2011年11月23日



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理想を持たない科学: ホーキング博士の言葉をきいて



(訳者注) 最近はいろいろと愕然とすることも多いですが、今回読んだホーキング博士の講演の記事には、近年最も愕然となりました。

前提として、私は「ホーキング博士がどれだけの功績を持っている人か」ということをよく知りません。なので、彼がどれだけすごい人かは知らないのですよ。でも、名前と姿は確かに有名で、なんだか誰でも知っている。

だから、私はものすごく頭のいい人だと思っていたんです。

そういうこともあって、今まで、ホーキング博士が言っていたどうにも好きになれない発言法王ベネディクト16世を怒らせた「科学は創造者の助けなしで宇宙を説明することができる」など)にも何らかの意味があるのだろうと思っていたのですが、しかし、今回の話を読んで、明らかに思いました。

少しキツい言葉かもしれないですが、


・この人は単に想像力が欠けている人間だ


と。


後半、その記事を翻訳したものを載せますが、その記事の中のホーキング博士の言っていることの要点を順番に抜き出すと、下のようになります。





・銀河系の星には地球より50億年以上古いものもあるのに、どうしてそんなに長い時間の中で知的生命にまで進化しなかったのか?

・もし異星人がいるなら、地球が他の異星人から侵略され植民地にされなかったのはなぜなのか?

それらの理由は、銀河系で知的生命がいる星は地球だけだからだ

・銀河系の他の惑星に何か生命はいる可能性はあるが、知的生命はいないだろう。

・しかし、人間とは違う形態の知的生命はいるかもしれない。それらは地球の脅威かもしれない




というようなものでした。

「これらの展開に愕然とした理由」を注釈をいたしますと、まず、ホーキング博士は「サイクル」という概念を気にしていない。

つまり、「生命は長い時間があればあるほど進化する」と思い込んでいる。

地球はかつて何度かの大量絶滅というようなものがありましたが、それらと人類の進化は時代としてまったくリンクしていません。大量絶滅の最後は数千万年前のことで、現代の人類の登場には20万年ほど前です。その中で、「今の人類は地球の他の生命の時間軸とはほとんど関係ない」と言わざるを得ない唐突な登場をしているという事実があります。

現代人がいつどのように地球に登場したのかを突き止めることが、今でも科学上の大きな探求課題となっています。

つまり、時間が進めば進むほど生命は単純にストレートに進化していくのではなく、何らかのサイクルが地球(というか宇宙)には存在している。時代によっては、その惑星の生命進化は止まったり後退しているように見えることもある。何億年もの間、生命が地下にだけ存在しているような時もある(全地球凍結時代など)。

オカルト的には、今の時代の前に何度かの「別の人類の時代」があったというような超古代文明などの説もありますが、それがなくとも、地球の生命は一直線の進化などしていません。


また、「どうして今まで人類は侵略されなかったのか? 」ということに対しての答は、

「すでに人類は微生物に侵略されている。人類史で何十億の人を殺した病原菌はすべて「生物」。人間が死ぬ最大の原因はウイルスとファージを含む微生物です」。


という明確な答えがあります。


別に、人類の形をしたエイリアンに侵略されなくとも、「侵略は侵略」ではないでしょうか。
映画「スターシップ・トゥルーパーズ」では、人類が戦う相手は、他の惑星の「虫」でしたが、地球の人類はもっとすごい「微生物」という生物に実質的に何十億年も侵略され支配されています。

地球は実際には微生物の植民地です。


科学者であるホーキング博士は、ウイルスやT4ファージの驚くべき「人体侵略のシステム」を知らないわけではないと思われます。



バクテリオファージ



▲ ファージというのは、細菌に感染するウイルスのことで、上の動画は T4ファージというものが対象を「侵略」する様子をCG化したもの。ほぼ実際の動きです。下の図ような形で、もちろん大きさは細菌などよりも小さいです。生き物ですよ、これ。機械みたいでしょう。

ファージがその気になれば、地上のすべての大型生物を死滅させられると思います。私たちはもう何億年も前から、ウイルスを含めたこれら小さな生き物に実質的に支配されています。


phage.jpeg





私は、「人類は35億年前に微生物の手に落ちた」という考え方を持っていて、特に人体に入り込むタイプの微生物の「生態システムのすごさ」は知れば知るほど驚くばかりでした。それらは、まるで「プログラムされたマシン」のようです。私が進化論に疑問を抱くキッカケともなったものでもあります(多くの微生物がその後の生物より進化しているから)

精神面はともかく、生命としての機能だけでいえば、バイオマスという言葉を使わなくても、多くの微生物はそれ以上進化する必要がないほどまでに完成しています。



あるいは、ホーキング博士はこの講演でもビックバンと進化論のことを口にしていますので、バンスペルミア説は知らないかもしれないですが、宇宙からはすでにたくさん「生命」が地球に来ている。

