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2012年09月30日



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太陽活動最大期に向かう太陽の顔は「悪魔の毒々」化を果たし



太陽の写真を毎日ご覧になっている方はそんなにいらっしゃるわけではないでしょうので、記事にしようと思いますが、太陽がここ1週間くらいで急速に「凶悪な顔」と変化していることをご存じでしたでしょうか。

先週くらいに、

太陽の顔が死んだ日に考える「私たちが夢見た 2012年の現実はこのような世界?」
 2012年09月18日

という記事を書きまして、そこに「まるで骸(むくろ)のような表情をしている」太陽の顔の写真を載せたことがありました。



▲ 「太陽の顔が死んだ日に考える「私たちが夢見た 2012年の現実はこのような世界?」より。






 



「最近の太陽の顔」は後に載せますが、それにしても、これらの表情にしろ何にしろ、空や宇宙に見えているものというものが「本当にそこに在るのか?」ということを最近改めて思います。

先にそのことを少しだけ書かせていただきます。



見つめれば見つめるほど実体が消えていく「光景」という存在


雲の形、空の色、そして太陽の日々変わる表情を毎日眺めている中で、ほんの少しの「科学の勉強」をするだけで「それぞれがほとんど存在しないも同然」だということを知ります。最近は何でもそこに行き着いていくような部分さえあります。

たとえば、「雲」。

雲はエアロゾルというように呼ばれている小さな粒子みたいなものと宇宙線の反応で作られているとするのが最も最近の科学的見解のようですが、「それらの粒子は見えるのか」というと、見えません。

でも、雲は見えている。

夕焼けや、あるいはオーロラや他の理由で空の色が赤や他の様々な色に染まる理由は光と、そして、やはり小さな粒子や電磁波というように言われるたぐいのものの反応によるものですが、「光や電磁波が見えるのか」というと、これも見えません。

虹や月の光もそうですが、その美しさを形作っている「光の粒子」は見えないどころか、存在さえも危うい

どうして「存在さえも危うい」と思うのかというと、たとえば、光を科学の面で粒子として扱う場合は「光子」(フォトン)というような形で扱われますが、その光子の Wikiepdia の説明を見てみます。


(光子とは)アルベルト・アインシュタインが、電磁波の粒子的な側面を説明するために導入した光の量子である。



とあります。

説明するために導入した」とあるのがおわかりでしょうか。

「見えたから」ということではないようなのです。

計算で生まれたのが光子、つまり「アインシュタイン後の、この世の光」ということのようです。

ということは・・・アインシュタインが上の理論を提唱するまで、「この世に光は存在しなかったのか」というと、そんなことはなく、(多分)、昔から地上に光は溢れていたと思います。

では、「アインシュタイン以前の光」とはどんなものだったのか。

これはまさにいろいろなことが言われていたと思いますが、たとえば、キリスト教、あるいは聖書では「混乱」していることがわかります。これも Wikipedia の「」から抜粋してみます。

(「宗教や哲学での説明」より)

『新約聖書』ではイエスにより「私は、世にいる間、世の光である」(ヨハネ福音書 9:5)と語られる。

またイエスは弟子と群集に対して「あなたたちは世の光である」と語る。

ディオニュシオス・アレオパギテースにおいては、父なる神が光源であり、光がイエスであり、イエスは天上界のイデアを明かし、人々の魂を照らすのであり、光による照明が人に認識を与えるのだとされた。



こんな短い文章の中に混乱した状況を多数見ることができます。
つまり、

・父なる神が光源
・イエスが光
・弟子と群集が光


イエスさんは自分が光だと言った後に、弟子と群集に対しても、「あなたたちは世の光である」と。相当な大部分が光であると言っているっぼい。




太陽の働きに関して揺れる科学界

太陽の話から始まって、どうしてこんな「光」のことなんかを書いたのかというと、「そもそも太陽ってもの自体は存在しているのか」ということを光のことから考えざるを得なくなっているからです。


今の科学界でも、「太陽がどうして太陽フレアを出し続けられるのか」ということはかなりの議論になっていて、さらに、過去記事の、

私たちの太陽が「宇宙の中で最も完全な球体」であったことが判明してショックを受ける科学者たち
 2012年08月18日

にありますように、太陽というものが信じられないほど「完全な形」をしており、「それなのに確定した(固い)表面がない」という異常なまでの不思議。

つまり、太陽というのは、「確定していない変幻自在な表面を持っているのに、完全な球体を保ち続けている物体」だということになるようなのです。

私などは、正直、上の記事を読んでいて、

「そんなアホな」

と思いました。

あり得ない。

昔、引っ越しのサカイの CM で「あり得なーい」という台詞で終わるバージョンがありましたが、上の記事を訳しながら、その CM のように振る舞わざるを得ない感じでした。

「あり得なーい!」と。



▲ そのCM 。何年前になるんですかね。


まあ、引っ越しのサカイのことは今回は置いておくとして(永遠に置いとけ)、その「太陽の働き」についての最近の議論に関しての記事は今、訳しているんですすが、専門用語で意味がわからないものがあって、まだ終わっていません。オリジナルの記事は、「Mystery Of Why The Sun Will Explode (太陽が爆発し続ける謎)」にありますので、科学に詳しい方等お読み下さればと思います。

これは簡単に書けば、

「どうして太陽フレアが発生するのか」

という議論に関しての記事なんですけれど、これは「太陽フレアが発生するシステムを実際には今の科学はわかっていない」ということの裏打ちでもあります。米国の宇宙科学センター、中国の中国科学院、ハワイ大学などによる国際研究チームの太陽研究に関しての奮闘なんですが、「結局はよくわからない」というような方向の記事ではあります。


そして、私自身は、今回の記事の上のほうに書いた「光というものの存在が危うい以上は、地球の光のボス格である太陽そのものの存在もあやういのでは?」と思ったりしている次第です。


「太陽って実は存在していないのでは?」

と思ってみても、でも、上を見ると、

「太陽はある」



いつでも太陽はそこに見えます。

このあたりは最近の記事でよく出てくる「堂々巡り」の記述の一環で、

「本当はないのかもしれない。でも、実際にはある」

というようなことに、最近必ずなっていくというのは、ここが最も気になるところということなのかもしれませんね。

というわけで、ここからタイトルにした「太陽の顔」についてです。






「悪魔の毒々ソーラー」からパンプキンヘッドへと変化していく太陽を見まもりながら


ところで、「悪魔の毒々」と自然とタイトルに入れてしまいましたが、この「悪魔の毒々」というフレーズを知っている方がいらっしゃるのかどうかということが気になってきました。

私は20年前くらい前までは映画ばっかり見ていた生活でしたので、その頃のこういうフレーズは自然に出る部分があるのですが、1980年代に、邦題ベースで「悪魔の毒々シリーズ」というものがあったのです。

これは1984年にアメリカのトロマ・エンターテイメント社という低予算映画制作会社が製作した「The Toxic Avenger (毒の復讐者)」というホラー映画に、日本の映画製作会社が「悪魔の毒々モンスター」という作品のオリジナルタイトルとも内容とも何の関係もない邦題のタイトルをつけたところ、日本で大ヒットし、その後、「悪魔の毒々シリーズ」という、「すべて原題とは何の関係もないシリーズ」の映画やビデオが日本でおびただしく発売されていた時代の話です。

この会社の作品と邦題は、 トロマ・エンターテインメント - Wikipedia に一覧がありますが、その一部として、

悪魔の毒々モンスター(1984年)The Toxic Avenger
悪魔の毒々ハイスクール(1986年)Class of Nuke 'Em High
悪魔の毒々サーファー (1986年) Surf Nazis Must Die
悪魔のゾンビ天国(1987年)Redneck Zombies
悪魔の毒々おばあちゃん(1988年)Rabid Grannies
悪魔の毒々プラトーン(1988年)Troma's War


と、原題と関係なく「悪魔の毒々」とつけられていた、いい加減な時代の楽しい空気がおわかりかと思います。

タイトルから、コワそうな映画に見えるかもしれないですが、「わざとくだらなく作っている」という部分が強い作品が多いです。

もともと、トロマ社はアメリカの名門イェール大学出身のロイド・カウフマンという人がビジネスとして創設した、いわゆるエリート会社です。しかし、他の「いわゆる米国のエリート映画起業家」たちと違って、このカウフマンさんという人は一貫として「地味に小さく、下らない映画をコツコツと作って人々を楽しませ続けた」という部分があって、私が好きな映画人のひとりです。

今では、アメリカでも(多分、日本でも)、「ロイドおじさん」と呼ばれていて、SF好きな人たちの、ややマイナーとはいえヒーローのひとりです。

tcss-lloyd-kaufman.jpg

▲ トロマ社の創業者のロイド・カウフマンさんの最近の様子。これは子ども向けのテレビ出演用に撮影されたもの。顔を見てもいい人ですが、実際に楽しい人らしいです。下に「悪魔の毒々モンスターを造った人物」とあります。ロイドさんの左側にある緑色の人形が「悪魔の毒々モンスター」のぬいぐるみ。



なんか変なことで長くなりましたが(笑)、このシリーズの第一作となった「悪魔の毒々モンスター」。下が日本公開時のポスターです。

toxic-avenger.jpg


そして、9月24日の太陽と、この映画のボスターの主人公を並べてみますね。


2012年 9月 24日の太陽 / NASA

tox-0924.jpg


悪魔の毒々モンスターの主人公

sun-toxic-01.jpg



私が 9月24日の太陽を見た瞬間に「悪魔の毒々モンスター」を思い出したというのも、なんとなく理解いただけるのではないかと。

本当に似てるんだもの。


さて、それから数日の間に、太陽はさらに変化していきます。
翌日から徐々に形を変え始めまして、そして昨日。

今の太陽はこんな顔をしています。


2012年 9月 28日の太陽 / NASA

tox-0928.jpg


これですね・・・また映画で申し訳ないですけど、1988年の『パンプキンヘッド』という映画のモンスターと似ています。

これはあまりにもコワイ映画ですので、何も貼らないですけど、子どもを殺された父親が、「伝説のモンスターを蘇らせる」というもので、そのパンプキンヘッドというモンスターは、「人間の心の化身としての姿」なのでした。


つまり、「憎悪には憎悪の形として」現れる。

そして、多分、「愛には愛の形で」現れる。


案外、太陽の形もそんなものなのかもなあとか思います。

憎悪には憎悪で。
他の様々な感情にはその感情で。

そういえば、9月のはじめに書いた、

大出血のような太陽フレアと真っ赤な富士山上空を眺めながら「物質は永遠」という法則を子ども科学本で知った日
2012年09月03日

という記事の頃には、太陽から「大出血」のようなフレアが噴出していました。

下がそのスローモーション動画です。




過去の「太陽の顔」の記事をリンクしておきます。
さて、明日の太陽の顔はどんなふうになっているかな。



  

2012年09月26日



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個人的な事情で、昨日今日と翻訳的な記事の更新をするのは無理そうなんですが、プライベートなことで申し訳ないですが、ちょっとそのことを書かせていただきます。






 



謎の激痛と高熱ごとに成長する中で

うちの子どもは年に一度くらい、原因のわからない激痛に見舞われることがあります。

痛みの出る場所はその時によってバラバラで、昨年は3月頃、あれは震災の数日前くらいだったと記憶していますが、最近ではそれが最後でした。その時には腹部だったのですが、比較的痛みに強い彼が絶叫するほどの痛みで、夜中でしたが夜間救急医療センターのようなところに電話をすると「すぐに救急車を呼んで下さい」と言われ、救急車で病院に運ばれました。

しかし、痛みは1時間ほどで消えていき、翌日にかけて精密検査もおこなったのですが、原因はわかりませんでした。同じようなことがその前にもあり、それは別の場所でしたが、その時も原因がわかりませんでした。

そして昨日もまたそれが起きてしまったんです。

どの場所かは具体的に書かないですが「顔の一部」です。本当に最近では初めて見るような痛がりぶりで、まだ夕方でしたが医療センターに電話をすると、後ろで絶叫している子どもの声を耳にしたせいか、「すぐに救急車を向かわせます」と言われ、救急車が来たのですが、その頃には子どもは少し落ち着いていて、救急隊員の人の一問一答にも答えられるようになっていました。

それでまあ、搬送はせずに、様子を見て、そして今朝になって病院に行き、検査をしたのですが、やはり原因はわかりませんでした。

生まれてからこの「原因不明の痛み」というのを何度かやっている彼ですが、ふだんは痛みにはかなり強いほうで、あの痛がりぶりはかなりの痛みだと思うのですが、「何なんだろうなあ」と正直思います。

