2012年05月11日



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2012年以降の暦が描かれた最古のマヤカレンダーが発見される



最古のマヤカレンダーで記述される「世界の終わり」は今から 100, 000, 000, 000, 000, 000, 000, 000, 000, 000, 000, 000 年以上先の模様


(訳者注) 米国などで、ボストン大学の研究チームが、グアテマラで9世紀初期のものと思われるマヤ文明の遺跡の壁画から「最古のカレンダー」と考えられるものを発見したというニュースが大きく報道されています。

下のような貴重な資料写真も多く発表されています。

maya-01.jpg

▲ 1200年前のマヤの天文学者が、月および、金星、水星、火星の周期を計算したと考えられる壁画。


このニュースがどうして大きく報道されているかというと、新しく発見されたマヤカレンダーには「 2012年終末説は見当たらない」という結果が科学誌サイエンスに掲載されたためです。

記事は 米国の msnbc のものをご紹介しますが、この記事を理解するためには、マヤレンダーの暦とはどんなものなのかということを前提として知っておいたほうがわかりやすいと思います。

私も実際にはよく知らなかったので、ネットなどを参考にしたものを簡単にまとめておきます。


マヤカレンダーの構成

まず、「マヤカレンダーには3つの種類がある」そうです。
そのうちのふたつが、


ツォルキン暦 → 260日を一周期とした暦
(なぜ「260」なのかという厳密な理由はわかっていません)。

ハアブ暦 → 365日を一周期とする暦。



で、もうひとつが長期間を表したもので、これが要するに、2012年説というものとも関係するもののようですが、「長期暦」と呼ばれているこの暦は、こちらによりますと、


・キン(1日)
・ウィナル(20キン)
・トゥン(18ウィナル、360キン)
・カトゥン(20トゥン、7200キン)
・バクトゥン(20カトゥン、144000キン)


となっているそうです。

つまり、「キン」という単位が一日で、それが20日分で1ウィナル・・・というように数えて最後は「バクトゥン」( baktun )という単位になっているそう。要するに、この1バクトゥンというのが 144000日分ということで、今の暦で 394年分に相当する時間を表します。

では、どうして、2012年の終末説というものが出てきたかというと、下のふたつの理由です。


・マヤカレンダーが「紀元前3114年」から始まっていると考えられる

・マヤ文明では「13」という数に特別な意味があるので、13バクトゥン(394年×13)の最後にあたる 2012年12月21日を「マヤでは終末をあらわしたのではないか」という流れ。



のようです。

ちなみに、上の通りに計算(紀元前3114年から 5122年後)してみたのですが、どうしても 2012年にならないので変だなあと思って調べてみると、 GMT対照法という計算によっておこなわれている模様。

よくわかりませんが、GMT対照法の説明は以下のようになります。


GMT 対照法とはジョゼフ T.グッドマンと、ファン・マルテイネス・エルナンデスとエリック・トンプソンの研究によって組み立てられた西暦と長期暦の換算法である。マヤの暦と西暦とを対照させるのに後古典期や植民地時代にマヤの人々の間で使われた短期暦の日付けを手がかりに、11.16.0.0.0を1539年とした。



よくわからないですけれど、上の換算法により、


> 現在のマヤ長期暦は紀元前3114年8月11日に始まり2012年12月21日に終わる


ということになったようです。

いろいろと書きましたが、上の「バクトゥン」という言葉が今回の報道記事の中に何度も出てきますので、「1バクトゥンは 394年」ということを念頭に読まれるといいかと思います。

ここから記事です。

ちなみに、その新しく発見されたマヤカレンダーでの「世界の終わり」なんですが、どうやら、この記事からは、世界の終わりまではあと、100, 000, 000, 000, 000, 000, 000, 000, 000, 000, 000, 000 年(1000年の9乗)くらいあるようです。




