2015年03月15日



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ファティマの聖母から知る「永遠の地獄」への序章(1) - 「地獄」は神話ではなく、事実として存在する



1917年にポルトガルのファティマで聖母マリアと名乗る女性と会い続けた3人の少女少年
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ファチマの真実Traditioninaction


ファティマいう言葉そのものは聞いたことがありました。

簡単な概要は、ファティマの聖母 - Wikipediaから冒頭部分を抜粋しますと、


ファティマの聖母は、カトリック教会が公認している、ポルトガルの小さな町ファティマでの聖母の出現譚の一つ。他の伝説との違いは、これをローマ教皇庁が奇跡として認め、第三の予言を長年にわたり秘匿したことである。


というものですが、何というか、一種のキリスト教の信仰上での伝説みたいなものなのだろうと勝手に思っていて、特に興味を持ったことはありませんでした。

しかし今回、ふとしたキッカケで、そのことについて調べているうちに、この話は大変に興味深い……というより、感動的なものであることを知りまして、それと共に、どうも今の時代は(地獄という概念を考えると)かなり「やばい段階に突入している」という感じもしたわけでありまして、どのくらいのことが書けるのかわからないですが、書いてみたいと思いました。




キッカケは世界で唯一のバチカン認定の涙を流す秋田県のマリア像

ファティマの聖母を調べることに至った理由なんですけれど、今朝、いくつかニュースを見ていましたら、マレーシアのニュースで、「マレーシアのコタキナバルの涙を流すマリア像」についての報道を知りました。

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▲ 2015年3月13日の asia one より。


報道の内容そのものは、昔から数多くある「血や涙を流すマリア像」の話と同じで、特にご紹介するようなものではないと思われます。

この「目から涙などを流すマリア像」という現象は、非常に多く報告されていることで、このブログでも過去何度か取り上げたことがあります(こちらのリンクに一覧があります)。

そして、この現象は、日本語版の Wikipedia では項目としては存在していませんが、英語版には、Weeping statue (涙を流す像)という Wikipedia 項目があります。

そこには、


ほとんどの場合は、「涙を流す像」は、カトリック教会から認定されないか、あるいは、デマやニセモノであることが証明されている。


とあります。

ところが、そこに続いて、


ただし、バチカンが唯一その現象を認めた例も存在する。それは、日本の秋田県にある涙を流す聖母マリア像だ。


とあるのでした。

何と、バチカンが認定しているひとつだけの「涙を流すマリア像」は日本にあるのでした。

さらに、英語版の Wikipedia には、


この秋田の場合で珍しいのは、他のケースと異なり、テレビを通じて、日本国民の全体が涙を流す聖母マリア像の姿を見ることができたことだ。


とあります。

「秋田にそんなのあったの?」

と調べてみますと、こちらは、日本語の Wikipedia にありました。


秋田の聖母マリア

秋田の聖母マリアとは、日本の秋田県にあるカトリックの在俗修道会「聖体奉仕会」で起きたとされる一連の奇跡現象を意味する呼び名。「秋田の聖母マリア」は、教区司教によって認可された数少ない聖母出現の一つであり、日本より海外での知名度の方が高い。


涙を流す秋田の聖母マリア
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秋田の聖母マリア


さらに続けますと、

発端は1973年に、同会所属の修道女の手の平に、出血を伴う十字架型の傷が現れたことである。

そのほかにも、木製の聖母マリア像からの101回に渡る落涙および芳香現象、3つのお告げなどの奇跡があったと言われている。これらの奇跡は1984年まで続いたとされている。

そして、ここにある、

> 3つのお告げ

の内容なのですが、これが、

修道女は天使を何度も目撃し、6月29日には天使は彼女にファティマの祈りを教え(略)

この祈りは、1917年にポルトガルのファティマで3人の少年少女を前に聖母が教えたものだったが、当時は日本ではまだ和訳されておらず、天使が教えたその祈祷文は、後に和訳されて日本に広まるものと一字一句違わぬものだった。

と、ここで、「ファティマ」という文字と出会ったのでした。

つまり、最初に載せましたポルトガルのルシア、フランシスコ、ヤシンタの3人の少女少年が「聖母マリアと名乗る存在」から教えられた祈り(ファティマの祈り)の内容と、この秋田の修道女が「天使」から教えられた祈りの文の内容が同じだったというのです。

