるクレイグ・ホーガン博士という人は 2009年に「実験での仮説の通りなら、我々はすべて巨大な宇宙のホログラムに生きていることになる」と言っています。

とはいえ、この人も、宇宙は球体というように言っていて、現在の「有限宇宙論」と根本的には差はなく、ジョルダーノ・ブルーノや埴谷雄高さんやブッダ、それにフレッド・ホイル博士などが言っていた「無限の宇宙」という概念とは、ほど遠いものでありますが、それでも、現在の宇宙モデルの概念のチェンジの中のひとつとしては興味深いものです。


しかし、これらはとにかく難しいことなので、わかりやすく書くにはもう少し時間がかかるかもしれません。あるいは、あまりにもわからないなら書かないかもしれません。


でも、今回の記事の話はわかりやすい話です。
アポロ11号の月面着陸の話です。

ちなみに、私は「アポロは月には行っていない」というような、いわゆるアポロ陰謀論とかに関しては「どちらでもいい」という人ですので、そういう話とは違う単純に「面白い話」です。

過去記事でも月面着陸に関しては何度かふれたことがあります。

2年くらい前には、

キューブリックの亡霊: 2001年宇宙の旅とアポロ11号の月面着陸
 2010年12月05日

という記事で、2002年にいわゆる「アポロ計画陰謀論」の先駆けとなったフランスのテレビ番組のことをご紹介したことがあります。

内容は記事を読んでいただくとおわかりかと思いますが、そのフランスのテレビ番組の中では、映画監督のスタンリー・キューブリックの 1968年の映画『2001年 宇宙の旅』についてふれられています。

この映画は、アポロ8号が初めて月の裏側を回って写真を撮影する前に作られた映画で、つまり、「まだ人類が誰も月から見た地球の光景を知らなかった時」の映画でした。まして、アポロ11号が実際に月面に着陸して、月の上の様子が実際にわかったのは映画の翌年の1969年でした。

その「誰もまだ月から地球を見たことがない時」に映画で描かれたその様子が下のシーンでした。



▲ 1965年から1968年にかけて撮影、特撮が続いた『2001年宇宙の旅』より


その後、アポロ8号が撮影した月面から入りこんだ地球の光景の写真は、まさに上の映画のシーンとそっくりだったのです。

apollo-8.jpg

▲ 1968年12月24日にアポロ8号が撮影した月面から見た地球。


しかし、これらのことは陰謀論というより、私は人間の想像力の感動をむしろ考えます。

スタンリー・キューブリックの想像力と科学検証ワークなら、十分になし得るだろうことは、他のキューブリックの映画を見ていればわかります。もし仮に、キューブリックが「月面着陸の映像を作ってくれ」と米国政府から頼まれたとしたら、それをできる想像力と検証力がキューブリックにはあったと思いますけれど・・・。


大きく話が逸れてしまって、すみません。
ここから本題に入ります。



続きを読む



  

2012年04月03日



In Deep のトップページは http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





(訳者注) ロシアのプラウダの英語版に、に上のタイトル通りの「学ぶのが最も難しい外国語は?」というタイトルの記事がありました。

記事にもありますが、学習する人のネイティブ言語によって、難しい言葉というものは違うわけで、そのランキングそのものにはそれほど興味がないのですが、記事の中に、イスラエルのハイファ大学の科学者たちが行った「左脳と右脳」と「言語」の関係の実験がとても興味深かったので、この記事全部をご紹介しようと思いました。

ただ、どうも上手に訳せなかったので、先に書いておきますと、

・文字そのものに象徴的な意味のある言語は「右脳」と「左脳」の両方とも脳の活動として機能していた。

ということがわかったということなんです。

「文字そのものに象徴的な意味のある言語」はいろいろとあるでしょうが、代表的なものとしては、アラビア語、中国語、日本語などです。


逆に、文字そのものに象徴的な意味のない文字、つまり英語とか、まあ、そういう多くの言語では、

・左脳だけで理解する。

ことがわかったと。

ちなみに、米国の「防衛言語研究所」という研究所では、英語を話す人にとっての「世界の言語の難易度ランキング」をつけていて、それは大きく4つのグループにわけられていますが、その「学習するのに最も難しい超難関グループ」の言語が、

アラビア語、中国語、日本語、韓国語


でした。

ただ、この中で、中国語は文法自体は英語などと似ているようで、英語を話す人にとって中国語は「書き文字だけが難関」のようです。

一方、日本語と韓国語は特殊な文法を持っていますが、韓国語は今では表記はほぼハングル文字です。ハングル文字には象徴的な意味はなく、英語のアルファベットなどと同じ記号としての文字ですので、漢字や日本語などともまた違うはずで、そう考えていくと、「アラビア語と日本語の異常な特殊性」というのは突出します。

まあ、ただ、日本語は、アラビア語とは文字の数が比較にならないほど多いですが。

ちなみに、このプラウダの記事では、日本について、


日本では、12年間の間、日本人の子どもたちは日本語を学ぶ。この12年間のうちに日本人学生たちは、約 1,850個にものぼる漢字についての知識を何度もテストされ、それを習得しないと学校を卒業することができないのだ。


