▲ 2014年10月31日のライブサイエンスより。
「悪魔憑きの存在」がフランシスコ法王公認の現象に「昇格」
最近、何か記事を書くと、翌日などにそれと関係した「新たなニュース」が流れることが多いです。
それらはたいてい「特に嬉しいニュースではない」ことも多く、楽しいシンクロとも言えないですが、まあ何でもシンクロする時は次から次へとしていくのが最近の世界全体の流れですので、そういう時にはシンクロしたニュースについて素直に書いたほうがいいと思っております。
そんなわけで、今回はタイトル通りのフランシスコ法王に関しての記事ですが、つい最近、
・「神の敵の登場」:神による天地創造を否定し、ビッグバンと進化論を演説で肯定したフランシスコ法王
2014年10月30日
というフランシスコ法王関係の記事を書いたばかりでした。
そうしましたら、その直後の昨日の米国の科学系メディアの大御所「ライブサイエンス」が、冒頭のような記事を掲載したのでした。
どうして、科学に特化したメディアのライブサイエンスが取り上げたのかはよくわからないですが、内容は、フランシスコ法王が「国際エクソシスト協会」という悪魔払い師たちのグループの支持を公式に表明したというものです。
この「国際エクソシスト協会」という団体は、今年7月の、
・ローマ字「 TASUKETE (たすけて)」から偶然導かれた日月神示や神様と悪魔の関係。そして、バチカンに正式に承認された「国際エクソシスト協会」の存在
2014年07月26日
という記事にも出てきます。
この記事では、ローマ法王庁の組織のひとつである「聖職者省」という部署が、その国際エクソシスト協会という団体を承認たという報道をご紹介しました。その今年7月のカナダ CBC の報道から抜粋します。
・cbc news
バチカンは正式にエクソシストの協会を認めた
CBC News 2014.07.03
エクソシスト(悪魔払い師)たちは今、自分たちで自由に活動できる法的権限を持った。バチカンが、30カ国の 250人からなる悪魔払いをおこなう司祭たちの協会「国際エクソシスト協会」を承認したのだ。
最新のバチカンの新聞によると、バチカンの組織のひとつ「聖職者省」は、このエクソシストたちの組織を承認する法令を出し、教会法の下にこの組織を認めることを報告した。
現在のフランシスコ法王は前任者ベネディクト16世よりも悪魔についてよく話す。そして、昨年は「4人の悪魔に取り憑かれている」とされた男の頭の上に手を載せ、悪魔払いをしたことが認められている。
というものでしたが、しかし、今回は「ローマ法王の公式承認」です。つまり、国際エクソシスト協会はバチカンの支部としての完全な承認と支持を取り付けたことになります。
ちなみに、上にはこの国際エクソシスト協会が「 250人からなる」とありますが、今回のライブサイエンスの記事には「 300人以上」とありますので、この数ヶ月間で協会所属の悪魔払い師が増えたということになるようです。
今回は冒頭のライブサイエンスの記事を翻訳しましたが、かなり長い記事ですので、余談は少なめにしようと思いますけれど、この、「悪魔払いを公式に認める」ということは、かなり危険性のあることだと思うのですよね。
それはいろいろな意味でなんですが、まずは「意志の強くない敬虔なクリスチャンの中に、自分が悪魔憑きだという暗示に陥るケース」は確実に増えると思います。
実際、「悪魔憑き」とされる人の多くは単なる精神的問題だけの状態なのに、「それは悪魔の問題」というように、自分や、あるいは家族から追い込まれていくケースが多いみたいなんです。
1973年の映画のエクソシストでは徹底的に省略されていますが、長編小説『エクソシスト』では、その約半分ほどが「精神的疾患と悪魔憑き現象」の科学的解明と関係する記述でしめられています。
本当に信心深い上に、バチカンを信奉している人なら、法王が「悪魔憑き」という概念を「事実化」して、また、「悪魔憑きの状態を定義している団体」を支部団体とした場合、それに思い当たる人の中で(特に過剰な罪悪感を持つ人ほど陥りやすいのですが)、
・暗示
や
・強迫観念的な思考のこびりつき
が拡がっていくという可能性はあると思います。
