2014年02月09日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




ヴォイニッチ手稿とアステカ文明のリンク(1) : 植物学者とアメリカ国防総省の元情報技術者がつきとめた「古代メキシコの植物学、消滅した古典ナワトル語」とヴォイニッチの共通性



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▲ 2014年2月7日の米国 Epoch Times の記事 Have Botanists Unlocked the Secret of the Mysterious Voynich Manuscript? より。





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▲ 米国植物協議会がウェブサイトに掲載した論文より。写真の下の図はヴォイニッチ手稿。上にある図は西暦 1552年にメキシコで記された「クルス・バディアヌス写本( Codex Cruz-Badianus )」という書物より。この本は、アステカ文明で使用された植物の成分配合などが記されているもので、「古典ナワトル語」という現在では存在しない言語の文法で書かれています。
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ヴォイニッチ手稿に関しての新しい論文と、それに関しての複数の報道を目にしました。

欧米ではヴォイニッチ手稿に関しては、新しい考察や論文が出ると、一般のメジャーメディアでもかなり大々的に記事にされますので、それだけヴォイニッチ手稿に興味が持たれ続けているようです。そして、その「欧米」という部分がヴォイニッチ手稿の解読の障壁となっていた可能性もあります。

今回は、論文が発表された、米国植物協議会( American Botanical Council )の、

A Preliminary Analysis of the Botany, Zoology, and Mineralogy of the Voynich Manuscript
(ヴォイニッチ手稿の植物学、動物学、および鉱物学に関しての予備的分析)

というものから、少しご紹介したいと思います。


ところで、昨日 2月 9日は関東は記録的大雪となり、私の住むあたりも史上最高レベルの雪が降りましたけれど、関東の大雪については数多く報道されましたので、雪には触れずに本題に入ります。

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▲ 何度も雪かきをしなければならず、その作業の中で、渡り廊下に子どもと一緒に大量の雪だるまを作りました。






ヴォイニッチ手稿とは

ヴォイニッチ手稿は、一般的な説明を Wikipedia から抜粋しておきますと、次のようになります。


14世紀から16世紀頃に作られたと考えられている古文書。全230ページからなり、未知の言語で書かれた文章と生物を思わせる様々な彩色された挿絵から構成されている。

文章に使用されている言語は、単なるデタラメではなく言語学的解析に照らし合わせ、何らかの言語として成立機能している傍証が得られているため、一種の暗号であると考えられているが内容は不明。

ページの上部や左右にはかなり緻密な、植物や花の彩色画が描かれている。植物の絵が多いが、それ以外にも、銀河や星雲に見える絵や、精子のように見える絵、複雑な給水配管のような絵、プールや浴槽に浸かった女性の絵などの不可解な挿し絵が多数描かれている。




なお、書かれた年代に関しては、アリゾナ大学で行われた放射性炭素年代測定により、ヴォイニッチ手稿に使用されている羊皮紙が「 1404年から 1438年に作られたと判明」したことが 2011年2月11日の Discovery News で報じられました。

内容の執筆時期はさらに後年の可能性があるそうですが、いずれにしても 1400年代のその頃から記述され始めたということは濃厚のようです。

Wikipedia の説明にある「文章に使用されている言語」は下のような表記です。

voi-moji-02.jpg


プールや浴槽に浸かった女性の絵などの不可解な挿し絵」というのは、拡大しますと、下のようなものです。

voi-23.jpg


現在、下のサイトですべてのヴォイニッチ手稿のページが閲覧できます。

Voynich Manuscript - Photo gallery


ヴォイニッチ手稿に関しては、過去に何時か記事にしたことがあります。

『ヴォイニッチ手稿を解読した』という人物の登場
 2011年12月06日

クロップサークルやエジプトの亡霊の話題などの続編と「年代が特定されたヴォイニッチ手稿」のことなど
 2011年02月14日

などです。

そして、このヴォイニッチ手稿は、多くの人が解読に挑んできた歴史があります。 The Most Mysterious Manuscript in the World には、これまで世界中の非常に多くの、言語学者、歴史学者、暗号学者、植物学者、オカルティストたちなどが解読に挑んで、ことごく失敗してきた歴史などが書かれてあり、そして、現在の科学界では、

「この手稿を解読しようと試みるものは皆、人生の貴重な時間をまったく成果のない調査に費やすことになるであろう」

という結論への帰結を辿ろうとしているようです。

上記サイトには、中世において、ヴォイニッチ手稿は、

・植物学者たちは植物についてはナンセンスであるとした。
・天文学者たちは天体についてはナンセンスであるとした。
・占星術師たちは占星術的なものはナンセンスであるとした。
・製剤の専門家たちは薬草はナンセンスであるとした。
・暗号作成者たちは暗号はナンセンスであるとした。
・美術史家たちは絵の年代は特定できないとした。
・古書の研究家たちは書の年代は特定できないとした。
・そのスタイル、体裁、出版は知られているものと共通点はない。


