2012年09月16日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




8月18日に大阪で起きていたこと。そして、個人的に発令したい海外からの退避勧告



(訳者注) 6月に書いた「全世界に現れる暴動の芽」という記事で、


太陽活動最大期の現在、以前の同じ最大期なら確実に暴動の嵐が吹き荒れていた時期ですが、今は太陽活動が弱く、個人的には暴動の嵐はそれほど大きくならないようにも思いますが、しかし、そのあたりも「未来」である以上はやはりわからないことなのかもしれません。



などと「のんき」なことを書いていましたが、結局、過去の太陽活動最大期と同様に、「どこもかしこも暴動だらけ」というようなことになってしまっています。

今現在が過去と同様ということは、今の状態が最低でも 2013年の夏頃までは続く(2013年の夏に太陽黒点数の最大期を迎えるという予測となっています)ということになってしまうのかどうか。


ところで、前回書きました記事、

伊勢神宮に立ち昇った「光の柱」。そして、メッカのソルトン湖に地下に眠る巨大火山に関しての追記
 In Deep 2012年09月14日

と関連して調べましたら、予想以上に興味深かったですので後半でご紹介します。

その前に先日書きました「どうだっていい、同じ〇〇だ、やっちまえ」の現実化の話です。



米国で発令されるすべての民間人への「退避勧告」


中東のイスラム社会圏でのかなりの広範囲に渡って起きている「反米」行動と、そして、それほど海外では注目されていないですが、中国での「反日」行動は拡大しているようです。

アメリカ国務省の領事局は9月15日に、スーダンとチュニジアにいるすべての米国人に対して、「退避勧告」を発令しました。長く闘争が続くスーダンはともかく、観光地であるチュニジアにこのような勧告が出されるのは珍しいことだと思います。

今回はまず、その「米国政府によるチュニジアからの退避勧告」を翻訳してご紹介します。

どうしてか?
これは、国名を変えれば日本人にも当てはまる内容だと思ったからです。

9月16日現在、日本の外務省の「渡航情報」では、中国について、

最近の日中関係の動きに係る注意喚起
 外務省 海外安全ホームページ 2012年09月16日現在有効情報

という情報が出ていて、そこには「注意喚起」という「危険度の最も軽いランク」として注意がなされています。「自らの安全確保に努めてください」というような警告度の弱い勧告です。

日本の外務省による海外渡航情報で最も重いものは「退避勧告」で、たとえば、下のような表現(現在のイエメンの例)となります。


我が国は、イエメン全土に対して、「退避を勧告します。渡航は延期してください。」の危険情報(退避勧告)を発出しています。ついては、イエメンに滞在されている方は、直ちに国外等の安全な地域へ退避するよう、強く勧告します。また、同国への渡航は、目的の如何を問わず延期するよう、強く勧告します。



冷静に考えれば、現在の状況ですと、日本人の立場として考えれば、上の「危険なイエメン」と、外務省によれば「若干危険な中国」のどちらが(繰り返しますが、「日本人として」です)危険かというと、さほど差はないか、あるいは「逆転する」と思われるわけで、外交上、日本は東アジア諸国に高い渡航危険情報を出せないでしょうが、個人的には中国は上のイエメンと同じように考えても差し支えないと思います。

これは誰が良いとか悪いとかいう問題ではなく、「状況には状況に応じて動いたほうが懸命」というだけの話ですが、このあたりは、先日、別件で書きました、

殺され続ける詩人シナ
 2012年09月12日

という記事の中の、私の記述ではなく、山本七平さんの扇動の理論に関しての抜粋部分をお読み下さるのもよろしいかと思います。


上の記事に出てきた、シェークスピアの芝居の中にあるという「どうだっていい、同じ〇〇だ、やっちまえ」という〇〇が現在拡大しつつあります。〇〇は、暴動などの起きている国によって違いますが、たとえば、中国の反日行動などでも、「〇〇は日本人」などというだけでは収まらない感じもあります。昨日などは、

日本政府が尖閣諸島の国有化を決めて初めての週末となる15日、中国全土のおよそ40カ所で反日デモが行われている。デモ隊は一部で暴徒化し、警察当局を攻撃するなど、当局の制御が利かない事態も起き始めている。(フジテレビ系(FNN)報道より)


上の「警察当局を攻撃するなど」のように、何でも「〇〇」になる瞬間というものが暴動には存在します。

ただし、これが進みすぎると「〇〇」が体制そのものとなっていき、「天安門事件(振り出し)に戻る」というようなこともなくはないかもしれないです。

反日デモそのものは中国では日常的な行事で、定期的に発生します。前回は 2005年のものが記憶に新しいと思いますが、その2005年の中国の反日暴動の時には、中国のために技術指導や農業指導をしていた人たちも襲撃されてしまったというようなことがあり、まあ、現実として「顔や外見でその人のやってきたことや、考え方がどんなものかわかるわけもない」ということがあり、そこで扇動された人たちの理論は、

