2014年12月23日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




数秘術と西洋神秘学から考えれば「2014年」は世界の終わりの年だったことに気づき、そして、来年からの2年間は「存在しない年」であることも知る



2014-7b.jpg
Tan Republic




「2+0+1+4=7」が示す意味

2014年も残すところ2日となりましたが(どんな時間軸に生きているんだよ)、ああ、まだもう少しあるようですが、いずれにしてもあと数日で終わりの時期になりまして、ふと、

「 2014年ってこの世の終わりを意味している」

ことに気づきました。

気づくのが遅すぎたと自分でも思いますが、書かせていただきます。

もともとは、今年の夏に書きました記事、

「7」とは何か?:七七事変77周年記念、撃墜されたボーイング777、そしてIMFトップが語る数秘術での「2014年と7の関係」
 2014年07月19日

を何となく読み返していたことに始まります。

この記事は今年 1月15日の、国際通貨基金( IMF )トップであるクリスティーヌ・ラガルド専務理事のスピーチの内容を取り上げたものでした。

スピーチは今でも YouTube に残っています。

2-24-zero2.gif

▲ 演説するクリスティーヌ・ラガルド専務理事。「 2014 という数から 0 をおとすと 14 になる。これは 7 の 2 倍です」と言っています。


専務理事はこの会見で終始、「数秘術」を引き合いに出して会見を進めました。
会見では以下のような言葉が次々と出てきます。

「私は、魔法の数字「7」についてどのように考えているかを質問することで、あなたがたの数秘術のスキルをテストするつもりです」

「あなたがたのほとんどは7が特別な数であることを知っているでしょう 」

「 2014 という数から 0 をおとすと 14 になる。これは 7 の 2 倍です」

というように、2014年の初めの演説で「7」という数字の重要性を延々と述べたのです。これは、秘密会議の場などではなく、プレスクラブでの通常の記者会見の席上です。

数秘術とは Wikipedia の説明をお借りしますと、

数秘術の創始者は一般的にピタゴラスの定理で有名なピタゴラスと言われている。ピタゴラスの後、その思想はプラトンに引き継がれ、数学の発展と共に成熟していく。

という歴史を持つもので、方法は、

生年月日や姓名を数字に置き換えて、ひと桁になるまで全ての数字を足し、最後に出た数字の持つ意味から占う。

というものです。

たとえば、私の誕生日の 1963年8月7日の場合ですと、

1+9+6+3+8+7=34

これでもまだ2桁ですので、1桁になるまで、足します。
つまり、

3+4=

となり、数秘術上での私の誕生数は「7」ということになります。

「俺って7だったんだ」と初めて気づいたりしますが、私のことは関係ないので、話を先に進めます。

さて、それにしても、 IMF 専務理事のクリスティーヌ・ラガルドさんは、なぜ、2014年最初の記者会見で数秘術を持ち出して、「7」の数字の重要性を語ったのかと考えてみますと、それは、2014年という年の数を同じように見ますと、

2+0+1+4=

となり、つまりは 2014年は「7の年」だったことがわかります。

もちろん、他の年でも7になる年は、2005年とか、いくらでもあるでしょうが、ラガルド専務理事は、2014年という年が他の年と比較しても「7との関係性がとても強い」こと語っていました。

ここで唐突に、2年半以上前の記事の内容に飛びます。

震災後ちょうど1年目の 2012年3月11日の、

神に怒りはないこと知る日々の中で
 2012年03月11日

という記事の後半に下のようなくだりがあります。
抜粋します。

薔薇十字のシンボルでの数字の意味

1785年の『薔薇十字の秘密のシンボル』の中には下のようなイラストがあります。
日本語はこちらで入れたものです。

89-sun7.jpg


太陽に「4」の数字が当てられている、ということがわかります。前後の本文は読めないのですが、このイラストを見ても「4」の中心性というものが何となくイメージできます。

「7」に関しては、どうやらこの西洋神秘学の世界では「全部」ということになっているようにイラストでは見られます。「全部」というのは「7以上がない」、つまり「7がすべてである」というような意味です。

そう考えると、「4」の意味もちょっとわかります。

つまり、1から7で完結する概念は下のようなことになると思います。


1234567


この真ん中は・・・。


1234567


となるわけで、7から作られている世界では中心が4になるということに初めて気づいたのでした。

あと、数字関係のイラストで興味を持ったのがこちら。

7-666c.jpg


「7」と「666」が同居している図です。

この「666」という数字は「薔薇十字の秘密のシンボル」の中には何度もイラストで描かれますが、イラストだけの感覚でいえば、よく言われているような「悪魔的なイメージ」というものはなく、上の図にあるように「7の対極」として描かれているというように感じます。

