2014年10月10日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




臨死体験についての史上最大規模の調査は「死後も意識は継続する」ことを示した



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▲ 2014年10月7日のインターナショナル・ビジネス・タイムスの記事を引用したイギリス Yahoo! ニュースより。



心停止後の意識は生前と変わらず継続している可能性

イギリスにサウサンプトン大学という国立大学があります。その大学から最近発表された研究結果が、人間の「死後」に対してのひとつの方向を示すものかもしれないとして、英国のメディアを中心に大きく報じられました。

というのも、臨死体験(英語で Near Death Experience )という言葉そのものは、かなりの人びとが知っていても、それに関しての科学的、臨床的な大規模調査というのはこれまで行われたことがなかったのです。

そんな中で、サウサンプトン大学の研究者グループは数年かけ、英国、オーストリア、米国の病院で、2,060人の「心停止」、つまり「臨床的に死亡した」と判定された人たちを対象に調査を行うという初の試みをおこなったのです。

そして、その中から「蘇生した人たち」の「心停止後の意識」(死亡を宣告された後の記憶を覚えているかどうか)についての聞き取り調査を行い続けました。これは、2008年からおこなわれている長い研究の中の一環のようです。

これだけの人数を対象にした規模で、臨死に関しての調査研究がおこなわれたことは過去にはなく、それだけ調査結果に注目が寄せられたということのようですが、結果を先に書きますと、

死後も人の意識は続いているという可能性が高い

という結果となっています。

今回はその記事をご紹介します。

ちなみに、上の英国 Yahoo! ニュースの記事で使われているイラストは、小さくてわかりにくいと思いますが、下のイラストです。

near-death-experience.jpg


いかにも世で言われる臨死体験を現しているような絵ですが、今回の研究で調査したのは、

このような「暗いトンネルを通る」という方の話では「ない」

です。

「心停止の直後」、つまり、死亡した直後の病室の状況、聞こえた音、病室などにいた人などの記憶の方の調査です。

というのも、科学的に検証できる部分はそこしかないからだと思われます。

暗いトンネルや、体外離脱などの経験を語られても、それは「比較検証」できないものですが、患者の死の直後の様子を記録しておけば、蘇生した人からの聞き取りと、実際の状況に合致する点(つまり、記憶と現実が一致するかどうか)を調べられるからです。

しかしまあ、科学的には画期的な調査とはいえ、なんと言うか「イマイチな部分」が生じるのは仕方のないところもあります。




死後の意識の研究の限界とは

その「イマイチ」の意味ですが、その前に、まず、今回の英国サウサンプトン大学の「死後の意識」についての調査が、なぜ重要なのかというと、脳は心停止の 20 〜 30 分後には停止するもののようですので、つまり、今回の調査は「脳死の後の意識」とある意味では同義ともいえます。

ですので、学問的な重要性としては、

脳死の後の意識の有無

ということに関係しそうです。

なぜなら、「脳がその人の意識や記憶をつかさどっている」というのが現代の科学であり、死んだ後も意識や記憶があるとなると、この部分に微妙な摩擦が生じるためです。つまり、

「意識や記憶に脳は必要ないかもしれない」

という、科学的・医学的には受け入れがたい概念が認められてしまう可能性があるからです。


また、もう一方では、スビリチュアル的に、

肉体と意識は別のもの

という考え方を立証させられる可能性があるという意味での重要性もあるかもしれません。

「意識と肉体が別だなんて当たり前のことでは?」のように思われるスピリチュアル系の方もいらっしゃるかもしれないですが、「そうは考えていない人を納得させる」ことこそ一般科学の重要な役割だと思っています。

