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2012年09月03日



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大出血のような太陽フレアと真っ赤な富士山上空を眺めながら「物質は永遠」という法則を子ども科学本で知った日



solar_f-2012-0831.jpg

▲ 何かが破裂したかのような動きを見せた 8月31日の太陽フレア。下に動画があります。






 



今回の記事をすべて書き終わった後に、この冒頭を書き直しているのですが、後半ものすごく長くなってしまいました。なので、太陽フレアの話題を先に持ってきました。


さて、昨日、ブラックホールに関しての下の記事を書きました。

発見された「 130億年前のブラックホール」が放つ矛盾
 In Deep 2012年09月02日

昨日は日曜日で、上の記事を書いた後、子どもとどこかに行こうと思ったのですが、昨日は久々の雨でした。それで図書館に行くことにしました。

歩いて10分くらいのところに市の図書館があり、結構広く、子どもの本もかなりあります。

その図書館の「小中学生向け科学コーナー」にあった本である科学的事実を知り、それなりの衝撃を受けたというか、「子どもの頃にそんなことを習うんだなあ」と、改めて勉強しなかった自分を認識したりした次第ですが、これは昨日の記事に対しての余談ですので、タイトルの「大出血のような太陽フレア」のほうを先に書きます。

ここからです。



大出血のような太陽の破裂


数日前の 8月31日に、太陽で久しぶりにある程度の大きさの太陽フレアが発生しました。何しろ、最近の太陽は、スペースウェザーで「 QUIET SUN (静かな太陽)」という記事が書かれるほど何にも起きない太陽活動最大期ということになっていて、8月31日のMクラスのフレアは久々のものでした。

NASA の太陽観測衛星ソーラー・ダイナミクス・オブザーバトリー(SDO)が撮影したその際の写真が上に載せたものですが、この「色」は、本当の色ではなく、NASA の太陽観測衛星 はいろいろな波長で太陽を撮影していて、その中でのフレアの動きの見やすいものだと思われます。

NASA の太陽観測衛星の太陽の画像は、たとえば過去記事(「太陽が笑った」 より)のものですが、そのすべてを並べると、下のようにいろいろな色で表示されます。

smiley-face-on-the-sun-02.jpg

▲ 見える光の波長の部分が違うので、それぞれ微妙に違う表面の形となって見えます。


さて、その 8月31日の太陽フレアの姿を、スペースウェザーは「美しさ」の点を強調して書いていましたが、私は、何だか、太陽内の「不要物」を外に吐き出しているような、嘔吐や大出血のような姿に見えてしまい、それでご紹介しようと思った次第です。

その時の動画はスペースウェザーに公開されていますが、オリジナルは数秒で、爆発も「一瞬」ですので、こちらでスローモーションにした動画を貼っておきます。





これが紹介されていたスペースウェザーの記事の文章もご紹介しておきます。
タイトルは「壮麗な太陽フレア」というようなものでした。


MAGNIFICENT ERUPTION
Space Weather 2012.09.02

壮麗な太陽フレア


太陽の南東に巻き付いている磁気フィラメントから 8月31日に大きな太陽フレアが噴出した。このフレアは CME (太陽コロナの大規模な噴出)を伴った。

NASA のソーラー・ダイナミクス・オブザーバトリーは、これまで撮影されたフレアの中でも、最も美しいもののひとつに数えられることができると思われるその太陽フレアの記録を撮影した。

このフレアは同時に CME を噴出させ、秒速 500キロメートルの速さで宇宙空間を進んでいる。 CME の発生の様子は下の GIF 動画にある。




この CME の雲は直接地球には向かっていないが、多少、地球に磁場での影響があると見られる。

アメリカ海洋大気庁(NOAA)の宇宙天気予報官によると 9月3日(日本時間9月2日)に磁気嵐が発生する確率は約 40パーセントだという。



ということで、この記事の「日本時間の 9月2日に磁場の影響が地球にある」という部分を読んでいて、ふと思ったことがあります。

私の家はベランダから富士山が見えるのですが、昨日の夜、「富士山の上空とその周辺が真っ赤」だったんですよ。

奥さんと子どもにいうと、「あ、ホントだ」と言ってしばらく見ていたので、私だけの錯覚というわけでもないようです。時間は夜の9時近くで、夕焼けとは関係ないし、もともとその方向で町の灯などで空が赤く光ることを見たことがないので、不思議に思っていました。

