2013年07月20日



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サイキック・マネーの彼岸に見切りをつけ、しかし改めて日本の「破局噴火(カルデラ噴火)災害」の可能性を思う





11年前のフォーブス誌のインタビューに見える処世術


昨日、

2013年の日本の大災害を警告するロン・バードとはどんな人物なのか
 2013年07月19日

という記事を書きまして、その後、彼のプロフィールの冠のひとつでもある「経済誌フォーブスでも紹介された唯一のサイキック」という部分が気になりまして、その記事を読んでいましたら、何だか、「2013年に日本に災害が起きる」という予言そのものはどうでもよくなってきて、このロン・バードという人の日本での「マネーの虎」的な活躍ぶりにむしろ感心してしまいました。

その 2002年のフォーブスの記事をご紹介します。 2002年というと、今から11年前ですが、その時点ですでに、ロン・バードは日本において、高額のコンサルティングのビジネスを展開していたようです。

そしてこれでこのロン・バードという人の話は終わりです。
私が興味を持つ人物とはタイプが違う方のようです。


その後に、やはり昨日の記事で書きました「カルデラ噴火」(破局噴火)について、資料的なことを記しておきたいと思います。


なお、ちょっと興味深かったのは、この11年前のフォーブス誌の記事を書いた人物なのですが、下のようになっています。

forbes-1.png



ここからその記事ですが、記事中に、何人かの人の名前が出てきますが、私はひとりも知らなかったので、 Wikipedia などから略歴を記しておきます。


記事に出てくる著名人の略歴

盛田昭夫
盛田 昭夫(1921年1月26日 - 1999年)は、日本の技術者、実業家。井深大と共に、ソニー創業者の一人。1992年、名誉大英帝国勲章を受勲。


入交昭一郎
入交 昭一郎(いりまじり しょういちろう、1940年1月3日 - )は、日本の実業家。本田技研工業(ホンダ)の元副社長で、セガの元社長。現在は旭テック執行役会長を初め、多くの企業の取締役を務める。


ダイアン フォン ファステンバーグ:DIANE von FURSTENBERG
ベルギー生まれのデザイナー。1970年にレディースウェアのデザインを開始。




というわけで、ここからです。





Simply divined
フォーブス (米国) 2002.04.01

予言はシンプルに


米国生まれの 43歳の「超心理コンサルタント」ロナルド・バード。日本のセレブや一流企業の幹部たちは彼のコンサルタントに1時間 5,000ドル( 50万円)という金額を払う。

それらのセッション(コンサルタント)に加え、セミナー活動やバスオイルなどの「スピリチュアルな商品」での収入は 100万ドル( 1億円)以上に及ぶ。そうバードは主張する。

そのバードはニューヨークでホームレスをしていた。 15歳の時にホームレスだった彼がどのようにして、東京での予言者としての地位を手にいれることができたのか。

吟遊詩人であったバードの父が 1976年に亡くなった時、バードと彼の母は、ニューヨーク州スカースデールにあった家から追い出された。それは4つのベッドルームがある家だった。バードは 1978年に軍に入隊するまで、マンハッタンの街に住んでいた。

バードと母親は 1980年に再会した。

その際、彼の母親、ヨラーナ( Yolana )は、裕福な予言者になっていた。彼女は、ニューヨーク工科大学で超常現象の調査に科学的方法を適用しようとした超心理学の元非常勤教授で「サイキックテスター」と呼ばれていたハンス・ホルツァーと組んでいた。

ヨラーナの顧客には、ベルギー生まれのデザイナー、ダイアン・フォン・ファステンバーグや、ソニーの共同創業者の一人である盛田昭夫らも含まれていた。

バードは、母親と同じ道を歩むことを決めた。そして、マンハッタンのテレビ番組で、人々の未来のリーディングを始めた。その後、バードは、ハンス・ホルツァーによるテストを受けた。ホルツァーは、作家やテレビプロデューサーとして生計を立てていた。

そのテスト結果は、 1990年に、日本のテレビ朝日を惹きつけるには十分なものだった。テレビ朝日はバードと彼の母親に、一回の出演で 10万ドル( 1000万円)のオファーを提示した。彼らは、ニューヨーク・ハリソンの元警察署長と共に東京へ来た。

そして、 14歳と 15歳のふたりの少女に関しての殺人事件の再捜査をおこなった。
被害者の少女たちは、窒息させられ、ビニール袋に入れられていた。

バードと母親は、遺体が発見された現場から 30キロメートル離れた場所へと警察を導いた。そこで警察は3人の麻薬の密売人を発見した。その中のひとりが犯行を自供し、全員が有罪となった。