のようになっていて(笑)、なんだか日本人が勉学の鬼のようですが、しかし実際の場合、ほとんどの文字、少なくとも、ひらがなは「目で覚えてきた」はずです。

日本人と日本語と右脳の関係というのもまた、面白いものだと思います。



続きを読む



  

2012年04月02日



In Deep のトップページは http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





その隠された「月たち」は1年ごとに太陽と地球の軌道上を行き来している。


(訳者注) アメリカのマサチューセッツ工科大学が昨年12月に発表した、「地球はもうひとつの隠された月を持つ」という記事をご紹介したことがあります。

「地球は隠された月を持つ」という MIT の発表
 2011年12月23日

このことに関して、ハワイ大学の研究チームが、スーパーコンピュータを使って「地球のもうひとつの月」のシミュレーションをおこなった結果に関しての記事が数日前の英国デイリーメールに出ていました。図説付きでわかりやすく記事にしていましたので、ご紹介したいと思いますが、これは驚くべきもので、箇条書きにしますと、


・地球のその小さな月(ミニ・ムーン)の数はひとつではない。
・ひとつの月が1年間、地球の周囲を旋回する。
・そして、その後はその月は太陽の軌道に移動して「太陽の衛星」となる。



というような感じです。

言い換えれば、「何個もの月が地球の軌道と、太陽の軌道上を1年ごとに交代で周回しているのかもしれない」という可能性についての話です。


ところで、「月」に関して、最近は科学の世界でもいろいろな疑念や懸念がでています。その中のひとつは「そもそも、どうして月が存在するのか」という疑問です。そのことについて最初に少しふれておきたいと思います。



月はどうして存在しているのか?

今の科学や、あるいは「学校」などで私たちが学んきた「月の正体」については次のようなものでした。

今でも小学校などで教えているタイプのものは、下のものだと思います。
学研の科学なぜなぜ110番の「月はいつどうやってできたの」からの抜粋です。


今から、およそ46億年前に、地球や火星など、太陽系の星たちが誕生しました。
(中略)
この大昔の地球に、いつもにくらべてかなり大きな微惑星が、ぶつかったのです。地球の一部分は、けずり取られ、ふたつに分かれてしまいました。その地球からとび出した部分が地球のまわりをまわるようになりました。これが月のはじまりです。

月と地球はもともとは同じ星だったのです。



moon-1.png



要するに、月は地球にぶつかって飛び出した破片のようなものだと。月というのは「地球の残骸」として存在しているということが現在、「すべての日本人の子どもたちが教えられていること」だと思います。


もちろん、実際には科学上ではいくつもの可能性が考えられてきたようで、宇宙航空研究開発機構( JAXA )の「もっと知りたい! 「月」ってナンだ!?」というページの「まだまだわからない月の謎」という部分には下の図が示されています。

moon-02.jpg


すなわち、

・地球の一部がちぎれて月になった。

・まったく違うところで生まれた月が地球の重力に捕らえられた。

・太陽系ができたときに、地球と一緒に生まれた。

・地球に星がぶつかり、そのかけらが集まって固まり、月ができた。



という4つの学説が主流のようです。

そして、そこにこうあります。


今のところ、巨大衝突説がもっとも有力だと考えられています。しかし、そのような衝突の跡は月や地球の地形に残っていません。また、アポロ計画で持ち帰られた月の石は、月のほんのわずかな部分のため、月全体の組成もまだわかっていないのです。



それにしても、それならどうして、教科書に「月については何もわかっていません」と明記しないのか。

このたぐいの「推定」と「憶測」がどれだけ後の人々の人類生活を「暗いもの」としてしまったか。


宇宙は無限ではなく、有限」とし、
月は地球の欠片が回っているもの」とし、
生き物は無機物が適当に組み合わさって生まれた偶然の産物」とし、
人間はサルから進化した」とし、そして、
宇宙なんて計算で全部わかる」とし、結果として、科学は子どもたちに夢を与えるどころか、どんどん子どもが持つ「無限への夢」を打ち砕く。


地球とか宇宙とか人類なんてそんなつまらないものだったのかあ」と子どもたちは学校教育の中で「必ず」思っています。


こういうことへの何とも言えない一種の苛立ちは確かに感じます。

しかし、それほど遠くない未来に、誰かが、あるいは集団が、適切な宇宙観と科学理念をこの世にもたらしてくれると私は思っています。

その頃に今の私たちはこの世にいないでしょうが、人類は永遠に続くわけですし、どれだけ時間がかかってもいいですので、真実とか何とかそういう難しい言葉ではなく、「人類が生きていることが楽しい意味」ということに向けてこの世が進むといいなと思います。

ところで、この「月の成り立ち」についても、先日の米国の科学系サイトで取り上げられていましたので、今度ご紹介したいと思います。

Puzzle Of The Moon's Origin: Giant Collision May Not Have Formed Moon
月の発祥の謎: 地球との衝突で月ができたわけではない

という記事です。

これは上のほうの子ども科学記事にある「月と地球はもともとは同じ星だった」ということではないという可能性が極めて高くなっているという記事です。


さて、それでは今回の本題の地球の「もうひとつの月」についての記事です。



続きを読む



  
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。