最近は実際に発生した自然災害以外については、あまり自然災害の予測的なことについてはふれなくなりましたが、地球の状態としてはいろいろと懸念されることはあるわけで、そういう中のひとつに「アイスランドのカトラ火山」があります。
これは、昨年、アイスランドのエイヤフィヤットラヨークトルという氷河地帯にある火山が噴火して以来、気になり続けていることですが、エイヤフィヤットラヨークトルの噴火から1年半が経とうとしています。
エイヤフィヤットラヨークトルの噴火した1年半前には、以前のブログに「アイスランド噴火はまるで大地の怒りのよう」というものを書きましたが、その時のエイヤフィヤットラヨークトルの火口の様子がまるで人の顔のようになっていて、それが印象的でした。
▲ 2010年4月15日のレーダー写真から見たエイヤフィヤットラヨークトルの火口。現在もこちらで見ることができます。
カトラ火山の噴火が「気になっている理由」は、上記の記事にある
ここ1100年の間にエイヤフィヤットラヨークトル氷河では3回の噴火が起きている。920年、1612年、そして1821年から1823年にかけての噴火である。この3つの事件はどれもカトラ火山の噴火の直前に発生している。
にあります。
簡単にいうと、「エイヤフィヤットラヨークトルの噴火の後には必ずカトラ火山が噴火していた」ということになります。
もし仮に噴火した場合、その影響はわかりませんが、過去には今回紹介する「1783年のアイスランドのラキ火山の噴火の時の英国の状況」ということもありました。
そんなカトラ火山ですが、先週あたりから様子が怪しくなっています。
一昨日(9月7日)には、 AP 通信が「Seismic activity increases at Iceland volcano (アイスランドの火山地帯で群発地震が増加している)というタイトルの記事を掲載しました。
その AP 通信の記事では、アイスランドの火山学者の意見として、「噴火が差し迫っているわけではない」と前置きしてから、
・カトラ火山の周辺で地震があること自体は珍しいことではない。
・しかし今回は群発地震であるため注目している(カトラ周辺では群発地震はあまり起きない)。
・いずれにしても、ここ数年はカトラ火山は活発な活動の徴候がある。
・アイスランドは大西洋中央海嶺から続く火山のホットスボット上にあるため、地球のプレートが動いた時に噴火が誘発されることがある。
・歴史上、エイヤフィヤットラヨークトルの噴火の後には必ずカトラ火山が噴火している。
というようなことが挙げられていました。
まあ、昨年来、「何度も」怪しいと思うようなこと(群発地震など)がたくさんあり、これまでもこのブログでも何度も記事にしてきました。
» In Deep のカトラ火山に関係する過去記事
なので、今回も単に季節性の地震の可能性も強いです(アイスランドでは火山周辺で地震が起きること自体は普通のことです)。
▲ 2011年9月7日のアイスランドの地震の状況。群発地震が増えていることは一目瞭然なのですが、火山学者によると、これが噴火と関係のあるものなのかどうかはわからないとのこと。
さて、今回ご紹介する記事は、過去のアイスランドの噴火の様子をリアルに描いた イギリス BBC の2007年の記事です。1783年にアイスランドのラキ火山が噴火した時の模様で、題して「殺人雲が英国を襲った時」。実は、このラキ火山の噴火の被害が「イギリスの歴史の中でもっとも大きな人的被害を出した自然災害」だったのです。
また、アイスランドでは全人口の3分の1が死亡しました。
きちんと全文を訳したことがなかったですので、ご紹介します。
When a killer cloud hit Britain
BBC (英国) 2007.01.19
殺人雲が英国を襲った時
200年より少し前、アイスランドで噴火した火山は、ヨーロッパの西部に莫大な量の有毒な火山煙を運んだ。英国でも何万人もの人々が亡くなり、これが英国の現代史の中で最も大きな自然災害だったにもかかわらず、イギリス国内では、ほとんどこの災害の悲劇は忘れられている。
1783年に、英国の詩人ウィリアム・カウパーはこのように書いている。
「数多くやってくるそれらにより、農民たちは収穫が困難となり、労働者たちは仕事にあぶれ、そして多くの人々が死んだ」。
カウパーが「それら」と書いた、火山煙がイギリスに到達したのは、1783年6月22日のことだった。
英国中の新聞が、濃いスモッグに覆われた街の様子を伝え、また、血に染められたかのような色で鈍く輝く太陽のことを連日報道した。
噴火したのはアイスランドのラキ火山で、イギリスから数千キロも離れた場所での噴火であるにも関わらず、数週間の間、西ヨーロッパの多くをその噴煙で飲み込んだ。
そして、噴煙と共に、何百万トンもの有毒な火山ガスがスカンジナビア半島の果てまでも流れ、そしてついに風によって英国にまで運ばれたのだ。
噴煙と火山ガスは、二酸化硫黄(亜硫酸ガス)と硫化水素などを含み、これらが老若男女を問わず、また、裕福な者や貧しい者を問わずに無差別に英国の人々を襲い、そして死に至らしめた。
忘れられた災害
この1783年のラキ火山の噴火では、アイスランドでは全人口の約3分の1が死亡したことが文書に残っている。アイスランドでは大きな悲劇として伝えられているラキ火山の噴火だが、信じられないことに、この英国ではこの時の悲劇は今では忘れられている。
集められた証拠から見ると、その時のパニックと恐怖は英国の非常に広い範囲に及び、また、各地でおびただしい死者が出たことはわかっていたが、1783年の英国での死者数の正確な数が記録されておらず、わかっていなかった。
その中で、ウェールズにあるアベリストウィス大学のジョン・グラタン教授は、10年を費やして、1783年のラキ火山での英国の被害についてを調査した。これは、地区の教区の記録をひとつずつ調べていったものだ。
その結果、各々の教区で記録されている死者数は、最初は数百に上り、そして、調査が進むにつれて、死者数は数千、そして、数万へと膨れあがった。
最終的にグラタン教授は、イギリス全土で、ラキ火山の噴煙と火山ガスによって 23,000人の人が亡くなったと見積もった。これは、現代の英国史の中で最も大きな被害の自然災害となる。
フランスなどでも同じような被害に見舞われた。
▲ 噴火後、英国では酸性雨とスモッグ、そして激しい天候が数ヶ月にわたって続いた。
そして、この悲劇が再び起きる可能性は決してゼロではない。アイスランドは、この100年程度の中で最も活発だった火山のうちの 18の火山を持っている。
英国オープン大学の火山学者スティーブン・セルフ教授は、ラキ火山を調査した経験を持つ。
セルフ教授は言う。
「ラキ火山が再び噴火する可能性はあります。それを予測することは困難ですが、将来的には 1783年の時のような出来事がまた起きないともまた言えない。その時には、再び英国に火山灰と噴煙と火山ガスが押し寄せることになるのかもしれません」。