それと小さな頃の「高熱」。
これもいつも「何の熱かわからない」ものでした。

うちの子どもは風邪などをひくことがほとんどなく、この数年はいわゆる病気になったことがないのですが、高熱が1年に1度くらい出ました。そして、熱はたいてい数時間で消えます。

そして、私たちが不思議だったのは、5歳くらいまで「高熱を出すたびに言葉を喋るようになっていった」ということがあったのでした。


以前書いたこともあるのですが、うちの子どもは一般的な成長と比較すると、発語を含めて約1年以上、言葉が遅れていました(幼児期の「1年以上発語が遅れる」というのは極めて希で全体の数パーセントもいません)。


しかし、「熱を出すたびにことばを話しだす」。

そのことは奥さんと「不思議だねえ」と言っていました。

この世には知恵熱という言葉がありますが、そういうたぐいなのかねえ、と話していました。

そして、もうひとつ、彼は5歳くらいまでは、熱を出している時にうわごとのように、「神様」のことを話すことがありました。

前回の記事、

ウイルスの流入の繰り返しでDNAの進化をなし得てきた人類をサポートする「宇宙と火山」(2)
In Deep 2012年09月24日

での、デヴィッド・キース著『西暦535年の大噴火』からの抜粋の中に、日本の6世紀までの「神」についての文章があり、それはこんなものでした。


神=カミは、それ自体の姿形を持っていないと見なされていた。シャーマン(僧侶)から、ある物の中に入るように「言われると」、その物の形に適合できるとされていたのである。

そして、霊たちは、細長い「器」の中に住みたがると一般に信じられていた。具体的には、魔法の杖、旗、長い石、木、特殊な目的の人形、そして生きている人間などである。そうした人間(霊媒)は女性であることが多く、その体と声に神々が乗り移るとされた。



これを読んだ時に、「なんか同じようなのを聞いたことがあるな」と思い出すと、それは In Deep の過去記事にも書いていたのですが、「子どものうわごと」でした。

子どものかみさま
 In Deep 2011年03月04日

という記事で、日付けを見ると、震災の1週間前あたりの記事です。
そこに子どもがその前の年の暮れにつぶやいたことばが書かれてありました。

当時は、「さしすせそ」が「しゃししゅしぇしょ」の発音になるというタラちゃん語だったですので、それに準じて書き出します。

40度近くの熱を出していた時、ふっと上半身を起こして


「幼稚園のしぇんしぇい(先生)は神しゃまは空の雲の上にいるっていうけどね・・・しょれ(それ)は違うんだよ。神しゃまは透明で、どこにでもいるの。あしょこ(あそこ)にもしょこ(そこ)にもいるの。雲の上にもいるけど、他にもどこにでもいるの。木にしぇみ(せみ)みたいに止まっていることもあるの。でも、透明だから誰にも見えない。でも、透明でもしょこ(そこ)にいるの。全部の空も砂も木も全部しゅべて(すべて)神しゃまなの」。



とハッキリとした声で話して、またすぐ倒れるように寝てしまいました。

朝には言ったことは本人は全部忘れていましたので、熱でうなされた寝ぼけ言葉だったことは間違いないのですが、「神様」というものが人間社会(あるいは日本の古代社会)に生まれたのもこんな感じだったのかなあとも思いました。



子どものうわごとから学んだ古代日本の精神文化の形成

古代は世界の国のシャーマンでも、幻覚剤や幻覚キノコなどを使って、幻影の世界に自分を突入させたり、場合によっては錯乱の世界に入ることがあったようですが、そういうような時は、そのシャーマンに「いわゆる霊的な力」とかがあるとかないに関わらず、熱でうなされたうちの子どもと同じように、「幻覚剤によって自分の頭(心)の中にもともとあるもの(概念やもともとある世界観)を噴出させる」ということはあったのだと思います。

言い方を変えれば、「実は誰でもシャーマンになれた」という可能性もあります。

peyote.jpg

▲ 古代の北米や南米の先住民族のシャーマンたちはキノコやサボテンなどの幻覚剤を使って、「過去や未来」にふれていたとされています。写真は北米のペヨーテというサボテン。


そして、そのシャーマンを信奉する人々にも、どこかに(たとえば眠っている時の夢とかも含めて)同じような「神」や「その概念」があって、自然とその「神性を共有できる」という環境になっていたのだと思います。

要するに、現在での宗教では教義や生き方は「学ばなければならない」ですが、「そんなことは学んだり教えられなくても、自然と共有できる神様と神性」だったのではないかと。上から押しつけられる宗教ではなく、「誰の心の中にでもある神様」。

それが日本の古代宗教の現実で、その後は「神道」みたいな言葉になりましたが、そういう禍々しい言葉になる前の話です。


だからこそ、日本に6世紀に仏教が入るまで、多分、数万年くらいのあいだ、日本人はうえのような「空も砂も木も全部すべて神しゃまなの」という感覚の中で生きられてきたのだと思うし、そしてその感覚は「地球と共生する」という意味では合理的な概念だとも思います。


なお、古代の日本にはアメリカ大陸のようなキノコやサボテンはなかったと思われますが、しかし、シャーマンは同じような「酩酊状態」に入る必要はあったはずで、日本でお酒が発達したのは、ペヨーテなどの幻覚サボテンなどがなかったことも大きかったのかも知れません。

縄文時代の超自然観というページには以下のようにあります。
酒や向精神薬、そして太鼓(リズムという意味)が使われていたという可能性が書かれた後に、


他界と交流する技法

■太鼓にしても酒にしても、意識の状態を変容させ、霊的な世界とコンタクトするために使われたということには変わりはない。またどちらも日本の土着信仰=神道の儀礼には欠かすことのできなかったものであり、弥生以降の文化との連続性を感じさせる。

■酒以外に、日本列島の自然条件で、意識状態を変容させる向精神薬として使用された可能性が考えられるのは、大麻、ベニテングタケ、シビレタケ、ワライタケなどのシロシビン系キノコ、そしてヒキガエルである。



とあります。

この中で「麻」とありますが、今でいう大麻に関しては、衣服と食事にも転用できたこともあり、古代日本では、かなり有用な野菜のひとつだったと考えられているようです。

同じページに下のような記述があります。



asa_Torihama_S.jpg

▲ 福井県立若狭民俗資料館にある福井県「鳥浜遺跡」前期の麻の出土品。

アサは縄文前期にはすでに縄や布として利用されていた。ただしそれが繊維材料ではなく向精神薬として用いられたかどうかはわからない。『魏志倭人伝』には弥生時代の西日本で酒が好まれる一方、麻の栽培が行われていたことが書かれているが、それが向精神薬として用いられていたという記述はない。しかしその後も大麻は神道の伝統の中では神聖な植物でありつづけた。



話が逸れましたが、以前はそんなうちの子どもでしたが、言葉を覚え、字なども覚えていき、そして「神しゃま」を「神さま」と発音できるようになっていくにつれて、徐々にそれらの「神性」は消えていきました。

この「神性の消失」というのはすばらしいことだと私は思っています。

震災の後、何度かふれたことのある「人間の最大の進化」であるところの「予言できない能力」、「未来も過去も見ることのできない能力」というものがどれほどものすごい高度な進化だったかというのは、どう説明しても、うまく説明することが私にはできなかったようで、今は書くのをやめています。

この「人類の神性の消失」こそが、宇宙が人類に求めた最大の進化であるということが、過去の中世などの神秘学のあらゆる部分に、あるいは聖書やコーランやブッダの言葉などのあらゆるところに満ちています。


そして、地球のすべての人間の価値観から「予知」とか「過去とか未来」とか、あるいは前世とか、転生とか、あるいはテレパシーとか、そのような価値観が「完全に消えた時」、それが人類の最後の進化に繋がるのだと思います。

なぜか。

それは宇宙の永遠性と関係のあることで、実は私たちは「一瞬にだけ生きている」という事実があり、それは「科学では時間という存在を定義できない」という科学上の世界とも関係します。


実は「一瞬の中にすべてがある」ということが現実なんです。


これは夢物語を言っているのではなく、物理学のひとつの結論だと思います。

参考までに、2011年8月9日号の日経サイエンスの翻訳記事がネット上にありますので、それを部分的に転載しておきます。




nikkei-sience-2011-08.jpg

時間は実在するか?
クレイグ・カレンダー (カリフォルニア大学サンディエゴ校哲学科 教授)

時間は過去から現在、未来へととめどなく流れていく。過去は変えられず、未来は決まっていない。そして私たちは現在を生きている──それが私たちの「時間」についての日常感覚だ。

だがそうした日常的な「時間」は、現代物理学には存在しない。

物理の数式は「現在地」のない地図のようなもので、あなたが今いるのがどこかは教えてくれない。アインシュタインの相対性理論によれば、そもそも唯一かつ絶対的な「現在」というものはない。過去から未来にいたるあらゆる瞬間は、等しく実在している。

(中略)

相対性理論に軸足を置く限り、時間というのは単に、異なる物理系に起きる出来事の相関を記述するための発明品にすぎない。それはちょうど、お金のようなものだ。お金があるおかげで、私たちはコーヒー1杯を購うたびに何と物々交換するかを話し合わなくてすむ。だが別にお金自体に価値があるわけではない。

では、なぜこの世界に、時間というものが存在しているように見えるのだろう? そのヒントは、80年前に英国で行われた1つの実験にある。この実験によると、時間が存在しない静的な世界においても、その一部分で起きている出来事の関係性を記述すると、それはあたかも時間が存在するかのような振る舞いを示す。

私たちが日常的に時間を感じるのは、私たちが自分自身を世界から切り離して、物事を見ているせいなのだ。





ということで、つまり、時間というのは「人間の発明品」であり、「便宜上、あるようにして使っているもの」であることが厳然たる事実で、「時間」というものはどんなに誰が何と主張しても「存在しない」のです。


その事実のある中で、未来や過去を予見するという行為は「存在しない時間軸を見る」という一種「無理」なことだと思うのです。それはあまりにも形而上的な概念かとも思います。

しかし、時間軸は存在していないけれど、「状況は存在している」こともまた事実です。

では、どこに存在しているかというと、「科学」だけの話でいえば、全部同時に今の一瞬にすべて存在しているということになるようです。


まあ、そんなわけで、単なる日記となってしまいましたが、いくつか興味深い報道もありますので、明日以降ご紹介したいと思います。

そういえば、今朝、病院の初診の問診票のようなものに記入していた時、

平成17年7月7日生まれ 満7歳

と、見事に7が並んで、「パチンコ好きのオヤジたちに見せてやりたいなあ」と思った次第です。



  

2012年09月24日



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前回記事: ウイルスの流入の繰り返しでDNAの進化をなし得てきた人類をサポートする「宇宙と火山」(1)






 


クラカタウ火山噴火の翌年の西暦 536年から「仏教の伝来」と時を同じくして疫病の嵐に見舞われた日本の厄災


昨年の震災の直後、「日本から消えた外国人」のことをよく書いていました。過去記事の「鎖国の気配 (2011年04月04日)」というものなどには、当時住んでいた東京の吉祥寺で夜の街を牛耳っていた中国人たちが一斉にいなくなったことが書かれてあります。

これは私の田舎である北海道などでも同じでした。あまりご存じのない方のほうが多いでしょうが、2010年頃までには、実は北海道の観光地は「日本人観光客はマイノリティ」となっていました。数もそうですし、日本人の観光客よりはるかに「お金をたくさん使う」東アジアからの観光客の人たちが、ここ数年は実質的に北海道観光を支配していました。

先日、「個人的に発令したい海外からの退避勧告」なんていう物騒なタイトルの記事を書きましたが、ほんの1年半ほど前に他の国から退避勧告が出されていたのは、この日本でした。



▲ 震災後3日目の 2011年3月16日頃の報道。「日本人の吉祥寺で」より。


最近ふたたび、日本と周辺国の一部の関係は「まるでお互いの退避勧告」が出ているかのような状態となっています。

今朝のエポックタイムスの記事では、中国では、「国交正常化40周年」を記念して、今年5万人以上の中国人観光客を日本に送る予定でしたが、中国全土にある 5500の旅行代理店にキャンセルするよう通達したそうです。

ep-0924.jpg

▲ エポックタイムスの記事。見出しは「中国と日本の緊張がエスカレートする中、旅行者と航空便が犠牲に」。


まあ・・・これらのことは複雑な問題ですので、特に感想はないですが、あの2011年の春の「気分」をちょっと思い出しました。


余談はともかく、昨日の記事の続きです。



日本の歴史は「6世紀以前と6世紀以降」だと言える理由


これは過去記事の、

西暦 541年の東ローマ帝国でのペスト襲来に関してのヨーアンネースの記録
 In Deep 2012年09月20日

と関係した記事でもあります。

『西暦535年の大噴火』という本からの抜粋ですが、「日本は6世紀を境にして何もかも変わってしまった」ということが記されている迫力のある文章です。「古代日本の精神的な滅亡」とも関係します。

