2015年02月09日



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「世界の種子の未来」を考える中での自動小銃 AK-47と子どもたちの歴史。その中で考えた真実のイスラムの教えとは



AK-47を手にするポル・ポト政権(クメール・ルージュ)時の少年兵
Khmer-Rouge-top.jpg

▲ 撮影年月不明。カンボジアのポル・ポト政権は 1975年から 1979年まで。rama-arya より。

「子どもたちは私たちの未来の種子だ。」(アメリカ先住民の20の倫理


相変わらず気分がどんよりとする中で

相変わらず気分がどんよりするような報道や出来事が多く、どうも、妙な終末感ばかり感じるここ数日で、昨日の日曜もほとんど何もせずに1日をボーッと過ごしていました。

どんなニュースがどんよりするかというのを具体的にあげる気にもならないですが、先日の記事の、「この社会は、狂った人間たちによって動かされている」というジョン・レノンの言葉を思い出させるようなものもありますし、まあ、いろいろです。

そういう意味では、ここ数日は元気がないといえば、元気はないかもしれないですね。
夢見も良くないですし。

この人間の社会、「子どもを大切に扱う」ということは、一種当たり前のことのような気はしまして、上に載せました、アメリカ先住民の20の倫理のフレーズにある、「未来の種子」というのは、植物が育って次の世代になっていくように、子どもたちが次の社会そのものとなっていくという意味だとして、最近の記事の、

日本の未来 : 子どもに関しての、そして、高齢者に関しての統計データから受けた衝撃
 2015年01月28日

の他、いくつか記したもので、その種子たちの未来に、やや暗雲がかかっているかもしれない、というようなことを考えたりせざるを得ない現状があったりします。




歴史上で最も多くの少年少女兵たちが使ったと思われる自動小銃

それらのこととは関係ないですが、最近、下のニュースを見ました。


カラシニコフ自動小銃、昨年は生産倍増
CNN 2015.02.08

自動小銃カラシニコフを製造するロシアのカラシニコフ社は8日までに、昨年の生産量が倍増の水準を達成し、収益は2013年比で28%増の30億ルーブル(現在の為替相場では約54億円)を記録したと発表した。

カラシニコフ社幹部はCNNに送付した声明で、同社が純益を計上したのは過去7年で初めてと述べた。同社は経済制裁の対象企業の1つとなっている。



この「自動小銃カラシニコフ」というのは、一般に AK-47 と呼ばれる自動小銃のことです。

ak-47-01.jpg
・AK-47

この AK-47 は歴史上、最も世界に数多く出回った自動小銃で、コピーや非ライセンス品などを含めて、推定で約1億丁以上が出回っているとされています。

上の CNN の記事にあるように、ロシア企業であるカラシニコフ社は、アメリカの経済制裁の対象企業となったのですが、この「制裁」が、AK-47 の周囲にどのような事態を引き起こしたかというと、2014年7月19日の CNN によれば、ロシアのクリミア侵攻に端を欲する対ロシア経済制裁で、カラシニコフ関連製品の輸入規制が含まれることとなったため、

「各地の銃砲店で駆け込み需要が生じて、店での品切れが続出」

という事態になったりしています。

そんな駆け込み需要のせいもあり、皮肉なことに、「アメリカが経済制裁をしたおかげで、カラシニコフ社は近年最高の利益を上げた」のでした。本当に「皮肉なことに」というようなことかどうかはわからない面はありますけれど。

今から 66年前に開発されたこの AK-17 が、なぜ今でも世界中の軍やゲリラやテロリストに使用されているかというと、数々の弱点を払拭するほど「頑丈な上に、誰にでも簡単に使えるように設計された」ということが背景にありそうです。

この自動小銃については、的確にまとめた文章が、AK-47 - Wikipedia の冒頭にあります。


AK-47は、自動小銃の中では極めて信頼性と耐久性が高い。水に浸かったり、兵士が足で踏んで歪んだ銃弾をセットした場合でも問題なく使用できる程である。

AK-47の、教育を受けていない者でもわずか数時間-数日の教習で扱えるよう設計されている点は、ほかの小銃にない特徴であり、世界中で殺人に使われ、紛争の長期化をもたらし、貧しい人々をさらに貧しくする、といった様々な悪影響を世界中にもたらしている。

毎年、何千人もの人々がこのAK-47によって殺害されている。



とあります。

上には、「毎年、何千人もの」とありますが、これは今では「桁」がひとつちがうかもしれません。

というのも、ISIS (通称「イスラム国」)とか、アル・カイダだとか、ボコ・ハラムだとか、いわゆる中東からアフリカ、あるいはアジアの多くのテロリスト・グループが戦闘などで日常的に使う自動小銃の多くが AK-47 だと思われるからです。

この AK-47 の特徴は、あくまでアマチュア的な説明ですが、一言で書くと、

命中精度は他の自動小銃に劣る部分があっても、極めて頑丈で安定しているため管理や使い方が粗雑でも大丈夫。その上、使い方が簡単なので、銃をさわったことのない人でも、修理を含め、すぐに扱えるようになる。

