2012年11月06日



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「太陽の休止」の現実化: 2013年に最大を迎えると予測されていた太陽活動のピークがすでに終わった可能性を NOAA が示唆



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▲ 英国の落書き作家バンクシーの最も有名な作品。多くの街角にこの「心が飛び去っていってしまう女の子」の絵が描かれました。
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(訳者注) 昨日は記事を更新できませんでした。最近はあまり個人的なことを書かなくなっていますが、昨日今日と、子どもの関係のことで外出していました。子どもと小学校の関わりは以前より深刻になっています。ちょっとだけ書かせていただきます。

前置きが長くなった場合、太陽活動の記事を先にお読みになりたい方は一番下に本文の「結局、これが太陽活動の最大期なのか?」がありますのでお進み下さい。




彼らを地獄から救える本当の方法

深刻というか、子どもの状態はいろいろな方向に広がっていて、たとえば、メンタルが原因と思われる「痛み」などについてのこともあります。ちょうど近所に小児心理の専門の先生のいる病院があるのですが、その先生から東京で最大の小児総合病院での精密検査を紹介されるまでになったりしています。

うちの子は、発語が遅かったせいもあり、コミュニケーション能力に問題があります。その他にも、いろいろな理由はあるのでしょうけれど、子どもにとって今では学校は「ただ耐える場所」となっています。

「まだ7歳なのにこんなにボロボロになって」とかわいそうですが、うちの奥さんもですが、社会や周囲の基本は今でも「学校に行くことは当然」ということになっています。

そんな中で、とりあえず周囲との摩擦を極力少なくしながら「将来の下地」のために、学校の方々や相談室の人などと会って話をしたりしています。

その方々に解決策を求めているというより、現状を学校の方々に知ってもらうだけのことで、「将来の下地」とは、周囲の摩擦を少しずつ解消して、ゆくゆくは「学校に行かない環境」に移行できればと思っています。
これからの何ヶ月か何年かはその準備のための期間とも言えるかもしれません。

別に学校制度に文句があるわけではないのです。

実際、うちのこどもを囲む環境は本当に良いものだと思います。小学校の先生方も、市の教育委員会の人々も、皆さん本当にいい方です。

今日は学校の「相談室」にいる先生と子どもも交えて話してきましたが、この方は私より若いおっとりとした女性の方ですが、認知行動療法をずっと勉強されていた方で、話はとても興味深く、数時間話してしまいました。

この方は「現代の日本人で劣等感を持つ人の多さ」(80%の日本人が劣等感を持っていることが最近の調査でわかったのだそう)を懸念していました。そして、現代の子どもたちの「攻撃性の根本にあるものの正体」の意見も、ほぼ私と同じような見解を持っている方でした。


悪い人も見当たらないし、文句もないのに、子どもは確かに「地獄のような毎日」にいる。


どんなことにも「合う合わない」は確かにあります。それは「学校に在籍する」ということ自体も含まれます。このことは私自身も小学校から高校を出るまでにずっと感じ続けていたことです。今思ってみても小学校から高校を出るまでの期間というのは「クソのように無駄な 12年間」だったと思います。というか、それではクソに申し訳ない。

高校を出てから逃げるように東京の大学に来たのも、自分の「無駄な年月の記憶」から逃げたかったということもあったかもしれません。

もちろん、北海道での十代が楽しくなかったわけではないですが、楽しかった記憶は「すべて学校生活とは関係ないこと」でした。今でも、学校なんかに通っていた自分を情けなく思い、汚らわしくさえ感じます。

これも一応書いておきますけど、何か学校でイヤなことが続いたとか、先生が良くなかったとか、そういうことではないです。

「合う合わない」はあるのです。

私のように12年間一応行っても、「反吐のような記憶としてしか残らない」時期というのは、やはり、それほど長くもない1人の人間の人生の中の「時間」としては無駄な時間だと思います。

いずれにしても、私の学生時代も、そして今も、周囲が悪いとはとても思えず、悪い人もそこには見えません。

いい環境といい人ばかりがある。
なのに、現に「何かが」良くない。


何か悪い部分があるとすれば、「社会全体のシステム」としか言いようがなく、たとえば、私の子どもの周辺にも「いわゆる」いじめのようなものも存在していますが、それにしてもその裏には「溜まるストレスを発散する場所がない多くの子どもたちの悲鳴」があります。




