2013年04月03日



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星に願いを: アリストテレス死後 2300年目の地球に「価値観の革命」は起きるだろうか



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▲ 14世紀のイタリアのカトリック修道院での連続殺人を軸に、中世の修道院の異常な日常を描いた痛快娯楽作品『薔薇の名前』(1987年)の台詞より。左が若き日のクリスチャン・スレーター、右がすでに老いている主人公のショーン・コネリー。字幕は彼らの台詞ではなく、殺人事件の犯人である修道院の書司によるもので、これが「連続殺人の理由」でもあります。
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さらば、アリストテレス


先日ひさしぶりに映画『薔薇の名前』を見ていました。中世の暗黒時代に修道院で起きる殺人事件をめぐる映画なのですが、その陰惨な描写と、だからこそ脳に焼き付くイメージを提供してくれる今の娯楽映画では絶滅してしまった系統の映画のひとつです。


まあしかし、この映画の内容そのものはともかく、最終的にこの映画で殺人を引き起こしていた要因のひとつが、紀元前の哲学者アリストテレスの記した『詩学』の第二部「再現する対象の差異について」をめぐるストーリーであることがラストで明らかになっていきます。

喜劇と悲劇を論じたくだりらしいです。

それを見ながら、

「アリストテレスってこっちの(文学や娯楽の)理論では優れた人だったんだなあ」

と改めて知りました。

そして「こっちの理論」という言い方には「あっちの理論はダメ」という含みもあります。


何しろ、アリストテレスは、死後2300年を経つ今でもなお私たち「生命は宇宙からやって来た」と考える人たちにとっての「障壁」となっている人であり、私がケンシロウなら、アリストテレスは宿敵「ラオウ」に相当します。


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たとえば、過去記事(こちらなど)に何度も出てくる以下のくだり、


彗星や火球の衝突の話は、プラトンの時代には全く普通の話であった。しかし、哲学者アリストテレスからは地球が彗星には関係なく安全だと考えられるようになった。アリストテレスは彗星や隕石を天体とはせず、大気現象だとした。西洋思想では地球は宇宙から切り離されてしまったのである。


フレッド・ホイル著『生命はどこから来たか』より。



にあるように、アリストテレスは、彗星と地球との関係性というものをこの2000年以上にわたって、わかりにくくさせてしまった元凶でした。

彗星 - Wikipedia には、



古代ギリシアの時代から長い間、彗星は大気圏内の現象だと考えられてきたが、16世紀になって、宇宙空間にあることが証明された。



とありますが、ずいぶんと長い間、彗星は宇宙での現象ではなく、地球の大気圏内の現象だと考えられていたということがわかります。

大気圏内の現象というのは、たとえば、虹や雷とか、過去記事の、


地球の上空では光のフラッシュが永遠に続いていて、私たちはその下にいる
 2012年07月15日


などでご紹介したことのある、スプライトやジェット、エルブスというような名称の「光の現象」がありますが、彗星もそういうもののひとつだとずっと考えられてきたのです。

地球の上空の 30キロか ら100キロくらいの高層大気には「まだ解明されていないけれど、見える光の現象」は数多くあり、下の表がその一部です。



▲ スプライト、ジェット、エルブスの想像図。電気と科学の広場より。


しかし、彗星はこれらとは違い、「宇宙で起きている現象」だということが、今から400年くらい前にようやくわかってきて、現在はさらに観測も進化しました。





賢者でもあったアリストテレス


そのように、地球の現象に関しては、困った存在であったアリストテレスなわけですが、しかし、いっぽうでアリストテレスという人は、『薔薇の名前』を見て知るように、当時の敬虔な修道士をして、

神を笑うことを許されれば、世界はカオスに戻ってしまう

と思わせしめ、笑いの存在そのものを怖れされるほど「大衆文化における笑いの重要性」を紀元前に記していたというスゴイ人物であることも知ります。

今でいえば複数の肩書きを持っているような人物、たとえば「風俗評論家」と「天文物理学者」のふたつの肩書きを持っていたとして、アリストテレスという人は天文物理学者としては今イチだったけれど、風俗評論のほうでは右に出るものがいないというような人だったようです。

笑いを人間の生活の中で重要だと考えていたアリストテレスなら、「アリスト、照れるッス」というようなダジャレも言っていたかもしれません (>_<) 。




関係ないですけれど、紀元前の哲学者は同時に格闘技にも精通していた人も多く、プラトン(紀元前427年 - 紀元前347年)などは、そもそもその名前が Wikipedia によれば、