私が、現代科学のことをたまに記事にするのも、そこに意図があります。

もっといえば、

現代科学が、現代科学自体の矛盾を自ら明らかにしていくこと

こそが現代科学のこれからの使命だとさえ考えます。


いずれにしても、この「肉体が滅びても、意識はそのまま永遠に残る」ということの証明は、現在の科学と「非科学」を線引きするかもしれない最も強烈なテーマでもあります。

実際、今回の調査を最初に報道した英国テレグラフの記事の冒頭は以下のような出だしで始まります。

時の経過に従って、人類はより多くの発明や発見を行い、そして、同時に、答えが出る以上に多くの疑問が噴出してきた。

なかには、強力な疑問もある。

それは、太古の昔から哲学者や科学者たちを悩ませ続けてきた疑問 − 死後の世界はあるかどうか − という疑問だ。


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▲ 2014年10月7日のテレグラフより。



臨死体験研究の歴史

そして、今回、「死後の世界」ではなく、「死後の意識」が存在する可能性についての研究が発表されたわけですが、この「臨死体験」の学術的な歴史というのは、臨死体験 - Wikipedia によりますと、1800年代の終わりからあったことはあったようのですが、事実的にこの研究が進んだのは、1975年にキューブラー・ロス医師が『死ぬ瞬間―死とその過程について』という著作に、約 200人の臨死患者から聞き取りしたものをまとめたことから始まります。

まあ……このキューブラー・ロスという女性に関しては、今年の夏前に書きました、

聖女キューブラー・ロスが「神を呪った」とき : 寿命は長いけれど命そのものが粗末な感じがする今の時代に読んだ聖女の「最期」
 2014年07月14日

という記事で、この聖女と呼ばれたキューブラー・ロス医師が最期に豹変していく描写などを読みまして、「自然死の受容の難しさ」を書いたことがありますが、このキューブラー・ロス医師が、臨死体験の学問的発展の先駆者であったとは知りませんでした。

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▲ キューブラー・ロス医師(1926 - 2004年)。


今回の冒頭に貼った英国 Yahoo! の記事のイラストは、「トンネルのようなところを渡っている人のような感じ」が描かれていますが、臨死体験のパターンというものは、おおむね定型化されているもののようで、 冒頭のイラストはその中の一部をイメージしたものだと思われます。

上記 Wikipedia の「臨死体験のパターンと経験者の変化」というコーナーから抜粋しますと、次のようになります。そのページでは、

> 臨死体験には個人差がある。ただ、そこに一定のパターンがあることは否定できない。

と注記した後に、以下のように書かれてあります。



臨死体験のパターン

1. 死の宣告が聞こえる

心臓の停止を医師が宣告したことが聞こえる。この段階では既に、病室を正確に描写できるなど意識が覚醒していることが多い


2. 心の安らぎと静けさ

言いようのない心の安堵感がする


3. 耳障りな音

ブーンというような音がする


4. 暗いトンネル

トンネルのような筒状の中を通る


5. 物理的肉体を離れる

体外離脱をする


6. 他者との出会い

死んだ親族やその他の人物に出会う


7. 光の生命

光の生命に出会う。神や自然光など。
自分の過去の人生が走馬灯のように見える。人生回顧(ライフレビュー)の体験。


8. 境界あるいは限界

死後の世界との境目を見る


9. 蘇生


生き返る



となっています。

冒頭のイラストは「4」の「トンネルのような筒状の中を通る」のイメージだと思われます。

そして、重要なのは、ここでは

9. 蘇生

生き返る


までありますが、ここに至らない「8」で終わった人、つまり

「蘇生しなかった人の話の聞き取り調査は出来ない」

という事実があります。



約3分の後の「意識」はどのように

いずれにしても、今回の英国の大学の調査では、少なくとも蘇生するまでの「心停止(直後に脳死)の間の数分の記憶を持つ人が多い」ということと、その記憶と現実の光景の一致の状況などから、

「脳死後も意識は継続している」

ということが推測されるということになったわけですが、しかし、やはり、この調査には「限界」があります。

その限界は先にも書きましたように、心停止から蘇生した人の調査しかできない。

つまり、「死者からの聞き取り調査はできない」という、当たり前といわれればそれまでの話なのですが、これは決して笑い話として書いているのではなく、やはり、「死んでしまった人のその後の意識はわからない」ということの「壁」は大きいと思います。

