2011年12月18日



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アステカ神話の過去4つの世界と太陽。そして、現在の太陽トナティウの時代の終わりは



昨年 2010年の今頃の私は、現在の 2011年の終わり頃には、太陽はバシバシと太陽フレアと CME (太陽コロナの放出)の激しい発生を繰り返していると思っていたのですが、太陽活動は「その逆」に向かっています。

黒点の数とは別に、太陽フレア活動はさらに弱まっており、もはや太陽活動最大期に向かっているとも思えない状態が続いています。

昨年考えたほうと真逆の方向に太陽の活動は進んでいるわけですが、この10日間くらいのあいだに立て続けておきた出来事、それは過去記事の、



あたりの出来事ですが、特に前者の、記録に残る上では人類が目撃した中で最大の太陽接近型彗星である「ラヴジョイ」が「まるで太陽と遊んでいるように」飛行を続けているという状況に関しては、宇宙にある存在の中で彗星の意味を特に大きく考えている私としては、かなりのインパクトを受け続けている日々となっています。

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▲ 12月17日(日本時間18日)のラヴジョイ彗星。その存在感の大きさはほとんど失っていません。


彗星の重要性の私の考えについては、うまくは書けていませんが、過去記事の、



などをご参照下されば幸いです。

基本的にはバンスペルミア説の中にある「彗星があらゆる生命の運搬役を担っている」という部分に考え方の源泉があります。



2011年12月24日

ところで、基本的にオカルトの領域ですので書くかどうかを迷いますが、あくまで個人的な感覚として、今週 12月25日あたりまでの1週間というのは注目すべき期間のように思っています。

どうして「12月25日あたりまでの1週間」という期間が重要な感じがするかというと、それは「アステカの神話の太陽と第5の世界」の解釈によります。

アステカ神話では、トナティウは太陽神であると同時に、現在の5番目の太陽そのものであるとされていますが、その区切りとされている日が2011年12月24日という説があります。


220px-Tonatiuh.jpg

▲ 古文書にあるトナティウの図。


しかし、これはひとつの解釈の受け売りであるわけで、もう少し調べてみたいと思いましたところ、英語の資料でトナティウとアステカ文明のカレンダー(アステック・カレンダー)のことを比較的詳しく解説しているものを見つけました。

その中から、アステック・カレンダーについての部分の要点を翻訳しました。

自分自身が太陽である」と言明している点が、私がトナティウに興味を持った理由のひとつです。


なお、文中に「太陽の石」というものが出てきますが、こちらから解説をお借りします。

太陽の石は、古代アステカ王朝6代目の皇帝・アシャヤカトルが作らせたとされるモノリス。別名、アステカの暦石。西暦1479年に奉納された、と記されている。


ちなみに、下の人が書いている数学的なアプローチは、あくまでこの記事を書いた人の考え方で、マヤカレンダーもそうですが、実際には私たちには正確にはわからないことだと思います。





Maculli Olli Tonatiuh - The Fifth Sun on the Aztec Calender


トナティウ : アステック・カレンダーの第5の太陽

アステカ文明の伝説では「4つの世界」という概念が存在する。

その4つの世界はアステカ文明以前に勃興して滅びた世界で、そして、スペイン人によるアメリカ大陸への侵略の際には、世界は「第5の世界」に入っていたとされている。

伝説で語られる「4つの世界」に対しての言い伝えなどから考えて、アステカ文明で「太陽」とされる概念は「宇宙の年齢」のコンセプトを持つように思われる。

アステカ神話の4つの世界を最も顕著にあらわす例として、アステックカレンダーと太陽の石に刻まれたシンボルがある。


太陽の石(アステカ文明の石碑)

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この太陽の石についての議論は今でも続いている。スペイン人の侵略以降、16世紀から19世紀の間に古代メソアメリカ文明の知識はそのほとんどが失われてしまったため、わからないことが多い。


アステックカレンダーは、視覚的な意味での彫刻としては歴史上で最も重要なもののひとつだ。これは、古代人の科学を幾何学的に現したエジプトのロゼッタストーンと比較されることもある。

しかし、両者の違いは鮮明だ。

ロゼッタストーンが「言語的」であるのに対して、アステックカレンダーは、音や自然といった純粋な意味でのシンボルを示している。


rosseta.jpg

▲ ロゼッタ・ストーン(古代エジプトの石碑)。


それだけに、アステック・カレンダーには、その解読のための「マニュアル的」な知識が現代の世の中には存在しない。

アステカ族が持っていた絶対的なシンボルの意味から解釈しようとする試みもあるし、私のように、幾何学的、数学的な分析からのものもある。


太陽の石のポインタが示す日

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4つの世界の伝説では、それぞれの世界の期間が異なる期間として割り当てられている。

過去 2028年のうちの4つの世界がそれぞれ、676年間、312年間、364年間、676年間と数えられ、また、それとは別に、マヤの長期暦では第5の世界は、5125年か5200年の周期で訪れる。長期暦全体のスパンは 187万2000年だ。

この時代の終了の期間は、アステカとマヤでそれぞれ違いがあることが確認されている。 2011年、あるいは 2012年という違いがある。

いずれにしても、アステカの人々はスペイン人に侵略された時点で「第5の世界」に住んでいたと考えており、第4の世界はすでに終わっていた。


太陽の石が示す4つの世界

sun-4.jpg

4つの世界と太陽についてはいくつかの解釈が存在するが、一般的な解釈は下のようになっている。


第1の太陽 アトル 水の太陽

第2の太陽 オセロトル ジャガーの太陽

第3の太陽 キアウトル 雨の太陽

第4の太陽 エヘカトル 風の太陽

現在の太陽 オリン(トナティウ) 地震の太陽

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(訳者注) ここでは、5つのすべての太陽が「トナティウ」という名前が冠としてつけられています。たとえば、最初の太陽は「アトル・トナティウ」など。紛らわしいので、ここでは、現在の第5の太陽だけを「トナティウ」と表記しました。


アステックカレンダーは、古代メソアメリカの人たちの深遠な概念から作られた、(現在の)第5の世界に対してのモニュメントだと考える必要があるようにみえる。


アステックカレンダー上の地球のサイン

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現在と、そして将来の人々が、過去に滅びた4つの世界を参照しながら、第5世界の将来を考えるツールとなり得るアートワークであるように思えるのだ。





(訳者注) 具体的なことはあまりよくわからないですが、ただ、2011年、あるいは2012年のどちらかが「世界の時代の区切り」という解釈はあるようです。

今年か来年ということですが、その時代的な区切りがどういうものかは、アステックカレンダーにはあらわされてはおらず、また、マヤ文明の石碑にもそれは描かれていないように思います。

つまり、少なくとも、アステカやマヤの古代の伝説では、「第5世界(現代)の終わりに対しての予測の描写は存在しない」ということになるのかもしれません。

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[アステカ文明とマヤ文明]に関係する過去記事:

アステカ神話の過去4つの世界と太陽。そして、現在の太陽トナティウの時代の終わりは
2011年12月18日

マヤ語の研究でわかった人間の感情の認識
2011年11月17日

太陽黒点磁気スマイルと現在の太陽神トナティウ
2010年12月13日

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1年前の In Deep

2010年12月18日の記事

私たちを取り巻く「渦」は何を意味するのか


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