2015年01月23日



In Deep のトップページは http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




「連綿と続く一本の線の上で」:書籍 In Deep について



先日、こちらの記事でも書かせていただいた In Deep の書籍が、今日 1月 23日から発売となります。 Amazon や、全国の書店さんにも置かれると思いますので、もし、お目にふれましたら、よろしくお願いいたします。


・写真クリックで Amazon の該当ページに行きます。



ところで、今回の本と関係して、最近のことで思い出したことがあります。

本の後書きなどからの抜粋を含めて、少し書かせていただこうかと思います。
時事的な記事に関しては、別にアップするつもりです。



縁とシンクロニシティは簡単には途切れない

今から 22〜23年前に、当時、私がやっていた劇団のようなもので、1作品だけ制作を手伝ってくれた女の子がいます。女の子というか、当時 18歳くらいで、それから二十数年経っていますので、女の子というのは失礼かもしれません。

この「制作」という分担は、演劇にしろ何にしろ、イベントごとには大変重要な部分で、制作の存在しない劇団というものは存在しないはずです。

しかし、驚くことに、当時の私のやっていた劇団のようなものには、制作などは存在しませんでした。そして、どんな劇団にも必ず存在する「舞台監督」も存在しませんでした。

それどころか「劇団の代表」というのも名目上、あるいは象徴的には私なのですが、実質的権限としては、代表というものは存在しませんでした。

そして、チケットも誰も売らないし、知り合いに宣伝もしない。

当時でも、私のところと同じ程度の集客力( 500〜1000人程度)の、いわゆる小劇団で、ここまでずさんで、いい加減な運営をしていた団体はなかったと思います。


特に冒頭に書いた女の子が手伝ってくれた公演は、東京国際演劇祭への招聘という比較的大きなもので、後援には当時の情報誌『ぴあ』がついていました。ぴあの担当者の方から、「制作のほう、よろしくお願いします」などと言われて、私は、

「はい」

答えながら、そんなものは存在しなかったのでした。

会場は、当時廃墟として放置されていた東京・浅草に大正時代からあった『大勝館』という映画館で、そこを「好きに使っていい」というものでした。そのこと自体は楽しみでした。

その少し前に、「何かお手伝いさせていただけませんか」とやってきたのが、先に書いた女の子でした。私たちの公演をいつも見てくれていると言っていました。

  「じゃあ、制作お願いします」
彼女 「制作の責任者はどなたですか?」
  「あなたです」
彼女 「What?」
  「よろしくお願いいたします」
彼女 「(@_@)」


ということで、彼女はちょっとお手伝いに来てくれたばかりに、この公演の制作責任者となりました。実際にはみんなで手分けしながら何とか進めた感じでしたが、何とか公演は無事に終わりました。


self23 - ロシヤの蛮人 / 東京国際演劇祭 '91(1991年)



その後は、彼女とは何十年も会っていませんでした。

ところが、ひょんなことから、彼女との接点があることを知りました。

それは、1年ほど前のこちらの記事などで書いたことがありますが、一昨年に亡くなった、田中くんという、私が非常にお世話になった友人とその女性も、また長い親しい知り合いだったのです。

私が田中くんと会わなくなっていた7年間くらいの間も、よく会っていたそうです。

そんなわけで、田中くんのお葬式の席で久しぶりに彼女と会いました。
彼女は憔悴しきっていましたが、しかし、それにしても、

「縁ってのは不思議なもんだな」

とも思ったりもしました

20年、30年と付き合いのある人はそういう人ばかりです。

「完全に付き合いが切れた」と思っていると、20年とか後に「ふと」目の前に現れる。


最近、上に書きました女性との縁を、また感じたことがありました。

亡くなった友人が納骨されたのは最近のことなのですが、最近になって、ようやく田中くんのお墓の場所がわかりました。その彼女は、まだ田中くんが納骨されたことや、お墓の場所を知らないはずですので、それを伝えるために彼女に電話をしました。

用件が終わり、雑談などをしている時でした。

  「そういや、本が出るんだよ」
彼女 「オカさんの本ですか?」
  「そうそう」
彼女 「わあ、タイトル教えて下さい」
  「タイトル長いんだけど、In Deep っていう言葉がどっかに入っている」
彼女 「In Deep ? ……それってブログの In Deep と関係あるんですか?」
  「〇〇さん、知ってるの?」
彼女 「え? あれ、オカさんが書いてるんですか。ウソ。私ずっと読んでます」
  「へえ、読んでくれてるんだ」
彼女 「えー、でもオカさんが書いてるって想像もしてなかった」
  「よく記事の中にオカって出てくるじゃん。気づかなかった?」
彼女 「違うオカさんだと思ってました」
  「そっか」
彼女 「へええ、オカさんが書いてたんだ」


というわけで、二十数年前に制作不在でピンチのところを、お世話になった、ある意味で「救世主」だった女の子が、私とは知らずに、ブログを読んでくれていたようです。

しかし、他の人にも言われますけど、何だか In Deep は私のイメージではないようなんですよね。確かにそう言われると、自分でも自分のイメージではない気もするし。書いているのは誰? 私はどこ? ここはグアテマラ?(しっかりせえ)

まあ、気が狂うのはまだ後にして、演劇時代と今ブログに書いているようなことは「ほぼ同じ根幹から発露している」ということについて、実は、今回の In Deep の書籍の後書きに書いています。

