2012年09月12日



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殺され続ける詩人シナ



昨日の記事「中国の次期最高指導者に身の上に起きたこと」で、山本七平さんの1973年の著作『ある異常体験者の偏見』の中の「フィリピン軍事法廷とシェークスピア劇に共に見られる扇動」の部分について抜粋すると書きましたので、その部分を抜粋いたします。

ところで、その前あたりの記事、

「ニセの化石」に占拠されつつある中国の博物館と古生物学会
 In Deep 2012年09月08日

の最初のほうに「富士山、クラカタウ火山、そして地球の人類史を牛耳る火山噴火」という見出しで火山のことについて少し書きました。

volcano-2012-01.jpg

▲ インドネシアのクラカタウ火山。最近、インドネシア当局は、警報レベルを上から2番目に引き上げました。日本語の報道もあります。


そのことに関して、読んでみたかった『西暦535年の大噴火』という本が昨日届きまして、いつものように適当に開いたところに目を通していましたら、535年のクラカタウ火山の噴火と関連して、当時の「日本」についても興味深い記述がたくさんありました。

詳しいことは、次に火山のことを書くときにご紹介しようと思いますが、イギリス人ジャーナリストのデヴィット・キースさんという人が書いたこの本は全部で 400ページ近くあり、その中で日本に関して書かれているのは十数ページなのですが(ヨーロッパ史に多くを費やしている)、その「東洋の悲劇」というセクションの冒頭はこのようなものでした。


「西暦535年の大噴火」デヴィット・キース著より。

「食は天下の本(もと)である。黄金が万貫あっても、飢えをいやすことはできない。真珠が一千箱あっても、どうして凍えるのを救えようか」(『日本書紀』)

日本の代表的な年代記『日本書紀』によると、宣化天皇は536年の詔の中にこのような言葉を残された。『日本書記』は全十二万語に及ぶ大著だが、このような記載はほかに一カ所もない。しかもこの文章が、ちょうど同じ時期に世界中に広まっていた天候異変とまったく同一の現象を記していることは、決して偶然ではない。

日本が国家として出現したのは、世界中の多くの国々と同様に、530年代の気象異変をきっかけとして各方面に変化が生じた六世紀のことだった。

アジア東部の異常気象は、いったいどのような政治・宗教的な大変化となって日本に現れたのだろうか。



と始まり、その時期に、中国、朝鮮半島、日本のすべてを同時に襲った歴史的な飢餓状態と、日本でその後に大流行した致死率の高い伝染病(症状から著者は「天然痘」の可能性が高いと指摘)の後に、中国からの仏教の伝来があり、日本の国家形成に大きな影響を与えたとしています。

私は中学高校とまったく勉強をしなかった(というより意識的に自分から勉強を排除していた)ので、その頃の日本の歴史もよく知らないですが、この「西暦535年の大噴火」には、下の表が出ていました。

j-535-01.jpg


この535年の出来事がどんな自然現象だったのかというのは、実は現在でも確定しているわけではないのですが、「とにかく大きな自然個現象があった」ことは事実のようです。そしてそれはインドネシアのクラカタウ火山の噴火である可能性が高いようです。クラカタウ - Wikipedai には、535年のクラカタウの大規模についてこのようにあります。



535年の大規模な噴火はインドネシアの文明に歴史的な断絶を引き起こし、世界各地に異常気象をもたらした。その痕跡は樹木の年輪や極地の火山灰の堆積のような物的なものから歴史文書に至るまで広範囲に亘っている。



とあり、次第に物的証拠も固まってきているようです。


ところで、上の表の一番下にある「日本の中国化」という文字を見た時、昨日のボイスオブロシアの日本語版の記事をふと思い出しました。

下はその記事の最後の部分。
元々の記事はロシア語のもので、書いたのもロシア人記者です。


中国共産党大会を前に日本は中国を助けた
VOR 2012.09.11

諸島付近の状況緊張化と新たな反日行動は、第18回中国共産党大会を目前に控えた現在、政治的観点からいって中国政府には非常に都合のいいものとなっている。

愛国主義的なうねりは社会をひとつにたばね、薄 熙来(はく きらい)とその妻に関するスキャンダルやそのほかの高官と子息のスキャンダルからは視線が逸れるだろう。

上手にプロパガンダを行なえば、愛国主義は大きな政治スキャンダルも中国の経済状況の悪化に関して今後起こりうる反政府行動も大して重要ではない現象になりえる。この意味で日本の尖閣諸島3島国有化は中国の利に働いたといえる。



