2014年09月07日



In Deep のトップページは http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




インド:悪霊と戦うために犬と結婚した少女が対決するその「悪霊」は「イスラム教徒の愛の聖戦部隊」か、それとも「外国的価値観」か


dog-india-top.gif

▲ 2014年9月3日のデイリーメールより。



先日、インドで、18歳の少女が「彼女から悪霊を追い払うため」としての儀式の一環として「犬と結婚した」というのか、「させられた」というのか、上のようなニュースがあったのですね。

これについては、日本語でも多く記事になっていて、 VOR の記事から抜粋しますと、

インド中部ジャールカンド州に住む18歳の女性マングリさんが、両親のたっての願いにより、シェルという名の犬と結婚させられた。結婚式には、100人以上が参列した。

こうした前代未聞の出来事が起きたのは、女性の家族が住む地元の長老たちが「彼女には呪いがとりついている」と言いだし「絶え間なく続く災いから彼女を救う唯一の道は、動物と結婚する事だ」とアドバイスした後だった。


これに関して、日本も含む欧米の報道の多くは「悪習の犠牲となった不幸な少女」のストーリーとして報じています。

なお、付け加えておきますと、この結婚で彼女の生活が何か変化するのかというと、「別に何も変わらない」のです。

しいて言えば、普通の犬を飼うように、ペットとして数ヶ月育てる義務があるだけで、一緒の部屋で暮らしたりするわけでもないし、そして、好きな(人間の)男性ができたら、恋愛するのも、その人と結婚するのも自由だし、あくまで、形式的な儀式でしかないんですが、報道のストーリーとしては、

長老が絶対的な権力を持つインドの田舎の女性の悲劇

というような口調で語られています。

しかし、私はこのニュースが初めて動画で報じられたビデオで彼女の表情や、あるいは彼女自身を見て、「何か違う意味がありそうだなあ」と感じていました。なぜなら、どうしても悲劇性の「空気」を感じることができなかったからです。

下の動画がこのことを最初に報じた Barcroft TV のニュースです。

英語と英語字幕ですが、内容よりも、たとえば最初に、父親に抱き抱えられて家から出て来る姿から始まり、周囲の人たちとの表情の差などを見てみてほしいと思います。

Woman Marries Dog In Traditional Ceremony In India
(インドの伝統にのっとり、犬と結婚する女性)




彼女自身が動画の中で述べていることは、おおむね、以下のような感じです。

「私が犬と結婚すれば、私に憑いている悪霊がその犬に憑依すると長老たちはおっしゃっています。悪霊が私の体からいなくなったら、私は素敵な人間の男性と結婚したいなあって思っています」

「この儀式をした女の子は、この村には昔からたくさんいるのだそうです。悪魔を取り払ったら、後の人生は幸せに暮らしていけるとおっしゃいます。だから、悪魔祓いが終わったら、私は理想の人と結婚することができるんです」

「素敵な男性と結婚したいです。どんな女の子だって王子様と結婚することを夢見ているんですもの」


india-girl-white.jpg


彼女の口から出る言葉は、日本の女子高生なんかとさほど変わらない、つまり、

「素敵な彼氏が欲しいなあ」

という言葉で終わるわけで、何度か見たのですが、少なくとも私にはこのビデオから「悲劇性」や「不幸性」を感じることができないのでした。

そして、その理由を考えたりしていました。

ところで、この結婚式の儀式の写真や動画を見て、彼女が「周囲と違う」部分がおわかりでしょうか。

下の写真で、右下に座っているのが少女で、周囲が儀式の参列者です。

india-marry-002.jpg
Daily Mail


周囲と違うのは、彼女だけ「肌が真っ白」なんです。

真っ白は極端ですけれど、ひとりだけといっていいほど周囲の人たちと肌の色が違います。

これが化粧だけのものではないことは、彼女の顔以外を見てもわかります。裸足で歩いている人々が多い村のようで、彼女もこの儀式に裸足で参列していますが、足までも真っ白。