ちなみに、「何となく赤い」のではなく真っ赤。

大きな火事、花火大会、戦争、急に大都市ができた(こわいわ)、富士山の噴火、など何か理由はあるとは思うのですけど、今朝、ニュースを検索しても別に該当するようなものもなく、どういう現象だったのかなあと。

CME の磁場とか・・・やっぱり関係ないよなあ。

まあ、いずれにしても、そのような「太陽の大爆発」の様子でした。


ここから冒頭に書きました「物質は永遠」についての件です。



250年前に決着がついていた「この世の永遠性」


昨日、図書館に行き、子どもは子どもで自分で本を探していて、私も子どもコーナーの本などを見て歩いていると、「科学 かがく」と書かれたコーナーがありました。

その中に、

「原子の発見」 田中実 著

という本がありました。
「ちくま少年図書43 科学の本」とありますので、こども向けのもののようです。


「子どもコーナーだろ? 原子だと?」と思いつつも何となく手にし、目次を見た時に「うっ」と思いました。
そこには私が知りたいと思ったことがわかりやすく書かれている。

パッと開いたページのセクションのタイトルは、「分子の研究 - 生命は物質から作られる」で、そこを読んでみると、このようにありました(結局、子どもの本に紛れ込ませて借りてきたので、今、手元にあります





「ちくま少年図書 原子の発見」 131ページより。

生きているとはどういうことか。人間も動物も、そして、植物も生きている。生きているものと、生きていないものとは、どこがちがうのか。生きているものが死ぬとは、どういうことなのか。

生命という現象には、まだたくさんの解ききれない秘密がある。しかしそれは自然科学の力によって、しだいに解決されてゆくはずである。どんな生物も物質から出来ているのだから『物質不滅の法則』に外れるような現象は起こるはずがない。





「どんな生物も物質から出来ているのだから『物質不滅の法則』に外れるような現象は起こるはずがない」。

上ではじまる章は、そこに前後して、紀元前4世紀に、アリストテレスとデモクリトスが論争をしつつ、ふたりとも共通して、

ものは消えてなくならない。ものが変化して、なくなったように見えても、じつは別のものがそのかわりにできている

という認識を持っていることが長く書かれ、そして、「ラヴォアジエ」という人が登場します。このラヴォアジエという人の登場がひとつのクライマックスといえる感じなんですが・・・私はこの名前を知らなかったのであります。


「それにしても」

と立ち読みしながら思いました。

「これは最近の本ではないな。いつの本だろう」

と思って、奥付を見ると、発行は1979年と書かれてありましたが、しかし、著者の前書きを見ると、この本が最初に発行されたのは 1957年なのだそう。

つまり、50年以上前に「少年本」として発行されたもののようです。
1957年だと私はまだ生まれていない。

どうして、「最近の本ではないな」と思ったかというと、たとえば、上に抜粋したくだりの中も「生命という現象」という表現が出てくるのですが、生命存在に対して、今はこういう表現をする人はいないのではないでしょうか。

「生命の中の現象」とか「生命で起きる現象」だとか、そういうような書き方はあるかもしれないですが、「生命という現象」という書き方は「生命という存在自体を現象としてとらえている」ということだと思われます。

つまり、生命はその存在自体が、他の無機物などの科学現象などと比較できる「物質としての現象である」というニュアンスです。

今の時代だと(少なくとも子ども向けの本などでは)「生命は生命。物質は物質」というような区分に自然となるような感じがするのですが、しかし、50年前の科学界での「空気」のようなものは違ったのかもしれません。そして、この「生命という現象」という言い方は、そのまま、エメラルド・タブレットなど西洋神秘学からアルケミー(錬金術)などの中に漂う、

「万物は一者の適合により一者より来る」

ということに通じる概念だと私は思います。

中世の神秘主義などの根幹には、「生命はすべての宇宙に通じる現象と同じ現象」であり、つまり、人間を含めた生物の中で起きているすべての現象は科学での法則とすべて一致するはず、ということがあったと思います。