ここは結構重要なことで、どうしてかというと、今回の調査の結論として、研究者たちは、

「心停止(脳死)後3分間程度、意識が続いているようだ」

という主旨に至りましたが、この「3分間」というのは、多分、大体の「心停止から蘇生に至るまで」くらいの時間なのではないかと思うのです。

要するに、心停止、あるいは脳死後、時間が経てば経つほど蘇生する可能性が低くなりますので、調査対象となった蘇生した人たちは、

「死んでいる時間が短かった人たち」

だったはずです。

ちなみに、調査対象の 2060人のうち、蘇生した人は 330人です。

そういうこともあり、今回の研究では、永続的な「死後の意識」というものについてはわからないままです。


突然かもしれないですが、今の世の中は、非常に大ざっぱに分類すれば、「死後」、あるいは「肉体と意識」について次のように考えている人たちに分類できるように思います。

A 意識は脳の中にある(つまり、肉体が死ぬとすべての意識が消滅する)

B 意識と肉体とは別のもの(肉体は容器であり、意識は永続的に続く)

C 死後は違う存在となって「死後の世界」に行く

細かくわければキリがありませんが、非常に大ざっぱに上のような感じではないでしょうか。

これを別の言い方で書くと、

A 意識と肉体はひとつのもの(現代の西洋科学)

B 輪廻転生、あるいは、意識が肉体を授かる、という概念

C 天国や地獄や幽霊の世界の概念


というような感じでしょうか。

「A」はともかくとして、「B」と「C」は似ているようで違うところは、

B 意識という観点からは生前と死後の区別はない

C 生前と死後では違う存在となる

というあたりでしょうか。

どの考え方の方々が一番多いのかはわからないですが、たとえば昔の日本では「C」だったような気もするし、それが「A」へと「教育」されてきたという感じでしょうけれど、今では、「B」、つまり、

永久に続く意識としての存在

として人間を見る立場の人も多いようにも思います。


私自身の考え方としては……まあ……多少は「B」に近いと思いますけれど、完全にそうではないのも確かで、なぜなら、病気や災害に会う度に、自分の、そして家族の「死を恐れ」、そして、報道でも「死」を特別に見ている。

最近の In Deep のテーマのひとつの「大量死」に関してもそうです。

これは、私が「死を特殊なこととして見ていて、自分でも大変に恐れている」ことを意味します。心の底から「意識は永遠に滅びないので、肉体の死など関係ない」と思っているのならば、こんな考え方にはならないはずです。

やはり、「永遠の意識」を心底では信じ切れていないのかもしれません。

死を恐れるのは、ほぼすべての人間の、そして動物たちの本能ですけれど、人間が違うのは、上の





のように、「死」に対して多様な考え方を持つことができるところです。

他の動物でも……まあ、そのことを考えている動物たちもいるのかしれないですけれど、それは彼らの世界の中のこととして、とりあえず、人間から見れば、こんなに一生懸命に「死と意識と肉体の存在」のことを考えるのは、やはり人間の特性であるのだろうなあと思います。



父の昔の話

ところで、私が初めて「臨死体験」というものに興味を持ったのは、今から 40年くらい前の小学生の時だったと思いますが、教師だった真面目な父親が、夕食時、お酒を飲みながら、自分の幼い時に体験したことを語った時でした。

冗談や嘘を言うことのない父親でしたので、多分本当に体験したんでしょうけれど、父が子どもの頃、高い木の上から落ちて、仮死状態となって病院に運ばれた時のことを語っていました。

「病院の天井の間上から自分を見ているんだよ。オレは目を閉じていて、母さんと兄弟がベッドを取り囲んでいてさ。その後、暗いところを通ってどこかに行って、明るいところに出た時に、後ろのほうから母さんの気が狂ったかのような叫び声が聞こえたんだ。オレの名前を叫んでるんだよ。それで振り返ったら、誰かに手首を引っ張られて。そうしたら、ベッドの上で目が覚めた。その間、オレはずっと息が止まっていたらしい」

