2012年10月20日



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ポールシフト、巨大火山の噴火、そして大彗星の衝突のそれぞれが同時に起きる可能性を考えてみる(2)



前回記事は「ポールシフト、巨大火山の噴火、そして大彗星の衝突のそれぞれが同時に起きる可能性を考えてみる(1)」です。
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1万3000年前に「北米大陸からすべての大型生物とその時代のすべての人類が消滅した理由」は何だったのか。


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▲ ナショナルジオグラフィックの特集「10 Failed Doomsday Prophecies (外れた10の終末予言)」の中にある西暦 79年にイタリアのポンペイ市を消滅させたベスビオ火山の噴火の状況を再現した絵より。
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(訳者注) 上の西暦 79年の噴火は今回の話とは特に関係はないのですが、上のベスビオ火山の噴火のストーリーは、ナショナルジオグラフィックの「外れた10の終末予言」という特集の最初のページにあり、以下のようなことが書かれてあったのが印象的なので、最初に抜粋しました。


ベスビオ山の噴火

1999年に出版された「 Apocalypses(黙示録の数々)」によれば、紀元前 65年に亡くなったローマの哲学者セネカは、「地球は完全に燃え尽きる」と言った。セネカは、「私たちが見ているこのすべての世界は炎で燃え尽くされる。それは新しい幸せな世界の到来の合図でもある」と「予言」していたという。

ベスビオ火山はその予言通りにポンペイを焼き尽くしたが、世界全体の終末はいまだに訪れてはいない。



上の特集記事は 2009年のもので、ちょうどアメリカでもマヤの予言が大きく取り上げられたり、「2012」というような映画が作られたりした時期だったということでの特集だったようです。

しかし、考えてみれば、確かに上の記事のように「世界はまだ終わっていない」かもしれないですが、この西暦 79年の噴火は、少なくともポンペイの人たちにとっては、「世界は終わった」と同義であり、そういう意味ではローマの哲学者セネカの予言は、上の絵の人たちにとっては当たっていたことになります。

それは、日本の震災なども含めて、歴史の中で「地域的災害」としては何度も繰り返されてきたことですが、最近書いていたことは、それでもなお、現在まで数百年の地球の時代は穏やかな時代だったということなのかもしれません。過去の歴史書や、あるいは地層や年輪などが「かつて、地球には何度も激しい時代があった」ことを私たちに教えてくれているように思います。




カリフォルニアの広範囲を通過した巨大火球

最近、彗星や地球への飛行天体のことをよく書いていますが、昨日、そのことでちょっとしたニュースとなっていた出来事がありました。

NASA に「全天流星観測カメラプロジェクト」(CAMS:Cameras for All-sky Meteor Surveillance)という、隕石や流星などの天体を常時観測する部署があります。

昨日、その全天流星観測カメラが米国のカリフォルニアで撮影した「火球」の写真が今朝、いろいろなところで大きなニュースになっていました。

どうして、話題になったのかはその写真を見ればおわかりかと思いますが、目撃できる火球としては「異常に大きかった」からです。下の写真です。共に NASA の全天流星観測カメラサイトより。

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▲ カリフォルニア州のサンマテオ大学の定点カメラから撮影。2012年10月18日。



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▲ カリフォルニア州アプトス市から撮影。2012年10月18日


NASA によると、この隕石と思われる天体は、秒速 14キロメートルで大気に突入したとのこと。「秒速 14キロメートルって早いなあ」と思っていたら、記事をよく読むと、これは地球に突入する隕石のスピードとしては遅いほうなのだとか。

隕石自体が巨大なので、破片の回収に期待がもてると書かれてありました。


さて、最近の記事は「歴史上で何度か起きていた巨大複合災害」というものについてふれていて、今回もその続きなのですが、「1万3千年前のアメリカ大陸で起きたことは何だったのか」ということを書きたいと思っています。まず、このことが気になったキッカケから書いてみたいと思いますが、多少長くなるかもしれません。