5世紀から6世紀、アジアの周辺国が次々と「仏教国」となっていく中、150年以上にわたり仏教国となることを拒み続けていた日本が、それまでの「カミ」を捨てて、仏教国となっていった経緯、その理由の中に潜む「西暦536年から始まった天然痘の大流行」に関しての記載です。


インドネシアのクラカタウ火山の大噴火は西暦535年だったとされていますが、日本に「異変」が起きたのはその翌年からでした。

そして、それ以前には何もかもうまくいっていたという記載が『日本書記』にあります。下は、日本書記の西暦 535年に記された部分です。つまり「クラカタウ火山の噴火の前の日本の情景」といってもいいかと思います(まあ、日本の一部の地域の話ではありますが)。


「このところ毎年穀物がよく実って、辺境に憂いもない。万民は生業に安んじ飢餓もない。天皇の仁慈は全土に拡がり、天子を誉める声は天地に充満した。内外平穏で国家は富み栄え、わたしの喜びは大変大きい。人びとに酒を賜り、五日間盛大な宴を催し、天下こぞって歓びをかわすがよい」(『日本書記』)




その後、日本は次第に下のような状況に陥ります。


「疱瘡で死ぬ者が国に満ちた。その瘡を病む者が『体が焼かれ、打たれるように苦しい』といっては泣き叫びながら死んでいった。(中略)死体は腐乱して名前もわかりません。ただ衣の色を見て、そのむくろを引き取っています」(『日本書記』)



その頃の日本の様子です。

それでは、ここからです。
うまく省略できない部分が多く、長い抜粋となりそうです。






 


西暦 536年から始まった日本の出来事

デヴィッド・キース著『西暦535年の大噴火』 第7章 東洋の悲劇より


百済は(西暦五三〇年代の)百五十年前から仏教国だったが、これより以前に日本の朝廷に布教団を派遣しようとした記録は残っていない。朝鮮の大半と中国の多くの地域、つまり日本の隣国の大半は、少なくとも百五十年以上前から仏教を、部分的にせよ信奉していたのだから、日本だけがその先例に倣っていなかったことになる。大陸志向の蘇我一族ですら、思い切った行動には出ていなかったのだ。

だが、五三〇年代に前代未聞の状況が生じた。アジア東部の全域が飢饉に苦しみ、三年前の新羅同様、日本でも多くの人びとが、「事態を正常に戻すには、きわめて強力な魔術なり神の助けが必要だ」と感じたに相違ない。

だが、「まさにこのようなときに」伝統的な神々を信奉せず、外国の神を崇拝するのはとりわけ賢明なことではないと考える人たちもいた。軍事・警察を司る物部氏と、祭祀を担当していた中臣氏は、天皇にきっぱりと警告した。

『日本書記』によると、「わが帝の天下に王としておいでになるのは、常に天地社社(あまつやしろくにつやしろ)の百八十神(ももあまりやそがみ)を、春夏秋冬にお祀りされることが仕事であります。いま初めて蕃神(あたしくにのかみ)(仏)を拝むことになると、おそらく国つ神の怒りを受けることになるでしょう」と進言した。

そこで天皇は妥協案を用意した。仏教導入に大賛成の蘇我氏だけは「試しに」外国の神を崇拝してもよい、ということにしたのである。

『日本書記』によれば、蘇我氏の筆頭だった宿禰(すくね)は「ひざまずき、(仏像を)受けて喜んだ。・・・・・家に安置し、・・・・・家を清めて寺とした」だがその後、異常事態が起こった。ひどい伝染病(おそらく天然痘)が日本で発生したのである。多くの人びとが亡くなった。日本では何世代も前から天然痘が流行したことはなかったので、免疫もほとんどなかったちに違いない。

「国に疫病がはやり、人民に若死にする者が多かった。それが長く続いて、手だてがなかった」と『日本書記』には書いてある。

伝染病が流行した地域は、おそらく人口密度の高い地域だったのだろう。そうした地域では、人口の六割が死亡したと推定される。まずインフルエンザに似た徴候が現れ(高熱、腰痛、頭痛)、次にしばしば咳と下痢の症状が出る。次いで、猩紅熱にも似た発疹が現れる。患者は体を焼かれるような、あるいは、絶えず熱湯でやけどをさせられているような感じになる。『日本書記』はのちに、患者たちがこう言ったと記している。

「体が焼かれる・・・・・ように苦しい」

その後、発疹に変化が現れる。そして発疹は顔面を中心に始まって、体の下のほうへ広がっていく。とくに多く出現するのは手足だ。そして皮膚に無数の水疱が現れ、最後には、直径七 - 八ミリという大きめの膿疱になる。

患者の五パーセントは、内出血のため数日で死亡した。別の五パーセントは発疹が広がり、熱が四十度まで上がった。もっとも、患者の大半は天然痘で死ぬことはなく、結局は肺炎と敗血症でおのおの三割が亡くなったものと思われる。天然痘ウイルスが鼻腔、口腔、目の保護粘膜を剥ぎ取ったあと、二番手のバクテリアが侵入したのだ。

とくに被害に大きかった地域では、住民の九割が罹患し、生き残れたのは三割だけだったと思われる。以上のような状況では、「天皇が仏教崇拝を許したことが伝染病流行の原因」と見なされても不思議はない。

仏教反対派はもちろん、日本の神々が怒ったのだと主張した。そうした神々は、現在の神道が信奉している神々と同一であり、主に五つに分類されていた。自然の中に住んでいる神(木や、薄くて背の高い石、山などに住んでいる)、特殊な技能・技術に関連する神、特定の一族を守り特定の共同体を敵視する神、以前は人間だった神(先祖の一部を含む)、そして特定の高貴な神々(太陽神、日本列島を形作ったと言われている二柱の神々など)、以上である。

神=カミは、それ自体の姿形を持っていないと見なされていた。シャーマン(僧侶)から、ある物の中に入るように「言われると」、その物の形に適合できるとされていたのである。

そして、霊たちは、細長い「器」の中に住みたがると一般に信じられていた。具体的には、魔法の杖、旗、長い石、木、特殊な目的の人形、そして生きている人間などである。そうした人間(霊媒)は女性であることが多く、その体と声に神々が乗り移るとされた。

天皇は稀有な男性霊媒とされ、その体は、神聖な祖先である太陽の女神が永遠に「借りている」とされた。こうして天皇は、神性の入るところ、神性の媒体とされた。

天然痘が猛威を振るうと、物部氏と中臣氏は、蘇我氏から仏像を奪い取るよう天皇に嘆願したと『日本書記』にはある。

「あのとき、臣の意見を用いられなくて、この病死を招きました。いま元に返されたら、きっとよいことがあるでしょう。仏を早く投げ捨てて、後の福を願うべきです」

天皇は同意するしかなかった。だがある意味では、仏像は本当に伝染病の元凶だった。なぜなら、この病気は、蘇我氏が熱中していた「外国の品々」の中に入って朝鮮からやってきたからである。

『日本書記』によると、「天皇は『申すようにせよ』と言われた。役人は仏像を難波の堀江に流し捨てた。また蘇我氏の寺に火をつけ、あますところなく焼いた」

仏教と天然痘をめぐって、日本国内は意見が大きく割れたに違いない。五三〇年代に起こったさまざまな出来事は、国内に政争を招き、その後の百年の日本史をじかに左右し、この国の将来を形作った。






ここまでです。

まだまだ続くのですが、「6世紀の日本の出来事のその始まり」は以上の部分でも何となくおわかりかと思います。

そして、6世紀の日本では上のような「病気の流行」と、「朝鮮からの仏教の伝来」のふたつの出来事で、以後、100年に渡る混乱に突入していきます。

そして、西暦 590年に「仏教推進派が勝利」し、「日本国家の孤立と伝統を求めた一派」は敗北します。つまり、以後、日本は「古代のカミ」を捨てて、外国の神様(仏)を国の第1の神様として国家作りがスタートします。

その後、次々と中国、そして朝鮮から宗教、政治、経済、行政、芸術などが日本に大量に導入されて、日本は「変わっていく」のでした。



それにしても、イギリス人の書いた文章で、「当時の神道を知る」あたりは、私も十分に「日本人失格」ですが、上の文章にある神道の以下の部分は興味深いです。


> シャーマンから、ある物の中に入るように「言われると」、その物の形に適合できる


このあたりの成り行きというのは、ホント何もかも似ているなあと思います。

新訳聖書の「ヨハネによる福音書1章」の冒頭、

初めに言があった。
言は神と共にあった。
言は神であった。

この言は、初めに神と共にあった。

万物は言によって成った。
成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。



あるいは、コーランの「雌牛章 117節」の、

かれが一事を決められ、それに「有れ。」と仰せになれば、即ち有るのである。


まあ・・・あるいは最もこういう部分を適切に語っていたのが中世の「焼かれた科学者たち」だったのかもしれません、1600年に異端として火刑にされたジョルダーノ・ブルーノという人は『無限、宇宙および諸世界について』という本の中で、「物体」についてこのように書いています。


元来その全体を構成しているところの目に見えぬもとの物体なるものを考えてみますと、それらはある所ではそこへ流れこみ、ある所では外へ流れ出ながら、広大無辺の空間を通じて変遷を繰り返しているものだからです。

これらの元素は、あるいはそれも神の摂理のおかげなのでしょうが、現実には新しい物体を作り上げることもなく、古くからの物体を解体することもせぬのですが、少なくともそうしようと思えばできる能力をもっているのです。



何だか難しい言い方ですが、要するに「物には実体はないけれど、(「神」とブルーノが呼んでいるものの摂理で)物ができたり消えたりするようになっている」と。


ちなみに、今回抜粋した『西暦535年の大噴火』の「東洋の悲劇」の章は下の文言で締めくくられています。


仏教はある意味では、(中国や朝鮮の)こうした変化を日本に導入するさいの単なる口実に過ぎなかった。言い方を変えれば、危険な贈り物だった。

五三〇年代に気象異変と伝染病をきっかけとして始まった動きは、ここに完了した。日本の七世紀初頭は、六世紀初頭とはまったく様相を異にしていた。古代日本は消え去り、近代日本の原型が生まれたのだ。今日の日本という国の起源ははるか昔の、悲劇の六世紀にあったのだ。




それにしても、この1000年後にも今度は「鎖国」という形で、日本の神様だけを囲う形にした日本の政策が「富士山の噴火の時代だった」というのも何だか感慨深いものがあります。まあ、時期は同じではないですけど、このあたりは、以前、

あらかじめ予測されていた小氷河期の到来(2) 「鎖国」と「富士山大噴火」を生み出した前回マウンダー極小期
 2011年11月09日

などに書いてあります。

ところで、今回の「日本の感染症の流行と火山の噴火の関係」については、また別の記事として書きます。



  

2012年09月21日



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関係過去記事:







 


最近は暗いニュースや、どんよりした気分になるニュースが多かったですが、今回の「水星は他の惑星とまったく違う起源と組成を持っているかもしれない」というようなタイトルのニュースを見た時には、「うひょひょ」と、思わず、きんどーさん的な笑みがこぼれました。


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きんどーさんは顔や体型など本当に私と似ているのですが、そのことは今回は置いといて(永遠に置いとけ!)私は、9月というのは暑さから解放されるせいなのか、どうも「突然」というように宇宙の方向への興味が増大します。

最近・・・まあ、昨日もですが、寝ようとすると、一晩中、頭の中で「雨と宇宙線と微生物の関係」のことについての概念のようなものが鳴り響き、「おー、また秋の発狂シーズンがやってきたか」と思います。

確か昨年も、あるいは一昨年も、その前もそうだったと記憶しています。
この時には頭痛が付随します。

寝れば夢にジーサンが出て来て妙なことを呟き、眠らないと眠らないで頭の中が上のようなこと(雨と宇宙線と微生物の関係のようなこと)で埋め尽くされて発狂寸前になります。



ところで、この「雨」なんですけど、昨日半分眠った状態で、「ああ、そうか」と気づいたことがあります。実は雨に当たるだけで私たちは「おびただしい数の生命の洗礼を受けている」ということについてです。ちょっと書かせてください。




ほんの数秒、雨に当たるだけで、私たちは数億個とか数兆個の単位の「生命」を体に浴びている


まず「雨」というのは「そのたった一粒でさえも大量の生命(死骸や各種の有機物も含めて)」と考えるのが妥当みたいなんです。

まあ、「雨は生き物の死骸の塊である」とかを書くと何ともオカルトな感じなんですが、しかし、これは多分かなり事実で、その流れとして、まず「雨」というものがどうしてできるかという一般的な科学ですが、「晴れ,曇り,雨の日の違いは何?」というページから引用させていただくと、


雨雲になるための条件は?