mangli-foot.jpg


結婚式の参列者は多くは同じ村の人で、参列者には若い女性もいますけれど、周囲の誰を見ても、こんなに肌の白い女性は見当たらないです。

遺伝的なものかと思いましたけれど、彼女の両親は下のような方々です。

father-mother.gif


あと、わかりにくい部分もありますが、写真をよく見ると「手などが荒れていない」ように見える(激しい家事や過酷な労働をしている手には見えない、ということ)。

何が言いたいかというと、何となく、この女の子はこの両親にかなり大切に育てられてきたような感じがするのです。

もちろん、娘さん本人にしてみれば、犬との結婚式なんて面倒くさいし、迷惑なだけなことは事実でしょうけれど、実際には、

この儀式の主人公は「お父さん」なのでは

と理解することも可能かなあと思ったりしたのです。

最近頻繁に報じられる女性の性被害を含めて、インドの特に地方が排他的で差別的な構造の中にあるのは事実かもしれないですけれど、そのことを一番よく知っている、あるいは体験しているのは、「そこに住んでいる人々」であって、遠い外国で報道している人々ではないです。

まして、何億人ものインド人の考え方やモラル性を一様にして考えることには無理があります。いろいろな人がいるでしょう。古いモラルに反発的な人もいると思います。それでも、誰でもそこに住んでいるのなら、多少はその慣習には従わなければならない。

さて、そんな中・・・たとえば、「排他的で差別的な環境の中」に住んでいる中で、「可愛くて可愛くて仕方がない自分の娘がいる」とした場合、性的な被害の防止も含めて、その環境からどのように彼女を守れるかと考えた時に、たとえば、

自分の娘を村の長老の庇護下に入れてしまえばいいのでは

と考えたりする人もいるのではないのかな、と。

犬との結婚で悪魔が追い払えるだとか、そんな馬鹿馬鹿しい儀式は実際にはどうでもいいわけです。

これによって、彼女はこの村で「長老の助言に従った存在」となるわけで、ある意味では、助言に従っている間は長老の庇護下にあるような存在になったともいえるかもしれません。そのような立場となった少女が、少なくとも、この村の男性からの暴力や性的被害を受けるというような可能性は少なくなるのでは・・・とお父さんは考えたのじゃないかなあと。

上の VOR の記事に、今回の儀式は、長老からの強制というより、「両親のたっての願いにより」おこなわれたという記述があるように、どうも村の悪習というより「家族としての何らか」である感じがいたします。

とはいっても、この娘さんにとって迷惑は迷惑なことでしょうけれど、(多分)自分を大切に育ててくれている両親の頼みのわけで、「仕方ない」という部分もありそうな気がしました。

まあ、最も迷惑だったのは犬かもしれないですが、下の写真のように儀式の途中で寝始めたりしていますし、犬のほうも、女の子と共に「ま、いいか」というような感じがうかがえます。

india-003.jpg
Daily Mail


それにしても、彼女の比較的凛々しい顔立ちのためか、あるいは、彼女の肌の色が他の人と違って見えるせいもあるのかもしれないですが、人々の先頭を歩く姿は何だか「聖戦の女神」的な雰囲気さえ感じてしまいました。

ex-girl.jpg
・右で犬を抱いているのがお父さん。


何だかこの女性なら本当に悪霊と戦えるかも・・・なんて思ったり。

もちろん、実際の本人たちの心境がどんなものなのかについては、当事者ではないのでわかりようがないですけれど、結局、報道のような「悲劇性」は感じられないままです。

今は外国、特にアジアやアフリカの遠隔地についての、いろいろな「風習」の話が多く報道され、それらの中には実際に女性にとって悲惨なものも多いです。

しかし、何となく忘れがちなのは、国や地域は関係なく、「悪習」とは別に、地上社会での最も大きな愛情として「親子の愛情」は存在するわけで、日本を含めた欧米での報道では「その当然のこと」を何となく忘れている感じもします。