あるいはウイルスやバクテリアも宇宙から来ているのかもしれないし、仮にそれはないとしても、地球上の生命すべての構成要素でもある「アミノ酸」、あるいは「有機物を作るためのメタノール」などが宇宙に存在していることはすでにわかっていて、それが隕石や彗星に乗って地球にやってきていることはほぼ間違いないという状態になっています。

宇宙にアミノ酸が延々と拡散している状態のデータがすでに公式に存在している中で、地球上の「微生物の進化」だけにふれる科学者の存在というのは、もはや奇妙だと私は感じます。


ちなみに、私自身も最近は「地球に宇宙人がきているとは思えなくなっている」という感覚を持っていますが、そのスタンスはホーキング博士とは違います。私の最近の考えは、




宇宙にはどこまでも太陽系と同じような形とシステムの恒星系があり、その中の多くにも「太陽」と「地球」が存在していて、その数は文字通りに無数にあり、人類が存在する数もその通りに無数の数だと思う。

しかし、天文観測結果から見る「生命に適した惑星同士」の配置は、どれも地球から数十光年単位で離れており、通常の科学で行き交うことのできる距離に同時に文明は存在しないように見える。





という感じです。

「通常の科学で行き交うことのできる距離」というのは、月や火星、水星、くらいまでです。もちろん、データ上、月にも火星にも生命の痕跡は明らかにあって、特に火星についてはいろいろ書きたいこともありますが、長くなりますので別の機会にいたします。

さて、ともかく、そのように私は「宇宙は全域に生命を有している」と考える一方で、「他の惑星の人類同士が会うにはお互いが遠すぎる」と思う部分は強いです。つまり、「行き来するには無理がある距離だ」と。

なので、地球に他の惑星の宇宙人が(頻繁に)来るのはいろいろと難しいのではと。

上の私の論旨が崩れるには(地球タイプの他の惑星との行き来が普通におこなえるためには)、

・光の速度より早く移動する存在があること

・そして、それが「実際の転送」に使用できること


という非常に厳しいふたつの条件があります。

「実際の転送」というのは、たとえば、現在でも「量子テレポーテーション」といわれる転送技術があります(過去記事1過去記事2)。

量子テレポーテーションで実際に物体が送れるかどうかはともかく、この量子テレポーテーションでも「転送速度は光の速度まで」となっていて、これをぶち破らないと現実の移動は難しい。

30光年は30光年で、光の速さで30年かかる。
100万光年は100万光年で、光の速さで100万年かかる。

いかに高度な文明を持ったエイリアンでも、この壁を破ることはどうしてもできないと思うのです。


まあ、これらの話は置いておいて、そんなことより、つまり、科学知識の問題とは関係なく、ホーキング博士の言葉にはひとつの致命的な資質を感じます。

それは

「博士の理想が見えない」

ということです。
歴史上の偉大な科学者はみんな理想を持っていました。
あるいは「理想が先行」していました。

それを感じないからこんなに苛立つのかもしれません。



人類が最も適切な文明を持つためには

上で挙げた「科学を支える人間の理想」ということ。

私にとっての理想社会とは、「人間の持つ理想がテクノロジーの下支えとなる文明社会」であり、それはある意味では、今よりはるかに文明的かもしれません。

この「テクノロジーの下支えが人間の理想である」ということがどれだけ大事なことかはどう説明すればいいのか・・・・・。

たとえば。

『鉄腕アトム』という手塚治虫さんの漫画がありました。
ロボット少年の話ですが、後の日本の精神文明に大きな影響を与えたはずです。

atom-01.jpg


もし、この『鉄腕アトム』という漫画が、「ロボット少年を当時の科学で実際に作り上げることのできるテクノロジーとその技術手法だけに焦点を当てた漫画」だったとしたら、こんなに後の日本人に長い感銘を与えていたでしょうか。

大事なのは最先端テクノロジーのほうではなく、「その心と理想」が人々の琴線に触れたわけで、しかし、それでもその理想を具現化するための「アトムという無機質の存在」は必要だった。人間ではないものが人間の理想を実現化するという意味で。

つまり、鉄腕アトムは「人々の理想を具現化する道具」だった。


ドラえもんやウルトラセブンでも同じでしょう。

たとえば、ドラえもんという漫画が、もし、「超常的なことがなんでもできる怪しい生物のテクノロジーの現実」(苦笑)だけを描いている漫画なら、こんな長くは続かないわけで、ドラえもんもやはり「理想の権化としての怪生物」。

