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2012年07月05日



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科学者たちの「神」の意味



最近、世界中で「子どもだけを襲う未知のウイルス」が爆発的な流行の兆しを見せていて、なんとなく気になるので、そのことを書こうと思っていたんですが、書いていると、また、前振りが長くなってしまいましたので、その記事は別として今日アップしようと思います。

その「謎のウイルス」の記事は、昨日書き上げるつもりだったんですが、昨日の日記、「「絶望の粒子」の発表に委ねられる In Deep と私の人生の存亡」を書いた後、なんとなく散歩に行って、そのまま電車に乗って、所沢で何となく降りて、所沢でダラダラと過ごして、焼き鳥屋でお酒を飲んだりしているうちに一日が終わってしまいました。

昨日、毎日新聞に出ていたんですが、今、私の住んでいる埼玉というのは「昼夜間人口比率」というものが全国最低なんだそうです。






 



昼夜間人口比率:全国最低 90年以来5回連続で
毎日jp 2012.07.04

10年に実施された国勢調査で、県内の夜間人口100人当たりの昼間人口の割合を示す「昼夜間人口比率」が88・6と、全国最低だったことが県の分析で分かった。全国最低は、90年の国勢調査以来5回連続で、都内の職場や学校へ通う「埼玉都民」という性格が続いている。



昼夜間人口比率ってなんだ?」と読むと、つまり「東京都内などに仕事に行っている人が多いので、昼はあまり人がいない」ということのようです。

その比率が世界一(世界かよ)。
いや、日本一。

この比率、「働き盛りの年齢の男性や女性」に限定すると、もっと大きな数値になるはずです。つまり、埼玉県の日中は「二十代から五十代くらいの労働年齢の男女が少ない」ということだと思います。

そのせいかどうか、午後4時過ぎくらいだと、所沢の町は学生さんのような若い人の姿がとても多く、女子高生などは、どこで着替えているのか、制服ではなく私服で闊歩しています。

そういう中に私などを含めた「社会の落ちこぼれ的な中年男性たち」がダラーッと徘徊したり、ゲーセンのメダルコーナーで苛立ったりしている光景を目にします。


というわけで、またどうでもいい話から始まりましたが、帰ってみると、CERN のニュースは確かに大きく報道されているのですが、その見出しを見て、「またか」と、思いました。



ヒッグスに関しては「永遠にこの繰り返し」でもいいのかも


ヒッグスに関しての報道は見られた方も多いと思いますが、これらの見出しが並びます。

hig.png


「発見か?」
「〜とみられる」

という文字が続きます。

英語だと下のような「99パーセント、ヒッグスに違いない」などが並びます。

99percent.jpg


実は一昨年からずっとこの繰り返しなんですが、なんとなく不思議な感じがしませんか?

つまり、普通の、他のいろいろな科学の発見で、「〜と見られる」とか「発見か?」とか「ほぼ間違いないと思われる」というような暫定段階での研究成果がこんなに大きく報道されることがあるでしょうか。

普通だと、科学的発見というのは、

「確定」

ということになって、大発表になるはずだと思うのです。

報道では、


CERNは統一見解で、暫定的な結果としながらも「新粒子を観測したことは画期的で、その意味は非常に重要だ」と強調。年内にもヒッグス粒子かどうか確定するとの見通しを示した。



とあり、「暫定的」と自ら述べて、さらに、「年内にも確定」と、確定していないことを宣言しています。


それがどうして、こんなに大きく報道されるのか。

その理由はいくつかあると思いますが、ひとつは報道側が、この「新しい神の登場」の重大性をあまり意識していないということもあるかもしれませんが、それよりも「何らかの強力なプッシュ」はあるのだと思います。

プッシュというか、「報道してほしい」と。

どうしてか?

