2011年03月21日



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宇宙の死の中で「覚醒」した人間の文化



先日の人類が獲得した「予知できない」能力という記事で、シュタイナーについてのことを記したメールを下さった方の内容を載せさせていただいたことがありましたが、同じ方からメールをいただきまして、その文章の中に「ああ、そうか」と気付いた部分があったので、ご紹介したいと思います。

(ここから転載)

まず宇宙はすでに死んでいると。そして地球は今や種子のような状態にあるとのこと。その種子が新たな宇宙を生み出しているとのこと。19世紀の後半辺りからです。

なぜ19世紀からかと言うと人類の脳神経系がその頃から物理的にそれ以前とは違う具合になったからだそうです。人類が把握する世界はますます死んだ宇宙が対象となり、まさに死んだ素材であったおかげでぼくら一人ひとりの個性がそれまで見たこともないほどに開花できたとのこと。

人間は不思議な存在でその身体は完全に宇宙的でありながらも、個性は地球上の経験があるからこそ誕生できました。


(転載ここまで)


私は私が中学生くらいから聴き始めたアンダーグラウンドを含めた様々な音楽や、あるいは反抗文化やカルト文化を含めた様々な文化といったものが、どうして、「人類史のそんなに後から突然出てきたのか」がわかりませんでした。

それどころか、そもそも「大衆音楽」というものがこの世に芽生えてから、まだ 100年ちょっとくらいしか経っていないのです。

最初に世界中に広まった「民衆のための音楽」は、米国の黒人たちが歌い始めた「ブルース」でした。その黒人たちは、奴隷としてアフリカから白人に連れて来られた人たちの直接の祖先です。そして、その直後か同じくらいの頃、同じ米国の黒人によって、「ジャズ」というものが生み出される。

実はこの、

・ブルース
・ジャズ


というのが「すべての大衆音楽の基礎」だと私は認識しています。

ロックはブルースの延長として始まり、イージーリスニングなどを含む、あらゆるリラックス音楽はジャズの延長として始まりました。メロディのある大衆音楽の「最初」がここにありました。「文化の最初」としては、人類史の中でのずいぶんと遅い「最初」でした。

そして、やっと音楽は一般の人々のみんなで共有できるものとなっていきました。
楽譜を読めるものしか作ることを許されなかったクラシックという「階級と秩序」の中の音楽であったクラシックから音楽は解放されました。

この場合は、米国の黒人が「人類文明の救世主」となり、その後の100年は人種や民族とは関係なく、大衆音楽は壮絶を絶する発展を遂げています。


かなり長い人類史の中の「たった 100年」。


文明の「突然の発生」と、「無制御な拡大」。


この理由が私にはわからなかったのです。
楽器はそのずっと以前からあったし、先史の人々だって、音そのものは楽しんでいたに違いないのです。しかし、たとえば古代文明にしても、それらの遺跡にしても、「音楽やアンダーグラウンド文化を楽しんでいた形跡はない」ように見えるのです。

これは私にとっては、本当に不思議だったのです。

そして、多分、生きている間にこの理由がわかることはないだろうなと考えていました。この 100年の音楽や様々な文化の発展は本当に「あまりにも唐突で急速」だったのです。

しかし、上のメールでなんとなくわかりました。

宇宙はこの100年、「その死が加速し続けていた」ということのようです。

メールの中のこの部分

人類が把握する世界はますます死んだ宇宙が対象となり、まさに死んだ素材であったおかげでぼくら一人ひとりの個性がそれまで見たこともないほどに開花できた


宇宙が生きていて、人類が宇宙に依存して存在していた場合、今の地球にのあらゆる「生き生きとした文化と文明」は生まれなかった。


娯楽、セックス、グルメ、インテリア、ファッション、恋愛 ・・・


このどれもが今のように多様に発展しなかった。

好きなファッションが人それぞれ違うように、人の嗜好はひとりひとりまったく違いますが、宇宙に準拠している生命の場合、「わりと」それは似ていると感じることがあります。

すなわち、たとえば、鳥や昆虫や両生類、そして、植物や微生物たちの嗜好というのは人類ほど多様に発展してこなかったという感じがあります。彼らとそのことで話し合えるわけでもないし、このあたりは推測に過ぎないですが、人類は「多様な好み」を獲得して、それだけに「文化は異常に多様に発展した」という気がします。


古代や中世だって、素晴らしい人間文明はたくさんあったし、また、日本でも古代や中世にはいろいろな文化があった。ぞれぞれの文化自体は素晴らしかった。足りなかったのは「多様性」です。

たとえば、古代文化は「悪や負の文化」というものまでを内包できるほど多様化できなかった。

「悪や負の文化」というのは曖昧な言い方ですが、カルト、ドラッグ、異常性愛、殺人や犯罪表現(ミステリー小説などもそうです)、死や死体、暴力、残虐。

映画にしろ、テレビにしろ、小説にしろ、大衆文化で上のような要素が「ひとつも入っていない」ようなものは少ないです。

・人が死なないミステリー小説
・暴力描写のないバイオレンス映画
・人間が出ないポルノ


これでは禅問答となってしまって、現代では成立しないですが、古代文化はあるいはそういうものだったのかもしれません(私は古代文化のことをよく知らないですが)。


「人間の考えたものは全部文化に入れていい」


人類の文化が、ここに至ることができた理由が、上の「宇宙が死んでいる」というものだとすると、死に始めた宇宙が生き返らない限り、人類の文化はますます発展していくのかもしれません。そして、「人間はひとりひとりが違う好み」を持っているという事実こそが、「人類はひとりひとりすべてが神様と同義だ」ということの証しなのかもしれません。

だから変な趣味を持っていても、それはいいことなんですよ(自分に言ってる)。


ただ、懸念というか、宇宙が本当に死んでいるか、あるいは死に続けているのなら、宇宙に準拠している(宇宙サイドで生きている)あらゆる生命も死に始めることになるのかもしれません。

確かに、今、あらゆる地球の生物が消えています。



ふと思ったことを書きました。

書く書くといっていた「男性性システムの毒」に入れないです。
これは一昨日、昔の知り合いの水商売をしている女性と会った時に、それまで、ずっと疑問に思っていたことが晴れたのです。
でも、長くなりそうで、またにします。


今日もいろいろとやることがあって、奥さんのお姉さん一家が住む福島へ宅急便などの配達が始まったということで、準備をしています。福島では飲料水からも放射能が検出されたということですが、現在、井戸の水で命を繋いでいる人も多いらしく、なかなかどうにも難しいですが、とりあえず、配送が再開されたことで少し安心したと奥さんは言っておりました。


また、私の実家のある北海道は経済の根幹が観光なのですが、最近ではその観光収入の多くを、中国、韓国、台湾などからの外国人の観光客に頼っていました。しかし、そのほとんどがキャンセルされているということが連日報道されているそうで、重大な経済ダメージは免れないということのようです。


どこも大変です。




タグ:宇宙と人類