2015年05月03日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




ネパール大地震での上層大気圏に変化から見る「地震の原因は宇宙にある」こと。そして、恐怖からの解放について「倉田百三氏との苦痛の同体験」



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5月に入って、私の住む地域は天気も晴れ上がり、穏やかなゴールデンウィークとなっています。

このような清々しい中の話題といいますと、どうしても「病気」と「恐怖」ということになりそうです(そうなのかよ)。

実は、最近読んだ本の中に、神経症がひどかった時代の自分と似た体験をしている方の談話を読みまして、「そういやあ、こんなことあったなあ」と思い出しまして、ちょっと記しておきたいなあと。

その前に、先日のネパールでの大きな地震について、NASA の記録で知ったことがあります。
そして、その記録は、

「やっぱり、地震には上(宇宙)からの影響がありそう」

という考えをさらに深めるもののようにも思いましたので、ちょっとふれておきたいと思います。




ネパール地震でも 3.11 と同じ「電離層の変化」が記録

4年前の、

衝撃のデータ: 3月11日の地震の前に観測された日本上空の赤外線と電子量の急激な変化
 2011年05月20日

という記事で、


マグニチュード9の地震があった前日までに、日本上空の赤外線量と電離層の電子量が増大したことがデータ上で確かめられた。


という米国マサチューセッツ工科大学「テクノロジー・レビュー」の 2011年5月18日の記事を翻訳してご紹介したことがあります。

下の図は、2011年3月5日から 3月12日までの日本列島上空の赤外線のエネルギー量の変化ですが、地震発生前日の 3月10日に、赤外線のエネルギー量が異常な増え方をしていたことがわかります。

2011年3月5日から3月12日までの赤外線のエネルギー量の変化
311-electron-1b.gif
MIT

この赤外線の放出は、地震直前にピークに達しました。

地震発生3日前ほどは震源地周辺での「電子数」も異常な増加を示しました。

また、2010年1月にハイチで発生したマグニチュード7の地震の前にも、衛星によって、超低周波無線信号の大きな増加を示していたことがわかっています。

つまり、最近のデータが示すことは、

巨大地震が起きる「前」に、「高層上空」に変化が見られる。

ということになりそうです。

しかも、3.11 の場合は、「地震の後」ではなく「前」です。

そして、今回のネパール大地震でも、チベット自治区に設置されている GPS 受信機が「電子数の急激な上昇」を記録しました。

報告したのは NASA です。

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NASA


今回の地震の場合は、地震後の変化を示していますが、やはり高層大気に変化が現れていたことになります。

ただ、この現象に関しては、たとえば、マサチューセッツ工科大学などの見解は、「上から」の影響ではありません。さきほどの記事から抜粋すれば、


これらの観測は 「地圏 −大気圏−電離圏結合 ( Lithosphere-Atmosphere-Ionosphere Coupling )」と呼ばれる考え方と一致している。

この考え方は、地震の前日は、断層の大きなストレスがラドンの大量の放出を引き起こすという考えだ。



ということで、地震直前に「断層から放出したラドン」が、高層大気に影響を与えているのではないか、という考え方です。

しかし、私は「地震は上(宇宙)からの影響がトリガーとなっている」と考えています。

理由はいろいろとありますが、過去記事の、

コラム・地震のトリガーについて
 2011年05月21日

に書きましたように、「地震」という現象は爆発的な自然現象で、このような爆発的な反応現象には、トリガーとなる化学的な刺激が必要だという考え方があります。

それについては、「太陽活動と地震・噴火の活動に関しての2つの考え方」という記事に、東京工業大学大学院教授の丸山茂徳さんが、

地震のトリガーが「宇宙線」である可能性

について述べているこを書きましたが、丸山教授は、

「地震の起きるシステムは今まで「力学的」として語られていたが、そうではなく、問題はあくまでトリガー(引き金)であり、つまり、地震は化学的(ケミカル)な反応現象」

だと述べています。

そして、地震ほど巨大な現象のトリガーとなりうるためには、

・非常に高エネルギーであること
・地球の内部に干渉できること


であることが必要だとすると、高エネルギーの上に、どんなものでも通過していく宇宙線以外は考えられないということのようです。

さらに、「地震の原因が上(宇宙)から来ている」とする理由のひとつとして、

3月11日の地震は宇宙空間に近い高層大気にも影響を及ぼしていた
 2011年08月10日

という記事に書きましたように、3.11の地震の際には、上空 80キロメートルから 1,000キロメートルくらいの「超高層大気領域」という場所でも変化が観測されていたことがわかっています。

