▲ 英国インディペンデントより。
雌が単独で子を作る「単為生殖」はヒト(哺乳類)では起き得ないとする事実に入らないコンマ数パーセントの女性たち
今回の記事はタイトル通りのもので、アメリカで長期間にわたり、十代から二十代の若い女性たちに、性や妊娠、避妊方法についての知識、あるいは宗教的・民族的背景などに関する定期的なアンケートを継続した結果として、「処女懐胎」が存在するという推計値が浮かび上がったというものです。
調査期間は 14年間で、その結果、 7,870人の対象者のうち、その中の 0.5パーセントの 45人が「性交なしで妊娠した」と見なされたというものです。
これが、かなり多くのメディアで報道されている理由は、発表元の信頼性があるかと思います。
論文が掲載されたのは、英国のブリティッシュ・メディカル・ジャーナルという医学専門誌で、 1840年から発行されている代表的な医学専門誌だそうで、BMJ と呼称されます。 Wikipedia には下のようにあります。
BMJとはイギリス医師会雑誌( British Medical Journal ) の略称で、 1988年から BMJ が正式名称となっているイギリスの医学誌である。
国際的にも権威が高く、日本でも医師であれば必ず読んでおくべき雑誌と言われている。 世界五大医学雑誌などと呼ばれる代表的な医学専門誌の一つである。
ということで、つまり、「そんな話は、いい加減な調査か、対象者がウソをついているだけだ」というような話では済まされない期間と規模の正式な医学的調査なのでした。
もちろん、この調査の最初の目的は「処女懐胎」を調べるためではなく(そりゃそうだわな)、単に米国のティーンの女性の性や出産に関しての調査として始められたもので、その中で「浮かび上がってしまったデータ」ということになるようです。
そういうことなどもあり、いろいろと大きく報道されているようです。中には、下のインターナショナル・ビジネスタイムズのように、イエス・キリストなどの生誕の図などのイラストを使っているようなものもありました。もちろん、このイラストの概念は論文の内容とは関係ありません。
▲ IB Times (英国) より。
ただ、上のインターナショナル・ビジネスタイムスでは「処女懐胎の現象を証明」というタイトルとなっているのですが、インディペンデントなどの記事を読む限りは、調査した科学者たちもこの結果に対して、「懐疑的である」ことも見てとれます。
調査自体の信頼度は高く、記事にもありますが、
> この調査は米国の社会的背景や民族文化的背景をよく反映した信頼のできる調査だと見なされている。
とされ、調査自体に問題があるということではなくとも、参加した女性たちの宗教や信仰などが(本人に悪意はなくても)、間違った回答を導いているという可能性などについて記されています。
今回は最初に貼りましたインディペンデントの記事をご紹介したいと思います。イギリス医師会雑誌のオリジナルサイト(英語)は下にありますので、ご興味のある方はそちらも参考になさって下さい。
・Like a virgin (mother): analysis of data from a longitudinal, US population representative sample survey
(ライク・ア・ヴァージン(母):長期間データの分析からの米国人口の代表的サンプル調査)
BMJ 2013.12.17
なお、この論文のタイトル「ライク・ア・ヴァージン」は、今から 30年くらい前のマドンナのヒット曲である「ライク・ア・ヴァージン」(処女のように)と同じというあたり、なんとなく、論文を記述している本人が、この内容をやや「茶化している」ような感じも受けます(そうではないのかもしれないですが)。
▲ マドンナの 1984年のメガヒット曲『ライク・ア・ヴァージン』のジャケット。曲は YouTube などにあります。
しかし、なぜ、このような「 200人に 1人が処女懐胎しているかもしれない」というショッキングな研究論文にやや茶化したイメージのタイトルをつけたのか? それは調査した科学者たち自体がその可能性をあまり信じていないからだと思われます。
これまでの科学で「男と女がいなければ人間は子孫を残せない」ということは確認されています。
あくまでも、「これまでは」ですが。
Y染色体の未来と「単為生殖」の現実性
生物の世界で、雌、つまり女性が単独で子を作る生殖の形態を「単為生殖」と呼びます。
これに関しては、単為生殖 - Wikipedia という項目を見てみます。
抜粋です。
単為生殖とは、一般には有性生殖する生物で雌が単独で子を作ることを指す。有性生殖の一形態に含まれる。
キリスト教の聖典である新約聖書によると、救世主イエス・キリストは聖母マリアから処女懐胎によって誕生したという。他の神話などでも、単為生殖を思わせる説話がある。(中略)
