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2014年05月31日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




「気温 40度の5月」の光景が気になりつつ、聖書とクインビー博士と森田正馬博士の言葉から考える「この世」と「神の子である人間という概念」



関東の私の住むあたりは今日(5月31日)、最高気温が 32度だか 33度だかになるそうで、日本全体としては、それより暑く感じたりするところも今日はあるのだと思います。

しかし。

「ふ、甘いよ」

という声が西の方から聞こえてきます。


下のは今日の中国の報道です。

baijing-40.gif

▲ 2014年5月31日の中国 365jia より。


このタイトルの最初の「熱! 熱! 熱!」というあたりに実感がこもっていますけれど、昨日 5月 30日、北京で気温が「 40度」を超えてしまったんですね。

正確には 42度。

北京の5月としては、1951年に 40度が観測されたことがあるそうですが、その記録を上回り、観測史上最高の5月の気温ということになりました。

tenanmon-50.jpg

▲ 天安門広場の地表近くの気温は50度に達しました。 bjnews より。


報道によれば、北京をはじめ、天津省、河北省、中央山西省、山東省、河南省など多くの地域の一部で 35度を越えた模様。


しかしまあ、他の地域に目を向けますと、下の光景はさすがに猛暑とは無縁な感じがしますが、こちらはどこかというと、数日前のニュージーランドなんです。一部の地域で大雪になったようです。

nz-snow-2014.gif

▲ 2014年5月26日の Yahoo ! News (ニュージーランド)より。


上の光景はセントラル・オタゴという場所のようで、下の位置にあるようです。

central-otago-map.gif

セントラルオタゴ - ワイナリー訪問より。


アメリカのカリフォルニア州でも、5月 22日に雪降ってますしね。

snow-summit-1.jpg

▲ カリフォルニア州のスノー・サミットのスキー場に5月の末に雪が降りました。2014年5月22日のアメリカ KTLA より。


そんなわけで、世界各地も暑かったり寒かったりと、いろいろですが、中国にしても、ニュージーランドなどにしても、ほんの少し前までは「こんなことになるなんて予想もしていなかった」のですから、日本も来月あたりはどうなるか、よくわからないです。

北京のように灼熱が来るのか・・・。
それとも、逆なのか・・・。

個人的には北京みたいなのは勘弁してほしいですが・・・。

さて、週末でもあり、最近の記事への補足としての資料などを少し書いておきたいと思います。





クインビー博士の本当の言葉

先日の、

病気は「存在」するのかしないのか? : 98パーセントの人間が「老衰以外で死亡する」時代に
 2014年05月28日

という記事の中に、アメリカのキリスト教系新宗教クリスチャン・サイエンスの創始者であるメリー・ベーカー・エディさんのことを書きました。

Mary_Baker_Eddy.jpg

▲ メリー・ベーカー・エディさん( 1821年 - 1910年)。


彼女が「宗教と治癒」という関係について思うようになったのは、フィニアス・クインビー博士という心理治療師によって病気を治癒されたことなどが、ひとつの要因となっているとしました。

その記事で私は下のように書きました。


クインビー博士が、主に治癒に使ったのは暗示と催眠術だったのですが、クインビー博士が考えだし、多くの病気の人々に最も効果のあった「暗示の言葉」は何だったかというと、谷口雅春によれば、下の言葉だったのだそう。

「あなたは神の子だから、あなたに病気は存在しない」

「人間は何者にも支配されない神の子なのだ」

ちょっと考えられないですが、これだけで、数百人の患者が完治してしまったという記録が残っています。




このように書いたのですが、これは、クインビー博士の言葉の概略だけを書いているのですね。

引用が 50年以上前に発行された『生命の実相』からで、文体等が自分でもわかりづらい部分があったので、そうしたのですが、しかし・・・。

仮に・・・もし本当に、上のような手段で、何人かの肉体の病気が治ったという事実があったなら、それは場合によって、たとえば、信仰心のある人などにとっては有効に効く場合もあるのではないかと思い、クインビー博士が患者に言っていたとされる言葉を資料として掲載しておこうと思います。

最近、私もやはり現代医学は「物質で人間を治そうとする意志が強すぎる」と感じていたものですので、そういう理由もあります。「神」という言葉に関しては、私には宗教はないですが、最近は「漠然とした神」を想定することは可能な気がしています。

ですので、下の言葉は、信仰をお持ちの方なら、それぞれの宗教の神様に置き換えたり、また、信仰のない方なら、「神」を「宇宙」としてもいいでしょうし、他の何でもいいでしょうが、置き換えながら考えてみるのもいいのではないでしょうかと思います。

それでは、ここからです。

quimby.jpg

▲ フィニアス・クインビー博士( 1802年 - 1866年)。




クインビー博士が病気の患者にかけた暗示の言葉
谷口雅春訳


聖書にいわずや、神すべての創造(つく)り給いしものをはなはだ善しと観たまえりと。
神は人間を神の相(すがた)に造り給いて、これに万物を支配せしめ給うたのである。

だからなんじは健全である。

神ひとたび善に作りたまえるものは何物の力をもってするも悪に変じることはできない。
神ひとたび健全につくりたまえるなんじは、何物の力をもってするも病に変化することはできない。
なんじが今病気であるということは虚妄の迷いである。

迷いを去れ!

神は今もなお、なんじが健全で完全円満で一切の支配者であるのを観たまうのだ。





なお、これは言葉遣いが古い上に、命令口調でもありますので、こういうものを、何か工夫して、たとえば家族や同居人などが夜間で病院に行けない時など、ちょっとした気休め程度、あるいは単に精神的に楽になる手段となればいいと思います。もちろん、その人が少しでも「神」的なもの(何かの大きな力のこと)に信頼を置いていないと意味はなさないのでしょうけれど。

何となく映画『エクソシスト』を思い起こすような台詞ではありますけれど、「悪がどうのこうの」というよりは、一言でいえば、クリスチャン・サイエンスの創始者エディさんの一言、

「病気は『無』である」

という意識に導くための言葉だと思われます。

これらは宗教的な概念のもとでの「肉体的治療」なんですが、最近読みふけっていた森田正馬さんの『神経質の本態と療法』という論文の最終章のほぼラスト部分の記述に大変感動した部分がありまして、そこには「宗教」という単語も出てきますが、そこをご紹介したいと思います。





神という名の法はどこにあるか

ところで、森田正馬さんは最近何度かお名前を出していながら、ちゃんとした経歴などをご紹介したことがありませんでしたが、 Wikipedia 的には下のような経歴の方です。

morita-keireki.jpg


この『神経質の本態と療法』は、東京大学で医学博士号をとった論文の、ほぼラスト部分であるというとろに妙な感銘を受けます。つまり、ご紹介します文書は、「哲学文書」ではなく、「科学文書」だということを念頭にお読みいただければ、その味わい深さが何となくおわかりになるのではないかと思ったりいたします。

なお、文中に私が読めなかったり意味がわからなかったりしたものがありましたので、それを調べたものを先に記しておきます。


帰命頂来(きみょうちょうらい) = 身命をささげて仏に帰依すること。
法性(ほっしょう) = すべての存在や現象の真の本性。
弥縫(びほう) = 失敗や欠点を一時的にとりつくろうこと。




ここからです。




『神経質の本態と療法』第八章より抜粋


自然科学から見れば、神は民族心理の過渡的産物である、とかいうように、神という実体の存在はない。神、仏、真如とかいうものは、宇宙の真理、すなわち自然科学の法則であって、法そのものにほかならない。

真の宗教は、自己の欲望を充たそうとする対象ではない。神を信じるのは、病を治す手段でもなければ、安心立命を得る目的としてもいけない。

神仏に帰命頂来(きみょうちょうらい)するということは、自然の法則に帰依、服従するということである。因果応報を甘んじて受け入れ、周囲の事情、自己の境遇を喜んで忍受することである。

われわれの血行も、心の中に起こる感情や観念連想も、みな法性(ほっしょう)であって、常に必ず自然の法則に支配されている。

夢も偶然の思いつきも、忘却も、執着も、みな必ずそれに相応する事情があってはじめて、そのようになるのである。

頭痛、眩暈も、必ず起こるべくして起こる弥陀(みだ / 阿弥陀仏のこと)の配剤であれば、煩悶、恐怖も必ずあるべくしてある自然法則の支配によるものである。

われわれはこの自然法則に勝つことはできないことを知り、不可能を不可能として、それに服従することを正信(しょうしん)といい、因果の法則を曲げて不可能を可能としようとし、我と我が心を欺き、弥縫(びほう)し、目前の虚偽の安心によって自ら慰めるものが、すなわち迷信である。






この中には、「神とは自然の法である」と記されていて、その記述に迷いを感じさせません。

また、

神仏に身命をささげて仏に帰依することするということは、自然の法則に帰依、服従するということである

という内容のことも書かれています。

つまり、森田博士の中では、「神はこの世」という概念があったのかもしれません。そして、これはわりと純粋な日本的な考え方のようにも思います。つまり、「自然の運行とすべての生き物そのものを神様だとする考え」に近いものに感じます。


そして、クインビー博士が一切の薬物や物理的治療をおこなわなかったのと同様、森田博士も、神経症の治療に一切の薬物も、あるいは今でいうカウンセリング的なことさえ治療としてはおこないませんでした。「自分の苦しみと自分自身が一体となり、不可能なことは不可能だと悟ること」を自分の力で成し遂げていくというような方法でした。


それにしても・・・この森田博士の青年期までの生き方は、私とわりとよく似ているのでした。

病弱で生まれ、少年期には神秘やオカルトに強く興味を示し、しかし、成長するにつれて、神秘への興味は薄らぎ、あるいは、八卦のような占いが当たると評判になったり(私の場合はタロット)というあたりはとても似ています。

そして、そのうち、計算の中で自分の占いのパーセントが、すべて計算のうちに収まることに気づき、占いへの興味も失せ(私の場合は、タロットの解釈が自己基準でどうにでもなることに気づき)、そして大人になっていった、というあたりはとても似ています。

ただ、そこから森田博士は多くの人のためになる医者としての仕事を全うしたわけで、ダラダラ過ごした私とはまったく違います。

この森田博士の本を読み続けていたことは、クレアの、

森田正馬と老子とブッダと梶井基次郎のコアミックスが神経症治癒に対して示唆してくれるもの
 2014年05月29日

という日記にも書いています。





人を治癒することで一番大切なものは多分

ところで、唐突な感じがするかもしれないですが、宗教的な考え方では「信仰と希望と愛」の3つのうちではどれが最も重要だと思われますか?

クインビー博士のような暗示による治癒も含めて、信仰などによって、病から解放されることが可能だとした場合、それのどれが最も重要かは大事なことになるかもしれないからです。誰かを癒やしたいのなら、それを最も重きに置くことになるわけでしょうから。

たとえば、キリスト教の聖書ではどう書かれているか。

キリスト教は信仰なのだから、それは信仰だろうと思っていたのですが、新約聖書「コリントの信徒への手紙一」には以下のように書かれています。


コリントの信徒への手紙一 / 13章 13節

信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。
その中で最も大いなるものは、愛である。




ということらしいんですね。

ですので、家族でも恋人でも、病気などでつらい思いをしている時には、今の世の中での普通の治療をした上での話ですが、上の言葉を思い出すのもよろしいかと思います。

ちなみに、この「コリントの信徒への手紙一 13章」というのは、なかなか興味深いもので、

予言、あるいは「神や天使たちからの声」を「否定」

しています。

それらは滅ぶものだと。

「異言」という言葉が出てきますが、普通は、外国語というような意味のようですが、「天使たちの異言」という言い方などから、これは(人にはわからない)天使の声という意味のように思います。

部分部分ですが、日本聖書協会より抜粋します。


コリントの信徒への手紙一 / 13章 1-10節から抜粋


たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。

たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。

愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。

愛は決して滅びない。預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう、

わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。

完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう。




この中の、

預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう

という言葉はシュタイナーの、

あなたが霊的に見たものについて沈黙することができるようになりなさい。


の意味と相互に関係した意味を持っていることに気づきます。


いずれにしても、ごく普通の私たちは、「霊的な世界」のこと以前に、森田博士のいうように、

自然法則に勝つことはできないことを知り、不可能を不可能と理解する


ということが大事なのかもとも思います。

今の時点では。

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2014年05月30日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。






5月28日の CNN に掲載され、その後削除された記事

cnn-asteroid-top.gif


上の記事は、ユーザーがニュースを共有できる CNN の iReport というサイト上に投稿されたものです。しかし、閲覧回数が 25万回に達したところで CNN はこの記事を削除しました。

その内容は、


ニューヨークのマンハッタンに相当する大きさの巨大小惑星が、地球から 8200万キロメートルに位置しており、この小惑星は地球に衝突する可能性のあるコースをとっている。NASA のジェット推進研究所の計算では、直径は16キロメートル。 2041年3月35日に地球に最接近する。



というものでした。現在は、該当するページにアクセスすると、記事は削除されており、下のように「 NASA はこの情報を正式に否定しました」という内容の文書が掲示されています。

report-not-available.gif

▲ NASA のジェット推進研究所のスポークスマンは、「発見された最大の小惑星は3キロメートルであり、また、その小惑星は地球に影響はない」とメールで CNN に返答したと書かれてあります。


