2010年11月24日



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朝鮮半島情勢を聖書と照らし合わせる人たち



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▲ 聖書「ヨハネの黙示録」に出てくる四騎士。手前の赤い馬に乗っているのが戦争をもたらす騎士。


ちょっと注記として書くつもりだった私的な「予言について」が妙に長くなってしまいました。申し訳ないです。

(訳者注) 戦争や社会的事変が起きると、予言と関連した話が必ずでてきます。今回の米国のキリスト教関係の人の記事は、昨日の韓国と北朝鮮の衝突を受けて書かれた中のひとつですが、内容的には(この前振りの最後のほうにも名前が出てきますが)、かつてアメリカの国防総省下に存在した米国陸軍の遠隔透視部隊のエド・デイムス元少佐が1年半ほど前に予言として取り上げた光景(への布石として)類似している部分があるような感じがしたので取り上げてみました。

その前に、ふだんはあまり扱わない「予言」というものを扱うことに関して、少しだけ書いておきたいことがありますので、記しておきます。

このブログでは予言の内容そのものを取り上げることはなかなかないですが、その理由は、有史以来のこの世で発表されている予言の多くには、最近の予言理論的な部分から考えるとひとつの矛盾(たったひとつです)を孕んでいる部分があることに最近気づいたことにあります。

なるべく簡単に書いてみます。

ちなみに、ここでは予言が存在するとかしないとか、集合無意識が存在するとかしないとか、そちらの話ではないです。それはまた別の話です。


オカルトなどを含めた一般的な概念で、予言という「まだ時間的に起きていないことの予測」が、なぜなりたつのかということになりますと、いろいろな言葉の表現があるでしょうが、たとえばアカシックレコードというような言葉は有名かと思います。私はそのあたりに詳しいわけではないですので、 Wikipedia からそのまま抜粋します。


アカシックレコードは、宇宙の創造、人類の歴史を含む森羅万象の情報が蓄積される、魂によって綴られる記録の概念である。


予言を含めた、人間の集合無意識や元型、あるいは現実そのものも含めて、そこに全部あるというような意味かと思いますが、「過去も未来もそこにはある」・・・と書きたいところですが、この書き方自体がすでに間違っているというところに矛盾の第一義的な問題があります。

どの部分かというと「過去と未来」という部分です。どちらの言葉も現在の地点から見ての「時間」を意味します。過去とは時間的に昔で、未来とは時間的に先のことを意味します。

ここが物理学的には矛盾してしまうのです。

私は、いかなる森羅万象も(オカルトであっても)、科学と物理に完全に反することはできないと考えています。

とはいえ、私は数学的、物理的なことにはまったく無知ですので、言葉の上だけの説明となりますが、まず、現代の物理の基本として「物理学において時間性は決定されていない」ということがあります。

アインシュタインと親交のあった数学者のクルト・ゲーデルという人がいます。この人の研究は、「完全性定理、不完全性定理、連続体仮説」と、聞いても、私には何が何やらわからないですが、この人の著作に「時間のない宇宙」というタイトルの本があります。

ここでは「時間は存在しない」ということを言っているようですが、それについて説明する能力はないですので、ネットで探してみましたら、Q&A サイトにこういう説明がありました。はっきり言って、途中からは書かれてある単語自体、私には理解できていないのですが、抜粋しました。

サイエンスポータル 科学のQ&A 「時間は存在しない」より。

問いは「なぜ、相対性理論について検討した結果、ゲーデルは時間は存在しないという結論に到達したのかよくわかりませんでした。いったいどうしてそういうことになるんでしょうか?」。

答えです。(抜粋)


基本的に、物理学において時間性は決定されていません。

よく言われる時間経過の本質、「エントロピー増大」は、確かに時間性の実質のようですが、たとえば「水に赤インクを入れると、どんどん混ざってピンクになる」といった、エントロピー増大の代表のような現象も、例えば「仕切りのある箱に紅白の玉を入れて混ぜて、左右に紅白が分かれる」という、エントロピー増大に反する現象も、玉の数が数個なら、頻繁に起きます。

要するに、「時間の実質はエントロピー増大」というのは、統計力学的に現象表面的に現われるもので、原理=物理には定義できないのです。

上記の「現象表面的にしか時間性が生じない」というのは、後に超弦理論において、全ての存在が量子性に還元され、先ほどの「量子相互作用の瞬間性」以外の、因果律を構成する非光速性が、階層現象的表面性に付随して派生する仮想的なものに過ぎないことが示唆されたのです。