歴史的な事項としては、人類が単為生殖をしたと主張する例は多数あるが、ヒトを含む哺乳類にはゲノムインプリンティングがあるために雄ゲノムと雌ゲノムの両方が必要であり、どちらか片方のゲノムしかない単為生殖には否定的な実験結果が出ていた。
キリスト教の聖典である新約聖書によると、救世主イエス・キリストは聖母マリアから処女懐胎によって誕生したという。他の神話などでも、単為生殖を思わせる説話がある。(中略)
歴史的な事項としては、人類が単為生殖をしたと主張する例は多数あるが、ヒトを含む哺乳類にはゲノムインプリンティングがあるために雄ゲノムと雌ゲノムの両方が必要であり、どちらか片方のゲノムしかない単為生殖には否定的な実験結果が出ていた。
とあります。
ここに「ゲノムインプリンティング」などという非常に難しい言葉が出てきます。
これも Wikipedia をみてみます。
ゲノム刷り込みまたはゲノムインプリンティング は、遺伝子発現の制御の方法の一つである。一般に哺乳類は父親と母親から同じ遺伝子を二つ(性染色体の場合は一つ)受け継ぐが、いくつかの遺伝子については片方の親から受け継いだ遺伝子のみが発現することが知られている。
ということで、もちろん、これも私には意味さえよくわからないのですが、大事なのは、このように、一方の親から受け継いだ遺伝子だけが発現することは、結果として、
> 父親の遺伝子に欠陥があった場合に子どもが遺伝子疾患になってしまうことがある。
ということなのだそうです。
どうやら、この「ゲノムインプリンティング」というメカニズムが人間にあるために、人間は父親の遺伝子の欠陥を引き継いでしまう可能性があるということのようです。
そうなると「ゲノムインプリンティング」というものは、人間が子孫を増やしていく上では不利な、あるいは不要なもの」だという感じがしますが、実際、上の Wikipedia でも、「ゲノムインプリンティングはなぜ人間に必要なのか」ということが書かれているセクションに続きます。
ゲノム刷り込みの必要性
問題点があるにもかかわらず、なぜゲノム刷り込みが必要であるか(なぜ哺乳類に備わっているか)については、いくつかの仮説が唱えられている。
仮説の一つとして、「単為発生を防ぐため」というものがある。この仮説のように「これこれのため」という目的説の妥当性は別として、ゲノム刷り込みがあるせいで哺乳類では単為発生が起こらないことは事実である。
問題点があるにもかかわらず、なぜゲノム刷り込みが必要であるか(なぜ哺乳類に備わっているか)については、いくつかの仮説が唱えられている。
仮説の一つとして、「単為発生を防ぐため」というものがある。この仮説のように「これこれのため」という目的説の妥当性は別として、ゲノム刷り込みがあるせいで哺乳類では単為発生が起こらないことは事実である。
ここにある、
> 単為発生を防ぐため
というくだりはさりげなく、ものすごく重大なことに聞こえるわけです。
つまり、仮説ですが、ゲノムインプリンティングがあるために、哺乳類では単為発生が起こらないということのようなのです。
ここで、もし人間に「ゲノムインプリンティングというものがなければ、こうなるかもしれない」というふたつの可能性が出せるような気がします。
1. 女性が単独で受胎できる
2. 父親の遺伝子欠陥がこの世から消え去る
この「2」は、つまりは世代がいくつか経過すれば、「遺伝子欠陥の疾患(の一部)はこの世から消滅する」ということを意味するのかもしれません。
このあたりと関係することのひとつであるかもしれない「地球からの男性の消滅」ということに関しては、以前の In Deep やクレアなひとときではよく書いていました。
男性の消滅と人類の進化のマラソンの渦中で
数年前に「クレアなひととき」で「人類の未来」というシリーズを書いた時の最初の記事は、
・人類の未来(0): Y染色体の挑戦
クレアなひととき 2011年06月05日
というものでした。
その時、私は私個人が思う未来の予測として、下のように記しています。
時期はわからないですが、将来的に、人類は「新しい人類」に進化(あるいは変異)します。
そして、
・それは男性に起きる
ということ。
そして、
・その時には人類から生殖行為、つまりセックスが消えている
というようなことを書いていて、しかし、上の記事は非常に長い上に内容もカオス気味で、うまく抜粋できませんので、興味のおありの方はリンクからお読みいただけると幸いです。
男性の染色体が消滅に向かっているかもしれないことについては、 2009年のNHKスペシャルなどで取り上げられて以来、話題となったことがあります。
性染色体がXXなら女、XYなら男。1億7千万年前に獲得したこの性システムのおかげで私たちは命を脈々と受け継いできた。ところが、この基本そのものであるシステムは、大きく揺らいでいる。じつは男をつくるY染色体は滅びつつあるのだ。専門家は「数百万年以内には消滅する」という。なかには、来週になって消えても不思議ではないとする意見さえある。
▲ 2009年1月18日のNHKスペシャル『女と男 最新科学が読み解く性』第3回「男が消える?人類も消える?」より。
