2014年07月23日



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世に溢れるアナグラム : ツェッペリンの天国への階段の逆回転での「悪魔と666」。リーガンが語る逆回転のサタンの言葉。そして、セウォル号オーナーの「鏡像」遺書



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▲ 最近、死亡して発見されたことが報じられた沈没したフェリー「セウォル号」のオーナーであるユ・ビョンオン容疑者の「遺書」。7月22日の韓国 sisainlive より。文字をすべて左右反転させた「鏡文字」の形式で書いています。ちなみに私は筆記体のハングルが判読できず、どちらがオリジナル(反転させたもの)か今ひとつわからないのですが、赤で囲んだほうがオリジナルではないかと思います。この遺書の内容は、記事の最後にご紹介します。




私がどうしても好きになれなかった「天国への階段」に「潜む悪魔」の噂

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YouTube


唐突ですけど、往年のロックバンド Led Zeppelin (レッド・ツェッペリン)をご存じでしょうか。レッド・ツェッペリンは活動したのが 1968年から1980年までで、そして、私が初めて聴いたのは 1976年頃の中学1年生の時でした。

最初に聴いたのはツェッペリンの2枚目のアルバム(ツェッペリンは4枚目までのアルバムはすべて「無題」として、アルバムタイトルをつけませんでした)で、それはそれは当時 13歳の私は大きなショックを受けて、「音楽を聴くこと」に対して、かなりの影響を受けました。

ツェッペリンは、ハードロックバンドでありながら、ブルースからアジア民族音楽、西欧民族音楽にいたるまで様々な要素を曲に取り入れていて、その影響もあり、私も若い頃から、世界中の民族音楽をよく聴きました。

また、ライブでは「テルミン」というロシアの楽器まで使っていました。テルミンというのは、 1919年にロシアの発明家であるレフ・テルミン博士が発明した世界初の電子楽器で、詳しくは、 Wikipedia などに載っています。

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▲ テルミンを演奏するレフ・テルミン博士。心の時空より。


ちなみに、その中学1年の時に最初に聴いたアルバムの1曲目の、邦題では「胸いっぱいの愛を(リンクは YouTube )」という曲には、途中、テルミンの音も使われていました。

ちなみに、このロシアのテルミン博士という人も謎の人で、「科学者?芸術家?音楽家?スパイ?天才? テルミンの数奇な人生」というサイトに、詳しい経歴が記されていますが、米国に住み、アインシュタインなどと親交もあった科学者でもあったテルミン博士は、 KGB (ソ連国家保安委員会 )に強制的に米国からソ連に送還され、そのままシベリアの強制収容所に送られています。

過去記事の、

太陽と暴動。そして、太陽と戦争
 2014年03月04日

の冒頭に書きました「大衆の興奮も太陽の周期に従っている」という言葉を残したロシアの科学者、チジェフスキー博士も、「太陽が人間活動を牛耳っている」という研究結果がスターリンに嫌われ、シベリアの強制収容所に送られていますので、先進的な科学者はわりと「シベリア送りになりやすい」という側面があったようです。

ちなみに、上記サイトによると、テルミン博士は晩年は、自分の研究に対して理解のあったレーニンを「生き返らせようとする研究(レーニン蘇生計画)」などにも携わっていたそう。

(何だか、話が逸脱してきているぞ)

えーと・・・なんで、こんな話になっているんでしたっけ・・・。

ああ、レッド・ツェッペリン。

そんなわけで、レッド・ツェッペリンを若い頃に聴いた影響は今にいたるまで続いているのですが、そのツェッペリンの中で私が最も「好きになれなかった曲」があるのです。

端的にいえば、嫌いといってもいいのですが、しかし、それがツェッペリンの最大のヒット曲というか、有名な曲でもあるので言いにくいわけで、それは「天国への階段」(1971年)という曲です。


多くのツェッペリンの曲が好きな私が、どうしても今でも生理的に受けつけない曲のひとつなのです。好きになれないのは楽曲としての展開そのもので、歌詞的な意味でのことではないです。歌詞の冒頭は日本語に訳せば、


「輝くものすべてが黄金だと信じる女神が天国への階段を買おうとしている」



という歌詞から始まります。

さて、そのような、私の個人的な好き嫌いはともかくとして、天国への階段 - Wikipedia に次のような記述があります。


なお、「『天国への階段』を逆回転で聴くと悪魔崇拝を勧めるメッセージが聞える」という風説があったが、レッド・ツェッペリンのメンバーは一様にこの風説に対して嫌悪感を表明している。



