2015年01月17日



In Deep のトップページは http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




ハッシュタグは「私は雪だるま」:サウジアラビアで宗教的な禁止勧告を出された「雪だるま作り」への反発とか、メルケル首相の「反ユダヤ主義はドイツ国民の義務です」系の表現の自由とか



fatwa-top3.gif

▲ 2015年1月13日の BBC アラビア語版より。



表現の自由だかなんだか

フランスの襲撃事件以来、「表現の自由」ということに対して、さまざまな意見が出ていたりします。

たとえば、「存在しない法王」として名高いフランシスコ法王(参考記事)が、「他者の信仰を侮辱したり、もてあそんだりしてはならない」と発言したり(毎日新聞)、何をしたのか私はよく知らないですが、日本のサザン某が謝罪したことが議論になっていたり、

サザン桑田の謝罪にファン「ガッカリした」 作家からも「この程度の批判精神」と散々けなされる
  J-Cast 2015.01.16

行動や言論と、それに反発するものという図式」が、妙にいろいろな場面で見られます。

その一方で、報道によれば失言ということですが、ドイツのメルケル首相が、議会でかなりギリギリの発言をしてしまったようです。まあ、「失言の自由」というものでしょうか。

merkel-unpleasant-slip.gif

▲ 2015年1月16日のドイツ RP Online より。

記事の概要を読みますと、失言にしては「重なりすぎ」となっていまして、以下のような記事でした。

連邦議会の前にメルケル首相は、「反ユダヤ主義は、私たちの政府とドイツ市民の義務である」と発言した。残念なことに、次の続く発言も以下の通りだった。

これはモスクへの攻撃についても同様(モスクへの攻撃は、政府と市民の義務)である

実際には、首相はまったく反対の意味を発言しようとしていた。メルケル首相は、スピーチ前に、繰り返し、「ドイツ人のユダヤ嫌悪と、イスラム教徒への迫害の居所はない」と述べていた。これは、モスク襲撃の後に、「これは決して私たちが受け入れられるものではない」と発言したことに続くものだった。

ということで、失言のようなんですが、あまりにも力強く発言してしまったということで、大きく報道されているようです。

メルケル首相は、前回の記事、

フランスのデモ行進で、各国首脳は市民とは交わらず「安全な別の場所で映像を撮影して編集」していたことが露呈
 2015年01月15日

で取り上げました「デモ参加の演技」でも目立っていました。

merkel-stage.jpg


なんだかもう何が本当で何が本当でないのやら……。

しかし、今回の記事の主役は、これら指導者の方々ではなく、サウジアラビアのオッサンたちです。
こちらでも「表現の自由」について争われています。




サウジアラビアで宣言された宗教的勧告「ファトワー」の内容

saudi-paper.jpg

▲ 1月13日前後のサウジアラビアの新聞の一面。Facebook より。


先日の、

サウジアラビアの大雪報道から辿り着いたタイ軍による「子どもたちへの武器開放日」。そして世界的「扇動」の始まりの予兆
 2015年01月12日

という記事で、サウジアラビアで大雪が降り、大人たちがこぞって雪だるまを作っている光景をご紹介したことがあります。

その後、サウジアラビアで何が起きたかというと、雪だるま作りに対しての「宗教的戒め」が発令されたのです。

正確には、「ファトワー」というもので、Wikipedia の説明をお借りしますと、

ファトワー

ファトワーとは、ムフティーと呼ばれる、ファトワーを発する権利があると認められたイスラム法学者が、イスラム教徒の公的あるいは家庭的な法的問題に関する質問に対して、返答として口頭あるいは書面において発したイスラム法学上の勧告のことである。

というもので、イスラム教の国の中には、法律とは別に宗教的勧告がなされることがあり、それをファトワーと呼ぶらしいです。

特に、サウジアラビアに関しては、

サウジアラビアではファトワーは法律に優先する場合があり、超法的手段を必要とする事態に対応するためにファトワーが発行されることがある。

という、比較的強い法的効力を持つようで、そして、今回、サウジアラビアで「超法的手段」を使って勧告されたのが、「雪だるま作りの禁止」(苦笑)。

そして、それがサウジアラビア社会で大激論を呼び起こしているのだそうです(やはり苦笑)。

フランスやドイツで、反イスラム運動が高まり、あるいは、イスラム国やアルカイダなどによる西欧社会への新たな攻撃も懸念される中、同じイスラム教国りひとつでは、何とも緊張感のない論争が繰り広げられているようですが、英語圏で最初に報じた THE BLAZE の記事や、サウジアラビアの地元メディアの記事などによりますと、流れとしては下のような展開となっているようです。

・サウジアラビアで大雪が降り、大人も子どもたちも雪だるま作りに熱狂
 ↓
・サウジで影響力の強い宗教指導者が「雪で人や動物の偶像を作ること」に対してファトワーを宣言(事実上の雪だるま作りの禁止勧告)
 ↓
・イスラム教では偶像が禁じられているため、「像をつくるのは遊びであっても許されない」として、「木、船、建物など魂を持たないもの」だけが認められるとする
 ↓
・「雪だるま、ダメなの?」と、子どもたちの間に動揺が走る
 ↓
・このファトワーに世間から非難ごうごう
 ↓
・宗教的指導者は、「子どもは雪だるまを作って問題ない」とファトワーを修正


kids-ok-snowman.gif

▲ ファトワーを宣言したサウジの宗教指導者シーク・ムハンマド・サラハ・アル=ムナッジド師。2015年1月13日の CNN アラビア語版より

話はここでは終わりません。

・「大人はやっぱりダメなのか!」と、大人たちに動揺が走る
 ↓
・抗議の意志を示すために、ツイッター上に次々と雪だるま映像を投稿
 ↓
・さらに抗議の意志を示す際のツイッターのタグには、フランス襲撃事件以降使われている「私はシャルリー(Je suis Charlie)」をもじった「私はスノーマン(Je Suis Snowman)」を掲げる。


