2012年10月17日



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黒い太陽を見ながら「キリストの最後の晩餐の真実」を探しに



The_Last_Supper

▲ レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』(1498年)。
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(訳者注) 近所の書店で東海林さだおさんの新刊とおぼしき書籍が目につきました。『さらば東京タワー』というタイトルの本です。

立ち読みしていると、下のような下りがあり「そうだったのか! Σ(゚Д゚)」と、多少驚きました。

(ここから抜粋)


東海林さだお『さらば東京タワー』収録の「納豆は手づかみで」より

『さあ横になって食べよう』(バーナード・ルドルフスキー著・奥野卓司訳・鹿島出版会)という本によると、西洋人がフォークを使って食事をするようになったのは、一三〇〇年代以降だという。日本でいえば鎌倉時代の後半にあたる。それまで彼らはどうやって食事をしていたのだろうか。

手づかみで食べていたのだ。

ルイ十四世もフォークを使ったことがないというし、当時の教会は、「フォークで食事することは、せっかく神が与えてくださった指を裏切るものだ」として、神聖を汚す行為である、とまで言い切っている。そういうことになっていたので、王侯貴族といえども食事は手づかみだった。

キリストの最後の晩餐の絵はいろんな画家が描いているが、同書によれば、あれはみんな間違っているという。まず椅子にすわっているのが間違いであり、テーブルの上にフォークらしきものが置いてあるのが間違いだという。当時は椅子にすわって食事をする習慣はなく、寝そべり用ベッドとでも言うべき、頭のほうをちょっと高くした床に腹ばいになって食べていたのだ。

キリストでさえ寝そべって、手づかみで食べ物を食べていたのだ。



(ここまで)


なんと、最後の晩餐の時代は、「立派な人でも寝そべって、しかも、手づかみで食べていた」・・・。

私の中には、(なんの根拠もなく)「なんとなく、西洋は堅苦しくて、東洋は気楽」というように思いこんでいるというような部分があります。それはたとえば、過去記事の、

魏志倭人伝に描かれる 1700年前の日本と日本人
 2012年05月13日

などでもふれましたが、文字が現れる以前の日本の生活、それはダラーッと車座になって、老いも若きも、女も男も酒を飲んで、支配関係の上下関係も非常に緩かった時代などを思ってのことだったかもしれないですが、しかし、これは「西洋・東洋」というより「時代」の話なのかもしれないなあ、というような気もしてきました。


「しかし・・・・・」と、堅苦しい時代に生まれてしまった私は、「ほんまかいな」と思うわけです。「キリストも寝っ転がって、手づかみで最後の晩餐に臨んでいた」なんて素直に信じられない、と。

それで、調べていると、下の「最後の晩餐」画に辿り着きました。


CODEX-ROSSANO.jpg

Rossano Codex - Best Artistより。


これは左の青い人がキリストだと思うのですが、端に「足先」が出ている。

すなわち、キリストも寝っ転がって食べている

これはいつ頃の、誰が描いたものなのだろうと調べてみました。何しろ、最近は修復画などもはやっているので、最近のものかもしれないからです。

すると、上の絵は6世紀に描かれた「ロッサーノ福音書」と呼ばれる写本に収められているものだそう。下の説明はコトバンクからです。


ロッサーノ福音書

イタリア南部,カラブリア州ロッサーノRossanoの司教区美術館蔵の彩飾聖書写本。福音書の一部をおさめる。紫羊皮紙に銀文字で本文を書き、挿絵をほどこした豪華な写本で、6世紀、コンスタンティノープルの制作と推定されている。



というものだそう。

6世紀ということは、レオナルド・ダ・ヴィンチより 1,000年くらい古い。

なお、今回のこととは関係ないですが、この6世紀という時代は、過去記事の「西暦 541年の東ローマ帝国でのペスト襲来に関してのヨーアンネースの記録」の時代と同じ頃です。


さて、古いほうが正しいということはないですが、6世紀のほうが仮に正しければ、キリストのような、つまり「偉いと言われていたような人」も気楽に飲み食いしていたかもしれない。