ブログを読まれている方も、書籍の方は目にされない方も多いと思いますので、その部分を抜粋したいと思います。このことは、ブログ In Deep をお読みになって下さっている方にも知っていただきたいと思うからです。

後書きは、生まれた頃から書いていますが、演劇時代から現在までの抜粋です。

(ここからです)



書籍『 In Deep 』- あとがき「十数年ぶりの目覚め」より


どのあたりから今回の本の内容の話とつながるかと申しますと、それは19歳の時に東京に出てきた頃に遡ります。名目的には大学に行くためですが、大学の授業のほうは何度か行って、まるで興味を失ってしまっていて、その頃、私が出会ったのは「演劇」でした。

東京の明治大学に、その昔に状況劇場の唐十郎なども在籍していたこともある「実験劇場」という学生劇団があったのですが、私はその学生劇団に入りました。大学はその後、中退しています。除籍だったかもしれません。どちらかです。

その頃から東京でアングラ的な演劇や、あるいはカウンターカルチャー的なアートなどをやっていたのですが、その時期、1986年頃だと思いますが、私は自分の人生観を根本から変える病気にかかってしまうのです。今ではパニック障害と呼ばれるものです。

この病気、症状は人によって様々であり、一概に書くわけにもいかないですので、そのあたりはあえて書かないですが、一言で書くと「苦しい」。あるいは対象がないのに「恐ろしい」。

生きているだけで毎日苦しくて恐ろしい。その苦しさ、あるいは恐怖というのは、自分の人生の中で経験したことのないもので、その中で、私は次第に人生そのものをあきらめていくようになります。まだ23歳の時です。

そんな中で、私は1987年に「自殺的な演劇活動」を始めました。実際、生きていても死んでもどちらでも同じだったので、どうせなら「派手にやろう」と。

セルフ23という劇団名をつけたその団体は、当時の仲のいい何人かで始めたアマチュア団体でしかなかったのですが、「どこでも廃墟化していく」というテーマのもとに、一種、非常に暴力的ともいえる演劇活動を数年間続けたのです。


game1.gif


ちなみに、脚本、音楽、美術などはすべて私が担当しましたが、私は普通の状態ではほとんど脚本を書くことができず、泥酔状態などの本人が覚えていない状態の中で殴り書いたような脚本の公演だらけでしたが、書き上がったものを読むと、そこに通じるテーマはいつも「この世の正体」でした。

パニック障害になって以来、自分の精神的苦痛を自分でコントロールできなくなっているという状態の中で、私は「自分の存在を疑って」いました。私は本当に私なのだろうか、と。そして、私が生きているこの世・・・あるいは、この地球というのか、この宇宙というのか、それは本当に存在しているのだろうかと。しかし、当時、何も科学的知識のない私はそれ以上何も考えることはできませんでした。

1980年代の終わりから1990年代の始めまで、演劇的な意味というより、スキャンダラスな行動の意味で、写真誌などをはじめとしていろいろなメディアで取り上げられたこともあり、観客数も増えていきましたが、その中で「これは最初に意図していた自分たちの状態じゃない」と、そのセルフ23という団体での活動も数年でやめたのでした。

それから長い間、私は何の活動もせず、そして結婚したりもして、生活の比重が大きくなる中で、「人間の真実と、この世の正体」ということについて考えることがなくなっていました。


(略。この部分は 2008年頃からの精神的変化を書いています)

そして、シンクロニシティ(共時性)が次々と重なることによって、数ヶ月くらいのうちに自分の中の知識が肥大していく中で、若い頃の自殺的演劇行動の中で思い続けた「人間の真実と、この世の正体」を再び考えることとなりました。

その時に始めたブログが In Deep だったといえます。ですので、実は病弱だった子ども時代から暴力的演劇活動を経て現在に至る人生の中には「一本のまっすぐな線」が存在していたことを今になって知ります。

その「線」もいつかは折れてしまうのかどうかはわかりませんけれど、人生というのは結局こういうものなのだとは思います。つまり、生まれてから死ぬまで、すべてが完全に「ひとつ」であって、その中に次々と巻き起こるシンクロニシティも含めて、自分を取り囲む宇宙のすべてが「線」であり、そしてそれは行き着くところ「点」であるのだと思います。




(ここまでです)


この 23歳の頃、パニックなどでどうにもならない時は、昼間から部屋でお酒を飲みながら、高校時代から好きだったビリー・ホリディの曲をボーッと聞きながら窓際に座って過ごすというご隠居さんみたいな日々も多かったです。

時には、当時、吉祥寺の酒店で売られていたポーランドのスピリタスという「アルコール度数 96度」という世界最高度数のウォッカをそのまま飲んでむせたりしていました。

そんなことを思い出して、今、ビリー・ホリディを聴いています。

まあ、上のあとがきには「生まれてから死ぬまで」と書いてあります「線」ですが、今の私は、「これは死んでも切れない」とも最近は思いますし、考えようによっては、これが良い方にも悪い方にも永遠のループというものにもなり得るものなのかもしれません。

というわけで、単に書籍の発売のお知らせを書くつもりが変な方向になってしまいました。
今後も私自身も、ブログの内容も様々に右往左往すると思いますが、よろしくお願いいたします。

Sponsored link


・ In Deep も» 人気ブログランキングに登録しました。よろしければクリックして下さると幸いです。