これは生命を軽視しているのではなく、真逆で、「生命と宇宙が同一である」ということのひとつの道筋となることだと思います。

つまり、私たち人間も宇宙と差は「まったく」ないということです。


ちなみに、著者の田中実さんという人は、この本が出る前の 1978年に亡くなっていて、現在は、ネット上にも同一人物の記述はないようで詳しいことはわからないですが、奥付からだと東京工業大学の教授だった人のようです。




「不滅」の物質は「生まれない」はずだという確信に至った子ども図書コーナーの午後


さて、ところで上の本で最も感銘したこととは何なのか、ということですが、それは、この世には『物質不滅の法則』というものがあるということでした。現在は「質量保存の法則」という名前になっているようですが、55年前のこの本には「物質不滅の法則」とあります。

その法則とは、Wikipedia の質量保存の法則によれば、


質量保存の法則は、「化学反応の前後で、それに関与する元素の種類と各々の物質量は変わらない」という自然科学における保存則である。



というもので、そして、このアリストテレスの時代から「ものは消えない」と考えられ続けてきたことを実験で証明したのが 18世紀の科学者ラヴォアジエという人だそう。

どうして「ものは消えない」ことに感銘を受けたというと、感覚的な話として、これは、

「宇宙の誕生は存在しなかった」ということに結びつく

からです。
なぜ、感覚的にそう思うか。

たとえば、ここで私の書いている意味とは違うとはいえ、Wikipedia の質量保存の法則の説明ページの最後は次の文章で締めくくられます。


なお、この宇宙全体の質量とエネルギーの総和はゼロである(位置エネルギーは重力ゼロの状態を基準点とするため、マイナスの値を取る)。



この「位置エネルギーは重力ゼロの状態〜」の部分は何のことかわからないですが、宇宙全体の質量の総和がゼロということは、

「宇宙では何も生まれてもいないし消えてもいない」

という概念に結びつき、

「宇宙では常に同じ物質群が形を変えて輪廻しているだけ」

という考え方もできます。

一定量の「輪廻」の中で、この世はまわっているという概念。

つまり、物質は永遠であると。

(※ このようなことが著作「原子の発見」に書かれているわけではなく、あくまで、その本の上のページを読んで私が思った概念です。つまり、このあたりからは科学の話ではなく、この先は「娯楽」の範疇です)


話を戻しますと、永遠というものは文字通り永遠なわけで「終わりがない」という意味だと思います。そして、そこから冷静に考えてみれば、消えないもの、つまり「永遠のもの」というものが「生まれる」? 終わりがないのに始まりだけがある? 

それは変なのではないかと。
終わりがあるものに対して始まりを考えるならともかく、「終わりがない」のなら「始まりもない」のでは? と。

この疑問は以前、 「DNA の寿命がほぼ永遠」ということを知って以来あったものでしたが、今回の物質不滅の法則(質量保存の法則)を知って、この考えはさらに強固になった気がします。

すなわち、やはり私は、


「宇宙はいまだかつて一度も誕生したことがない」


と確信します。

137億年前のビッグバンが正しいとか正しくないとか、そもそも、ビッグバンそのものについてとか、そういうことではないです。「宇宙は生まれたことがない」ということですので、ビッグバン理論がどうだこうだという話ではないです。

しかし、「宇宙は生まれていない」のに、現に確かに存在している。そして、存在しているから、科学の世界では「存在しているものには始まりがあったはずだ」という前提のもとに、始まりを探しはじめる。

2年くらい前に、

超弦理論学者から発表された「宇宙は永遠のサイクル」論
 In Deep 2010年11月29日

という報道をご紹介したことがありましたが、これにしても、「現在の宇宙は何兆年も前に二つの宇宙が衝突したことによって作られた」という話で、やはり始まりを探っている。

なんでも「最初」を探ろうとする。
このあたりは進化論も同じだと思います。
起源を探す。


しかし、実際には「起源」はあらゆる存在には「存在しない」ことなのだと最近は思います。この世に存在するのは「状態」だけだと思います。

つまり、今の人間でいえば、今の人間とその歴史の状態。
宇宙でいえば、今と宇宙の状態。

そして、「宇宙は成長もしないし、終わりもしない」。
何しろ始まりがないのですから終わらない。
「始まりがない」ことの証拠は終わりがないから。

循環、あるいは輪廻を繰り返すだけ。


「生まれもしない宇宙がどうして存在しているんだ?」


といわれると、そんなことは誰にもわからないのだと思います。

でも、「在る」。

それは過去記事から、旧約聖書やコーランの言葉を振り返っても何となくわかる気がします。コーランに至っては神(とされるもの)は「生みはしないし、生まれもしない」と明記されています。