人によっては、その「自分が悪魔に取り憑かれている」という強迫観念が自分の正常な精神を取り込んでいき、いわゆる悪魔憑きと同じような行動や言動が出たりするという例はよくあります。
日本のかつての(あるいは今でもあるのかもしれませんが)キツネ憑きとか、ああいうのと同じ原理で、精神的に追い込み、正常な理性と判断を奪えば、意志の強くない人であれば人はどんな行動にでも陥ります。
洗脳と同じ原理です。
そういう場合、特定のものに対しての強迫観念を発現させない最良の方法は、
「その存在自体がどうでもいいか、存在しないものとする」
ということです。
実際に悪魔という存在があろうがなかろうが、「悪魔なんてのは映画の中の話だから」としておけば、それが1番だと思うのです。
ところが、
「ローマ法王が悪魔払いを公認した」
ということは、同時に、
「悪魔憑きの存在を公認した」
ことになり、私から見れば、これは一種の「バチカンによる悪魔の啓蒙活動」にさえ見えるのです。陰謀論的な考えは好きではないですので、「営業的」というほうに考えたいですが。
アイスランドの記録から見えるもの
人間は「しかけられた啓蒙」には弱いもので、たとえば、過去記事の、
・エボラを世界に拡大させるかもしれない神の伝道者や軍人たち。そして、ふと思い出す「世界を支配する医薬品ビジネス」
2014年10月01日
では、製薬会社やバイオベンチャーが「病気の啓蒙とメディア戦略」によって「本来はなかった病気を作り出す」ことを実践し、上の記事の場合は具体的には、
「日本でうつ病患者を増やす商業的戦略」
を行い見事に成功したことをほんの少しだけ書きました。
もっと多くを知ると、その方法論には脱帽せざるを得ない「非情なビジネス理論」がそこにあります。
そのひとつが下のグラフで、「うつ病に効果があるとして新発売された SSRI という種類の抗うつ剤が発売」された年から、日本ではうつ病患者が急増する、というギャグのようなグラフが示されます。
・抗うつ剤とうつ病患者
それまで精神科やメンタルクリニックに足を向けなかったような人々に対して、
「あなたはうつ病かもしれません。放っておくと大変なことになりますよ?」
と繰り返しキャンペーンすることによって、それまでの医療でなら「うつ病」とは認定されない人まで「うつ病」とされるようになっていき、そのために上のようなグラフとなってしまったわけです。投薬など受けなくてもいい人たちが大量に投薬を受けることとなり、そして次には、人によってですが、「投薬生活から抜けだしにくくなる」というオマケもつく場合もあります。
二倍二倍……の世界です(そんなフレーズ誰もわかんねーよ)。
ところで、この製薬会社の「抗うつ剤キャンペーン」の最初の「実験国」となったのはアイスランドでした。
このグラフは先ほどリンクしました過去記事に載せたものですが、抗うつ剤の SSRI が 1988年にアイスランドで発売されて以降のアイスランドの「抗うつ剤の処方数の増加」を示したものです。
人口 30 万人程のため正確な統計データを把握しやすい上に、人々の医療への関心も高いアイスランドは新しい薬剤のデータ取りに最適だそうで、製薬関係企業の「薬剤実験国」として選ばれることが多いようです。
抗うつ剤 SSRI に関しても、アイスランドが世界に先駆けて、 1988年に情報提供国として選ばれたのでした。
企業精神科医の冨高辰一郎さんの著作『なぜうつ病の人が増えたのか』から、1988年以降どうなったかの記述を抜粋します。
アイスランドには 1988年に SSRI が導入された。小国であり、医療への関心も高い国であることから、うつ病の啓発活動は急速に社会に浸透した。その結果、1989年には人口 1,000人につき 14.9人に抗うつ薬が処方されていたが、2000年には 72.7人と、抗うつ薬の処方量がわずか 11年で5倍に急増した。
私の知っている限り、抗うつ薬の普及の速さと広がりにおいて、アイスランドは世界1である。国民の 14人に 1 人が抗うつ薬を処方されていることになる。これは同国のうつ病罹患率を超えている。
ということになったまま現在に至っているようです。
国民の 14人に 1 人とありますが、実際には子どもを除くと、アイスランドの抗うつ剤の服用率はさらに高くなると思われます。