超高層大気領域というのは下のように、「要するに宇宙空間」です。

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JAXA

そして、2011年3月11日の赤外線の変化を見てもわかる通り、上空の変化は、地震発生の「後」に記録されたものではありません。地震発生より「前」から記録されています。

上空の電子数と赤外線エネルギーの変化は地震の前から記録されていたのですから、普通に考えれば、「地震によって変化した」のではないというようには思うのですが。

さらに、巨大地震の前には、宇宙空間そのもので変化が起きる事例もあります。

謎の「光る雲」がどんどん高度を落としてきている
 2012年06月26日

という記事で書きましたが、

銀雲

と呼ばれる、宇宙空間で見られる銀色の雲のことがあり、宇宙飛行士たちの間で、「この銀雲が現れると、地球で大きな地震が起きる」ことが語り伝えられていました。

宇宙ステーション「ミール」で長期のミッションをおこなったロシア人宇宙飛行士のワレリー・ポリャコフさんが、その銀雲を見るたびに、地上で壊滅的な地震が起きたことを「忘れられない現象」として著作『地球を離れた2年間』に記しています。

まあ、地震の前に、地下からのラドンの放出はあるのかもしれないですが、それがあったとしても、それが超高層大気圏や、あるいは、宇宙空間そのものにまで上昇するというのは、どうも考えにくいことのような気もしまして(地球には物質を高層大気に上昇させる力は基本的にないため)、素直に、

地震の前には、宇宙からの何らかのエネルギーが地球に影響を与える

と考えるほうが妥当のように思います。

そして、この考え方から研究を進めれば、巨大な地震に限定すれば、予知に近いことができる可能性も感じます。

現在は、衛星や GPS により、地球の多くの地域の上空の電子数の変化や、赤外線エネルギーの変化を記録できると思いますので、3.11のように「極端な数値の変化」があれば、それは、「危険な可能性がある」というような。

まあ、そんな単純な話ではないかもしれないですが、最近の記録的な大地震では、多くが「高層上空での変化」が記録されているということは事実ですので、何か予防的な見識につながればいいですね。

というわけで、地震の話を書かせていただきましたが、連休中でもありますし、あまり堅い話題だけでも重いですので、「苦悩と絶望と恐怖」の話題でも軽く書かせていただこうかと思います(その話題の方が重いって)。




人が「物質の統覚と認識」を失うとき

先日の、

「恐怖からの解放」についてのメモ
 2015年04月29日

という記事で、日本の神経症治療法であり、人生の再教育法でもある森田療法を生み出した、森田正馬博士のことに少しふれました。

私自身が、若い頃(からの)神経症で、二十代の頃に森田療法に関しての本を読みまして、少し気が楽になったことがあるのでした。ただし、私自身は森田療法を受けたことはありません。

そのことについて、日付けを見ると、ちょうど1年ほど前の、

パニック障害 30年目の年に思い出す森田正馬の「あるがまま」と谷口雅春の「さとり」のリンク
 2014年05月07日

という記事に、発症するまでの経緯みたいなものを書いたことがあります。

しかし、私の神経症の多才な症状の具体的なことについては、わかりいいものではないですので、書いても仕方ないと思っている面もありまして書いてはいません。

しかし、最近読んだ本の中に、私と比較的よく似た症例の方の談話がありました。

本は、森田正馬博士が、月に1度、患者たちと話し合った会での問答の記録が収められた『自覚と悟りへの道―神経質に悩む人のために』というもので、この本をまとめた水谷啓二さんという方の前書きには以下のようにあります。

水谷さんも森田療法を受けていた患者でした。


『自覚と悟りへの道』まえがきより

森田博士の家では、月に1回「形外会」という会合が開かれ、みんなが自分のありのままをさらけ出して話し合い、博士の批評をもとめることにしていたが、それに出席することが私どもにとっては何よりの楽しみであった。

