ローマの出来事は単なる小さな地質的現象なのか、あるいは違うのか
数日前に、「地球の記録」で、イタリアの下の報道をご紹介したんですね。
▲ イタリアの空港近くに一夜にして泥と水蒸気を噴き出す火口のような穴が出現 より。
報道の内容は下のようなものでした。
新しい火口がローマの空港の近くで発見される
イタリアの専門家たちは、ローマにあるフィウミチーノ国際空港の近くに一夜にして出現した火山の噴気孔のように見える現象について困惑している。
蒸気と水や泥の小さな間欠泉のような噴水を作り出す火口のような穴は、突然、フィウミチーノ国際空港の近くの横断道路そばの地面に開いた。
これが壊れた地下パイプなどによって引き起こされた人工的な事故であるかどうかはまだ不明だが、最初の調査では、これは人工ではなく自然にできた穴であることを示している。
その時の状態は、上の写真のような感じの穴で、泥や水蒸気なんかを噴き出してはいるのですが、規模そのものとしては小さなものでした。動画も YouTube などにあります。
そして、それから数日後。
今、その穴は下のように「成長」しているようです。
これも動画がありますので、下に貼っておきます。
拡大するローマのレオナルド・ダ・ヴィンチ空港近くの火口
このフィウミチーノ国際空港というのは、一般的にレオナルド・ダ・ヴィンチ空港と呼ばれている空港で、ローマ中心部から数キロ北西にあります。
まあ、このような「ローマのど真ん中近くでの出来事」ということもあり、話題となっているニュースのようですが、上の「穴」について、報道では「火口」というような表現をしていますが、もちろん、どういうものかはわかっていません。
イタリアの火山の巨大噴火の歴史
ローマのど真ん中で火山活動が始まるというようなことはあまり想像できないことではありますけれど、イタリアという国そのものは、有史の中でも大規模な火山活動を起こしてきた場所であります。イタリアの火山で有名なものとしてはエトナ火山と、ヴェスヴィオ(ベスビオ)火山が挙げられそうです。
Wikipedia などから適度に抜粋します。
ヴェスヴィオ山
▲ 18世紀から19世紀に活躍した英国の画家ウィリアム・ターナーが描いたヴェスヴィオ山の1817年の噴火の様子。
ヴェスヴィオ山は、イタリア・カンパーニア州にある火山。
紀元後79年8月24日の大噴火が有名であり、この時の火砕流でポンペイ市を、土石流で埋没させた。1631年12月には79年以来最大の噴火をおこし、約3,000人が死亡した。また1822年には噴煙を14km噴き上げている。最近の噴火は1944年3月22日のもので、サン・セバスティアーノ村を埋没させた。
エトナ火山
エトナ火山はイタリア南部シチリア島の東部にある活火山。何度か大噴火を起こし、カルデラを形成している。神話において、テュポンが封印された場所だとされる。 ノアの大洪水を引き起こしたという説がある。
過去の大噴火(抜粋)
・1169年 死者16,000人
・1669年 死者10,000人。ニコロシ村の全部とカタニア市の半分が壊滅。
など、この 2000年くらいの中の、いわゆる「うお座の時代」の歴史の中でイタリアはかなり派手な噴火を起こした火山も多いです。特に、エトナ火山は巨大なカルデラを形成していて、十万年単位の過去で考えれば、こちらの記事などでも書きました、いわゆる、破局噴火を起こしていたようです。
ちなみに、エトナ火山は、日本の富士山と共通の特徴を持っています。それは、どちらも「山そのものが世界遺産に登録されている」という点です。
海外でも関心が持たれている「桜島」
火山といえば、今、日本では桜島の活動が活発ですが、桜島に関して、先日、オーストラリア ABC ニュースのテレビ報道で比較的長いニュースとして取り上げられていました。
▲ ABC ニュースより。
これは、 ABC のリポーターが日本に来て取材したものですが、オーストラリアなどのテレビ局で他の国である日本の火山のことを、しかも富士山などの有名な山ではない日本の火山を、このように長く取り上げるのはなかなか珍しいと思った次第です。
内容に目新しいものがあるわけではないのですが、「こういうことが、海外で報道されている」という意味を含めて、今回、そのニュースの概要をご紹介したいと思います。
この放送で取材を受ける人の中に、日本の火山学者の井口正人教授という方がいらっしゃいますが、井口教授は、最近の桜島の噴火に関して下のような報道でも発言しています。
桜島の爆発的噴火降灰 通常の10倍15万トン
msn産経ニュース 2013.08.20
噴煙の高さが約5千メートルに達した鹿児島市の桜島・昭和火口の爆発的噴火で、降灰の噴出量は通常の10倍近い約15万トンと推計されることが19日、京大防災研究所火山活動研究センターへの取材で分かった。
同センターの井口正人教授は、昭和火口が噴火活動を再開した平成18年6月以来、最大規模の噴火だとしている。今回は、数日間にわたり桜島に供給されたマグマがまとまったため、大規模の噴火になった」と指摘。このため噴出量が10倍近くに上ったとしている。
井口教授によると、桜島の地下に蓄積されているマグマ全体から見れば、今回はガス抜きにもなっておらず、今後も同規模の噴火は考えられるという。
というように、専門家から見れば、
> 桜島の地下に蓄積されているマグマ全体から見れば、今回はガス抜きにもなっておらず、
ということのようです。
そんなわけで、ABC ニュースの内容をご紹介いたします。
