2011年04月20日



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「夢」についての補足記事(夢の重要性について)



夢のことをたまに書いていたりして、そのテーマとして「夢は未来を予知しない」ということをあげていたりするのですが、では、どうしてそんなことを書き始めたかというと、それは「私たちは、今よりもっともっと夢の価値を大事にする必要がある」と強く感じているからです。

いろいろと夢のことは語られるわりには、どうも現代人は夢を軽視している感じがします。
「娯楽としての夢占い」の域を出ないと考える人たちさえいるように感じます。

古代の人々や、あるいは多くの先住民族たちは夢をとても大事にしていたと聞いています。そして、それは「夢を現実の生活に活かすため」だったと思われます。現代では、夢というものを、たとえば「漠然と未来を予知する」たぐいの、どちらかというと、曖昧な意味のツールとしてとらえる部分が定着してしまっている感じを受けます。


私は、夢の大きな役割は現実に生きている人間の生命と生活をサポートするための「自分の中に存在するもうひとつの世界からの的確なアドバイス」であると考えています。

まあ・・・そう考えるようになったのはここ数日の話ですが(歴史浅いじゃん)、なんとなく確信めいています。

だって、ちょっと前の記事くらいまでは私のブログにも「夢占い」とか、そういう記述が出ていたじゃないですか。
私自身も夢に対しての認識はその程度のものだったんですよ。

「それは違う」と、それこそ最近、夢の中で教えられて、気付いた感じです。



夢を多くの人と共有する生活へと

私たちが、「現実の中に生きる人間」として、今日や明日をどう暮らしていったらいいのか、どう行動したらいいのか、どう考えればいいのかといったようなことを、多分、夢は日々教えてくれていて、それは、過去数十億年とか、あるいは数兆年かもしれないですが、ともかく、長い年月のあいだにどんどんと記録が蓄積され続けている人類の DNA(しかも、その中の私やあなただけの個別のDNA) の経験則の中から「最良の方法」を教えてくれていると考えます。

だからこそ、古代の人々や、あるいは、先住民族と言われる多くの民族たちは、夢を大事にしていて、かつては「朝起きた後に、家族で夢の内容を語り合う」ということを習慣にしている民族もたくさんあったと言われます。


そういうことを我々はしているだろうかと。

個人個人、後起きた後に、「ああ、こんな夢を見たなあ」と思うことはあるかもしれないですが、それを自分の今日や明日の生き方への具体的なアドバイスと捉えたり(人類は過去の記録が膨大なので、多分、夢のアドバイスがその人にとって、最も正しい方向性だと思われます)、あるいは、他の人と「夢を共有しているか」というと、そういう人たちもいるとは思いますが、少数なのではないかと思うのです。

私もそうでした。
夢を好きなわりには軽視していた。



夢に出てくる現象は「象徴」ではないかも

夢で現れるものが「象徴」的なこととして語られることがあります。

しかし、冷静に考えると、それはやはり不思議すぎると感じる部分があります。

私は基本的に「不思議が大好き」なくせに、不思議を否定したい人でもあって、そういう「モノの姿が他の象徴として変化して現れる」ということが理解できない部分があります。毎日見ている風景の中にある様々なもの、たとえば花や猫やビルや車や交番などが突然、龍とかクジラとか宇宙人とか別のものに変わったりしたことを見た経験は(これまでは)ないわけで、「現実は意外と冷徹に現実である」ということは言えるように思います。

そして、上の「自分の家の隣にあるビルは、いつ見ても隣にあるビル」であるように、「現れているもの、見ているものは、やはりそれそのものだ」と思う部分があります。

夢に体長100メートルの生き物がいたのなら、過去の人類の記憶はそれを実際に見ていたのだと思います。夢で得体の知れない形をした人間と出会っているのなら、それは人類が過去に出会っていたのだと思います。

「記憶を夢の中で思い出している」。

そう考えると、夢の正体はそんなに不思議なものではないと思います。


日常でも、頭の中で「昔のことを思い出したりして」いろいろと考えたりするわけですが、夢では見ている対象(あるいは体の器官)が違うというだけで、やはり思い出して、それについて考えている。

では、その夢が自分に何をアドバイスしているのか。

そのことを、多くの先住民族たちと同じように、日々考えて、生活に活かしていく方向性が見えてくればいいな、と思います。


未来を予知できないことと引き換えに人生の楽しみを享受している現代の人間としては、以下のようなことを常に意識しながら、現実の中で生きていくというようなことになっているのではないかと思ったりいたします。

それは、

・自然
・シンクロニシティ
・夢


です。


いずれにしても、目覚めているとき、そして眠っているとき。
どちらも人間は活動していて、人類という生き物もまた、他の生命と同様に「完全な不眠不休」の生命であることがなんとなくわかります。

今回は具体的なことを書いたわけではないですが、補足として書いておきたいと思いました。まあ、「もっと夢を大事にしてみましょう」と。




タグ:夢の意味



  
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