また、今年の夏に書きました、
・X染色体の地球 : 人類は滅亡を感じると女性を多く生き残らせようとする
2013年08月06日
という記事に、私は、
「男性が何億人いても、ひとりの女性がいないと人類は存続しませんが、XとYの染色体を見ている限り、「その逆は有り得るかも」と思う私です」
というようなことも書いていて、そういうこともあり、今回の「処女懐胎」に関しての報道を見て、いろいろと思うところがあったのでした。
ちなみに、インディペンデントの記事などを読みますと、「処女懐胎をした」と主張したうちの多くは、キリスト教保守派的な信条や、強い思い込みの部分などが作用していると思われます。
7,870人のうち、性交なしで妊娠したと見なされた 45人のうちの3分の1は、キリスト教保守派だったと考えられ、そのあたりから推計していくと、どんどんと実際の「処女懐胎」の可能性のある数は少なくなっていくのですが・・・しかし、それでも「ほんのわずか」に、処女懐胎以外に考えることが難しいケースが存在していることは確かなようです。
起きる可能性があるとすれば、上のほうに書いたような遺伝子のメカニズムが「進化を起こした」ことによるもの意外は考えづらいですが、それはあって不思議ではないかなあとも思います。
何しろ、いつ男性(Y染色体)がこの世から消えるかわからないのですから。
では、ここからインディペンデントの記事です。
America's 'virgin births'? One in 200 mothers 'became pregnant without having sex'
インディペンデント (英国) 2013.12.18
米国での処女懐胎? 200人に1人の女性が「性行為なしで妊娠」
イギリスの医学誌「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル( British Medical Journal / BNJ )」に発表された長期的な研究による論文で、アメリカでは 200人に 1人の割合の女性がセックスなしで妊娠し、出産したと主張していたことが明らかになった。
この論文は、1995〜2009年にかけて行われた「思春期の若者の健康に関する全米での長期調査(National Longitudinal Study of Adolescent Health)」の一貫として調査がなされたものだ。
この長期調査に参加した女性は 7,870人に上り、対面式ではなく、ラップトップを通じて、性行為や妊娠や避妊についての知識、また、宗教的背景などに関する定期的なアンケートに答えた。
そして、その約 0.5パーセントに当たる 45人は、実際の性交渉の経験がないにもかかわらず妊娠したと答えた。また、その中に、体外受精(IVF)で妊娠したとという回答はなかった。
ブリティッシュ・メディカル・ジャーナルの記事は、処女懐胎、つまり、学術的には単為生殖(メスが単独で子を作る有性生殖の一形態)と呼ばれる形態や、受精せずに胚が成長する無性生殖は、ヒトではない生物では起こりうることがあることを記している。
そして、処女懐胎は、たとえばイエス・キリストの誕生から、スティーブン・スピルバーグ監督の映画『ジュラシック・パーク』などに至るまで、大衆文化の中で幅広く支持されていると指摘している。
米国ノースカロライナ大学の研究者たちは、処女懐胎だという推定が浮かび上がる事例について、数千人の若い女性たちの長期間のデータの分析をおこなった。
その結果、受胎時にセックスをしなかったにもかかわらず妊娠したと主張する女性たちは、いくつかの共通の特徴を共有していることが分かった。
その調査によると、処女懐胎とされるグループのうちの3分の1に近い 31%は、「貞節の誓い」(結婚するまでは純血を守るという誓約)を立てていたことが分かった。性交による妊娠であることを認めたグループで貞節の誓いを立てた女性たちは 15%だった。また、「自分はバージンである」と答えた女性のうちの 21%が貞節の誓いを立てていた。
貞節の誓いは、婚前性交渉に反対している保守派キリスト教団体が推奨することが多い。
「処女懐胎した」と主張するグループが出産した時の平均年齢は 19.3歳で、そうでないグループの21.7歳に比べ2歳以上若かった。
調査に参加した女性たちの親にも性行為や避妊についてどの程度、自分の娘と会話をしていたかなどを尋ねたほか、女性たちが通った学校にも、授業での性教育の割合などを質問しており、この調査は米国の社会的背景や民族文化的背景をよく反映した信頼のできる調査だと見なされている。
今回の調査の論文のタイトルに『ライク・ア・ヴァージン(母)』というタイトルを施した著者は、「このような科学的に不可能な主張を研究する際には、研究者は、申告者の発言や振る舞いを解釈する際に注意する必要があります」と述べる。
そして、「あやふやな記憶や、個人それぞれが持つ信念や希望が、科学者に間違ったことを述べてしまう要因となるかもしれない可能性が存在します」と語った。