2013年03月31日



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Xデイは4月2日?: 無数の亡霊たちが蘇る1週間の中で起きるかもしれないこと



最初に、最近アンドリュー・ボドロフ( Andrew Bodrov )さんという人が作成したキュリオシティの撮影した火星の写真から作った「火星の 360度のパノラマ写真」を動画にしてみたものをはっておきます。

オリジナルはアンドリュー・ボドロフさんのサイトにあります。

色が気に入らなかったので、少し写っているキュリオシティのボディから、「実際の火星上の色だと思われる感じ」に修正してみました。それほど正確な修正ではないですので、参考程度に。


キュリオシティが撮影した火星の360度パノラマ(カラー修正版)







目を閉じるだけで洪水の夢を見るようになり


今日の午前は上の火星のパノラマ動画を気に入る色に近づけたりする作業をしているうちに眠ってしまったのですが、その時にまた「洪水の夢」を見てしまって。

最近頻繁に見る洪水の夢のことは、


「日々の洪水の夢」を包む地球はカオスの真っ直中: 歴代の巨大洪水に関しての夢とビジョン
 2013年03月10日


という記事に書いたことがあります。

しかも、今日は正確には「眠っていないのに見た」のです。ウトウトはしていたんですけど、眠くなったので横になって目を瞑ると、まぶたの中に「水没した街」が浮かんでくる

なんかくやしくなって、

「この場所がどこか特定してやる! クソ!」

と、ウトウトの中で詳細を見続けます。

たとえば、壁や看板に特定の文字が見えたりすれば手がかりになるでしょう。
日本語だとかロシア語だとか韓国語だとかそういう意味で。

でもわかりませんでした。
どこにでもある「単なるビルや建物」としか見えない。

そんなことをしているうちに本当に眠ってしまって、眠っている間は夢も見なかったのですけれど、起きた後、連日のようにまぶたの裏に浮かぶ「水没した地球」の様子に、いささかうんざりしたりしましたけど、でも、意外と単なる「願望」なのかもしれません。



ところで、「Xデイは4月2日?」なんて思わせぶりなタイトルでごめんなさい。この「Xデイ」というのは別に具体的な意味のあるものではないんです。


先日、昔からのバカ友たちと会っていた時、

知人 「しかし、これだけ混乱してても欧米はエイプリルフールとかやるんだろうなあ」
わたし「エイプリルフールなんてのがあったか」
知人 「やるんだよな、欧米は。メディアなんかも」
わたし「日本時間だと2日か。4月1日は北朝鮮が中央委員会総会やるって言ってる」
知人 「キプロスとかもあるしね」
わたし「そういや明日、キプロスの株式市場開くって書いてあったな」
知人 「他にもいろいろあるところに・・・エイプリルフール」
わたし「エイプリルフールがブラックスワンじゃ笑えないな」


などと言っていたのですが、エイプリルフールはともかくとして、他に、4月の第1週というのは、一般的にはどんな行事があるのだろうと見てみました。





欧米では復活祭(イースター)、中国では清明節


経済サイトのクルークなどを見てみますと、目を引いたのが、

1日(月)
欧州市場はイースターマンデーで休場

4日(木)
香港・上海市場は清明節で休場


ですが、「イースターマンデー」と「清明節」、どっちもよくわかりません。

Wikipedia を引いてみます。


復活祭(イースター)

復活祭とは、キリスト教の典礼暦における最も重要な祝い日で、十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目に復活したことを記念する。「復活の主日」、あるいは英語で「イースター」とも言われる。

復活祭は基本的に「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われるため、年によって日付が変わる移動祝日である。



とのことで、つまり、イースターマンデーとは、月曜日のイースターということのようです。

中国の清明節。


清明

清明は、二十四節気の第5。三月節(旧暦2月後半 - 3月前半)。

中国における清明節は祖先の墓を参り、草むしりをして墓を掃除する日であり、「掃墓節」とも呼ばれた。日本におけるお盆に当たる年中行事である。



日本での「春分」と「立夏」の間あたりのもののようです。

ちなみに、上の Wikipedia には、「清明の頃の季節」として以下のような記述がありました。


季節

万物がすがすがしく明るく美しいころ。
様々な花が咲き乱れ、お花見シーズンになる。



とありました。

なるほど、世界中でそのような花の季節の到来を感じ・・・・・ていないのですね。

下は今年3月の最終週、つまり先週のロシアとアメリカの報道です。

3-last-week.jpg

世界各地の「終わらない冬」の光景と共に思い出す小氷河期のこれからの私たちの生活 より。



実はかなり多くの国で、春が来ていません

まあしかし、本来は中国の清明節は、「様々な花が咲き乱れる中で、祖先の墓を参り、草むしりをする」というもののようです。

つまりこの時期というのは・・・。


イースターは、キリストの亡霊を祝う(亡霊でいいのかな)。

中国の清明節では、祖先の霊に祈る。



中国でこれまでどれだけの人たちが亡くなってきたのかはわからないですが、何億何十億という「亡霊」たちが地上に蘇る日

それが、この4月の第一週のようです。


ところで、イースター。

理由は知らないですけれど、「大人がウサギの格好をする」というのがあるようでして、下はアメリカの写真ですけれど、ウサギの格好をした親とその子どもが楽しく過ごすというのがイースターでもあるようです。



イースターの日の「地獄の風景」の数々

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正直、「子どもによってはものすごいトラウマになりそうだなあ」と思います。