そこを少し遡ってみます。




旧約聖書 出エジプト記 3章14節を思い出してみる


今年のはじめころ、こちらの過去記事を書く中で、旧約聖書の「出エジプト記」というものを知りました。

そこに「有って在るもの」という表現が出てきます。

これはモーセという人が「神」というような感じの存在から語られるシーンです。

ここは日本聖書協会の口語訳では以下のようになっています。


出エジプト記 / 3章 14節

神はモーセに言われた、「わたしは、有って有る者」。また言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい、『「わたしは有る」というかたが、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と」。


これはですね、はっきり言って「日本語として崩壊している」のですが、しかし、この「出エジプト記 / 3章 14節」というのは、日本語だけではなく、あらゆる言語で訳すのが難しい章だということを今回、調べ直して知りました。

「牧師の書斎」というサイトの出エジプト記3章14節についてというページを見ると、原語であるヘブル語(ヘブライ語)の時点で奇妙なのだそうです。

ehyeh.gif


とヘブル語で書くこの部分はこの牧師の方によると「この出エジプト3:14はまことに不思議なことばです。その一つに発音表記のことがあります」とあり、私にはよくわからないですが、不思議な文字か表現をしているようです。

そして、この部分は「旧約聖書中最も多く論じられてきた箇所のひとつです」ということだそうで、サイトによると、日本語と英語だけでも訳と出版元によって次のように違うようです。

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フランシスコ会訳の「わたしはある(エーイェ)ものである」あたりは、焼き鳥屋で泥酔して絶叫しているオヤジたちのようで、ヤバゲですが、これはどうしてこんなことになっちゃったのかと考えますと、最初に旧訳聖書を書いた人が意地悪だったというわけではなく、「もともと存在する存在である存在」という概念をうまく表現できなかったのではないですかね。

要するに上に書いた「永遠不滅のこの世」のことです。

「はじまりも終わりもないし、存在でもないもの」からの言葉を神の言葉として書きたかったのだけれど、どうしてもうまく表現できなくて、何だかわからない表現になってしまった・・・けど、「もういいや」と旧約聖書の作者たちが表現を放棄した姿のようにも見えます。


また、イスラム教のコーランにもマッカ啓示 4節 第112章「純正章」に、


言え、「かれはアッラー、唯一なる御方であられる。アッラーは、自存され、御産みなさらないし、御産れになられたのではない、かれに比べ得る、何ものもない。」



とあり、かれ(アッラー)は、「御産みなさらないし、御産れになられたのではない」と、生まれてもいないし、生みもしないことが明記されています。


そして、新約聖書の「ヨハネによる福音書」の冒頭のセクションのフレーズには、


いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。



とあり、どうやら、神は誰も見たことも(今後見えることも)なさそうで、しかも「父のふところにいる独り子である神」が「神を示された」という非常に難解な表現となっていて、どうやら存在自体が危ういことにも気づきます。

話がどんどん逸れてきましたが、過去記事などで書いたことと、昨日、図書館の子どもコーナーで見つけた「物質不滅の法則」には、明らかに相関した関係があると感じます。

そんなわけで、ここまででも結構長くなっている気もするのですが、ラヴォアジエが 1774年に語った言葉が本に掲載されていますので、そこを抜粋して今回の記事をしめたいと思います。




ラヴォアジエ師が教えてくれる腐敗と燃焼と発酵の意味


ちなみに、ラヴォアジエという人はこういう人です。


アントワーヌ・ラヴォアジエ - Wikipediaより。

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アントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォアジエ(1743年 - 1794年)はフランス、パリ出身の化学者である。「酸素の発見者」「近代化学の父」。

1774年、精密な定量実験を行い、化学反応の前後では質量が変化しないという質量保存の法則を発見した。



ちなみに、彼はフランス革命で革命側に「処刑」されています。
その下りは、


フランス革命勃発後の1793年に徴税吏であること、徴税請負人の娘と結婚していたことなどを理由に投獄された。1794年5月8日の革命裁判所の審判で「水と有害物質をタバコに混入した」との(架空の)罪で死刑とされ、その日のうちに断頭台で処刑された。