そんなわけで、6世紀の頃から日本と中国の関係はあまり変わっていないようですが、ここから、山本七平さんの『ある異常体験者の偏見』からの抜粋です。今の世の中で、繰り広げられる様々が「あるいは扇動かもしれない」ことがなんとなくおわかりかとも思います。

違うのかもしれません。
もちろん、どのように思うかは各人の判断ではあります。


(ここから抜粋)



『ある異常体験者の偏見』 アントニーの詐術  山本七平 1973年より。


原則は非常に簡単で、まず一種の集団ヒステリーを起こさせ、そのヒステリーで人びとを盲目にさせ、同時にそのヒステリーから生ずるエネルギーが、ある対象に向かうように誘導するのである。これがいわば基本的な原則である。ということは、まず集団ヒステリーを起こす必要があるわけで、従ってこのヒステリーを自由自在に起さす方法が、その方法論である。

この方法論はシェークスピアの『ジュリアス・シーザー』に実に明確に示されているので、私が説明するよりもそれを読んでいただいた方が的確なわけだが、……実は、私は戦争中でなく、戦後にフィリピンの「戦犯容疑者収容所」で、『シーザー』の筋書き通りのことが起きるのを見、つくづく天才とは偉大なもので、短い台詞によくもこれだけのことを書きえたものだと感嘆し、ここではじめて扇動なるものの実体を見、それを逆に軍隊経験にあてはめて、「あれも本質的には扇動だったのだな」と感じたのがこれを知る機縁となったわけだから、まずそのときのことを記して、命令同様の効果のもつ扇動=軍人的断言法の話法に進みたい。

まず何よりも私を驚かしたのは『シーザー』に出てくる、扇動された者の次の言葉である。

市民の一人 名前は? 正直に言え!
シナ    シナだ。本名だ。
市民の一人 ブチ殺せ、八つ裂きにしろ、こいつはあの一味、徒党の一人だぞ。
シナ    私は詩人のシナだ、別人だ。
市民の一人 ヘボ詩人か、やっちまえ、ヘボ詩人を八つ裂きにしろ。
シナ    ちがう。私はあの徒党のシナじゃない。
市民の一人 どうだっていい、名前がシナだ・・・やっちまえ、やっちまえ・・・


こんなことは芝居の世界でしか起こらないと人は思うかも知れない。……しかし、「お前は日本の軍人だな、ヤマモト! ケンペイのヤマモトだな、やっちまえ、ぶら下げろ!」、「ちがいます、私は砲兵のヤマモトです! 憲兵ではありません」、「憲兵も砲兵もあるもんか、お前はあのヤマモトだ、やっちまえ、絞首台にぶら下げろ」といったようなことが、現実に私の目の前で起こったのである。

これについては後で後述するが、これがあまりに『シーザー』のこの描写に似ているので私は『シーザー』を思い出したわけである。新聞を見ると、形は変わっても、今でも全く同じ型のことが行われているように私は思う。

一体、どうやるとこういう現象が起こせるのか。扇動というと人は「ヤッチマエー」、「ヤッツケロー」、「タタキノメセー」という言葉、すなわち今の台詞のような言葉をすぐ連想し、それが扇動であるかのような錯覚を抱くが、実はこれは、「扇動された者の叫び」であって、「扇動する側の理論」ではない。

すなわち、結果であって原因ではないのである。ここまでくれば、もう先導者の任務は終わったわけで、そこでアントニーのように「……動き出したな、……あとはお前の気まかせだ」といって姿をかくす。というのは、扇動された者はあくまでも自分の意志で動いているつもりだから、「扇動されたな」という危惧を群衆が少しでも抱けば、その熱気が一気にさめてしまうので、扇動者は姿を見せていてはならないからである。(中略)