とされましたが、結局、これらは当時の「西洋の視点と知識からの見識」だけのものだったからこのような結論となったということがいえるかもしれません。


そして、植物学的にはかなり的確な指摘だと思われる今回の米国植物協議会の論文は、ヴォイニッチ手稿が、メキシコのアステカ文明下での知識を示している可能性が高いということに迫るものなのです。


また、ヴォイニッチ手稿で使われている言語(表記ではなく文法)を解くポイントに関しても、現在は消滅した言語である「古典ナワトル語」というものとの文法の関連性が指摘されていて、どうやら、ヴォイニッチ手稿はヨーロッパの神秘主義との関連よりも、メソアメリカ文明の「実生活」との関連を探ったほうが近いという可能性を感じます。

あくまで、非常に個人的な感覚としてのことですが、ヴォイニッチ手稿は、アステカ文明の薬学か医学の知識が書かれている書物だという感じがします。

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▲ アステカ文明、マヤ文明、インカ文明のそれぞれの場所。アステカ・マヤ・インカ文明より。


アステカ文明の歴史は Wikipedia によりますと、

1428年頃から1521年までメキシコ中央部に栄えたメソアメリカ文明の国家

とあり、また、上に書きましたように、ヴォイニッチ手稿は、放射性炭素年代測定からは、

1404年から 1438年頃から編纂され始めた可能性が強い

となっていて、アステカ文明とのリンクは年代でも適合する部分もあります。






古典ナワトル語という言語の性質

なお、今回の米国植物協議会の論文は植物学的見地からのものが多いですが、言語学からの見地として、ヴォイニッチ手稿に記されている言語の文法が、古典ナワトル語というものと共通している可能性を指摘しています。

この「古典ナワトル語」というのは Wikipedia にもない、わりと日本ではマイナーな言語なのですが、しかし、何と日本語で文法を紹介してくれているサイトがありました。古典ナワトル語で学ぶ「抱合語」体験という PDF のページで、その冒頭には以下のように書かれてあります。


言語学の概説書には必ずといっていいほど登場する「抱合語」「複総合的言語」。

たいていの本には「1つの語根が何十という接辞を伴って複雑な内容を伝える言語」、「1つの語が1つの文のように機能する言語」などと解説されていますが、それが本当だとしたら、世の中にはなんとも不思議な言語があるものです。1つの文を1語で言える言語なんて、まるでおとぎ話のようではありませんか。(中略)

今回の発表は、そんなおとぎ話の魔法の島を自分の足で探検してみよう、というコンセプトで企画したものです。目的地は、「抱合語」の1つの典型として有名な古典ナワトル語。




古典ナワトル語というのは、このように

「1つの語根が何十という接辞を伴って複雑な内容を伝える言語」

であるようで、なるほど、それだと、ラテン語など「欧州の言語体系での常識」で挑んでいた西洋の科学者たちが、ヴォイニッチ手稿の文法を「デタラメだ」と考えても不思議ではないかもしれません。

ちなみに、古典ナワトル語は、アイヌ語などと同様に、「独自の表記文字のない」言語です。その当時にラテン語やスペイン語に転記されたものが現在に伝わっています。オリジナルの文字は少なくとも記録の上では存在しません。

なので、仮にヴォイニッチ手稿が古典ナワトル語の文法とよく似た言語で記載されているとしても、表記文字が存在しないですので、「表記文字そのものはデタラメ」である可能性はあると思います。デタラメというか、「ヴォイニッチ手稿のためだけに作られた文字」というような意味です。もちろん、そんなことが論文に書かれてあるわけではないですけれど。


それにしても、上の古典ナワトル語の資料は興味深く、下のように、ちょっと言語資料のテキストだとは思えない説明が出てきます。

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▲ 上記「古典ナワトル語で学ぶ「抱合語」体験」より。


できるのならば、未来の人間が使う言語は上のような感覚的な言葉であってほしいですけれど、世界全部が英語のような「記号的な言語」に染まっていっている現状では難しいのでしょうね。

まあ、それにしてもですね、日本語と古典ナワトル語は全然違うかもしれないですけれど、日本語も感覚的な部分が多い素晴らしい言語ですので、大事にしてほしいのですけれど。今はなんだか、少なくとも学校的には英語のほうが大事なみたいな国になっちゃって。