私の「先生」時代のこと

私は数年前、東京の芸能学校(テレビなどの子役を輩出している中で最大手)で、5歳くらいから小学2年くらいまでのクラスで演技を教えていたことがあります。

その頃、子どもたちと話していて、知ったことは「彼ら彼女たちの奴隷のような生活」でした。

学校が終わり、塾や習い事にいくのは、ほぼ全員(すべてのクラスの100名近くの全員に尋ねて)で、中には「週に10個の習い事をしている」という子さえいました。


私 「週に10っていったら、一日2つ以上じゃないの」
彼 「そう」
私 「遊ぶ時間は?」
彼 「車で移動している中で DS するくらい」
私 「(;゚д゚) ・・・」



そして、そんな子どもがいくらでもいるのです。

「自由な時間を一切持たない人間」。

私たちが子どもの頃は学校から帰ると、まっすぐ外に走って、男の子は虫を捕ったり、ナンカを壊したりして遊んでいました。やることの善悪はともかく、それらは十分に「なんとか次の日も学校に行ける」程度のストレスの発散にはなりました。

今はそれすらない。

それで「いい人間になりなさい」って言ったって無理だ。
自由を奪われた人間は、基本的な幸福感を持たないものです。

さらに印象的なのは、たとえば上の子に続けて次のように尋ねました。


私 「習い事の中で一番好きなのは何?」
彼 「そんなのあるわけないよ」



この答えも、少なくとも男の子はみんな同じでした。
女の子はやや違いましたけれど。

そういう事実を私はその学校で子どもたちと接する時まで知りませんでした。

それを知って、私は事務局に行き、そこの先生を辞める手続きを始めました。自分のやっていることも、その子どもたちの「苦痛」を増やしているひとつに過ぎないと思ったからです。


問題として深刻なのは、確かに現在のシステムは「数多くの地獄を作っている」ことは事実ですが、しかし、個人を辿っていっても「そこに悪い個人は見当たらない」というところに本当の意味での「システムの絶望」があります。


まあ、それでも、私は着々と周囲との摩擦を減らす努力をしながら、何となく「そのシステムから子どもを離脱させていく」ということを本気で思っています。

いつも楽しいことを考え出してハシャいでいるうちの子どもが「学校」という言葉を聞いただけで萎縮して口もきけなくなります。もともと痩せている彼ですが、体重も入学以来、育ち盛りなのに1キロ以上減りました。

このままシステムの中にいれば、そう長くうちの子どもは健全には生きられないとは思います。なので、その前に何とかしたいですが。

それでも、世の中は何もかもが自分の思いとおりになるわけではないです。
ダメならダメで仕方ない。


私は楽観的な生き方をしていますが、社会と未来に対しての視点は「異常なほど暗黒」で、それは小さな頃から変わりません。12年間の学校生活の中で、小学生くらいの時には、すでに「社会は 99パーセントの絶望で成り立っている」と感じていました。

逆にいえば、私ほどネガティブな人間は日本でもそうそういないと思います。

そして、私は現実として変転させられること以外は信じません。
夢物語も信じません。


さて、もう前振りはやめておきます。



「地球環境の大変化」と「社会システムの崩壊」の天秤

個人的なことを書いてしまいましたが、そういう理由で記事の更新が遅れることもあったということで、今後、普段は個人的なことは書くつもりはありません。

今はそれどころの時代ではないです。
それに何より、私自身、「今の地球と宇宙」の推移にとても興味があります。

なので、最近の In Deep に書いている記事の内容は、私自身が興味がありますので、止まりたくないというところがあります。前にも書きましたが、更新が一度止まると、多分永遠に止まるような気がします。


ちなみに「なぜ興味があるのか」というと、「地球環境の大きな変化」と「社会システムの崩壊」というものがもしリンクするものなら、上に前振りで書きました個人的な話もあながち無関係とも言えないからです。

では、私が「地球環境の大きな変化」を望んでいるのか?

