2014年05月17日



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ちょっとしたお知らせ:「高い次元へ覚醒」というより「いい人間の認識でこの世を生きたい」と思う方との共有をめざしたく



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今日は記事をふたつアップします。
こちらはお知らせのような感じです。

ところで、最近 Seesaa ブログがよくサーバ障害などで、極度に表示が重くなったり、表示されなくなります。そのような際には、こちらのページに状況を記すようにしているのですが、こうあまりにも障害が続くと、移転なども考えたくなりますが、 In Deep の記事数は現在では 1800以上になっている上に、写真や図版も多いですし、現実的に他に全移転するのは相当な時間と覚悟が必要で、現時点では不可能に思えます。


どの程度の手間がかかるのか、今では単なる日記の過疎ブログと化している「クレアなひととき」などで「ブログ記事全移転実験」でもやってみようかなとも思っています。

それには別に理由もありまして、クレアの場を使う必要はないのですけれど、最近「やりたいこと」というか、私は今、同じ意志(のようなもの)をお持ちの方などと「意識」を共有したいことがありまして(情報の共有ではないです)、それは先日の記事の、

人工 DNA から生命が作られる物質科学の時代に考え直したい 100年前にシュタイナーが唱えた「人類が高次へ移行する方法」
 2014年05月12日

で、シュタイナーが唱える「人間が高い次元を認識するという概念」について、ザラッとですけど、その全体像を知った時に、

高次元を認識する

ということについて私は勘違いし続けていたことに初めて気づいたのです。


正直、私はネット上などでの「高次元に移行する」というような表記や概念があまり好きではありませんでした。その理由は、内容そのものではなく、「あからさまな他者への差別と排除感覚が見える」からでした。

つまり、

高次元に行く人は優れた人
そこに行かない(あるいは行けない)人はダメな人

みたいな(こんな書き方ではないにしても)空気を常に感じてしまっていました。さらには、そこには一種の「選民思想」が存在しているように見えてしまう。もちろん、ご本人方はそうは思っていないのでしょうけれど、私のように「絶対に高い次元になどいかない人間」からはそう見えるのもまた事実なのです。

そして、「根本に区別と排除が存在しているものが良いものとは思えない」というのが私の正直な考え方です。

しかし、上にリンクした記事に記しました、シュタイナーの『いかにして高次の世界を認識するか』をザラッと読んだ時に、少なくとも薔薇十字に伝わる「高次元を認識するための道」というものには、そのような選民意識や、そもそも「人を区別する」という原則もそこにはないことがわかります。

high-level.gif


それはこの本の本文の最初の1行である、


すべての人間のなかには、高次の世界を認識する能力がまどろんでいます。



にある、「すべての」という言葉で十分にわかります。

違いがあるのは、

・自主的に訓練をおこなおうとするか
・しないか

だけです。


そして、それ以上に私が「いいものだ」と思えた部分は、シュタイナーが書く、高い次元の世界を認識しようとする人間が「持ってはいけない行動や思考」(自分の中から捨て去らなければならないもの)として、

・怒り
・不機嫌
・臆病な心
・迷信を信じること
・偏見心
・虚栄心
・名誉欲
・好奇心
・人間を地位や性別や血縁関係などから差別する態度


というようなことが書かれてあるのです。

上のような感覚を自分の中から消すことが「高次元を認識するための最初の条件」だとシュタイナーは書いています。そして、最もいけない感情は「憎しみ」だとシュタイナーは言います。


そして、これこそが「私が昔から抱き続けていたパラダイスのイメージ」そのものなのです。

つまり、
・憎しみ
・怒り
・不機嫌
・臆病な心
・迷信を信じること
・偏見心
・虚栄心
・名誉欲
・好奇心
・人間を地位や性別や血縁関係などから差別する態度


のない場所。


そんな世界は単なる夢だと思っていましたが、今の世界に普通に生きていても、「高い次元を認識できるようになれば、それはなしうる」とシュタイナーは言っているのだと思います。

つまり、「高次元に生きること」とは、生きている場所が地球ではなくなるわけでも、肉体の死がなくなるわけでもなく、「認識する世界が変わる」のだと。

それは素晴らしいことだと思います。

また、薔薇十字、あるいはシュタイナーの修行の素晴らしいところは、宗教のように「徒党を組む必要がない」ということです。ひとりひとりが、自分の生活の中でおこなえばいいものです。リーダーも必要ないし、議論も多分必要ないはずです。


正直、私はいまだに「高い次元」という言葉自体には抵抗感がありますが、これを言い方を変えて、

「いい考え方の人間になってみたい」という修行

だと思えば、私にとっても悪いことではないと思い、シュタイナーの思想を今後じっくりと考えたいと思っています。ただ、私自身がまだ本さえ完読していないような人で、そのことについて人様に何かを書くのは妙だとも思います。

ですので、そのような考えを持つ方が他にいるならば、たとえば、メルマガのようなものでもいいですが、そういうもので考えを書いたりして共有してみたいとも思います。

シュタイナーの言葉は、これまで In Deep で書いてきた「宇宙と人類と生命の関係」にも関連します。現代にはさまざまな宇宙科学と生命科学(たとえば、パンスペルミア説)があります。

シュタイナーの『いかにして高次の世界を認識するか』の中で、「神秘学の学徒になるための条件」として書いている中のひとつに、


「自分自身を生命全体の一部分と感じること」



があります。

この「生命全体」は、パンスペルミア説から見れば、実は「宇宙空間全体」であることを示していることにも気づかれると思います。

space-dna.jpg


今後の世界。

たとえば、In Deep の多くの記事に示される災害や戦争や暴動。
それは今後も確実に続くと思います。

しかし、その混沌とした地球の中で「高い次元を認識して生きる」ということは、すでにそれらの脅威が脅威ではなくなる可能性があるという意識の変化を示すものなのかもしれません。



とはいっても、まず私のすることは、シュタイナーの『いかにして高次の世界を認識するか』をちゃんと読むことからですね。

何しろ、最近の私はものすごくたくさん本を買っているんです。

森田療法を理解する必読の原典と言われている、森田療法の創始者の森田正馬さんが大正11年に書かれた論文を新刊として書体などが新字体になっていて読みやすなっていた『神経質の本態と療法』だとか、東京大学の名誉教授だった自然人類学者の埴原和郎さんが 30年くらい前に書かれた『日本人の起源』というようなものとか、他にもたくさん買いまくっていて、まずはそれらを適度に読んでから、シュタイナーをゆっくりと読みたいと思います。


少し時間はかかるかもしれないですが、「高い次元の認識」というような小難しいことではなくても、「意識を変化させて、多少なりともいい人間として死んでいきたい」というようなことに興味がある方たちと意識や意見を共有できるといいかと思います。

準備にかなり時間はかかりそうですが、その際にはまたお知らせします。


というわけで、今日は通常の記事も書いていますので、後ほどアップします。
私たちは皆、「現実は現実として見続けなければいけない」と思ってもいます。
それを提供するのが In Deep のささやかな役割かもしれないです。

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