厳密にいうと、「天国への階段」を逆再生すると、悪魔を讃えているかのような、例えば下のような言葉が連続して聞こえる、というものです。


"Here's to my sweet Satan"
(これは私の愛しきサタンへのものだ)

“Satan He will give those with him 666"
(サタンは666と共に彼らに与える)

"There was a little toolshed where he made us suffer, sad Satan"
(彼らが私たちへの苦しみを作り出す道具小屋がある、悲しきサタンよ)


それらしき噂があることは、私も知っていたのですが、何十年前のテレビ番組か何かなのでしょうけれど、そのことを放映している動画を見つけまして、そこに、日本語を入れてみました。

こちらがその動画です。
時間は1分30秒程度だけピックアップした短いものですので、興味のある方はご覧下さい。




サタンだとか666などの概念は、ブログを書き始めてから興味を持った分野でもありますけれど、最近は、

黒点は完全に消えたけれども、イスラエルの「666戦争」とマレーシア機の既視感の中で予測されてしまうかもしれない今後の世界
 2014年07月18日

のようなタイトルの記事なども書いていたり、半年くらい前ですけれど、

「悪魔 vs キリスト教」の戦いが世界中でエスカレートしている
 2014年01月29日

という記事でも書きました、

「もしかすると、今は悪魔という概念(あるいは実在)との戦争的な時代かもしれない」


といったようなことを感じる時もあったりいたしまして、それで、ふいに自分が好きだったバンドの中で「唯一好きになれなかった曲」の「噂」について思い出して、このようなことを書いた次第でした。

それにしても、逆再生させて、偶然とはいえ、上のテレビに出ている人たちにも一発で聴き取れる程度のクリアな英文が浮き上がるという現象は珍しいと思うのは事実です。「空耳アワー」などのように、最初から文字が提示されていればわかると思いますが、上のテレビ番組を見ても、男性も女性もすぐに聴き取れていることがわかります。

また、どんな言語でもそうでしょうが、通常の回転でも逆回転でもどちらにも意味のある言葉の歌詞を作るというのは、かなり難しいと思います。「天国の階段」の歌詞を作ったロバート・プラント(ボーカル)にそのような言葉遊びの才覚があったとはとても思えません。

なので、メンバー本人たちがこの「噂」に嫌悪していることでもわかるように「一種の偶然で起きたこと」なのだとは思いますが、しかし。

「偶然」という現象には常に「何らかのチカラ」が介入している

ということはあるわけで、「偶然という現象は厳密には存在しない」という概念を持ち出すまでもなく、存在する現象は、原因がどうであれそれは実在している・・・ということだけが事実です。

なので、この件の場合は、バンドのメンバーの意志とは関係のない「何らかの意志による偶然のような出来事」がこの偉大なバンドに降りかかったのかな、と考える方が妥当な気がします。

何しろ、この「天国の階段」の入ったアルバムは今でも世界的に最も売れたアルバムのひとつで、 Wikipedia での数値では、


約5年にわたってトップ200にとどまる大ロングセラーとなった。1990年末にはアメリカ国内での売り上げが1,000万枚の大台に達し、2006年現在、累計2,300万枚。



というアルバムで、まして、「天国の階段」だけに絞れば、ただ聴いたことがあるという人の数は「億」単位の人数になるはずです。悪魔のほうとしても狙いたくなる魅力的な人数だったと思われます。


ところで、この「天国の階段」の歌詞を書いたレッド・ツェッペリンのボーカルだったロバート・プラントは、 Wikipedia によると、ツェッペリン解散後のソロ活動において、