この、アイランドでの「うつ病患者増加プロジェクト」が成功した後に、製薬会社やバイオベンチャーは、西欧諸国、そして、日本へとうつ病患者増加のための啓蒙キャンペーンを世界に広げていくことになります。
ちなみに、日本の抗うつ薬処方の率は 2003年のデータで 80人に1人程度ですので、アイスランドは「日本の5倍以上の率で人々が抗うつ薬を服用している」という、やや異常な国となってしまったことは事実です。
話がそれているように見えますが、このようなことを書いたのも、この「抗うつ剤とうつ病の関係」と同じようなことが「悪魔払いと悪魔憑きの関係」にも当てはまりはしないかと思ったりするのです。
要するに、
病気を作り出す
ことと、
悪魔憑きを作り出す
という図式が同じに感じるという意味だとしても構わないです。
人々の心の中に、特に敬虔なクリスチャンの心の中に「無意識のうち」に悪魔の存在が巣食い始める。
これは、もはや悪魔が本当に存在しているのかどうかとは関係ないことです。
このフランシスコ法王を巡る現在の流れとしては、先日の記事「神の敵の登場…」で、
・神の万能性を否定
した直後に、
・悪魔払いを公式に支持
となっていて、これは、人々の意識を「神よりも、むしろ悪魔へ傾けたい」というようなことを感じないでもないです。
まあ、考えすぎなんでしょうけれど、タイミング的には、それだけでもないような感じもします。
悪は善を生み出す
ふと思い出すことが、過去記事で抜粋した小説『エクソシスト』で、悪魔払いをおこなっているメリン神父が、
「悪魔が人間にとり憑く目的はどこにあるのでしょう」
と質問された時の答えです。
小説『エクソシスト』より
それは誰にも判らないことだ。…しかし、私はこうみている。つまり、悪霊の目的は、とり憑く犠牲者にあるのではなく、われわれ…われわれ観察者が狙いなんだと。そしてまた、こうも考えられる。やつの狙いは、われわれを絶望させ、われわれのヒューマニティを打破することにある。
そして、
「このような悪からでさえ、善が生じてくる。なんらかの方法でだ。われわれには理解できず、見ることもできない何らかの方法でだ。……おそらく、悪こそ、善を生み出す『るつぼ』であるからだろうな」
と言います。
・映画『エクソシスト』のメリン神父
メリン神父は、
・悪霊の目的は、とり憑く犠牲者にあるのではない
・それを見ているものを絶望させ、人間性を破壊することが目的
というようなことを言い、さらに、
「善は、悪から生じる」
ということさえ言っています。
なので、本来はキリスト教においてでさえ「悪は必要なものだったはず」だと私は考えています。
このあたりは、日月神示にも何カ所か出てきます。
第21巻 空の巻 第八帖
悪も元ただせば善であるぞ、その働きの御用が悪であるぞ、御苦労の御役であるから、悪憎むでないぞ、憎むと善でなくなるぞ
というように「悪を憎んではいけない」と書かれてある箇所があり、さらには、
第21巻 空の巻 第十帖
此の方 悪が可愛いのぢゃ、御苦労ぢゃったぞ、もう悪の世は済みたぞ、悪の御用 結構であったぞ。早う善に返りて心安く善の御用聞きくれよ。
と、「悪という存在への愛着とねぎらい」さえ語られています。これを言っている(のが誰か私はよくわからないですが)方は、「悪は可愛い。ご苦労であった」と、悪という存在の必要性を神か何かの言葉として記述しているわけです。
このあたりから考えますと、悪を憎み、悪を「根絶」することは、同時にこの世から「善を根絶する」ことでもあるという、何とも逆説的ながら、最近ではその理屈もわからないではないというような気もしています。
そういう意味では、「悪魔の大根絶作戦」を宣言したバチカン、およびローマ法王は、同時に、それが「善という存在の駆逐を意味する」ということを、知らずか知ってはわからないですが、そのような宣言だったと言えそうです。
何だか、長い余談を書いてしまいましたけれど、ここからライブサイエンスの記事の翻訳です。
Casting Out Demons: Pope Francis Declares Support for Exorcisms
Livescience 2014.10.31
