2011年04月17日



In Deep のトップページは http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




「地獄の夏」を決めるもの



昔見ていた海外のいくつかのサイトを見ると、今日も大きく「 Fukushima 」(福島)の文字。また原子炉で何かあったのかもしれないですが、それにしても、この1カ月の間、何度この文字が海外の報道紙上を飾ったことか。

私が今ではまた新聞もテレビニュースも見ていないこともあるのかもしれないですが、パッと見た印象で海外の報道を見ていますと、「日本には福島しか存在していないような印象」さえあります。そして、1カ月くらい前の震災の時と海外での日本に対しての報道の取扱いの大きさはあまり変わっていないようにも感じられます。もちろん、内容は「地震の被害のすごさ」から「放射能関連」へと完全に移っているとはいえ、つくづくと思うことは、

この1カ月でフクシマの地名を知った外国人が何億人増えたのだろう

ということでした。
これだけ日々繰り返し「フクシマ」の文字が紙面や音声で連呼されれば、外国人にとって覚えやすい響きではないとはいえ、さすがに覚えるでしょう。

おおむね、海外の人々の日本の都市に対しての認識というのは、たとえば、これは私たち日本人が他の国に対しての都市の認識を考えると想像できると思います。

たとえば、私などが「知っているイギリスの都市の街の名前をどうぞ」と尋ねられると、

「ロンドン! ・・・あとは、えーと・・・・・・・・・・・・」

という感じになる人が多いのではないかと思います。
今、私が書こうとしましたら、実際上のようになりました。

なので、日本もまあ、

「トーキョー、オオサカ・・・・・あとは・・・・・・」

となるのが普通で、旅行が好きだったり戦争に興味があったりする人によっては、キョートやヒロシマ、ナガサキという地名を知っている外国人もいるかもしれないですが、数は少ないと思います。


そこに突然降って湧いてきた「フクシマ」。

今では、比較的、メディア情報の多い国の人々に「知っている日本の地名は?」と聞くと、「トーキョー」の次には、多分、「フクシマ」と出るように思います。

そして、場合によってはトーキョーとフクシマが逆転する可能性さえあるかもしれません。

もちろん、これは「悪い意味」で報道されているわけで、認知度が上がることがいいとは言えないかも知れないですが(それまで誰も地名を知らなかったチェルノブイリが誰でも知ることになったようなこととも似ているので)、それでも、良いとか悪いとは別の事実として「急速な全世界へのフクシマの名の認知度の拡大」はすでに起きてしまっています。

エルサレムでも何でも最初は聖典などさまざな文献による「徹底した地名の教育と頒布」で近代宗教の歴史は始まりました。


tokyo-2011-04.png


oosaka-2011-04.png


fukushima-2011-04.png

▲ ふと思って、Google で検索してみた日本の都市の英語表記での検索ヒット数。上から、東京、大阪、福島。東京が約 8100万件、大阪が 2300万件に対して、福島が 2400万件。かなりの検索ヒット数だと言えると思います。大阪の負け(やーい)。



ウイルスと細菌

顔の三叉神経にできた(「できた」でいいのですかね)帯状疱疹も、早めに医者にかかって薬をもらったせいか、まあ、特に悪化はせず、痛くてあまり眠れぬ夜もありましたが、かなりよくなりました。

なじみの医者は、嬉しそうに「目がつぶれるくらいに腫れ上がることもあるよ」と私を脅していましたが(苦笑)、幸い、それは免れたようです。

ちなみに、もらった薬はバルトレックス錠というものなのですが、驚いたのが、「ものすごく高価だった」ということでした。薬局で薬剤師が「このお薬がお高いものでどうにも・・・」と恐縮していたほどの値段だったんですが、多分、保険適用で処方された薬の中では、記憶では歴代で1番か2番の価格だと思います。