Lava eruption could be imminent
ABC (オーストラリア) 2013.08.28
溶岩の噴出が差し迫っているかもしれない
火山学者たちは、日本の桜島下のマグマ溜まりが 90パーセント程度のレベルになっており、巨大な溶岩噴火が発生する可能性を排除することができないと語る。
約 50万人の人々が住む街の近くで 60年間近く常に噴火し、噴煙を上げ続けている日本の桜島。
その桜島は最近、その噴火の規模を上げており、爆発的噴火を起こしている。ごく最近も、約5キロの高さの噴煙と 10万トンにのぼる火山灰を噴出した。火山学者たちは、桜島の地下のマグマが90パーセント程度にまで溜まっている状態となっており、巨大な溶岩噴火が発生する可能性を排除することができないと警告している。
ABC の北アジア特派員マーク・ウィラシーが人々が桜島と共に暮らす日本の南西を訪れた。
特派員マーク 「日本の伝説では、桜島はこの場所に祭られた美しい女神(木花咲耶姫 / コノハナサクヤヒメ)にちなんで命名されたという話があります。その女神はこの世の上品な生活の象徴として崇拝されています。桜島は確かに上品な火山です。すべての日本の火山の母とも言えます」。
「しかし、この桜島は海を隔てた鹿児島市に住む人々と、旅行者の人々にとって若干迷惑な隣人ともなっています。この夏、桜島はその優雅で上品な一面とは違う姿を見せたのです」。
「桜島は世界で最も活発な火山のひとつ。時には年に1000回以上の噴火を起こすこの火山は 60万の人々が活動する鹿児島からわずか8キロの場所にあります。最近この桜島は、爆発的噴火で 10万トンの火山灰を噴出し、鹿児島の人々の暮らしを直撃しました」。
以下は、特派員マークが訪ねた人々の談話だ。
鹿児島市危機管理部主幹・木口屋博文氏の話 「最も厄介なものは降ってくる灰です。現在、鹿児島では、洗濯物を外に干すことはできません。また、灰は、人々の目にも入ります。そして、住民の方々はほぼ毎日、自分の家の前の灰を掃除しなければなりません」。
特派員マーク 「しかし、ここに住む人々は最も火山の噴火と共に生活している人たちでもあります。そして、何よりも、どうして人々がこの火山に近い土地に住みたいと思うのかという点についても、この地に来ればわかります。この土地は、美しく心を打つ海岸線と、なだらかな大地を持ち、野菜や果物の栽培に適した穏やかな場所なのです。農家の横道三郎さんの家は 300年前から代々、この土地で農業を続けています」。
農家・横道三郎さんの談話 「小学3年の時に、巨大な噴火を経験しました。空から降る灰で、周囲は夜のようになりました。そして、火山を流れる溶岩を見ました。しかし、私たちはそれに慣れています。桜島は私の友人のようなものなのです」。
特派員マーク 「しかし、横道さんの経験した噴火は、桜島の最後の大噴火ではありませんでした。それ以前の 1914年に起きた噴火(大正大噴火)では、大規模な溶岩流と共に津波が発生して、約 60名の方が亡くなりました。20世紀の日本で最大の火山噴火でした」。
特派員マーク 「日本の火山学者・井口正人教授は、30年以上に渡り桜島を研究しています。教授は、現時点での巨大噴火を心配しているわけではないですが、火山の下でのマグマの圧力が高まっていることを懸念していると言います」。
火山学者・井口正人教授の話 「火山の地下深くのマグマは 1914年の噴火の 90パーセント程度のレベルにまで達しており、長期的な視点で見れば、私たちは桜島の、より巨大な噴火に対しての懸念を持つ必要があると思います」。
特派員マーク 「私がここに滞在していた時にも桜島は噴火と噴煙を上げ続けていました。それでも、この桜島から目と鼻の先の鹿児島の人々はいつものように仕事をし、生活をしています。火山の女神の気性をもう少しだけ長く穏やかに保つことがここに住む人々の唯一の希望ともいえます」。
記事はここまでですが、今回の翻訳をする上で、桜島 - Wikipedia から上の内容に出てくる「1914年の噴火」について読んでいたりしたのですが、この時の大噴火には、数ヶ月前から、かなり明確な前兆があったようです。
噴火が始まったのは、1914年 1月 12日です。
1914年の噴火の前兆
1913年6月29日から30日にかけて中伊集院村(現日置市)を震源として発生した弱い地震が最初の前兆現象であった。
同年12月下旬には井戸水の水位が変化したり、火山ガスによる中毒が原因と考えられる死者が出るなどの異変が発生した。12月24日には桜島東側海域の生け簀で魚やエビの大量死があり、海水温が上昇しているという指摘もあった。
翌1914年(大正3年)1月に入ると桜島東北部で地面の温度が上昇し、冬期にも拘わらずヘビ、カエル、トカゲなどが活動している様子が目撃されている。
1月10日には鹿児島市付近を震源とする弱い地震が発生し、翌11日にかけて弱い地震が頻発するようになった。噴火開始まで微小地震が400回以上、弱震が33回観測されている。
1月11日には山頂付近で岩石の崩落に伴う地鳴りが多発し、山腹において薄い白煙が立ちのぼる様子も観察されている。
また、海岸のいたるところで温水や冷水が湧き出たり、海岸近くの温泉で臭気を発する泥水が湧いたりする現象も報告されている。
もちろん、いつも同じような前兆が起きるわけではないでしょうが、過去はこうだったということを知っておくのも、場合によっては、悪いことではないことなのかもしれません。