真偽はともかく、さすがに私は、2041年という今から 27年後までの衝突の危険を不安視するほど先を考えないですが、実は今回は上の話は本題とはあまり関係ないのです。しかし、この記事を投稿した人のように「この世の終わり」を常に念頭に置く人は意外に多いのではないでしょうか。

世が進めば進むほど、この何百年とか、あるいは、数十年の間にいろいろな人が「人類の未来の理想」としていて考えていたあらゆることから今は逆行しているような気がしてならない感じがしています。

時代の流れには逆らえないこともわかっていますけれど、どうしてこうなったんだろうということを考えます。





誰のための何のものなのかわからない様々な事や物

私はスポーツ全般にまったく興味がないのですが、もうじき、ブラジルではサッカーのワールドカップがはじまるということで、現地は盛り上がっているようです。

街の中の様々なグラフィティ(壁に描く絵)も「サッカー1色」となっているようです。

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▲ ブラジル・サンパウロの学校の校舎に描かれたグラフィティ・アートを特集した 2014年5月29日の ロシア・トゥディ の報道記事より。以下、同じ。


サンパウロ市内

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▲ 書かれてある文字は、「食べ物が欲しい。サッカーは要らない」。



リオデジャネイロ

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▲ マラカナスタジアム近くの地下鉄駅入口。


今回のワールドカップの FIFA のマスコットは、ワールドカップ マスコットというページによると、下のようなものだそう。

mascott.jpeg


フレコという名前だそうですが、このフレコ君も壁に描かれていました。

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▲ 左がやや悪そうなことを考えていそうな表情のフレコ君。右の人物は誰かわかりません。マラカナスタジアム近くの壁。


現在のブラジルですが、ワールドカップへのデモが頻発していて、ほんの3日ほど前にも大きなデモが起きています。


ブラジル首都でW杯開催反対デモ
NHK 2014.05.28

サッカーのワールドカップ、ブラジル大会の開幕が来月12日に迫るなか、首都ブラジリアで大会の開催に反対するデモが行われ、警察が催涙弾を使うなど混乱が起き、予定されていた優勝トロフィーの展示会が中止される事態となりました。



NHK の報道ではふれられていませんが、この日のデモには、ブラジルの先住民たち数百人も参加していて、専属地の拡大と保護を求めて国会議事堂を占領したりもしています。

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▲ ブラジル先住民たちの集団に催涙弾を使っている光景。新華社より。


こんなことをご紹介していますが、私はワールドカップの開催に反対でも批判的だというわけではないです。

しかし、このように世界で様々におこなわれるイベントが「いったい誰のために、誰の幸福のためにおこなわれているのか」ということを、冷静に考えてみてももいい時期に来ている気がするように思うのです。

2030年だったか3500年だったか忘れましたが、日本でも東京オリンピックが開催されることになっていますが、そういうのも含めて、こういうことって、誰の幸福につながっているのだろうと。

これからも、いつまでも今回のブラジルのような状態の中で様々な催し事が開催され続けるのだとしたら、そこにいったい何の意味があるのだろうかと。


ところで、上に子どもたちの「サッカーじゃなくて、食べ物をください」というようなことが書かれている絵がありましたけれど、今後、この状態が拡大する可能性は強いと思います。

なぜなら、ブラジルは現在、過去最悪ともいえる干ばつの真っ只中にあるからです。

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▲ 2014年5月29日の wwmt.com より。


多分、ワールドカップの開催中も、「水」の問題は起きる可能性が高いと思われます。

まあ、先日、サンパウロでは、同地としては非常に珍しい「雹(ひょう)」が降ったりしたという珍現象はありましたけれど、雨は降りません。

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▲ 5月26日の来たるべき地球のかたちより。


華々しく世界中に報道されるワールドカップでしょうけれど、それが終われば、ブラジルにはかなりの苦しみしか残らないような気がします。もちろん、上のほうの絵にあるマスコット氏のように、笑いが止まらない人たちもいるのでしょうけれど。

スポーツは、いわゆる陰謀論的にいわれることもある3S政策(3つのS/映画、性産業、プロスポーツ)のひとつで、これらは「大衆の愚民化政策のひとつだ」というような主張もありますが、もはやブラジルでは自らの国の誇りのスポーツであるサッカーすら、それに対して使えないほどの状態になっています。

これらは「誰のための何なのか?」。

そしてこれからも続けていくことのどこに意味を見出せばいいのか?
スポーツに興味があるとかないとか以前に本気でわからなかったりします。

「誰のための何なのか」といえば、上海やドバイなどの馬鹿高いビルやタワーや、中国などにいくらでもある誰も来ないテーマパークや、誰も住んでいない巨大団地群など、つまり、「地球の資産を使って機能していない数々の事物」もそうだと思います。

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▲ 廃墟化した中国のディズニーランド風の巨大テーマパーク「中国魔法王国」。 Izismile より。


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▲ 中国の河南省鄭州市の完全な無人状態にある巨大都市の様子。2010年12月21日の過去記事「衛星写真に写し出される中国各地の広大な無人都市」より。






バックミンスター・フラーの「富」の概念

アメリカが産んだ思想家であり建築家だったバックミンスター・フラーは、「富」の概念について、次のように語っていました。Wikipedia からの引用です。


バックミンスター・フラーの富の概念

フラーは独特の富の概念を公言していた。それは、一般的に私たちの大部分に認められている貨幣ではなく、人間の生命を維持・保護・成長させるものとした。

それらを達成するための衣・食・住・エネルギーを、そして究極的にはより効率的に成し遂げるための形而上的なものであるノウハウの体系であるテクノロジー、それ自体が更に発展し続ける、それこそが「富」の本質であるとした。




・形而上的なものであるノウハウ

だとか、

・それ自体が更に発展し続ける

などは難しい表現ですが、テクノロジーは本来ならこのような理念の延長線上にあるべきものだということを言っていたのかもしれません。

Buck.jpg

▲ バックミンスター・フラー( 1895年 - 1983年 )。


さらには、過去記事で、ウェブボットのクリフ・ハイのエッセイを載せたことがあります。

今から5年前のものです。


ALTA レポート 1309 クリフ・ハイ巻末エッセイ
2009年3月


現在、太陽系全体で大きな変化が起こっている。ここで思い出して欲しいのは、「自然の力とは戦ってはならない。使うのだ」というバッキー・フラーの忠告だ。

今は変容が始まっている時だ。太陽系のこの変化によって人間性の変容のプロセスは加速される。その意味では、まさに今われわれは巨大な転換点に立っていることになる。

今後、様々な意味で混乱するだろう。その中でわれわれは変容することを積極的に選択しなければならない。いずれにせよわれわれは変容せざるを得ないのだから。

先ほどのバッキー・フラーの言葉を言い換えるなら「自然の力をこちらから捕まえてそれを使うべきだ」ということになろう。

今は選択と意思決定、そしてリスクを伴う行動のときだ。
変容の過程が進行中であることをあなたは感じるだろうか? 

もしまだなら、感じるまでの時間はわずかである。待っていないで変容の過程に飛び込んでゆくべきなのだ。




バックミンスター・フラーは

人間の生命を維持・保護・成長させるものこそが富なのだ。


と言っていたわけですけれど、今回の「サッカーより食べ物を下さい」にしても、世界中に広がる廃墟や、人の住んでいない住宅の数々にしても、このバックミンスター・フラーの理念からはおよそ遠く離れたところに私たちは行き着いてしまっているのかもしれません。

少なくとも、「それ自体が更に発展し続ける文明」とはほど遠い感じがします。


昨年あたりからの私が、いつも漠然と、「そろそろ最終局面なのかな」とした実感を持つのは、そういうようなことを考えることが多くなっているからかもしれません。

子ども時代から「未来はこうなっていく」という夢というか希望というか、そんなものを持っていた少年たちの頭の中にあった世界は、間違いなくユートピア(理想郷)だったわですけれど、現実には「ディストピア」(ユートピアの反対)的な傾向が強いことは疑いようがない。

それでも、私などは映画や音楽で「ディストピア的な作品」に数多く接していたわけで、まだ耐性がありますが、パンクなどの反体制音楽や、アンダーグラウンド・アートやカウンターカルチャーの経験の少ない若い人は「ディストピアへの耐性がない」ようにも思えます。

最近は「物の見方が一方からだけ」という風潮をとても感じます。

つまり、綺麗なものは綺麗、醜いものは醜い、悪いものは悪い、良いものは良いとして考えるように仕向けられてきている。若い人たちは本来この世にある「世界の寛容性と多様性」を削がれて育てられて生きてきた傾向が強いように思います。

そうなると、今のような世の中ではただただ希望を少しずつ消失させて日々生きる。

そして「もう終わりに近づいている」と思う。

同じように思う人が増えていることが、冒頭の小惑星の投稿記事にも現れているような気もしますし、あるいは、最近の数多くの刹那的な殺傷事件や無意味と思えるような人々の行為の中に見えて仕方ないです。

それでも、あえて「世界は誰のもの?」と自分に聞いてみます
そして、

「まずは自分の(外部と内部の)もの」

と思うことには意味かあるかもしれません。

日常の外界も自分の内面の世界においても、「自分自身と自分の世界の価値観を独自に形成して、それを確実なものとしていくことが大事かもしれない」と決意して、そして、周囲と自分の価値観の比較をやめるということだけでも、あるいは、もしかするとこの世の中は少しは良くなっていく可能性があるかもしれません。

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2014年05月29日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





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▲ 2014年5月22日の The Wire より。




メディアを閉め出しておこなわれた機密のロケット発射

アメリカが、1週間ほど前、上のタイトルにあるように「機密の任務」、つまり、その目的が明らかにされていないロケットを宇宙空間に向けて発射したことが、ロイターをはじめ、米国のメディアで伝えられました。

「国家機密扱いの人工衛星」が載せられているとみられていて、その人工衛星を軌道に乗せるのが目的のようなのですが、しかし、完全にメディアをシャットアウトして、説明もないので、正確な目的はわかりません。

主導していたのはアメリカ国家偵察局というアメリカ空軍直轄の諜報機関だそうです。しかも、文脈から見ると「この2ヶ月ほどで4度のロケット発射をしている」というようにも見え、やや奇妙な感じもして、ご紹介しようと思いました。




X-37の時には

アメリカが「謎の目的」で、空に何かを飛ばせるのは、これが初めてではなく、2010年から、ボーイング社製の「 X-37 」という宇宙飛行艇をやはり宇宙空間に向けて「複数回」飛ばせています。

目的はいまだに謎のままです。

この X-37 は、NASA、アメリカ国防高等研究計画局 、そして、アメリカ空軍が共同で取り組み、ボーイング社が開発したものですが、 Wikipedia によると、現在は国防高等研究計画局主導のプロジェクトであるようです。

X-37b.jpg

▲ X-37の飛行イメージ。Wikipedia より。

X-37 は、スペースプレーンと呼ばれるもので、つまり、スペースシャトルのように自力で飛ぶことのできる飛行機タイプのものですが、今回、アメリカが打ち上げたものはロケットであり、それを宇宙のどこに向けて飛ばしているのかを含めて、一切明らかにされていません。

なお、2012年の X-37 の打ち上げの際には、アメリカ空軍は以下の曖昧な発言だけをしたことが Wired の 2012年 12月 20日の記事「アメリカ空軍の極秘作戦:謎の「X-37B」3度目の飛行へ」に記されています。

その Wired の記事から一部抜粋します。


2012年12月11日、アメリカ空軍のスペースプレーンX-37Bの打ち上げが行われた。しかし、その実態は謎に包まれている。目的は何なのか、軌道上で何をするのかは誰も知らない。

「わたしたちは実験機X-37Bで、信頼性があり再利用可能な宇宙プラットフォームのための新しい技術的ソリューションを試験します。そして、軌道上での実験を行い、データを地球へ持ち帰りたいと思います。」

これは、12月11日にフロリダ州のケープ・カナベラルで行われたスペースプレーン「X-37B」の打ち上げに対してアメリカ空軍が提示した説明である。これでは不明瞭な説明ではないだろうか。正確には何が行われるのだろうか? 問題は答えを誰も知らないことだ。




そして、いまだに目的については明らかにされていないままです。

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最近よくその名が出るアメリカ国防高等研究計画局

まあしかし、 X-37 の場合は、主導しているのが、アメリカ国防高等研究計画局である以上は、何らかの防衛目的が大きいようには思います。

その頭文字からダーパ ( DARPA )とも呼ばれる、この国防高等研究計画局というのは、わりとすごい部署で、 Wikipedia によりますと、過去に、

・インターネットの原型
・全地球測位システム( GPS )


を開発したことで知られる部署です。

人数の規模は小さな部署ですが、

大統領と国防長官の直轄の組織でありアメリカ軍から直接的な干渉を受けない組織


ということで、つまり、軍の命令体系下にはなく、政府の直轄機関のようです。

また、この国防高等研究計画局は、 In Deep にもよく出てきた部署でもあります。

最近では、

エドワード・スノーデン氏かく語りき : 「地球の地下マントルには現生人類よりさらに知的な生命が存在している」
 2013年07月10日

という記事の中で、エドワード。スノーデンさんが以下のように証言していたことにふれています。


「 DARPA (アメリカ国防高等研究計画局)の関係者たちのほとんどは、地球のマントルに、ホモ・サピエンス(現生人類)よりもさらに知的な人類種が存在していることを確信しています」。