緩慢に移行している中で「突如として」始まるいろいろなこと


古代の歴史を見ていて、以前から「なんとなく不思議だなあ」と思うことがありました。

それは「いろいろなことが唐突に発生して一気に発展する」ということでした。

たとえば、石器時代の年表などに書かれてある時代の流れを、最も「大ざっぱ」に書けば、

旧石器時代  約200万年前〜紀元前約1万年頃
中石器時代  紀元前1万年〜紀元前8000年頃
新石器時代  紀元前8000年頃〜


のようになります。

旧石器時代の200万年と比べると、次の時代のスピードアップはかなりのものですが、ただし、「旧石器時代」などの人類は DNA などから、彼らは現在の私たち人類とは関係しない生物ということになるようです。

最近わかったミトコンドリア DNA の分析から言われる「アフリカ単一起源説」というものがあり、それは下のような説明となるようです。


アフリカ単一起源説

分子系統解析の進展(いわゆるミトコンドリア・イブやY染色体アダムなど)によって、人類は14〜20万年前に共通の祖先を持つことがわかり、これはアフリカ単一起源説を強く支持するものである。

ミトコンドリアDNAの分析では、現代人の共通祖先の分岐年代は14万3000年前±1万8000年であり、ヨーロッパ人と日本人の共通祖先の分岐年代は、7万年前±1万3000年であると推定された。



とあります。

これは、今の私たちにつながる現在の地球の人類の祖先というか、言い換えると、「私たちと同じタイプの人間」がこの世に登場したのは、大体 15万年前くらいの前後だったということになります。そういう人たちが複数いたとしても、大まかな時代としては「同時に」出現していたと思われます。

そして、大事だと思われることは、この頃に登場した人類は、今の私たちと「知力や体力などはさほど何も変わらなかった」と考えてもいいかと思います。個別の差はともかくとして、全体的にはさほど今と差のない人類が少なくとも 10万年にはこの地球にいた。


しかし、それにしては、どうも文明の進み方が遅い。


その後に、たとえば日本の旧石器時代の遺跡からの歴史や、縄文時代からその後へと進んでいく文明の方向性を見ていると、

なんでこんなに進み方が遅かったのだろう?

と思ってしまうのです。

繰り返して書きますが、多少の差はあっても、この時代の人々はすでに、今の私たち人類とほぼ同じ脳、つまり知性と筋力を持っていた人たちだと考えるのが妥当だと思います。場合によっては、「基本的にまったく同じ」だったと思います。


今の私たちが何の教育も受けずに裸で草原や森林に放り投げられたとしたら、「何万年も何も作らずにじっとしているだろうか?」と思います。


スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」では、サルが骨を武器として見立てる場面から始まりますが、たとえば、私たちなら(そう教えられなくても)骨や棒のようなものを武器だと見立てるのに、数万年もかかるだろうか、と。


下の日本の年表を見ると、弥生時代あたりまでがあまりにもゆっくりとした文明の時代の流れとなっているのですが、弥生時代までの「数万年」という長い時代を暮らしていた人たちも、私たちと同じ人間だったと考えると、どうしても不思議でならない。

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日本史時代区分表より。


そして、歴史では文明の進化などにおいて「突然加速が始まる」という瞬間があります。そして、加速が始まるとしばらく止まらない。これは生命の進化などでもそうですが、突然といっていいほど、唐突に発生、あるいは開始する


見ていると、それはあたかも、「突然、人類が背中を押される」(生物の進化なら、新しい芽が登場する)という時代が区分の中に存在します。そこからそれを起点として加速度的に発展していく。

その起点、あるいは節目には人を導いたり覚醒に至らせる「何らか」の出来事があったのではないかと最近は思います。「それまではゆっくりしているのに、突然に変化する」ということが古代には多すぎる。

「覚醒に至らせる」などという書き方はオカルトくさいですが、難しい話でなく、たとえば、「気温が変化する」とか「気候変動がある」とか、最近の記事の流れのような、「彗星などによるウイルスの流入での DNA に変化があった」とか、とにかく「何か」が起こったと考えるほうが妥当な気がするのです。