雨は雲粒が成長して重力で落下してくる現象です。雲粒がどれだけ成長して雨滴になるのか。代表的な大きさで比べると、雲粒は10μmで、雨滴は1000μmですから、100倍の違いです。したがって、1個の雨粒は100万個の雲粒が集まって形成される計算になります。



ということで、雨は「雲粒」という、まあ水滴とか氷結とかチリみたいなものが、何百万個も集まって「一粒の雨粒」が作られるんですが、その場合に雨粒の中心となる「核(コア)」が必要のようなんですね。

要するに、いくら「粒」が集まっても、その中心となるものがないと雨にはならないのです。

その「中心となる物質が存在して」はじめて雨が作られはじめます。この中心となる物質は「氷晶核」というような言い方をされているみたいですが、上の「100万個」などの粒の中心となるものです。


ice-m01.jpg

雨の成因より。



しかし、この中心となり得る物質は何でもいいわけではないのです。

人工降雨などでは、ヨウ化銀という非常に特殊なものを使いますが、この中心となり得る物質については非常に興味深い事実があります

それは、たとえば、上の図を拝借した雨の成因というページの「雨粒への成長」というセクションにもサラリと書かれていますが、


高い空にはあまり氷晶核となるような物質はない。



という事実があるのです。

つまり、「地上に降る雨ができる高い空には、本来は雨の中心(氷晶核)となり得るような物質があまりないと考えられている」わけです。

でも、実際に雨は降る。

ということは・・・やはり、氷晶核となる物質はあるわけです。

それがないと雨は降らない。

つまり、「高い空にはあまり氷晶核となるような物質はない」のではなく、「わかっていない」というほうが妥当かと思われます。

これは「雲ができる仕組み」がいまだに現代の科学では明確には解明されていないのと同様に、雨についても非常にわかっていないということもあります。




さて・・・さてさてさて(うるせー)、しかし、この雨の中心となる「氷晶核」を最も効率よく作る物質は本当は知られているのです。

それは「有機物」です。

これは、フレッド・ホイル博士の著作『DNA は宇宙を流れる』の解説で、東京大学理学部物理学科卒の翻訳家でジャーナリストの小沢元彦さんという方が、注釈として以下の説明を書かれていますので、抜粋します。


一般には、風にのって運ばれた土壌および鉱物塵粒子などが氷晶核となると言われている。しかし、ほとんどの鉱物は氷晶核としては不活性であり(氷晶核として働かないということ)、例外的に、粘土類のケイ酸塩鉱物がマイナス18℃の大気中で氷晶を作ることが研究によって明らかになっている。なお、人工氷晶核として利用されるヨウ化銀はマイナス4℃でも活性を示す。

氷晶核として最も有効な形状は六万晶系の結晶であるが、表面構造の方がさらに重要であり、結晶構造は核の細かい表面構造を決める部分的要因であるにすぎないと言われている。ある種の複雑な有機物が高い温度で氷晶核として活性化する(たとえばステロイド化合物の場合、マイナス1℃)という事実は、人工降雨研究者の間ではよく知られている。



難しい言い回しなんですが、極めてぶっちゃけて要約すると、「無機物よりもバクテリアのような有機物のほうが氷晶核として有用である可能性がある」ということが言えそうなのです。


しかし、雨が作られるような高層の高い上空に有機物や、ましてバクテリアなどいるのか、というと「いるんです」。これはもう、フレッド・ホイル博士の著作からの受け売りで、抜粋ではなく箇条書きにしますが、


1982年、ケルフ・ジャヤウェーラ博士とパトリック・フラナガン博士というふたりの著名な科学者が、南極海上空7キロで、10種類のバクテリアと31種類の菌類の胞子を発見した。


ということに始まって、その後も高層大気の生物の研究は続いています。

In Deep の過去記事でも、

宇宙のバクテリアを用いての強力な発電実験に成功した英国の研究チーム
 In Deep 2012年02月29日

というニューカッスル大学の研究チームがアメリカ化学会の会報に発表した論文についての報道を紹介したことがありますが、これなど、

「上空 30キロメートルの成層圏で発見されるバクテリアが、生物電池に極めて適していることを発見した

というもので、上空 30キロというと、これはもはや地上から微生物が上昇できる高さではないと考える方が妥当な感じがします。なぜなら、その場所は「成層圏」と呼ばれる場所で、すでに「対流圏」という大気の流れの上にある場所なのです。



▲ 成層圏の位置。


対流圏を越えて、物質や微生物が「上に」上がっていくということは極めて難しいと思うのですが、でも、その高層大気には「たくさんの微生物」がいます。

それらの生物がどこから来たのかということに関しては、現在の科学界では「それは考えないようにしよう」という流れとなっていますので、まあ、どこから来たものでもいいです。宇宙からでも、他の次元でも、とりあえず何でもいいです。

でも、いる。


いずれにしても、雨の降ってくる高い上空には、「雨の核となるような無機物などの物質はほとんどない」けれども、「雨の核となり得る有機物やバクテリアで満ちている」と考えることにはあまり無理がないはずです。

ということは、つまり、

雨は何もかも生物で作られている

という可能性があります。

一粒の雨粒に100万単位での「チリ」(有機物か微生物)が集まっている雨に、「ちょっとでも濡れるだけで、私たちは何千億、何兆もの有機物で体を洗われている」という意味が、これで通じるのではないかと思います。

あと、少し上の話とは違うものですが、過去記事で、

インドの大学の研究で多種の微生物が雨と共に空から降っていることが判明
 In Deep 2010年10月31日

というものもありました。

いずれにしても、オカルトに見えるような話でも、道筋をつけて考えてみると、それはまったくオカルトではないことがわかることが多いです。

私はいわゆるオカルトには最近はほとんど何の興味もないですが、目に見えている現象の真実は、ますます「奇蹟」に見えています。


というわけで、また話が逸れましたけれど、今回の「水星」。

これは In Deep というより、私が「宇宙と人間の存在」というものを勉強する歴史の中での中枢に位置し続けたのが水星でした。これまでどんな感じで「水星」を取り上げたのかを少しご紹介してから、今回の翻訳に入ろうと思います。




この世は「水星」によって存在しているという中世神秘学の理論


最初は昨年の、

突如スポットを浴び始めた「水星」
 In Deep 2011年10月01日

という記事に遡りますが、エメラルド・タブレットと呼ばれる中世神秘学とアルケミーの「奥義」とされるものが描かれている図版には、

「太陽と月の仕事を完成させるのが水星」

という図式の絵が描かれています。
エメラルド・タブレットの下の部分です。



ここは説明としては、


2つの手の上には、7つの惑星が描かれている。

そこには、太陽と月が彼らの生命の物質を聖杯に注いでいる光景が描かれている。太陽と月は、このように逆の性質のものを結びつける。

その聖杯は、両性具有を意味する水星で支えられている。
水星は男性と女性の両方の性質を持つのだ。
これも、別の方向としての、「逆にあるもの同士を結びつける」ことをあらわす。

太陽と月が水星を用いて偉大な仕事を成し遂げる錬金術のシステムだ。



というような説明となっています。

しかし、そんなオカルティズムだけでは、「だからどうした」と私も思っていたのですけれど、 NASA の探査機メッセンジャーの調査で、「水星は特別な惑星だ」ということがわかってきているのです。

それは「 水星の真実: 探査機メッセンジャーの撮影で水星の「何か」がわかるかもしれない(2)」という記事にありますが、水星はそれまで、科学者たちから「死んだ惑星」と考えられていたのですが、そんなことはないことがわかってきたのでした。

しかも、水星には下の写真のように「色」がある。



▲ NASA の水星探査機メッセンジャーが送信してきた水星の写真。右のカラー写真は11種類の波長の違うフィルターから NASA が構築した「真実に近い色」の水星の疑似カラー写真。

そして、今回の記事は、アメリカの財団法人であるカーネギー研究所の科学者が、メッセンジャーのデータ解析の中で、「水星の組成は地球や月と全然違う」ということを示していたことを明らかにしています。

2012年という年は、人類科学史の中で、水星が動き始めた年だということは言えそうです。


ちなみに、前回の水星の記事の中でご紹介した、水星のデータ解析を発表したマサチューセッツ工科大学のマリア・ズベール博士も、今回のカーネギー研究所のシャショーナ・ウィーダー博士も共に「女性」なんです。だからどうしたというわけではないのですが、水星の真実に近づいた人物が「女性だった」ということには何となく思うところがあります。


本来なら今は水瓶座の時代のはずで、「女性性の世界」へ突入していく段階にあるはずなのに、それがまったく見えない男性性の様相ばかりの現在。


だからこそ「この世の存在の真実を知る水星」に世界で最初に迫ったふたりが女性だったということは、やはり意味があると私は思います。

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(もういいって)


では、ここから記事です。
米国 CNN の報道です。






 



Mercury probe points to different origin for 1st planet
CNN (米国) 2012.09.18


水星探査機は、水星が他の惑星とは違う起源であることを示した


mercury-messenger-2012.jpg


NASA の水星探査機メッセンジャーから送られたX線データは、水星の表面のマグネシウムと硫黄のレベルを調査している。そして、そのデータからは、水星が他の惑星とまったく違った組成であることを示すと科学者たちは言う。

探査機メッセンジャーは、この1年6ヶ月のあいだ、水星からデータを送信し続けてきている。

そのX線のデータからは、水星の表面は、水星の北部にある火山噴火での岩の噴出を通し、地球や月などとは違った組成の平野であることを示す。

米国ワシントンにある財団法人カーネギー研究所のシャショーナ・ウィーダー博士は以下のように述べる。

「探査機メッセンジャーによる水星探査のミッションの前までは、科学者たちは、水星は月などと同じような惑星であるだろうと予測していました。しかし、水星の表面の低いレベルのカルシウムの量は、軽い素材が融解してできた月の表面とは、水星で起きたことは違うことを示します」。

「このデータは、酸素が極度に少ない水星のような環境で、水星に固着した前駆体としての物質の手がかりを私たちに与えてくれるものです」。

水星表面の硫黄濃度は、地球のおよそ 10倍におよぶと博士は言う。

そして、巨大な惑星を作るための鉄のコアが、水星の表面ではごくわずかしか見つからないという。

水星北部は火山が多い平野で、その地域は他の場所とは異なっている。そのクレーターからの年代分析は、現在の水星表面は10億年以上の年月があるという。

この研究成果は、科学専門誌「地球物理研究ジャーナル /Journal of Geophysical Research 」の最新号に掲載された。


水星の大きさは地球の約5パーセントで、太陽の周囲を 88日周期で回っている。

そして、その自転は非常にゆったくりとしていて、一周するのに地球での 58日分の時間がかかる。NASA によると、水星の表面気温は摂氏 425度に達する。




  

2012年09月20日



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今回は、資料として抜粋したところからいろいろと書いてみたいと思ったのですが、どうも、途中から話が複雑化し過ぎてしまいまして、支離滅裂なのですが、書いたところまでアップさせていただこうと思います。

資料はデイヴィッド・キーズというイギリス人ジャーナリストが 2001年に出版した『西暦535年の大噴火』という本の冒頭に載せられている「西暦541年から543年に東ローマ帝国を襲ったペストの状況」についての部分です。






 



6世紀にヨーロッパの人口を半減させた感染症の拡散の原因は?