なんかこう、いろいろと知っている人たちがいるような、そんな感じもさせてくれる国防高等研究計画局ではあります。

あるいは、

アメリカ国防総省が『時間を止める装置』を開発
 2012年01月06日

という記事では、2012年の AFP 通信の記事をご紹介していますが、その冒頭は、


ペンタゴン(アメリカ国防総省)の支援を受けている科学者たちが、1月4日、ある装置を発明したと発表した。その装置は、「少しの間、起こっている出来事を感知されなくなる」というもので、『タイム・クローク』(時間を隠すもの)と呼んでいる。

科学誌『ネイチャー』に発表された論文によると、研究所で開発された装置は、光の流れを操作し、わずかなの間、起きていることを見えなくさせるものだ。




というもので、この研究は、国防高等研究計画局の支援を受けておこなわれたことが書かれています。

mant-3.jpg

▲ 時間を感知させなくする装置の原理。どの部分もひとつも私には理解できないですが。


また、「サイバー戦争への自動応戦システム」も国防高等研究計画局によって練られています。






サイバー戦争版の「世界全滅マシン」

過去記事の、

アメリカ国防総省の機関がサイバー戦争での自動対応プロジェクト「プランX」構想を発表
 2012年08月23日

にも、国防高等研究計画局が出てきます。

この記事では、米国 WIERD の「国防高等研究計画局が極秘プロジェクト『X計画』でサイバー戦争のルーチンを構築する」という記事をご紹介しました。

この『X計画』とは、

サイバー戦争を仕掛けられたら自動応戦する

というもので、このあたりは、スタンリー・キューブリック監督の 1963年の映画『博士の異常な愛情』の中に出てくるソビエト連邦の最終兵器『世界全滅マシン』( Doomsday Device )と似たコンセプトにも思えます。

博士の異常な愛情の『世界全滅マシン』は、核爆発を検知した場合、完全に自動で作動するもので、「地球上のありとあらゆる場所に死の灰が降る」という自動応酬が起きる装置の話でした。

Plan_R.jpg

▲ 映画『博士の異常な愛情』(1963年)より。B-52爆撃機で、無線で受け取った暗号「プランR」(R作戦)の内容を、機密書類で確かめる搭乗員たち。そこに記載されているのは「ソ連への核攻撃命令」。

この『世界全滅マシン』は、いったん作動すると、誰にも止めることはできず、そして、映画のラストの方ではそれが作動してしまいます。

そんなわけで、「自動応戦システム」というのは、サイバー戦争であっても危険な部分を感じるわけで、まして、過去記事などで何度か出てきた、 Wikipedia では、アメリカの NSA(国家安全保障局)とイスラエル軍の情報機関 Unit 8200 がイラン攻撃用に作ったとされる産業機械破壊プログラム(ウイルス)の「スタックスネット」や、過去記事、

地球文明を破壊する威力を持つウイルス「フレーム」が歩き始めた
 2012年06月10日

でご紹介したフレームというウイルスなど、サイバー戦争によっての被害は想定される以上である可能性があるのが現代社会でもあります。記事でも、ロシアのセキュリティ会社カペルスキー社の社長は、フレームと同様のウイルスでの攻撃によって起き得ることとして、

・全面的なインターネットのブラックアウト(インターネットの停止)
・重要なインフラ施設への攻撃


を挙げています。


まあ・・・いろいろと不安の多い世の中でもありますけれど、最近、たまにその名前を口にするルドルフ・シュタイナーさんですが、彼の言葉で最も気にとめていることとして、

あなたが霊的に見たものについて沈黙することができるようになりなさい。




たとえば危険と向き合ったときには、次のような感情を抱くようにします。「あらゆる観点から見て、私が不安を抱いても、何の役にも立たない。私は一切不安を抱いてはいけない。私は、自分は何をするべきなのか、ということだけを考えなくてはならない」


そして、

人間の本質のなかには、破壊的な力と建設的な力がともに存在しています。


などがあります。

建設し、そして破壊するのが人間の本質だとしたら、それは「本質」なのですから、本質というものは「そのもの」である以上、建設に対しても破壊に対しても、不安を感じたり、怒ったりするべきものではないのかもしれません。

それでも、確かに今進行しているいろいろな国の「宇宙に向けての謎の秘密のミッション」には不安「的」なものも感じないではないです。

というわけで、冒頭に貼りました記事をご紹介させていただきます。




America Just Launched a Rocket on a Secret Mission Into Space
Thw Wire 2014.05.22

アメリカはまさに今、機密のミッションのためのロケットを宇宙に向けて発射した


少し前、アメリカ国家偵察局によって、この国から宇宙空間に向けて、軌道上にスパイ衛星を載せるためとみられるロケットが打ち上げられた。

ロイターの報道によると、「国家機密扱いとされた人工衛星」を搭載した無人ロケット「アトラス5」( Atlas 5 )が、今朝、フロリダ州ケープカナベラルから離陸したことが報じられた。

打ち上げは、 5月 22日 9時 9分(現地時間)に、ロケット製造会社ユナイテッド・ローンチ・アライアンス( ULA ) とロッキード・マーティン、そして、ボーイング社の共同でおこなわれた。

米軍により報道管制下に敷かれ、発射場からのライブ中継をシャットダウンした中での発射だった。

ユナイテッド・ローンチ・アライアンスの副社長ジム・スポニック氏は、プレスリリースで、打ち上げは順調にいったことを述べ、下のように語った。

「今回の NROL - 33 ミッションに参加したパートナーのすべての皆様に成功おめでとうと言わせていただきます。ユナイテッド・ローンチ・アライアンスのチームは、国家のための重要な安全保障の資産を、アメリカ国家偵察局と米軍に提供できたことを光栄に思っています」。

スポニック氏は、最近のたった7週間うちに、4度のロケット打ち上げに成功したことを付け加えた。


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2014年05月28日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





death-reason.gif

老衰について考えるより。




私たちを蝕んでいるものの正体は何なのか

昨年くらいからは、「病気」がタイトルについた記事が多かったように思います。

そして、自分の冬頃までの体調・メンタルの状態、また周囲の状況を含めて、今年は特に「病気とは何なのだろう」ということを改めて考えることが多いです。


世界規模で発行されている新聞クリスチャン・サイエンス・モニター紙の発行母体でもあるアメリカのキリスト教系新宗教にクリスチャン・サイエンスというものがあります。

クリスチャン・サイエンスは、1879年にメリー・ベーカー・エディという女性によって創設されたのですが、彼女は、フィニアス・クインビー博士という心理治療師によって病気を治癒され、 Wikipedia によれば、以下のように記されています。


大怪我をした後、彼女は聖書の教えに立ち戻り、予想外の回復をした。そして、それから3年間、聖書の研究とクリスチャン・サイエンスの発展に全てを捧げた。

そこで彼女は、病気は心の幻想に過ぎず、よりはっきりと神の存在を知覚することによって癒されうると確信し、個人的に人々に対して彼女の癒しの理論を説き始めた。




Mary_Baker_Eddy.jpg

▲ メリー・ベーカー・エディさん( 1821年 - 1910年)。


その彼女を治癒した心理治療師のフィニアス・クインビー博士が、主に治癒に使ったのは暗示と催眠術だったのですが、クインビー博士が考えだし、多くの病気の人々に最も効果のあった「暗示の言葉」は何だったかというと、谷口雅春によれば、下の言葉だったのだそう。


「あなたは神の子だから、あなたに病気は存在しない」

「人間は何者にも支配されない神の子なのだ」


ちょっと考えられないですが、これだけで、数百人の患者が完治してしまったという記録が残っています。もちろん、治らなかった人も多くいたでしょうが、治った人のほうの記録しか残っていませんので、その比率はよくわかりません。


今回は「病気」のことを書いてみたいとふと思って、上のような話から始めてしまいました。

なお、私自身は、「あなたは神の子だから、あなたに病気は存在しない」などということをそのまま受け入れることは難しいです。

何しろ、私は、過去記事に下のように書いたように、神だの愛だのと意識する以前からすでに「病気の子ども」として世に産み出されていたからです。


そして、私は自分の「支離滅裂な生き方」のコアを再確認して、小児ぜんそくで寝たきりだった幼稚園児の時に布団の中で決意した理念を再度思い出します。

「オレを寝たきりの幼稚園児にしたお前(相手は不明)が支配する世界では、少なくともオレは社会に迎合しないで生きる」と天井を見ながら考えていた5歳の時の気持ちです。

精神的反逆者グルーブとして生まれ、私はひとつも肯定しないで生きてきました(もちろん、否定もしない)。そして、これからもそのままで生きようと思います。この世もあの世も神も宇宙も未来も肯定もしないし、否定もしません。


(2014年01月09日の記事「地球サイズの黒点を眺めながら「必ず今年終わるこの世」を神(のようなもの)に誓って」より。)



とはいえ、上の記事ではそのように書きましたけれど、最近、いろいろと本を読んだり、考えたりしているうちに、次第に、上に出てきたクリスチャン・サイエンスのメリー・ベーカー・エディさんの、

「病気は無である」

という言葉に興味を持ち始めたりしています。

これは、神経症の治療法のひとつである森田療法を創設した森田正馬博士の概念と似ているものがあると感じたからという部分もあります。

森田療法というのは、森田博士の『神経質の本態と療法』( 1922年)に書かれたままを抜粋すると、


「患者にその苦痛を苦痛として自然のままに味わわせ、抵抗する心をなくさせればもう強迫観念はなくなるのである」



というのが基本的な治療概念です。

ここでの「苦痛」というのは「神経症としての苦痛」ですので、肉体の病気の苦痛とは違いますが、森田療法では、神経症の症状に対しての対症療法などの治療もしないわけで、それで治るならば、確かに「病気は存在していなかった」ということが実感としてわかります。

(実は、私は二十数年前にこの概念を知り、急速に神経症が良くなった経験を持ちます)

体の病気と神経の病気は違いますけれど、それは関係なく、私たちは「病気」に対しての考え方を改めていかないと、立ちゆかなくなる可能性もあります。なぜなら、後述しますが、西洋医学の根本が崩壊しつつある可能性もあるからです。

ところで、部分的に余談となってしまいますが、プライベートの話を書かせていただきます。





ほぼ全員が病気で亡くなっていく時代に

上にもリンクしました今年1月の「地球サイズの黒点を眺めながら「必ず今年終わるこの世」を神(のようなもの)に誓って」という記事の中で、私が最も人生でお世話になり、また最も多くの時間を共に過ごした人のひとりである田中くんという友人が亡くなったことを書きました。

享年は私より年下の 48歳でしたが、直接的な死因はともかく、長く糖尿病などを患っていました。

彼のお姉さんに聞いたところでは、倒れるその日まで会社に仕事に出かけていたそうですが、実際には、じきに足も切断しなければならないほど糖尿病は悪化していいて、目もほとんど見えなかったそうです。

パソコンで文字やデータをまとめるのが仕事でしたが、パソコンの画面に目をくっけるようにして、そして、指もすでに何本かしか動かすことはできなくなっていたことをお姉さんは涙まじりで話してくれました。

田中くんと3年くらい前に連絡をとった時には、

「元気になったら、また昔みたいにぱーっと遊びたいですね」

と彼は言っていましたけれど、それはかないませんでした。

ちなみに、彼はお酒は一滴も飲めない人で、タバコも一度も吸ったことのない人でした。


田中くんのお葬式には、劇団時代から付き合いのあった男4人で行きましたけれど、私自身、この2〜3年は、公的な用事で人と会うのは別として、飲みに行ったりして、つまりプライベートで会うのはその4人だけだという状況になっていたりします。

もう特に新しい知人は欲しくないですし、他の数人を含む、この世で最も気楽にいっしょにいられる数人の人間を私と出会わせてくれたこの運命には感謝をしています。


最近、久しぶりにその4人で東京の高田馬場で飲んだのですね。

昔は全員、東京の西荻窪か吉祥寺に住んでいたのですが、今はみんな住んでいる場所がバラバラになってしまって、その接点となるのが、大体、高田馬場あたりになるんです。

私たちは飲んでいる時には、基本的に非常にくだらない話しかしないのですが、お互いの親の話になると、やや重い話になります。

みんな、特に父親のほうが軒並み健康的な問題を抱えていることがわかります。
私たちの父親の年齢層は全員が 70代の後半から最高で 80代前半です。

その中のひとりの父親は、元大学教授で、ラジオの教育講座番組なども最近まで担当していた人ですが、昨年、胃がんが発見されたのだそうです。その時に、その人は抗がん剤治療と、胃がんの切除を「拒否」したのですね。

何しろ、知識のある方ですし、80代の自分にそれらの治療が有効に働くとは考えられなかったようです。それが昨年のことで、今の状態を聞きましたら、体中の各所にがんの移転が始まっているそうで、そのたびに適時の治療を受け、それでも自宅で過ごしているようです。