脱線する前に話を進めます。






植物学者とアメリカ国防総省の元情報技術者による共同作業

そんなわけで、新しい見地が出現したかもしれないヴォイニッチ手稿ですが、その論文が書かれたサイトから、写真と、こちらで集めた資料などと照らしてご紹介しようと思います。

論文そのものは大変に長く、学術的ですので、視覚的にわかる要点を抜粋できればと思います。なお、クレジットされている記述者のそれぞれの経歴は、米国 Digital Journal によりますと、

アーサー・タッカー( Arthur O. Tucker) - 植物学者。米国デラウェア州立大学名誉教授。

レックスフォード・タルバート( Rexford H. Talbert ) - アメリカ国防総省の元情報技術者。 NASA の情報技術も担当。


の、お二方。

この2人は、ヴォイニッチ手稿中に記録されている植物の内容と、世界全体の植物の分布とを比較したところから作業を始めたとのことで、その研究の中で、ヴォイニッチ手稿の中に出てくる 37種類の植物の特定に成功し、 6種類の動物の特定にも成功したとのこと。

元米国防総省のタルバート氏が情報とデータ収集を担当し、タッカー博士が植物学から、それらのデータを分析したのだと考えられます。

論文では、下のように特定した植物の各部を植物学的な記述で説明しています。

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▲ 論文より。イラストはヴォイニッチ手稿の植物図のひとつ。


ちなみに、上は、メキシコ原産のパッシフロラ( Passiflora )と呼ばれる植物の種類であることが特定されています。下のような花です。日本ではトケイソウと呼ぶらしいです。

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トケイソウ - Wikipedia より。






ヴォイニッチ手稿とアステカの薬学知識との関係

そして、彼らはアステカ文明の、オスナ写本( Codex Osuna )や、クルス・バディアヌス写本( Codex Cruz-Badianus )といった、1500年代の古い書との共通項も見いだしています。

オスナ写本

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Aztec Codices より。


下のように、クルス・バディアヌス写本とヴォイニッチ手稿とを比べてみても、そのイラストの雰囲気の共通性なども見いだせるかと思います。

それはたとえば、普通の植物図鑑では、「根」までは書かないですが、どちらも根まで書かれているというようなことです。


クルス・バディアヌス写本(1552年)

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ヴォイニッチ手稿(15世紀頃)

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この「すべての植物が根まで描かれている」というのは、観賞用や(現在での)植物学的な意味よりも、「治療と健康のための植物(ハーブとしての植物)」として大事な部分はどこかということを示しているのかもしれません。

ちなみに、山芋とかゴボウとかワサビとかの「根」を数多く食べている私たち日本人は、「日々の生活においての植物の大事な部分が根にあることが多い」ことを知っているような感じはあります。また、後でご紹介しますが、山芋のようなものもヴォイニッチ手稿には多く描かれています。

いずれにしても、「薬効」、あるいは「食材」として考えた場合、根まで書くのは正しいようには思います。


あくまで個人的な見解で、論文とは無関係のことですが、これらのアステカの写本が、「薬剤としての植物」を記載したものであるということもあり、もしかすると、ヴォイニッチ手稿の全体ではないにしても、少なくとも一部に関して、

ヴォイニッチ手稿は、アステカ文明での治療法(ヒーリング)に関しての植物、天体の役割、具体的な治療法を記した書物である可能性

があるということも言えるかもしれません。

そう考えると、ヴォイニッチ手稿の中の得体の知れない女性たちのイラストも、星座か太陽系を描いたかのように見える図も「治癒」として理解できる気がするのです。


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▲ 共に、ヴォイニッチ手稿より。上の図は薬草風呂だとでも考えれば、それほど奇異でもないようにも感じます。下は太陽活動と何らかの相関を示しているように見えます。


太陽活動と人間の健康の関係については、西洋では、1900年代頃になってわかり始めたことですが、今となっては、太陽活動が人間の健康に直接影響を与えることはほぼ事実ですので、上のような図もそれぞれ「意味がある」のかもしれません。アステカの人々が「天体と健康の関係性」を今より重要な事項として考えていたという可能性もあります。

太陽が人間に与える影響などは過去記事の、

「真実の太陽の時代」がやってくる(1):私たち人類は何もかも太陽活動に牛耳られている
 2013年07月11日

などをご参考いただければ幸いです。

solar-corera-02.jpg

▲ 上の記事に掲載したグラフのひとつ。嶋中雄二著『太陽活動と景気』より。


ここから米国植物協議会の論文に掲載されていた図などをご説明しようと思いますが、ちょっと長くなりましたので、2回にわけます。

続きは、

ヴォイニッチ手稿とアステカ文明のリンク(2) : 論文「ヴォイニッチ手稿の植物学、動物学、および鉱物学に関しての予備的分析」

です。

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