いやあ、読めば読むほどわからないですが(苦笑)、少なくとも、「時間」という実質を定義することはできないということのようです。

つまり、「この世には時間は存在しない」。

将来的にはともかく、物理的に定義できないのであれば、少なくとも現時点では、つまり今の世の中には、物理的には時間というものが存在していないことになります。

しかし・・・・・とはいっても、私たちは今の文明社会の中で、実質的に時間を利用して生活しています。そして「時間」がなければ、とても不便だと思われます。

この「時間」を私たちは何で認識しているのか考えてみますと、時計だったり、カレンダーだったり、つまり「数字」だったりします。あるいは、昼と夜、春と夏のような季節の移り変わりだったりします。それを「時間」に置きかえているということだけなのかもしれません。

上の「答えの人」の言葉を借りると、「統計力学的に現象表面的に現われる」ものを「時間と勘違いしている」という可能性が高そうです。

さて、この「時間問題」に関しては「時間が存在しない」ということだけが重要で、そこで、すべての森羅万象は物理の法則から逃れられないと考えると、アカシックレコードに「時間」が存在していてはおかしいということになります。

多分、アカシックレコードというものが存在するためには「時間がそこにはない」ことが必要となるはずです。つまり、アカシックレコードを見られる人や読める人たちでも「そこから時間を嗅ぎ取ることはできないのではないだろうか」ということです。


予言の結果として言葉や文章で出されるその光景。たとえば、今の現実社会には存在しない「時間的な過去」やあるいは「時間的な未来」の光景を見られるような人の場合、文字や言葉で表される場合の基準となるのは、「その人の感覚」になるように思います。

たとえば、中世ヨーロッパの人々の姿、日本の江戸時代の人々のような姿、恐竜の時代や、あるいは見たこともないようなSFのような社会の光景。多分、それを見たことによって「これはこの時代ではないか」といような見た人の解釈によって、予言の時代性は決定されているはずです。

なので、曖昧で、相対的で感覚的なものだと思います。
少なくとも、見える予言光景の中に「何年何月」は描かれていないはずです。

しかし、現実には、ここ数十年(数百年?)は、「××××年何月何日に○○が起きる!」というような予言ばかりがクローズアップされるようになってしまいました。

物理的に存在しないものはどこにも存在しないはずです。

つまり、「予言では本来、感覚的な時間はわからない可能性のほうが高い」ということです。
予言に時間が付随している場合、予言の光景そのもの中に存在しているというよりは、その他の状況や判断から導き出されたものだと考えたほうがいいのではないかと思われます。

予言も宇宙人もUFOも神様も幽霊も前世も奇蹟も、この宇宙にそれが存在するものなのであれば、それは物理の法則(まだ解明されていないものが多いにしても)、あるいは宇宙の法則に基づいているはずです。

物理学も発展途上なわけで、以前翻訳させていだいた、「世界的な物理学者が言う「重力は存在しない」」(2010年10月09日)というようなものもあり、時間の問題も含めて、今後の物理学は、現在の宇宙論と私たちの存在論そのものを変えてしまう可能性はあります。

場合によっては、時間も、ブラックホールも、ビッグバンも、何もかもなかったというようなことになるのかもしれないですが、しかし、存在は「なんかしら」あるわけです。

なので、予言的なものを読む場合には、そこに時間軸があるのなら忘れて、自分たちで書かれてある状況から判断したほうがいいように思います。

「何年何月何日にそれがある」というほうを重視するのではなく、「○○と××が続けて起きる」というような予言の場合に(これも一種の時間軸ではありますが)、「今起きているのは ○○ のように思う。なら、続けて ×× も起きるのだろうか」というような感じです。

かつて、アメリカ陸軍に、遠隔透視(リモート・ビューイング)部隊という部門が実際にありました。東西冷戦終了と同時にその部隊は解散となりましたが、その遠隔透視部隊で、陸軍少佐だったエド・デイムスという人がいます。詳しくは、ヤスの備忘録の2008年5月31日の記事で紹介されていますが、この人が「遠隔透視で時間を限定することは極めて難しい」と言っています。

その時は「そんなものなのかなあ」と考えていましたが、それも当たり前で、存在していないものを限定しなければならないので、難解な作業にならざるを得ないわけです。それは、風景、人の様子、季節など、つまり、「現象表面的に現われるもの」から時間を探っていくしかないのだと思われます。

ちなみに、このデイムス少佐が2年ほど前に書いた朝鮮半島に関しての未来予知は、非常に悲劇的です。その具体的内容をここに書くつもりはないですが(こちら等)、このことは 2008年頃よりずっと気になっていたことではあります。

そんなわけで、何年何月何日というような未来予測は、地政学や社会情勢分析からはもちろん有効ですが、予知的なことについて、つまりオカルトにそれを持ち込むと、最終的には見当違いなことになるのではないかと思った次第です。