当時東大の学生であり、博士の家に下宿させていだいた私は、記録係として会場に小さな机をもち出し、座談の内容を筆記し、あとで清書して博士のお手許に届けるのが役目であった。(略)

私どもはその当時から、この記録は遠く後世に残るにちがいないし、また残すべきものであると信じて、できるだけくわしい記録をとるのに努力した。



この水谷さんという方は、その後、「生活の発見会」という森田療法の非医学者による診療所を創設したそうですが、生活の発見会によりますと、


1956年(昭和31年)共同通信社の記者だった水谷啓二が、自宅を解放し主催したのが啓心会(啓心寮と啓心会診療所)で、これが発見会の母体となりました。


ということのようで、水谷さんご本人は 1970年に亡くなったそうです。

その水谷さんが記録して後世に残してくれた、この『自覚と悟りへの道』にある、森田博士や患者の言葉の記録は、まさに水谷さんが書かれているように「この記録は遠く後世に残るにちがいないし、また残すべきものである」といえるものです。

この本の中には数多くの患者(この患者たちは退院後に森田博士のような医師を目指す人が多かったようで、後に多くの精神科医を輩出し、また、多くの著名人が出ました)の方の話が出ていますが、患者の中に、倉田百三さんという方がいました。

この人の語っているところが、私の体験と似ていまして、一種ほろ苦い青春時代を思い出してしまいました。

倉田百三さんというのは、倉田百三 - Wikipedia によりますと、大正、昭和初期に活躍した日本の劇作家、評論家だそうです。

その倉田百三さんもまた神経症を患い、森田博士のもとで入院治療を受けていたようで、『自覚と悟りへの道』の中でも、かなりのページを割いて、倉田さんと森田博士の問答が書かれています。

非常に長いものですが、その中のほんの一部を抜粋してみます。

私も同じような苦痛の中にいたことがありました。
いや、今でも基本的にはそのころと同じなのかもしれません。

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・倉田百三( 1891 - 1943年)



『自覚と悟りへの道』より倉田百三氏の言葉より


私がある対象を見ている時、ふとその対象が動くように感じました。そんなはずはないと思って注視すると、だんだんはっきりと動き出します。

これは! と思って、その動くのを止めようとすると、ますますひどく動き出して、ぐるぐる廻りをはじめました。またか! と私は頭を抱えて苦しみました。ふと、私は、この廻るのが対象でなくて、眼そのものであったらどうだろう、と思いました。すると、とつぜんおそるべき観念が念頭にうかびました。

「もし、眼が眼自身を見たらどうであろう」

私は慄然とし、その瞬間つぎのような推理をしてしまったのです。

「われわれが眠ることができるためには、まぶたをとじなければならない。もし、まぶたがないならば、眼はいやでも物を見ないわけにはゆかないだろう。では、ひとみは、なぜまぶたを見ないのであろうか」

すると、まぶたの裏が見えるのです。見まいとしても、これは見ないわけにはゆきません。もうのがれる道はない! 私は永久に、不断に、何ものかを見ていなければならないのです。したがって眠ることができません。




ここにあるような、

> まぶたの裏が見えることが怖くて眠ることができない

などというのは、何とも異常に響くかもしれませんが、体の部位は様々でも、こういう「思考の矛盾」は神経症者ではごく普通のことだと思います。

それで、倉田さんはその後、不眠は治るのですが、不眠が治った後に「新たな症状」が出始めます。

これが私の経験と何となく似ているのでした。

抜粋を続けます。



『自覚と悟りへの道』より倉田百三氏の言葉より


私は藤沢の家に帰って、病父の枕頭に座っていました。父は眠っていました。そのとき私は思いました。

「私はもう大丈夫であろうか、あの障害はどうなったのだろう」

すると、部屋のふすまの模様が、以前のように動くように見え出しました。気のせいだと思ってもう一度見ると、ますます動いて見えるのです。心を静めて、理性と意志の力でそれが静止していることを信じようとするのですが、ダメです。そうすればするほど、動きは激しくなるばかりです。また強迫観念だ!

