2014年02月11日



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「コーランに登場するイエスの再臨は近い」とイスラム教の導師が語った頃、イエメンの少女は「石の涙」を流し始めた



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▲ 2014月1月24日のナイジェリアのデイリー・ポストより。



イスラム教の地でもユダヤ教の地でもキリスト教の地でも飛び交う「イエス再臨」というフレーズ

今回のタイトルには、

「イエスの再臨が近い」とイスラム教の導師が語った

ということと、

イエメンの少女が「石の涙」を流す

ということを並べて書いていますが、もちろん共に関連性のある出来事ではありません。

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▲ 石の涙を流すイエメンの少女の報道。 2014年2月3日の英国ミラーより。


ただ、最近、

「悪魔 vs キリスト教」の戦いが世界中でエスカレートしている
 2014年01月29日

というような記事を書き、これはキリスト教の受難の時期というのか、いろいろと厄介なことが起きていることを書いたのですけれど、実際には「宗教全体として」いろいろと厄介な時代なのかもしれない、というような気もします。

そして、どちらも何となく印象的な報道でしたので、同じ記事にしました。


ナイジェリアで、イスラムの導師(グル)のモスクでの講義の発言が、またたく間に、数多くの英語メディアに転載されていったということがあり、まずはその記事をご紹介します。

下は最近のアフリカのイスラム系のメディア Osun Defender の記事です。元は、上に貼りましたナイジェリアの英字報道紙に記されたものですが、下のタイトルの方がわかりやすいように思いましたので。

islam-jesus-01.gif

▲ 2014年1月25日のナイジェリアの Osun Defender より。


この記事を翻訳したものをご紹介します。
私自身が、訳していて、ちょっと驚きました。



A true Muslim MUST believe in the second coming of Jesus -Islamic Cleric
Osun Defender 2014.01.25


真のイスラム教徒は、イエスの再臨を必ず信じなければならない


今朝のムスリムの祈りの場で、ヤバモスク連邦工科大学のイスラム教導師イマーム・サイード・サルモン師( Imam Saeed Salmon )は、イエス・キリストの2度目の登場(再臨)について述べた。

そして、キリストの再臨を信じないイスラム教徒は預言者ムハンマドの真の信奉者とは言えない、とイマーム師は語った。

ラゴス中央モスクで開催された特別講義の際、このイスラム教の聖職者は、イエスは神のメッセンジャーだったこと、そして、再びダマスカスのモスクに戻ってくると述べた。

イマーム師は以下のように言った。

「イエス・キリストの再臨は、すべてのイスラム教徒が信じなければならない教義である。預言者ムハンマドの教えはこれについて広範囲に語られているのだ。コーラン4章157節から159節はこのこと(イエスの再臨)を教示している。イスラムの教えではイエスが殺されたとはされていない。むしろ、イエスは全能のアラーによって成長させられた」。

「イエスは、ユダヤ人たちの主張の誤りを明らかにするために再び現れる。イエスはキリスト教徒たちの教義を修正するために神の子として十字架に貼りつけられたのだ。繰り返し言うが、イエスは、預言者ムハンマドとイエス・キリストの間に密接な関係があるということを確立させるために再臨するのだ」。

講義のホストと主催者であるアミール・アジャラは、イマーム師は、ナイジェリア国民を教育し、イスラム教についての誤解を訂正するための、真のイスラム教徒としての義務のもとにあると述べる。

「イエス・キリストは預言者であり、そして、真のイスラム教徒たちにアッラーの言葉を伝えるメッセンジャーなのだ。その中で、我々はアッラーのすべての預言を信じてひとつとなっている」。

「神聖なコーランは、イエス・キリストの再臨はこの世の終末の予兆だと指摘している。しかし、米国のハーバード大学のムスリム団体や、カイロのムスリム団体の中で、ファティミスト( Fatimist )、あるいは、アーマディスト( Ahmadist )として知られるいくつかのグループは、そうではない(コーランにはイエスの再臨が終末として書かれているわけではない)と述べている。なので、私は私自身でそれについて彼らに意見の修正を促したいのだ」。





ここまでです。

上の内容の記事は、またたく間に数限りない数のアフリカ諸国のメディアに転載された感じがあります。

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▲ ナイジェリアの芸能系サイト My Celebrity & I より。




コーランの中のイエス・キリスト

イスラムもコーランも知らない私は、上の記事を読んで、「うーむ」と唸ったのですが、しかし、そもそも、上のイマーム師という人が言っているように、コーランに「キリストが十字架にかけられた」というようなくだりが出てくるのでしょうか?

調べてみますと、日本語のコーラン(クルアーン)のウェブサイトに上のコーラン 第4章 157-159節がありました。

下のようなものでした。
なお、一部の漢字等を読みやすく訂正しています。


コーラン 第4章 157-159節

157.「わたしたちはアッラーの使徒、マルヤムの子マスィーフ(メシア)、イーサーを殺したぞ」という言葉のために心を封じられた。だが、彼らがイーサーを殺したのでもなく、また彼を十字架にかけたのでもない。ただ彼らにそう見えたまでである。本当にこのことについて議論する者は、それに疑問を抱いている。彼らはそれについて確かな知識はなく、ただ臆測するだけである。確実に彼を殺したというわけではなく。

158.いや、アッラーは彼を、御側に召されたのである。アッラーは偉力ならびなく英明であられる。

159.啓典の民の中、彼の死ぬ前にしっかり彼を信じる者は一人もいなかった。審判の日において、彼は彼らにとって不利な証人となろう。




とありました。

イマーム師の言葉から見ると、上の 157節では「イーサー」という人が十字架にかけられていますので、この「イーサー」という人がイエスと同一人物ということになるのでしょうか。


