本日書きました「米国メディアで相次ぐ「近く地球は小氷河期入りする」という記事」の追記というか、余談となります。そして、余談ではありますが、「形」マニアにはなかなか興味深いことかも。
上の記事で、「1月31日の Yahoo! の天気予報でのエラー表示」のことにふれたんですね。
下のこれです。
これを見た時に、「 999 か・・・。これが 666 なら何だかスゴそうだったのに」などという不埒なことを考えていたのですが、ふと、「これ、逆さにすれば 666 じゃん」と思い、逆さにしてみたんです。
それを見まして、「ああ、これは」と思ったので、そのことを書いておきます。
逆さにすると、この関東の地図はこうなるんです。
瞬間的に、「ああ、能面の般若だ、これ」と思いました。
その時に、「考えてみれば、なんでオレたちは、必ず北が上で南が下という図式だけで地形を覚えているんだ」ということにも思いはいたりました。つまり、私たちは地球を頭に思い浮かべる時に下のようには頭の中で地球の姿を思い浮かべないと思います。
これは地図を書くルールの問題を言っているのではなく、「私たちの頭の中のイメージの問題」を言っているのですが、少なくとも、私は今になるまで、「正位置以外での地球や日本の姿を想像したことがなかった」ということに気づきます。
しかし、このことは長くなるので今回はこれ以上ふれません。
そもそも、私は十代の頃、タロットが好きで、タロットの大基本である「正位置」と「逆位置」という概念を知っていて、さらには、最近は「存在の掟であるペア」という概念、つまり「陰と陽」にとてもこだわっていたのに、「地球の逆位置」を想定していなかったことに反省しました。
ともあれ、この「般若の顔の地図」では、富士山は、下の矢印の先あたりになると思うんですが、
「逆位置の地図」では、富士山は「般若の脳の部分」あたりのようです。
そこが「 666 」に囲まれていると。
だからどうしたという話ではないですが、ふと気づいたことでした。
般若とは
ちなみに、「般若」というと、私のような一般人は、上のような能面の般若しか思い浮かばないように思うのですが、「般若」という意味自体は違うようです。それも、今回調べて初めて知りました。
ただ、 Wikipedia などを読んでも、まったく私には理解できずに、とても難しい概念のようです。その最初の部分だけを抜粋しておきます。
般若(サンスクリット語: プラジュニャー、パーリ語:パンニャー)は、一般には智慧といい、仏教におけるいろいろの修行の結果として得られた「さとり」の智慧をいう。ことに、大乗仏教が起こってからは、般若は大乗仏教の特質を示す意味で用いられ、諸法の実相である空と相応する智慧として強調されてきた。
その後に書かれてあることはまったくわからなく、やはり仏教用語は難しいなあと思います。
ところで、上に「サンスクリット語: プラジュニャー」とあり、このプラジュニャーという言葉で検索すると、プラジュニャー パーラミター フリダヤ スートラというブログ記事に突き当たり、そこに「管理人の解釈」として、このようにありました。抜粋です。
すべての現象には実体がないのだから、
生じることも滅することもない。
汚いとか綺麗ということもない。
増えたり減ったりすることもない。
物体もなく、精神や感覚もない、
目に映る世界もなければ、意識に映る世界もない。
悟りを妨害するものもなく、悟りを促すものもない。
老いも死もないし、老いや死がなくなることもない。
苦しみの原因もなければ、苦しみを解決する方法もない。
悟れないし、悟りもない。
要するにな〜〜んにも、元々何も無いんだよ。
生じることも滅することもない。
汚いとか綺麗ということもない。
増えたり減ったりすることもない。
物体もなく、精神や感覚もない、
目に映る世界もなければ、意識に映る世界もない。
悟りを妨害するものもなく、悟りを促すものもない。
老いも死もないし、老いや死がなくなることもない。
苦しみの原因もなければ、苦しみを解決する方法もない。
悟れないし、悟りもない。
要するにな〜〜んにも、元々何も無いんだよ。
これを読んで、「あー、オレの世界観と似てんなあ」と、つくづく思いました。
この「要するにな〜〜んにも、元々何もないんだよ」というのが、今の私の宇宙観ですが、「般若」ってそういうことなの?
うーん・・・わかんない。
まあ、いずれにしても、 Yahoo! の表示エラーから意外なことを知ることができたのでありました。
それと、「般若」というのは私にとって特別な響きがあることは確かなんですよ。
たまに書かせてもらうこともある作家の埴谷雄高さんなんですけど、この「埴谷雄高」というのはペンネームなんです。彼の本名は「般若 豊」なんです。はんにゃ・ゆたか。
すげー名前でしょう。
▲ 東京・吉祥寺にあった生前の埴谷さんの自宅の表札。ペンネーム「埴谷雄高」と、本名「般若 豊」が並んでいました。
その「般若」さんは生前に出演した NHK のインタビュー番組でこのように語っています。
文学の力はですね、結局は「お前は何か」ということを教えることですよ。「あなたとは、どういうことか」ということを分かったら、あなたは殺さない。
それを分かるということはですね、うんといろいろなことが分からないと分からないですよ。生きているアリを一匹つぶすということはどういうことかが分からないと、つぶしたときの感じも分からない。
イエスはね、魚を食べて、食べなきゃ生きられないということで食べた。
生きるってそういうことか? そんなことないわけですよ。生きる意味はあるかっていって問い詰められたら、生きる意味はないですよ、イエスは。
「おまえはどうして十字架にかかって死んだんだ」というのは、「おまえ、魚を食べないで死ねばいいじゃないか」と言われたのと同じことなんですよ。
それをイエスは答えなきゃならない。
こんなこと言ってるわけです。
「あなたとは、どういうことか」と。
この埴谷さんの本名が「般若」さんなんで、まあ、個人的に印象深いと。
下のがその言葉が入っているあたりだと思います。
いずれにしても、下のようなキーワードが一気に出てきた今日でした。
・富士山
・666
・般若
というわけで、余談、失礼いたしました。
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