ウイルスの流入での DNA に変化というのは、今現在の地球だとバクテリオファージなどの ウイルス改変の仕組みをご覧いただくと想像しやすいかとも思います。これら小さなものたちは「生物を根本から変えて」しまう力を持っていて、そして、大ざっぱにいえばどこにでもいます。

phage.png

微生物の遺伝学 〜 細菌の形質導入より、バクテリオファージの働き。


また、「気温」に関しては、1万年前くらいまでは、いわゆる氷河期だったんですが、改めて気温の推移を見ると、「人々の生活が変わらざるを得ないほどの変動だった」とも言えるかもしれません。過去記事の、

「良い時代と悪い時代」(1): 500年ほど続いた「穏やかだけれど傲慢な時代」は終わろうとしているのかも
 2012年10月06日

に、フレッド。ホイル博士の著作から、「ヨーロッパと北米の1万4000年前から現在までの気温の推移」を表した下のグラフを載せました。




上の記事を書いた時にはそれほど気にしていなかったのですが、このグラフでは、1万3千年前から気温が急上昇していることがわかります。

この1万3千年前頃は、最終氷期という、最後の氷河期の時代だったようですので、気温が低かったのはわかるのですが、「平均気温として十数度も違う」というのは「もう別の国や別の惑星」の話のようにも思います。


まあしかし、気温のことは別の話になるのでともかく、書きたかったことは、昨日までの記事に書いていた、「複合で発生する出来事」という概念のことです。


上の表では1万3千年前を「起点」として、地球は氷河期から抜け出していますが、その「1万3千年前に地球で起きたこと」に関して、科学の世界では議論が続いています。何が起きたかというと、その時代に、「北米大陸から大型の生き物が一掃された」らしいのです。

当時の北米大陸では、大型の哺乳類から当時の北米大陸でクローヴィス文明というものを築いていた高度な先住民族まで、「全部消えた」のでした。消えたというか絶滅したということなのですが、その理由はよくわかっていません。

今回、このことを考えていて、ネットで調べていましたら、米国のニューサイエンティストという科学メディアサイトの 2009年の記事にこのことに関しての議論がありました。

これをご紹介したいと思います。

ちなみに、下の記事をお読みになる場合、先日の記事で引用したフレッド・ホイル博士の以下の部分を念頭において読まれていただくと幸いです。


ただし、われわれは、この大破局が純粋に物理的なプロセス ----- 彗星のダストが地球を包み込んで太陽の光が遮断された結果だとか、巨大物体が衝突したこと自体が招く地震や洪水、火災など ----- によって引き起こされたのだとは思わない。



の部分です。

これはつまり、彗星が地球に衝突、あるいは空中で爆発したとしても、その爆発や衝突の衝撃などの影響で生物が死滅したということではないだろうということです。要するに、「パニック映画みたいな爆発災害が絶滅の原因なのではなく、違う意味での彗星の作用としての絶滅劇」だったというような意味でしょうか。

ホイル博士の考えでは、恐竜が絶滅した6500万年前には、大彗星の衝突が地球上に「遺伝の嵐」を巻き起こしたとしています。そして「あるものは一掃され、新しい遺伝の芽が地球上に芽生えた」ということです。

巨大彗星の衝突、ということ自体の物理的インパクトも確かに大きいでしょうが、生命というのはその程度のことでは「種全体は絶滅しない」ものだということのようです。

それではここからです。




Was there a Stone Age apocalypse or not?
New Scientist 2009.11.19

石器時代の黙示録の存在の可否


今から1万3000年前、北米大陸の様々な大型生物が完全に消滅した。動物だけではなく、当時の北米大陸に移住した人間たちもすべて消えた。

この記録的な大絶滅に関係する推測のひとつとして、当時の北アメリカに巨大彗星が衝突したという説がある。

突如として、マンモスがいなくなり、マストドンもいなくなり、そして、クローヴィス文化を築き上げていた人類もすべて地上から「消えて」しまった。

この一種、神秘的ともいえるストーリーの原因は、世界中の科学者たちによって追求されてきた。そして、いつも議論の対象となった。

最近になって、彗星の衝突のインパクトの影響は小さなものだったかもしれないという新しい研究(※2009年時点)が示された。

しかし、彗星の衝突での絶滅説を主張する科学者たちは、サンフランシスコで開催されるアメリカ地球物理学連合( AGU )の会合で、彗星説を裏付ける証拠となる新しい調査でのデータを提出するという。その会合で、彗星説と、彗星説に懐疑的な学者たちの間で議論が展開されると予測されている。