ほとんど先行きは覚悟しているのか、別にふだんと何も変わらない生活をしているとのことです。

ちなみに私の父親も、あと数日後に、全身麻酔による血管の大手術を札幌でおこないます。
まあ、これは私のプライベートの話ですので、詳細はいいです。

もうひとりの友人の父親は糖尿病の悪化で、すでに自力では立つこともできずに、視力なども消えかかり、介護状態だそう。そんな話をしていて、


「結局、そろそろ俺らの親父らもみんな死ぬ頃なんだよなあ。そういうのって、いつかは来るとは思っても、実感ないもんだったからねえ」


と私がいうと、その糖尿病の父を実家に持つ友人は、


「俺なんかはどっちかっていうと、父親が嫌いだったんだけどさ。帰省した時、あの衰えた姿を見たら、生まれて初めて親父に同情心が湧いたよ」


というようなことを言っていました。

そして、このように、今は人が亡くなる原因はほとんど何らかの病気です。
冒頭に貼りましたグラフのように老衰で亡くなる方の比率は全体の 2.5パーセントしかありません。




自然に年老いて死んでいくほうが「珍しい死に方」となっている現況

昔は比率としてこんなに病気で死んでいたのだろうかと、つい考えます。

昔といっても、うんと昔・・・。つまり弥生時代や縄文時代などの時はどうだったのだろう・・・と考えてみましても、縄文時代の上のようなグラフが残っているわけでもなく、わかりようがないですが、ほぼ 90パーセントが病気で死亡しているのが現代の人類。

ただ、縄文時代のグラフはなくても、「かつては老衰(あるいは病気ではない死)が今よりは多かったのだろうな」と思えるのは、ほんの 100年くらいの短い期間のデータでも「死者の割合での老衰の比率が減っている」ということがわかるからです。

下のグラフは文部科学省のサイトからのもので、1899年(明治32年)から1998年までの死因別にみた日本の死亡率の推移のグラフです。説明の文字はこちらで加えたものです。

natural-death.gif

▲ 1899年(明治32年)から1998年までの死因別にみた日本の死亡率の推移のグラフ。文部科学省「平成12年版科学技術白書」より。


これも今から 16年前のデータですので、今はさらに老衰で亡くなる方は減っているのではないかという気がします。

どうしてこのようなことになったのかということについては、いろいろと言われますけれど、たとえば、汚染や化学物質や、過剰な西洋医療について言われることも多いですが、今回はそれらのことにはふれません。

その理由は、最近考えていることが、「精神と病気」ということについてだということであるということもありますし、また、西洋医学にしても、私は幼い頃から青年期まで自分がそれで生きのびた経緯があるため、それほど批判的に思うことができません。

また、西洋医学が様々な病気の死亡率を下げてきたことも事実で、例えば、下の表は同じ文部科学省のサイトにあるグラフで、結核菌の抗生物質であるストレプトマイシンが発見されてからの、結核での死亡率の変化です。

stmai.gif


ストレプトマイシンの発見で、結核での死亡率が 100分の1、あるいはそれ以下になったことがわかります。

さらに「梅毒」という病気がありますが、この病気は 15世紀に「突然」この世に現れて以来、大変に多くの人を苦しめてきました。 Wikipedia によりますと、


抗生物質のない時代は確実な治療法はなく、多くの死者を出した。慢性化して障害をかかえたまま苦しむ者も多かった。



とありますが、今では抗生物質で完治する例がほとんどです。

・・・・・というように順調に病を根絶してきたかのような歴史を持つ西洋医学のように見えますが、状況は明らかに変わってきました

過去記事の、

「数千万人の死」という言葉に違和感を感じないアメリカという国のイメージ。そして、戦争や耐性菌の蔓延にさえ思う「犠牲」というキーワード
 2014年05月02日

にも書きましたが、その「抗生物質」がどんどん効かなくなっているということが、 WHO から報告されています。

who-2.gif

▲ その報告が発表された2014年4月30日の WHO ウェブサイトより。


これは日本でもかなり報道されましたので、ご存じのかたも多いでしょうけれど、概要は下のようなものです。産経新聞の記事からです。


抗生物質効かない耐性菌、世界各地で拡大 WHO「極めて深刻な状況だ」
msn産経ニュース 2014.05.01

世界保健機関(WHO)は4月30日、抗生物質が効かない薬剤耐性菌が世界各地で広がっているとの報告書を発表した。

フクダ事務局長補はジュネーブでの記者会見で「貧困国など一部の国だけでなく、あらゆる国で拡大している。極めて深刻な状況だ」と強調した。




ちなみに、上に出てきた「梅毒」ですが、この日本での患者数が最近急増しているそうです。


梅毒、なぜか急増 3年で倍、国が注意喚起 検査拡大が必要
共同通信 2014.05.27

古くから知られる性感染症「梅毒」の患者が近年、急増している。2013年は全国で1200人を超え、3年間で倍増した。

なぜ今ごろ? その答えははっきりしないが、「昔の病気」という意識もあって自分の感染に気付いていないケースや、治療が不十分で人に広げているケースもあるとみられる。

抗生物質で完治する一方、感染した妊婦が適切な治療を受けないと死産や赤ちゃんの障害などにつながるため、厚生労働省が全国の自治体に注意喚起。新たに無料検査を開始した自治体もある。




これも抗生物質が効いている現在は完治しますけれど、他の多くの病気で確認されている「抗生物質が効かない薬剤耐性菌」が出現した場合は、またこの梅毒のような病気も過去のような「恐ろしい病」となるという可能性が高いです。

現代の西洋医学は、薬物治療と「物理的切除や改造(手術)」が病気を治す基本的な方法となっていて、その中でも、

・抗生物質
・物理的切除


に現代医療が依存している部分は非常に大きなものがあると思われます。

そして、上のふたつの関係もまた相互に依存しています。





病気は「存在」するのか?

なお、今回の記事の一番最初に、

最近、「病気とは何か」ということを改めて考えることが多いです。


というようなことを書きましたが、それはどうしてかというと、最近読む本では、さまざまな事物について最初に「重要なこと」として書かれてあることが、ほぼ「病気と健康」についてだったためだからなのです。

たとえば、最近たまに記事にするオーストリアの神秘思想家ルドルフ・シュタイナーですが、わりと最近の、

人工 DNA から生命が作られる物質科学の時代に考え直したい 100年前にシュタイナーが唱えた「人類が高次へ移行する方法」
 2014年05月12日

という記事では、シュタイナーが言うところの「神秘学の学徒になるための7つの条件」というものを書いています。

私自身はいまだに「神秘学の学徒」なんて意味を理解しているわけではないですが、それはともかく、その7つの条件のうち、最初が、


第一の条件

「あなたの体と霊の健康を促進するように注意を払いなさい」



なのです。

ここについては、後で抜粋しますが、さらに今回の記事の上のほうに出てきた心理療法士であり、神秘思想家のフィニアス・クインビー博士の治療方法が元になってできた「ニューソート」というアメリカの宗教運動がありますが(クリスチャン・サイエンスもこの一派といわれることがあります)、その主張の一部には以下のようなものがあります。


・人間の心情と意識と生命は宇宙と直結している。

・あらゆる病の本質は自己意識に対する無知が原因である。



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▲ フィニアス・クインビー博士( 1802年 - 1866年)。


人間の心情と意識と生命は宇宙と直結している。


なんてのは、まさしく、過去記事の、

私たちに残されたかすかな「破局の回避」の可能性のために(1)
 2013年03月24日

などに出てくる、20世紀初頭の「ロシア宇宙主義」という学派にいたアレクサンドル・チジェフスキー博士の学説である、


チジェフスキーは 1920年代のはじめに、地球上の生命現象が宇宙の物理的な現象とつながっていることを明らかにした。

ひとつひとつの生きた細胞は「宇宙の情報」に感応するのであり、「大宇宙」はこの情報を細胞のひとつひとつに浸透させているのである。




とほとんど同じであることに気づきます。

chizhevsky.jpg

▲ 黒点と人間の精神活動の研究をはじめとして、「地球上の生命現象が宇宙の物理的な現象とつながっている」ことを発表したロシアのアレクサンドル・チジェフスキー博士(1897 - 1964年)。


あるいは、今まで何度も引用してきたフレーズで、つい最近もこちらの記事でも記しました、フレッド・ホイル博士が著作『生命はどこからきたか』の最終章で、ブッダの言葉を引用して書かれた、


ブッダが生命と意識(彼はすべての生命に意識があると考えていた)が宇宙の構造に全体として結びついていて別々にできないものと捉えていたことは充分に明らかである。



ともほぼ同じであることに気づきます。

また、谷口雅春はクリスチャン・サイエンス系のキリスト教的解釈として以下のように書いています。


ほんらい人間の病気を神が造ったものであるならば、人間がどんな方法でもってしても治るはずがないのであります。

たまたま人間がなんらかの方法で病気を治すことができるというのは、病気というものの造り主がないからであります。

ところが宇宙万物は一元で一切は神によって作られたのでありますから、神によって作られないものは実在しないのであります。「病気とは『無』の別名である」とクリスチャン・サイエンスの創始者エディ夫人が賢くもいっているのは真理であります。


(『生命の実相』より)



ここに至ると、「病気というもの自体が存在しない」という過激な発想なわけですが、ここまででもないにしても、シュタイナーが「神秘学の学徒になるための7つの条件」の最初の条件としている「あなたの体と霊の健康を促進するように注意を払いなさい」を説明している部分にも、やや似たニュアンスが見られます。

ほんの一部ですが、抜粋します。



第1の条件は、「あなたの体と霊の健康を促進するように注意を払いなさい」というものです。

確かに私たちは、はじめのうちは、みずからの健康状態を自分で決定することはできないかもしれません。しかし誰でも体と霊の健康を促進するように努めることは可能です。

健全な認識は健全な人間のなかからのみ、生じます。健康でないからという理由で、ある人が神秘学の訓練から排除されることはありません。しかし神秘学の訓練では、学徒は、少なくとも健全に生活する意志をもつように求められるのです。

私たちは、自分自身の体と霊の健康を促進するという点において、可能な限り自立しなくてはなりません。




解釈が違っているかもしれないですが、要するに、シュタイナーは「本来は自分の健康は自分の意志でコントロールできるものだ」と言っているように見えます。

ちなみに、私が知りたいと思うことは「理想」ではなく「事実」です。

その点からいえば、「全生命が宇宙とつながっている」という様々な人たちの言葉と、「健康はコントロールできる」、あるいは病気は存在しないという概念を結びつけていった時に、本当に、つまり、

「現実的に」この世から病気が消える

という考え方は少しでもあり得るのか。

生まれた時からずっと病気だった私は、このタイプの意見に対して最も懐疑的な人です。

それでも、もし、その可能性が少しでもあるならぱ、私たちの次の世代に、私たちがどんなことを教えていけばいいのかということも見えてくるような気もするのですが・・・。

しかし、「すべての生命と宇宙がつながっている」ところまでは今では疑う余地はないですが、「病気は存在しない」までになると、それを受け入れるには 500年くらいかかりそうです(長生きかよ)。

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2014年05月27日



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洪水の原因は人間の罪であると同時に世界の老朽化であることが確認される。
宇宙は、生存し、生産するという単なる事実によって、しだいに退化し、ついに衰亡するのである。これゆえに、宇宙は再創造されなければならないのである。
言いかえれば、洪水は新しい創造を可能にするために「世界の終末」と罪に汚れた人間の終末を大宇宙の規模で実現するのである。



ルーマニアの宗教学者、ミルチャ・エリアーデ著『世界宗教史〈1〉石器時代からエレウシスの密儀まで』より。


(上の意味は宗教学的な意味であって、実際の洪水の被害に適用されるべきものではありませんが、最初にこの名高い宗教学者の言葉を記しておきたいと思いました。)


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▲ 2014年5月27日の香港サウス・チャイナ・モーニングポストより。


昨年は、歴史に残るような大洪水が続き、よく記事にしました。
それらについては、過去記事の、

世界中で止まらない「黙示録的な洪水」の連鎖
 2013年06月20日

世界でさらに拡大し続ける黙示録的な洪水 : 今や「神話」を越えつつある現実の世界
 2013年09月15日

などをご参照いただければ幸いですが、その中でも印象的だったのが、インドのウッタラーカンド州にあるケダールナスという神聖なヒンズー寺院のある村で起きた洪水で、これは「山岳地帯の高地」で起きたものでした。

この原因は、ケダルドームと呼ばれる氷河状態のドームが豪雨で破壊されて起きたものだとされていますが、この神聖なヒンズー寺院のある村の何もかもを流し去ってしまいました。

インド・ウッタラーカンド州ケダールナスが鉄砲水で襲われ、水が引いた後の様子

Kedarnath-floods.jpg

▲ 2013年6月22日の記事「川のない山間にあるインド有数の聖地が鉄砲水に飲み込まれる時」より。


その他にも 2013年には、単なる洪水とはいえない数多くの大洪水があったのですが、昨年までの洪水は、北半球の多くで雨量が多くなる6月頃から洪水が始まることが多かったのですが、今年は、5月中旬あたりから各地で豪雨による「大洪水」が始まっていることが、これまでとは違うところです。




ボスニアのその後

先日の記事、

歴史的に弱い活動のままピークを迎えた太陽活動サイクル24の中、大洪水がボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の悪夢の記憶を呼び覚ます
 2014年05月21日