ちなみに、そのファティマの祈りは日本語では以下のものです。


ああイエズスよ、我らの罪を赦し給え、我らを地獄の火より護り給え。
また、すべての霊魂、ことに主の御憐れみを最も必要とする霊魂を天国に導き給え。アーメン。


ちょっと難しいですが、簡単な日本語にしますと、

主イエス・キリストよ、私たちの罪をお許し下さい。
私たちを地獄の火からお守り下さい。
すべての人々、ことに御憐れみを最も必要としている人々を天国にお導き下さい。

というような感じだと思います。

なお、この「声」を受けた秋田の修道女の方は、笹川さんという方で、こちらのページに詳しく書かれていますが、天使というより、聖母マリアそのものからの声を受けていたように読み取れ、その点でも、ファティマの3人の少女少年たちと似た状況だったようです。

ところで、この「秋田の聖母マリア」について、カトリック新潟教区の司教は、

「これらの一連の現象が詐欺的、病的、異端的、邪教的なものではないと確認された」

ということを意味する声明、つまり、「聖なる現象と認定する」という内容の声明を出しました。

これを 1984年にバチカンに伝えた際に、バチカンでこの状況を正式に受理した方はどなたかというと、時のラッツィンガー枢機卿で、この人こそ、私が「最後のローマ法王」と信じてやまない後のベネディクト16世でした。

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▲ ラッツィンガー枢機卿時代のベネディクト16世。Cardinal Ratzinger - Pope Benedict XVI より。


調べると、ベネディクト16世が枢機卿になった時の最初の仕事が、秋田の聖母マリアの声明の受理だったのでした。ベネディクト16世は、今に至るまで「涙を流す聖母マリア」の中で、唯一バチカンの受理を受けている秋田の聖母マリアの認定者でもあったようです。




地獄は現実として存在する

秋田の笹川修道女が「聖母から受け取った祈り」と「ファティマの祈り」が一致したことで、「秋田からファティマ」へとつながったわけですが、なぜ、私がこのファティマの出来事に興味を持ったか

私はキリスト教徒ではありませんので、聖母が出現したということ自体に驚きや感動をおぼえるものではありません。現象そのものではなく、「聖母のメッセージそのもの」に興味を持ったのです。

ファティマのメッセージは「3つの予言」というようにも言われているのですが、その中に、

地獄の実在。

についての下りがあるのです。

そのことにとても興味を持ったのでした。

そして、「地獄の光景」には「悪魔の実在」も登場します(3人の子どもたちは地獄の様子を一瞬だけ、聖母に見せられていますが、そこには悪魔もいます)。

私は「悪魔」について、たまに考えたり、 In Deep でも書くことがありました。
そのあたりは、カテゴリー「悪魔の輪郭」などをご参照いただけると幸いですが、基本的に、

悪魔は実在する。

というスタンスというか思い込みを持っている部分もあるわけですが、その中でも、過去記事、

「悪魔 vs キリスト教」の戦いが世界中でエスカレートしている
 2014年01月29日

で書いていますが、ベネディクト16世が法王を退任して以来、世界の「悪魔化」の傾向が著しくなっていると感じています。

しかし、それを長々と書き出すと、違う方向に行きそうですので、まずは「ファティマの3つの予言」の概要を Wikipedia から抜粋して編集したものを載せます。




ファティマでの聖母からのメッセージ


第1のメッセージ

死後の地獄が実在することについて:多くの人々が罪深い生活や傾向によって、死後地獄へ導かれている。肉欲や傲慢など現世的な罪から回心しないままでいることにより、人は死後、永遠の地獄へと行く。