祖父の名にちなんで「アリストクレス」と命名されたが、体格が立派で肩幅が広かったため、レスリングの師匠であるアルゴスのアリストンに「プラトン」と呼ばれ、以降そのあだ名が定着した。



というように、「レスリングの師匠」を持っていたりしたわけで、当時は哲学も格闘も政治も同じ土俵にあったようです。

絵画と写真を比べても、現代の格闘との相関関係は何となくわかります。

まずは「決めのポーズ」が似てきます。



プラトン(紀元前の哲学者)

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▲ イタリアの画家ラファエロが 1510年に描いた「アテナイの学堂」に登場するプラトン。



ストーンコールド・スティーブ・オースティン(米国の元プロレスラー)

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▲ アメリカのプロレス団体 WWF が主催した 1999年の「キング・オブ・ザ・リング」に登場するストーンコールド・スティーブ・オースティン。




私はプラトンもオースティンも好きですが、やはり好きな人というのはルックスもある程度は似てくるものだということを実感します。


えーと・・・・・で、何の話でしたっけ?
ブロレスの未来でしたっけ?

ああ、彗星だ!

そうです。
彗星の話です。





彗星の正体


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▲ クロアチアのパジンで1997年3月29日に撮影されたヘール・ボップ彗星。 Wikipedia より。


先に、フレッド・ホイル博士の『生命はどこから来たか』の部分を抜粋しましたが、この『生命はどこから来たか』の第1章は「彗星の正体」というタイトルで、この章の冒頭にもアリストテレスの名前が登場します。

抜粋します。


夜空に突如として出現する彗星は、いつの時代も人々の注目を集めてきた。彗星が出現するたびに、人々は同じ問いを発してきた。

「彗星の正体は何なのか?」

ギリシャの哲学者アリストテレスは、彗星は「大気と天界のあいだの摩擦によって起こる現象」で、疫病などの厄災の前兆であると考えていた。これに対し、ローマ人の哲学者セネカは、

いつの日か、彗星が天のどのあたりを運行しているのか、なぜ他の惑星と比較して、かくも特徴的な軌道に従って天空を横切るのか説明し、彗星の大きさや性質についてわれわれに教えてくれるような人物が現れるだろう。


と書き残しているから、彼が彗星を地球のはるか彼方を行ったり来たりする天体だと考えていたことが分かる。

けれども、アリストテレスに関する研究がさかんだった中世には、彗星を大気の中で起きる虹や雷のような気象現象の一種だと考えるのが一般的になってしまい、彗星を凶兆と見なす考え方も、つい最近まで人々のあいだに根深く浸透していた。



とあります。

上にある「彗星を凶兆と見なす考え方」がホイル博士の死後も続いていたことは、一昨年のエレニン彗星などのことを思い出すとわかります。意味なく人々に嫌われたまま消えていった可哀想なエレニン彗星についての過去記事は下などにあります。

エレニン彗星は 9月11日に太陽フレアの中でほぼ完全に消滅
 2011年09月17日



▲ エレニン彗星が崩壊・消滅した光景。過去記事「消滅したエレニン彗星:そして、彗星の存在の意味」より。


ちなみに、アリストテレスの2000年にも続く呪縛を破るキッカケとなったのが、我らがヒーローのイケメン科学者ニュートンの発見した「万有引力の法則」を適用できる科学者たちが出現してからだったようです。『生命はどこから来たか』では、上のあとに以下のように続きます。


彗星の研究が「科学」と呼べる域に達したのは、 17世紀のエドモンド・ハレーの研究からだった。彼は、彗星に関する古い記録をあさっては、友人アイザック・ニュートンが発見した万有引力の法則を適用して軌道を計算し、ついに、 1531年と 1607年に出現した三つの彗星の軌道が酷似していることを発見した。



これが、宇宙の中で彗星が「軌道を持って周回しているのではないか」ということに気づいた人物がこの世に現れた瞬間です。

ニュートンとハレーというふたりの科学者によって、世界は少し前進したかのように見えました。

しかし、それから 400年。

彗星が宇宙での現象であることがわかったということを除いては、実はこの頃からそれほど解明は進んでいないと言えます。

上に何度か引用したWikipedia にも、


彗星の性質などには、未だに不明な点も多く、彗星の核に探査機が送り込まれるなど、現在でも大きな関心が寄せられ、研究が活発に続けられている。



と、ハレー博士からの発見からの進歩は遅いことが伺えます。

しかし、実際には科学の進歩というのはじっくりと進むものではありませんでした。
いろいろな突破口が「突然発見(あるいは、発明)される」ものでした。


この 2013年から 2014年にかけて、私は先日の記事などで、


今年か来年に人類(つまり私たち)の「観念の変転」がなければ、すべての人類はすべてこの宇宙から消え去るのではないかと私は考えます。これは死ぬとか絶滅とか人類滅亡ではなく、存在そのものが消え去るということです。