しかし、実際のアラビア語ではどのような表記がされているのか気になりました。


幸い、上のサイトにはアラビア語の原典も横に記載されているので、比較するのは比較的簡単ですので、調べてみました。

すると、このコーラン 第4章 157節で、日本語で「イーサー」と訳されているアラビア語の文字は下のものだということがわかりました。

al-jesus.gif


これは、英語に直訳すると「イエス」と出ますが、つまりは「主としての神」のことをいうもののようです。

コーラン 第4章 157節全体をアラビア語で示すと下のようになります。

al-messiah.gif


現在の Google 翻訳は音声も聞くことができますので、アラビア語で聞いてみると上の文字の発音は「アル・メシア」であることがわかります。

「アル」はアラビア語の接頭語だと思いますので、つまりは「メシア」、すなわち救世主という意味だということになり、しかし、一方で、日本語のコーランでは、

> マルヤムの子マスィーフ(メシア)

という下りも出てきて、メシアが複数いるということなのか、そうではないのかわからないですが、やや混乱する感じはあります。

いずれにしても、英語では「 Jesus (イエス)」と出る、そのイーサーという人がイエス・キリストだとした場合、157節には、

> ただ臆測するだけである。確実に彼を殺したというわけではなく。

という下りがあり、イエスは、十字架に貼りつけられたにしても、「死んだ」というのは推測である(死んでいないかもしれない)と書かれてあり、さらに、158節では、

> アッラーは彼を、御側に召されたのである。

とあるのでした。

イスラム教徒の言うところの「全能の神アッラー」が「イエスを御側に召された」とあり、つまり、「アッラーとイエスは共にいた」というようなニュアンスとなるようです。


今回の記事のイマーム師の理論は、


・コーランにはイエスが再臨することが書かれている

・コーランは聖なる書で、その内容はイスラム教徒にとって絶対である

・なので、真のイスラム教徒はコーランの記載、すなわち、イエスの再臨を信じなければならない




というようなことのようなんですが・・・しかし、そう言われても、イスラム教徒の人たちも、やや混乱した話として受け取りそうで。

「どうすりゃええんじゃ」というナイジェリアのムスリムの人々の呟きが聞こえるような。


一方で、イエスの本家というか、ユダヤ教やキリスト教のほうでも、実は今年の初めから「キリストの再臨」については多く語られていました。

キッカケは、イスラエルのシャロン首相の死亡です。

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ユダヤ教のラビが幻想の中で見た「救世主」の登場時期

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▲ 2014年1月13日の米国 WND より。写真は2014年1月11日に亡くなったシャロン元イスラエル首相。


こちらは、ややオカルトに近い話ですが、イスラエルというより米国などの噂レベルでは話題となりました。

イスラエルのシャロン首相は、2006年の在任中に脳卒中で倒れ、そのまま昏睡状態となり、そして、今年 2014年 1月 11日に死去しました。 8年間も昏睡していたわけですけれど、シャロン首相が在任していた頃、イツァク・カドゥリ師( Yitzhak Kaduri )というユダヤ教の高名なラビ(宗教的指導者)が、

「救世主はシャロンの死の後まで来ないだろう」

と語ったことがあることから始まる話です。


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▲ イツァク・カドゥリ師。2006年に108歳で死去。


カドゥリ師は自らが亡くなる前に、「救世主のビジョン」を見たのだそうで、死の前にそれをメモに残したのだそう。それらの内容の詳しいところはヘブライ語のウェブサイトで公開されているそうですが、ヘブライ語だけらしいので、詳しい内容はわかりません。

いずれにしましても、「シャロン首相の死後にメシアが現れる」ということが、かなり真面目に語られているということのようです。


「終末騒動は継続中」という感じでもありそうです。


そして、これらのこととは何の関係もないものではあるのですけど、イエメンで、「石の涙を流す少女」の話が世界中で報道されています。







少女はなぜ石の涙を流すようになったのか

イエメンの少女が、「目から涙のかわりに石が出てくる」ということが、イエメンの衛星テレビニュースで報じられてから、その後、全世界で報道されています。

イエメンの地方の信心深い・・・というより、迷信深いその村では、記事をそのまま訳しますと、


「迷信を信じる村人は、少女が悪魔に取り憑かれた、あるいは、疫病が蔓延する徴候かもしれないと怖れている」


という状態となっているのだそう。

内容を簡単にご紹介します。記事中に動画も貼りましたが、なかなか痛々しい感じのものでもあります。



涙のかわりに「石」を目から流す少女に医師たちは困惑し、村はパニックに陥る

迷信を信じる村の人たちは、少女が悪魔に取り憑かれたと考えたり、あるいは、疫病が蔓延する徴候かもしれないと怖れる




小さな女の子が、涙ではなく「石」を目から流し、医師を困惑させている。

イエメンの少女サディヤ・サレハさんは、彼女のまぶたの下にやや固い石を作る。しかし、いかなる既知の疾患にはかかっておらず、この現象の説明を与えることができなかったと述べた。

残念なことに、少女のいる村では、この少女が悪魔の魔術を使っているという話が広がり、村はパニックに陥ってしまった。

また、イエメンの衛生テレビでは、科のの地元の人々が、「これは危険な病の流行の兆しかもしれない」と述べている光景が収められている。





というものです。

それにしても、私にはイエメンの人たちの「迷信」を笑うことができないです。少なくとも、私たち自身の考えや、周囲を見れば、最近の世界はイエメンの迷信と大差ない概念の中に生きている部分が多い気もします。

悪魔とか再臨とか、いろいろな話が飛び交う時期ですけれど、それらが非現実的なことなのか、あるいは何らかの現実なのかはこれからわかることです。