では、セルビアとボスニアなどを中心として、過去 120年見られなかったような激しい豪雨によって、同国史上最悪の自然災害となる洪水が発生したことを記しました。

また、この洪水によって、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で敷設された「地雷」が流出したり。あるいは、調査が進んでいた地雷原がわからなくなる可能性も書きましたが、そのボスニアではすでに水は引いています。

水が引いた後に破壊された自宅の前で呆然と座る男性

bosnia-flood-after.gif

AP 通信より。


ところで、上の記事では、ボスニアの地雷対策センター( BHMAC )の関係者は、

「洪水で今までそこに地雷がなかった場所に拡散していった可能性がある」

と述べています。

さらにこのようなことも記されています。


ボスニアの地雷の流出は広大な地域への問題と発展する懸念がある。なぜなら、ボスニアとクロアチアの国境沿いを流れるサヴァ川の支流は、ドナウ川につながる。

ドナウ川はその後、ブルガリアとルーマニアを通り、黒海に流れていくのだ。




地雷が洪水によって流されることにより、下の地図のサヴァ川からドナウ川に入り、非常に広い範囲で「予期せぬ地雷の被害が起きるのではないか」と懸念しているようです。

サヴァ川とドナウ川が流れている国

Savarivermap.gif


そして、ドナウ川は黒海にまで至っているのだそうです。

mine-map-3.gif

実際にこんな広大な範囲に地雷が流出していくのかどうかはわからないですが、地雷対策センターの関係者が述べたのは、「その可能性がある」ということのようです。

地雷は「兵器としての効力がなかなか落ちない」ものです。
なので、地雷除去作業は時間がかかります。

たとえば、地雷 - Wikipedia には下のような記述があります。


除去方法

地雷の除去方法は未だに効率が悪く、地雷1個の除去に、その地雷の製造費の100倍は費用がかかるといわれている。

旧式の地雷は、長年土中に埋まっていることで金属筐体の腐食や信管/爆薬の劣化といった経年変化による機能喪失が期待できたが、近代的な地雷ではプラスチックの採用を含む兵器としての性能向上によって、意図的に有効期間を短くしない限り何十年経っても機能を保ち続けるという特徴がある。




ボスニアの内戦は 1990年代の「新しい紛争」ですので、上にあるように、

何十年経っても機能を保ち続けるという特徴がある


ものだと思われます。

今から何十年も経った頃・・・。もう誰も 2014年のボスニアの洪水のことなど覚えていないような頃に、そのボスニアから遠く離れたどこかの川辺か何かで、「突然地雷が爆発する」というような悲劇が起きる可能性が生じてしまったかもしれないということになりそうです。


それにしても、どんな洪水もそうでしょうが、ボスニアの洪水も、水の引いた後の光景はまさしく壮絶です。

bosnia-fl-01.jpg


bosnia-fl-02.jpg

AP 通信より。


そして、この1週間ほどの間は、中国の各地で信じられないような豪雨がたびたび発生していて、冒頭に貼りました中国南部の洪水はいまだに継続していると思われます。




毎年のように起きる中国の「カオス的な洪水」の規模と速度が肥大している

現在の中国の洪水は、中国の国家防災委員会によりますと、広東省、湖南省、江西省、福建省、広西省、重慶省、四川省、貴州省などで起きていて、5月26日までに、550万人が被災。

そのうち、約 45万人が避難し、緊急救助を必要としている人の数は 19万人に達していて、さらに、倒壊家屋は2万5千棟以上、農作物への被害の経済的損失も膨大なものとなっている模様。

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▲ 今回の洪水の被害を受けている大体の地域。


今回の中国の洪水の特徴は、「何日も降り止まない雨」です。

下の台湾のニュースの見出しに「連日豪雨」という文字が見えますが、何日も豪雨が降り続けるのです。

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▲ 台湾の CTS テレビより。



中国では、ほんの3日ほど前に、広東省を中心に3日間降り続いた豪雨のために大洪水が発生したばかりで、その2日後からその豪雨の地域がどんどん広がり、現在の緊急事態となっているようです。

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▲ 2014年5月25日のきたるべ地球の形「中国の広東省で記録的な豪雨で25万人が被災」より。


今回の中国の洪水は、国家自然災害の準最高レベル扱いとされていますけれど、実は「中国の大洪水」。これは 2008年頃から毎年のように「中国の国家的レベルの災害」となっていて、毎年のように大きな洪水が起きています。

しかし、上の方にも書きましたが、今年は例年より明らかに洪水の発生する時期が早く、また、雨量も昨年よりも激しく、そして、洪水に発展する時間が早いです。


そして何より、日本を含めて、北半球の多くでは、本格的な雨のシーズンとなるのはこれからです。

最近の自然の傾向、つまり、気温や雨や干ばつなどが、「地域により対極化していく傾向」を考えますと、

・極端な洪水の国や地域
・極端な干ばつの国や地域


などの「極端化」が昨年までよりさらに激しくなる予感は十分にあります。

いずれにしても、5月の時点で過去 100年間くらいの間で最大の豪雨による洪水が、すでに各所で起きているわけで、他の国や地域を含めて、今後さらに「水による洗礼」に見舞われる場所は拡大する雰囲気はあります。




大洪水の錯覚に見舞われて5年目

全然関係ないことですが、数年前、目を閉じると「洪水の光景ばかり」が目の中に(多分錯覚として)写っていたことがあります。それはあたかも、旧約聖書の『創世記』にある、ノアの洪水のくだり、


洪水は40日40夜続き、地上に生きていたものを滅ぼしつくした。水は150日の間、地上で勢いを失わなかった。



を彷彿とさせるものでした。

それはあくまで私の錯覚であり、幻想に他ならないものなのですが、しかし、その頃・・・今からもう5年以上前になりますか、クレアで「大洪水と向き合うこと」と自分に言い聞かすようなタイトルの記事を書いたことがあります。

その記事の中に、2009年1月のウェブボットのレポートの中のウェブボットの代表者クリフ・ハイのエッセイの言葉を抜粋したことがあります。

くしくも、ニュアンスとしては、冒頭に記しました宗教学者のミルチャ・エリアーデさんと似通うことを書いていましたので、その言葉で今回の記事を締めたいと思います。


「洪水」はわれわれの精神的な「変容」のための重要な条件でもある。「洪水」は浄化の方法でもある。

(ウェブボット 2009年1月24日配信 ALTA1109 パート3 より)



上にも記しましたが、こういう言葉は宗教的だったり、精神学的な意味であり、実際の洪水の災害を「浄化」などという言葉で現すことなどは実際にはできないことを強調しておきたいと思います。

宗教的にも、あるいはスピリチュアル的に「再生」や「浄化」にどんな意味があるにしても、現実の自然災害で起きる死や苦痛は、「死や苦痛の真のメカニズム、あるいは実相」が私たちにわからない限りは、やはり死であり、苦痛であるのだと思います。

その実相を知りたいとは思っています。

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2014年05月26日



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北朝鮮で発生した大規模な犠牲

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▲ 2014年5月23日の中国日報より。



あれだけ韓国の人々の心情を波立たせたフェリー事故ですが、1ヶ月を過ぎた今では、韓国のメディアでも関連する記事は少なくなりました。

多くの「惨事」はその時にはとてつもない社会的な衝撃を与えても、人々は結局忘れる。

これは悪い意味で書いているのではありません。だから人間は生きていられる。どんなにひどい厄災で多くの人命が失われても、いつまでもいつまでもそれに囚われ続けていては進めないです。あるいは私たち自身も、いつかはそれらの厄災の被害者になるかもしれないのですから。

2011年の震災のほんの数日後、「これからどういう気持ちで生きていけばいいのだろう」と考えながら、東京・吉祥寺の井の頭公園を呆然と歩いていた時に、そこで見た何人かのカップルたちの非常に馬鹿馬鹿しい会話(井の頭公園のアヒルが飛ぶのかどうかということをずっと議論し続けていた)を聞いているうちに、

「この人たちみたいなのでいいんだ」

と気づきました。

あの時、自らを暗い闇に追い込みそうになっていましたけれど、生きている人々は前に進んだほうがいいんだと、今でも、あのカップルには感謝しています。

何しろ、厳密な事実として、人命が失われる厄災は毎日のようにどこかで起きていて、そして、これからも必ず起きるという現実があります。それだけは予言やオカルトなどの範疇をはるかに越えて、そうとしか言えない部分があります。

自分の(命か魂かは別として)何かが完全に止まるまでは前に進むしかないのだと最近は思います。

それはともかく、冒頭に貼りましたように、最近、北朝鮮の首都平壌(ピョンヤン)で、大規模なアパート崩壊事故が起きていたことを知りました。

平壌というのは特別な街で、北朝鮮の中で選ばれた人だけが住むことのできる街です。北朝鮮の中で唯一の「中産階級」の人々が住んでいる街です。その街でアパートが崩壊し、多数が亡くなったということで、韓国や中国では大きく報じられています。

韓国でもセウォウル号の事故では、政府などに非難が集中し、首相が辞職したりしていましたが、しかし、今回は北朝鮮。

責任の取り方が違います。

この後始末は、担当責任者が頭を下げてお詫びするとか、そういうようなものではありません。
下のようなことになりました。

excute-01.gif

▲ 韓国 seoul より。


上のニュースを短くご紹介しますと、以下のようなものです。


平壌マンション崩壊事故で軍幹部など少なくとも5人が解任・銃殺などの粛正

5月13日に北朝鮮の平壌で発生した23階建てのマンションの崩壊事故で、工事を担当した北朝鮮の人民軍の幹部や技術者など、少なくとも5人が手抜き工事をした責任のために解任、あるいは銃殺され粛正されたと報道された。

このマンションの崩壊事故による死亡者数は 500人にのぼるという情報が平壌に広がっている。

マンションの建設工事を実質的に指揮した人民軍七局長は解任と同時に、強制収容所に送られ、設計と施工を担当した技術者4人はすぐに銃殺刑に処せられたことが分かった。





北朝鮮の指導者であるキム・ジョンウンさんもさぞや悲しんでいるだろうと思いましたら、事故後数日後、下のような「建設現場の視察」の報道がありまして、とてもお元気なようです。というか、妙に曇りのない豪快な笑顔がむしろ不安な気分にさせてくれます。

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▲ 教育用住宅というものを建設している現場を視察する金正恩第1書記。2014年5月22日の中国日報より。


弾ける笑顔。

kr-smile.jpg

みんなが笑ってる。

このサザエさんの歌のような世界を見ていると、少なくとも指導者本人には「 500人死亡」の影響は見られないようです。

拡大してみると、後ろの労働者の人たちは笑ってないように見えますけれど。

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それにしても、キム・ジョンウンさん。この格好、そして、ポケットに手を突っ込み笑っている姿などを見ると、国の指導者というより、どこぞのテキヤか興行師の親分みたいな雰囲気が漂っています。

そういえば、アメリカのゲーム会社からこのキム・ジョンウン第1書記を「ヒーロー」としたオンラインゲームが登場したことが、英国のガーディアンで報道されていました。



アメリカでは「輝かしき指導者 」というオンラインゲームも完成して

そういえば、アメリカのゲーム会社から北朝鮮のキム・ジョンウン第1書記を「ヒーロー」としたオンラインゲームが登場したことが、英国のガーディアンで報道されていました。

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▲ 2014年5月14日の Guardian より。


ゲームは、「 Glorious Leader 」(輝かしき指導者)というタイトルで、キム・ジョンウンさんが上のように海を進み、あるいは、アメリカで「米軍をバッタバッタと倒していく」というもので、非常にパワフルで勇気のあるキム・ジョンウン像が描かれます。

これは北朝鮮とは関係のない純粋なアメリカのゲーム会社が製作したものです。
どの程度の人気になるのかは不明確だそうですが。

ここまでの記事と関係あるわけではないですが、最近、海外の報道でやたらと「ユダヤ」という言葉がタイトルに含まれている報道を目にします。「大規模な犠牲」つながりということで、ちょっと報道などをご紹介したいと思います。





ユダヤの周辺で起きていること

来年の 2015年 9月 28日まで、少なくともユダヤの人たちにとっては特別な時期にあります。

それは過去記事の、

赤い月と黒い太陽: 2014年から 2015年まで「4回連続する皆既月食」がすべてユダヤ教の重要宗教祭事の日とシンクロ。そして、過去の同じ現象の時に「イスラエルの建国」があった
 2014年04月06日

で書いた来年 2015年 9月 28日まで続く歴史的な「過去とのシンクロ」であり、それに対して「大規模な犠牲」というキーワードに懸念を抱いているというようなことを書いたことがあります。

2014-2015-passover.gif


このように、今は少なくともユダヤ人の人たちにとっては、非常に重要な時期であるはずなのですが、どうも、最近、この「ユダヤ」というキーワードについて、不穏なニュースが続きます。

5月24日に、ベルギーの首都ブリュッセルのユダヤ博物館で襲撃事件があり、3名が死亡したという報道がありました。下はさらに新しい報道で、重傷だったもう1人の方も亡くなったということです。

bj-01.gif

▲ 2014年5月25日のギリシャ TANEA より。


事件の概要そのものは日本語でも報道されています。


ブリュッセルのユダヤ博物館で発砲、3人死亡
ウォール・ストリート・ジャーナル 2014.05.25

ベルギーの首都ブリュッセルにあるユダヤ博物館で24日、発砲事件があり、3人が死亡、1人が重傷を負った。ベルギー政府は国内のユダヤ人コミュニティーの警備を強化した。