つまりは、「文明社会のほうが愛が多く存在している」ような錯覚というか。

しかし、そのような錯覚自体が明らかに我々や欧米社会が相手(の国の人々)に対しての「愛」を失っている証拠だと言える気もします。

むしろ、最近の日本や欧米の報道などを見ていると、文明や経済環境が進めば進むほど「愛という概念が劣化していく」部分もある面もあるのではないかと感じたりします。

最近の日本でもいろいろな面で「愛が劣化しているかのような」出来事が多いです。

というわけで、軽い話題としてご紹介しようとしたのですが、あまり軽くない話となってしまいましたが、インドつながりで、もうひとつ。





イスラム教徒がインド人女性におこなう「愛の聖戦」戦略の真偽

最近、「イスラム国」の台頭ですっかり影が薄くなっているアルカイダですが、先日、久しぶりのニュースがありました。インドにも拠点を作るという話でした。

al-qaeda-india.gif

▲ 2014年9月3日のアルジャジーラより。写真は現在のアルカイダを率いるアイマン・ザワヒリ最高指導者。


その目的は、 CNN の報道によれば、

敵対勢力に対する聖戦で国土を解放、主権を取り戻し、「カリフ制イスラム国家」の再興にあると主張した。

また、ミャンマーやバングラデシュ、インドのアッサム、グジャラート両州、インド、パキスタン両国間で領有権論争が続くカシミール地方などで虐げられる住民の支持を求めるとも述べた。

ということですが、現在、アルカイダの支持者の多くが「イスラム国」に移動しており、資金面の問題などで、人口の 13パーセントがイスラム教徒であるインドに進出してみることにしたということのようです。

ただ、もはやアルカイダが何をどうやっても、「イスラム国」とは比較にならない小さな存在となってしまっていることは上の報道の中にある最高主導者の言う、

「カリフ制イスラム国家」の再興

ということを「いまだに言っている」あたりにもあらわれています。

カリフというのは Wikipedia によりますと、

カリフは、預言者ムハンマド亡き後のイスラム共同体、イスラム国家の指導者、最高権威者の称号である。原義は「代理人」である。

ということで、つまり、「カリフ制イスラム国家」というのは、ムハンマドの代理人としてのイスラム指導者によるイスラム国家という意味のようですが、上の言葉のような「実際の領土」を、アルカイダは持っていないことに対して、「イスラム国」は、すでに「自分の領土」を持っているという、あまりにも大きな違いがあります。すでに、カリフ制イスラム国家の一端の建設に成功していると言えるわけです。

さらに、「イスラム国」は、制圧した油田の原油販売や強奪、支配地住民への課税、密輸などを通じて1日当たり2億円余りの資金を集めているのだそう(ソースは、8月25日のブルームバーグ)。領土があり、毎日数億円の収入があり、そして、構成員は増え続けている。

8月22日のニューヨーク・タイムズの、

The Problem With ‘Evil’ The Moral Hazard of Calling ISIS a ‘Cancer’
(「悪」の位置づけの問題。ISIS を「ガン」と呼ぶことのモラルハザード)

という記事には、以下のような下りがあります。
記事では ISIS とありますが、「イスラム国」にしています。

「イスラム国」は単なる「新しいタイプのアルカイダ」ではない。シリアの内戦から出てきた「イスラム国」は、より洗練されており、実際の戦闘にも強く、また、領土を獲得する効果的な計画性を持つ野心的な組織として登場した。

カリフ国の建設の夢が「単なる誇大妄想」に近いアルカイダとは違い、「イスラム国」は実際にシリアとイラクの中で大きな領土を占拠しており、自分たちの主張する「イスラム国」の中で社会サービスを行い、イスラム教の律令にもとづく初歩的な司法裁判システムを持っている。言葉をかえれば、「イスラム国」は、いわば、成功した反乱グループといえる。

「イスラム国」が現在行っていることは、報道されている通りならば、非道な集団であることは間違いないですが、それらは単なる「狂気」ではなく「計算」だったことを最近、私も理解し始めています。そして、「狂気」ではないだけに脅威を感じる面があります。

isis-islamic-flag.jpg

▲ ビデオの中で「我々はアメリカのホワイトハウスにイスラム国の旗を掲げるだろう」と語る「イスラム国」のメンバーと思われる人物。Now The End Begins より。


そこら上に「斬首された遺体」が溢れかえっている現在のイラクやシリアは、確かにもう異常でしかないわけですが、それが戦略的におこなわれていることが最も恐いことのように感じます。

ところで、タイトルに「愛の聖戦」と記してありますが、これは何のことかといいますと、インドでのイスラム教徒の問題についての記事を目にしたのですが、そのタイトルが、「イスラム教徒が仕掛ける「愛の聖戦」―ヒンズー教徒の女性を支配せよ」だったのです。

