2014年03月30日



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虚実が混合する「地震」の話



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▲ 2014年3月29日の Quake Prediction Japan Earthquake Risk より。本日3月30日の日本各地の数値が何だかどうも。このサイトについては後でご説明します。



私は今の世の中で言われている地震の予測にはあまり関心がない人で、地震雲なども興味がないです(信用していないと言っているわけではなく、関心の話です)。

ただ、昨日(3月29日)、夕方前に外を歩いていましたら、どうしても気になる雲を見つけまして、「飛行機雲の可能性」だけを考えて見ていまして、それは先日の記事の中で、サンセット・コントレイル( Sunset contrail / 夕焼けの飛行機雲 )のご説明などをしていて、それだと思って、いろいろ思い浮かべたのですが、「何となく違うっぽいなあ」と思いながら帰宅しました。



ネットを見ると妙に話題になっていて

私は最近は、いかなる BBS や掲示板、交流サイトも見ません。ツイッターもフェイスブックも使いませんし、他の方のサイトやブログもほとんど読むことがなくなりました。

毎日、いくつかの日本と海外の報道を見るだけです。

これは今の私に、なんとなく他からの影響を避けなければいけないという強迫観念があるということもありますが、比較的、「他の方々の意見」というものを遮断して生きています

基本的に人と交流しない生活をしているのもその理由です。

それはともかく、昨日見た空の様子が気になり、帰宅後、「地震雲」などで検索すると、最近また結構話題になっているのですね。

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▲ 2014年3月30日の、まとめサイト X fit より。


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▲ 2014年3月25日の BuzzNewsJapan より。


こういうような、まとめサイトのようなものにツィッターなどから投稿された、おびただしい数の写真が掲載されています。もっとも、こういう「地震雲の投稿」は昔からああるものですが、その中に、私が昨日見たものと似たものがあり、またも、

「飛行機雲だと思うんだけど、でも何か違う気もするしなあ」

と呟きつつ、それにしても、多くの人が地震には関心があるのだなあと改めて思います。

ところで、冒頭に掲載した地震予測サイトについて、少し書いておきます。




10の判断要素で地震予測をしていると主張するサイト

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▲ 冒頭に貼った Quake Prediction のトップページ。世界中の地震の予測を毎日更新しています。


このサイトはアメリカのサイトで、1906年のサンフランシスコ地震から 100年目の 2006年にオープンしたサイトだそうです。ページには「私はアメリカ地質調査所とは関係がない」と明記されていて、個人的なものであることを強調しています。

この世には、地震予測をしている方々は非常に多くいらっしゃるわけですが、このサイトの人はどのようなことを基準に世界の地震の予測をおこなっているのかというと、下の要素を組み合わせているそうです。

すべて、「その地域での」という意味です。

・熱温度変化
・ULF (地面の非常に低い周波数帯)
・超低周波音
・微小地震
・動物の行動
・人間の行動
・月の位置
・以前の地震からの期間
・衛星からの地震雲
・水温の変化


などのうちから、該当地域からデータを参照できるものを組み合わせて、地震発生リスクの数値を出しているのだそうです。

そういうものから出た、2014年 3月 30日の日本の結果が冒頭のようになったと。

まあしかし、今すでに 3月 30日で何も起きていませんし、何より、信憑性の云々はともかく、このサイトの人にしてみても「試行錯誤段階」だと言えるようで、気にされるようなものではないです。

ちなみに、このサイトの人が地震予測を始めた理由は、後述する「 1975年の中国の海城地震の予知」のことを知ったことだそうです。


ところで、ふだん気にしない地震をどうして気にしているかというと、うちの奥さんと子どもとその祖母などが海の方へ旅行に行ってるんですね。今回の記事は、まあ、子どもに対して心配性である私の、過剰な心配から来る「気にしすぎに過ぎない記事」と考えていただれば幸いです。