それがわかれば、「昔は西洋も気楽だったんだ」と思えるかもしれない。
なんとなく彼ら西洋人に対しての考え方も変わるかもしれない・・・と私は思いました。

正直に言いまして、私には西洋文化に対しての「辟易感」というようなものがあります。好きとか嫌いとかいう意味ではなく、「なんかもう西洋的な価値観に疲れた」というような感じでしょうか。

もともとは西洋文化もそんなに堅苦しくはなかったんだとわかれば、つまり、今の堅苦しい西洋的価値観が生まれたのは、この 1000年くらいの間の「比較的最近のことだった」ということがわかれば、少し考え方も変わるかなあと。


そういえば、日本のマナー研究家の第一人者である酒井美意子さんも、30年以上前の自著で下のように書かれています。


酒井美意子『食通にささげる本』(1979年)の章「ブロイラーを鶏肉の代表と思う人は"味覚ゼロ"である」より

鶏肉は部位によって味が異なるので、パーティで自分でお皿にとる場合、婦人客は胸の肉か手羽先を、男子客は腿肉をとるのが原則になっている。胸や手羽肉をホワイト・ミートと呼び、ここは白い肉で脂肪も少なく味も淡泊だ。腿肉のほうは赤みを帯び、特有の風味に富んでいてコクがある。

私は敢えてマナーに反し、男性向きとされているダーク・ミートのほうをいただくことにしている。

なにしろテーブル・マナーは男尊女卑の18世紀に作られたのである。



かつては「好きなところを食べればいい」というだけの話だったのが、「テーブルマナー」ということで少しずつ堅苦しく面倒になっていく。そのテーブルマナーというのは18世紀にできたという「新しい発明品」だったようです。

酒井美意子さんは、西洋マナーの日本での第一人者だったと思うのですが、彼女はあらゆるマナーを知っている上で、「美味しく食べ物を食べるためにはマナーを意識的に破る必要性」をさりげなく書いていたことに十代の私は感銘を受けたものでした。

酒井さんの文章からは「食に取り憑かれた人物」という空気が溢れていました。実際、酒井さんは、古代ローマのアピシウスのように食べ物に取り憑かれていたと私は思います。アピシウスという人は、古代ローマ時代に「歴史に出てくる最初の美食家」といわれる人です。

apicius.jpg

▲ アピシウス(紀元前 25年前後の誕生とされる)。美味しいものが食べられないことを悲観して自殺。


紀元前の大富豪でしたが、巨額の財産のほとんどを「美食」に費やし、それでも今の価値でいえば、かなりの額の資産がまだあったそうなのですが、


「ああ、こんな少しのお金しか残っていないのではもう美味しいものなど食べられない。美味しいものを食べられない人生なんて生きている価値がない」


と、自殺してしまった人です。

歴史にはいろんな著名人が出てきますが、「美味しいものが食べられないから自殺する」というような人はそんなにいないように思います。

酒井美意子さんの文章を読むと、ここのアピシウスを思い出したものでした。

ただし、酒井美意子さんは半端な家柄ではなさそうで、著作の中にもさりげなく出てくる下のようなくだり、


皇室では、お正月におとそを用いられず、雉子酒を召し上がる伝統がある。私は天皇家の第1皇女 照宮成子(てるのみやしげこ)内親王の御殿へお年始に参上すると、まず " 雉子酒 " を女官さんがお出しくださる。実はそれが楽しみで、私は御所風の新年のご祝詞を暗誦しながら伺候したものだ。



などを読むと、毎年、皇室関係のお宅にお酒を飲みに行けたという方のようです。酒井さんはこちらによると、1999年に亡くなられたようです。


さて、話が逸れましたが、「最後の晩餐の真実」は、「ロッサーノ福音書」の画が見つかったことで納得したわけですけれど、今回調べている中で、「最後の晩餐」という絵は歴史の中でずいぶんとあるものなのだということも知りました。

そんなわけで、いくつか「印象的な最後の晩餐」を載せておきます。

そういえば、タイトルに黒い太陽と書いて、ここまでふれていませんでしたが、これは NASA の「今日の一枚の写真」というコーナーがあって、毎日、科学関係の写真が紹介されるのですが、先日のそこに同じタイトルの写真があったのです。「最後の晩餐」の後に写真を載せておきます。