どうして暫定結果を世界的報道としなければならないのか。


ここからは否定的な意味で書くのではなく、こういうことはすべての科学の研究には必要なことなんですが、「予算の確保」なんです。 CERN は世界で最も大きな予算を編成している科学組織で、年間予算は大体 800億円〜1000億円くらいです。

下の収支は10年くらい前のものですが、以後も大体同じような予算です。スイスフランで書かれてありますが、非常に大ざっぱにというと、この数字に「億円」をつければ、桁としての大体の目安となると思います。

cern-bud.jpg


これを見ると予算のほとんどが「加盟国からの分担金」でまかなわれていることがわかると思います。つまり、単独運営をしている組織ではないのです。

コトバンクの CERN には以下のようにあります。


この分野の実験的研究には巨大な粒子加速器が不可欠であるが,加速器の建設には莫大な費用がかかるので,アメリカとソ連以外の国は単独ではこの負担に耐えられない。



この「加速器」とある中の、LHC というものには2兆円などの莫大な予算がかかっています。

上に「ソ連」とあるのは、CERN が創設された 1950年代はロシアは旧ソ連だったからですが、上にあるように、この CERN というのは、各国から予算を集めて運営している組織です。

しかも、それでも赤字を計上したりしていて、とにかく、お金のかかる実験をしているのですが、いずれにしても、「成果を出し続けていかなければならないという宿命」を負っています。

1000億円といえば、南太平洋あたりの小国の GDP にも匹敵する金額で、決して小さいとは言えない額です。

特に資金を出している主体がヨーロッパの国々です。
それで、「今年は何の成果もありませんでした」というわけにはいかない。
現在のヨーロッパの経済的問題は書くまでもないと思います。

場合によってはユーロ崩壊などとも言われている中で、どこかの国の誰かが、

「CERN へ金出すのをやめればいいんじゃないか?」

と言ってそれを実行したら、他の国も追随してしまうわけで、そうすると CERN は機能しなくなってしまうのです。さすがに、今の経済状態の中で、科学研究に単独で 1000億円を出せる国はあまりないはずです。

なので、それを避けるために、 CERN は成果を発表し続けなければならない。
次々とノーベル賞クラスの発見をしなければならない。

そういうあたりが、暫定的な発表に繋がっているのだと思います。
正直、心情はよくわかります。



新しい「神」を数百年以上求めて続けてきた科学界


ヒッグスは「神の粒子」とか呼ばれていますが、この「神」とは何かお考えになったことがあるでしょうか。

一般的には、「神」とは宗教などでの「神様」のことを言うと思うのですが、そんな大それた冠をつけている。


名前は忘れてしまいましたが、 ALS で車椅子に乗っている米国かどこかの科学者の博士が、「神がなくても宇宙は説明できる」と言っていたことがありましたが、これが科学者の夢だと思います。

新しい神様。


それが科学者たちにとっての「夢のヒッグス粒子」です。


仮にそれが見つかれば、この世の中は自分たちの「計算通りの世の中」であることが証明されるわけで、計算が適用できない宇宙は存在しない。

見た目がどうであろうと、

「それは計算ではこのようになります」

と言える世界。


太陽黒点が顔みたいに見えても、

「それは計算ではこうなります」と。


宇宙の銀河の形がどれだけ美しくても、

「それは計算ではこうなります」と。


人間の感情とか、見た目とか、考えとか、夢とか、形而上とか、宗教とか、芸術とか、恋愛とか、美的感覚とか、味覚とか、そういうものもすべてが、

「計算ではこうなりますから」

と言える世の中。



そのための「神様」がヒッグス粒子なのだと思います。

そして、その発見は、計算のできる科学者だけが「神の使者になれる瞬間」だということにもなるのかもしれません。なので、科学者(の一部)は本当にその発見を望んでいるでしょうし、あるいは、「望んでいない」という科学者もいると思います。

しかし、上にも書きましたけど、私は別に批判的ではないのですよ。
私は実は CERN は存続してほしいのです。


その理由はただひとつで、CERN がクラウド実験というプロジェクトをおこなってるからです。

過去記事の、

「宇宙線が雲を作るメカニズム」の一部を欧州原子核研究機構 CERN が解明
 In Deep 2011年08月26日

にあるように、宇宙線の働きの根本に対しての検証を莫大な予算でおこなえる組織は、現在は CERN だけだと思うのです。

このクラウド(CLOUD)実験というのは、「雲はどうしてできるのか」というための実験で、そんな実験に考えられない予算をつぎ込んでいるというのは、ばかばかしいと思う方のほうが多いと思います。

それでも、私はこの実験ではじめて「宇宙線が雲を作り出している」ことを知り、そして、もしかすると宇宙線の働きはさらに大きなものであることがわかるかもしれない。

わかってどうなる、という話もありますが。


いずれにしても、 CERN は今後も、「ほぼ間違いない」ということで、発表を続けていくと思いますが、それでいいのだと思います。

欧州連合が崩壊して予算が機能しなくなる日まで。







  