つまり、「世界そのものである7」が存在するためには対極の「666」が存在する必要があるというような雰囲気が伝わります。実際はわかんないですけどね。

ここにありますように、あくまでも中世の神秘主義での概念としてですれど、

世界は7で終わり

ということになります。

8の世界や9の世界は存在しません。

実際には、私は中世神秘学を今でもほとんど理解していませんが、以前、クレアなひとときにコメント欄があった頃に、薔薇十字や中世の神秘主義のことをよくお教えくださっていた、薔薇十字の修行者(学徒)の「ねるさん」という方がいらっしゃいました。

かつて、メールもよく頂いたのですが、下に 2011年1月、つまり震災前にいただいたメールの中にある一節を抜粋させていただきます。

世界は3と4で出来ています。すなわち7です。頭で考え出すのは自由ですが、物質と共存する限り、7のリズムを無視して生きることは出来ません。7が一つの世界だとすればそれが3つで21です。最後の22は実質上は0です。0が本当の意味で次の世界との橋渡しです。

なかなか難しい話ですが、ここでも、「7が一つの世界」という表現にありますように、中世神秘学では「この世は7からできている」ということになります。


宇宙の万物の振動を数に置き換えることができるとしたピタゴラス

もともと、ピタゴラスが数秘術というようなものを考え出したのは、太陽の神殿 - 数秘術というサイトによりますと、

ピタゴラスは“この世のものはすべて数字で表わすことができる。その数字の真の意味を理解すれば、その背後にある隠された真実を知ることができる”と説きました。

そして、“宇宙の万物はすべて振動している”を『数秘学』の基礎理論とし、その振動を数字に変換させることで、それぞれの性質や深い意味を探究してきました。

とのことで、これが正しければ、ピタゴラスは、

「宇宙の万物の振動を数字に変換する」

という試みをおこなっていたということになりそうです。




来年からの世界は「存在しない2年間」に突入する

それにしても、ピタゴラスが生きていたのは、ピタゴラス - Wikipedia を見ますと、「紀元前 582年 - 紀元前 496年」とあります。

今から 2500年も前のこの偉大な数学者は、上の Wikipedia によりますと「輪廻転生」についての思想を持ってもいたようで、時代というのは、むしろ遡るほうが尊い思想に近づけるという部分はあるのかもしれません。

それはともかく、そのピタゴラスが「万物を数であらわす」とした数秘術では、今年 2014年は「7」であり、その7は、中世神秘学では、「完成した状態」であるということになります。

完成とは「先がない」ということで、終わりを意味します。

そして、中世神秘学の概念に、8や9といった世界が存在しないとすれば、

2015年(2+0+1+5)=

2016年(2+0+1+6)=

次の2年間は「概念の上では存在しない世界」となり、そのような世界を私たちは生きていくということになります。

そして、

2017年(2+0+1+7)=10(1+0)=

として、2017年になって、ふたたび世界が始まるということになりそうです。

これらは、あくまで「宇宙の万物の振動の数字への変換」という意味での「数遊び」と考えていただいても構わないですので、特に深刻に考えなくとも結構でしょうけれど、過去の「存在しない年」はどうだったのかなと、最近を見てみますと、直近では、

2006年(2+0+0+6)=
2007年(2+0+0+7)=

などがあります。
まあ、リーマンショックの頃ですね。

関係ないながら、こういう数秘術的なことを見ると、たとえば、

赤い月と黒い太陽: 2014年から 2015年まで「4回連続する皆既月食」がすべてユダヤ教の重要宗教祭事の日とシンクロ。そして、過去の同じ現象の時に「イスラエルの建国」があった
 2014年04月06日

などの「シンクロ」について思い出したりするのですけれど、試しに「4回続く皆既月食」と時期が完全にシンクロするユダヤ教の重要行事の日の「数」は以下の通りでした。

passover-2014-2015-07.gif

全部7とかだと面白かったんですが、ここから見ますと、今年 10月8日の仮庵の祭から、来年4月4日の過越(すぎこし)祭までは

「7(終わり)と7(終わり)に挟まれた期間」

ということも言えそうな気もします。

「中性神秘学の世界観では存在しない 2015年」と「終わりの数に挟まれた時期」というのは占い的には、いろいろと大変そうではあります。




現代の悪魔

ところで、さきほどご紹介させていただきました、ねるさんという方の「7」についての記載を抜粋させていただいたメールは、その主要なテーマは実は「数」についてではなく、「現代の悪魔について」のことでした。

先日の記事、

「2015年は地獄の真っ只中」:デンマークの投資銀行サクソバンクによる 2015 年の「アウトレージな予測」から見る来年の世界
 2014年12月12日

などを見ましても、2015年がかなり厳しい年となる可能性ということについては、現実としても排除できない部分はあります。

そのような年、あるいはそのような世界に生きていく上では、このねるさんの 2011年1月のメールの内容は大切だと思いましたので、私信ではあるのですが、私ひとりの知識にしておくのは勿体ないと感じますので、一部をご紹介したいと思います。

薔薇十字的な世界観で書かれていますので、私などにも難解な部分が多いですが、部分的に「2015年を生きていく上で現実的な参考となる」ところもあるように思います。

(ここからです)