とのこと。
断頭台とはつまりギロチンです。


以下は、そのラヴォアジエが 1774年に、物質不滅の法則(質量保存の法則)について記述したくだりです。途中のカッコは著者の田中実さんの補足です。

なお、少年向けということがあり、原文はひらがなが多いのですが、漢字にしたほうがわかりやすい単語などは漢字にしました。




「原子の世界」 132ページより ラヴォアジエの言葉

植物は空気・水・その他の生命のない世界から、有機物質をつくりあげるのに必要な物質をとりいれる。

動物は植物を食べて、じぶんのからだをつくる。またこのように、植物を食べてそだった動物を食べて、からだをつくる動物もある。動物のからだを形づくる物質は、もとをたどっていくと、空気と鉱物の世界からとりいれられたものである。

発酵・腐敗・燃焼は、動物や植物が、空気や鉱物の世界からかりてきたものを、もとにかえすことである。


(発酵と腐敗が、微生物のはたらきでおこることは、ラヴォアジエの時代にはまだわかっていなかった。しかし、かれのかんがえたことは正しい。もし動物の死骸、枯れた植物が、くさる【腐敗】ということがなかったら、地球は生物の死骸でうずまってしまう)


動物・植物・鉱物(空気もふくめて)の三つの世界のあいだで起こる、このように見事な物質の循環を、自分はどんなやりかたで起こさせているのだろうか。燃焼したり、発酵したり、腐敗したりする有機物質が、燃焼や発酵や腐敗をしない無機物質を材料として、自然界でつくられるのだろうか。これはいまのところ、深入りして研究できない問題だ。

しかし、生物が無機物質から作った有機物質は、燃えてもとの無機物質になり、また有機物は腐敗して無機物質となるのだから、生物のからだのなかで、無機物質から有機物質がつくられるのは、燃焼や腐敗とは逆のはたらきなのだろう。





この部分、特に「発酵・腐敗・燃焼は、動物や植物が、空気や鉱物の世界からかりてきたものを、もとにかえすことである」を読んで、私は図書館で、

ikkyu.jpg


という表情で突っ立っていましたら、横にいた小学生の女の子たちから不思議な顔で見られてしまう(子どもコーナーの本を読んで目を大きくしている不審な中年という構図)という失態をしでかしてしまいました。

今回はここまでです。
なんだか前後の結びつきがムチャクチャで、しかも長くなってすみません。





  

2012年09月02日



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▲ 過去記事「 宗教的科学信念の崩壊に向けて: 「宇宙最初」の「最初」の起点とは」より 130億年前の銀河団 CLG J02182-05102。いわゆるビッグバンの直後時期の銀河は現在までに多数見つかっていますが、今回見つかったのはブラックホールで「銀河と同時に成長を続けるブラックホールの存在」の発見の話です。






 



この夏は、宇宙でいろいろなものが観測されました。

その中で格別の感があるのが「 130億年前のブラックホール」です。

ところで、そもそもブラックホール(と呼ばれているもの)とは何なのか

報道(新聞やテレビでさえも)などでも「ブラックホール」という言葉は完全に定着していて、あたかも「確定した現象であり存在」として報道されたりしています。

今回の記事に興味を持ったのは、そこに私と同じような疑問のコメントがあったからです。その130億光年の場所のブラックホールの報道記事のコメントに下のようなものがありました。


「今の宇宙モデルでは、ブラックホールは、惑星や銀河より先に形成されるのですか? 誰か教えて下さい」


確かに、ビッグバンとされる130数億年前の「直後」にブラックホールがあるということは、このブラックホールは「他の惑星や銀河より先にできた」ということが考えられます。

(@_@) ?