2012年07月04日



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タイトルはまあどうでもいいです(笑)。これはまあ、日本語でもさんざん報道されているんですけど、7月4日に、欧州合同原子核研究所(CERN)から、ヒッグス粒子というものについて発表があるらしいんですよ。






 


たっくさんニュースになってます。
下のは、産経ニュース。


ヒッグス粒子 存在確実か 4日研究成果発表
msn産経ニュース 2012.07.03

すべての物質に重さ(質量)を与えている未知の素粒子「ヒッグス粒子」の最新の研究成果を日米欧の実験チームが4日、発表する。ヒッグス粒子が存在する確実な証拠が得られた可能性があり、「発見」と断定できる信頼度にどこまで迫れるか注目される。

発表するのは東大や高エネルギー加速器研究機構などが参加する日欧米の「アトラス」と、欧米中心の「CMS」の2チーム。実験施設があるスイスの欧州合同原子核研究所(CERN)で日本時間4日午後6時、統一見解を公表する。



このヒッグス粒子というのが何なのかは詳しいところが私にわかるわけもありませんが、ただ、私としては、

もし本当にヒッグス粒子が見つかったのなら、今の私の人生の一部はそこで終わる

ということは言えそうです。

このヒッグス粒子、詳しいことは上に書いたように全然わからないですが、その「重要性」は Wikipedia の下のあたりに書かれてあります。抜粋します。


ヒッグス粒子とは、素粒子に質量を与える理由を説明するヒッグス場理論からうまれた、理論上の粒子である。(中略)

ヒッグス粒子の存在が意味を持つのは、ビッグバン、真空の相転移から物質の存在までを説明する標準理論の重要な一部を構成するからである。もしヒッグス粒子の存在が否定された場合、標準理論(および宇宙論)は大幅な改訂を迫られることになる。



とあります。

この後半の部分ですね。

> (ヒッグス粒子が見つからなければ)ビッグバン理論と現在の宇宙論は大幅な改訂を迫られることになる。


というところが注目するところです。

これは、つまり、「ヒッグス粒子が見つかれば、ビッグバンがあった証拠となり、宇宙は有限であるという証拠になる」と言い換えられると思います。

ヒッグス粒子はビッグバン擁護の「最後(で唯一)の砦」だと言えそうです。


ご存じの方もいらっしゃるかもしれないですが、私のこの In Deep のテーマはいくつかありますが、その中の最も大きなもののひとつが、

ビッグバン理論が否定される日を夢見ている

ということがあります。

ビッグバン理論とは一言でいえば、


現在の私たちが生きている宇宙というものは、無限ではなく、有限の単なる時間軸に沿ったつまらない日常の経過に過ぎない。


という理論です。

多次元宇宙だとか、無限の命だとか、命の再生だとか、そんなものはビッグバン理論下では存在しません。

でまあ、私としては、そういう宇宙はつまらないと思うのです。

宇宙は無限であり、そうあってほしい。

ジョルダーノ・ブルーノが言っていた通りに、宇宙は人間自身と共に永遠に広がっているもので、「端もない」し、まして、「宇宙の始まりなどない」ということだと思っています。

下に書きますが、仏様なんかも大体同じこと言っていました。
宇宙は永遠で無限みたいなもんだと。


しかし、明日、CERN が「ヒッグス粒子が見つかりましたよ」と「確実な発表」をおこなった場合は、(私にとっての)この世は終わりです。

アルマゲドンです。

もちろん、他の方には何の関係もないことです。

私にとっては、です。


私が夢にまで思い浮かべていた「無限の宇宙、そして人類そのものが宇宙である」という思想は、それこそ「宇宙の果て」にまでふっ飛んで消えていきます。


そう。この「宇宙の果て」というような宇宙に有限の広がりを設けたのも、ビッグバンであり、そのために必要だったのが「ヒッグス粒子」という想像上の物質でした。

進化論も、ミッシングリンクという「中間物」がいまだに見つかっていないですが、ビッグバンにも証拠としての物質はなかったはずです。計算以外は。そして、ヒッグス粒子が見つかれば、その証拠となり、ビッグバンは「あった」ということになります。


