2014年05月21日



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歴史的に弱い活動のままピークを迎えた太陽活動サイクル24の中、大洪水がボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の悪夢の記憶を呼び覚ます




知識とは何のためのものか

本題とは関係ない話ですけれど、この何年は In Deep などで記事を書く時に知らないことを調べたりすることが多くて、多分、人生で一番勉強していたような数年だったと思います。

それでまあ、「知識を入れるのは悪いことではないよね」と何となくですが、そのように思っていたりもしたのですが、

人工 DNA から生命が作られる物質科学の時代に考え直したい 100年前にシュタイナーが唱えた「人類が高次へ移行する方法」
 2014年05月12日

という記事あたりから、たまにふれているシュタイナーの『いかにして高次の世界を認識するか』という本の中に「神秘学の基本原則」ということが書かれてあります。

基本原則というのですから大事なことだと思うのですが、それは以下のようなものでした。


神秘学の基本原則

自分自身の知識を豊かなものにし、自己の内面に宝物をため込むために求める認識はすべて、あなたを正しい道から逸脱させます。一方、みずから気高い存在となり、世界の進化と歩調をあわせて成熟するために求める認識は、あなたを前進させます。

理想とならないような理念はすべて、あなたの魂の力を殺します。また、理想となるような理念はすべて、あなたのなかに生きる力を生み出します。




これはつまり、

自分自身の知識を豊かなものにして、知識を自分の中にためるために求める認識


は、

その人を正しい道から逸脱させる


と書かれているわけなのですね。
知識をためていくことは良くない」と。

つまり、ただ知識を自分の中に蓄えていくだけに価値を見いだすことは、むしろ真実からどんどん遠くなると。

自分が得た知識が、上のシュタイナーでいうところの「世界の進化と歩調をあわせて成熟するために求める認識」となるものかどうかということが大事なようです。知識そのものだけでは何の意味もないどころか、それは人を後退させるものとなってしまうものでもあるようです。

とはいっても、私の場合、もともとがあまりにも何も知らない人でしたので、まだまだ知りたいことはたくさんありますけれども、「世界の進化と歩調をあわせて成熟するために」かどうかは定かではないです。

今日は最近記事にしたことのその後などを少し書いておきたいと思います。





ボスニアの洪水で蘇る「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争」の悪夢

先日の記事、

セルビアで起きた史上最悪の洪水で思い出す「黙示録的な洪水の連続」の時代
 2014年05月17日

では、ボスニアとセルビアを中心としたバルカン半島での壮絶な大洪水について記しましたが、その後、下のように数十名の死者を出す被害となっしまい、被災者は 100万人に達してします。

afp-bosnia.jpg

▲ 2014年5月19日の AFP 「セルビアとボスニアの洪水、死者44人に」より。


下の動画は、避難したセルビアの住人がボートから撮影した風景です。どこの町か記されていないのですが、これは 5月 17日の光景で、翌日から今度は隣国ボスニアに被害が広がっていきます。

セルビアの洪水 2014年5月17日




完全に町が水没している様子がわかりますが、なぜかこのボート上の人たちは意外と穏やかで、若い女性などは笑顔も見せています。まあ、ここまでの洪水だと、どうしようもないですし、逃げられただけよかったというようなこともあるのかもしれません。


さて、しかし、今回の洪水、「水が引いて終わり」ということにはならなそうで、経済的な問題もですが、さらに非常に良くない状態に陥る可能性があるのです。それは、この大洪水により、「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の地雷」が大量に流出している可能性が高いことにあります。

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は、ユーゴスラビアから独立したボスニア・ヘルツェゴビナで 1992年から 1995年まで続いた内戦ですが、これは私が生まれてからの時代の中で起きた戦争の中で、最も嫌悪感を今でも抱く戦争のひとつです。

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のことを書くのが目的ではないですが、この戦争の最も嫌悪感のある部分というは何かというと、この内戦は「民族同士の戦い」だったのですが、「民族浄化」ということをさかんにおこなったことでした。

Wikipedia には、


「民族浄化」は、異民族に対する各種の嫌がらせや差別的な待遇、武器の没収、資産の強制接収、家屋への侵入と略奪、見せしめ的な殺人などによって、その地域の異民族が退去せざるを得ない状況に追いやる方法や、強制追放、強制収容、あるいは大量虐殺によって物理的に異民族を地域から取り除く方法がとられた。



とありますが、最もいやな感じが残ったのは、「敵の民族の女性に自分の民族の子どもを強制出産させる」ということを組織的にお互い繰り返したという、ちょっと近代史でもあまり見ることのないような非人間的なおこないが行われました。

強制出産ということがどういうことかを文字で説明する必要はないと思いますが、今でもその当時の悪夢に苛まれている現地の女性はたくさんいるはずです。

そして、この内戦でも「地雷」が多く使われたのですが、今回の洪水で、それが流されてしまったということと、戦後に「地雷原」を示すために多くの場所に設置されていた「地雷原を示す看板」も多く流されてしまったかもしれないのです。

つまり、「地雷原の場所もわからなくなってしまったところも多い」ということなのです。

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争での地雷原を示すマーク

Landmine_warning_sign_in_BiH.jpg

Land mine contamination in Bosnia and Herzegovina より。全土のいたるところに、このように木や壁などに貼られている他、看板として建てられています。


ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が「終わってから」の 1996年からどれだけ地雷で被害が出ているかの表が、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の地雷に関して書かれている英語版の Wikipeia にあります。英語の部分を日本語に換えています。

mine-bosnia.gif

Land mine contamination in Bosnia and Herzegovina より。


このように、地雷は、内戦終結後も 500人以上の命を奪っていて、地雷での事故の総数は 1700以上となっているのです。戦後、特定された地雷原をに上の地雷原マークを少しずつ設置していったのですが、それでも、地雷の被害はつい最近まで起き続けています。

その中でボスニアは今回の大洪水に見舞われました。

5月20日の CNN の記事には以下のように記されていました。


バルカン半島のボスニア・ヘルツェゴビナとセルビアを襲った洪水で、20日までに26人の死亡が確認された。さらに、内戦時代に埋められた地雷が洪水や土砂崩れで流され、住民や救助隊員が危険にさらされている。

内戦時代に埋められたまま除去されていなかった地雷の一部が土砂崩れによって移動し、新たな不安要因となっている。ボスニアのバキル・イゼトベゴビッチ大統領はCNNの取材に対し、「地雷原がどうなったのか正確には分からない」と述べ、地雷も警告の看板も洪水で流されてしまったようだと話している。




地雷は手榴弾などと同じく密閉されているため、耐水性があり、洪水で流されても兵器としての機能が失われることはありません。

ちなみに、今のボスニアにはどのくらいの数の地雷が残されているのかというと、上の英語版 Wikipedia によりますと、


ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が終結した 1996年までにボスニア全土に 約 200万個の地雷が仕掛けられた。2008年末までに回収した地雷の数は 22万個になる。



ということで、今でも 180万個くらいの地雷がボスニアに存在しているということのようです。

地雷原の特定もそれなりに進んでいたはずですが、その看板の多くも流されてしまったということで、ボスニアではまた地雷探しを最初から始めなければならないことになってしまったようです。

そして、地雷原以外の予期せぬ場所で、洪水によって流された地雷の被害が起きることも、ほぼ現実のものとなっています。





タイの「クーデター」を歓迎する市民たち

昨日の記事にいたしました、

戒厳令下の微笑みの国 : タイで発生した事実上のクーデター。そして北緯33度線でのクーデターの双方の今後
 2014年05月20日

でのタイなのですが、「戒厳令2日目」のタイの首都バンコクでは、下のように、兵士たちと記念撮影をする人たちが続出しているようです(笑)。

thai-coup-day2.jpg

▲ 2014年5月21日の newsclip 「国家システム崩壊の危機 タイ軍介入に歓迎ムード」より。

上の newsclip には、


タイは過去数十年、こうした危機に直面した際に、プミポン国王の圧倒的権威で安定を保ってきた。

しかし、国王は86歳と高齢で、健康面の不安もある。国家機構の脆弱性が露呈した今、国王以外に事態収拾に動けるのは軍だけという現実があった。




ということで、今後どうなるのかはわからないですが、タイの人たちの上のようなお気楽記念写真の風景を見て、「ああ、やっぱりタイはタイだなあ」と、昔よく行っていた頃を懐かしく思い出します。





太陽活動「サイクル24」はどうやら、弱いながらもその最頂点に達したようです

タイなどで見られるような「人間による社会混乱」が、太陽活動と関係するということは、

太陽と暴動。そして、太陽と戦争
 2014年03月04日

など、これまで何度も書いてきたことではありますけれど、現在、世界がやや混沌としているのも、太陽活動が(弱いながらも)最大期であることと関係はあるとは思います。

sun-human-2014.gif

▲ 上の記事より、ロシアのアレクサンドル・チジェフスキー博士の 1922年の論文にある「太陽黒点数と戦争や社会暴動の変化」のグラフ。


今後の太陽活動が「大きくなる」のであれば、混乱はまだ世界各地で続くでしょうし、「小さくなっていく」のではあれば、まあ、世界の混乱が消えるわけはないにしても、多少は沈静化する可能性はあるかもしれません。

そして、その太陽活動。

現在は、サイクル24という太陽活動の活動最大期に向かっていたのですが、昨日、アメリカ海洋大気庁( NOAA )の太陽周期の専門家ダグ・ビーセッカー( Doug Biesecker )という方が、

「現在、太陽活動の最大期に達したと思われる」

と発表しました。

over-cycle24.gif

▲ 2014年5月20日の Spaceweather SOLAR 'MINI-MAX'より。

上の赤い線が現在のサイクル24の太陽活動の活動の推移の状況で、他の線は、過去の太陽活動の状況です。これを見ても、サイクル24が弱い活動でうったことがわかります。

これに関しては、昨年の記事、

太陽活動が「過去200年で最も弱い」ことが確定しつつある中で太陽活動は復活するか
 2013年10月21日

に載せた表でも、現在の太陽活動が過去何百年の間でも非常に弱いものだったことがわかるグラフを載せたことがあります。

ss-1-24-com-3.gif

▲ 上の記事より。


今回の太陽活動は過去数百年でも際だって弱い太陽活動でしたが、NOAA の専門家の言葉を信じれば、その活動のピークが今終わろうとしているようです。そして、これから数ヶ月から1年くらいかけて、次第に弱くなっていくということになります。

ですので、この半年から1年くらいを乗り切れば、その後に世界を巻き込むような大戦や内戦や暴動は起きないようにも思います。逆にいえば、この半年から1年くらいの間はまだまだカオスは終わらないかもしれません。