2015年02月25日



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「現代の良い子たち」に忍び寄っているかもしれない価値観の共依存と選民思想。そして、やはり進行しているかもしれない「脳の終焉」



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▲ 過去記事「ソルフェジオ周波数 528Hz に石灰化した松果体を正常に戻す可能性がある?…」より、1968年のジョン・レノンのテレビ・インタビューでの「この社会は、狂った目的を実現するために、狂った人間たちによって動かされている」と語っている場面より。




前回の記事「閑話休題 スピリチュアルとは何か」で書きました「めまい」なんですけど、過去のことなどと照らし合わせて、それと発症前後の状況などと合わせますと、推定の域を越えて、前庭神経炎というものか、それに類するものであると思われます。

まだ外を歩けるような状態じゃなくて、病院なんかも行けるわけではないし、そもそも内耳系のめまいに対しての治療法は存在しませんので(ほとんど効かない薬は存在しますが)行く気もないですが、どちらかというと、ふらふら病院に歩いてく途中で車にはねられてしまうというようなシナリオのほうが現実味がありますので、ちゃんと歩けるまでは家で安静にしているしかなさそうです。




「いい子たち」の心の奥

そんなわけで、今回の記事も時事と外れると思いますけど、最近の流れとやや関係するものとなりそうです。上にもリンクしましたスピリチュアルとは何かという記事で、私は、「精神的な部分では第三者に依存しないことが大事」というようなことを書きまして、「なぜか」ということについてなんですけれど、第三者にべったりと精神的に依存してしまうことは、単にその人にとって「危険」だと思われるからです。

そもそも、その第三者の人物が、あなたにとって有益なことをもたらすのか、あるいはそうではないのかは実際には一見でわかるわけもないですし、この世には「いろいろな」人がいます

この世は、決して「善の方向」だけを向いている人たちだけによってできているわけではないです。

仮に何か「悪い影響」を他者に与えるものだった場合、時にそれは、未来に対して、その影響を受けた人物が非常に悪い方向へと進む可能性もあるからです。

単に社会的な問題だけではなく、たとえば、それこそスピリチュアルな言葉で「例え」としていえば、「霊的」という言葉を用いましても、それは取り返しのつかない低い場所へと引きずり込まれてしまうというようなことも例えとして出してもいいかもしれません。

まあしかし、そのあたりのことは詳しくはないですので、社会的な方向に話を戻します。


ところで・・・一見関係ないことかもしれないと思われるかもしれませんが、最近の、特に若い世代の人たち。

あるいは、その最近の若い人たちの「態度や素行」。

これは全体として見れば、(本質的にはともかく、表面的には)昔よりはるかに「いい子である」と感じることが、少なくとも私にはあります。

この、

「いい子たちの集団」

は、一見すると、穏やかでいい社会のようにも見えますけれど、それは社会全体にとっては、決していいことだけだとはいえない気はするのです。

今から6年ほど前の 2009年9月15日に配信された未来予測プロジェクトのウェブボットには、「影の支配勢力の攻撃の方法」というようなことが書かれているのですが、それはいわゆる、スピリチュアルやニューエイジ思想を源流とした選民意識を流布することによって「他者への差別意識」を植え付けることについて書かれています。

これは、たとえば、エイリアンの存在などのストーリーを元にした「選民思想」を人々に流布して、それに乗ってくる人たちへの洗脳の危険性について書かれてあるものですが、その全体は後で抜粋しますが、その中に下のようなくだりがあります。


自分が特別だと感じたがっている人間がこの情報に触れると、簡単に洗脳されてしまう。そして自分の友人をもそれに引き入れようとする。(略)

育ちがよく、疑うことを知らず、そしてより大きな現実を批判的に吟味する訓練を受けていないものはこの選民思想の餌食となる。そしてウィルスが広まるように、この思想を信じたものは自ら率先してこの思想を広めるようになる。



ここにある、

> 育ちがよく、疑うことを知らず、そしてより大きな現実を批判的に吟味する訓練を受けていないもの

というのは、たとえば、今の世の中に溢れる「一方方向の正義感」を持つ人たちの存在などを思い浮かばせてくれます。犯罪などを含めて、何かメディアが「悪い」という方向に決めたもの、あるいは思想や行動については、