この一件がバードの日本でのキャリアを築くことになった。
彼は日本語を話せないが、彼のクライアントの半分は日本人だ。

バードは、彼のクライアントの5分の3は、金融業界の人物であると述べている。

「彼らは、彼らの個人的な生活について話すために私のところにやって来るが、しかし、数分もすると、マーケットのことについて聞いていくる」とバードは言う。

バードは、ウィジャボード(降霊術で使われる文字盤)もティー・リーフも使わない。彼は、写真や名刺など相手の個人的なアイテムを使う。そして、質問に対しての反応などを見る。そこからクライアントの過去や、未来の予測に対しての「啓示」が述べられる。

メリルリンチ日本証券のマネージング・ディレクターであるオーヤマ・サトル(漢字不明)は、バードが「電話型コンピュータ」に関して予言し、i-モードの携帯電話のブームがやってくることを予測しているという。この携帯市場への投資が熱くなるだろうと彼は見ている。

また、ゲーム会社セガの元社長、入交 昭一郎は、バードから会社のトップになるだろうことを予言されたという。そして、バード自身も多くの会社のコンサルトを手がけ、何が起きたのかを正確に告げることになるだろうことを自ら述べていたと主張する。

バードの最大の野望は、米国で超常現象を扱うテレビ局 the Channel Channel を開局することだ。

このようなことは、科学的な実験には耐えないものかもしれないが、優秀な予言者たちは、人々に対して、「周囲を注意深く見る」ことを考えさせることができる。

バードを取材している際に、バードはリポーターの左足を見つめた。そして、その左足の靴下の下に大きな傷跡があったことを正確に述べた。そしてまた、バードは、リポーターの右目に問題が出るだろうと予測した。その2週間後、右目は感染症にかかった。これは単なる示唆の力だったのだろうか。





(訳者注) ここまでです。日本でのテレビ番組がキッカケとなって、日本で億万長者となっていった様子がわかります。




米国でたびたび「偶然」誕生するサイキック・スターたち

ロン・バードの話とは全然関係ないですが、 1950年代のアメリカに「クリズウェル」というテレビで人気の予言者がいました。

ティム・バートンの 1994年の映画『エド・ウッド』の中でも描かれていたクリズウェルは今ではインチキ予言者という肩書きがつけられることが多いですが、「そんなことは本人が一番よく知っていた」のでした。

criswell-001.jpg

▲ クリズウェル。


クリズウェルに関しては、1995年に洋泉社から出版された『エド・ウッドとサイテー映画の世界』の中で翻訳家の柳下毅一郎さんが「エド・ウッド伝説」というセクションを書いており、「予言者としてのクリズウェルの誕生」について下のように記しています。

1950年代のアメリカの話です。


柳下毅一郎 / エド・ウッド伝説 より

クリズウェルは、テレビで『クリズウェル予言する』なる番組を持つ人気霊媒師だった。葬儀屋の息子に産まれたクリズウェルは、長じてニューヨークでニュースキャスターになった。

ある日、突然番組に穴が開き、クリズウェルは 15分間アドリブでしゃべらなければならなくなった。

「そこで彼は、『今日はもうニュースがありませんので、これから明日起こることを予言します』と言って、いくつかニュースを予言したら、これがあたったんだ。テレビ局には電話が殺到した。それでクリズウェルはさ、『おお、こいつは金鉱を掘り当てたぞ』って」(『クリズウェル予言する』のプロデューサー、バディ・ハイド)

本人はまったく自分の予言を信じていなかったが、そんなのは他人が予言を信じる妨げにはならなかった。

(中略)

エド・ウッドとクリズウェルは飲み友だちだった。あきらかにクリズウェルは人生を真面目に考えていない、悪ふざけの好きなタイプだった。



この中にある、「おお、これは金鉱を掘り当てたぞ」という部分。このあたりは世界中のスピリチュアル・ビジネスに通じるひとつの共通点のようにも思います。

もちろん、私はこれだけ占いやリーディングや予言が好きな人々が多いこの社会で、スピリチュアルがビジネスとして成功することに異議はありません。


まあただ、クリズウェルのような、そういう例をいろいろと知っていまして、今回のフォーブスのロン・バードの経歴を読んでいまして、急速にその予言に対しての興味が萎えてしまいましたので、まあ、前回の記事はそういうこともあったよ、ということで、今後はふれないと思います。

ちなみに、私はクリズウェルのような人は結構好きです。
私自身が人生を真面目に考えない彼のようなタイプの人間だからです。

しかし、予言があろうがなかろうが、今の日本で致命的な災害が起きる可能性は多々あることもまた事実です。


なので、前回書きました「カルデラ噴火」のことについて少し補足しておきます。

なお、最近ではこれを「破局噴火」と呼ぶのが主流のようです。





破局噴火


下の図は、静岡大学防災総合センターの小山真人教授の現代社会は破局災害とどう向き合えばよいのかというページにある図です。黄色い丸は私がつけたものです。

catast-1.jpg


世の中にはさまざまな環境問題や自然災害がありますが、それらの中で、人類の生存に大きく関わってくる可能性のある災害が右下のピンクの「破局災害」と呼ばれるカテゴリーです。

