指数関数的に自己複製する「無機物」を目指す科学の意味
先週から体調が何となく悪く、風邪「のようなもの」だと思って過ごしていましたが、全然良くならないので一昨日くらいに病院に行くと、やはり、「風邪のようなもの」みたいです。最近はいろんなウイルスなどがあるようで、「本当に風邪なのかどうなのかよくわからない」というものも多いです。
私の場合は、喉がやられて、あとは「とにかくダルい」。まあ、訳のわからない体調の悪化は昔から慣れているので、それ自体はどうでもいいんですが、相変わらずニュースも多く、ここで一度止まると、貯まるだけ貯まって、そのまま対処できなくなりそうですので、できる範囲でご紹介しますね。
体がこんな状態で頭がボーッとしていますので、あまり適切なご説明をつけられないかもしれないですが、ご了承下さい。
今日は、「実際の DNA を使って、自己複製(自己再生や自己増殖と同じような意味)できる人工物質の作製に成功した」という報道です。
私はこの見出しをわりと驚きとしてとらえていたのですが、ちょっと調べてみると、それほどの驚きを伴うものではないということのようです。
つまり、「DNA そのものを使ってのバイオテクノロジー研究は今では普通のこと」のようなのです。
たとえば、こちらは、東京工業大学の「DNAを利用して微細で複雑なシステムを安く大量に作る」というページですが、こうあります。
セルフアセンブリ(自己集合)を利用した微小なシステムの研究には、DNAを使うことが多い。(中略)
すでに、DNAを使ったアクチュエータやピンセット、論理演算回路、メモリーなどが研究室で試作されている。
とあります。
細かい用語はわからないですが、少なくともテクノロジーの現場で DNA が使われているということがわかります、しかも、上のリリースは、2008年03月のものですので、今ではもっと進んでいるのかもしれません。
さらに、2011年に出版された『DNAロボット 生命のしかけで創る分子機械』にはこんな下りがあります。
「DNAを用いた実験を行うには、まず必要な並び方・長さと塩基の並び方を持つDNAを合成する必要がある。といっても、近年では、DNAを合成するサービスを提供する会社が数多く存在している。塩基の数が数十から百数十個のDNAは、1万円弱で手に入れることができる」
DNAって1万円くらいで買ったりできるもののようで・・・(なんか苦笑)。
ということで、DNA を使って様々なものを作り出すということは今ではわりと普通のことのようです。
なので、今回ご紹介する「自己複製する人工合成物」というものも、それほど唐突なものではないのかもしれないですが、 In Deep で過去にご紹介したいくつかの科学記事などと照らし合わせると、果たして、この方向はどういう方向に進んでいるものなのか・・・と考えたりいたします。
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(参考過去記事)
・ワイヤレス電子機器を人間の皮膚に埋め込む新しい技術
(2011年09月08日)
・米国エネルギー省直属の研究所が作り出した「微生物ロボット」
(2011年09月08日)
・「独自の遺伝子コードをもつ人工生物の作成」に成功
(2011年08月12日)
上の技術を合わせれば、「ブレードランナー」に出てくるようなレプリカントが作れちゃうのでは。
▲映画『ブレードランナー』(1982年)に出てくるレプリカントのレイチェル。この物語のレプリカントには「自分が人間ではなくレプリカントであることを知らない」人たちもいます。それほど精巧にできている。
それではここから記事です。
NYU scientists' creation of self-replication process holds promise for production of new materials
Eurek Alert 2011.10.12
ニューヨーク大学の科学者たちが作り出した自己複製プロセスは、新しい人工素材の生産を可能にする
ニューヨーク大学の科学者たちは、自己複製することができる新しい人工の構造物を開発することに成功した。これにより、これまでになかった新しい素材を生産することが可能となるかもしれない。
この研究結果は、『ネイチャー』の最新号で発表される。
自然界では、自己再生のプロセスはすべての生命が持っているものだ。しかし、人工に作られたものに自己再生のメカニズムを組み入れることは難しかった。
今回、『ネイチャー』で発表されるこの発見は、生命の間に多種多様に設計された自己再生のプロセスを一般的な方法とする第一歩を提示するものだ。
生命は、DNAタイルの意志により、手紙にスペルを綴るように配置され、それにより「種」は作られる。
生命の自己複製プロセスは、DNA の中の綴りの方式と形を保存し、そして、その情報は次の世代へとつながり、生命の種の次の世代を生産することが可能となる。
生命のこの自己複製プロセスでは、新しい素材を作成するために、多くの約束ごとを持つ。
DNA というのは、DNA そのものと他の分子を複雑な構造に組織することができる機能的な実体で、最近では、 DNA は金属粒子などの無機物を組織するために用いられたりもしている。
ニューヨーク大学の研究所では、 DNA のアセンブリ(集合)のパターンを多数所有しており、いろいろな機能を実行させることができる。そして、今、自己再生する物質の最終的な発達の段階を提示した。
この研究では、非常に複雑な情報を含めたシステムの複製が可能となっている。
また、細胞の中の DNA のような一定のパターンを繰り返す複製だけではなく、さらに複雑な自己複製をもなし得る。
自然界では、 DNA の複製プロセスは、「アデニン (A)とチミン (T) 」の対と、そして「 グアニン (G) とシトシン (C) 」の対による補完的な構成を必要とし、その形がお馴染みの二重らせん構造となる。
この自然界の形とは対照的に、ニューヨーク大学の研究者は、「二重らせん構造の DNA を3つ含む曲がった三重らせん構造分子」の人工の DNA タイルを開発した。これを BXT と呼ぶ。各々の BTX 分子は、10個の DNA 鎖からできている。
アデニン、チミン、グアニン、シトシンの4つからなる綴りで成る DNA とは異なり、 BTX コードはその4つに限定されない。そして、ここには 1000兆の異なる綴りとタイルを含むことができる。
BTX の自己再生プロセスは、自然界の細胞の中で起こる複製とは違うシステムで、ここでは生物学的な構成要素(特に酵素)が使われない。
研究者のひとりであるポール・シェイキン博士は「これは任意に自己再生する材料を作るための第一歩だ」と言う。
「2、3世代ではなく、指数関数的な成長を示す自己再生を起こすことができるプロセスを作り出すことが次の挑戦だ」。
ここまでです。
この最後のシェイキン博士の言う「指数関数的な成長」というのは、まさに「それが生物と生物でないものの違い」なのです。
これは以前、クレアなひとときでよく書いていたことで、
・生き物の偉大さ: 「生」と「生きていないもの」の違い
クレアなひととき 2010年05月11日
という記事にこうあります。
そもそも無機物と生物ではまるで話にならないほどの存在の質の違いがあるということで、特にそれは「増え方」に関して言えます。
たとえば、車でもテレビでもいいですが、工場で、「設備を増強して生産量を2倍にしよう」ということになって、それが達成されたその後の話と、「生き物の量が2倍になったその後」というのを比較してみます。
・工場 → 二倍の生産力になった後もずっと二倍の生産力(直線的な増加)。
・生き物 → 二倍になったものがさらに二倍、あるいはそれ以上という「ネズミ算式」な増え方(指数関数的な増加)をするので、基本計算ではいきなり天文学的になる。
ということになるようです。
つまり、「ねずみ算式」というような表現にあるような「指数関数的」な増え方こそ、生命と無機物をわけているひとつの垣根であるわけで、そこを越えてしまうと、生命と有機物の垣根がなくなるということになると思われます。
「是か非か」という単純な問題以上に、なかなか難しいことになってきている感じもします。
つまり、「神と人間の位置」の話と抵触しそうなことにも思えるのでした。