〇〇はすべてダメ

という方向に進みやすい傾向はありそうで、あるいは逆にメディアなどが「良い」と決めた方向は、されを比較的素直に受けいれやすいとか。

しかし、こういうどちらの方向にもストレートな思考というのは裏返すと、「あまり考えてから結論を出していない」とも言える部分はあるのかもしれなくて、そして、その原因はやはり、子どもたちの心の中が、小さな頃から余裕のないギリギリの状態になっているからかもと思います。

いろいろと余裕がない場合、自分で考えるよりも、時代の雰囲気だとかメディアから発信された価値観に従ったほうが楽です。

今の子どもたちの生活には本当に余裕がないように見えます。

毎日、学校に行く上に、その上に塾も宿題もあるという狂気の日々。

「遊び」というものがどれだけ後の人生に有益なものとなっていくのかを知る時間も余裕もない(大人から見れば、どれだけ下らないと思える遊びでも)。

こうなってくると、本当なら、「鬱憤」を晴らす場所がないと、気持ち的に行き詰まっても不思議ではないと思うのですけど、それでも、表面上はいい子だったりする。

この「表面上は」というのがコワイ感じはしますね。

最近に限らないですが、比較的若い人たちによる犯罪の種類が変わってしまったあたりにも、それは現れているのかもしれません。クレアでは懐古日記などをたまに書きますけれど、こちらの音楽記事で私は下のように書いています。


社会が良い社会であれば、(反抗文化が存在しないことは)それは穏やかでとてもいいことなのだと思いますが、今の社会の場合はどうなのかなとも思います。もう、私たちは変革のキッカケを失ってしまったかもしれないわけで、これも民意だとすれば、仕方のないことなのかもしれません。


40年くらい前の若い世代の様相は今とはまるで違ったように思います。もちろん、当時のほうが全体としては「悪い」のですけど、少なくとも私などは幼児期から少年時代まで、

・大人を信じない
・きれいごとを信じない
・自分が優れているなどとは考えない(常に自己否定)


というように思って生きていた部分はあります。

疑いやすくて、自分の良さも他人の良さも認めない……(苦笑)という、最低の若者群像ですが、ただ唯一良かったのは、そういう私たちが、仮に「きみは実は〇〇の遺伝子を引き継いだ優れた人類なんだよ」という「選民思想」を与えられたとしても、

「オレ馬鹿だし、そんなわけないべや(笑)」

と相手にしないで生きていけたという部分はあります。
まあ、本当に馬鹿でしたし、今も馬鹿ですし。

ところで、上の「ないべや」という語尾はかつての北海道弁なんですが、こういうのも今は消えているみたいですね。

昨年だったか、北海道に帰省した際に、ひとりで散歩していましたら、電気関係の工事のようなことをしている若者たちが、昼休みなのでしょうか、道路に腰掛けて、弁当を食べながら会話をしていたのですね。

何となくその会話を聞いていると、この何十年間で若い世代の話言葉が変わったことがわかりました。そこで5人くらいの若者たちは、たとえばですけど、

少年1 「それはさあ、お前の言い方に問題があるのかもよ」
少年2 「そうかもしれないけど、あの子の言い方も結構ひどいんだよ」


というような、とても優しい感じの標準語で語り合っているのを見て、「へえ、方言って完全に駆逐されたんだなあ」と、やや驚いた記憶があります。

これが 40年前の私たちの世代でしたら、下のようになります。

少年1 「おま、それはお前の言い方悪いべ」
少年2 「そーかもしれんが、むこうもなまらひどいべや」


こんな感じだったかもしれません。「なまら」というのは、「とても」ということで、当時北海道の言葉に大変頻繁に登場したものでした。

しかし、若い世代で方言が消えていっているのは、関西などを除けば、比較的、日本全国で共通のようで、どこの出身の人に聞いても「今はあんまりないです」と言います。

えーと、方言はどうでもいいのですが、その前の、今の子どもや若い世代の器質、考え方、あるいは物に対しての「考えるより時代の空気に従う」というような立場に関しては、ここ1ヶ月〜2ヶ月くらいのデータ記事の数々、たとえば、

日本の未来 : 子どもに関しての、そして、高齢者に関しての統計データから受けた衝撃
 2015年01月28日

などとも関係していることだと私は思っています。

そして、それは、

私たちを含む多くの人類の松果体はフッ素による石灰化により、すでに「永遠の機能停止」に陥っているかもしれない
 2015年02月03日

などの問題とも関係しているのかもしれません。

このあたりは詳細は今回は書かないですけど、多くのデータは、現在の子どもや若い世代、あるいは、高齢者の人々も含めて、つまり「脳に変化が起きている」ことを示します。

要するに、またフッ素のことと関係するのですが、少しだけデータを振り返ってみます。




脳を壊しているものは何なのか

アメリカのハーバード大学の研究者たちが、2012年の夏、アメリカ政府機関の学会誌エンビロンメンタル・ヘルス・パースペクティブ( Environmental Health Perspective )に発表した論文の内容の一部が、出雲市の倉塚歯科医院のサイトに掲載されています。