さて、そもそもブラックホールとは何なのか。
私も実際には知りません。


私たちがブラックホールと呼んでいるものの正体は何なのか


Wikipedia から抜粋してみますが、気になる部分を赤字にしてあります。


ブラックホール - Wikipedia より。(赤字は私によるものです)

ブラックホール

ブラックホールとは、きわめて高密度で大質量で、きわめて強い重力のために物質だけでなく光さえも脱出できない天体のこと。きわめて強い重力のために光さえも抜け出せなくなった時空の領域、とされている

21世紀初頭現在、ブラック・ホールは仮説的存在であり、ブラックホール自体を直接観測することにはまだ成功していない。だが、宇宙の特定のエリアにおいて、ブラックホールが存在すると想定すれば、理論的に予想される物質の運動に相当する宇宙ジェットや、降着円盤やブラックホールに吸い込まれていく物質が出すと理論的に予想されるX線は観測されていることから、ブラックホールが実際に存在することはほぼ確実だろうと多くの科学者から見なされている。



全編を通して、「仮定の表現」が使われていることを知ります。
この状況というのは、下の過去記事で取り上げた報道の表現と似ていることに気づきます。

科学者たちの「神」の意味
 In Deep 2012年07月05日

上の記事に、科学者たちがどうして現在の宇宙論にこれだけ固執するのかの推察を書いていますが、その理由は「科学者たちにとっての新しい神様」と関係することなのだと思います。その新しい神様は「計算」です。

そして、その計算ができるものだけが神の死者になることができる。
すなわち、「科学者こそ神の使いである」と。

有名な車椅子の博士もそのようなことを言っています。

神なんか出てこなくても計算だけで宇宙なんか描ける

と。


では、簡単な計算から今回の発見について考えてみようと思います。


まず、ブラックホール(と呼ばれているもの)は現在の理論では、どのように生まれるのか。

これも実際には、そもそもブラックホールの定義そのものがまだ確立していないですので、いろいろな意見があるようですが、Wikipedia からお借りしますと、次のようになります。


想定される誕生ブラックホール - Wikipedia より)

質量が太陽の約 30倍以上ある星の場合には、自己重力が中性子の核の縮退圧を凌駕するため、超新星爆発の後も核が重力崩壊を続ける。この段階ではもはや星の収縮を押しとどめるものは何も無いため、重力崩壊はどこまでも進む。こうしてシュバルツシルト面より小さく収縮した天体がブラックホールである。



つまり、「大きな星がその歴史を終えた最後のほうになる状態」がブラックホールということのようです。ちなみに、上に「質量が太陽の約 30倍以上ある星の場合」とありますが、私たちの太陽程度の大きさでは、上のような崩壊はないようですので、もっともっと大きな星でないとブラックホールにはなれません。

そして、その小さな星である私たちの太陽の歴史は少なくとも40億年以上とされていいます。

ところで、私たちの太陽は「どのようにしてできたと考えられているのか」というと、下のようなことになるようです。ここにも赤字を入れました。


太陽 - Wikipedia の「太陽の歴史と未来」より

太陽は過去の超新星の残骸である星間物質から作られた種族の星であり、太陽は超新星爆発で散らばった星間物質がふたたび集まって形成されたと考えられている。

その後、太陽は白色矮星となり、何十億年にもわたってゆっくりと冷えていき、123億年後には収縮も止まる。このシナリオは質量の小さな恒星の典型的な一生であり、恒星としての太陽は非常にありふれた星であると言える。



ということで、太陽は小さいので、超新星→ブラックホールとはならないものの、太陽でも、「その寿命を終えるには123億年かかる」とされているようです。ちなみに、宇宙の年齢は 137億年とされています。


では、超新星とは何か。
あるいは、「どんなものだとされている」のか。


超新星 - Wikipedia より。

超新星は、大質量の恒星が、その一生を終えるときに起こす大規模な爆発現象である。



太陽が作られるための超新星というのは、前提として「大質量の恒星」というものが存在しなければならないことがわかりました。「大質量の恒星」というのは太陽などよりも大きな星のことだと思いますが、ではその「大きな星」はどのくらいの年齢とされているのか。

「星の寿命とされる時間を終えないと、ブラックホールはできない」と思われるからです。

また、赤字は私によります。


恒星の進化過程 - 恒星の寿命 より。

太陽では約100億年、太陽質量の半分の星では約2000億年、太陽質量の0.08倍の星ではなんと数兆年もの寿命があり、逆に太陽質量の2倍の星では20億年、10倍の星では3000〜4000万年、そして現在発見されている太陽質量の200倍の星では100万年程度となり、星の質量が重ければ重い程寿命が短く、つまり中心核が質量が重ければ重い程その重圧に対抗する為にエネルギーを使い果たしてしまうのです。