内相は記者会見で、国内のユダヤ人コミュニティーに対する保護措置を強化したと述べた。政府はユダヤ人コミュニティー周辺地域の警戒レベルを最高の「4」に引き上げること決定、24時間体制で警備に当たるという。




ここ数日くらいで、タイトルに「ユダヤ」という文字が入っている報道の中で目立つものをいくつか羅列してみたいと思います。

それらの内容がどんなニュアンスを持つニュースなのかは私にはわからないものもあります。

まずはアメリカの首都ワシントンD.C. を走るバスの広告の話題。

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▲ 2014年5月2日のロシア・トゥディより。


上のタイトルのままの報道ですが、こういうものは何だかすぐに抗議などで撤去されそうな気もしますが、アメリカの憲法修正第一条というものの表現の自由の規定だか何だかにより、問題ないそうです。

広告を出したのは、アメリカの自由防衛構想( AFDI )という「反イスラム団体」だそうで、広告の契約は6月までとのこと。


次もまたナチが絡んできます。

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▲ 2014年5月19日のクリスチャン・トゥディより。


内容としては、


「イエスがナチスの強制収容所で死刑を宣告されてガス室で処刑された」という内容の短編の映画を作成したオーストラリアのユダヤ人が、その動画を YouTube にアップしたところ、世界中から非難と議論が巻き起こり、結局、その動画を削除した。



というニュースです。

その問題の動画は、時間的には2分ちょっとの短いものですので、字幕をつけて貼っておきます。
ただ、素人が作ったとは思えないほど、よくできた映像となっています。

That Jew Died For You (あのユダヤ人はあなたたちのために死んだ)




これが論争を巻き起こす「基本的な原理」が私にはあまりわからないのですが、それにしても、これは単にふざけて作ったレベルの映像ではないですので、そのユダヤ人の人は何らかの意図(たとえば、今回のような非難と議論を予測してアップした等)があって、製作してアップしたのだとは思いますけれど、その意味は不明としか言いようがないです。


次はイスラエルのメディアより。
これも、内容はナチとは関係ないのですが、ニュースの表紙の写真がネオナチとなっています。

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▲ 20014年5月15日のタイムズ・オブ・イスラエルより。


内容は、アメリカ最大のユダヤ人団体で、反ユダヤ主義と合法的に対決することを目的としている「名誉毀損防止同盟( ADL )」の調査で、世界の 11億人が「反ユダヤの傾向を持つ」ということがわかったというような記事で、その理由や国別の分布が書かれています。

まあその・・・何だか、こういう羅列をしていてもうキリがないので、このあたりまでとしておきたいと思いますが、とにかく、最近、こういうような「ユダヤ」という文字がタイトルに躍る記事が非常に多いです。

そして、なにかこう・・・「何かと何かの対立」を引き起こそうとするような行為のように見えなくもない例があるように感じます。その「何かと何か」がそれぞれ何なのかは私にはわからないです。

ちなみに、上にもリンクした記事「赤い月と黒い太陽」では、過去の今と同じ状況の時には中東戦争が起きました。

考えても仕方ないかな・・・と思ったりもしつつ、やっばり世界は、カオスへの方向にむかっているという気はとてもいたします。

そして、その時の私たちに大事なのは、まさにシュタイナーの『いかにして高次の世界を認識するか』に書かれてある以下の言葉のように思います。


たとえば危険と向き合ったときには、次のような感情を抱くようにします。「あらゆる観点から見て、私が不安を抱いても、何の役にも立たない。私は一切不安を抱いてはいけない。私は、自分は何をするべきなのか、ということだけを考えなくてはならない」



私は今はこの言葉を意識的に考えて過ごすようにしています。

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2014年05月25日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。





それなりに苦労してデザインを変えたのですが、自分で読んでいて違和感があったので、結局元に戻しました(笑)。こういう徒労が私には多いです。

ところで、最近、火星の無人探査機キュリオシティの撮影した火星の映像の中に「十字架」のようなものが写っていることを YouTube にアップした人が話題となっています。

mars-cross.jpg

▲ YouTube NASA CURIOSITY ROVER PIC REAL CROSS ON MARS より。


写真の実物は NASA のライブラリーの写真番号 0563ML2278000000E1_DXXX にあります。かなり広範囲を写した写真ですが、下の丸の部分のあたりを丁寧に見ると、どなたでもご覧になれるかと思います。

mars-cross-2.jpg


火星に十字架があっても構わないでしょうし、あるいは、「十字架みたいな形の岩」というものもあっても不思議でもないですので、これはこれでそういう話題があったということだけなのですが、このブログを読まれている方にはご存じの方もいらっしゃるかもしれないですが、実は私は結構な「火星写真ウォッチャー」なんです。

「太陽写真の閲覧」と同じほどの趣味の領域にもなっているんですが、記事であまりにも火星の写真を多く出すと、何だかそっちに偏ってしまうのもイヤですので、多分、今年2月の、

そこではいろいろと動いている:火星探査機の周辺での「出現したり消滅する岩」の話題とその歴史のこと
 2014年02月25日

という記事以来、火星についてはふれていないと思います。

上の記事は確かに私個人には興味深いもので、原因で何であれ、

火星上で動いている存在がある

という可能性を強く示すキュリオシティの写真をご紹介したものでした。

mars-rocks-03.gif


ただ、この「火星の表面でものが動く」という理由なんですけれど、最近の報道で、「どうも、これが原因では?」というようなことが出てきてはいるのですね。






何がオポチュニティを清掃したのか?

その理由かもしれないこととして、「火星上では想像できないほどの突風や強風が吹いているかもしれない」ということなんです。

下の報道は、4月21日のアメリカの宇宙専門の科学ニュースメディアのニュースです。

oppotunity-space.gif

▲ 2014年4月21日の Space.com より。


タイトルの意味がわかりにくく感じるかもしれないですが、前提として、

火星探査機は、砂嵐がたびたび発生する火星上ではすぐに砂まみれになる


ということがあります。

たとえば下の写真は、左が 2005年 8月に火星探査機オポチュニティを上から撮影した写真で、右は9年後の 2014年 1月のオポチュニティの写真です。

oppotunity-2005-2014.jpg


火星では(多分)清掃してくれる人がいないので、「どんどん機体が汚れていく」ということを前提に次の写真をご覧くださると上の「驚異の」という言葉がおわかりになるかもしれません。

上の写真でおわかりのように、最近のオポチュニティはずっと下のような感じだったんです。
茶色のは砂嵐などでのチリがこびりついたものです。

oppotunity-before.jpg


ところが!

今年1月の写真では上のような状態だったオポチュニティが、4月に送信されてきた写真では下のようにピッカピカ・・・とまではいかないまでも、かなり綺麗になっていたのでした。

oppotunity-after.jpg


並べると下のような感じで、並べた写真は Space.com にも掲載されていました。

oppotunity-before-after.jpg


さて、「何がオポチュニティを清掃したのか?」ということに興味が湧くわけですが、これは、 NASA によりますと、

「突風によるもの」

という明確な答えが出ています。

「なーんだ」と思われるかもしれないですが、私たちはここで、重大な事実をふたつほど考え直してみる必要があると思われます。

まず、「今までの9年間の中でこんな出来事はなかった」ということです。

そもそも、9年間も積もり、そして完全にこびりついていたであろう砂のダストを一瞬にして吹き飛ばす突風というのは、ちょっと想像を絶するものがあります。

まあ、もちろん NASA の言うように風によるものではない可能性もあるかもしれないですが、ここでは突風、あるいはそのような現象が原因として話を進めたいと思います。

まずは上に書きましたように、

今までの9年間の中でこんな出来事(こんな突風)はなかった

ということと、そして、次は、

そんな強風が大気の薄い場所で起きる可能性があるのか

ということです。

もっとも、下については、日本惑星科学会誌の「火星環境の模擬室内実験」という書類に、火星の大気構成から考えて計算したものとして、


火星表面で砂粒子の跳躍が起こる時, 地表付近でも50m/s 程度の高速度の風が吹いている。



とあります。

この秒速50メートルの風というのは、風速と感覚と被害というサイトによりますと、

50m/s たいていの木造家屋が倒れる。樹木は根こそぎになる


という激しい風だそうで、なるほど、これならオポチュニティを清掃できるだけの突風にもなりうるかもしれません。あるいは、上のほうに載せた過去記事の「何もないところに翌日、岩があった」という現象も、突風で飛ばされてきたと考えれば合点もいきそうです。

ただ、これとは関係ないことですけど、上の風速と感覚と被害のページには、

35m/s 自動車や列車の客車が倒れることがある
40m/s 小石が飛ぶ。


とあり、秒速 50メートルの風というのは、火星探査機自体、あるいはその部品をも破壊しかねないほどの風であることもわかります。というか、本当にそんな突風が吹くことがあるなら、(現在の)火星の地表は常に石が飛び交っているような場所であるというようなことになってしまうのでしょうかね。

ところで、なのに、オポチュニティの周囲の「小石」は残っているんですよね。
このあたりちょっと疑問はあるんですが、今回の主題はそちらではないです。

ここ2年ほどの「火星の大規模な異常現象」と、今回のことなどとも関係しているかもしれないという気もするのです。




最近の火星では何かが起きている

2012年に、火星で、「 240キロメートルの高さで何かが噴出している」ということが報じられました。

火星の「超」異常現象: 地表から数百キロ上空まで吹き上がる現象は何か
 2012年03月26日

mars-haze-5.jpg


この「地上から240キロメートル外に向かって煙のようなものが噴き出す」ということが、どれだけ異常な現象かというと、たとえば、地球の火山で考えてみますと、近年の地球で起きた噴火の規模としては最大級の火山噴火だったフィリピンのピナツボ火山の 1991年の噴火の火山灰の高さが約 34キロメートルでした。

さらに、昨年は、

火星に何が起きた?: 太陽系の激変が続く中で「火星の大気から検出されなくなったメタン」
 2012年11月04日

という記事で、火星上で「何かが起こり」以前は検出されていたメタンが検出されなくなったという内容の報道をご紹介しました。

また、以前までは「砂丘」だった場所が、今年3月に送信されてきた画像では、「岩肌を見せた場所」と変貌していることがデイリーギャラクシーで報じられていました。

下がその写真です。

mars-dune.jpg

▲ 2014年5月6日の Daily Galaxy より。


どうも、火星ではここ2年くらいで、大きな環境の変化が起き続けているというようなことに見えます。

まあ、火星といえば、

片道のみの有人火星飛行計画に現在までに7万8000人の応募があったことが判明
 2013年05月10日

でご紹介した、オランダの非営利団体が火星への有人計画「マーズワン」を募集したところ、何万も応募があった(最終的には 20万人の応募があり、現在、その中から1058人の候補者が選ばれています)というようなこともありましたが・・・火星まで行き着くテクノロジーのほうはあるかもしれないですが、むこうで人間は大丈夫なのかなあという感じもしないでもないです。

他にも、最近は、土星でも水星でも木星などでも、ほとんどの太陽系の惑星で何らかの正体のわからない現象が観測され続けています。

土星のスーパーストーム

sut-s2.jpg


天王星の謎の爆発現象

ten27.jpg

▲ 過去記事「太陽系が荒れている: 土星と天王星でスーパーストーム」より。


そして、私たちのいる地球も紛れもない太陽系の惑星のひとつです。

太陽系の惑星全体に連動しているこれらの異変を地球も受ける可能性はますます高くなっていると思われます。

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2014年05月23日



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(追記) 今回の記事に出てきたバンド「ニルヴァーナ」の曲と出会った時の話をクレアなひとときの、

「つぼ八」で聴いた神様の声がこの世から消えてから20年

という日記に書きました。




th-coup-top.gif

▲ タイの Facebook より。以下、写真の多くはタイの Facebook より。


軍の全権掌握からインラク前首相ら閣僚の出頭要請まで

先日の、

戒厳令下の微笑みの国 : タイで発生した事実上のクーデター。そして北緯33度線でのクーデターの双方の今後
 2014年05月20日

では、タイトルに「クーデター」と使ってしまっていますが、結局、その2日後の 5月22日に、本当にクーデターとなってしまいました。


テレビでクーデターを発表するタイ軍幹部。中央がプラユット陸軍司令官

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クーデター発表後の 5月 22日午後からすべてのテレビ放送が停止されました。


タイでクーデター、テレビは静止画面
newsclip 2014.05.22

プラユット陸軍司令官が22日午後、全権を掌握すると宣言した後、タイの地上波テレビ全局とほぼすべての衛星テレビ局は通常放送を停止し、静止画面に音楽が流れている。



タイの現地の SNS などを探すと、その様子が動画でアップされています。
下のような静止画が流されているようです。


タイのクーデター後から続くテレビの静止画面



タイ語と英語で「国家平和治安維持評議会」というような意味の文字が記された静止画像です。

これは、すべての放送局のようで、たとえば、商業ビル内に全局が写るように並べられたテレビも下のようになっていて、全テレビ局が放送停止になっていることがわかります。

th-coup-tv.jpg


さらにはタイ語版 Wikipedia に早くもこのクーデターの項目が登場。

th-coup-wiki.gif

▲ タイ語版 Wikipedia 。日本語では「2557年のクーデター」。


この「 2557年」というのは、タイやミャンマー、ラオスなどの国では、仏歴が一般に使われていて、タイではお釈迦さまが亡くなった紀元前 544年の翌年を仏歴元年としています。それで、今年は 2557年になるということです。