ソロキャリアにおいてのレッド・ツェッペリン楽曲、特に「天国への階段」は過去の栄光を象徴するためか、歌詞の出来が気に入らないとしてライブ演奏を嫌っており



と書かれてありました。

特別意味はないのでしょうけれど(あるかもしれないですけれど)、少なくとも、「本人は自分が書いた『天国への階段』が好きではなかった」ということがわかります。

いずれにしても、レッド・ツェッペリンは今でも私の中では偉大なバンドであり続けることは確かです。

悪魔がどうであろうと、私の「魂」を一発で新しい価値観へ目覚めさせた「胸いっぱいの愛を」がなければ、私は今の人生とまったく違う方向へ歩いていたように思います。

ちなみに私が、ツェッペリンで最も好きというより、今まで最も聴いたであろう曲は、3枚目のアルバムに収められている曲「フレンズ(リンクは YouTube )」です。


ところで、ここで取り上げました「逆回転ボイスと悪魔の関係」は、1973年の映画『エクソシスト』の中でも扱われています。





リーガンに取り憑いた悪魔が使った逆回転ボイス

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・『エクソシスト』(1973年)より。


映画『エクソシスト』は、ウィリアム・ピーター・ブラッティ原作の小説『エクソシスト』を映画化したものですが、小説にも映画にも「逆さ言葉」が出てきます。

「娘に悪魔が取り憑いた」と主張する母親からの訴えをきいたカラスという名の神父が、悪魔払いの「前段階」として、そのリーガンという女の子が「本当に悪魔に取り憑かれているかどうか」を確かめるテストの際に「逆さ言葉」が女の子から発せられるのです。

なぜ悪魔払いの「前段階」のテストなどが必要かと言いますと、教会では、「悪魔払いの実行が許可されるための条件」というものが厳密に決まっていて、いくつも項目があるのですが、その中に、

「本人が知らないはずの未知の言語をしゃべる」

という項目があるのです。

もう少し厳密に書きますと、カトリックの祭儀について書かれた『天主会典礼書』には「悪魔憑き」について次のような記述があるのだそうです。


悪魔憑きの徴候は次の諸点にあらわれる。異国もしくは古代の言語を自在に駆使し、あるいは他人が語るそれを理解する。未来の出来事を予言し、秘匿されている事実を言い当て、年齢または生得の能力を超えた力を発揮する。



そのため、「本人の知らない言葉」を話すということは重要な項目で、映画エクソシストでも、前段階のテストで神父とリーガンとの会話が記録されますが、その中で、リーガンは聖水をかけられた際に苦しみながら、「未知の言語」を口にするのです。

その後、神父は、言語研究所にこのテープを持ち込み、言葉かどうかの分析を依頼するのですが、映画では分析官は聴いた瞬間に「単なる普通の英語だ」と即断します。30秒ほどのシーンですので、ご覧いただければと思います。




しかし、原作の小説のほうでは、言語分析官は、テープを聴いただけでは言語の種類を判断できず、長い期間の分析が始まります。

言語分析学のひとつに「タイプ・トークン比」というものがあるそうで、これは、千語程度の言葉を調査して、同一語彙の出現度の比率を割り出すものだそうですけれど、小説では、その「タイプ・トークン比」などを用いて、リーガンが口にした言葉を分析していきます。

そして、何日後くらいか小説ではよくわかりませんが、神父は、なかなか届かない鑑定結果に苛立ち、言語研究所の所長に電話をするのですが、下は小説のほうの『エクソシスト』のその際の会話です。


小説『エクソシスト』より

カラスは、期待の気持ちをなかば失って「あの言葉は、どこかの国の言葉ですか」と訊いた。言語研究所のフランク所長はくすくすと笑い出した。

「何がおかしいのです?」イエズス会士は不機嫌そうな声を出した。
「神父、これは、私に対する手のこんだ心理テストではないのかな?」
「おっしゃる意味がわかりかねますが」
「しかし、あの録音テープには、きみの手が加わっているとみた。なぜなら……」
「フランク所長、あれは言葉ですか、言葉ではないのですか?」
「言語であることは間違いない」
カラスは緊張して、「ご冗談ではありますまいね?」
「いうまでもない。大まじめだ」
「では、どこの国の言葉です?」
「英語さ」

しばらく、カラスは無言でいた。そして、口をを切ったときは、声に刺(とげ)があった。

「フランク所長、わたしのお願いは真剣なものでした。それをお考えいただけずに、おもしろがっていられるとは、こんな残念なことはありません」
「まあまあ、神父、待ちたまえ。今、きみの手もとに問題のテープがあるかな?」




と、言語研究所の所長は、電話でカラス神父に、

「そのテープを逆回転して聞いてから、また私に電話をくれたまえ」

と言うのです。そして、神父がテープを逆再生して聞いてみると、言語研究所の所長が言う通りに、そして、上の映画の映像の通りに、それが英語、つまり自分たちの話している言葉と同じものだったことを知り、神父は慄然とするのでした。