「どうだっていい、同じ〇〇だ、やっちまえ

ということにならざるを得ないです。
このあたりは理想論ではどうにもならないです。

そして、これは一種の「熱狂」ですので、理性で止められるものでもないです。

さらには、上の記事で抜粋した山本七平さんの文に、


扇動された者はあくまでも自分の意志で動いているつもりだから、


という部分がありますが、暴動になると上のような思考になる人が多くなり、「どうだっていい、同じ〇〇だ、やっちまえ」の自己の考え方に陶酔するあまり、

「〇〇をやっつければやっつけるほど素晴らしい」

という帰結にさえなりやすいです。

簡単にいうと、中東の場合ですと、「視界に入ったアメリカ人とアメリカ製品は全部やっちまえ」というだけでは済まない、と。中国なら「視界に入った日本人と日本製品は全部やっちまえ」というだけでは済まない。そして「〇〇の対象は拡大し続けて」何だかわからなくなってくる。

過去の歴史を見ていると、最初は「目についたものをやっつける」だけで終わりますが、そのうち「探すように」なります。つまり、探してでもやっつける。サーチ&デストロイという戦争用語がありますが、そうなっていくことが多いです。

また、上の記事に書いたように、扇動されている人はそれに気づいていないので、仮に指摘をしても「むしろ怒って気勢が上がるだけ」ですので、指摘は意味をなさないです。


ずいぶん昔、中国ではなく東南アジアですが、ある国で小さな暴動(政治的なものではなく、集団の喧嘩)に巻き込まれたことがあり、その時、「あっという間に集団の感情が高ぶっていく」という光景を目にして、「いや、すごいもんだな」と思いました。その時は夜で、私も酔っ払っていたので、あまり怖くなかったですが、翌朝目覚めた時に「ちとヤバかったかも」と思ったことがあります。拳銃とか出している人もいましたからね。


というわけで、米国務省領事館の警告情報の告知です。

あくまで私の個人的な考えですけど、この「チュニジア」という国名を変えて読んでくださると現在の日本人の対応に応用できるかと思います。




Travel Warning - U.S. DEPARTMENT OF STATE Bureau of Consular Affairs
アメリカ国務省領事館 2012.09.15

渡航警報 - 国務省領事館

アメリカ国務省は、 2012年9月15日現時点、チュニジアに旅行をしているすべての米国市民に警報を発令します。 9月14日にチュニスの米国大使館への攻撃の後、国務省はチュニジアからのすべての非緊急時の米国政府職員の出国を命じました。

チュニスの空港は開放されており、すべての米国市民の皆さんに商業航空便によってチュニジアから出国することを勧告します。

チュニジアに残る米国民は、細心の注意を払い行動して下さい。デモを避けるために、不測の緊急計画を立てることを通し、チュニジアでの自分の居所を登録する必要があります。また、現在の連絡先情報を提供し、家族や近親者、または緊急連絡情報を提出して下さい。

アメリカ大使館はチュニスのコンコルド・レ・ベルジュ・ド・ラック (Concorde Les Berges du Lac) 郊外に位置しています。

詳細については、 アメリカ国務省のウェブサイトのリンク「危機対応として可能であることと可能ではないこと」をご覧ください。セキュリティに関する最新情報は、米国とカナダのフリーダイヤルでも取得することができます。





ここまでです。


このようなことがいつまで続くのか? それはわからないですが、このブログ的にいって、あるいはこれまでの二百数十年の近代史から見ると、太陽黒点活動の最大期を過ぎる頃、つまり、来年 2013年の夏くらいまでには収まるのではないでしょうか。

その頃、私たち個人や文明がこの世に残っていれば、また穏やかな日々も訪れるかと思います。

過去のこの時期にあった様々なこと、それは第二次世界大戦であったり、ソ連の崩壊であったり、同時多発テロであったり、大韓航空機爆破事件であったり、フランス革命であったり、イラン戦争であったり、日清戦争であったり、そのような歴史を振り返れば、「今なんてまだ全然穏やか」と笑って過ごせるのではないでしょうか。

そうなんですよ。
こんな荒れているように見えても、過去と比べると、今のほうが格段に穏やかなんです。

これからの1年もそのように過ぎていくかどうかはわからないですけれど・・・。


さて、では、ここから先日の記事、

伊勢神宮に立ち昇った「光の柱」。そして、メッカのソルトン湖に地下に眠る巨大火山に関しての追記
 In Deep 2012年09月14日

の追記です。



8月18日に大阪で何が起きたのか?