それからは、あらゆる対象が動揺し、回転し出しました。世界にただの一つも静止しているものがないのです。土地も畳も波のように動揺します。机上のあらゆる物体、インクつぼからペン軸にいたるまで、みんな動くのです。

本を開けばあらゆる活字が動揺し、回転します。目をつむれば目の内部が動揺し、回転するのが見えるのです。それは、堪えがたいものでありました。

しかしもはや、それを避けようとする気はありません。ただ、あらゆる物象が回転するまで堪えられる日のくるのを、待つばかりでありますが、その日はなかなかやってきません。じっさい、世の中のあらゆるものがぐるぐるまわるまで堪えられるようになるということは、想像できないことでありました。

のちには、その回転が不規則運動になってきました。エジプトの彫刻をのせてある台が、不意に回転をやめたかと思うと、あらぬ方向に動き出しました。ハッと思うつぎの瞬間には、思いもよらない方向に動転します。運命に意志があって、とくに私を憎んでいるのではないか、とさえ思いました。




ここまでです。

この中の、

> 土地も畳も波のように動揺します。

というのも、わりと神経症にはポピュラーじゃないでしょうかね。私も普通にありました。
道路や風景がグネ〜と曲がって見えたりとか。

絵画に「叫び」とかありますけど、あんな世界ですね。あれ描いた人は多分神経症です。

あと、

> 運命に意志があって、とくに私を憎んでいるのではないか、とさえ思いました。

というのは、私もそうでしたけれど、神経症の方は、苦しい時に多くの方が思うことではないでしょうかね。

だから、みんなではないでしょうけれど、神経症の人とか、あるいは何らかのメンタルの問題がある人は、どこかの時点で「神」とか「この世」を考えることが多くなる気がします。

そして、名前は神でも何でもいいですが、まずは「恨んで」、「憎んで」、「罵倒する」というようなところから始まりやすいと思います。私もそうでした。

自分でも自分に起きている症状が異常なことは十分わかっていて、しかも、正気を失っているならまだしも、「完全に理性的」な中でこのようなことを経験しなければならないというのは相当つらいことです。

まあ・・・しかしですね。

少し前に、

ブラック・フラミンゴが現れた地球。そして、数百万人の「ベンゾジアゼピン依存症」が作られている日本(私も危なかったのです)
 2015年04月12日

で書かせていただきました、ベンゾジアゼピン系の精神薬

上の記事では、実際に長く飲んでいた私の体験を含めて、この薬の問題点を書いたのですが、しかしですね・・・これが例えば、倉田さんみたいな重い症状の人でも、

「効く時は一発で効いてしまう」

ことがあるのです(あまり効かないことも当然あります)。

私がそうでした。
しかし、だからこそ、やめられなくなってしまうのです。

医者というより「薬が私を治してくれた」という事実は、強い暗示に変化していき、「薬=救世主」という想いがどんどん自分の中に定着していきます。

そのこともあり、ベンゾジアゼピン系の薬が劇的に効いた人であればあるほど、なかなかやめることができないという悪い循環に陥ります。

しかし、最初は劇的に効いていたベンゾジアゼピン薬も、そのうち効かなくなってくるのですよ。

森田博士の時代は、ベンゾジアゼピン系の薬はありませんでしたが、しかし、どんな薬でも、森田博士は「薬の効果は一時的で、生涯にわたり神経症を完治させる役には立たない」と言っていますので、どんな薬でも、「とん服」以上の役割を持たせてはいけないと今は思います。

この「薬」というのは「物質」であるわけですが、病気を薬などで治すことについて、谷口雅春さんは、『生命の実相 (第1巻)』 (1962年)の中で、「薬(物質)」によって、病気が治ったという暗示を受けることが、人間の完全性を損なうとして、

物質的方法によって病気が治ったということから出発して、生命は物質によって生かしも殺しもできるものなのだという誤れる暗示を受けることになり、自己の生命の霊妙さの自覚が失われてしまう