ところで、地震の話になりましたので、私の地震予測に対しての考えを少し書いておきたいと思います。




地震予測に対しての私見

私は現在の巷で言われているタイプの地震予測には関心を持ちませんが、地震予測の可能性が含まれているものがあるとすれば、次の2点だと思っています。


1. 大気中と赤外線量の測定と電離層中の電子数の変化
2. 銀雲


あと、1975年の中国の海城地震というものは「地震予知の数少ない成功例」とされていますが、後述します。


この「1」のほうに関しては、過去記事の、

衝撃のデータ: 3月11日の地震の前に観測された日本上空の赤外線と電子量の急激な変化
 2011年05月20日

の中でふれたことがあります。

NASA が震災直前に震源の上空で観測した赤外線量の強烈な変化と、上空の電離層の「電子数」というものが強烈に上昇していたことをデータで確認したという内容でした。

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▲ 上の記事から NASA の観測宇宙艇が収集した 2011年 3月 10日から 3月 12日までの赤外線のエネルギー量の変化。地震の発生した震源の上を強い変化を伴いながら、膨大な量の赤外線のエネルギーが通過していたことがわかります。


オリジナルの記事は米国マサチューセッツ工科大学のサイトの記事で、「マグニチュード9の地震の前に急速に加熱された日本上空の大気」というタイトルの記事でした。

この研究がどの程度、進んでいるのかわからないですが、大がかりなものでもありそうで、そう簡単に進められるものでもないかもしれません。




上空60キロメートルにある「銀雲」が示す地球の地震

あとは「2」の「銀雲」というのは、

謎の「光る雲」がどんどん高度を落としてきている
 2012年06月26日

という過去記事の中で、「ロシアの宇宙飛行士たちが確信した「銀雲」と地球上の災害の関連」というセクションに記したことがあります。

旧ソ連の宇宙ステーション・ミールで 1994年から 1995年にかけて、実に 438日におよぶ長期のスペース・ミッションをおこなったロシアのワレリー・ポリャコフという宇宙飛行士がいます。

そのポリャコフさんが 1999年に記した『地球を離れた2年間 - 人類の夢、火星への挑戦』という本の中に、その記述があります。


ワレリー・ポリャコフ『地球を離れた2年間 - 人類の夢、火星への挑戦』より

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▲ ソ連のワレリー・ポリャコフ宇宙飛行士。

忘れられない現象がある。それは"銀色の雲"のことで、地上で起きる災害と関連があると言われている。それは不思議な雲だ。銀色の雲という、まことにロマンチックの名前は、地表が円形になる地平線上の60キロメートルから70キロメートルの上空にしか現れないところからきている。

(中略)

仕事の忙しさもあってこのエピソードは忘れられていた。ところがその晩、地上との定期無線交信のときに、アルメニアで大地震があり、膨大な数の犠牲者が出て、街は壊滅状態だという連絡があった。

2回目のフライトの際には、ロケットが打ち上げられ、安定飛行状態にはいるやいなや、巨大な銀色の雲を目にし、不吉な感情に襲われた。管制センターとの無線交信によって、アメリカ合衆国のロサンジェルス市か、あるいはその近郊地域に大型の地震が発生し、大きな被害が出ているというニュースが伝えられた。




宇宙船からこの銀雲が見えた後には、高い確率で地球上で巨大な地震が起きていたことを書いていました。

ただ、この「銀雲」。

写真がないのです。

なので、どんなものなのかわからないのです。

ポリャコフ飛行士が提出したとされる次の2枚の写真は、どちらも銀雲ではないことが判明しています。

銀雲ではなかった雲 その1

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▲ 1999年 7月 26日の NASA が毎日、宇宙関係の写真を公開するギャラリー「今日の天文写真」に掲載されていたもので、地球上から撮影されたものだと後に判明。



