2012年10月09日



In Deep のトップページは http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




ますます顔じみている太陽の下で「驕れる者久しからず」に納得したりする少し慌ただしい日常



coronalhole_sdo_2012-10-08.jpg

▲ 今朝10月8日の太陽。なんだかますます顔じみてきています。NASA の太陽観測衛星 SDO (ソーラー・ダイナミクス・オブザーバトリー)撮影。
--


昨日今日といろいろとあって、二日とも途中まで書いていたものを中断するというようなことになっています。

文章だけではないですが、私はどんなことでも、「偶然も含めて、中断されたら、そのことは一端やめる」というようなところがありまして、つまり、「それはヤメトケと誰かが言ってる」と、子どもの時から素直に思ってしまうような人でした。

まあ・・・本当に私は・・・(良い意味ではなく)変な子ども、変な人間として生きてきまして、そのあたり、「遺伝」として子どもに伝わらなければいいなあ・・・とは思っているんですけど、最近のゴタゴタも子どものことだったりします。

まあしかし、私のプライベートのことはともかく、一応いろんなことが大丈夫になりましたので、明日からはまた書けそうです。


ところで、最近は「記事にするほどでもないけれど、気になった小さなことや小さなニュース」というのはたくさんありまして、上の太陽の表情なんかもそうです。

過去記事の、

太陽活動最大期に向かう太陽の顔は「悪魔の毒々」化を果たし
 In Deep 2012年09月30日

は 大体2週間くらい前の太陽に関しての記事ですが、そこからの太陽の顔の大体の変遷。下が9月24日の太陽。その下に数日おきくらいで並べてみます。


2012年 9月24日 「悪魔の毒々モンスター的」

tox-0924-s2.jpg



2012年 9月30日「右下に向かっての狡猾な笑み」

sun-1001.jpg



2012年 10月6日「右に向かってホッと一息」

sun-1006.jpg


ときて、今日の「真正面からの含み笑い」というような太陽になっています。

なんか以前より「顔に見える日」が多い気がするんですけれど、私自身の思いこみの部分が大きいと思います。


あと、先週偶然知った「1870年に、日本で作られた世界地図」というのが、アメリカのイェール大学に所蔵されていることを知ったのですが、これがなんかすごいので、少し載せておきますね。



明治2年の日本人作の世界地図


これは、過去記事の、

「宇宙からやってきたブッダ」の胸に刻まれるマークで思い出すスヴァスティカの歴史
 In Deep 2012年09月27日

という記事の冒頭に下の地図を載せたのですが、これは米国イェール大学のものだったんですね。

swastika-map-02.png


そして、調べると、イェール大学というのは古い地図のコレクションに関して膨大な資料を持っていて、一部はインターネットで見ることもできます。

下に載せた日本の世界地図も、

» The Yale Map Collection

にあります。

そこに「西暦1870年に作成された作者不明の世界地図」というものがあり、全部日本語で書かれているので、日本人(か、あるいは日本語のできる人)が作ったことがわかります。
下に少し載せます。

西暦 1870年は、明治2年で、いわゆる近代化して間もない頃だと思うのですが、こういうような世界表記から始まります。

1-jpehm870.jpg


この地図は、全世界の地域がありますが、驚いたのが「アフリカ」と「南米大陸」なんです。下にそれぞれ載せます。

こちらがアフリカ。「亜弗利加」と表記していたのですね。

africa.jpg


見えにくいですが、海岸線の都市など、かなり詳細にアフリカの地名等が書かれています。

下のは南米。「南亜●利加」の●の部分は「墨」(すみ)のように見えるのですが、「墨」って「メ」って読めなそうですので、違うのかもしれません。

sa.jpg


正直、「明治2年にこんなに詳細な日本語で世界の地名が(わりと)正確に記されている世界地図が存在していたのか・・・」と思いました。

他にも、イェール大学の世界の地図にはいろいろなものがあり、興味深いです。


そういえば、前回の記事、

「良い時代と悪い時代」(2): 天上の神々の地位
 In Deep 2012年10月07日

で、「オジマンディアス」という古い詩を載せました。
それは、


我が名はオジマンディアス
王の中の王
全能の神よ
我が業を見よ
そして絶望せよ


という「亡き王の言葉」が記されている胴体のない巨大な壊れた石像のことが書かれた詩でした。

日本でいうと、「驕れる者がどうしたこうした」(ちゃんと書けよ!)というようなニュアンスでしょうか。

つーか、そもそも「驕れる者久しからず」って何に出てるんだっけ? と思って、まるで中学生のようなことを調べていると、それは平家物語でした。


祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響あり
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす
驕れる者久しからず ただ春の夜の夢の如し
猛き人もついには滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ。


