2011年05月02日



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緑の意味



久々に更新が開いています。今回の更新も、その言い訳というのか、その理由がなんとも情けない話なんですが、「植物がきれいすぎて、植物から離れられなくなってる」という超キチ理由で、申し開きがつかないのですが、ほとんどパソコンの前にもいないのです。


最近のパターンとして、

・天候がムチャクチャ荒れる

・次の日から景色がさらにきれいになる


という繰り返し(だと自分は思い込んでいる)風景がありまして、3日くらい前だったか、東京の天候は大荒れだったんですよ。で、次の日がやはり異常に穏やか。これは震災後、比較的続いているサイクルで、「荒れてから穏やかに」というのを繰り返しています。


緑の意味

実は今日、パソコンの前にむかった理由なんですが、ここ数日ずっと考えていた「植物はどうして緑を選んだのだろう」(あるいは与えられたのだろう)という疑問を調べようと思って、パソコンの前に座ったんです。光合成で緑を選ぶ必要性はあまり意味のないことです。

ところが、検索して最初に見たページで「それはもういいや」と思ったんです。

社団法人 日本技術士会の北陸支部のページのコラムに、「35年間もの間、植物と付き合っている方」の書いたものがあり、それを読んで満足したのです。

つまり、「そんなこと(植物が緑である理由)がわかるはずがない」と。

その文章を少しだけ抜粋させていただきますが、要は、

・植物の葉が緑である理由は、「葉が緑色の光を反射あるいは透過し、他の色の光を吸収している」という理由による

のにも関わらず、

・地球に届く太陽光の強さと波長との関係を見ると、緑色の光に強さのピークがあるらしい。


ということで、どういうことかというと、植物が太陽の光を最も効率よく吸収するためには本当は緑色ではないほうがいいのです


ダーウィンのような進化論から考えると、これは「進化論への反逆」であるはずです。
なぜなら、現在の進化論のように植物が進化すると、太陽光のあまり届かない場所にある植物の多くは「緑以外の色の植物となっていたはず」です。黒や紫などでしょうか。

そういう葉の植物はあることはありますが、それらは決して「太陽光の弱い場所のもの」ではないですし、種としての実数も極端に少なく、「どこでも植物はだいたい緑」ということは言えそうに思います。


植物は緑色でなければ、もっともっと太陽光を効率的に吸収できたはずです。
なのに、「植物は緑色で存在」している。


これはもうものすごいことです。
植物というのは「最も太陽光を吸収するために最も効率の悪い色で地球に存在している」のですよ。
もうね。この世の中はスゴすぎますね。


その「日本技術士会 北陸支部」のページからの抜粋です。

 植物の葉が緑なのは、「葉が緑色の光を反射あるいは透過し、他の色の光を吸収している」という理由による。つまり、葉は緑色の光をあまり必要としないということである。光のエネルギーを取り入れて糖を生産(光合成)するのに、緑色の波長領域のエネルギーを捨てた・・・ことを意味している。

 ところが・‥である。(私の記憶に間違いが無ければ、ここが重要!!)
 地球に届く太陽光の強さと波長との関係を見ると、緑色の光に強さのピークがあるらしい。最強の緑色光を使えば、例え曇天の日でも光合成が可能となるんじゃないか? その方が明らかに効率的ではないか。光のエネルギーを利用して光合成を行う植物が、最も強い光を吸収しないで捨てる。そういうメカニズムになっている植物達って、一体なんでやねん!?!
 なんでそんな非効率的で訳のわからん選択をする のだろう? 単に、神様の御戯れかな???

 数億年も前に植物が誕生してから、ずっとずっと緑で来たのだろう。だから、緑であることが何か非常に重要な合理性を持っているはず。
 そして植物達が選択して来たその合理性は、強いエネルギーの光を捨てて相対的に低いエネルギー利用を選択することの意味を納得させるだけの説得力を持っているはずである。




そして、書いた方は最後にこう書かれています。


> 彼らが緑である理由はいまだに解りませんが、自分の無知さ加減は身にしみて解りました。願わくば、「なあ〜るほど!!!」と納得してから神に召されたいと思います。



私も本当に最近はこの方の感想と似た思いを日々感じます。

「自分は何も知らない」。

でも、最近はむしろそれも快感で、「わかることなどひとつもないのだ」と。

植物が緑という非効率的な色を選択し、そして、人間などの生命は「赤い血」というものもやはり選択したりしていて、色と光と現実的な用途の間にはそれぞれ大変な乖離があるままですが、でも、「現実的な用途」なんて本当はこの世にはないのかもしれないと。

実は「すべては理想だけ」という世界である可能性もあるのかもしれません。


ところで、私は最近、「植物に根がある理由」というものがなんとなく想像できていますが、さらに、「植物と人間と微生物の三者間の位置関係」というものにも何となく考えるところがあります。

とても、短く書けるものではないですが、書ける時があれば書いてみたいと思います。
これは、人間(他の動物も)は植物が地上にないと生きられないが、微生物は「人間だけがいれば(寄生や宿主として)生きられるものもいる」というあたりにポイントがありそうです。

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