2011年02月20日



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1700 年前に日本列島を襲ったかもしれない「超巨大」地震の再来の可能性の検討



先日の記事「太陽活動と地震・噴火の活動に関しての2つの考え方」で「日本の地震に関しての興味深い資料」として記した記事がこれです。少し日時が開いてしまいました。

オリジナルでは図などが別添となっていたりしていますので、改行と図の位置等編集していますが、文章の内容自体はそのままです。

内容の大まかな要点は、

・2004年のスマトラ地震は、それまでのプレート境界型地震での考え方からは、超巨大地震は起き得ない場所であった。

・これによりすべての地域で大地震の可能性についての再考を検討する必要が生じている。

・日本地域においては、西南日本から琉球にかけての地域を震源域とする超巨大地震の可能性がその中に含まれる。

・その領域の過去の地質から見ると、巨大な隆起は過去数千年に4度発生しており、これがマグニチュード9クラスの地震だった可能性がある。

・そのイベントの平均間隔は大雑把ながら2000年程度。前回は約 1700 年前にマグニチュード9クラスの地震が、西南日本から琉球にかけての地域を震源域として起きた可能性がある。


というよう感じだと思います。
周期があるなら、起きてもおかしないという話ですが、根拠的にはまだ曖昧な部分が多いという感じです。

これは「そういう恐ろしい可能性がある」という考え方を提示したいというよりは、「従来から言われている地震予知が部分的に無効になる(かもしれない)」ことと、あとは、スマトラの地震や四川の地震など、そこで巨大地震が起きる可能性は言われていなかった地震の例などを見ても、「大きな地震はどこでもいつでも起こる可能性がある」ということを再認識してもいいのかなと思って掲載してみました。怖さを感じたならごめんなさい。



東海から琉球にかけての超巨大地震の可能性
名古屋大学大学院環境学研究科 古本宗充

2004 年のスマトラ・アンダマン地震は、震源付近のみならずインド洋の対岸にも大きな災害をもたらした。

そのモーメントマグニチュードは Mw=9.3 と推定され、1960 年代のチリ地震やアラスカ地震と並ぶ規模の地震である。このような大きな地震がスマトラからアンダマンにかけて発生した事は、これまで の地震学の常識を覆した。

・第1図

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従来、第1図で描かれているように、沈み込み帯におけるプレート境界型地震の最大規模は、沈み込むプレートの相対速度と年齢で決まると考えられてきた。そしてこれらのパラメータで最大規模が決まるとするならば、Mw が 9 を越えるような地震(以下超巨大地震と呼ぶ)がスマトラ付近で発生するとは想定されないというのが従来の常識であった。

さらにアンダマン海域は拡大軸を持つ海盆であり、こうした面からもこの沈み込み帯背後に大きな逆断層運動を引き起こす応力蓄積をすることはないと考えられてきた。

しかし、スマトラ・アンダマン地震が発生した事で、こうした見方の変更が余儀なくされ、すべての地域でその可能性を検討する必要が生じたと考えられる。つまりどの沈み込み帯でも同様の超巨大地震が発生するのであるが、その間隔が非常に長いためにこれまで気づかれていなかった可能性が出てきた。

日本付近で言えば、ここで取り上げる西南日本から琉球にかけての地域はもちろん、東北日本弧や千島弧、場合によっては伊豆――小笠原弧ですら対象とするべきであると考える。

最も強調したい点は、この「すべての地域で超巨大地震の可能性を検討する必要がある」ということにつきるが、ここでは今後研究が必要であるという議論を補強する目的で、第2図に描かれたような西南日本から琉球にかけての地域を震源域とする超巨大地震の可能性を検討する。

・第2図

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この領域で注目すべきは、この付近のテクトニックセッティングが、スマトラ島からアンダマン諸島にかけてのテクトニックセッティングと非常に似ているという事である。

比較的速度が遅い斜め沈み込みが起きている沈み込み帯であり、島中部に大きな横ずれ断層が発達している、そして領域の半分ほどは拡大軸を持つ背弧海盆をもっていることなどである。もちろん、こうした類似性が即同様の超巨大地震を引き起こすことの証拠ではないが、従来の観点では超巨大地震を起こしにくい地域の特徴と考えられてきた事は注意する必要がある。

今考えている領域のほぼ中央部の、四国室戸岬では多くの海岸段丘が発達している。これらは、南海地震などの巨大地震(約 100 年)よりも間隔が一桁長い、大きな変動によって形成されたと推定されている。同様の隆起地形は奄美諸島の喜界島でも明瞭に見る事ができる。中田等 編者注/中田高、高橋達郎、木庭元晴の各氏) は化石の年代決定から段丘を形成した地殻の隆起年代を決定している。それによれば、隆起は過去数千年に4度発生している。
平均的間隔は2千年程度になる。

さらに、御前崎でも同程度の間隔で大きな隆起があったと推定されている。
これらの変動が超巨大地震に伴った可能性はないであろうか。

第3図に示されているの は、喜界島と御前崎で観察される隆起イベントの推定年代の対応である。

・第3図

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ただし特に御前崎のイベント 年代はおおざっぱな幅しか与えられていないので、この図はかなり大まかなものである。年代推定誤差や範囲を考慮した領域は、両年代が同時である事を示す直線に掛かっている。

もしこれらが「同時」で ある事を示しているならば、少なくとも御前崎から喜界島にかけての、距離 1000km を越える、領域を大きく変位させるような Mw =9クラスのイベントが起きた事を意味する。

大雑把であるが、平均して約 1700 年の間隔で発生しているとすれば、図に示したような傾向を説明できる。ただし年代データの精度はこうした議論には不十分であり、今後の研究が是非とも必要である。なお、この図から読み取れるように、もしこのような超巨大地震が起きているとすると、その最終イベントの発生時期が、おおよそ 1700 年前という可能性がある。

さらに、もしこのような超巨大地震が起きたとすれば、沈み込み帯付近の応力や地震活動度を大きく変化させた可能性がある。

・第4図

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第4図に示したのは、南海・東海地域で発生したとされる巨大地震の発生間隔の時間変化である。j-1 番目の巨大地震から j 番目までの巨大地震までの間隔(南海と東海セグメント が別々に破壊した場合には、早いほうの発生年を使用)を、j 番目の巨大地震の発生年にプロットしてある。

図で明らかなように、年代が進むにつれて間隔が短くなっている様に見える。

もちろんこの図は、単に古いデータほど欠測しやすいことを示しているだけかも知れない。しかしながら、間隔が徐々に短くなっている可能性も否定できず、超巨大地震の1サイクル間の現象である可能性もある。

上で述べたのは、いずれも不確かなデータを利用したものであり、超巨大地震の存在の積極的な証拠ではない。しかしながら始めに述べたように、作業仮説として東海から琉球にかけての超巨大地震の発生を考えることは必要である。

タグ:超巨大地震