ところで、この『西暦535年の大噴火』というのは、これは「邦題」でして、英語での原題は「カタストロフィー」( Catastrophe )というタイトルで、これは、日本語だと「壊滅的な大災害」というようなニュアンスです。

「535年に何らかの大災害が起き、それにより世界全体でその後の数年から十数年、深刻な気象変動が発生した」

ということが書かれていて、決して「噴火」ということから始まっているものではないです。

この535年の「出来事」の後、世界がどんな様子だったのかが、様々な文献から引用されていますが、感じとしてわかりやすいのは、6世紀の東ローマ帝国の歴史家であるプロコピオスという人が文章として残しているものです。西暦535年から536年にかけての記述です。




歴史家プロコピオスの記述より


昼の太陽は暗くなり、そして夜の月も暗くなった。

太陽はいつもの光を失い、青っぽくなっている。われわれは、正午になっても自分の影ができないので驚愕している。太陽の熱は次第に弱まり、ふだんなら一時的な日食の時にしか起こらないような現象が、ほぼ丸一年続いてしまった。

月も同様で、たとえ満月でもいつもの輝きはない。





書かれたのは 536年の夏ということで、すでにこの状態を1年経験し続けたということのようです。当然、当時は世界中で未曾有の天候の異変や大飢饉が起きており、この著作『西暦535年の大噴火』では、その頃の世界中の資料から当時の様子をあぶり出しています。日本、中国、朝鮮半島も出てきます。

そして、著者は、このような状態を作り出せるような自然現象というのは、


・小惑星の地球への衝突
・彗星の地球への衝突
・大噴火



のどれかだという推論のもとに検証していく中で、「535年にインドネシアのクラカタウ火山が噴火したことが原因」という可能性が最も高いということを書いていますが、結論づけているという感じでもないです。

そして、著作での「大災害」の記述の最初が「6世紀のペストの大流行」から始まり、これも気候変動とネズミの発生の統計の科学的見地から、「噴火と関係がある」というようなことになっているのですが、さて、そこで私は読んでいるうちに疑問を感じてきたのです。

その理由は、私が「パンスペルミア説」での病原体の拡散を考える人なので、仮に突然ペストが発生したのなら、それは噴火とは関係なく、「宇宙から彗星による拡散によって、ペスト菌がその時、地球に大量に降り立った」と考えたほうが合理的だからです。

そもそも、6世紀はまだ世界の交易はそれほど発達していなかったと思われますが、この『西暦535年の大噴火』の資料を読んでいますと、どうも世界的に(別の病気も含めて)伝播が早すぎる感じもあります。



水平感染だけでは考えにくい病気が実は多いということ

1918年にスペイン風邪という強毒性のインフルエンザが世界中で流行しました。この時には、控えめに見て、全世界で6億人が感染し、3000万人が死亡したと言われています(数の正確な統計は存在しないです)。

1990年代になって、その時のスペイン風邪のインフルエンザの世界での拡がり方について入手可能なすべての記録を調べたルイ・ヴァインスタイン博士という科学者がいるのですが、ヴァインスタイン博士が調査の途中で、下のようなコメントを残していることがフレッド・ホイル博士の著作に書かれています。


『生命( DNA )は宇宙を流れる』 フレッド・ホイル著より、ルイ・ヴァインスタイン博士のコメント

「インフルエンザがヒトからヒトへ感染する病気であるのなら、最初に発生した場所に近いところからじわじわと広がっていくはずである。けれども、実際には、世界の遠く隔たった土地に同時に出現したり、ごく近くの土地に数日から数週間もの間隔をおいて出現したりしている。

ボストンとボンベイ(現ムンバイ)で同じ日に見つかる一方、ニューヨークで見つかったのはボストンの3週間後という調子なのだ。あんなに多くの人びとが二つの都市を行き来していたというのに! 

さらには、シカゴに出現した4週間後に、ようやくイリノイ州のジョリエットにも出現したという記録もあった。二つの都市の距離は、わずか38マイル(60キロ)である。」




「水平感染」というのは「人から人にうつっていく」ことを表します。
たとえば、もっとも身近なものでは「風邪」です。

「風邪がうつっちゃって」

という言い方があるように、「風邪は水平感染する(人から人にうつっていく)」と私たちは完全に思いこんでいます。

しかし、現時点ではわからないですが、2001年頃までの時点の医学実験では、「風邪が水平感染する(人から人にうつっていく)」ことは一度も証明されていないのでした。もちろん、「人から人にうつることが確認されている病原体」もたくさんあります。

しかし、風邪やインフルエンザは違うのではないかということが、フレッド・ホイル博士の『生命( DNA )は宇宙を流れる』という著作では大量のデータなどと共に記述されますが、下がその章の導入部分です。




『生命( DNA )は宇宙を流れる』 フレッド・ホイル著

第5章 宇宙からきた病原体より


彗星から放出されたウイルスやバクテリアは、地球上ではどんなふうに広がってゆくのだろうか?

あるものは、宇宙からやってきて一部のヒトや動植物には病気を起こすが、すぐに病原性が低下してしまうため、そこから先へは拡がりにくくなるかもしれない。

前章でも説明したように、ウイルス粒子の落下は世界規模の大気の動きに左右されるため、後者の分類に属するウイルスでも広い範囲に一度に感染してしまい、伝染病と誤解されているケースが多いと考えられる。しかし、こちらのカテゴリーに入る病気は、ウイルスの侵入と直接的な関係があるから、われわれの仮説を検証するにあたって、より重要である。

われわれは、インフルエンザをはじめとする多くの上気道感染症(いわゆる「風邪」)が後者のカテゴリー、すなわち宇宙からの直接感染によって起こる病気であると考えている。

風邪はうつるというのが常識のように思われているが、実は、その伝染性はいまだにはっきりと証明されていないのだ。コントロールされた条件下で風邪の水平感染性を証明しようとする試みは、ことごく失敗に終わっているのである。








簡単にいうと、風邪やインフルエンザは、

「宇宙からやってきて直接人間に感染する」

という理論となります。

大げさな表現に聞こえるかもしれないですが、そうとしか表現しようがない部分があります。


そんなわけで、また話が逸れているような気もしますが、今回は、6世紀に東ローマ帝国および、周辺諸国をくまなく荒らした「ペスト」について残る資料の記述を抜粋します。



6世紀の東ローマ帝国で起きたこと


書いたのは、6世紀の東ローマ帝国のエフェソスという街で「聖人伝」を記した人物として名高いという、ヨーアンネースという人の記述です。「ヨーアンネース」は一般的には日本語で「ヨハネ」と呼ばれる表記と同じだと思われます。

なお、ヨーアンネースの記述を読んで、実はもうひとつ根本的に疑問に思ったこともあります。

それは、著者が「死ぬまでに何日もかかる者もいれば、病気になってから数分で亡くなる人もいた」と書いている下りなのですが、

「病気になってから数分で亡くなる」

というのはペストの症状としてどうなんだろうと。

これはヨーアンネースの記述にも、「立ち話をしたり、釣りを勘定したりしているあいだに、買い手と売り手の双方が急死し」というモンティパイソンのような下りもあるのですが、どうもイメージとしてのペストの症状と違うような・・・。

ペストには、3種類ほどあって、それぞれ多少違うとはいえ、たとえば、国立感染症研究所のペストのページにある「症状」。

・腺ペスト
通例3〜7日の潜伏期の後、40℃前後の突然の発熱に見舞われ、(中略)通例、発症後3 〜4 日経過後に敗血症を起こし、その後2〜3日以内に死亡する。


・敗血症型ペスト
臨床症状としては急激なショック症状、および昏睡、手足の壊死、紫斑などが現れ、その後、通例2〜3日以内に死亡する。


・肺ペスト
潜伏期間は通例2〜3日であるが、最短12〜15時間という報告例もある。発病後12〜24時間(発病後5時間の例も記載あり)で死亡すると言われている。


ということで、最も危険な肺ペストでも、数時間後に死亡するとされています。

いくら6世紀の医学といえども「死んだか死んでいないかくらい」は知識者である人たちにはわかったと思いますので、

「病気になってから数分で亡くなる」

という記述がわからない。

というか、実際にはこの頃の東ローマ帝国あたりの科学、医学、などについては、相当に進んでいたはずで、聖人伝を書いていたほどの人なら「実際に見たことをきちんと書いていた(倒れただけで「死んだ」とは書かないというような意味)」と思います。

つまり、確かにペストも流行していたけれど、

「同時になんかヘンな病気も流行してたんじゃないの?」

というか。

瞬間的に死んじゃうような。


あと、Wikipedia のペストのページに、「14世紀のペストの流行の年代ごとの図」が載っているんですが、これが面白いのです。

かつて、「緯度(地球の緯度経度の緯度)と感染症の拡散の関係性」を調べた研究者グループのグラフが家にある本のどこかにあるんですけど、それと同じような感じなんです。

Wikipediaにあるのは、下の図です。
ピンクの太い線は私が引いたものですので、オリジナルとは関係ないです

pest-map.jpg


上の地図は「ペストが人にうつっていく」という見方と共に、「地球の周回に応じた緯度からの拡散となっている」とも見えるのです。つまり、「円を描いているのではなく、線を中心としている」ということで、これは、この線を「彗星の軌道と照らし合わせる」と、非常に面白いです・・・が、今回はそこまで話が逸れると、本題の資料が書けなくなりそうですので、ヨーアンネースの543年の資料を抜粋します。

カッコ内は『535年の大噴火』で、著者の記述が入っているところを短く説明した部分です。

それでは、ここからです。






 


西暦541年の東ローマ帝国でのペスト襲来に関してのヨーアンネースの記録


「美しくて理想的な家庭が、人員の多少を問わず、突如として墓場と化した。召使いも同時に急死し、その腐敗はいっしょに寝室に横たわった。死体が裂けて路上で腐っていることもあったが、埋葬してくれる人などいなかった。街路で朽ち果てた遺体は、見る者におぞけを震わすだけだった。腹はふくれ、口は大きく開き、膿はどっと吐き出され、目は腫れ、手は上に伸びていた。遺体は、街角や路上、中庭のポーチや協会内で、腐りながら横たわっていた。海上に浮かぶ何隻もの船でも、船乗りたちが突如神の怒りに襲われ、船は波間を漂う墓場となり果てた」


(ペストから逃れようとして、港を転々とするヨーアンネース。しかし、ヨーアンネースは、都市も田舎もどこもペストに荒廃しつくされている惨状を目にすることになる)


「わたしたちも毎日、みなと同じように墓の門を叩いた(『瀕死の重体だった』の意)。晩になると、今夜はきっと死神がやってくるだろうと考えた。そして朝が明けると、わたしたちは日がな一日、墓のほうを見ていた(『死のことを考えていた』の意)」


「移動中に通り過ぎた村々は、陰鬱なうめき声をあげ、遺体は地面に転がっていた。途中の集落は、ぞっとするような暗さに満ちていて、ひとけがなく、たまたま立ち寄った人は誰しも、すぐに出てきてしまった。砦は打ち捨てられ、放浪者たちは山あいに四散した。人びとを駆り集めようとする人もまったくいなかった」


「畑の穀物はまっすぐ白く立っていたが、刈り取る者はいなかった。ヒツジ、ヤギ、ウシ、ブタの群れは、まさに野獣と化し、飼われていた時代の生活を忘れ、自分たちを引きつれていた人の声もとうに忘れてしまっていた」


(以下は、東ローマ帝国の首都コンスタンティノーブルの様子)


「天罰がこの都に重くのしかかった。まず襲われたのは路上に横たわっていた貧者たちだった。一日のうちにこの世を去っていった人数は、五千人から七千人、さらには一万二千人、そして、ついには一万六千人にのぼった。

 だがこれはまだほんの序の口だった。役人たちは各港や十字路、そして市門の入口に立って、死人の数を数えていた。コンスタンティノーブル市民で生き残っている人はごく少数になった。死者数は確かに数え上げられていたが、路上から運び去られた遺体が三十万を上回ったことは間違いない。役人は二十三万人まで数えたところで足し算を止めてしまい、それ以降はもう『大勢だ』と言うだけになった。こうして、その後の遺体は、数えられることもなく持ち去られたのである」。


「すぐさま埋葬所が足りなくなった。町には死臭が立ちこめた、担架も墓堀り人もいなくなった。遺体は路上に積まれていった」。


「路上や家の中で誰かと話している最中に、急にふらつきだして倒れてしまう例もあった。座って道具を手にし、作業をしていたかと思うと、横によろよろし、この世を去ってしまう者もいた。市場に日用品を買いに出かけて、立ち話をしたり、釣りを勘定したりしているあいだに、買い手と売り手の双方が急死してしまい、二人のあいだに品物と金銭が落ちていることもあった」


(埋葬所がなくなり、遺体が海に葬られ始める)