彗星説に否定的な、ウィスコンシン大学のジョン・ウィリアム教授は、次のように言う。

「12900年前には、何ら特別な大きな出来事は起きませんでした」。

当時の北米大陸の大型哺乳類は、1万3000年前の絶滅前からすでにその数を著しく減少させていたとウィリアム教授は言う。



湖底の調査からは

ウマやマンモスなど、大型の植物を食糧としていた哺乳類の糞から見つかる真菌のスポロミエラ( Sporormiella )の胞子を確かめるために、ウィリアム教授と研究チームは、米国インディアナ州とニューヨーク州の湖で層をなしている湖底を調査した。

そして、胞子数の低下から、大型動物の個体数が、14,800年〜 13,700年前の間で一定の割合で減少し続けていたと結論づけた。彗星が衝突したとされる時代より 800年も前から大型動物は減少していたという。

教授は、このデータから、何らかの突然の衝撃によっての絶滅ではなかったと述べる。

ただ、このウィリアム教授の調査とデータは、北米大陸の非常に限られた地域だけのデータから得たもので、全体を語るデータとしての信頼性となると、米国カリフォルニア大学の地質学者であるジェームズ・ケネット博士( James Kennett )は、「過剰解釈の典型的なケースです」と言う。ケネット博士は、彗星説の提唱者のひとりだ。



クローヴィス文化の発展からみる

人類学者たちの中にも、クローヴィス文化が突然消滅したという説に対して反対の意見を持つ人々が多い。

とはいえ、クローヴィス文化の独特の文化の痕跡が、1万3千年前に急速に消滅したことは事実だ。この時期は、地球の気温が急速に下がり始めた(氷河期)時代でもある。

しかし、アリゾナ大学のヴァンス・ホリデー教授は、「それでも、クローヴィス文化の時の人々が絶滅したわけではないはずです」と言う。

「クローヴィス文化の人工品のスタイルが変化していったのです。そのような例は世界中で見られます」。

また、当時の北アメリカの人々は、一定の居住地に短い期間しか留まらない移動型の狩猟生活集団だった。その上、ヤンガードライアス期(1万2900年前–1万1500年前)の地層には、地球外の物質(彗星などが衝突した証拠となる元素など)が見つかっていない。

恐竜を絶滅させた時代の地層には、世界中から地球外の元素が発見されているが、1万3千年前の地層には見当たらないのだ。



彗星説に難しい問題

ダートマス大学の同位元素専門の地球化学者であるムクル・シャーマ博士( Mukul Sharma )は、その時代の地層から、いかなる白金系の元素も見つけることができなかったと述べる。シャーマ博士は、アメリカ地球物理学連合( AGU )において、その調査結果の詳細を述べる。

しかし、その時代に「何か」が太平洋の周辺に衝突していた可能性が高いこともまた事実だ。

それもシャーマ博士の調査による報告によるものだ。博士は、アメリカ地球物理学連合の別の会報の記事で、1万6千年前から8千年前の間に太平洋中部の海底の地層から地球外のオスミウム(白金族の元素)の跡を発見したことを報告している。

また、ヤンガードライアス期の地層に、1908年のシベリアで起きたツングースカ大爆発と類似した痕跡が見いだせるとカンザス大学のエイドリアン・メロット博士( Adrian Melott )は言う。

ただし、メロット博士によると、その時の北アメリカでの爆発は、「何が衝突したのかはともかく、それはツングースカより何桁も大きなもの」だったと確信しているという。