2011年01月11日



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米国ボルチモアで聖職者相手に開始されたエクソシズム(悪魔払い)の儀式のレッスン



New interest in exorcism rites comes to Baltimore
バルチモア・サン 2011.01.07

ボルチモアにやってくるエクソシズム(悪魔払い)の儀式への関心

悪魔憑きと悪魔払いに関する授業を受けるボルチモアの聖職者たち

exorcism-2011.jpg


神学者でもあるハービー・イーガン神父は、エクソシズムはキリスト教信仰の「重要な要」と考えられるとする一方で、神父は「これらのすべての人々が、本来は『おお神よ』と言わなければならない時に、『悪魔だ、悪魔だ』と言い続けることが心配だという。

ボルチモアでのエクソシズムに関しての会合は、3つのセクションに分けられて、講義された。最初のセクションでは、聖書に書かれている悪魔憑きに関しての背景を探った。新約聖書には、イエス・キリストが悪魔(デーモン)を追い払ういくつかの記述がある。

2つめのセクションが、もっとも多く時間を割いて説明されたセクションで、エクソシズムを求める人々たちをスクリーニングする作業についてだった。

悪魔憑きのスクリーニングには、他に考えられる様々な原因を考える必要がある。

たとえば、その人は酒を飲んでいないか。
あるいは、ドラッグを使っていないか。
彼らの家族歴も調べる必要がある。
その人たちが性的に虐待されていないかどうかも重要だ。


「エクソシスト(悪魔払い師)という存在は、悪魔憑きに対して最も懐疑的な人物であることが求められる」と言うのは、カリフォルニアのサンノゼ教区のエクソシストであるゲイリー・トーマス師だ。師はボルチモアのイベントに出席した。

「私の役割は、真実を見極めることだ。・・・その原因は何なのかを。私は、その人が経験した体験を否定はしないが、その本当の原因を突き止める」。


悪魔に取り憑かれた際に現れる重要な4つの徴候は、この何世紀もの間、一貫している。

それは、神聖なシンボルまたは、神聖な祈りに対する暴力的な反応とと共に、彼らは、説明のつかない能力を示すことがある。
例えば、通常では考えられない腕力などの力。

また、その人がそれまでには知らなかったような未知の言語を話したり、あるいは理解する。あるいはその人が知りようがないような知識。

などの徴候があるとされる。

(訳者注) 「神聖なシンボル」は、ここでは、十字架とか聖水、聖書の言葉などが挙げられるようです。


悪魔払いの経験のあるカリフォルニアのサラトガ教会の牧師のトーマス氏の話すところによると、「悪魔に取り憑かれた人たち」は、目をぎょろつかせながら、シーッと音を立てて威嚇し、つばを吐き、そして、彼らの顔はその特徴でもある「爬虫類のような見かけ」になることさえ見たことがあると彼は言う。

トーマス牧師のエクソシストとしての経験は、ジャーナリストのマッド・バグリオの著作「The Rite (儀式)」のテーマとなっている。この著書は映画化された。


トーマス牧師も他のエクソシストたちも、実際に悪魔に取り憑かれているケースは非常に少ないと言う。五年前にトーマス牧師がローマでのエクソシズムの修行を終えて以来、悪魔払いの対象として 100人の人々と対接したが、その中で実際に完全な悪魔払いを行ったのは 5人だけだった。

バルチモアでの会合での3つめのセクションは、儀式そのものについての講義だ。
それは、一連の祈りから成る。そこには主の祈りや聖書から悪魔払いのための記述も含まれる。

悪魔払いの儀式は、 1999年に初めて修正された(これは 1614年以来)ことにより、儀式は完了するまで 45分だったものが 1時間となった。

そして、このプロセスは何度も繰り返され、数ヶ月から、場合によっては何年もの間、繰り返されるのだ。このあたりは、通常のセラピストの処置と変わらない。


エクソシズムは、単に悪の象徴として悪魔を理解するのではなく、現実に存在する「悪魔」を理解することを拠り所とする。悪魔は世界中で実際に活動している、という理解だ。

法王ベネディクトと彼の前任者であるヨハネパウロ2世を含む何人かの最近の法王は、この点についての理解を広めることを強調した。

(訳者注) 「教会が行っていることは、象徴としての悪との戦いではなく、現実に存在する悪魔との戦いである」ということを強調したということ。


ヨハネパウロ2世が 1972年におこなった観衆への演説で、法王は、

「悪というのは、単に何かが欠如したものという認識ではないのです。悪というのは、実際存在する霊であり、その使いたちは効果的で有り得ます。その正体は異常であり、歪んでいる。これはとんでもない現実なのです」

と述べている。

法王ヨハネパウロ2世は、1987年に、自らの手で三度、悪魔払いをおこなったことを報告している。

「悪魔との戦い・・・それはいまでも続いています。世界中でいまだに悪魔は活発に活動しているのです」

と、法王はその際に述べている。

2005年に、法王ベネディクトが就任した際には、彼は公的なエクソシストの会合を賞賛し、彼らの仕事を「重要な部門だ」と述べている。


ジョージタウン大学の神学者であるリース氏は、「私はこれらのすべてに関して、非常に懐疑的です」と言う。

「私自身はこれまで悪魔憑きというものを見たことがないし、そして、今後も見ないこと望んでいます」。

キリスト教に(悪魔払いのような)超自然的な部分が存在していることとは別に、リース氏は、現在の世界中で行われているキリスト教の持つ慈善的な行為を強調したいと語る。

リース氏は聖書「マタイによる福音書」を引用する。

「あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、裸であったときに着せ、病気のときに見舞い、獄にいたときに尋ねてくれた」。

リース氏は、牧師は人々の助言者として重要であるとい点をキリスト教の教会は忘れてはいけないと述べた。


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(訳者注) 関係ない話ですが、 私は1973年の「エクソシスト」という映画は、生涯で好きな映画のベスト5に入っていて、若い時からずいぶんと見ていますが、まあ、細かい内容はともかく、この映画の中で、悪魔払いの指揮をとることになるメリン神父が、イラクの遺跡で「悪魔と対峙するシーン」があります。

先日、新年早々にご紹介した、

「悪魔の聖書」ギガス写本の調査が本格化している (2011年01月03日)

という記事の中にあったギガス写本の中にあった「悪魔の姿」を見た時、メリン神父が対峙した悪魔の像を思い出し、「悪魔の典型的な姿っていつ頃から確立されたんだろう」と興味がある昨今です。

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▲ 「悪魔の聖書」ギガス写本に描かれている悪魔の姿。


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▲ 1973年の映画「エクソシスト」より。イラクの遺跡発掘現場で悪魔の像の前に立つメリン神父。


ちなみに、もしエクソシストを見られたことがない方が今後見るとしたら、難しいのかもしれないですが、オリジナルがいいと思います。ディレクターズ何とか版とか、「完全版」とかではなく、1973年公開のものが最もよいと思います。
幼かった私が感動で涙を流したほどでしたから。

まあしかし、こういった「格式張った儀式」そのものが悪魔的だと思ったりしますが。



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タグ:悪魔

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