宇宙史の中で「人間の存在はなかったこと」になる。



というようなことを書いておりましたけれど、この「観念の変転が起きるため」には、やはり曖昧な思想だけでは苦しく感じます。

その「観念の変転」を促す科学的な大きな発見、あるいは、発明などが必要かとも思います。

しかし、そのことはまた改めて書こうと思います。




ロシアで話題の虫はエイリアンなのか、地元に出現した新しい種なのか


さて、ここまでさんざん映画とプロレスについて語ってきたわけですけれど(そうだったのかよ)、今回は昨日見た奇妙な報道とその動画を貼っておきます。

今年2月に隕石が爆発したロシアのウラル地方の話題で、そこで正体のわからない虫たちが「雪を食べている」というもので、地元では「隕石が運んできた宇宙の虫では」というような話となっているというものです。

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▲ その記事より。


実際には、十数メートル程度の隕石では、大気圏を突破した後の摩擦熱により、隕石に生物が付着していたとしても生き残る可能性はありません。

ただし、「彗星」の場合は違う可能性もあるかもしれないですが。

彗星の核は基本的に氷で、しかも大気圏に突入するまでは絶対零度に近い低温であるので、爆発による分子的な破壊を免れれば、あるいは地上に到達できる可能性もあるのかもしれません。

それでは、ここからロシアの声の記事です。




「チェリャビンスク隕石で飛来した」雪を食べる虫
VOR 2013.04.02





ロシアの冬の風物詩、雪が、異星の生命に食べつくされようとしている。 Runet上に、チェリャビンスクで撮影された不思議な生物の映像が登場した。チェリャビンスク隕石衝突から1ヶ月経ってから現われだしたマッチの頭より小さなこの昆虫は、雪の中を這い回り、雪を食べる。それと時節を合わせてウラル地方当局は、地上の雪の量が劇的に減少している、と発表した。

学者の間でも意見が分かれている。チェリャビンスク生物学大学教授で生物学博士のゲオルギー・ベロノシュキン氏は、「隕石の中には、星間飛行を生き延びた地球外生物が含まれていたのかもしれない。地球で思いがけないご馳走にありついた、すなわち氷の状態の水に。そういうことかもしれない」と語っている。

しかし、別の学者グループは激憤している。地球外「摂雪」生物飛来説は投機的デマであり、映し出されているのは「ユキノミ」あるいは「ユキトビムシ」に過ぎない、と。






(訳者注) 参考までにですが、2月にロシアのウラル地方で爆発した「隕石」は、隕石ではなく「彗星」だったかもしれないとする報道は、当時、ありました。

日本の報道から抜粋しておきます。
産経新聞のものです。


彗星だった? 露の隕石、水分検出
msn 産経 2013年02月19日

ロシア南部チェリャビンスク州に落下した隕石について、露専門家は、落下時に軌道上で大量の水分が検出されたことから、落下したのは隕石ではなく「彗星」の可能性があると明らかにした。

国営ロシア通信によると、隕石の降下時に、ロシアの気象衛星が軌道上で水の分子を大量に検出していたことが判明。2月19日、会見した応用地球物理大学のラプシン学長は「宇宙からの物体は、氷をたくさん含んだ彗星だった可能性がある」と述べた。今後、詳しく調査するという。



パンスペルミア説から見れば、「隕石」と「彗星」は意味が違うもので、岩の固まりに過ぎない隕石には生命が付着することはあっても、大気圏の通過の際に摩擦熱ですべて死滅するはずで、隕石から生命が地球にもたらされるという可能性はほんどないように思います。

しかし「彗星」は核が超低温の氷ですので、大気圏通過の際の摩擦熱をかなり緩和する作用はあります。数百度の温度に数秒耐えられるような細菌(大腸菌は耐えられる)のような生物なら、大気圏突破の可能性はゼロではないかもしれません。

クマムシのように、1ミリ程度の生物でも、かなり強いものも地球には存在します。

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▲ 過去記事「人類がついに最強多細胞生物クマムシとの対話を始める」より。


クマムシで注目すべきは「マイナス273度」という、ほぼ絶対零度の気温でも生きていられることです。つまり、「マイナス273度」というのは宇宙空間の基本的な気温で、しかも、「真空でも死なない」ため、クマムシは、地球よりも宇宙に適しています。

私は3年前にこのクマムシを知った時、その脅威の生態に驚き、それからあらためて生命に着目し始めました。植物に興味を持ち、育て始めたのもその頃からです。