ということはそれで私の宇宙(のひとつ)は終わりですので、このブログでも、今後はビッグバンに関しての記事は書かないことになると思います。


ちなみに、「極めて見つかる可能性が高まった」という発表ではダメで、私の宇宙が終わるには、「見つかった」という断定の発表が必要です。


まあ、しかし、これだけ注目を受け続けていて、そこで事前に通告した上で発表するというのですから、見つかったのかもしれないですね。

昨年12月の過去記事でご紹介した、

『神の粒子は存在しない』: CERN の発表
 In Deep 2011年12月01日

あたりではちょっとホッとしていたんですけどね。
上の記事では、CERN の物理学者のポーリーン・ギャグノン博士という人が「ヒッグス粒子は存在しない可能性がある」と言っていました。

しかし、その後、見つかったのかもしれません。

ヒッグス粒子が見つかったとなると、なるほど、世の中がつまらない理由もわかります。もともとこの宇宙には「無限」という夢が存在しないという証拠になるのですから。


というわけで、ちょっとした日記となってしまいました。
後で、今日の翻訳の記事は書きますね。

ところで、もう少し日記を。







 



宇宙は私たちの中にあると信じていたい


あまり関係ないですが、ミュンヘン大学の最近の科学研究の論文発表の中に「人間の体の中では1秒間に 2500万個の新しい細胞が作られている」というリリースがあり、いろいろと考えたりしました。

Neues aus der Welt der Mikrotubuli (ドイツ語)
 ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン 2012.07.02


この「新しい細胞」を「自分の分身」と考えてみると、下のようになると考えたのです。


・1秒間で2500万の「新しい自分の分身」が増えている。

・ということは1分間で 15億の自分が増えている。

・1時間で900億の自分が増えている。

・とすると、一日では、2兆1600億の自分が増えている

・1年では788兆の新しい自分がこの世に解き放たれている


ということになるなあ、と。

もちろん、同時に細胞は次々と死んでいきますから、一方的に増えるわけではなく、生まれ変わるという形、あるいは、「再生」かもしれないですが、そういうように、ものすごいサイクルの中で私たちの体の中では「命の再生産」がおこなわれているようです。

この1年間の約800兆の新しい「自分」を自分が生きた年齢にかけると、一生というのは、ずいぶんと「命の再生産」をしていることに気づきます。

そして、以前、「宇宙は人類そのものかもしれない」という概念に関して何回かふれたことがありました。

最近では、

「宇宙は人間そのもの」という結論を夢想するとき
 In Deep 2012年03月19日

というものがありました。

上の記事に、フレッド・ホイル博士が、お釈迦様の言葉を引用している部分を抜粋した部分があります。





『生命はどこからきたか』 第十五章より

フレッド・ホイル 1995年

紀元前六世紀に、ブッダの世界観はすでにコペルニクス革命以後に入っていた。彼は宇宙が、各々がわれわれの惑星系と似た数十億の ”小さな宇宙” から成り立っていると記している。ブッダの対話形式になっている古い仏教の教典のなかに無限の宇宙について述べられている。

「無数の太陽、無数の月、・・・、無数のジャムブディパス、無数のアパラゴヤナス、無数のウッタラクラス、無数のブッダビデバス」

ジャムブディパスとは当時の北インドの人々が知る限りの人の住んでいる地域を表す単語である。この対話から、ブッダが生命と意識が宇宙の構造に全体として結びついていて別々にできないものと捉えていたことは充分に明らかである。






お釈迦様とフレッド・ホイルの「無限の宇宙の夢」もヒッグス粒子の発見によって消えてしまうと思います。

想像上の物質に消されてしまう世界のあらゆる宗教と信仰。

まあしかし、それもまた今の私の生きている宇宙であり、その時代であるということなのかもしれません。

そして、これも確かに夢かもしれません。
悪夢も夢ですから。


藤圭子は1970年に「夢は夜開く」をヒットさせます。

その歌詞は、


十五 十六 十七と
私の人生 暗かった
過去はどんなに 暗くとも
夢は夜ひらく



とありますが、これは「開かない」ということになりそうです。
歌のラストは、

一から十まで 馬鹿でした
馬鹿にゃ未練は ないけれど
忘れられない 奴ばかり
夢は夜ひらく



で終わりますが、やはり「開かない」ということのようです。

それがヒッグス粒子なのです(どんな粒子だ)。


まあ、明日、もしヒッグス粒子が見つかったと発表がありましたら、お酒を飲んで、

ウィ〜、ヒッグス

と酔っ払うのもいいかと思います(オチかよ)。

そして、今生きている「有限の宇宙」での暮らし方などを考えてみたいと思います。


このブログで「ビッグバンへの疑念」について記事を書くのも今日で最後になるかもしれないですので、これまでの In Deep の「ビッグバンの否定」についての過去記事をリンクしておきます。