にほんごであそぼより。)


なるほどねえ、などと思いましたが、詩の「オジマンディアス」は、ウェブボットのクリフ・ハイのエッセイの最後に載っているものなのですが、詩だけを抜粋してもわかりにくいかと気づきましたので、どうしてクリフ・ハイがこの詩をエッセイに載せたのかということを含めて、その部分を抜粋しておこうと思います。

「カイロス時間」と関係したエッセイです。

2009年 9月15日のものです。




水たまり、水の底、そして、カイロス時間の頂点へと
ウェブボット 来るべき未来の姿 0巻2号のクリフ・ハイの巻末エッセイ


「いま」という瞬間に生きるとはどういうことであろうか? それは時間が「いま」という一瞬に圧縮されることを意味している。

確かに、時計が刻む時間は物理的に一定でありこれが変化することはないかもしれない。 だが、われわれが生きる一瞬一瞬の時間の質が最近まったく変化してきていることに気づいているだろうか?

いま一瞬の時間は、われわれがかつて経験したことがないほど濃密になり、圧縮されたものとなってきている。この時間の圧縮は、経済や社会、そして地球が変化するにつれ、これから数年間で本格的になると私は考えている。

古代ギリシャでは時計が刻む日常的な時間の「クロノス」と、なにか特別なことが起こる「カイロス」という 2つの時間概念をもっていた。

いまわれわれすべてが「カイロス」の時間をともに生きることになる。おそらくこれは可能性の高い予測として成立するだろう。

これは人間自身が望んだものではなく、宇宙が人間に経験することを迫っているものなのだ。

仏教にはソターパナという解脱の境地がある。これは「世界を生成する流れに入るもの」という意味だが、これの鍛練した修行者によると、流れの入り方が最近大きく変化しているという。

いずれにせよ、われわれすべてに「カイロス」のときが迫っている。

(中略)

考えてみるとこれは、これから起こる大変化の中で「いま」という「カイロス」を懸命に生きることを宇宙がわれわれには要求しているのだろう。

このようなとき、過去の詩人の古い詩を読むとわれわれのインスピレーションが刺激される。




とあり、上の詩の「オジマンディアス」に続きます。

私はこの3年前のエッセイで、はじめてクロノス時間とカイロス時間という概念を知りました。
そして、とても納得したものです。

私たちは生きている中で、

「なんてあっという間だったんだろう」

という時と、

「なんと長い一日なんだろう」

というような両方を経験し続けています。

恋人や好きな人と過ごすような楽しい「時間」はあっという間に過ぎていき、イヤでイヤで仕方ないようなつらい「時間」はとても長く感じる。この感覚的な時間は「時計の表示の時間」とは全然リンクしていないことがわかります。これがつまり「カイロス時間」です。

時計の刻む時間(クロノス時間)と、上の私たち自身が感じる時間(カイロス時間)のどちらが「時間として実感があるか」ということが、この概念を考える上での実際的な指標となると私は思っています。


というわけで、今回は補足と日記的な感じで終わってしまいましたが、このような小さなニュースや追加的な資料は山ほどありまして、紹介できるものはしたいと思っています。

--
[最近の太陽]に関連した過去記事:

太陽の顔が死んだ日に考える「私たちが夢見た 2012年の現実はこのような世界?」
2012年09月18日





大出血のような太陽フレアと真っ赤な富士山上空を眺めながら「物質は永遠」という法則を子ども科学本で知った日
2012年09月03日



--
[1年前の In Deep ]
2011年10月08日の記事

米国で開催されている国際会議のテーマは「どうしてこの世は存在しているのか?」



▲ 「どうしてあらゆるものが存在するのか? ロゴス、コスモス、そして、ユニバースと書かれてある特設サイトのトップページ。

--
[2年前の In Deep ]
2010年10月09日の記事

現代物理学の変革と崩壊: 世界的な物理学者が言う「重力は存在しない」