上の記事では、海外サイトに「伊勢の光の柱」として掲載されていたものをそのまま翻訳してご紹介したのですが、調べてみると、この光は先月から海外を中心に話題となっていたものでした。

最初の出所は日本のツイッターだったようです。

それで、意外だった点も含めて、とりあえず流れをご紹介します。

上の記事の写真が最初に掲載されたのは、こちらのツィッター上に投稿された写真でした。

lightening-01.jpg

twitter.com/TR2151_HIRA/status/236717458029961216/


日付けは 8月 17日になっていて、投稿は「大阪市淀川区から」となっています。
この写真に出ているバレエ教室も、調べて見ると兵庫と大阪を中心としたもののようで、また周囲の風景の看板などからも、これは大阪のようです。

しかし、これを知って、「マジかよ」と思ったわけです。

実際、わりと長くパソコンなり Mac で画像をいじったりして遊んでいる私のような人たちは、こういう写真を見た瞬間、「フォトショップ仕事」という概念が普通に沸くのです。疑うとか、そういうことではなく、「ああ、Photoshop か」と。

たとえば、私程度の素人でも普通の風景画から上の写真のような光の塔の写真を作るのには1分かからないと思います。写真加工の中で最も簡単なもののひとつです。

しかし、携帯などから投稿したという可能性がある分には本当に撮影されたのかもしれません。


さらに調べると、同日の8月18日に「大阪での落雷」としてたくさんの写真が、様々なメディアにアップされていたことを知ります。

当日の他の大阪での「光の塔」の写真を掲載しておきます。

thunder-01.jpg


thunder-02.jpg


などですが、1枚目の写真のほうは、現象そのものの真偽はともかくとして、写真の中は加工されていると考えたほうが自然な部分があります。建物と光の接続部分をよく見ると下のようになっていて、これは光と建物の前後の位置関係から何らかのコピーペーストの加工がされていることがわかります。

thunder-03.jpg


ちなみに、これらは「落雷」ということのようですが、普通だと、上のような遠方の落雷をカメラで撮影して、柱のように真っ直ぐにうつるということはほぼないと思っていましたが、しかし、8月18日の大阪の落雷はちょっと異常だったようです。

下の何枚かの写真は、テレビ報道などを含めた、その8月18日の落雷の写真ですが、これほど激しい落雷が複数あったのなら、角度によってはまっすぐに落雷が撮影されたかもしれません。

osaka-01.jpg

▲ 大阪此花区。2012年8月18日。



koshien2.jpg

▲ 甲子園球場。2012年8月18日。



osaka-02.jpg

▲ 大阪・地区不明。2012年8月18日。


それにしても、落雷だったとした場合、「通常の自然現象が異常となっていく」という瞬間を私たちは今見ているわけで、そのことこそが不思議な経験のようにも思えます。

オカルトだったら笑えた話も、落雷のような通常現象だとすると、笑えないというか、ホントに変化してきているんだなあと思います。


しかし、大阪はいろいろとありますね。

6月には実際のところはわからないままでしたけど、

大阪湾の異常を注視する世界中のネットユーザーたち
In Deep 2012年06月14日

で、「大阪湾が黄色く変色する」なんていう目撃談もありました。



▲ 2012年6月13日の大阪湾の写真、だとされているもの。


ちょっと古いですが、2010年には日本では珍しかった「シンクホール」が開くという報道もありました。



▲ 大阪城公園。2010年3月14日。産経新聞より。


3年ほど前に自分で「大阪ショック」と呼んでいる出来事が私の考え方を大きく変えたことがあって、クレアなひとときの下の記事なんですが、それから約1年半くらいの間、肉を噛めなくなったことがあります。食べられないのではなく、「噛めない」のですが、噛めないと実質的に食べることはできないので、1年以上、肉を口にいれることはありませんでした。

大阪人はいかにして最強の宇宙兵器を倒したのか
 クレアなひととき 2009年10月11日

その後、ふとしたキッカケでまた肉を食べられるようになったのですが、その1年半は「食べること」ということをいろいろと考えた時期でした。

上の長い記事は、シメが「大阪に幸あれ!」となっていて、まあ、今も同じように思っています。私自身は、大阪に直接触れることなく人生を終えるでしょうが、近くて「本当に遠い大阪」ということは一種の尊敬を込めて思います。

なんというのか、こう・・・まあ、いろいろとあるのかもしれないですが、いずれにしても大阪に幸あれ。

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[太陽活動と社会の暴動]に関連した過去記事:

太第21太陽活動最大期にジョン・ライドンが夢見た「アナーキー・イン・ザ・UK」
2011年08月09日



▲ ロンドン・ペッカム地区。2011年08月07日。



最近のカオスな太陽データから考えるいろいろなこと
2011年08月09日



▲ 1920年代にロシアで発表された「太陽黒点と戦争や社会暴動の推移の変化の一致」を現したグラフ。
下の太い線のほうが太陽の黒点数で、上の細い線は世界で起きた軍事と政治暴動の数。ほぼ完全な一致を見せています。このページが原文(英語)です。



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[1年前の In Deep ]
2011年09月16日の記事

新たに発見された「軌道を無視して動く」惑星

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[2年前の In Deep ]
2010年09月16日の記事

文明生活を拒絶する自給自足のアーミッシュたちが米国で増え続けている



▲ アーミッシュ ( Amish ) とは、 米国に住むキリスト教の一派で、近代文明を拒否して生活し、電気、電話などは一切使わず、基本的に自給自足で生きている人々です。


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