ところで、もうひとつ書きたいとがありまして、それはつい先日の記事の、

英国の中世の不思議な絵を見続けて一日が終わってしまって
 2013年03月29日

という記事で、「人体と太陽系の惑星の関係を書いた図」を載せました。




記事ではこれを掲載をした意味を書いていませんでしたので、そのことを書いておきます。


これはその少し前の、20世紀はじめのロシア宇宙主義の科学者であるチジェフスキー博士と、セルビアの予言者ミタール・タラビッチのことを書いた記事、


私たちに残されたかすかな「破局の回避」の可能性のために(1): 「人類のひとりと宇宙は同一のもの」
 2013年03月24日


の中にあるそれぞれのフレーズと連動して考えていたことだと思っていただければ幸いです。


チジェフスキー博士の概念

チジェフスキーは 1920年代のはじめに、地球上の生命現象が宇宙の物理的な現象とつながっていることを明らかにした。

敏感な神経節と同じように、ひとつひとつの生きた細胞は「宇宙の情報」に感応するのであり、大宇宙はこの情報を細胞のひとつひとつに浸透させている。





ミタール・タラビッチの予言より

本物のエネルギー源は地中ではなく自らの周囲にある。

このエネルギー源は人間の中にも存在している。



ミタール・タラビッチの上の言葉はわかりやすくはないかもしれないですが、目に見えない宇宙線などが高エネルギーを持つことは今ではわかっていますが、それは常に私たちの周囲にあるものです。すなわち、



宇宙から来ているもの(自らの周囲にあるもの)



人間の自分の体の中にあるもの

は同じだ。






と、タラビッチは言いたかったのではないかと思ったのです。

そんなこともあり、その図を載せました。


中世の英国で人体と惑星の関係を表しているものとして、下のような図もありました。

body-02.jpg


この中で私が太陽系の惑星の中でもっと重要だと思っている3つの星、すなわち、

・太陽
・月
・水星


と人体の関係をつなげてみたのが下の図です。


bodies-big.jpg



現代の人体図と照らし合わせると下のようになるみたいですね。

jin001.jpg

▲ 元の人体図は goo ヘルスケア より。



太陽 = 心臓
水星 = 脾臓



これは多分、位置的に間違いないと思います。

ただ、なんですけど、どの図も左耳の下あたりに繋がっていて、耳そのものを意味するのか、頭(脳)なのかがよくわかりませんでした。



しかし、いずれにしましても、上の図で考えると、人体でもっとも大事な部位は「脾臓」ということになりそうです。


私個人では、太陽よりも水星のほうが直接的な役割を持っていると考えていますので、その水星が示しているのは脾臓ということですので、心臓よりも脾臓のほうが高い役割を持っているという意味に見えます。


現代の医学では脾臓の役割はそれほどわかっているとはいえないですが、一応、脾臓とは - コトバンクから抜粋しておきます。


脾臓(ひぞう)

五臓六腑の一つに数えられ、英語 spleen は脾臓が気力や感情の宿るところと考えられたことから転じて、「不機嫌」や「憂鬱」の意にも用いられる。

腹腔内にある内臓の一つで、古くなった赤血球の処理、リンパ球の産出、免疫による生体防御などをつかさどる最大のリンパ系器官でもある。左側上腹部にあり,上方は横隔膜,下方は左腎臓に接し,前方に胃がある。



なお、一般的ではないですけれど、昔から焼鳥、ヤキトンなどの世界では、動物の脾臓は「チレ」という名前でした。モチのような食感をした不思議な部位です。

2011年の震災の2週間後くらいの記事の「右脳の中の風景はいつ左脳の風景と結び合う?」という日記に「チレ」の名前を出したことがあります。何年かぶりにその記事を読み直してみましたら、大岡昇平の『野火』の私の好きなシーンが抜粋されてありました。

戦場で人肉食を目撃してから発狂していく主人公の姿の「目にうつる世界」の描写です。当時(第二次世界大戦、あるいは様々な戦争)の頃には実際に同じような狂気に陥った人はいくらでもいたと想像できます。

読み直すと、この部分も上に挙げたチジェフスキー博士やミタール・タラビッチの世界観にも通じるところがあるように思いました。

すなわち、

・自分が宇宙に参加するためにはどうしたらいいのか?

という問題です。


なので、再び抜粋しておきます。


野火 30章 「野のゆり」より

万物が私を見ていた。

草の間から一本の花が身をもたげた。直立した花梗の上に、硬く身をすぼめた花冠が、音楽のように、ゆるやかに開こうとしていた。その名も知らぬ熱帯の花は芍薬に似て、淡紅色の花弁の畳まれた奥は、色褪せ湿っていた。匂いはなかった。

「あたし、食べていいわよ」

と、突然その花がいった。

私は飢えを意識した。
その時、再び私の右手と左手が別々に動いた。

手だけではなく、右半身と左半身の全体が、別もののように感じられた。飢えているのは、確かに私の右手を含む右半身であった。

私の左半身は理解した。私はこれまで反省なく、草や木や動物を食べていたが、それ等は実は、死んだ人間よりも食べてはいけなかったのである。生きているからである。

空からも花が降って来た。同じ形、同じ大きさの花が、後から後から、空の奥から湧くように夥しく現われて、光りながら落ちて来た。そして末は、その地上の一本の花に収斂された。

その空間は広がって来た。花は燦々として私の上にも、落ちてきた。しかし私はそれが私の体に届かないのを知っていた。

この垂れ下がった神の中に、私は含まれ得なかった。その巨大な体躯を大地の間で、私の体は軋んだ。

私は祈ろうとしたが、祈りは口を突いて出なかった。私の体が二つの半身に別れていたからである。

私の身が変わらなければならなかった。




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