薔薇十字学徒「ねるさん」の2011年1月のメールより

悪魔たちは抽象的な存在ではなく人格を持っています。彼らは人類の神経系を監視していますので、その戦略も想像を絶するほどに高度であることを知る必要があります。人間は脳を中心とした知性も大事ですが、それ以外の知性も発達させなければなりません。(略)

いつの宇宙サイクルでもそうですが7のリズムからあぶれる8の存在たちがいます。

以前の宇宙を「月」とか「叡智」の宇宙と呼びますが、その当時からあぶれて進化から消滅過程にある存在たちがおり、キノコなどの寄生植物やハエやクモなどが以前の進化に取り残された第8領域の存在たちです。かろうじて存在していますが彼らは外郭のみで生きており内部はすでに消滅しつつあります。

いつの宇宙にも第8領域の役割を引き受ける存在たちがいました。堕天使と呼ばれるルシファーもそうです。ハエやクモはルシファーの身体です。消えつつあるけれど、実は救われたい存在たちです。

悪そのものだけれど進化で他者を善へと導くために生まれた者たちです。

第8領域に堕ちてしまったら次の宇宙で「本当に消滅して」しまいます。魂も精神も消える恐ろしさを想像できますか?

宇宙から消えて無くなるというのは身の気もよだつ恐怖です。唯一、他の存在たちを第8領域に引きずり込むことで救われます。

だから彼らは、次の宇宙があと6000年ほどで始まる前に、どうにかしてできるだけ多くの人間を第8領域に引きずり込もうと現在も必死になって闇から人類を凝視しています。

霊視者から見ると、第8領域の存在たちは頭部に生えたツノのように見えるそうです。以前もそうでした。人類が進化できたのは動物性を外部へ排除したからです。

当時の進化でも現代の動物たちはツノのように見えました。ヨハネ黙示録で書かれた未来も、その当時と同じように人類は二分化します。頭部とツノに分かれます。

悪魔たちが救われるもう一つの道もあります。悪魔たちに役割を与えることです。これは現代では非常に難しいことです。非道徳なことを正当化する必要があるからです。一歩まちがえば自分が悪魔になります。

現代の悪魔たちはそこに目をつけています。

この道は少し前からキリストが手助けしてくれるようになったのですが、これを隠そうとします。これを隠し、古いやり方、一見すると情熱的な方向に引きずり込もうとします。社会を批判し、悲劇的な死を遂げることを美化しようとします。

いずれにしても「精神の可能性は無限大だ」という情熱的な幻想に結びつく、現代の悪魔たちが考え出した最新の武器です。悲劇の死は、死後、第8領域の住人たちの間で肉が分配されます。精神は無限でも、生命は有限です。

精神の幻想性を悪魔たちがどんな風に利用しているか、また太陽であるキリストがその対抗策としてどんな力を人間の生命体に与え始めたか、説明するのは難しいです。




(ここまでです)


今読み直しても難しいことには変わりはないですが、この中に、堕天使ルシファーなどをはじめとした「第8領域の役割を引き受ける存在たち」という表現が出てきますが、その説明のくだりに、

悪そのものだけれど進化で他者を善へと導くために生まれた者たちです。

とという記述があります。

この「善」と「悪」については、今年何度も考えたテーマのひとつでもありました。

赤い血と赤い月、そして大量の犠牲が続く中で読む「悪憎むでないぞ」(日月神示)と「善を生み出すのは悪」(小説エクソシスト)の意味を探して
 2014年07月28日

などで書きましたが、たとえば、小説『エクソシスト』には、

「このような悪からでさえ、善が生じてくる。なんらかの方法でだ」

というメリン神父の言葉があったり、日月神示に、

「悪も元ただせば善であるぞ(第21巻 空の巻 第八帖)」

とあったりして、最近は、「善と悪」というものは対立する存在ではなく、ひとつのもの、あるいは「鏡像」のようなものなのかもしれないという感覚もあります。

この世の存在は何でも表裏一体というか、「鏡像」なのかもしれません。

シュタイナーの『いかにして高次の世界を認識するか』には、神秘学の訓練の際の「自らの内部的な要素が外から鏡像となって近づいてくる」ことについてが記されていますが、これはつまり、もう1人の自分の姿は「自分の鏡像として映る」ということを意味しているようです。

右は左、左は右、となった自分が見えるということですかね。

いずれにしましても、2014年は「終わりの年」であり、これからの2年間は「西洋神秘学では存在しない数の世界」となり、そして、現実的にもかなり大変な時代がやってくる数多くの示唆が存在します。

そして、今も続いていますが、「大量死の時代」もまだ続くと思います。

あるいは、「生きること自体が大きなポイントになる」というほどの年になっていく可能性もないではないと思っています。

上のねるさんの文章に、

「精神は無限でも、生命は有限です」

とあります。

有限の生命を授かっている間は、とりあえず私たちは懸命に生きなければならないのだとも思えます。無限の魂が有限の肉体を得たということ自体はおそらくは素晴らしいことなのですから。

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