Maya calendar workshop documents time beyond 2012
msnbc (米国) 2012.05.11

2012年を越えて描かれていたマヤカレンダーの内容

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▲ 1200年前のマヤの壁画の記録を発見し、サイエンスに発表したボストン大学の考古学者ウィリアム・サターノ( William Saturno )博士。


最新のナショナル・ジオグラフィックと科学誌サイエンスで発表される研究発表の内容は、考古学者たちによる驚くべき発見とその研究結果だ。

それは、長い間、論争の中心となっていた話題のひとつである「マヤカレンダーに記述されている終末」と主張する意見も多かった「2012年の黙示録の時期」を遙かに越えた未来まで記述されていたマヤ文明の長期カレンダーの存在だった。

2012年終末説の根拠となってきたのは、マヤ文明での長期暦で使われる「バクトゥン」という 144,000日を表す長期暦の単位があり、その単位の13(13バクトゥン)の終わりの日が 2012年12月だということであった。

しかし、今回、ボストン大学の研究チームが発見した壁画の記述では、マヤカレンダーは 13バクトゥンでは終わっていなかったのだ。

マヤの記号の解読の専門家であるテキサス大学の考古学者ディビッド・スチュアート博士はこのように言う。

「今回発見されたマヤカレンダーには 13バクトゥンの後に、14バクトゥン、15バクトゥン、そして、16バクトゥンと・・・つまり、マヤカレンダーは 13バクトゥン(2012年)の先に向かって果てしなく続いているのです。それは、億年、兆年、あるいは、1000年の9乗といったような桁の未来にまで続いているもののようなのです」。


今回の発掘と調査は、米国ボストン大学のウィリアム・サターノ博士が率いたもので、グアテマラのペテン地区にあるシュルトゥン( Xultun )遺跡の地下にある6×6フィート(1.8×1.8メートル)の部屋だ。以前、ここの発掘に携わった学生が、この場所に、略奪によって掘られた溝から突出していた保持壁の存在に気づいたことによる。


maya-03.jpg


考古学者たちの調査によりそこに 西暦 800年頃のものと思われる古代マヤ文明の豪華に綾取られた部屋を見つけたのだ。

その部屋の隙間の空間のひとつには、青い羽根飾りを身につけて、白い杖を持った、おそらくマヤの王であった兄弟が描かれていた。



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▲ 右に描かれているのがマヤの王。中央の人物は、王の前にひざまづいている思われる人物。これらは、マヤの以前の遺跡では見たことのなないアートワークだ。左の図は、黒曜石で黒く描かれている人物。この黒い人物は「黒曜石の兄」と名付けられた。


以下は、すべて壁画をレンダリングにより再現したもの。


maya-king.jpg

▲ マヤの王。青い羽根の精巧に作られた頭飾りをつけている。



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▲ 王の前にひざまづいている思われる人物



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▲ 3人の黒い男性。白いふんどしと、首飾り、そして一枚羽の頭の羽飾りをつけている。


そして、もうひとつの壁画には、数と象形文字(ヒエログリフ)が描かれていた。

スチュワート博士は、「これらは時間の間隔を表しています」と言う。

「日付けだけではなく、マヤ独特の時間経過の表記です。数のセットのそれぞれが 177日、あるいは178年の大陰暦周期を意味していると思われます。これはマヤの聖職者(天文学者)が、月の年齢を理解する計算システムであったと私たちは考えています」。



maya-07.jpg

▲ この壁画の計算は、金星、水星、そして火星の順行に関係するものだと研究者は報告している。


サターノ博士は、

「我々は、このシュルトゥン遺跡で残るすべての部分を今後調査していくつもりです。多分、明日も明後日も、そして数十年後も、この遺跡の調査と解明に取り組んでいるかもしれません」

と述べた。





[古代の中南米文明]に関係する過去記事:

アステカ神話の過去4つの世界と太陽。そして、現在の太陽トナティウの時代の終わりは
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マヤ語の研究でわかった人間の感情の認識
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2010年12月13日
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2011年05月11日の記事

その後見た夢の中の「宇宙の底」



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