様々な最後の晩餐

(注)画の下にあるのは解説ではなく、私の感想です。



ヤコポ・バッサーノ ( Jacopo Bassano )の最後の晩餐 - 1542年

1-Jacopo_Bassano_Last_Supper_1542.jpeg

▲ ヤコポ・バッサーノというのは 16世紀のヴェネツィア派というものの巨匠だそうです。こちらに解説があります。ダビンチのと比べると、全体的に「ダラーッ」とした最後の晩餐であるのと、「キリストの前で頬杖をついている人がいる」というところが新鮮な感じがします。



ヤコポ・ティントレット ( Jacopo Tintoretto )の最後の晩餐 - 1594年

2-tintoretto.jpg

▲ 「アル中ばかりの閉店間際の場末の居酒屋」といった感じの最後の晩餐で、食べているというより、ペロペロに飲んでいるっぽいあたりが、むしろ真実感があります。考えれば、自分などでも「最後の晩餐」となると、たくさんお酒を飲むと思う。ティントレットという人も16世紀の画家だそう。



アルブレヒト・デューラー ( Albrecht Dürer )の最後の晩餐 - 1523年

3-The-Last-Supper.jpg

▲ これも、キリストの前に誰か寝ています。しかも、「晩餐」と名付けられていますけれど、食べ物が置いてないですね。食後? アルブレヒト・デューラーというのは、15-16世紀のドイツの画家だそうで、日本語の WWikipedia がありました。



ニコラ・プッサン ( Nicolas Poussin )の最後の晩餐 - 1640年

5-poussin.jpg

▲ これは端の人たちを見るとわかりますが、「寝そべって食べている」バージョンです。調べた限りでは15世紀以降では、寝っ転がって食べている構図はこれくらいですかね。ただ、キリストは座って食べているようですが。この絵を描いたニコラ・プッサンという人は、17世紀のフランスの画家だそう。ちなみに、Wikipediaに「代表作」という項目があるのですが、そこにこの画はないということは、代表作ではないようです。




というわけで、特徴的な「最後の晩餐」を見てきたのですが、「キリスト自身が寝っ転がって食べている構図」のものは、6世紀に描かれた「ロッサーノ福音書」以外は(多分)ないということもわかりました。ニコラ・プッサンのは、キリスト自身は座っているように見えます。

西暦 1300年代以降に描かれた作品に関しては、その時代の西洋では、すでに「食事は座ってナイフとフォークで食べる」という通年が固まっていたこともあり、少なくとも、キリスト教の代表的な存在であるキリストに寝っ転がって、手づかみで食事をさせるわけにはいかないということがあったのかもしれません。


ここからふと思うこと・・・。今はうお座の時代で、これからみずがめ座の時代になる、というようなことが言われているわけですけど、キリストが生まれた頃はまだ確立していなかった「うお座性」というようなものが、何百年もかかってどんどんと確立して、今みたく堅苦しい世の中になっていったという可能性はありますね。

つまり、「その星座の時代のイメージが確立されるまではにずいぶんと時間がかかるのかもしれない」と。ひとつの星座の時代は約2200年くらいありますから、その半分かかっても1000年・・・。

ということは、「みずがめ座の時代の世界」というのも、それが確立されるまでは何百年もかかるのかもしれません。


最後にタイトルの「黒い太陽」を。
NASA の「今日の一枚の写真」をそのままご紹介します。

この写真についてもいろいろと感じるところはたくさんあるのですが、最近、話が飛びすぎていて良くないですので、別の機会に書きます。




Black Sun and Inverted Starfield
Astronomy Picture of the Day 2012.10.15

黒い太陽と反転した宇宙の背景色

black-sun.jpg


この奇妙な黒い玉はなんだと思いますか?
これは実は私たちの太陽そのものです。

これは太陽を非常に特殊な赤色光で撮影した写真を、モノクロでレンダリングしたものです。その結果、太陽は黒くなり、背景の宇宙の色も反転しているように見えます。

こうすることによって、太陽表面での磁場活動やプロミネンスの活動などの様子がより詳しくわかるのです。太陽活動は現在、その最大期に向かっていて、その活動も過去2年間で最大になっています。





[キリスト]に関連した過去記事:

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