穏やかムードから打って変わり

さらに、先日の記事では、「タイのクーデターを歓迎する市民たち」として、下のように戒厳令で、バンコク市街に配置された兵士たちと記念撮影するバンコク市民の写真などを載せました。

thai-coup-day3.jpg

▲ 戒厳令から2日目となる 5月 21日のバンコク市内の兵士たちと市民たちの様子。 newsclip より。


しかし、戒厳令から実際にクーデターとなり、

・全テレビ放送休止
・夜間外出禁止命令(報道
・5月23日から25日までタイのすべての学校が休校(報道


などというようなことになってからは、冒頭の写真のように、市民たちの間にも不安や動揺や反発が起きているようです。下のはすべてタイのフェイスブックからのもので、集会の強制排除、路上封鎖の際の威嚇、家宅捜査などがおこなわれている模様。


集会の強制排除らしき様子

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道路封鎖の際に地面に伏せさせられているらしき人たち

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兵士による家宅捜査らしき光景

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なお、上にそれぞれ「らしき」とかそういう表現がついていますが、何しろ通常のメディア報道があまりなく、一般の人々がスマートフォンなどで撮影してネット上にアップしたような写真には、文字での説明がきちんとついていないものが多いので、「らしき」というような表現となってしまいます。


それと、夜間外出禁止令下のバンコクの様子も、バンコクに行ったことのある方なら、驚くような光景になっているかもしれません。

5月22日の夜のバンコク戦勝記念塔付近

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「別に普通ではないか」と思う方もいらっしゃるかと思いますが、人影が全然ないことはともかく、「毎日が超渋滞」の夜のバンコクに「車がない」という光景にショックを受けます。

こちらの写真が大体、ふだんの上の写真の地域の夜の様子です。

th-night-02.jpg

harapeko より。


このタイの渋滞の思い出といえば、飲んで深夜にタクシーで帰った時、いつもよりひどい渋滞の時があり、ついに車がまったく進まなくなってしまったのですが、「仕様がないよな」と、眠りました。

ふと目覚めると 30分ほど経っていたので、「もう着くかな」と外の風景を見ると、「先ほどタクシーの少し手前にあった看板が少し後ろ側になっていた」と。つまり、30分で10メートルくらいしか進んでいなかったのでした。

そのバンコクも今は静かな夜となっているようです。

ちなみに、夜間外出禁止令の適用外は、 newsclip の報道によると、


夜間外出禁止令の適用外となるのは、▼出入国者▼職務上外出が必要な工場、航空会社、病院などの従業員、公務員▼冷凍・冷蔵品、賞味期限がある物品の物流・輸出入業者▼病人の搬送。



などとなっているようで、つまり、現在タイに旅行に行っている人は、「帰国するために空港へ行く場合は許される」ということになるようで、他は外国人でも夜間外出はできないみたいですね。


そして、その後、タイ軍はタイ政府の前閣僚たちに出頭を命令しました。


タイ軍部、インラク前首相らタクシン派幹部23人に出頭命令
newsclip 2014.05.22

クーデターで全権を掌握したタイ軍部はタクシン元首相の妹のインラク前首相、義弟のソムチャーイ元首相らタクシン派幹部23人に対し、23日午前10時にタイ陸軍の施設に出頭するよう命令した。



先日までタイの首相だったインラックさんも出頭を命じられたようです。

inlack.jpg

▲ タイのインラック前首相。ちょっと素敵な写真がありましたので。それなどを。 インラック首相を紹介している Sewanaie TV より。




入滅=ニルヴァーナだとはじめて知った時に起きた不思議

今回のクーデターに関してのタイ語版 Wikipedia のタイトルは「タイ 2557年のクーデター」という仏歴での年号の表記となっていることを上のほうに記しましたが、仏歴は「仏様の入滅」という定義らしいんですが、「入滅」というものを調べたことがなかったですので、 Wikipedia で調べますと、以下のように書かれてありました。


入滅

入滅(にゅうめつ)とは、仏教用語で、サンスクリットの「निर्वाण」(Nirvana、ニルヴァーナ)の訳、煩悩の炎が吹き消えた状態、宗教的解放を意味する解脱のことである。「入滅」とは、そのような境地に入ることをいう。

ただし、完全な解脱は肉体の完全な消滅、つまり「死」によって完結するから、「入滅」とは、宗教的に目覚めた人が死ぬことをも意味する。




要するに、解脱とか完全な悟りということを示すものらしいんですが、それは「死んでからなし得る」とされているということのようです。

お釈迦さまにも「入滅」という言葉が適用されているということは、お釈迦さまも、生きているうちは「完全な解脱」は得られなかったということのようです。

それにしても、ニルヴァーナ・・・。

現代では、一般的には、ニルヴァーナという言葉は 1990年代初頭を中心にアメリカで活躍したロックバンドのことをさしまして、特に、私は「ロックはニルヴァーナで終わった」と考えている人なので、

「ロックは《入滅という名のバンド》と共に終焉を迎えたということだったのか」

となどと思い、そしてふと、過去記事の、

ロシア宇宙主義チジェフスキー博士の言葉でわかりかけてきたニルヴァーナの「3つのALL」の意味
 2013年04月01日

という記事を思い出し、読み返しました。

「3つのALL」とは、ニルヴァーナに「 All Apologies 」(すべての謝罪=何もかもオレが悪かった)という曲があり、その歌は英語の下のフレーズを何十回も何十回も繰り返し続けて終わっていく歌でした。

All in All is All we are

普通に訳してしまえば訳せるでしょうけれど、この「本当の意味」が昔からどうもよくわからなくて、しかし、上の記事を書いた頃、1900年代初頭に、アレクサンドル・チジェフスキー博士がメンバーにいた「ロシア宇宙主義」という学問の一派があり、その主張の中に以下のような概念があったことを知ったことがあります。


人間が死を克服し、肉体的な自然性を変容させるべく研究し、宇宙のなかで不死の生命を永遠に作り出していくことがロシア宇宙主義の研究の目標である。



そのあたりとの関連で、All in All is All we are は、

ALL  すべて
IN   の中の
ALL  すべて
IS   は
ALL  すべて
WE   私たち
ARE  は


という直訳の解釈でいいんだと。

私たちはすべてであり、また、すべての一部であると。

これは、シュタイナーの言う「自分はすべての生命の一部であると認識する」という言葉とも一致するような気がします。

この詩を書いたニルヴァーナのボーカルだったカート・コバーンは 1994年に、ショットガンで頭を撃って自殺します。享年 27歳。

カートが死んだ翌日、ニルヴァーナのドラマーは、ロッキング・オンの記事によると、大体次のように言ったそうです。


「あああ、彼はいなくなってしまったんだ。一体どうやったら人間がそうやってただ消えてしまえるんだ? そんなの狂ってるよ」



さて、「人間がただ消えて」とおっしゃっておりました元ドラマーに思い起こしてほしいことが、自分たちが在籍していたバンド名であります。すなわち、ニルヴァーナ(入滅)

あらゆる煩悩と精神的束縛から自由になる時。

そして、ロシア宇宙学の、

人間が死を克服し、宇宙のなかで不死の生命を永遠に作り出していく


という旅の通過点。


今回のタイのクーデターを調べていて、それが全然関係のないニルヴァーナに行く着くとは意外でしたが、「何でもつながっているから」ということでお許しを。


そんなことを考えながら、そういえば、ニルヴァーナの写真も載せておこうと探していましたら、今回の記事とぴったりのものが。

nirvana-coup-01.jpg

Pinterest より。右の一番背の低い人物がカート・コバーン。真ん中はドラマーの人ですが、「クーデター指導者は自殺した」と書かれた看板を持っています。撮影の年代はわかりませんが、ソビエト危機とか書いてありますから、ソ連崩壊の頃のものなのかもしれません。


ところで、いろいろ見ていた時に、 YouTube のニルヴァーナのプロモの動画が貼られていた、あるページがあったのですよ。そして、下のプロモは見たことなかったなあと見てみました。

Heart-Shaped-Box.jpg

▲ 1993年の Heart-Shaped Box という曲のプロモーションビデオより。

プロモの動画は上に貼ったように、十字架に貼られた老いたキリストや、子どもの皇帝や、肥満の天使などが出てくるものです。

そして実はこれを見ている時に非常に不思議な現象が起きたのです。

ふだんは、あまり不思議な現象というものを経験しない私としては、書きたいのですけれど、やめておきます。

なぜかというと、シュタイナーの本で昨日読んだ部分に、


あなたが霊的に見たものについて沈黙することができるようになりなさい。



ということを厳命しているくだりがあったのでした。

別に私が経験したことは霊的なものでもなんでもないことだけは確かですが、どんなことでも、あんまりいろいろとしゃべることは、「自分を幻想の中に追い込んでいく」という側面はあるようです。

それにしても、本当にいろいろなことはつながっていると実感します。

そういえば、右サイドに、最近たまに書いていたシュタイナーの『いかにして高次の世界を認識するか』を読んでいて、気に留まった部分をメモ的にツイッターに書いています。ツイッターはそのためだけに登録しましたので、他の日常のことを書いたりはしませんが、ご参考いただければ幸いです。

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2014年05月22日



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hikaru-hotoke.jpg

▲ 花輪和一さんの『光る佛』という作品より。平安末期の『宇治拾遺物語』にある「柿の木に佛現ずる」という話を描いた場面。花輪さんに描かせると、仏様もこのように「美しげな異形」として世に現れます。



変更作業で1日が終わってしまい、今回は雑談だけで申し訳ありません

なんだかデザインが変わっていることに気づかれた方もいらっしゃるかもしれないですが、最初はこんな全体的な大ごとをおこなうというつもりではなくて、

「最近小さい文字が見づらい」

という非常に情けない理由で、文字の大きさの調整などをしていたのです。

でも、あまりにも大きな字もちょっと妙な感じで、結局いろいろと試して、ほんの少しだけ文字を大きくしたというだけなのですが、なんとなくレイアウトが崩れたかなあと。デザインなどをいじっているうちに、どんどんと「修正の迷い道」に入り込み、今日はほとんど1日それで終わってしまいました。

それと、考えてみれば、管理しているブログがすべて同じ Seesaa ブログというのもデンジャラスな話で、 Seesaa に何かあった場合には、すべて見られなくなってしまうというのも不安げな感じもいたしますので、記事も写真も比較的少ない日記ブログクレアなひとときのほうを、時間をかけてでも別のブログに移転しようと思いまして、そちらの作業も少しずつやっていました。

Seesaa に何かあった時の告知用にもなりますし。

とはいえ、 Seesaa ブログには長くお世話になっていることもあり、書いておきますと、 Seesaa ブログというのは機能とかデザインの自由性が非常に高くて、使い慣れると離れられない本当に素晴らしいブログサービスだと思います。




時間的にはもう無理でも勉強と治癒はしようかなと

クレアのほうは日記とお勉強の過疎系ブログであることは今後も同じですが、タイトルに「高次の世界を目指す試み(の・ようなもの)」とつけたりして、そっち系に走ろうとしているフシが伺えます。

まあしかしですね。

シュタイナーの本を少し読んですぐわかることは、そのような認識を、たとえほんの少しでも意識できるためには「大変な時間がかかること」だということでした。人によっては何年何十年という単位でも足りないしれない。私などは死ぬまで続けても時間が足りないのかもしれません。

そして、「他力本願の部分はない」ということも大事なことであることに気づきます。

助言者からの友人的な助言はともかく、「自分の内部と外部の世界」の関係性を知るためには最終的には本人の努力(あえて「努力」という言葉を使ってみましたが)による意識的覚醒しかないということもわかります。

私などはもう 50代ですし、すでに遅い感じはありますが、ただ、ひとつだけ救いがあるとすれば、私は「自分の理想に沿った理念のもとで生きてくることができた」という意味では、比較的幸せな部分が多かったといえる部分があるということがあります。

その理念の具体的なところは、気分を害される方もあるかしれないですので、曖昧にしておきますけれど、傍から見れば、「単にいい加減な生き方」と言われて当然な生き方ですし、そう言われても怒るどころか、「そう言われることを目指していたので嬉しいです」と言ってしまいかねない部分もあるのですが、ここまでの人生はともかく、これから年齢を重ねて、1日1日と「死」へと近づいていく中で、

「生と死のそれぞれの本当の意味」

をもう少しきちんと知りたく、そして、知るだけでなく、「意識してみたい」、あるいは「体感してみたい」ということがあります。

どれだけ健康に気をつけようと、80歳、90歳、100歳、あるいはもうちょい位までには確実に人は「生」を終えます。

それでまあ・・・もしかすると、薔薇十字的な学問、あるいはそれを書いているシュタイナー的な概念というものを勉強することによって、「自分が死ぬことに対しての恐怖がなくなる」ということも生じるかもしれないですが、それ以上に、