「遺体は舟という舟に満載され、海中に放り投げられた。舟は次の遺体を運びに、また岸辺へ戻っていった。舟が戻ってくると、担架が地面に置かれ、そこに二、三の遺体がまた放り投げられた。この繰り返しだった。ほかの人たちも、何体かの死体を舟に載せた。腐り始めている死体もあったので、むしろが編まれ、遺体が包まれた。そうした死体は、何本かの棒に載せられて海岸まで運ばれ、放り投げられた。体から膿が流出していた。海岸一帯に重なっている何千、何万という遺体は、一見すると、まるで大河で遭難した船の漂流物のようだった。流れる膿は海に垂れていた」






ここまでです。

さて、ところで、いつもそうですけど、今回は特に全体として、まとまりがないのですけれど、書きたいテーマが多すぎたのが問題でした。

とりあえず、このヨーアンネースの資料からどういうことを私は想定したのかというと、

・535年に火山の大噴火はあったと思われるが、同時に大きな彗星の地球への衝突か、極端な接近があったのではないだろうか。

ということです。

もちろん、大噴火の気候への影響も甚大なものだったはずで、そのあたりを含めて、今後の世の中に生きるための参考となりそうなことを考えたりして、今後書いてみたいと思っています。

多分、サイクルの存在を考えると、歴史はある意味では同じように繰り返すと思います。

まったく同じではないでしょうけれど。

--
[パンスペルミア説とフレッド・ホイル博士]に関連した過去記事:

フレッド・ホイルさんの霊に捧げる:インドに降った赤い雨の中の細胞が 121度の温度の下で繁殖し、銀河にある光と同じ光線スペクトルを発した
2010年09月07日

宇宙塵自身が生命であることに言及した 100年前のノーベル賞学者の実験
2011年05月07日

国立天文台が地球上の生命の素材となるアミノ酸が宇宙から飛来した証拠を発見
2010年04月07日



  

2012年09月18日



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なんだか、何を記事として選べばいいのだかわからないほど、いろいろなことが起きています。

海外の報道なんかを見ても暴動の話ばかりで、今回は、今リアルタイムで世界でどんな暴動が起きているのかを少しピックアップしておこうかと思います。中東カタールのアルジャジーラというメディアがありまして、同紙の中に「 In Depth 」というコーナーがあり、そこにまとめられていました。

それを後半でご紹介しますが、それは基本的に写真記事ですので、その前に昨日今日で気になったことを少し書いておきます。






 



「太陽の顔が死んだ朝」


毎日、太陽の写真を見るのですが、今朝の「太陽の様子」を見てみましたら、ちょっとイヤな感じの表情になっていたのですね(苦笑)。

coronal-hole-2012-09-17.jpg

Spaceweather より。太陽の、この目とか口のように見える黒い部分は「コロナホール」と呼ばれているところで、強い磁場のある場所(磁力線)が外に向けて開いていて、ここから太陽風と呼ばれる磁場のエネルギーが大量に噴き出しています。


上の顔は・・・グロテスク漫画の巨匠である日野日出志さんのキャラに出てくるタイプだとすぐ思いました。日野日出志さんの、どの漫画というわけではないですが、たとえば、 1970年頃の「蝶の家」の主人公とも似ています。下の人です。

hino-chou.jpg

日野日出志さんの絵には今も昔も拒否感を示す方も多いので、小さく小さく載せておきます。



あと、上の太陽は「死んだスマイルマーク」的な感じもします。

過去には笑っていたこともある太陽ですが、次第に死にはじめているのかもしれません。

sun-2010-smile.jpg

▲ 笑っていた頃。過去記事「「太陽が笑った」: 目は黒点で口は磁気フィラメント」より。


しかし、表現を穏やかにかえれば、「眠りにつく」というような感じもないではなく、あるいは今後進んでいくのかもしれない「太陽活動の低下」というようなことの予兆的なイメージも感じないではないです。

スマイルといえぱ、 NASA の火星表面写真の中に「スマイル」みたいなのがあったことを思い出しました。下の写真です。NASA が「スマイルみたいな」と表現しているだけで、そう見えるかどうかは人によると思いますけど。

mars-s1.jpg

NASA ジェット推進研究所のウェブサイトより。撮影されたのは 2008年1月。

他にもあります。下のは火星の全部違う場所です。

mars-face4.jpg

Space.comより。


ちなみに、タイトルに「太陽が死んだ」と入れまして、これでは何だか否定的な響きに感じられるかもしれないですが、 In Deep などの過去記事などに流れる中の「中世神秘学とオカルト」の話の流れとしては、

「太陽が死ぬことそのものが悲劇なのではない」

というようなことは言えます。

私は最近、「コーランの黙示録」というものを見つけて、「聖書の黙示録」と読み比べていたりしたんですが、読めば読むほど、疑問のようなものが次々と沸いてきます。

聖書に対しての疑念というか、疑問を初めて持ったのはたとえば過去記事の、

ヘビとウロボロスとケツァルコアトルと月と太陽をめぐる旧約聖書『創世記』への疑問のようなもの
 In Deep 2012年04月08日

などでしたが、そこで、旧約聖書「創世記」の第1章 16-18節の、


神は二つの大きな光る物を造られた。大きいほうの光る物には昼をつかさどらせ、小さいほうの光る物には夜をつかさどらせた。



を読んで、強烈な違和感を感じまして、なぜなら、何度も何度も書いて申し訳ないですが、「太陽と月はその大きさも役割も対等だから」です。

聖書には別件としてそのことが書かれているのにも関わらず、上の創世記には大きいほう小さいほうと書かれている。

これは天文学が発展した中世頃から現在までの(多分誤った)概念で、聖書が最初に書かれた頃には、上の部分の概念はなかったのではないかと思っています。もしかすると、現在流通している旧約聖書には「オリジナルではない記述」が存在しているように感じて仕方ありません、


下のイラストは、1788年頃に出版された「薔薇十字の秘密のシンボル」(Die geheimen Figuren der Rosenkreuzer)というラテン語の古書にあるものですが、この古書ではほとんどの図説でこのような「太陽と月」の対等の作用について描かれていて、そして、それを完成させるのが水星ということが描かれます。




では、太陽は「単なる地球の衛星なのか」というと、そういうわけでもないようで、ラテン語はあまりわからないですが、「人間(あるいは女性)こそが太陽である」という概念、あるいは理念、あるいは理想(いつかそうなりたい)が中世神秘学やアルケミーの世界にはあったのだと感じます。

それは下のようなイラストからも想起させられます。




この「薔薇十字の秘密のシンボル」は今はインターネットでダウンロードできます。こちらのページ(ドイツ語)の一番下にダウンロードリンクが示されています。 PDF 書類で50MB という大文書です。興味のある方はイラストだけでも眺めていると、中世神秘思想の理念のようなものが多少見えてくるかと思います。

それは「未来の人類」の真実でもありそうです。

まあしかし、そういう「未来の人類」とか、「未来の地球」だとか曖昧なことを言う前に、今、世界は現実の暴動で荒れ狂っています。

大きなものでは、中東からアフリカの反米運動、内戦も絡むアフガニスタンの暴動、中国の反日運動、そして、ロシアの反プーチン政権デモ、スペインやポルトガル、ギリシャなどの債務カットに関しての暴動など。


反米運動は下の範囲に広がっていて、さらに拡大する可能性があります。

20120916-anti-america.jpg

イスラム圏デモ、死者17人に エジプト220人拘束 豪州にも飛び火 (産経新聞 2012.09.16)より。


それでは、ここから、世界の暴動を写真で紹介したアルジャジーラの記事です。






 

The week in pictures
アルジャジーラ (カタール) 2012.09.16

In Depth 今週の写真

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▲ 米国カリフォルニアで製作された「反イスラム」映画に対しての抗議運動がイスラム世界に広がっている。リビアでは米国領事館が襲撃され、死者が出た。




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▲ アフガニスタンに派遣されている国際部隊は、外国兵士への相次ぐ攻撃により現在研修プログラムを中断している。上の写真は 9月10日のアフガン警察学校の卒業式にパフォーマンスをおこなったアフガニスタンの警官たち。




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▲ 中国では領土問題から全土で反日デモがおこなわれている。写真は日本の国旗を燃やす湖北省のデモ参加者。反日デモのおこなわれる都市の数は拡大している。




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▲ ローマ法王ベネディクト16世がベイルートの大統領宮殿に向かう際の写真。ベネディクト16世はレバノンで宗教関係者や、政治指導者と面会した。




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▲ ポルトガル・リスボン。政府の金融救済に対して、金融救済ではなく新しい措置を導入を求めて行進する市民たち。上の横断幕には、『トロイカはクソだ。私たちはあくまでも私たちの生活がしたいのだ』と書かれている。




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▲ ロシアでは、多数の野党支持者たちによるデモ行進が行われた。プーチン大統領支配に終止符を打つことを求めた。




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▲ 米国シカゴでは、学校の教師たちがストライキを続けている。賃金アップ、健康保証などのための財源を要求している。9月15日にはシカゴのユニオン・パークに 25,000人以上の人びとが集まった。




ここまでです。

アルジャジーラの記事は以上ですが、他にも、南アフリカでは8月から炭鉱労働者(主に黒人たち)と、管理会社とその警備隊の戦いが続いていて、警官隊の容赦ない発砲によって数十人が死亡しています。


south_africa.jpg

▲ 全体としての暴動手前の南アフリカ。Epoch Timesより。
「女神」と日本語か中国語で書かれたTシャツを着ている人が見えます。



あらゆることが「行き着くところまで行かないと収まらない」というような方向の感じに進んでいるようにさえ見えます。


あと、実は、暴動というか、過去の革命なども含めて、それらと密接に関係していることをご存じでしょうか。

それは「飢餓」なんです。

このことも、山本七平さんの本で知ったことですが、「空腹は暴動を起こしやすくする」のは事実のようです。
過去記事にも、

世界的な飢餓暴動を予測する専門家たち
In Deep 2010年08月15日

というものがあります。

そのこともいずれ書いてみるかもしれません。
私たちの多くは飢餓とは無縁の生活をしていますが、今後はわからないからです。



  

2012年09月16日



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6月に書いた「全世界に現れる暴動の芽」という記事で、


太陽活動最大期の現在、以前の同じ最大期なら確実に暴動の嵐が吹き荒れていた時期ですが、今は太陽活動が弱く、個人的には暴動の嵐はそれほど大きくならないようにも思いますが、しかし、そのあたりも「未来」である以上はやはりわからないことなのかもしれません。



などと「のんき」なことを書いていましたが、結局、過去の太陽活動最大期と同様に、「どこもかしこも暴動だらけ」というようなことになってしまっています。

今現在が過去と同様ということは、今の状態が最低でも 2013年の夏頃までは続く(2013年の夏に太陽黒点数の最大期を迎えるという予測となっています)ということになってしまうのかどうか。


ところで、前回書きました記事、

伊勢神宮に立ち昇った「光の柱」。そして、メッカのソルトン湖に地下に眠る巨大火山に関しての追記
 In Deep 2012年09月14日

と関連して調べましたら、予想以上に興味深かったですので後半でご紹介します。

その前に先日書きました「どうだっていい、同じ〇〇だ、やっちまえ」の現実化の話です。






 



米国で発令されるすべての民間人への「退避勧告」


中東のイスラム社会圏でのかなりの広範囲に渡って起きている「反米」行動と、そして、それほど海外では注目されていないですが、中国での「反日」行動は拡大しているようです。

アメリカ国務省の領事局は9月15日に、スーダンとチュニジアにいるすべての米国人に対して、「退避勧告」を発令しました。長く闘争が続くスーダンはともかく、観光地であるチュニジアにこのような勧告が出されるのは珍しいことだと思います。

今回はまず、その「米国政府によるチュニジアからの退避勧告」を翻訳してご紹介します。

どうしてか?
これは、国名を変えれば日本人にも当てはまる内容だと思ったからです。

9月16日現在、日本の外務省の「渡航情報」では、中国について、

最近の日中関係の動きに係る注意喚起
 外務省 海外安全ホームページ 2012年09月16日現在有効情報

という情報が出ていて、そこには「注意喚起」という「危険度の最も軽いランク」として注意がなされています。「自らの安全確保に努めてください」というような警告度の弱い勧告です。

日本の外務省による海外渡航情報で最も重いものは「退避勧告」で、たとえば、下のような表現(現在のイエメンの例)となります。


我が国は、イエメン全土に対して、「退避を勧告します。渡航は延期してください。」の危険情報(退避勧告)を発出しています。ついては、イエメンに滞在されている方は、直ちに国外等の安全な地域へ退避するよう、強く勧告します。また、同国への渡航は、目的の如何を問わず延期するよう、強く勧告します。