このバルトレックスという薬が何をするかというと、こちらによると、


 > 【薬理】ウイルス感染細胞内で活性化し、ウイルスDNA鎖の伸長を停止、ウイルスDNAの複製を阻害します。


「うーむ・・・」と私は唸りました。「ウイルスDNA鎖の伸長を停止」あたりはよくわからないのですが、しかし、一方で、「DNA がどうだこうだというようなことをしてくれているのなら高価なのも仕方ないか」と、わからないなりに納得した次第です。

食後に薬を飲むたびに「ふふふ・・・これでやつらウイルスの DNA が断ち切られていく・・・・ふふふ・・・死ね! ウイルス」と暗い笑顔を浮かべるのでした。


しかし、「死ね」と書きましたが、現実にはウイルスが「死ぬ」ものなのかどうかはよくわかりません。細胞のある生命ではないので、普通の生物の「死」の概念をウイルスには適用できないのです。

昔、微生物のことを調べている時にいつも混同したのですが、「細菌」というものと「ウイルス」というものは、まったく違うものだということでした。細菌というのは細胞を持った生き物であるのですが、「ウイルス」というのはどうもそうではない。

細菌とウイルスは「生命として全然別のもの」なんです。

ウイルスは、「細菌にとっての細菌」みたいなもので、「生物の細胞の中で増殖する」という寄生動物のようなものです。


u20090108-04.jpg

雑菌天国「本当のキレイとは?」より。


その違いをそれぞれで簡単に書くと、

ウイルス

・細胞はない(アミノ酸とタンパク質で出来ている)
・細菌よりはるかに小さい
・抗生物質は効かない


細菌

・これ自体が細胞
・ウイルスよりはるかに大きい
・抗生物質が効く



となります。

この「抗生物質が効く」と「効かない」は病気の治療で結構大きなポイントで、たとえば、現在でも「風邪の治療薬はない」というのは、風邪はウイルスですので対症療法(痛みや熱をとったり、鼻水を止めたり)しかなく、根本治療はないことなどを考えるとよろしいかと思います。

なので、今回のバルトレックスのように、ウイルスに対抗する薬というのは、結局、「薬剤による DNA への挑戦」ということになるようで、これらの薬が高価なのもそのあたりに原因があるようです。まあ、ウイルスの DNA への挑戦が進むことが、医学的に是か非かはわからないですが、少なくとも、今回は私はそのお陰でそれほど苦しまずに済みました。


ちなみに、病院に行ったのは4日ほど前でしたが、その時、結構混み合っていて、小一時間くらい待ったのですが、待合室にあった本で漢方の雑誌みたいなのがあったので、それを読んでいました。

個人的には、今後、日本は特に今までの国による健康保険制度を含めて、いろいろとこれまでどおりの医療態勢、あるいは西洋医学一辺倒の方向では難しい部分もあると思っています。かといって、何もかも東洋医療的な部分で病気に対抗することは無理なわけで、東洋医学、西洋医学、共に得意不得意はあります。

思えば、日本とか中国などは、考え方を少し転換すれば、東洋医学と西洋医学のどちらも合理的に混在させられるはずで、それは難しく考えることではなく、たとえば、「国民全員が体のツボをすべて知っている」とか、「民間療法の正しい部分の再検証」とかそういうことでいいのだと思いますが、今後、大事なことは「できる範囲で自力で病気を治していく」という姿勢ではないかと。

特に痛みにはツボはすげー効きますからね。
部位によっては、痛み止めの薬以上に効果があります。


そんなこともあって、待合室で漢方の本を読んでいたら、「五臓六腑」の文字に行き着き、また、「五行を知る」というページもありました。五行とかいうのは、全然知らないのですが、今後知ってもいいなと思いました。

まあ、「五臓六腑」に関しては、以前、酒を飲んでいて、「五臓六腑に染み渡る」とか言っていたら、本当に胃に穴が開いていたことがあったので(笑えないって)、そのあたりも勉強し治したいと思いました。