むしろ死を心待ちにする時

ということにまで行き着いたりするのかもしれないですし。

以前、私は「ペアである自分」というような記事を書いたことがありましたが、「自分自身を対の存在として考える」ことはやはり大事なことだということも、最近になり再認識します。

そういえば、シュタイナーは「自分がすべての生命の一部だと考えること」を言っていますが、これは、フレッド・ホイル博士の最晩年の著作『生命はどこからきたか』の最終章の文章などで、その「感覚」のさらに「大きな表現」をみることができます。

過去記事の、

ブッダの安堵: 科学が到達しつつある「宇宙に存在するあまりにもたくさんの他の地球と生命」
 2011年05月25日

に抜粋したことがあります。




フレッド・ホイル著「生命はどこからきたか」 第十五章の最終ページより

紀元前六世紀に、ブッダの世界観はすでにコペルニクス革命以後に入っていた。彼は宇宙が、各々がわれわれの惑星系と似た数十億の ”小さな宇宙” から成り立っていると記している。ブッダの対話形式になっている古い仏教の教典のなかに無限の宇宙について述べられている。

「無数の太陽、無数の月、・・・、無数のジャムブディパス、無数のアパラゴヤナス、無数のウッタラクラス、無数のブッダビデバス」

ジャムブディパスとは当時の北インドの人々が知る限りの人の住んでいる地域を表す単語である。この対話から、ブッダが生命と意識(彼はすべての生命に意識があると考えていた)が宇宙の構造に全体として結びついていて別々にできないものと捉えていたことは充分に明らかである。





この、

生命と意識は宇宙の構造に全体として結びついていて別々にできない


という部分を、当時は「ひとごとのように」読んでいましたが、このお釈迦さまのいう「全体として」には、当然ながら、

自分も含まれている

ということに気づき、「なるへそ」と納得したりするわけでした。

hoyle-chamdra.jpg

▲ 1970年代頃のフレッド・ホイル博士(右)と、長くホイル博士の助手的存在として、パンスペルミア説の研究を現在に至るまで続けているチャンドラ・ウィクラマシンゲ博士。 Professor Chandra Wickramamsinghe より。


思えば、偶然に手にした本や、偶然に見たテレビなどで、いろいろな人たちが自分の人生の中で、いろいろな示唆を与えてくれたことを思い出します。

いろいろな人たち・・・それは、キリストやお釈迦さまやフレッド・ホイル博士やシュタイナーや埴谷雄高さんやアレニウスやパチプロの田山さんのとか、他にも本当にいろいろな人たちがいますが、まだまだ、そのような人たちのことばを聴いて、「死」というところにまで続く道を歩きたいと思っています。

明日からは普通に更新させていただきます。

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2014年05月21日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。






知識とは何のためのものか

本題とは関係ない話ですけれど、この何年は In Deep などで記事を書く時に知らないことを調べたりすることが多くて、多分、人生で一番勉強していたような数年だったと思います。

それでまあ、「知識を入れるのは悪いことではないよね」と何となくですが、そのように思っていたりもしたのですが、

人工 DNA から生命が作られる物質科学の時代に考え直したい 100年前にシュタイナーが唱えた「人類が高次へ移行する方法」
 2014年05月12日

という記事あたりから、たまにふれているシュタイナーの『いかにして高次の世界を認識するか』という本の中に「神秘学の基本原則」ということが書かれてあります。

基本原則というのですから大事なことだと思うのですが、それは以下のようなものでした。


神秘学の基本原則

自分自身の知識を豊かなものにし、自己の内面に宝物をため込むために求める認識はすべて、あなたを正しい道から逸脱させます。一方、みずから気高い存在となり、世界の進化と歩調をあわせて成熟するために求める認識は、あなたを前進させます。

理想とならないような理念はすべて、あなたの魂の力を殺します。また、理想となるような理念はすべて、あなたのなかに生きる力を生み出します。




これはつまり、

自分自身の知識を豊かなものにして、知識を自分の中にためるために求める認識


は、

その人を正しい道から逸脱させる


と書かれているわけなのですね。
知識をためていくことは良くない」と。

つまり、ただ知識を自分の中に蓄えていくだけに価値を見いだすことは、むしろ真実からどんどん遠くなると。

自分が得た知識が、上のシュタイナーでいうところの「世界の進化と歩調をあわせて成熟するために求める認識」となるものかどうかということが大事なようです。知識そのものだけでは何の意味もないどころか、それは人を後退させるものとなってしまうものでもあるようです。

とはいっても、私の場合、もともとがあまりにも何も知らない人でしたので、まだまだ知りたいことはたくさんありますけれども、「世界の進化と歩調をあわせて成熟するために」かどうかは定かではないです。

今日は最近記事にしたことのその後などを少し書いておきたいと思います。





ボスニアの洪水で蘇る「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争」の悪夢

先日の記事、

セルビアで起きた史上最悪の洪水で思い出す「黙示録的な洪水の連続」の時代
 2014年05月17日

では、ボスニアとセルビアを中心としたバルカン半島での壮絶な大洪水について記しましたが、その後、下のように数十名の死者を出す被害となっしまい、被災者は 100万人に達してします。

afp-bosnia.jpg

▲ 2014年5月19日の AFP 「セルビアとボスニアの洪水、死者44人に」より。


下の動画は、避難したセルビアの住人がボートから撮影した風景です。どこの町か記されていないのですが、これは 5月 17日の光景で、翌日から今度は隣国ボスニアに被害が広がっていきます。

セルビアの洪水 2014年5月17日




完全に町が水没している様子がわかりますが、なぜかこのボート上の人たちは意外と穏やかで、若い女性などは笑顔も見せています。まあ、ここまでの洪水だと、どうしようもないですし、逃げられただけよかったというようなこともあるのかもしれません。


さて、しかし、今回の洪水、「水が引いて終わり」ということにはならなそうで、経済的な問題もですが、さらに非常に良くない状態に陥る可能性があるのです。それは、この大洪水により、「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の地雷」が大量に流出している可能性が高いことにあります。

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は、ユーゴスラビアから独立したボスニア・ヘルツェゴビナで 1992年から 1995年まで続いた内戦ですが、これは私が生まれてからの時代の中で起きた戦争の中で、最も嫌悪感を今でも抱く戦争のひとつです。

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のことを書くのが目的ではないですが、この戦争の最も嫌悪感のある部分というは何かというと、この内戦は「民族同士の戦い」だったのですが、「民族浄化」ということをさかんにおこなったことでした。

Wikipedia には、


「民族浄化」は、異民族に対する各種の嫌がらせや差別的な待遇、武器の没収、資産の強制接収、家屋への侵入と略奪、見せしめ的な殺人などによって、その地域の異民族が退去せざるを得ない状況に追いやる方法や、強制追放、強制収容、あるいは大量虐殺によって物理的に異民族を地域から取り除く方法がとられた。



とありますが、最もいやな感じが残ったのは、「敵の民族の女性に自分の民族の子どもを強制出産させる」ということを組織的にお互い繰り返したという、ちょっと近代史でもあまり見ることのないような非人間的なおこないが行われました。

強制出産ということがどういうことかを文字で説明する必要はないと思いますが、今でもその当時の悪夢に苛まれている現地の女性はたくさんいるはずです。

そして、この内戦でも「地雷」が多く使われたのですが、今回の洪水で、それが流されてしまったということと、戦後に「地雷原」を示すために多くの場所に設置されていた「地雷原を示す看板」も多く流されてしまったかもしれないのです。

つまり、「地雷原の場所もわからなくなってしまったところも多い」ということなのです。

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争での地雷原を示すマーク

Landmine_warning_sign_in_BiH.jpg

Land mine contamination in Bosnia and Herzegovina より。全土のいたるところに、このように木や壁などに貼られている他、看板として建てられています。


ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が「終わってから」の 1996年からどれだけ地雷で被害が出ているかの表が、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の地雷に関して書かれている英語版の Wikipeia にあります。英語の部分を日本語に換えています。

mine-bosnia.gif

Land mine contamination in Bosnia and Herzegovina より。


このように、地雷は、内戦終結後も 500人以上の命を奪っていて、地雷での事故の総数は 1700以上となっているのです。戦後、特定された地雷原をに上の地雷原マークを少しずつ設置していったのですが、それでも、地雷の被害はつい最近まで起き続けています。

その中でボスニアは今回の大洪水に見舞われました。

5月20日の CNN の記事には以下のように記されていました。


バルカン半島のボスニア・ヘルツェゴビナとセルビアを襲った洪水で、20日までに26人の死亡が確認された。さらに、内戦時代に埋められた地雷が洪水や土砂崩れで流され、住民や救助隊員が危険にさらされている。

内戦時代に埋められたまま除去されていなかった地雷の一部が土砂崩れによって移動し、新たな不安要因となっている。ボスニアのバキル・イゼトベゴビッチ大統領はCNNの取材に対し、「地雷原がどうなったのか正確には分からない」と述べ、地雷も警告の看板も洪水で流されてしまったようだと話している。




地雷は手榴弾などと同じく密閉されているため、耐水性があり、洪水で流されても兵器としての機能が失われることはありません。

ちなみに、今のボスニアにはどのくらいの数の地雷が残されているのかというと、上の英語版 Wikipedia によりますと、


ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が終結した 1996年までにボスニア全土に 約 200万個の地雷が仕掛けられた。2008年末までに回収した地雷の数は 22万個になる。



ということで、今でも 180万個くらいの地雷がボスニアに存在しているということのようです。

地雷原の特定もそれなりに進んでいたはずですが、その看板の多くも流されてしまったということで、ボスニアではまた地雷探しを最初から始めなければならないことになってしまったようです。

そして、地雷原以外の予期せぬ場所で、洪水によって流された地雷の被害が起きることも、ほぼ現実のものとなっています。





タイの「クーデター」を歓迎する市民たち

昨日の記事にいたしました、

戒厳令下の微笑みの国 : タイで発生した事実上のクーデター。そして北緯33度線でのクーデターの双方の今後
 2014年05月20日

でのタイなのですが、「戒厳令2日目」のタイの首都バンコクでは、下のように、兵士たちと記念撮影をする人たちが続出しているようです(笑)。

thai-coup-day2.jpg

▲ 2014年5月21日の newsclip 「国家システム崩壊の危機 タイ軍介入に歓迎ムード」より。

上の newsclip には、


タイは過去数十年、こうした危機に直面した際に、プミポン国王の圧倒的権威で安定を保ってきた。

しかし、国王は86歳と高齢で、健康面の不安もある。国家機構の脆弱性が露呈した今、国王以外に事態収拾に動けるのは軍だけという現実があった。




ということで、今後どうなるのかはわからないですが、タイの人たちの上のようなお気楽記念写真の風景を見て、「ああ、やっぱりタイはタイだなあ」と、昔よく行っていた頃を懐かしく思い出します。





太陽活動「サイクル24」はどうやら、弱いながらもその最頂点に達したようです

タイなどで見られるような「人間による社会混乱」が、太陽活動と関係するということは、

太陽と暴動。そして、太陽と戦争
 2014年03月04日

など、これまで何度も書いてきたことではありますけれど、現在、世界がやや混沌としているのも、太陽活動が(弱いながらも)最大期であることと関係はあるとは思います。

sun-human-2014.gif

▲ 上の記事より、ロシアのアレクサンドル・チジェフスキー博士の 1922年の論文にある「太陽黒点数と戦争や社会暴動の変化」のグラフ。


今後の太陽活動が「大きくなる」のであれば、混乱はまだ世界各地で続くでしょうし、「小さくなっていく」のではあれば、まあ、世界の混乱が消えるわけはないにしても、多少は沈静化する可能性はあるかもしれません。

そして、その太陽活動。

現在は、サイクル24という太陽活動の活動最大期に向かっていたのですが、昨日、アメリカ海洋大気庁( NOAA )の太陽周期の専門家ダグ・ビーセッカー( Doug Biesecker )という方が、

「現在、太陽活動の最大期に達したと思われる」

と発表しました。

over-cycle24.gif

▲ 2014年5月20日の Spaceweather SOLAR 'MINI-MAX'より。

上の赤い線が現在のサイクル24の太陽活動の活動の推移の状況で、他の線は、過去の太陽活動の状況です。これを見ても、サイクル24が弱い活動でうったことがわかります。

これに関しては、昨年の記事、

太陽活動が「過去200年で最も弱い」ことが確定しつつある中で太陽活動は復活するか
 2013年10月21日

に載せた表でも、現在の太陽活動が過去何百年の間でも非常に弱いものだったことがわかるグラフを載せたことがあります。

ss-1-24-com-3.gif

▲ 上の記事より。


今回の太陽活動は過去数百年でも際だって弱い太陽活動でしたが、NOAA の専門家の言葉を信じれば、その活動のピークが今終わろうとしているようです。そして、これから数ヶ月から1年くらいかけて、次第に弱くなっていくということになります。

ですので、この半年から1年くらいを乗り切れば、その後に世界を巻き込むような大戦や内戦や暴動は起きないようにも思います。逆にいえば、この半年から1年くらいの間はまだまだカオスは終わらないかもしれません。

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