冷静に考えれば、現在の状況ですと、日本人の立場として考えれば、上の「危険なイエメン」と、外務省によれば「若干危険な中国」のどちらが(繰り返しますが、「日本人として」です)危険かというと、さほど差はないか、あるいは「逆転する」と思われるわけで、外交上、日本は東アジア諸国に高い渡航危険情報を出せないでしょうが、個人的には中国は上のイエメンと同じように考えても差し支えないと思います。

これは誰が良いとか悪いとかいう問題ではなく、「状況には状況に応じて動いたほうが懸命」というだけの話ですが、このあたりは、先日、別件で書きました、

殺され続ける詩人シナ
 2012年09月12日

という記事の中の、私の記述ではなく、山本七平さんの扇動の理論に関しての抜粋部分をお読み下さるのもよろしいかと思います。


上の記事に出てきた、シェークスピアの芝居の中にあるという「どうだっていい、同じ〇〇だ、やっちまえ」という〇〇が現在拡大しつつあります。〇〇は、暴動などの起きている国によって違いますが、たとえば、中国の反日行動などでも、「〇〇は日本人」などというだけでは収まらない感じもあります。昨日などは、

日本政府が尖閣諸島の国有化を決めて初めての週末となる15日、中国全土のおよそ40カ所で反日デモが行われている。デモ隊は一部で暴徒化し、警察当局を攻撃するなど、当局の制御が利かない事態も起き始めている。(フジテレビ系(FNN)報道より)


上の「警察当局を攻撃するなど」のように、何でも「〇〇」になる瞬間というものが暴動には存在します。

ただし、これが進みすぎると「〇〇」が体制そのものとなっていき、「天安門事件(振り出し)に戻る」というようなこともなくはないかもしれないです。

反日デモそのものは中国では日常的な行事で、定期的に発生します。前回は 2005年のものが記憶に新しいと思いますが、その2005年の中国の反日暴動の時には、中国のために技術指導や農業指導をしていた人たちも襲撃されてしまったというようなことがあり、まあ、現実として「顔や外見でその人のやってきたことや、考え方がどんなものかわかるわけもない」ということがあり、そこで扇動された人たちの理論は、

「どうだっていい、同じ〇〇だ、やっちまえ

ということにならざるを得ないです。
このあたりは理想論ではどうにもならないです。

そして、これは一種の「熱狂」ですので、理性で止められるものでもないです。

さらには、上の記事で抜粋した山本七平さんの文に、


扇動された者はあくまでも自分の意志で動いているつもりだから、


という部分がありますが、暴動になると上のような思考になる人が多くなり、「どうだっていい、同じ〇〇だ、やっちまえ」の自己の考え方に陶酔するあまり、

「〇〇をやっつければやっつけるほど素晴らしい」

という帰結にさえなりやすいです。

簡単にいうと、中東の場合ですと、「視界に入ったアメリカ人とアメリカ製品は全部やっちまえ」というだけでは済まない、と。中国なら「視界に入った日本人と日本製品は全部やっちまえ」というだけでは済まない。そして「〇〇の対象は拡大し続けて」何だかわからなくなってくる。

過去の歴史を見ていると、最初は「目についたものをやっつける」だけで終わりますが、そのうち「探すように」なります。つまり、探してでもやっつける。サーチ&デストロイという戦争用語がありますが、そうなっていくことが多いです。

また、上の記事に書いたように、扇動されている人はそれに気づいていないので、仮に指摘をしても「むしろ怒って気勢が上がるだけ」ですので、指摘は意味をなさないです。


ずいぶん昔、中国ではなく東南アジアですが、ある国で小さな暴動(政治的なものではなく、集団の喧嘩)に巻き込まれたことがあり、その時、「あっという間に集団の感情が高ぶっていく」という光景を目にして、「いや、すごいもんだな」と思いました。その時は夜で、私も酔っ払っていたので、あまり怖くなかったですが、翌朝目覚めた時に「ちとヤバかったかも」と思ったことがあります。拳銃とか出している人もいましたからね。


というわけで、米国務省領事館の警告情報の告知です。

あくまで私の個人的な考えですけど、この「チュニジア」という国名を変えて読んでくださると現在の日本人の対応に応用できるかと思います。






 


Travel Warning - U.S. DEPARTMENT OF STATE Bureau of Consular Affairs
アメリカ国務省領事館 2012.09.15

渡航警報 - 国務省領事館

アメリカ国務省は、 2012年9月15日現時点、チュニジアに旅行をしているすべての米国市民に警報を発令します。 9月14日にチュニスの米国大使館への攻撃の後、国務省はチュニジアからのすべての非緊急時の米国政府職員の出国を命じました。

チュニスの空港は開放されており、すべての米国市民の皆さんに商業航空便によってチュニジアから出国することを勧告します。

チュニジアに残る米国民は、細心の注意を払い行動して下さい。デモを避けるために、不測の緊急計画を立てることを通し、チュニジアでの自分の居所を登録する必要があります。また、現在の連絡先情報を提供し、家族や近親者、または緊急連絡情報を提出して下さい。

アメリカ大使館はチュニスのコンコルド・レ・ベルジュ・ド・ラック (Concorde Les Berges du Lac) 郊外に位置しています。

詳細については、 アメリカ国務省のウェブサイトのリンク「危機対応として可能であることと可能ではないこと」をご覧ください。セキュリティに関する最新情報は、米国とカナダのフリーダイヤルでも取得することができます。





ここまでです。


このようなことがいつまで続くのか? それはわからないですが、このブログ的にいって、あるいはこれまでの二百数十年の近代史から見ると、太陽黒点活動の最大期を過ぎる頃、つまり、来年 2013年の夏くらいまでには収まるのではないでしょうか。

その頃、私たち個人や文明がこの世に残っていれば、また穏やかな日々も訪れるかと思います。

過去のこの時期にあった様々なこと、それは第二次世界大戦であったり、ソ連の崩壊であったり、同時多発テロであったり、大韓航空機爆破事件であったり、フランス革命であったり、イラン戦争であったり、日清戦争であったり、そのような歴史を振り返れば、「今なんてまだ全然穏やか」と笑って過ごせるのではないでしょうか。

そうなんですよ。
こんな荒れているように見えても、過去と比べると、今のほうが格段に穏やかなんです。

これからの1年もそのように過ぎていくかどうかはわからないですけれど・・・。


さて、では、ここから先日の記事、

伊勢神宮に立ち昇った「光の柱」。そして、メッカのソルトン湖に地下に眠る巨大火山に関しての追記
 In Deep 2012年09月14日

の追記です。



8月18日に大阪で何が起きたのか?


上の記事では、海外サイトに「伊勢の光の柱」として掲載されていたものをそのまま翻訳してご紹介したのですが、調べてみると、この光は先月から海外を中心に話題となっていたものでした。

最初の出所は日本のツイッターだったようです。

それで、意外だった点も含めて、とりあえず流れをご紹介します。

上の記事の写真が最初に掲載されたのは、こちらのツィッター上に投稿された写真でした。

lightening-01.jpg

twitter.com/TR2151_HIRA/status/236717458029961216/


日付けは 8月 17日になっていて、投稿は「大阪市淀川区から」となっています。
この写真に出ているバレエ教室も、調べて見ると兵庫と大阪を中心としたもののようで、また周囲の風景の看板などからも、これは大阪のようです。

しかし、これを知って、「マジかよ」と思ったわけです。

実際、わりと長くパソコンなり Mac で画像をいじったりして遊んでいる私のような人たちは、こういう写真を見た瞬間、「フォトショップ仕事」という概念が普通に沸くのです。疑うとか、そういうことではなく、「ああ、Photoshop か」と。

たとえば、私程度の素人でも普通の風景画から上の写真のような光の塔の写真を作るのには1分かからないと思います。写真加工の中で最も簡単なもののひとつです。

しかし、携帯などから投稿したという可能性がある分には本当に撮影されたのかもしれません。


さらに調べると、同日の8月18日に「大阪での落雷」としてたくさんの写真が、様々なメディアにアップされていたことを知ります。

当日の他の大阪での「光の塔」の写真を掲載しておきます。

thunder-01.jpg


thunder-02.jpg


などですが、1枚目の写真のほうは、現象そのものの真偽はともかくとして、写真の中は加工されていると考えたほうが自然な部分があります。建物と光の接続部分をよく見ると下のようになっていて、これは光と建物の前後の位置関係から何らかのコピーペーストの加工がされていることがわかります。

thunder-03.jpg


ちなみに、これらは「落雷」ということのようですが、普通だと、上のような遠方の落雷をカメラで撮影して、柱のように真っ直ぐにうつるということはほぼないと思っていましたが、しかし、8月18日の大阪の落雷はちょっと異常だったようです。

下の何枚かの写真は、テレビ報道などを含めた、その8月18日の落雷の写真ですが、これほど激しい落雷が複数あったのなら、角度によってはまっすぐに落雷が撮影されたかもしれません。

osaka-01.jpg

▲ 大阪此花区。2012年8月18日。



koshien2.jpg

▲ 甲子園球場。2012年8月18日。



osaka-02.jpg

▲ 大阪・地区不明。2012年8月18日。


それにしても、落雷だったとした場合、「通常の自然現象が異常となっていく」という瞬間を私たちは今見ているわけで、そのことこそが不思議な経験のようにも思えます。

オカルトだったら笑えた話も、落雷のような通常現象だとすると、笑えないというか、ホントに変化してきているんだなあと思います。


しかし、大阪はいろいろとありますね。

6月には実際のところはわからないままでしたけど、

大阪湾の異常を注視する世界中のネットユーザーたち
In Deep 2012年06月14日

で、「大阪湾が黄色く変色する」なんていう目撃談もありました。



▲ 2012年6月13日の大阪湾の写真、だとされているもの。


ちょっと古いですが、2010年には日本では珍しかった「シンクホール」が開くという報道もありました。



▲ 大阪城公園。2010年3月14日。産経新聞より。


3年ほど前に自分で「大阪ショック」と呼んでいる出来事が私の考え方を大きく変えたことがあって、クレアなひとときの下の記事なんですが、それから約1年半くらいの間、肉を噛めなくなったことがあります。食べられないのではなく、「噛めない」のですが、噛めないと実質的に食べることはできないので、1年以上、肉を口にいれることはありませんでした。

大阪人はいかにして最強の宇宙兵器を倒したのか
 クレアなひととき 2009年10月11日

その後、ふとしたキッカケでまた肉を食べられるようになったのですが、その1年半は「食べること」ということをいろいろと考えた時期でした。

上の長い記事は、シメが「大阪に幸あれ!」となっていて、まあ、今も同じように思っています。私自身は、大阪に直接触れることなく人生を終えるでしょうが、近くて「本当に遠い大阪」ということは一種の尊敬を込めて思います。

なんというのか、こう・・・まあ、いろいろとあるのかもしれないですが、いずれにしても大阪に幸あれ。




  

2012年09月14日



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今日は、昨日までのカリフォルニアでの異臭に関しての記事の補足というか、異臭報道とは関係ない学術記事でソルトン湖に関してのものがありましたので、ご紹介します。

その前に今朝見て気になった記事をご紹介したいと思います。
光のタワーの話で、日本の話です。






 



伊勢の光の柱


米国のミステリー系の老舗ウェブサイトの今日の記事に「日本の聖地に巨大な光が出現」というタイトルの記事がありました。下のような写真が添えられていました。

ise.jpg


日本語のニュースなどで検索しても同じようなものがありませんでしたので、一応、ご紹介しておこうかと思います。これが掲載されていたブログの性質上、信憑性については何とも言えないですし、上の場所が本当に伊勢なのかどうかも私にはわからないです。

なお、アメリカ人のブログですが、報告のメールを書いたのは日本人のようです。

ところで、私は知らなかったのですが、記事では、伊勢神宮を「 Yamatohime - no - miya 」(ヤマトヒメノミヤ / 倭姫命の宮)と呼んでいましたので、原文通りに記載します。

なお、この光が目撃されたのは今年の 8月27日だと記されています。




Huge Light Anomaly at Grand Shrine of Ise, Japan
Phantoms and Monsters 2012.09.13

日本の聖地・伊勢で説明のつかない巨大な光の柱が出現

日本の仲間(読者)が以下のメッセージと写真を送ってくれた。
以下がそのメッセージだ


8月 27日の午前 8時頃、伊勢神宮の外部と聖地(境内)の中央で、厚い光のポール(柱)が立ち昇っている光景が目撃されました。その光は5分間以上にわたって目撃されました。