その時点ではリーガンは「精神病」であるとする病院からの通知が来ていて、正確には「罪の意志にもとづく強迫観念がヒステリー性夢中遊行症と結合したもの」と診断されていたのでした。カラス神父も、そのように考えていた部分が大きく、それだけに、教会の悪魔払いの許可項目の中の、

「未知の言語を話すか話さないか」

は、リーガンに対して、教会から悪魔払いの許可が出るがどうかの最大のポイントでもあったのです。

しかし、リーガンが話している言葉が「単に逆回転させた英語」であり、未知の言語ではないことがわかったことで、悪魔憑きの要件は満たさないことになります。

これだけでは「ただの特殊才能」であって、悪魔憑きの条件にはならないのです。芸として逆に言葉を話せる人など、この世に少なからずいるのも事実ですし。

しかし、カラス神父が気にしたのはその言葉の内容でした。映画では言葉は短いですが、小説では、多くのことを逆回転の英語で語っています。

たとえば、下のようなことをリーガンは言っています。


「おれには名はない、誰でもない。しかも大勢だ。とにかく、放っておいてくれ。この身体の中で暖まらせてほしい。肉体から虚無へ。放っておいてくれ。このままでいたいのだ」



その後、カラス神父は、ユングの著書『オカルティズム現象の心理と病理』などに類する精神疾患者の臨床例を調べ続けているうちに、リーガンの言葉が「逆回転」させているだけではなく、全体が「アナグラム」(単語や文章の文字を入れ替えることによって全く別の意味にさせる)を駆使して構成されていることを見出します。

そこから浮かび上がる言葉の一節が、


「サタンをわが指導者たらしめず……」



という言葉だったことがわかり、神父は、リーガンが言葉遊びをしているわけでもなく、さらに、彼女を精神疾患に分類することもできないことに気づきます。そして、その後に起きるいくつかの出来事によって神父は「悪魔の存在を確信」します。

映画のエクソシストは面白い映画ですが、小説は、科学的側面(主に医学的側面)と宗教的側面を徹底して追求し続けているもので、映画とは別の面白さがあります。

たとえば、Amazon の書評に下のような書評とは思えないような書評がありますが、確かにそういう思いにさせる部分は多いです。


善なるものに悪が潜み、悪なるものが善を目覚めさせる。
悪が無くならないのは、悪にも意味があるから。
説明の付かない現象を、論理的に説明しようとするのは、虚無への恐怖があるから。
根源的な恐怖に対して、論理で立ち向かおうとすると、ますます追い詰められる。
それに対して、勇気を奮って立ち向かうには、信念が必要だ。
神の愛とは、神を信じ続ける信念に基づく。




ただ、本当に長い小説ですけどね。

何しろ、私が小説『エクソシスト』を初めて買ったのが、映画が話題となった後の中学2年の時(1977年)ですので、現在、購入後 37年目になりますが、まだ完読していないという有り様です。

ところで、今回、映画のほうのエクソシストの上の場面を静止画で見たりしていた時に、この言語研究所の分析スタジオのドアの上に「TASUKETE!(タスケテ)」という横断幕が掲げられていることに気づきました。

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これって「助けて」ですよね。
他に、こういう綴りの英語があるのかもしれないですけど。
ちなみに、原作には言語研究所の室内の様子の描写はないですので、オリジナルの美術のようです。

いちおう、英語辞書 Weblio で引いてみましたけど、「TASUKETE に一致する見出し語は見つかりませんでした」とのことで、ただ、「TASUKETE を含む例文一覧」に下のような、何だかよくわからない例文がありました。

tasukete-2.gif
Weblio TASUKETE


英語のほうも日本語のほうもわからない。
なんの例文だろう?(苦笑)

悪魔のことなんかを調べていると、時折こういった「訳のわからないもの」に出くわすので注意が必要です。


何だかツェッペリンからテルミン、エクソシスト・・・と、話が飛んでいき、長くなりましたが、冒頭に貼りました写真のことを記事の締めとしたいと思います。

これは「逆回転」ではないのですが、「左右反転」という、やはり一種の言葉遊びのような形の遺書を残して死亡した(とされる)冒頭に示したセウォル号のオーナーの話です。





やはり普通ではなかったユ・ビョンオン容疑者

今朝、次のような日本の報道を読みました。
抜粋です。


韓国旅客船沈没事故 遺体は実質的オーナーと確認も依然多くの謎
FNN 2014.07.23

多くの犠牲者を出した、韓国のセウォル号沈没から98日目。
事態は急展開を迎えた。
指名手配されていたセウォル号の実質的オーナー、ユ・ビョンオン容疑者の死亡を、捜査当局が発表した。しかし、この死には、多くの不審な点が残されている。