悪魔たちの追放:フランシスコ法王はエクソシズム(悪魔払い)を支持することを宣言
フランシスコ法王が、今週バチカンで会うエクソシスト(悪魔払い師)のグループに対しての承認を表明した。
悪霊の魂に取り憑かれた人間から悪霊を追い出すエクソシズムは、映画やテレビの中で描かれる暗黒的な慣習と思われる方もいるだろうが、カトリック教会やいくつかの宗教では、エクソシズムは長い間認識されてきた。
今週、300人以上の国際エクソシスト協会( International Association of Exorcists / 略称 IAE )のメンバーが会議を催す。今回の会議では、こんにちの人々にあるオカルトとサタニズム(悪魔主義)の衝撃について焦点をあて議論が交わされる。
カトリック・サン紙が報じた。
IAEは、1990年、ガブリエル・アモルス( Gabriele Amorth )によって、ローマ司教区のエクソシストたちのために設立され、今年6月、バチカンによって正式に承認された悪魔払い師たちの団体だ。
フランシスコ法王は、IAE の会長のフランチェスコ・バモンテ( Francesco Bamonte )神父に「エクソシストでの聖職を追求する司祭たちによって、悪魔たちの働きによって苦しむ人々へカトリック協会の愛と受容を示していただきたい」とメッセージを書いた。
この国際エクソシスト協会に対してのローマ法王庁の承認について、バモンテ神父は「これは協会の喜びというだけではなく、すべてのカトリック教会の喜びです」と述べた。
この「悪魔が人間に取り憑く」という概念は、キリスト教を含む多くの宗教で信じられている。
エクソシズム、すなわち悪魔を払うという行為の歴史はイエス・キリストの時代にまで遡る。聖書によれば、イエスは「悪魔を追放」している。
現代のエクソシズムは、「通常と非常に違う状態の人間に対しておこなわれる聖職行為」であり、おこなわれることは非常に希だが、その数は増え続けていると米国サウスカロライナ州ロザリオ教区の司祭ドワイト・ロンゲネッカー( Dwight Longenecker )神父は言う。
ロンゲネッカー神父は、「悪魔払いは霊の領域における脳手術といえるようなものです」と言う。
実際の悪魔払いは決してハリウッドの作品、たとえば映画『エクソシスト』のような劇的でドラマチックなものではないが、それらの映画は、過去に実際にあった悪魔払いを描写していることもあると神父は言う。
科学的には証明されていないが、神父によると、人が悪魔に取り憑かれた際の徴候として、聖水や十字架など教会に関係するものに対しての極度の嫌悪感から始まることが多いという。
さらに、通常ではない超常的な知識、未知の声や言語、あるいは、空中浮遊や他の様々な超常現象を伴うと説明する。
神父は「私たちは常に、まず最初に、それらの現象が通常に対して範囲で説明できる原因を考えます。例えば、その人が、精神的疾患や何らかの中毒などの問題を持っていないかどうかなどです。現代のエクソシストたちは、通常は、心理学と精神的事象の両方を習得し、それに加えて、特別な訓練が必要とされます」とも述べた。
悪魔たちの根絶( eradicating demons )の実践は、カトリック教会に限ったことではなく、キリスト教では長い歴史を持つ。
「悪魔払いは実際に教会の中心的なミッションであった上に、悪魔払いの歴史は、イエス・キリストご自身の経験にまで遡るのです」と、サウスカロライナ州の聖ジョン・チャールストン・バプテスト教会で宗教史を書くダン・ロード( Dan Lord )氏は語る。
ロード氏は、国際エクソシスト協会が前進したことを喜んでいるが、教会がこのグループの努力を認識したのはこれが初めてではないと言う。
「彼らは、聖ヨハネ・パウロ2世と教皇ベネディクト16世の大きな支持を得ていたので、国際エクソシスト協会の公式な承認は、その一連のプロセスの中での最終的な段階なのです」とロード氏は述べた。
今日いまなお、エクソシストたちはしばしば「過小評価」され、あるいは、他の神父や司祭たちから抑圧を受けているとし、そのようなエクソシズムを過小評価する神父や司祭たちは他の一般の人々と同様に、社会の中での物質的、合理的な時流に乗ってしまっているとロード氏は言う。