そこには、ハーバード大学の研究者たちの見解として、

「我々の研究は、フッ素が子どもの神経の発達に悪影響を及ぼす可能性を支持する」

ことや、

「フッ素が高い地域の子どもたちは、そうでない地域に住む子どもたちに比べ、かなりIQが低い」

という、「脳の発達との明らかな関係」を発表しています。

そして、同じ年、アメリカ環境保護局( EPA )も、フッ素が「発達神経毒性を示す実質的証拠がある化学物質だ」と発表。

さらに、研究チームの神経毒学者であるフィリス・マレニクス博士( Dr. Phyllis Mulenix )は、フッ素の毒性を依頼された際、当初は、「子どもに使用されているような安全な物質の検査に意味があるわけがない」として検査を拒否したのですが、しかし、指示通りに検査してみると、


安全とされる適量のフッ素を投与しただけで神経細胞から、他の神経毒が引き起こすような多動性障害、記憶障害、知能障害の典型的な画像パターンが観測された


のでした。

その他の多くの研究(国家的研究も含む)によって、

フッ素が脳の機能を阻害する。

ということが、わりと古くから明らかにされています。

1997年にマレニクス博士がフッ素と脳について語ったインタビュー記事
Phyllis-Mulenix.gif
Fluoridealert.org

しかし、それでも、アメリカのフッ素の水道添加率は上昇していて、また、日本でも、水道水には添加されていませんが、学校などの公共施設での子どもたちへのフッ素の強制塗布は拡大しています。

もちろん「強制」と名付けられているわけではないですが、学校などで集団でおこなう場合は、子ども個人で拒否することは事実上あり得ないと思われるので、そういう意味でです。

日本むし歯予防フッ素推進会議による「集団フッ化物洗口の実施状況の推移」などによる統計ですと、1983年にフッ化物で洗口を受けた子ども数が 10数万人程度だったのに対して、2010年には「 78万人」近くの子どもたちがフッ化物で洗口を受けています。

fhomecare.gif
集団フッ化物洗口実態調査よりグラフ化


どのくらいの量で問題が起きるかということについては、さきほどのフィリス・マレニクス博士はかなり微量でも、としていますが、具体的な量としては、以下のようなるようです。

宮城県にある「かくたこども&アレルギークリニック」の角田和彦医師のウェブサイトにあります 2005年7月の「コリンエステラーゼを阻害するフッ素(歯へのフッ素塗布)」によりますと、たとえば、フッ素入りの日常品として最も身近な「歯磨き粉」については、

dental-fl.png

とありまして、「 5グラムの歯磨き粉で、体重 10kgの子どもの中毒量」とあります。

まあ、5グラムというのは結構な量で、ホテルなどの備品にある小さな歯磨き粉で3グラムとかそのくらいですので、一度に歯磨き粉を5グラムも使うことはないでしょうけれど、脳の中でも特に松果体は、フッ素、カルシウムなどを蓄積しやすいですので、飲み込んでしまったものが日々蓄積すれば、5グラムは、わりと「すぐ」かもしれません。

特に、幼児になればなるほど「歯磨き粉を飲み込むこと」が多いですので、せめて小さなお子さんには、それが入っていないものを使うようにしたほうがいいかもしれない可能性はあります。

以前、うちの奥さんにそんなような話をした時、その時はそれほど興味なさそうに聞いていましたが、翌日、洗面所にフッ素の入っていない子ども用歯磨き粉が置いてあったりしました。