ちょっと多くなりましたが、上から新しい記事の順番で記事で並べてみました。




[現在の宇宙論]の関連記事:

「そこに暗黒物質は存在しなかった」:従来の宇宙論を否定する観測結果を欧州南天天文台が発表
2012年04月20日

世界的な科学者の素朴な疑問『どうして 110億年前の銀河がすでに完成した形なのか?』
2012年03月31日

惑星や銀河は「瞬間的にできるものなのかもしれない」と思った朝
2012年03月23日

ハッブル望遠鏡が撮影した光景が「現在の宇宙論と矛盾する」ことに揺れる天文学会
2012年03月04日

宗教的科学信念の崩壊に向けて: 「宇宙最初」の「最初」の起点とは
2011年10月23日



▲ 130億年前の銀河団 CLG J02182-05102。いわゆる「ビッグバン」直後の銀河は数多く見つかっていて、その中には私たちの天の川銀河の10倍の大きさを持つものもあります。


「新しい宇宙は絶えず作られ続けている」: マサチューセッツ工科大学の発表
2011年10月12日

超弦理論学者から発表された「宇宙は永遠のサイクル」論
2010年11月29日

ビッグバン理論では説明できない古い巨大な銀河が多数発見される
2010年11月26日



▲ 日米英国際研究チームが 2009年に発見した129億年前の銀河「ヒミコ」。




  

2012年07月03日



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前回の 記事で、米国の大規模停電によりコードレッド(非常事態)下で業務していた NASA は本日、通常業務(コードブルー)に戻りました。

今回はその NASA とも関係する話です。






 

月の色が気になってきた最近


私たちがよく目にする月の写真や、あるいは漠然とイメージする「月の色」というのは、下のような感じではないでしょうか。

1-moon-mono.jpeg


なんというのか、いつのまにやら「完全なモノクロとしての月」というイメージが私たちの中にはできあがっている感じがあります。

しかし、実際には月の色は下のような「感じ」のものだとされています。

これはオカルトだとか陰謀論だとか、そういうものとは関係なく、光の反射の問題の話です。

2-moon-color.jpg


上のカラーの月の写真は、普通の天文写真のサイト(Russell Croman Astrophotography)からのもので、色の差異は強調されていますが、このような色の差はあるようです。

このように月に色がついて見える理由については、一般的には「月に色があるから」ではなく、光の反射によって発生すると説明されています。

たとえば、「月の真実の色」と題されたページではそれに関して、以下のような科学的な説明がなされています。翻訳します。


The Moon's True Colors

月の真実の色

MoonTrueColors-Medium.jpg

月の表面の大部分に色はないが、表面の化学組成の違いがあるため、反射される光から生じるわずかな色の変化がある。右の写真は、その色の差異をデジタルで強化したもので、実際にここまでの色があるわけではない。

月面の白い高地の部分は、シリコン、カルシウム、そして、アルミニウムから成る鉱物からなっている。

外皮の隙間は溶岩が低地のクレーターに流れ、それは「月の海」を作り、その溶岩が冷やされた玄武岩は、鉄とチタンを豊富に含んでいる。それは赤く反射する。



という説明で、つまり、

月の表面には色はないが、光の反射により色があるように見える

ということのようです。

なので、モノクロの月で正しいと「されて」います。


考えてみれば、私なども生まれてからずっと「モノクロの月の写真」ばかり見続けてきたせいもあるのでしょうが、「月面に色はない」(白黒)と普通に信じていたりしたわけなのでした。


そんな中、先日、米国の BBS の見出しを眺めていましたら、「月の色の真実の映画」というのものがありましたので見てみましたら、アマチュア天文家が自分の望遠鏡で撮影した月面の映像を自主映画的に公開するというもののようでした。