ということで、現在の宇宙モデルでは「大きな星ほど寿命が短い」ということになるようです。


では、「どうして星は大きくなるのか」。


宇宙の年表 - 宇宙の大規模構造の形成 - Wikipedia より。

ビッグバン理論における構造形成は階層的に、つまり小さい構造が作られてから大きい構造が作られる、というように進んでいる。



となり、「小さなものから大きなものになる」のがビッグバン理論のようです。
しかし一方で、「大きな星ほど寿命が短い」という。

このあたりで、何が何だかよくわかりませんが、しかしわからないまま進めます。

さて、ここまでをまとめますと、


・ブラックホールに至るまでには太陽より大きな星の存在が必要

・そのような星が作られてから崩壊するまでには「(数十〜数千)億年」が必要

・宇宙の年齢は137億歳とされている中で、「巨大なブラックホール」は、その宇宙の誕生のたった7億年後に見つかっている


という一連の流れは、物理を知らない私にとってはやはり矛盾に見えます。


何となくおかしいとは思うけれど、もし「本当におかしい」と、科学者たちの神様が消えてしまう。だから、「おかしい部分はあってはいけない」というところが今回ご紹介する記事の内容でもあります。



「この世は有限なのだから、無限の夢などあきらめなさい」と教わる人の一生はまだまだ続く


ちなみに、宇宙の年齢が 137億年と「決定」されたのは意外と最近で、2003年のことです。10年ほど前。NASA によるマイクロ波というものの観測によって確定したものです。

当時のニュースは、国立天文台・天文ニュースの文献が、アストロアーツに残っています。

» 宇宙年齢:「137億歳」とNASA研究グループが発表
国立天文台・天文ニュース 2003年2月28日

上の記事にはこのようにあります。


観測結果を理論計算をもとに解釈すると、宇宙は「普通」の物質が4パーセント、23パーセントが正体不明のダークマター(暗黒物質)、残り73パーセントがダークエナジー(暗黒エネルギー)によって構成されていることがわかりました。



ここにある「この世の 96パーセントは正体不明のものでできている」というのが現在の宇宙論で、その正体不明のものの正体は、実際には「計算という名の神様」です。





ビッグバン理論というのは細かいことを別にすれば「この世は限りがある」という理論。
つまり、「この世は無限ではない」というお話ではあります。

宇宙は有限である、と。

「はじまりと終わりがある」となっていて、そして、人の一生も有限、つまり「人は一度死ねばそれで終わり(繰り返したりはしない)」という「現行の価値観」に結びつきます。


「この世には無限のものなどないんだよ」と大人に教わりながら子どもたちは成長していき、子どもは早いうちからこの世の永遠の希望に見切りをつけて、永遠の失望の中に生きていく。

さらに、「持つ夢も有限じゃないといけません」という意味のことを常に言われます。

有限の夢とは、目的がハッキリしている夢という意味です。
曖昧ではなく、お金とか、地位とか、職業とか、そういうものです。

逆に「目的がハッキリしていない夢」というのは、今の世の中では嫌われがちです。「目的がハッキリしていない夢」というのは、たとえば、昨日のプッシーライオットの記事の途中などに書きましたような、「宇宙みたいに生きたい」とか、そのたぐい。

あるいは「無限の夢」というのもこの世にとっては邪魔なもの。

「無限の夢とは何か」というのは難しいですが、たとえば、「生きていること(あるいは存在していること)そのものに意味を見いだす」ことなどは無限の夢の根幹とはいえます。

しかし、ご承知のように今の世の中、「自分が存在していることだけに意味を見いだす」という考え方はあまり評価されません。


先生 「A君は何に興味がありますか?」
A君 「ぼくが存在していること」
先生 「では、A君の夢はなんですか」
A君 「存在し続けること」


これでは、あまり大人に好かれません。
(実際、かわいくない。笑)

無限の夢を持つ者は生きる価値なしという世の中。
少なくとも、私の生きてきた四十数年はそういう世の中でした。
そして、それはまだ続きそうです。



ちなみに、どうして科学者は「無限を嫌う」のか?