という流れとなっているようです。

そのような(緊張感のない)論争を繰り広げているサウジアラビアの紳士たちのツイッター画像を何枚かご覧下さい。

雪で花嫁さんらしきものを作りご満悦な男性

saudi-snow-woman.gif
Twitter


大量製作(これは日本の写真のように思うのですが、投稿者はサウジアラビアの人)

saudi-snowman-01.jpg
Twitter


雪だるまのフレンドとお茶を飲む男性

Saudi-snowman-02.jpg
THE BLAZE

抗議というより、多少「病んでいる」というような感じの風景のものもありますが、こういうものが「私は雪だるま」というタグと共に数多く投稿されていたようです。

もっとも、ここでは「雪だるま」だけを取り上げているので、奇異な感じがするのですが、イスラム教は基本として「すべての偶像」が禁じられているため、雪だるまでなくとも、人形だとか、そういうものはすべてダメらしいです。




偶像を禁じている宗教は多い

偶像崇拝禁止のイスラム教というページの「可愛らしい人形のおみやげも密かに処分される」によりますと、

我々がなにげなく飾るこけしや可愛らしい人形さえも、イスラム教徒は偶像として判断し、これを事務所や自宅に飾ることは決してしない。

だから殴米人に喜ばれる博多人形やこけしなども、日本を訪問したイスラム教徒へのお土産としては、絶対に選んではならない。彼等は、贈り主に感謝はするだろうがイスラム教に関する贈り主の無知に失望するだろう。

ということで、「擬人化した雪だるま」もやはり全部ダメということになるのは、宗教的には不思議なことではありません。

下みたいに凝った作りのものなどは論外です。

snowman-3.jpg

▲ 2015年1月14日のサウジアラビア al-mlab より。



もっとも、この「偶像を作ってはいけない」というのは、キリスト教でもイスラム教でも同じで、仏教も、お釈迦様は偶像崇拝がいけないとは言っていなくとも、彼岸寺によれば、

「真理、法を依りどころとすべきであり、仏像を崇拝するのは釈尊の教えに合っていない」

ということのようです。

キリスト教とイスラム教では、言葉として残されています。

旧約聖書 出エジプト記 第20章4-7節

あなたはいかなる像も造ってはならない。上は天にあり、下は地にあり、また地の下の水の中にある、いかなるものの形も造ってはならない。

あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。わたしは主、あなたの神。わたしは熱情の神である。わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問うが、 わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与える。

あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。みだりにその名を唱える者を主は罰せずにはおかれない。

日本聖書協会より)

ということは、本当はキリスト教でも、イエス様やマリア様の彫像にお祈りしたり、十字架にお祈りしたりすることは「聖書に反した行為」のように思えます。

あるいは「神の名をみだりに唱えること」も、実は聖書に反した行為ではあるように思うのですが、実際には、それらは普通におこなわれているようにも思えるのですが、聖書での原則としてはどうなのですかね。

ちなみに、コーランの記述は下のようになります。

コーラン 第29章17

あなたがたは,アッラーを差し置いて偶像を拝し,虚偽を捏造しているに過ぎない。あなたがたがアッラーを差し置いて拝するものたちは,あなたがたに御恵みを与える力はない。だから,アッラーから糧を求め,かれに仕え,感謝しなさい。あなたがたはかれの御許に帰されるのである。

聖クルアーンより)

こういう風に見ていきますと、一見すると下らなくも見える、サウジアラビアの「雪だるま騒動」も、「表現の自由」という、先日のフランスの襲撃事件で、何度も出てくるキーワードと少しつながっているかのようにも思えます。

まあ、サウジアラビアの「雪だるま戦争」は、雪が溶ければ、それで終わりであるわけですが、サウジの大人たちが、もじって遊んでいる「私はシャルリー」の問題のほうは、「何がどうなれば終わる」という図式はないように思えます。

ちなみに、これも本当にイスラム系の攻撃だけなのかどうかはわかりようがないですが、フランスへの「サイバー攻撃」が、壮絶なことになっています。

仏へのサイバー攻撃が1万9千件 「前例のない規模」と軍幹部
共同通信 2015.01.16

フランス連続テロ後、イスラム過激派の支持者とみられるハッカーによりサイバー攻撃を受けたフランスのウェブサイト数が約1万9千に上ることが分かった。

被害は軽微なケースが多いものの、幹部は「前例のない規模」と指摘。イスラム教預言者ムハンマドの風刺画掲載をきっかけとした、イスラム過激派や共感者によるフランスへの反感の広がりを示すものといえそうだ。

攻撃の大半は地方自治体や大学のサイトで、乗っ取られたサイトには黒い背景に「フランスに死を」との表示例が多いという。

ハッキングされたウェブサイトのひとつ

france-cyber.jpg
Daily Mail


今年は1月からいろいろな衝突が起きている感じがしますが、結局のところは「世の中から寛容性が消えてきている」ということが、衝突が多い理由なのかもしれません。

意見や主義の違うものを徹底して叩けばOKという雰囲気が続く限りは、今の状態は拡大していくだけとも思います。

この現状の社会には「ある種のリセット」が必要なのかもしれないと、どうしても感じてしまいます。

Sponsored link


・ In Deep も» 人気ブログランキングに登録しました。よろしければクリックして下さると幸いです。