銀雲ではなかった雲 その2

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▲ これも銀雲だとされていた写真で、私も長く信じていましたが、ロシアの著名な宇宙飛行士であるセルゲイ・アウデエフさんという方が来日した時に、この画像を見て、「これは銀雲ではない」と言ったことが銀雲(silvery clouds)に書かれています。


ただ、銀雲というのは上のような感じの雲ではあるそうです。

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▲ ロシアのセルゲイ・アヴデエフ宇宙飛行士。2003年に宇宙飛行士を引退。ソ連時代に 747日という宇宙通算滞在時間の記録を持っていたロシアの英雄的存在の人物。


いずれにしても、銀雲の姿や光景は不明ながら、それが地球上の大地震と関係していることは事実のようです。




1975年の海城地震の予知成功の理由

海城地震というのは、中国で 1975年に発生した地震で、「行政当局が事前に警報を出して 100万人規模の住民を避難させて、人的被害が軽微だった」ということで注目された地震でした。

海城地震 - Wikipedia に詳しく出ていますが、長いですので、流れを書きますと、


・1960年代に中国では地震活動が活発化しており、観測を強化していた。

・1974年、地殻変動や地震活動、地磁気の異常をもとに国家地震局は「渤海北部地区でかなり大きな地震が1-2年以内に起こる可能性がある」とした。

・同年11月、国家地震局は大連市の断層で測量や地震活動、地磁気などの前兆が活発化している事を確認する。

・12月20日、遼寧省革命委員会は、地震の可能性が高まっている旨を初めて市民に公表する。

・1975年2月2日には、地電位の異常があったことが報告される。2月3日には、微小地震が1時間に20回程度に急増し、地電位がパルス状変化を起こしてしばしば観測不能になる。

・2月4日0時30分頃、微小地震の後に大きな地震が発生する可能性がある旨の報告を受けた革命委員会はその日の朝10時に遼寧省全域に臨震警報を発表する。

・臨震警報を受けて行われた緊急的な避難は、約100万人が対象となった。




そして、緊急避難の警報から 19時間後の 1975年 2月 4日 19時 36分にマグニチュード 7.3 の地震が発生したのでした。

この地震の建物への被害は甚大で、場所によっては 95パーセント以上の家屋が倒壊したような被害を出したのですが、人的被害は約 2,000人でした。多いように思えるかもしれないですが、この数は被災地域の人口の 0.02パーセントで、家屋がほとんど倒壊した状況から考えると奇跡的な人的被害の少なさといえるものだったようです。

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▲ 海城地震後の町の様子。ほとんどの建物が倒壊しているように見えます。 yeeyan.org より。


比較しますと、翌年 1976年に中国の河北省で発生した「唐山地震」の死者数は、アメリカ地質調査所の推計では「 65万人」でした。唐山地震も、マグニチュード 7.5 と、海城地震のマグニチュード 7.3 規模と同じ程度でしたが、人的被害に非常に大きな差が出ました。

1975年の中国の海城地震では、本震の直前までに数多くの微小地震が続いていたのですが、そういう意味では、先日の、

イエローストーンについての奇妙な報道、西之島を侵略する新島、そして異常な回数の地震・・・。あちこちから伝わってくる「カタストロフ的」な気配
 2014年03月27日

という記事の「南米チリで1週間で300回の地震、普段地震のない米国オクラホマで2月から 400回以上の地震が起きている」というセクションでもご紹介している南米チリや、米国オクラホマで起きている前例のない地震なども気になるところです。

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アメリカの上のラインの周辺に沿っては、2012年12月頃にも、いろいろな現象が起きていました。

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▲ 2012年12月11日の過去記事「アメリカ大陸が真っ二つに割れそうな感覚を覚えた 12月初旬:全米を駆け抜けた謎の振動と爆発音」より。


今日明日ということではなく、どこということでもなく、確かにいつかは大きな地震は起きますからね。

地震と関係ないことではあるのでしょうけれど、日本を含めて、世界のこの1週間ほどの「急速な気温の変化」も気になります。

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