ウルトラセブンにいたっては、私が見ていた幼稚園の時の時点で、もうウルトラ警備隊もウルトラセブンもどうでもよくなっており、

・わたしたちは宇宙でひとりではなかった

という全体ストーリーの夢の中で生きるキッカケとなったものです。

つまり、毎週毎週、ウルトラセブンに出る「宇宙人」は、もはや悪役ではなく、「毎週、新たな宇宙の存在を確認させてくれる理想の使者」だったのです。


ultra-seven-29.jpg

▲ ウルトラセブン 第29話 『ひとりぼっちの地球人』。現実から逃避する気持ちを持つ青年が、自分の運命を宇宙人の存在にゆだねる物語。 ウルトラセブンは40年以上前のドラマですが、現代社会に住む人々の孤独を宇宙と対比させる内容のものが多かったです。ドラマの完成度が高いということではなく、そんなものを「幼稚園児までもが見ていた」ということが大事なのかもしれません。ウルトラセブンのメッセージは最初から最後まで「人類はひとりではない」というものでした。


人間の理想は絶対に何かを生み出す。

そして、上の例ではアニメやストーリーですが、「文明」も本来は「理想の具現化」のはずです。




私たちは弥生時代には戻らない


先日書きました「実質的な意味での「共存共栄の時期」の扉が開かざるを得なくなっているのかも」という記事にも、「自給自足」的なニュアンスの言葉が出てきますが、私は基本的に自給自足という概念も言葉も好きです。

しかし、同時に、実際には「自給自足生活こそ、かつてないほど高度なテクノロジーに支えられるものでありたい」と思っています。

人々が、自然に囲まれて生活して、自給自足をしていく生活ということを想像する時に、人はどうしても、そこに「最新鋭のテクノロジー」というものを想定することは少ないような気がします。

しかし、では、自給自足とはいわないまでも、自然のなかで自給自足的な感じで暮らしていこうとするとします。

その場合、その生活には動力はまったく必要ないでしょうか?
車や耕耘機などです。

あるいは、その生活に電気、電話、通信などはまったく必要ないでしょうか。
あるいは、服や靴といった服飾。
あるいは、洗面器やゴムホースなどの加工製品。

あるいは、薬や化粧品。

こういったものが一切なくても、「生きること」はできるかもしれない。

でもこれが未来の楽しい生活?

実際には生活していくことも厳しいと思います。
備蓄や持ち物だけでやっていけるのは、せいぜい数年から十数年。

結果的に、人間は地球で生きていく限り、エネルギーや上下水道処理などのインフラを含めて、何らかの生産と環境の循環に着手していかざるをえないはずです。

かつて、私は、人間の生活が「縄文時代とか弥生時代の時のように戻っていく」というように考えていたこともありますが、今はそうは思いません。

それにはいろいろな理由がありますが、その中のひとつに、

「現代の文明の多くは、かつての人類の夢と理想だった」

ということがあります。

当時の人々の理想の中に、現代の文明の中にある様々なものがあるはずだからです。


話が逸れましたが、つまり、とにかく、


・理想が消えた科学はすでに科学ではない


と私は思っているということです。


だからこそ、ホーキング博士の言うことに違和感を感じるのかもしれません。


このあたりに関しては、先月あたりに書いた、

左脳認識と右脳認識のきしみ

という記事にも似たような心境を書いたことがあります。




未来への希望はシステムの崩壊と関係するのかも

今後何年から何十年の間で、世界中で経済崩壊と共に、学校とアカデミーの制度の多くが崩壊していく「可能性」はあります。あくまで可能性で実際にそうなるかどうかまではわかりません。

しかし、それらが崩壊しても、「1から」というわけでもない。
科学は焼け野原からのスタートにはならない。
人々の頭の中に科学の断片が残る限り、そして、「理想」が残る限り、科学は進みます。

特に、日本にはすぐれた科学者の人たちがたくさんいて、その多くの人たちは多分「理想」をもっているようにも見えます。


ああ・・・なんだか、すごく長くなっていますね。

長くなりすぎたので、翻訳はごく簡単なものを次の記事に載せます。
ホーキング博士の好きな方は原文をお読み下さい。

Stephen Hawking: "We've Been Overlooked by Advanced ET Civilizations"

です。

ところで、この「理想」と「科学」の関係について、バチカンの希望の砦は「宇宙人という神」の登場でふれた、ジョルダーノ・ブルーノの著作を読んでいて気づいたことがありますので、その次回の時にでも書いてみたいと思います。

「ブルーノはどうして火刑に処されたのか」ということもわかるような彼の性格も含めて、「自分の理想に忠実なままで、周囲と摩擦なく合わせて生きることは難しい」ということがブルーノの著作でわかります。


しかし、こんなに一気に書くキッカケとなるあたり、逆説的な意味で、さすがホーキング博士だと思いました。
博士はローマ法王をも怒らせているし、いろいろな意味でやはりすごいかも。

そういう意味ではホーキング博士に感謝したいです。

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