具体的に、聖母はこの少女ら3人に、地獄のビジョンを見せ、彼らはそのあまりの光景に戦慄した。

地獄は神話ではなく実在し、そこは全ての人が死後行く可能性のあるところで、入ったが最後、二度と出ることはできない。



となっていて、「地獄は神話ではなく現実に存在するもの」で、大変に多くの人々が死後地獄に行っていると聖母と名乗る人物は、子どもたちに語っています。

そして、「地獄に行くと、永遠に出られない」とも聖母は述べています。

2つ目は下のようなもので、大きな戦争に関してのものです。

ファティマのメッセージの年は、第一次世界大戦中の 1917年のことですので、終わる戦争のほうは第一次大戦、始まるのは第二次大戦と考えるのが妥当かもしれません。


第2のメッセージ

大戦争の終焉と勃発:第一次世界大戦は、まもなく終わる。しかし人々が生活を改め罪を悔い改めないなら、さらに大きな戦争が起き、沢山の人が死に、そしてその多くが地獄に落ちてしまう。その前兆として、ヨーロッパに不気味な光が見えるだろう。


この中の、

> ヨーロッパに不気味な光が見える

というのは、1938年1月25日にヨーロッパの極めて広い範囲で、オーロラが観測されたことがあったのですが、そのことを予言したと言われることがあります。

基本的に、フランスだのポルトガルだの、ヨーロッパの内陸部でオーロラが観測されるということは、ほぼあり得ないことです。そんなこともあり、当初は、「ヨーロッパのどこかで大火事が起きている」というように報道されたようです。

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▲ 1938年1月26日のデイリー・ミラー紙(多分イギリスの新聞)の一面。「北部の空すべてが光っており、大火事の懸念」とあります。Luisa Piccarreta より。


これはきちんと調べてみないとわからないですが、太陽活動が活発な時だったとすれば、太陽フレアや CME (コロナ質量放出)の異常に大きなものなどが発生していたのかもしれませんが、いずれにしても、この異常なオーロラが現れた頃から、第二次世界大戦が始まっています。

ファティマの3つめのメッセージは「ファティマ第3の秘密」などとして知られていることのようですが、今に至るまで、「どうやらバチカンはすべてを公開していない」ようです。

Wikipedia からの抜粋です。


第3の秘密

聖母マリアは、1960年になったら公開するように。それまでは秘密に、とルシアに厳命した。

その内容は「ファティマ第三の秘密」と呼ばれ、ルシアを通じて教皇庁に伝えられたが1960年が過ぎても教皇庁は公開せず、2000年になってから発表に踏み切った。

教皇庁によれば教皇暗殺の危機だとされる。(これを)疑問視する意見もある。



この「疑問視」については、この「第3の秘密」に関して、1960年代にそれを読んだ当時のローマ法王が絶句して具合を悪くしたり、あるいは、40年もの間、歴代の法王が発表を見合わせるほどの内容であったわけで、「極めて衝撃的なもの」である可能性が高いわけです。

それが、上のような「軽いもののであるわけがない」というのが、バチカンの発表が疑問視されている理由ですが、もうひとつの理由は、聖母マリアからメッセージを受け取った少女ルシア自身が 2000年代に(ルシアはすでに 90歳代)に、

「それはほんの一部で、バチカンは嘘をついている」

と司法省へ提訴したということがあったからのようです。

もっとも、ルシアは 2005年に 97歳で亡くなっていて、このあたりはうやむやなままのようです。

ヨハネ・パウロ二世(右)と面会する晩年のルシア
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The Children of Fatima


この「第3の秘密」については、今回はそこまで行き着けないと思いますので、別の機会に書こうかと思いますが、先ほど出ましたベネディクト16世も枢機卿時代に「確かにあれは(第3の秘密の内容の)すべてではなかった」と認めています(ソース)。




天使の声を受けて若くして旅立ったふたり

ところで、この 1917年にファティマでメッセージを受けた3人の少女少年のうち、このルシアだけは、97歳という長寿で人生を全うしますが、冒頭に示したように、男の子のフランシスコは 10歳、最も年下のヤシンタは9歳という若さで、共にスペインかぜが原因となってからの長期の病気で亡くなっています。

この3人について、南山大学の三上茂教授による

ファチマの聖母マリア・ファチマの真実

という非常に膨大な、論文とも言えるウェブサイト上に詳細に書かれているのですが、この3人の子どもたちの行動や生き方は、私が思わず涙ぐんでしまったほどのものでした。

この3人のうち早くに亡くなった2人の子どもたちは、自分がもうすぐ天国に行くこと、つまり「自分がもうすぐ亡くなること」を、聖母のメッセージによって察知するのですが、それでも、死ぬ瞬間まで、主と聖母、そして、「救われない他の人々を救うための祈りと犠牲のために」生きていくのです。

9歳と10歳ですよ?