それは、無限は計算できないから、です。

無限には「0」という概念も「1」という概念も存在しないので、計算できません。




長くなりましたが、ブラックホールの記事はここからです。
デイリーギャラクシーの記事です。






 



Origins of Supermassive Black Holes --Formed 13 Billion Years Ago
Daily Galaxy 2012.09.01


130億年前に作られた超巨大ブラックホール


130billion-black-hole.jpg


この宇宙で最初の超巨大なブラックホールは「ビックバン」のすぐ後に形成されたようだ。

これは、2011年にチューリッヒ大学のルーチョ・マイヤー教授によっておこなわれた国際的な研究チームによる発表によれば、この超巨大なブラックホールは、130億年前に銀河の衝突の中で形成された。

今回の新しい調査結果は、重力と宇宙の起源の構造に関しての理論を理解するために重要なものとなるだろう。

チューリッヒ大学で理論物理学を教えるルーチョ・マイヤー教授と彼の研究チームは、130億年のものと見られる超巨大なブラックホールを発見した。

この130億年前という時期は宇宙開始のごく初期の段階だ。

科学専門誌『ネイチャー』に記述された記事で、研究チームは「ビッグバン」後の最初の10億年で、どのように銀河とブラックホールの形成がなされたのかをコンピュータ・シミュレーションによって説明している。

現在での宇宙理論では、宇宙の年齢は約 140億年とされている。

そして、この研究チームは、「銀河の形成」が当初から思われていたよりもずっと早くにできるということを発見した。

そして、それらの初期の段階の銀河がお互いに衝突して結合した時に、この宇宙で一番最初のブラックホールが生まれたことを研究チームのコンピュータ・シミュレーションは示した。

これまで 20年間以上にわたり、科学の世界では、銀河は段階的に成長すると仮定していた。すなわち、まず最初に重力によって引き合わうことにより小さな構造が形成され、その後、より大きな構造が作られていくという理論だ。

しかし、チューリッヒ大学の研究チームは、その理論を180度回転させたのだ。

「私たちの観測は、銀河や巨大なブラックホールのような巨大な構造が、宇宙の歴史の初期段階においても作られていたことを示します」と、マイヤー教授は言う。

さらに教授は、

「一見すると、この結果は、標準の宇宙モデルの『冷たい暗黒物質(cold dark mater)が銀河を形成する』という理論を否定するようにも見えます」。

と述べる。

しかし、教授によれば、この一見すると矛盾に思われるパラドックスは説明できるものだという。

「宇宙の材料が密集した地域の目に見える部分で、巨大な銀河が形成されるよりも、さらに速いスピードで重力崩壊が起こり、通常より早くブラックホールが作られたのだと考えられます。これで、銀河の形成過程から考えると段階的にはみえないブラックホールの形成を可能とします」。


巨大な銀河と巨大なブラックホールは早く形成される。そして、最も小さな銀河は、よりゆっくりと形成される。たとえば、マイヤー教授が発見した130億年前の銀河は、私たちの天の川銀河の 100倍の大きさがある。

NASA のハッブル宇宙望遠鏡での観測データでは、宇宙の年齢が 8億歳〜9億5000万年歳の時に、その時代に 200個のブラックホールがあることを確認した。


ハワイ大学の天文学の専門家であるエゼケル・トライスター博士はこう言う。

「これまで、初期の宇宙(130億年前など)の銀河にあるブラックホールがどのようなものか、まったくわからなかったのです。それどころか、そのようなものが存在しているのかどうかもわかりませんでした。しかし今、私たち科学者は、その時代にブラックホールが存在しているということを知ったのです」。


銀河とブラックホールが並行的に成長していくことは最近の観測でわかっているが、この関係が、初期の宇宙ですでに始まっていたことを示す。

ブラックホールを研究している物理学者たちは、最初の超巨大なブラックホールがどのように作られたのかをさらに探ろうとしている。





(訳者注) 訳していた初めて知ったのですが、現在の宇宙理論では「小さな銀河より大きな銀河のほうが早くできる」ことは説明できるのですね(苦笑)。

それなら、理論的に何の問題もなさそうです。
(銀河が)多い日も安心。

ところで、このオリジナル記事は上の倍くらい理論的な話と計算の説明が入るのですが、私には訳せない専門知識と計算方法ですので、興味のある方で専門知識のある方は原文の方をお読み下さることをおすすめいたします。



  
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