というようなものです。

女性兵士も、多くが AK-47 を使っていると思われます。

AK-47でトレーニングを受けるイラクの女性防衛兵
AK47-baghdad.jpg
YA LIBNAN

この女性兵士たちは、バグダッドを ISIS から防衛するために配置された兵士たちです。撮影は、昨年6月頃だと思われます。

ところで、「 ISIS 」という表記を使っていますが、実はこれについて、日本のトルコ大使館から日本の報道社に宛てて、「イスラム国という名称の使用をやめていただけないだろうか」という告知が表示されていました。

ちょっと話がそれますが、それについて、表記を「 ISIS 」としたことについて、記しておきます。




ISISとイスラム教

isis-turkey.gif

▲ 2015年2月6日のトルコ大使館「大使館からのお知らせ」より。


全文に関しては、上のリンクからお読みいただければと思いますが、このお知らせには、下のような記述がありました。


トルコ大使館からのお知らせより

日本のマスメディアが最近の報道のなかで、この蛮行に及んだテロ集団を「イスラム国」と表現していることが非常に残念であり、誤解を招きかねない表現であると強く認識しています。

テロ集団の名称として使われるこの表現によって、イスラム教、イスラム教徒そして世界のイスラム諸国について偏見が生じ、日本滞在のイスラム教徒がそれに悩まされています。

このテロ組織に関する報道で誤解が生じない表現の仕方について是非検討いただき、イスラム教徒=悪人を連想させるようなことがないよう配慮いただきたいところです。



この内容を読みますと、「確かにそうかもしれない」と思いまして、私は報道関係ではないですけれど、ISIS と表記しようと思いました。

昨年夏頃の、

ISISがイスラエルへの戦闘開始を誓った日。そして、ユダヤ人とクコの木の関係から知る「すでにイスラム教徒でさえない」かもしれない彼ら
 2014年08月04日

という記事の中で、 ISIS による 2014年7月28日のツイートにある、

我々がパレスチナに到達して野蛮なユダヤ人と戦い、ユダヤの木であるガールカッドの木の後ろに隠れている連中を殺すのは、もはや時間の問題だ。

という文言を気にしたことがあります。

何を気にしたのかというと、「この言葉は、イスラム教の教えに反している」ということをです。

ガールカッドの木というのは「クコの木」のことで、ユダヤの人々にとって特別な意味があるものだそうです。

boxthorn-tree2.jpg
・クコの木。 The Gharqad Tree

このことについて、イスラム教の聖典コーラン(クルアーン)に、イスラム教の預言者ムハンマドの言葉として、以下の言葉があるそうです。


審判の日には、イスラム教徒の攻撃者を欺くためにユダヤ人は石や木の後ろに隠れていることを見ることになる。

その中で、ガールカットの木(クコの木)に隠れたユダヤ人だけが生き残る。



イスラム教の預言者ムハンマドは

「ガールカットの木に隠れたユダヤ人は殺さない」

と言ったとされるのに対して、ISIS は、

「ガールカッドの木の後ろに隠れている連中を殺す」

と言っている。

この場合、ISIS が、コーランの教えを引用しているということは、「ムハンマドがそのことを言っていたということを知っている」ということになり、無知なのではなく、

「あえて教えに背いている」

ということを感じてしまいまして、この頃から、「この人たちは本当にイスラム原理主義なのか」と思い始めていた部分もあります。

特にコーランを褒めようとするつもりはないですが、一部のテロリストたちの行動は、コーランを無視している気がしてならないのです。




コーランに服従する生き方とは?

私自身はほとんどコーランを読んでいないので、「きちんと読んでいる人」を探して、そういう人たちがまとめているものなどを読みますと、いくつかの点がわかってきます。

たとえば、仏典を基本としながら、常日頃、『コーラン』、『新約聖書』、『旧約聖書』を読んでいるという方の謹んで「コーラン」を読誦するというページによりますと、コーランで最も重要なものは「六信」というもので、6つの絶対的に信じなければならない「法」であり、これは、


アラーを信ぜよ。天使を信ぜよ。コーランを信ぜよ。使徒を信ぜよ。来世を信ぜよ。終末の日を信ぜよ。


という「6つ」なのだそう。

それぞれの意味は(あくまでこの書類を書いた方の考えですが)、

1「アラーを信ぜよ」は、「宇宙の創造主を信じなさい」
2「天使を信ぜよ」は「物質でも精神でもないアラーの化身(大乗仏教の報身)を信じなさい」
3「コーランを信ぜよ」は、「(あらゆる)宗教の経典を信じなさい」
4「使徒を信ぜよ」は、「創造主天使以外の、すべての人をも信じなさい」
5「来世を信ぜよ」は、「輪廻の因果と、来世の自分を考えて行動しなさい」
6「終末の日を信ぜよ」は、「すべての人間は、カルマ(業)に支配されていて、現世で因果の報いがあることを信じなさい」