それはわかりません。

先日の米国のハリケーン・サンディを見てもわかる通り、環境の変化に伴う悲劇は大きいものだからです。なので、地球環境の大きな変化を望んでいるわけではない。

・・・でも、社会システムの変化(またはシステムの崩壊)は望んでいるというワガママ。


ところで、このサンディ、今朝の「ロシアの声」日本語版の「米国東部に 新たなハリケーン」という記事の最後に以下のようにありました。


専門家らは、「サンディ」は、2005年のハリケーン「カテリーナ」や2001年の同時多発テロ、1992年のハリケーン「アンドリュー」と並ぶ、米国史上屈指の大災害として記憶されるだろう、と述べている。



これを読んで思い出すことが、先日の記事、

地球の環境の変動の現実に「気づき」始める世界中のひとびと
 2012年11月02日

の中で、サンディの被害を受けた米国 CNN の記者が記事中に、

> まるで「この 100年間起きなかったこと」が6ヶ月ごとに起きるような気さえする。


と書いたことです。

ロシアの声には「サンディが米国史上屈指の大災害として記憶されるだろう」とありますが、これから先、「〇〇は△△史上屈指の大災害として記憶されるだろう」と呼ばれるような災害がどれだけ起きるのだろう・・・と、かなり正直に思います。

というか、非常に多くの方々が実際そのように感じられているのではないでしょうか

そう考えていることは、すでに「決意」と言えるように思えます。

きたるべき時代に対しての(心の)決意。

私は 2011年の震災直後(2日後)の3月13日の記事「決意の涙: 東京 DAY3」に下のように書いたことがあります。


大きな災害が起きると、かわいそうだとか、その人たちを助けようとか、そういうことや気持ちが起きるのは当然なのでしょうが、それに加えて、「次は自分たちだ」という意識が非常に見えます。

もはや、自然災害はどれひとつとっても他人事ではないという「決意」。

たった3日間ですが、「3日前とは違う世の中になった」という感じがうかがえます。

変わったのです。




そして今も「変わり続けている」と言っていいのではないかと思います。

日本人、特に当時の東北の方々はあの未曾有の災害に対処して常に冷静に行動し続けました。その光景は「奇跡」であり、そして、その光景は世界中の人たちに驚きを与えたわけですが、私たちはあの時の「勉強」を忘れないで生きたいと思います。


さて、ずいぶんと前置きが長くなってしまいましたが、今回はアメリカ海洋大気庁( NOAA )が発表した「太陽活動」に関しての記事をスペースウェザーが紹介していたのですが、そのタイトルは「太陽活動のピーク(最大期)はもう終わった?」というものでした。

予測されていたグラフと実際の活動に差が出ていて、グラフは「ピーク」を過ぎたことを示唆しているように見えるというものです。そして、サイクル 24と呼ばれる現在の太陽活動は、現代の宇宙観測時代の中で、最も弱い太陽活動のサイクルとなる可能性が出ています。

これに関しては、ちょうど昨年の今頃書いた、

あらかじめ予測されていた小氷河期の到来(1)
 2011年11月07日

から始まる一連の記事の中に、 NASA の科学者の予測が出ており、それに従うような現実となっている感じもあります。

それをご紹介します。
図にはできるだけわかりやすい日本語も入れました。

ここからです。




SO THIS IS SOLAR MAXIMUM?
Space Weather 2012.11.06


結局、これが太陽の活動の最大期なのか?


アメリカ海洋大気庁( NOAA )の太陽活動の予測担当官は、2013年の太陽活動最大期は、宇宙観測時代に入ってから最も弱い太陽活動の最大期となるだろうと予測していた。

しかし、彼らが考えていたよりも、さらに太陽活動は弱いものかもしれないデータが示された。

下の図は、 NOAA の太陽活動の予測と実際の太陽活動を示したグラフだ。

sunspotcycle-2012-11.png


現在の実際の現在の太陽の活動は、このグラフが示す 20年間の太陽黒点の数の推移の平均を下回っている。

太陽黒点活動は予測できないほど急速に変化するので、実際のカーブが今後、急上昇を見せる可能性はあるが、しかし、現在のところ、太陽の表面には大きな黒点の出現が少なく、そして、最近1週間は強い太陽フレアもまったく発生していない。

今は太陽活動最大期に向かう時期だというのに、まるで、太陽活動の「最小期」のように見えるのだ。 NOAA の予測官によれば、今後24時間にも強い太陽フレアの発生する可能性はほとんどないという。





(訳者注) という短い記事ですが、このことは本ブログとしては比較的重要なことですので、次回あたり、昨年の「あらかじめ予測されていた小氷河期の到来」と合わせて考えたいと思います。


なぜなら、すでに「全世界で異常に早い寒波が始まっている」からです。


なるべく早く更新いたします。

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