うちの奥さん曰く、「確かに子ども用でフッ素入ってないのほとんどなかった。これくらいだった」と買ってきたのが下のものでした。これは他の成分に関して良いのか悪いのかはわからないですが、フッ素に関してはまったく入っていないです。

packs.jpg
Amazon


というわけで、何だかまたも、フッ素の話を書いてしまいましたが、フッ素だけを攻撃したいわけではなく、事実として、

・従順でいい子が増えている

・脳が攻撃されているかもしれない日常


というふたつの要素が今の社会にあるかもしれないと考えますと、それが導く近い未来というものがどんなものかと思ったりした次第です。

というわけで、最初のほうに抜粋しました、2009年のウェブボットのその部分を抜粋いたします。
翻訳は、ヤスの備忘録のヤスさんによるものです。



Change in luanguage precede changes in behavior

ウェブボット「来たるべき未来の形」より抜粋
2009年9月15日配信


影の支配勢力は国民を分断し、相互の不和を拡大する思想の刷り込みを行う。この思想は専門家が注意深く考案したもので、ニューエイジ系の考え方も取り入れており、よくできている。

この思想は、分断して統治するという影の支配勢力の典型的な手法に基づいており、すでにインターネットのさまざまなサイトから発信されている。

まず分離と分断の技法は「われわれは特殊である」という思想の宣揚から始まる。

彼らはその原則を自分たちに適用し、自分たちにこそ統治する権利のある特殊な集団として民衆から自分たちを分離する。この思想は、少なくとも魚座の時代の始まりから存在していたものだ。

そして次に、影の支配勢力の核となる集団を、血統による純粋性を根拠に外の集団から分離する。

彼らは最近このような分離を維持することに難しさを感じているので、分離と分断を外部に対して徹底しながら、影の支配勢力のインナーサークルを拡大しようとしている。

影の支配勢力は最近、裏のネットワークを使い、人類の15%はエイリアンのDNAをもっているとするニューエイジ系の考え方を抑圧しようとした。だが、この考えはエイリアンのDNAをもつ15%の人類は特殊であるという意味で、分離と分断の思想を強化する方向に作用する。

エイリアンのDNAをもつ15%の人類は、マインドコントロールにはひっかからず、またエイリアンとコンタクトできるテレパシーの能力があるので特殊だという。

だが、この特殊性はシオニストの選民思想へと通じるものがある。シオニストの選民思想は、人間と人間とを分断し、相互の闘争を引き起こす。

影の支配勢力は、複雑な神経言語学的プログラミングの方法を駆使して、エイリアンのDNAをもつこの15%の人類を自分たちの仲間に引き入れようと画策する。

彼らはそのとき、この15%の人類はわれわれと同じDNAをもつ選民なので、人間性を裏切るような行為を行っても構わないと彼らにアプローチする。

このとき、他の人間たちを原始的な動物にたとえることもする。

まず、この選民思想はインターネットのトンデモ系情報を流している有名なサイトから広まる。この選民思想を信じた人間は、自分こそこの15%に属する選民であると思い込むようになる。

それはまったく何の根拠もない思い込みにしかすぎないのだが、彼らはそれを信じることで自分たちの集団には属さない人々を下等な人間として見下すようになる。最初は蔑視だけだが、次第にエスカレートし、他の人間に対して残虐な行為を 行うようになる。

これにより、人間相互の分断と敵対関係は強まる。

選民思想がこのような形で悪用されるとのデータはすでに存在していた。

ところで、エイリアンのDNAをもつ15%の人類はマインドコントロールされないことが一つの特徴であるとされる。しかし、この情報を見るものは、自分こそがこの15%であると、いわば覚醒した感覚に襲われてしまうのだ。

影の支配勢力はこのようにして彼らを自分たちの側へと引き入れるが、もちろん影の支配勢力は彼らよりも多くエイリアンのDNAをもつものとして自分たちの優越性を誇示する。このような新しい血統の概念の導入で、古くから行われてきた「分断と統治」の手法がアップデートされるのである。

影の支配勢力はこの選民思想を、ターゲットとなる集団に流布するために特殊なネットワークを使って広める。

自分が特別だと感じたがっている人間がこの情報に触れると、簡単に洗脳されてしまう。そして自分の友人をもそれに引き入れようとする。

実際にエイリアンのDNAをもつ人間が存在するのかどうかはどうでもよいことである。これは影の支配勢力が、民衆を統治するための戦術として生み出した選民思想にしかすぎないのだ。

影の支配勢力は自分たちが民衆を統治する神権をもっていると信じ込んでいるが、この神権の正当性を主張する根拠がエイリアンのDNAに変わっただけなのだ。

これは遺伝子工学の時代に考案された神権の新しい概念である。

育ちがよく、疑うことを知らず、そしてより大きな現実を批判的に吟味する訓練を受けていないものはこの選民思想の餌食となる。そしてウィルスが広まるように、この思想を信じたものは自ら率先してこの思想を広めるようになる。


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