そして、

「でも不思議とその間は気持ちよかったんだよ。『もっとここにいたい』と思ってた。だから、母さんの叫び声だけでは戻らなかったと思う。手首を引っ張られなければ」

とも言っていました。

多分、話の感じとしては、下のようなところで、父の「母さん」が、多分、息子が仮死状態の中、絶叫して父の名前を呼んだのでしょうけれど、それで振り返ると同時に手首を引っ張られて「ご生還」と相成ったようです。

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この時、父親が亡くなっていたら、今の私もいないわけで(いや、いたかも)、手首を引っ張ってくれた人に感謝したほうがいいのか、そうでもないのかさえわからない 50代の晩秋なのでした。

いずれにしても、「意識は永遠に継続する」に一票、ということで前振りが長くなってしまいましたが、冒頭の記事の翻訳です。



Life After Death: 'Near-Death Experience' Study Shows Awareness Continues After Brain Shutdown
Yahoo ! News (英国) 2014.10.07

死後の世界:「臨死体験」の研究は脳死の後も意識が継続していることを示した

臨死体験についての史上最大規模の研究によって、脳活動の停止後も意識が継続していることが発見され、そして、私たちが死ぬ時に何が起きるのかということについての詳細が明らかになってきた。

サウサンプトン大学の科学者たちは、英国、オーストリア、米国各地の 15の病院において、心停止に陥った 2,000人以上を調査した。 これは臨死体験に関しての調査規模としては過去最大規模だ。

心肺停止から蘇生した人たちの約 40%の人たちは、臨床的に死亡してから、心臓が活動を再開するまでの間に「意識」があったことについて説明した。

その描写は正確で、たとえば、ある人は、心肺停止中の治療マシンの音とノイズを覚えており、どの医師がその間の治療に当たっていたかを記述した。

研究を率いたサム・パルニア( Sam Parnia )博士は、英国紙にこう述べた。

「私たちは心臓が活動を停止した際に、脳が機能しないことを知っています。そして、心臓が停止すると、その 20〜 30秒後には脳活動が停止するのが通常であるにも関わらず、今回の研究では、心停止の後、最大で3分間、明確な意識が続いていたような例があります。」

ある男性は、心停止の間に、治療器から流れる2種類の電子音を正確に説明した。そして、その間に病室で起きたことをすべて正確に説明したのだ。

今回の研究のために、科学者たちは 2,060人の心停止患者を調査した。心停止から生き帰ったのは、そのうちの 330人で、さらにその中の 140人が、蘇生する前の心停止中の経験を説明して、「意識があった」ことを述べた。

意識があったと答えた中の5人に1人は、彼らが、その間、平和な感覚を感じたと答えた。

何人かは明るい光を見たと言い、何人かは、時間が高速化していくことを感じた。また、他の何人かは時間が遅くなる感覚を持った。他には、深い海に沈んでいくような感覚を持つ人もいた。

パルニア博士は、今回の調査で、より多くの人が、死に際して同じような経験を持っていることが示されたとする一方で、蘇生の際に使われる薬の種類によっては、その心停止中の意識と記憶が阻害される可能性があると語った。

博士は以下のように言う。

「これまで、何百万人もの人びとが臨死に対しての鮮烈な経験を持っていたが、科学的には曖昧な証拠しか示せませんでした。あるいは、これらの体験が幻想や幻覚であると想定されてきた面もあります。しかし、今回の調査は、心停止中の彼らの体験は実際に起きたことを認識していたようにとらえられるのです」

さらに、

「しかし、心停止の原因が脳損傷の場合や、蘇生の際に記憶経路への鎮静剤を使った患者たちの場合、心停止の間のことを覚えていません」

と付け加え、さらなる研究が必要だと語った。

ベルニア博士は、心停止中の脳の酸素送達の測定をおこない、蘇生の意識について調査する 2008年に成立された「蘇生中の意識」( Awareness during Resuscitation )の主任研究員を務めている。


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