まあ・・・私には予知的な能力は微塵もないので、そういう能力というのか、見えられるような方からも、いつか時間軸についての話は具体的に聞いてみたいとは思っています。

ちょっと前振りのつもりがすごく長くなってしまいました。すんません(つーか、前振りとして長すぎるわ!)。

ここから本編の翻訳記事です。
実はこれが結構短いのです。





North Korea attacks South Korea: Might this fulfill prophecy?
Bob Tiei (LA Church History & End Prophecy Examiner) 2010.1123

北朝鮮の韓国への攻撃は聖書の予言を成就させてしまうことを意味するのだろうか?
by ボブ・ティーエル(教会史と終末予言調査員)

korea-flag-1.jpg北朝鮮が韓国を攻撃しました。北朝鮮は、最初に砲撃してきたのは韓国側だと主張しているようです。
数ヶ月前には、韓国軍の船舶が北朝鮮によって沈没させられたと韓国側が主張した事件がありました。

韓国は現時点では、大規模な報復攻撃をおこなう意志はないようです。韓国政府から見ても、北朝鮮内部が対立から協調へと政策移行をしてくれたほうが望ましいと考えているからでしょう。

北朝鮮の人々は飢えています。だからこそ、今、私たちの祈りが必要です。

2010年7月24日に、カリフォルニアのウェブサイト Arroyo Grande は、「北朝鮮が核への対応について」というタイルの以下の記事を掲載しました。

北朝鮮の最新の声明は、不本意ながらも、予言の成就の理解を進めてしまったのかもしれません。

「ヨハネの黙示録」第 6章第 3-4節に出てくる、戦争をもたらす赤い馬に乗った騎士は、今回は彼らのもとには行かないのかもしれないいと願っていますが、しかし、あと何年かすると、赤い騎士がもたらす戦争が起きてしまうのかもしれません。

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(訳者注) 「赤い馬に乗った騎士」とは、聖書「ヨハネの黙示録」に出てくる「4人の騎士」のうちのひとりで、第6章の第3節と4節に記されています。「地上の人間に戦争を起こさせる役目を担っている」とされています。

その部分です。(日本聖書協会より新共同訳)

ヨハネの黙示録 / 6章 3節
小羊が第二の封印を開いたとき、第二の生き物が「出て来い」と言うのを、わたしは聞いた。

ヨハネの黙示録 / 6章 4節
すると、火のように赤い別の馬が現れた。その馬に乗っている者には、地上から平和を奪い取って、殺し合いをさせる力が与えられた。また、この者には大きな剣が与えられた。

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私たち(終末予言調査員)は、現在の朝鮮半島での事態がさらにエスカレートするのかどうかを見ていくことになるでしょう。

北朝鮮の政治家たちは 2010年に危険なゲームをしてしまいました。そして、彼らは負けるように見えます。今回の最新の事件は、韓国が軍事的に、北朝鮮を圧倒するためのプランのいくつかを早めることになるかもしれません。

北朝鮮が核抑止力を持っているかのような振る舞いを見せている中で、北朝鮮の人々は飢えており、また、現状に嫌気が差していることで、民衆たちによっての社会不安が起きる可能性もあります。もしかすると、韓国はその状況をうかがい、それを北朝鮮問題を一気に解決するために動き出す時期と見なす可能性もあります。

「ヨハネの黙示録」 16章 12節から 16節にある聖書の予言では、イエス・キリストが復活する前の最後の時に、韓国での協調を示唆しているように見えるのです。

北朝鮮の最新の声明と今回の行動は、不本意ながらも、予言の成就の理解を進めてしまったのかもしれません。

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(訳者注) 「ヨハネの黙示録」 16章 12節から 16節は以下のようなものです。

16章 12節
第六の天使が、その鉢の中身を大きな川、ユーフラテスに注ぐと、川の水がかれて、日の出る方角から来る王たちの道ができた。

16章 13節
わたしはまた、竜の口から、獣の口から、そして、偽預言者の口から、蛙のような汚れた三つの霊が出て来るのを見た。

16章 14節
これはしるしを行う悪霊どもの霊であって、全世界の王たちのところへ出て行った。それは、全能者である神の大いなる日の戦いに備えて、彼らを集めるためである。

16章 15節
――見よ、わたしは盗人のように来る。裸で歩くのを見られて恥をかかないように、目を覚まし、衣を身に着けている人は幸いである。――

16章 16節
汚れた霊どもは、ヘブライ語で「ハルマゲドン」と呼ばれる所に、王たちを集めた。


それにしても、どうしてこの節からこの記事を書いた人が「韓国」を想像できたのかはちょっとわかりかねます。書いている人はロサンゼルスに住む白人のアメリカ人です。

普通に考えれば、最近、商業船が消えたアデン湾方面を懸念するほうがわかりいいような気もしますが、そのあたりはいろいろな解釈があるということなのかもしれないですね。