見れば一目瞭然ですが、短時間で地球の環境を激変させる「破局災害」には、

・火山噴火(破局噴火 / カルデラ噴火)
・天体衝突


のふたつしかないということがおわかりかと思います。

このうち、 In Deep では、天体衝突については、昨年の

良い時代と悪い時代(1): 500年ほど続いた「穏やかだけれど傲慢な時代」は終わろうとしているのかも
 2012年10月06日

などをはじめとして、よく取り上げることがありました。

それは、単に、私の好きなフレッド・ホイル博士がそのことを著作で何度も書かれていたからであり、「地球の(天体衝突に関して)穏やかだった 500年間の時代はそろそろ終わりに近づいている可能性が高い」ことを述べていました。


そして、火山。

これはまず、火山の噴火を

・通常の噴火



・破局噴火

にわけて考える必要があるようです。


破局噴火の特徴は、「猛スピードで移動する火砕流」で、つまり「何もかも高温で焼き尽くして消滅させる超高温度の大気と水蒸気が時速100キロに近い速度で地面と大気を移動する」もののようです。


そして、その範囲。


たとえば、上の静岡大学防災総合センターのページの記述に、 5万 2000年前に箱根カルデラ(現在の箱根山のある場所)で起きた破局噴火(カルデラ噴火)の火砕流の移動距離についての記載があります。

ちなみに、この箱根カルデラの場合、破局噴火であるけれど、日本の破局噴火の中ではむしろ規模の小さいものです。それでも下のような火砕流の移動があったようです。


首都圏近郊の事例としては,5万2000年前に箱根カルデラから噴出し,西は富士川河口から東は横浜市郊外にまで達した火砕流がある。



地図で位置関係を書くと下のようになります。

hakone-52.png


これが、日本でもっとも破壊的な破局噴火が繰り返された九州となると、規模も桁違いとなりまして、下は、9万年前に破局噴火を起こした阿蘇山の火砕流が、どのように広がったかの研究による図です。

aso-90000-man.jpg

カルデラ噴火! 生き延びるすべはあるか? より。


上の阿蘇山のカルデラ噴火の規模は、


江戸にまで火山灰を降らせた約300年前の富士山宝永噴火の1,000回分に当たるといえば、その例えようもないスケールが想像できるでしょう。(東大名誉教授 火山噴火予知連絡会会長 / 藤井 敏嗣)



ということです。


この結果、縄文時代前期の文明を築いていたこの一帯はどのようになったかというと、


活火山のない四国も厚い火山灰で覆われ、南九州から四国にかけて生活していた縄文人は死滅するか、食料を求めて火山灰のない地域に移動し、1,000年近く無人の地となったようです。

というのも、この火山灰層の上下から発見される縄文遺跡の土器の様式が全く異なっているからです。




九州と四国は、「ほぽ 1000年間」、無人の地と化してしまったようなのです。


このような破局噴火は、日本の他の地域でも頻繁に起きていたようで、カルデラの一覧 には、出典の未確認のものも含めて日本のカルデラが掲載されています。その場所は規模の大小はあっても、かつて「壊滅的な噴火を経験した土地」だということは言えそうです。


そして、日本で最後に破局噴火が起きたのが 7300年前に現在の薩摩硫黄島のある鬼界カルデラでの噴火でした。

それまでは、日本で平均 6,000年の間隔で起きていた破局噴火が、この 7,300年間は発生していないということも、火山学者たちの懸念となっています。「いつ起きてもまったく不思議ではない」と。

そして、これは世界のどこにでも言えることなのかもしれません。

たとえば、スケールの大きな米国のイエローストーンの場合、イギリスの科学者によるシミュレーションで、イエローストーンでの破局噴火が起きた場合、アメリカの 75%の土地の環境が変わり、火山から半径 1,000km以内に住む 90%の人が火山灰で窒息死し、地球の年平均気温は 10度下がり、その寒冷気候は10年間近く続くとした研究もあります。


先日、

21世紀も「太陽が暗くなる時」を経験するのか? : 全世界が地獄の様相を呈した6世紀と酷似してきている現在に思う
 2013年07月15日

という記事を書きましたが、それは確かにいつかは来るのかもしれません。

原因は破局噴火なのか、彗星の衝突によるものなのかはわかりませんけれども、どちらも過去の地球で「何度も起きていた」ことであるわけで、私たちの時代だけが例外が続くということもなさそうです。


そして、その世界では残念ながら「ビジネス」はもはや存在しないかもしれません。



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