地獄の夏を回避するために

タイトルに「地獄の夏」とあえて入れたのですが、これは 2008年頃からウェブボットなどで繰り返し出されていたキーワードのひとつで、それは「アメリカ」で起きるとされていたことでした。「地獄の夏」という概念はいろいろとありますが、そこで語られていた具体的な様相としては、大雑把に、

・経済崩壊や自然災害で家を失う人が増える
・それまでの商業施設が住居として利用、転用されていく
・輸送網とインフラの停止により、食糧や電気の供給が途絶える


というようなことでした。
これらの「現実」は今の被災地を襲っていると同時に、また、関東など直接の被災地ではなくとも、今回、私たちは、


・電話、電気、水道などのインフラの災害に対しての弱さ

・在庫を作らない方式の現代式輸送システム(ジャストインシステム)ではあっという間に食糧供給が途絶える



ということを経験しました。


そして、大事なことだと思うのは、「それでも、まだ次への備えはしないといけない」ということはあるのかもしれません。

これらは過度の不安を持つべきことではなく、以前にも書いていますように、たとえば、地震が来た場合、それが大きなものなら、「その被害」というものは避けられないです。建物、あるいは人命。


そこで生き残った場合にはまた次を考える必要がある。
たとえば、上の、


・インフラの問題
・食糧供給が途絶える



などに対処する方法は考えておいてもいいのだと思います。
これは日本のどこの地域に住まれていてもです。


食べものに関しては食べものそのものがないとどうにもならない面はありますが、飲料水に関しては、昨年、いくつか翻訳記事にしています。今は放射能などの問題もありますが、「まったく飲む水がない」と、そのほうが致命的ですので、水道水などが止まって、給水がいつ来るかわからないというような場合などのためにご記憶いただくのもいいかと思い、リンクしておきます。

これから気温が上がってくると、発汗量が増えて喉が乾くだけではなく、雑菌の繁殖などの問題で、水の汚染も進みやすくなると思いますので、飲料水はさらに大事なものとなるように思います。

どちらも、池や川などの水や、あるいは雨水を飲料水にする方法です。

味はともかく、下のふたつ(あるいはそれに煮沸を加える)を併用すれば、化学物質で汚染されていない限り、水なら何でも飲めるようになるはずです。




上の「漂白剤」はゲッと思われる方もあるかと思いますが、アメリカの赤十字社が正式に薦めている水の殺菌方法で、その方法をきわめて簡単に書くと、

・2リットルのペットボトルの水に8滴(小さじ8分の1)の液体漂白剤を入れて、よく混ぜて、30分置いておく

だけです。

使う漂白剤は、キッチンハイターや、あるいは100円ショップで売っているものでよく、成分に「次亜塩素酸ナトリウム」があるものです。次亜塩素酸ナトリウムが健康にいい悪いはともかく、これは給水などが復活するまでの非常時の話です。

hit_kitchen_00_img_l.jpg


また、「太陽放射の紫外線Aで川や湖の水のバクテリアを滅菌して浄水する方法」の記事は太陽光線の強力な殺菌力を利用するもので、太陽光線だけでも多くの細菌を死滅させることができます。太陽光線だけで、99.999 パーセントの有害なバクテリアが滅菌されるとされています。


紫外線Aに6時間曝露されることによって死滅するバクテリアのリスト

・バクテリア – 大腸菌
・バクテリア – コレラ菌
・バクテリア – サルモネラ菌
・バクテリア – 赤痢菌
・バクテリア – カンピロバクター菌
・バクテリア – エルシニア菌
・ウイルス – ロタウイルス
・寄生虫 – ジアルジア
・寄生虫 – クリプトスポリジウム



太陽が実に「人間の生の味方」だということがわかる一面を見せてくれています。


今回は水のことを書いていますが、それぞれの具体的なことに関してはともかくとしても、今現在の自分の心境などを考えてみても、結論としては、今後の生活の中で、

「地獄の夏と感じるか、それとも感じないかは自分の気持ち次第」

だと思わざるを得ません。

これは「自分の世界観次第」と言い換えてもいいです。

このことは感覚で書いているのではなく、以前、「生きている世界は人によって違うというのは、オカルトではなく存在する」ということを書いていたことがあって、たとえば、あるふたりがいて、違う時に、海外旅行で同じ場所に同じような状況で行き、同じような体験をしたふたりがいたとしてます。