従って、扇動された者をいくら見ても、扇動者は見つからないし、「扇動する側の論理」もわからないし、扇動の実体もつかめないのである。扇動された者は騒々しいが、扇動の実体とはこれと全く逆で、実に静なる理論なのである。





(抜粋ここまで)

そして、しばらく後にこのように続きます。

(ここから抜粋)



事実、事実、事実、事実とつなぎ、その間にたえず、「……でしょうか? ……でありましょうか? ……このことを考えてみましょう! ……たとえそう見えたとしても……ではないでしょうか?」ということばでつなぐ。

これをやっていくうちにしだいに群衆のヒステリー状態は高まっていき、ついに臨海地に達し、連鎖反応を起こして爆発する。……ヤッチマエー、ぶら下げろ−、土下座させろー、絞首台へひったてろー、……から、ツツコメ、ワーまで。





(抜粋ここまで)


私は上にあるシェークスピアの芝居の中にある「どうだっていい、同じ〇〇だ、やっちまえ」という台詞をこの10年くらいだけでも何度見てきたことか、と思います。

その人がいいとか悪いとかではなく、「どうだっていい、同じ〇〇だ」という事例。

同時多発テロのあとの西欧社会のイスラム教徒、領土問題などで利用される際の反〇〇運動(日本、中国、韓国など)、原発問題のあとの電力会社の社員に対して・・・ etc 。

世界中で無限に今も続く「どうだっていい、同じ〇〇だ」 のループ。

そして、上の七平さんの書いてる通りに、


扇動された者は騒々しいが、扇動の実体とはこれと全く逆で、実に静なる理論なのである。



確かに扇動された者の騒がしいこと!
扇動する側の見えないこと!

今まで何度も何度も繰り返されてきた同じような歴史は今の状態を見ている限りは今後も続きそうで、まあ、それが人間の歴史ということなんでしょうかねえ。

最近の私に漂う一種の絶望感も「生きている中で、何度この光景を見続けるのだろう」というようなことに疲れているということもありそうです。扇動されている人はそれに気づいていないので、仮に指摘をしても「むしろ怒って気勢が上がるだけ」ですので、指摘は意味をなさないです。

場合によって、「何十年も気づかない」。

この素地を植え付けるのが小学校から始まっていると思います。
あるいは、運動などの大会。

「なんで運動でも勉強でも争わないと(比較しないと)いけないのですか?」
「それが決まりだ」

という繰り返しを小さな頃から何千回も言われれば、そういう人間ができます。その先生もそういう教育を受けてきたので「気づいていない」だけで、悪気などはないはずですけれど。


それにしても、私はまったく本を読まない十代だったんですが、タイミングよく何冊かのいい本に当時出会ったと思います。小学生だったか中学生のときだったかに「あること」があって以来、私は本を読まなくなりました。なので、高校を出るまでに読んだ「まともな活字の本」で、全部を読破したものは記憶では5冊だけだと思います。

しかも、それらの本はすべて、レコードでいえばジャケ買い、つまり、本屋でタイトルとジャケットが気に入って、立ち読みしたら面白くて買ったものだけで、出会いはすべて偶然でした。私が「本を嫌いになった理由」は、昔のクレアの記事の「夢は夢のなかだけで見ればいい」という記事にちょっと書いています。

ちなみに、十代で読んだ他の4冊の本は、

私の中の日本軍』上下 山本七平
麻雀放浪記 青春篇』 阿佐田哲也  
食通にささげる本』  酒井美意子


でした。

『私の中の日本軍』は、今回の「ある異常体験者の偏見」と同じ山本七平さんの著作で上下二巻の大作です。

上の本のすべてがその後の私に、

「それを自分で考えたか?」
「自分で計算したか?」


ということを考えさせる方向に向けました。「麻雀放浪記」は恋愛に対しての考え方を。酒井美意子さんの本では「食べ物と人類の文明史の関係」についてを。

酒井美意子さんはもう亡くなられたようですが、ハクビ総合学院学長、京都きもの学院などの学長を兼任していた日本のマナー研究の第一人者だった人で、この『食通に捧げる本』は、私が「東京に行きたい」と思う原動力ともなった本です。

パンクとおいしい料理を求めて東京へ・・・
なんだか変な展開になってきました
ので、このあたりでやめておきます。

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