映画は「 CELESTIAL 」というもので、予告編が YouTube にありますが、この映画を紹介するのが目的ではないですので、ご興味のある方は上のリンクからどうぞ。

その予告編から音楽とかキャッチを除いたものが下の映像です。




米国などでは、「月の真実」というとすぐに陰謀論と結びついてしまうのですが、私は陰謀論のほうには興味がなく、「月の色」に興味があります。


その理由については、わりと頻繁に月や太陽などのことについて書くことが多かったせいというのもありますし、それに加えて、最近の月の色についてのいろいろを見ていると、

月と水星は似た色をしているかもしれない

と思ったのです。
これは今回の月の話とは関係ない話になるのですけれど、少し書かせていただきます。







 


月と水星が似ていてもおかしくない理由とは


過去記事の、

水星の真実: 探査機メッセンジャーの撮影で水星の「何か」がわかるかもしれない
 In Deep 2012年03月24日

の中で、NASA の水星探査機メッセンジャーが送信してきた水星の写真の解析により、水星はそれまで想像していた惑星とは違うということがわかりはじめてきたという記事をご紹介しました。

下の写真がその時のもので、右の色のついているものが NASA が「真実の色に近く」構築した疑似カラー写真です。




水星が、モノクロの「死んだ惑星」どころか、極めて色彩豊かな惑星であることがわかり始めています。

おもしろいのは、続いて書いた翻訳記事の中で、水星の写真を解析した米国マサチューセッツ工科大学のマリア・ズベール博士という人が、

「水星は月と似た星ではなかった」

と言っている点です。

これはどういう意味かというと、それまで、水星という惑星は月のように岩ばかりの「モノクロの星」、あるいは、「死んだ星」だとされてきたのですが、そうではなく、色彩豊かな「奇妙な星だ」ということがわかったというものでした。

これの何がおもしろいかというと、「もし月に色があるなら」ということでいうと、逆の意味で

「水星は月と似た星だった」

と言えるからです。「どちらも色彩豊かな星だ」という意味で。

どうしてこんなことが大事なのかというと、これは In Deep でたまに出てくる概念の流れで、一言で説明できることではないのですが、エメラルド・タブレットなど中世神秘学から東洋の思想に至るまで、どうも「水星というものの偉大さが際立っている」のです。

場合によっては、水星は、太陽よりも大きな存在であることが示されたりします。

過去記事としては、

突如スポットを浴び始めた「水星」(西洋神秘学では最重要惑星)
 In Deep 2011年10月01日

や、あるいは、

ヘビとウロボロスとケツァルコアトルと月と太陽をめぐる旧約聖書『創世記』への疑問のようなもの
 In Deep 2012年04月08日

という記事には、エメラルド・タブレットの図版の部分を拡大したものを掲載しています。




ここには、

> 薔薇十字の概念では、世界という存在は、「月と太陽の奇跡を水星が完成させる」ということになっているようです。


というキャプションがついています。「世界を完成させるのは水星」というのが中世オカルトの基本概念だと知るに至った次第です。


まあ、過去記事にそういうものがあったということで、今回は水星に関してはこれ以上深入りはしません。


いずれにしても、その水星のほうは色彩豊かでありそうなことがわかりつつあるのですが、「月」に関しては、 今ひとつわかりません。

NASA の写真、たとえば、アポロが月面着陸した時の月面の写真を見ても、なんだか色はなさそうだし・・・と思っていたのですが、その NASA の公開しているデータ自体に「月の色の真実が含まれている」ことを最近知りましたので、今回はそのことを書いてみたいと思います。



アポロ10号のデブリーフィング(状況報告書)と写真から見え隠れする月の色


アポロ10号というのは 1969年5月に打ち上げられた NASA の有人飛行機で、月面着陸のための最終リハーサルの飛行でした。

通常に公開されている写真を見てもなかなか美しいもので、Wikipedia にも何枚か写真が載せられています。

下の写真は、月面に向かう司令船「チャーリー・ブラウン」。この際のアポロ船には漫画スヌーピーからネーミングしていて、月面着立船(着陸はしていない)には「スヌーピー」と名付けられています。

Apollo_10_command_module.jpg


このアポロ10号のミッション後に作成された状況報告書が NASA のデーベースで公開されていて、 PDF ですのでどなたでもご覧になれます。下のリンクに現物があります。