上の記事とは「インド」以外はまったく関係のないものですが、「へえ、こんな問題も起きてるんだ」と思いましたので、ご紹介したいと思います。

日本語の記事ですが、かなり長い記事ですので、抜粋してご紹介します。
全文お読みになりたい場合はタイトルのリンクからオリジナル記事をお読み下さい。




イスラム教徒が仕掛ける「愛の聖戦」ヒンズー教徒の女性を支配せよ
ウォールストリート・ジャーナル 2014.09.06

wsj-01.jpg

▲ イスラム教徒の男からだまされないようヒンズー教徒の女性に話すチェトナ・シャルマさん。

田舎のある一軒家の居間に、40人を超えるヒンズー教徒の若い女性が集まっていた。保守派のヒンズー教活動家チェトナ・シャルマさんは厳しい顔つきで彼女たちを見つめ、こう警告した。イスラム教徒の男たちがヒンズー教徒の女性をだまして自分と結婚させ、イスラム教に改宗させようとしていると。

イスラム教徒の男たちは機会さえあれば、「子どもを2、3人産ませてから女性を捨てたりする。女性が抵抗すれば酸をかけたり、殺したりする」とシャルマさん。「『愛の聖戦』から自分の身を守らなければどんなことになるか、あなたがたには想像もつかないでしょう」

ヒンズー教右派の組織や政治家は「愛の聖戦」への反対運動を大々的に展開している。彼らによると、愛の聖戦はヒンズー教徒の女性を洗脳して、インドにおけるヒンズー教徒の人口優位性を崩そうとする悪意に満ちた国際的な陰謀だという。

当局によると、イスラム教徒がヒンズー教徒の女性を改宗させたり虐待したりするような陰謀を行っている証拠はない。イスラム教の指導者はいやがらせだとして公然と非難している。

インド北部のウッタルプラデシュ州では、シャルマさんら活動家、ストレートな警告を広めながら歩いている。シャルマさんらを派遣したのはヒンズー教徒の女性組織「ドゥルガ・バヒニ」。ドゥルガは戦いの女神の名前である。

シャルマさんは集まった女性たちを前に、イスラム教徒が自分たちの仲間を増やすためにヒンズー教徒の女性を標的にしていると言った。インドではヒンズー教徒が人口の約81%を占めているのに対し、イスラム教徒の人口は13%にとどまっている。

「ヒンズー教徒の女性がイスラム教徒と一緒になれば、(子どもができて)4人か5人の新しいメンバーが(イスラム教の)コミュニティーに加わることになる」とシャルマさんは言う。女性がイスラム教徒の夫に暴力を振るわれることは珍しくないとも語った。

シャルマさんは自分の身の安全を守るためにはイスラム教徒との接触を避けること、さらに、家族にもイスラム教徒の男性と友達になったり、自宅に招いたりしないように伝えることが必要だとアドバイスする。

インドのイスラム教系団体の連合組織である全インド・ムスリム・マジリス・エ・ムシャーワラトのトップ、ザファルル・イスラム・カーン( Zafarul Islam Khan )氏は愛の聖戦について、「一つの共同体を中傷するために」ヒンズー教組織が生み出した「憎しみを広める兵器」だと述べた。





ここまでです。

今は気分的にも現実の出来事でも「末期的な世の中」を感じることが多いですが、本当に現在が末期的ならば、起き得る出来事はさらに末期的になっていってしまうのでしょうけれど、そうなるのかどうかさえ私たちはほんの先も知ることができません。

あまりにも混沌とした場合、どうすればいいのかを考えます。

現実の社会とはあまり関係ないことですが、ティモシー・リアリーの『チベットの死者の書―サイケデリック・バージョン(ジョン・レノンの「トゥモロー・ネバー・ノウズ」の歌詞のもととなっている著作。過去記事に書いてあります)に、

「カオスを恐れてはいけない。混沌に身を預けよ。混沌に加われ」

というフレーズがあります。

これは社会との関係を述べているものではないですが、まあしかし、社会との関係に当てはめてみてもいいのかなと思ったりします。

Sponsored link


・ In Deep も» 人気ブログランキングに登録しました。よろしければクリックして下さると幸いです。