というようなことらしいです。

創造主、天使、聖典、輪廻、カルマ・・・というような概念は、他の宗教の観点から見ても、特に問題のあるものではないと思われます。

他に祈りの言葉などがあるようなのですが、その中に、「禁戒を犯さない」という項目があります。

イスラム教徒は、このようなことをしてはいけない。
または、このようなことをすすんで行うべきこと、などです。

どんなことかといえば、

・無辜(むこ / 罪のない人)の者を殺してはいけない
・他人の財物を奪ってはいけない
・人を奴隷の身に陥れることをしてはいけない
・人の名誉を傷つけることをしてはいけない
・他人を悪く憶測してはいけない
・礼拝のつとめを行なう
・喜捨(きしゃ / 困窮者を助けるためのお布施)を行なう

などだそうです。

ISIS は、ここにあるイスラム教徒が守らなければいけないすべての戒律を「破っている」のでは?

「罪のない人を殺さない」とか、「人を奴隷の身に陥れることをしない」などは、ISIS で非常に問題となっている点だと思いますが、本来は、これらはイスラム教では厳しく禁止されているようです。

あるいは、いくつかの「イスラム教の国」でおこなわれているいくつかのことも、厳密な意味では、教えに則っていない部分が多いのでは?

まあ、もちろん現実の生活には、あるいは、どんな宗教にでも「理想と現実」はあります。

仏教でもキリスト教でも、何でも「そうそう教え通りには生きられないよ」という部分はあるのかもしれないですが、本当にその宗教の信徒ならば、少しでも教えに忠実であろうとしても良いのではないかとは思うのです。

無宗教の私に言われたくないかもしれないですけど。

いずれにしても、あらためて、イスラム教の教えから考えてみると、現在の ISIS の行動は、「イスラム国」という名称にはふさわしくないと思われます。

そして、この名称は 「 ISIS がイスラム教徒の代表であるかのような錯覚」を招きかねないことは確かで、使うのはやめたほうがいいのかな、と思った次第です。

何だか、逸れた話が長くなってしまいましたが、これもまた、「アメリカ先住民の倫理の規範」の中に、「他の人々の宗教的な信念を尊重しなさい。あなたの信念を他の人々に押しつけてはならない」という言葉がありまして、私が言うのも変ですが、これは大事なことだと思います。




AK-47と子どもたち

話がイスラム教へと逸れる前に書きたかったのは、自動小銃 AK-47の話でして、その扱いやすさと、格安さから、「戦場の多くの少年少女兵士たちも使ってきた」という歴史のことでした。

アフリカの内戦や、現在の中東では、8歳くらいで自動小銃を持って戦場に赴くということも、現実の頻度まではわからないですが、少なくとも報道写真では目にします。

うちの子どもは9歳ですが、あるいは、遊びに来る同学年の子どもたちを見ても、このくらいの子どもたちが、「戦う」というのは、とても想像できない年齢です。

シリア内戦(2011年-)の8歳の少年兵
syrian-boy-soldier.jpg
telegraph

この AK-47は、重さは大体4キロ前後。それプラス弾倉が 500グラム程度。
ペットボトル2本分強の重さですので、子どもや女性には軽いとまでは言えない重量です。

しかし、日本人とそれほど体格の違わない人たちによるベトナム戦争やカンボジアの内戦でも、小学生ほどの子どもたちが AK-47を持っている姿が数多く残されています。

ベトナム戦争(1960年-1975年)の少年兵
viet-nam.jpg
flickr


カンボジアのポル・ポト政権(1975年-1979年)の少女兵士
pol-pot-female.jpg
Daily Mail


1949年の AK-47の生産開始以来、世界中の戦争と紛争で、子どもたちと共に写真に写っている AK-47の姿があります。特にアフリカリベリアやシエオラレオネ(現在、エボラが流行している国々です)といった国々の内戦では、極めて多くの少年兵がいたとされています。

シエオラレオネ内戦(1991年-2002年)の少年兵
child-soldiers-SierraLeone.jpg
Bernie’s African Odyssey

リベリア内戦(1989年-2003年)の少年兵
liberia-boy-soldier.jpg
Daily Mail

そして、現在、ISIS が訓練している少年兵たちが与えられているのも、おそらくは、ほとんどがこの AK-47 だと思われます。

カザフスタンの ISIS 訓練場の少年兵たち
isis-kazafstan.jpg

isis-kazafatan-2.jpg
Daily Mail


上の(多分)白人記者に対して、「僕はお前たちを殺す1人となるだろう」と言っている少年兵の顔が、何となく、うちの子と似ていて、なんとも切なくなってしまいましたが、このくらいの年なら、妖怪ウオッチかなんかにうつつを抜かしていても構わない年だと思いますが、しかし、この現実も現実ですし。

これらの光景にコメントはしようがないですが、戦後の 70年間ほど、そんなにいろいろと変わっていない現実を思います。これまで、何十年、何千年と続いてきたこのような歴史、ここからも何十年、何千年と続くのですかね。

なんか話が違う、と思ったり。