片方が、

「あんな楽しい経験したことがない」

と思って、しかし、もうひとりは、

「あんなイヤな経験はなかった」

と思うというようなことは本当によくあることです。



それでも世の中は楽しい

私ごとですが、以前、タイのある町で、酔っぱらって射殺されそうになったことがあって(私は泥酔状態)、結局、撃たれなかったのですが、その時、銃を向けられていることにえらく感動して、その後もしみじみと「いい経験したなあ」と思い返していますが、その時の旅行は他にもいろんなことがあって、でも、結果として生きて日本に帰ってみると、それは本当に「あれは本当に自分の体験だったのか?」と思えるほど嬉しいものでした。

しかし、上のどうしようもない話でも、「私が生きて帰ってきたから言えた」ということはあります。

人間がいつかは死を迎えることは仕方ないことですが、以前も書きましたが、「そのことに対して、ギリギリまで頑張る」ことも、また生命を持つものとしての、ひとつの正しい生き方だと思います。

そして、多分、ギリギリまで頑張るためには「つらい気持ち」ではなく楽しい気分でいたほうがいい気がするのですよ。


東北の被災地の方々の姿、そしてそれを救援している個人の方々の姿のお陰もあって、今、東京にいる私たちは(全員ではないのでしょうが)とても安心して生きています。

それに関しては、東北の方々、そして Fukushima の方々には本当に感謝しています。


日本の今後はわからないですが、何か起きたら「対処するだけ」。
不安はもはやあまり必要ない気がします。


そういえば、震災直後の「新しい神話の神様たち」という記事にこう書きました。

「ひとりで逃げない新しい神話」が始まった時、人類は「宇宙の進化の最終形」の手伝いをできることになります。

人類は宇宙を助け、また、その人類を作り出してくれた宇宙に人類は感謝する。

これだけでいい。
他に何もいらない。

そして、新しい世界が始まります。
それはどんな世界か。

その世界はそれは実は今までと同じです。
スーパーがあり、立ち食いそば屋があり、私たちは料理を作り、ゴミの分別をして、挨拶をして、庭で植物をいじる今までと同じ生活が再開されるだけです。



今は比較的このような感じになっています。

もっとも、今後、物質的な面(経済と国際流通の関係が大きそう)も大きく変わっていくことは避けられない感じはあります。震災前までに何度も書いていた食糧危機などの問題が沈静化するとも思えません。

それにしても、結局は、個人にとって、「それが地獄の夏かどうか」というのを決めるのは、個人の考え方次第だと考えます。



痛みもだいぶん消えてきたので、こちらの記事で書いた「夢の正体」のことは、今後、書ける時があれば書きたいと思います。

その記事に載せた部分がこちらです。

「人類の宇宙の記憶からの決別」はあらゆる活動と現象に及び、夢も例外ではないのかもしれません。つまり、一般的に言われるように、夢は宇宙の記憶に触れるという現象「ではない」可能性があります。

夢も「宇宙の記憶とは関係のない人類の単独の現象」だという言い方にもなるかもしれません。

なので、夢は基本的に社会全体の未来を予知しないと思われます。

夢の正体は、その人の DNA が何十億年の間に蓄積され、その本人の DNA の中に保存され続けてきた「その人のもつ DNA の中だけの過去のあらゆる歴史」に触れていることだと考えます。なので、その個人の宇宙の中の人生で経験した、あらゆることに毎晩ふれているといってもいいのかもしれないです。



これは、いつもの私の書いていること同様、何の根拠もない話です。私自身が納得すればそれでいいたぐいの内容ではありますので、娯楽話として読み飛ばしていただくとありがたいです。







  
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。