Bellcomm Apollo 10 Photo Debriefing

appolo-10-1969.png

書類には 1969年6月12日の日付けが見えます。

この中に「 The lunar maria were described as brown (月の海たちは茶色)」から始まる、月の上空から見た「月の色」に関しての描写が比較的長く続きます。

その部分を以下に翻訳します。

「晴れの海」とか「静かの海」とかの名称は、月の海と呼ばれるそれぞれの盆地に付けられた名称です。


月の海々は、高い角度からは茶色に見える。そして、明暗の境界線のあたりでは、灰色がかった茶色に見える。

晴れの海にある斑点は、淡い茶色と淡黄色で構成されているようだ。これは、ダークブラウンの静かの海とは違う色の構成だ。月の高地の色は淡黄色だ。

黄褐色の偏光は、月の海の素材である茶色に由来すると思われる。新しいクレーターは、青白い白とジェットブラックのような真っ黒な色との組み合わせになっている。

今、私たちがいる暗い側の月面は、地球から照らされて、まるでクリスマスツリーのように見える。




これを読むと、月はモノクロというより、茶色や黄色が主体となっていて、そこに青や白や黒も見えるというもののようです。少なくとも、アポロ10号の乗務員が見た月は「モノクロではなかった」ことがうかがえます。

また、「月面はまるでクリスマスツリーのように見える」というのもいろいろと考えされられますが、このあたり、「地球から照らされて」という部分と合わせて、簡単に片付けるところでもなさそうですので、今回は、この問題にはふれずに月の色に絞って進めます。


それと、貴重な写真もあります
これもやはり NASA のデータベースにあるものなのですが、そこにあるアポロ17号の写真資料から月面の色がある程度、推察できます。



月面着陸した乗務員たちが見ていた「色」


アポロ17号といわれても、アポロ計画も11号以降となると、どれがどれだかよくわからないので、 Wikipedia を見てみます。


アポロ17号は、アメリカ航空宇宙局によるアポロ計画における第11番目の有人飛行ミッション、第6番目の月面着陸ミッションであり、アポロ計画最後のミッションである。



1972年におこなわれたこのミッションが最後の月面着陸ミッションとなってしまったようですが、このミッションが実に有益な資料を残してくれたのです。このアポロ17号ミッションの写真で「月面の本当の色」がわかったのですから。


NASA にはアポロ17号のミッションの記録と、撮影した写真を多分すべて公開しているサイトがあります。


APOLLO 17


上のサイトにこちらの写真があります。

nasa-a17-01.jpg


アポロ17号で月面に着陸したのは上記 Wikipedia によりますと、船長のユージン・サーナンと月着陸船操縦士のハリソン・シュミットの二人だったようです。このふたりが、今のところ「最後に月面に立った人類のふたり」ということになるようです。

上の写真がそのふたりのうちのどちらかわからないですが、月面着陸した人のヘルメットのガラス面に注目して下さい。そこに写っている周囲の光景についてです。


a-17-02.jpg


それほど説明は要らないと思うのですが、この地表の色はいわゆる茶色であり、モノクロではありません。

ちょっと調べてみると、この色に関しては様々に検証されていたようですが、アメリカ国旗の色、そして、飛行士の右肩にある NASA のロゴの色から、この色がかなり本物の色に近いことは間違いないと思われます。


nasa-logo.jpg

▲ 上の写真の飛行士の右肩にある NASA のロゴ。ほぼ実際の色と同じです。


このふたりの降り立った場所だけが「偶然、茶色だった」ということはあるかもしれないですが、しかし、「自然現象としての茶色」にはかなり重大な意味があるのかもしれません。

そういえば、過去記事の、

アームストロング船長の失敗
 In Deep 2012年04月05日

という記事で、やはり NASA のデータ資料室にある「アポロ11号で月面着陸した際のアームストロング船長の写真」に「変なものがうつっている」というものをご紹介したことがあります。

下の写真です。

a11-armstrong.jpg


上の写真の左上に下のようなものが写っています。



私にはこれが植物に見えたのですが、今回のアポロ17号の「茶色の大地」の写真と組み合わせて考えてみると、「月の表面の真実」というものに関して、少し今までと違ったものとなる可能性もあるのかもしれません。



  
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