遺体は6月12日、別荘から2kmほど離れた畑で発見されていた。
遺体は性別がわからないほど腐敗が進み、首と胴体が離れた状態で見つかっている。ところが捜査当局によると、他殺を疑わせる傷はないという。

そしてもう1つ不思議なのが、ユ容疑者が逃亡中に残したとされるメモ。
「鬼ごっこが始まった」などと、捜査当局の追跡をあざ笑うような内容が、なぜか左右を反転させた、鏡文字で書かれていた。




というもので、この中の、

> なぜか左右を反転させた、鏡文字で書かれていた。

という遺書が冒頭の写真です。

この死亡した「とされる」容疑者のユ・ビョンオンという人に関しては、過去記事の、

韓国フェリーの若者たちを「犠牲」に導いた正体…はわからないけれど何となく見えてきそうな「輪郭」
 2014年04月25日

で書きましたけれど、韓国のキリスト教系カルト「救援派」(クウォンパ / 教団の正式名は「キリスト教福音浸礼会」)の代表であるのですが、この救援派の教義というのが、

自分が神から救われていれば、何をやっても(殺人や盗みでも)悔い改める必要がないし、何をやっても天国に行ける


というようなもので、セウォル号あたりの悲劇との結びつきも、このあたりの「異常性」にある部分もあるのではないかと思ったりもしたのですが、それはともかく、上に載せました今朝のニュースにもまた「異常性」ばかりが目につきます。


・6月12日に発見された死体が本人だと判明したと7月22日に発表
・首と胴体が離れた状態で見つかっているのに他殺を疑わせる傷はない
・遺書は鏡文字


特に、今回の上のほうの「逆回転」などのことについての事柄と関係するのは「鏡文字の遺書」です。

鏡文字とは左右反転した文字で、下は鏡文字 - Wikipedia を鏡文字にしたもの(笑)です。

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見ているだけでも気持ち悪くなるような違和感がありますが、いずれにしても、普通の人に書けるものではないはずです。

「鏡文字で何かを書いてくれ」と言われても書ける人などほとんどいないでしょうが、セウォル号のオーナーであり、カルト教団「救援派」の代表は、そのような遺書を残したのです。

ただ、本当に遺体も遺書も本人のものなのかを含めて、疑問はいろいろあるようなのですが。韓国警察発表では DNA が一致したということで発表したということらしいです。

さて、その遺書とされる文章の、全文ではないですが、韓国のメディアに掲載されている分を訳して載せてみたいと思います。

意味がわかりにくい内容ですが、「今回の自分に対しての捜査劇」に対しての感想のようです。
ちなみに、ハングルだけではなく、漢字も使われていました。

最初の「華奢で弱々しい「大」」というのは多分、現在の韓国の女性大統領のことを言っているのだと思います。




「ユ・ビョンオン容疑者の遺書」(とされるもの)より

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華奢で弱々しい「大」が「太」の男のようなことを起こしはしないだろう。海千山千の体験をしたであろうベテランの男たちがしでかしたことのようだ。彼らの過剰な忠誠にあふれる補助の方法なのだろう。

連日炸裂する放送や報道は、もはや魔女狩りの度を越し、旧時代の人民裁判の映像メディアとして進化してわめき出す韓国民族全体。そして、世の中と私たちの同胞の大きな仲違いの喧伝に悪意の声と共に熱を上げている。

目を閉じて、腕を広げて、いろいろと探す。
私がここに立ったことを知らずに、いろいろと探す。

長い夏に向けての鬼ごっこが始まった。

この純真無垢な幼子のプライドを押さえつけ、世界の時間の中で分針され、大きな針に代わって出す音。生存の節々で、超超超分時の呼吸であることを、この老いた体において精神は決して卑怯者でないことを・・・

私の老年の大きな覚悟と、そして回復する健康を祝す。





(訳者注)翻訳していて意味のわからない部分も多いのですが、こんな一種難解に見える遺書(かもしれないもの)を、鏡文字で書くことのできる人間。

そして、逆さ言葉とアナグラムで本音を語る悪魔。

いろいろな存在がこの世にあるのなら・・・今年は露骨に表に出てきている気がします。

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