目撃者は神道の聖職者の家族で、とても長い期間、この地で暮らしています。

そして、彼はこの光の位置の説明で「倭姫命の宮の上に光が」という表現をしており、そのため、私は彼の情報が比較的正しいのではないかと考え、今回、この文章と写真を送ることにしました。私はこれが神の国大和の復活なのではないかと感じます。

ところで、光の柱が出現するという意味は、「この世界が変わる徴候」だとされています。それは、物質的な世界から、物質的でなはない世界へと価値観が移行していく徴候という意味です。

善意が評価される世界になり、世界の人びとは助け合うようになります。

もっとも、そのような「完全な世界」が見られるまでには何世紀もかかるかもしれないですが、しかし、0.1パーセントの変化でも見られれば、人類に巨大な変化を与えます。

物理の新しい法則と理論が発見され、科学が再検討されます。私たちは、最終的な平和世界に向けて多くの変化を見ていくことと思います。そして、最終的に私たち人類の未来は驚くべく場所に存在します。




ここまでです。

後半はなんだか壮大な展開になっていますが、世界が変わる徴候だとか何とかはともかく、この光の現象がもし仮に本当なら興味はあります。

数年前から様々な光の現象が世界中で起きていて、その多くが科学的に説明できると言われますが、説明がつくとかつかないというほうが問題なのではなく、「それまで見たことがないような現象が多発し始めた」ということが興味深かったです。

上のような「光のポール」の報道写真を最初に見たのはラトビアの光でした。
また、米国でも数年前の冬から見られるようになりました。


light-pole-.jpg

light-pole-01.jpg

▲ ラトビア。2009年1月17日。Daily Mail より。


light-pole-02.jpg

▲ 米国オクラホマ州。2009年1月26日。ナショナル・ジオグラフィックより。


あと、少し前に、マヤのピラミッドから光線が上に照らされたというニュースもありました。
撮影されたのは2009年。

maya-pyramid-light.jpg

GIZMODE より。


上のピラミッドの写真は写真そのものには細工されていないことがわかっていて、確かに光は写ったらしいのですが、レンズフレアか、あるいは機器の不調( iPhone で撮影)かどちらかではないかと言われています。


単なる光の現象とはいえ、実際のところ、「どうして人間が光の波長を識別しているのか」ということは未だにわかっていないわけで、あるいは光の形というのは人間の意志そのものかもしれないと思ったこともあります。

このあたりのことは、ずいぶん昔ですが、

ペアである自分(2) 宇宙の場所
 クレアなひととき 2011年01月28日

という記事の後半で、「メキシコの目のない魚が脳の松果体で直接、光を感知していたことがわかった」という米国メリーランド大学の研究論文から思ったことなどを少し書いています。

松果体は人間にもありますが、現在のところは、メラトニンという物質を作り出すこと以外は、役割のよくわからない器官とされています。


light-brain.jpg

体内時計より。


また一方で、東洋でも西洋でも「人間は松果体で光を見る」というような概念はあったようで、下の絵は中世の哲学者デカルトが描いたものです。これなどは「松果体で見る」ということをかなり直接的に表している図版のように見えます。

pineal-gland-02.jpg

b/Aより。


しかしまあ、難しいことを考えなくとも、「頭の中に(視覚を通して受けなくても)光はある」というのを自分で実感するのはわりと簡単で、残像を含めて、「目を閉じても光はそこに残っている」という事実があります。

私はわりとこれを眠りにつく時や、眠れない時などに観察しているのですが、まぶたの奥というか、暗闇の中央やや左に「光の発生場所」があります。これは誰でも目を閉じた時にある光の出所を辿っていけばわかると思います。

というわけで、余談でしたが、ここから、昨日までのふたつの記事、

赤く染まるユーラシア大陸最大の川と、カリフォルニアの周囲 100キロに漂う9月11日の腐臭
 In Deep 2012年09月12日

カリフォルニアの異臭は「アメリカのメッカ」から放たれたものか、あるいは違うのか
 In Deep 2012年09月13日

の補足のような記事です。

あの米国のメッカにあるソルトン湖は、古代の「巨大火山」が噴火した場所だったのでした。

その観測所についての短い記事がありましたので、ご紹介します。

何か特別な動きがあったというわけではなくこの記事が出ていたということは、やはり最近の異臭騒動を意識しているような部分はあるのかもしれません。






 

Salton Buttes California Volcano Observatory
Nano Patents and Innovations 2012.09.13

カリフォルニア・ソルトン火山観測所


ソルトン火山は、カリフォルニア州インペリアル・バレー(カリフォルニア州南東部からメキシコのバハ・カリフォルニアまで広がる乾燥した盆地)から、南東に 145キロメートルに位置するソルトン湖の地熱域にある。

Salton_Buttes.jpg


この地熱地帯の熱源は、地球表面の地下深くにある部分的に溶解した岩(マグマ)から放出されている熱だ。

このソルトンの火山は約 40万年前に噴火し、その後、 1万 8千年前まで小康状態だったと考えられている。最も最近の噴火は約 9,000年前で、大噴火で始まり、次第にガラス状(黒曜石)の溶岩ドームの比較的穏やかな放出の段階に進んだと見られる。


salton-sea-buttes.jpg


ソルトン山の地震活動の監視は 1930年代に始まった。そして、1970年代に、その管理は USGS (米国地質調査所)と、カリフォルニア工科大学がおこなうことになり、現在に至る。

ソルトン山の噴火の予測を立てるためのデータは現在のところはまだ不十分だ。しかし、この地域の高い熱放出と、このソルトン山の比較的若い年齢から見て、将来的な噴火が予測されている。





ここまでです。

このソルトン湖、あるいはメッカのあるあたりというのは、かなり広大な「巨大火山の一帯」ということのようです。

もちろん、このこととカリフォルニアの異臭が関係あるとは思いませんが(風向きの問題)、ここに加えて、米国の太平洋側の地下には「カスケード沈み込み帯」という地層がありまして、ここが西暦 1700年に大地震を起こしたことが、日本の資料でわかっています。

このあたりはまた別の話ですので、リンクを示すにとどめておきます。記事は 独立行政法人「産業技術総合研究所」の2003年のニュースリリースです。

北米西海岸で西暦1700年に発生した巨大地震の規模を日本の古文書から推定
 独立行政法人 産業技術総合研究所 活断層研究センター 2003年11月21日

上の記事にある下の図の「カスケード沈み込み帯」という場所が崩壊して、今から 312年前にマグニチュード9クラスの地震がアメリカ西海岸で起きたとされています。

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当時、アメリカ合衆国はまだ存在せず、日本の古文書に記載のある「日本での1700年の津波被害」の原因を探る中で、その地震発生が明らかになったというような記事です。


まあ・・・何だか、いろいろなことが起こり得る昨今ですが、どんなことでも「起こってみなければわからない」というのが最大の事実で、そしてそう思っていれば、案外と起こった時もすんなり対応できるものかもしれません。



  

2012年09月13日



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▲ 米国カリフォルニア州メッカ。今回の異臭騒動の元と報道されるソルトン湖があります。写真は「メッカへようこそ」の看板。
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昨日の、

赤く染まるユーラシア大陸最大の川とカリフォルニアの周囲 100キロに漂う9月11日の腐臭
 In Deep 2012年09月12日

という記事の中で、カリフォルニアの広範囲で「異臭」が漂っているというようなニュースを取り上げたのですが、今朝になり、いろいろとわかってきました。興味深い部分もありますので、何かの推定や結論を出すという意味ではなく、いくつか知り得たことをご紹介しておきます。

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2012年09月12日



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▲ 9月6日に真っ赤に染まった中国の長江。原因は不明。中国の長江はユーラシア大陸のなかで最も長い河で、世界では水量と全長で第3位。






 



最近は時事ではない記事をたくさん書いていましたが、世の中ではいろいろなことがたくさん起きているのも事実で、その中でも気になっているふたつのニュースをご紹介しておきます。後回しにすると、「永遠に後回しにしたまま」ということにもなりかねないですので( In Deep ではよくあります)、書ける時に書いておきます。

ふたつともタイトルの通りのニュースですが、「カリフォルニアの腐臭」というのは比喩とかの話ではなく、本当の「腐臭がするニュース」で、何かが腐ったような匂いが南カリフォルニアの100キロくらいの距離の範囲に漂っているというニュースです。

米国ロサンゼルスタイムスで大きく報じられおり、それほど小さな話題ということでもなさそうですので、ご紹介します。

もうひとつが、中国の長江という大変に大きな川が真っ赤に変色したというニュースで、日本でも報道されていたようですので、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、 In Deep では「赤く変色したいろいろな光景」というものを掲載し続けていたので、流れとして記しておきます。

今回の長江は、過去最大の「赤色事変」だと思います。

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過去記事の「赤いシリーズ」は、以下のようなものがあります。

(赤く染まった黒海) 赤の意味(1): 再び現れた赤い海と赤い雨
 In Deep 2012年07月31日



▲ 2012年7月に赤く染まったウクライナのアゾフ海。


(赤い川) 血の川の出現:原因不明の理由で真っ赤に染まったベイルートの川
 In Deep 2012年02月17日



▲ 2012年2月に赤く染まったベイルートのフルン・アル・シュバク地区の川。


(赤く染まった空) 巨大な磁気嵐がもたらしたアメリカ全域での「赤い空」
 In Deep 2011年10月26日



▲ ミシガン州ロックフォード。2011年10月24日。



まずは、その「赤いニュース」の流れとして、中国の大河の話題です。
報道は米国の ABC ニュースより。
写真は英国のデイリーメールからです。






 

Yangtze River Turns Red and Turns Up a Mystery
ABC (米国) 2012.09.07

中国の長江が赤に変色。原因は謎のまま


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絶景として観光的にも知られる中国の長江が奇妙な意味での「絶景」を見せている。

赤く染まってしまったのだ。

長江が赤くなってしまった理由については、中国当局も現在のところわからないという。長江はユーラシア大陸のなかで最も長い川で、世界の中でも、水量と全長で第3位という非常に大きな川だ。

赤くなってしまった長江を、住民たちは立ち止まって見つめる。

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中には、赤い水を瓶に入れて保存する人たちもいる。

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川が変色したにも関わらず、漁師たちは漁を続けているという。

当局は現在、原因を調査している。

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もうひとつは、とても興味深いニュースですが、カリフォルニアの「匂い」についての報道をロサンゼルスタイムスからご紹介します。「9月11日直前に腐臭がする」というのも何だかアレなんですが、すぐ本記事に入ります。

ただ、原因を魚の大量死としているのですが、どういう理由であるにしても、「160キロ」も匂いが運ばれるものなのですかね。

そのあたりはやや不思議です。
当日の天候と風向きなどを調べてみたい衝動に駆られます。




Rotten smell reeks havoc across Southern California
LA Times 2012.09.10

南カリフォルニア全域が「腐った匂い」により混乱している

匂いの正体は、ソルトン湖での魚の大量死ではないかと見られているが、この匂いをすぐに消すことはできないという。


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▲ 米国KTLA5のテレビ報道。下には「謎の匂い」と書かれてあります。


9月9日の朝、サンタクラリタ・メゾジスト教会周辺に漂う「卵の腐った匂い」を、周辺の人びとは教会の下水管が破裂したのかと思ったという。

そして、この教会から東へ 110キロの場所に住むクリス・テイタムさんも、同じ時に強烈な匂いに参っていた。クリスさんによると、「何かがドロドロに腐った匂いがしたんです」と言う。

その朝、結局、南カリフォルニアの多くの地域にこの「腐った匂い」が充満していることがその日のうちにわかった。

保健当局には、緊急電話の下水道調査の依頼のコールが大量に押し寄せた。

当局によると、匂いの原因の有力な説は 160キロ離れたロサンゼルスにある。ソルトン湖の魚の大量死によって引き起こされている可能性が高いという。

しかし、州の大気管理の当局者たちは、これまでこのような悪臭を経験したことがないという。
通常のソルトン湖での魚の大量死では、この地域まで匂いが来ることはない。

ソルトン湖では前日、非常に強い風が吹いており、ソルトン湖の管理担当者によれば、「風によって水が巻き上げられたのかもしれない」という。そして、ソルトン湖は浅い湖なので、湖の湖底にある腐った材質のものが水と共に巻き上げられ、風で運ばれた可能性があるという。