この子どもたち3人のファティマ後のそれぞれについては、「ファチマの真実(2)」というページの最後のほうにあります。

こちらは、フランシスコ(男の子)についての記述からの抜粋です。


1917年6月13日の御出現のとき、ルシアは聖母に天国に連れて行ってもらえるかどうかを訊ねていますが、聖母はそれに対して「ええ、フランシスコとジャシンタをまもなく連れて行きます」と答えておられます。

このときからフランシスコとジャシンタは自分たちの生命がそれほど長くないことを知っていました。(略)

フランシスコは自分の役割がイエズスの聖心と聖母マリアの汚れなき御心を慰めることであるということをよく知っていました。彼が病床に臥していちばん残念だったことは、教会に行って御聖体の前で長い時間を過ごすことができなくなったことでした。



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▲ 左からヤシンタ、ルシア、フランシスコ。The Children of Fatima より。


最も若いヤシンタ(ジャシンタ)は、ファティマの聖母からのメッセージとは別に、頻繁にヴィジョンを見ており、三上教授のサイトでは、

> ジャシンタは6回の聖母御出現が終わった後にも、1920年2月に亡くなるまでの間、絶えず聖母の御出現を受ける恵みを神から戴いていました。

くどいようですが、まだ「9歳」だったヤシンタは、霊的な友人となっていたフランシスコの死に際して、以下のような事を述べた記録が残っています。


1919年4月4日にフランシスコが亡くなる少し前に、ジャシンタはルシアのいる前でフランシスコにこう頼んでいます。

「わたしの愛のすべてを主と聖母に捧げます。罪人の回心とマリアの汚れなき御心に対する償いのために主と聖母がお望みになるだけ、わたしは苦しみます、と二人に伝えてちょうだい」



この時のヤシンタの状態は、スペインかぜに続いて、気管支肺炎と肋膜炎を併発して、ベッドから起き上がることもできない状態でした。

9歳といえば、今のうちの子と同じ年齢ですが、まるで比較などできません。

ところで、ヤシンタの見たヴィジョンの中には(これは聖母との会話ができていたルシアにも見えなかった)、

「バチカン、あるいはキリスト教信仰の崩壊」

とも取ることのできるような「光景」も含まれていて(法王が人びとから石を投げられている)、後述しますが、どうも「第3の秘密」は、そのあたりとも関係しそうです。

バチカン、あるいはキリスト教信仰の崩壊が含まれているならば、歴代の法王が倒れるほどのショックを受けたり、公開をためらう理由も理解できます。




ファティマのメッセージの根幹は「ロシア」のこと

やはり、だいぶ長くなってきていて、1回で書くのは難しくなってきた感じです。
2回くらいにわけたいと思います。

というのも、

ファティマのメッセージで最も重要なもののひとつが「ロシア」の意志と動静

ということがあるのです。

ロシアの存在や考え方次第によっては、「世界(の人類の霊魂)は地獄に叩き落とされる」とも解釈できる部分があるのです。

もちろん、この「地獄」は例えとしての地獄ではなく、「現実の地獄」です。
次にはそのことと、あるいは、第3の秘密にふれたいと思います。


ところで・・・。

ファティマで、聖母は子どもたちに、

「地獄は実在し、そこに一度入ると永遠に出られない」

と述べています。

ここに疑問もあります。

天国は永遠なのか
あるいは、そうではないのか。

もし、地獄と同じように天国も永遠の場所なら、死んだ人々は二度と肉体を持つ世界には戻って来ないことになります。

輪廻や転生の概念は存在しない?

そのあたりのことも含めて、何が何やらわからない、といったような疑問もありますが、今回はここまでとしておきたいと思います。

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・次記事:ファティマの聖母から知る「永遠の地獄」への序章(2) - 毎年5千万人の赤ちゃんが「生まれてこない」現代社会の中のロシア由来のカタストロフ



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