と述べています。

まあ、薬の話はともかく、倉田百三さんは先ほどのように苦しい状態に陥ったわけですけれど、Wikipedia の経歴を見ますと、



1927年(昭和2年)、神経症を患い、森田正馬の治療を受ける。

1933年(昭和8年)、この頃より親鸞研究を通して日本主義に傾き、日本主義団体の国民協会結成に携わり、機関紙の編集長となる。



とあり、あれほどひどい症状であったにも関わらず、発症後から数年後には活動を再開していたようで、また、倉田さんの著書一覧を見ますと、1932年に『神経質者の天国 - 治らずに治つた私の体験』という本を記していますので、森田療法で「治った」ようです。

それにしても、森田博士は、倉田さんをはじめとして、患者の人たちにどのような答えを返しているのか、とお思いの方もいらっしゃるかと思います。つまり、「どうやって悟りの境地に導いているのか」と。

実は、森田博士は「普通のこと」を言うだけなのです。

倉田百三さんの長い言葉の後に、森田博士の長い回答があります。
そのほんの一部を抜粋します。

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・森田正馬( 1874 - 1938年)


森田博士から倉田百三氏への言葉より

まぶたの裏側が見えて苦しいという強迫観念も、その出発点がすでに間違っております。倉田さんは、眠ることができるためには、”まぶたをとじなければならない”といいますが、私どもは眼にゴミが入ると反射的にマタタキをし、眠くなれば自然にまぶたがたれます。

それは私どもの身体にそなわった自然の機能でありまして、”眠るために”というような目的意識があってすることではありません。また、かりにまぶたの裏をみつめていたとしても、疲れてくれば自然に眠るのであります。



こういう、何とも当たり前のことを淡々と語るわけですが、神経症者は、この「当たり前のこと」が、日常の思想から欠落していることがよくあるのです。それは、その人の持つ見識や知識とは関係ありません。

談話の後半では、森田博士は以下のように言います。


森田博士から倉田百三氏への言葉より

強迫観念から解脱するのに大切なことは、”自然に服従し、境遇に従順である”ことであります。

私どものいろいろな気分は、おこるべき原因があっておこるものでありますから、それをどうすることもできません。それが心の自然であってみれば、抵抗しないで受け入れてゆくよりほかはありません。それが、”自然に服従する”ということであります。

また強迫観念の苦しさのために、会社や学校を休んだり、やめたりしてはいけません。強迫観念は、禅でいうところの ”顚倒夢想(てんどうむそう)”の世界に迷いこんだものでありますから、それを現実の世界にひきもどすには、それぞれの人の置かれた境遇にしたがい、毎日の仕事あるいは勉強に全力をつくすことが必要であります。



ここに唐突に、「顚倒夢想」などという言葉が出てきます。




顛倒夢想と涅槃

これは、般若心経の中の、

遠離一切顛倒夢想 究境涅槃(おんりいっさい てんどうむそう くきょうねはん)

という一節にあるもののようで、お釈迦様が言った言葉のようです。

上の意味は、

「顛倒夢想がすべて消えたら苦の全く起こり得ない涅槃の心境になれる」

というようなことだそう。

逆にいうと、この「顛倒夢想」がある限りは、その人に「苦が沸き起こる」と。

で、この「顛倒夢想」とはどんな意味なのかといいますと、こちらのサイトによりますと、

顛倒夢想
宇宙から観て自分にとって、為(ため)に成るのに嫌い(悪い)、また、為にならずダメに成るのに好き(良い)と感じて、それが完全な固定観念になっている勘違いの感覚。

言い換えると、建設的なのに嫌い、破壊的なのに好きと感じる感覚で、全くの無自覚。良いと信じて知らない内に自分に不幸を導く、本人には全く無自覚な心の癖。

普通平均200〜300個、人によっては400〜500個位抱えている。

とのこと。

要するに、「自分では正しいと思って、行い続けているけれど、それは真理から見れば正しくない」というような「真理とは逆の考え」のことですかね。

お釈迦様は、その「真理とは逆の考え」がすべて消えたら苦の全く起こり得ない「涅槃」の心境になれると。

現代社会の多くの人々が持つ、「理由のない恐怖」とか「迷信を怖れる気持ち」とか、「とらわれ」とか、多くのものが、この「顛倒夢想」と同じものだと考えてもいいのだと思います。

そして、この「間違った思い込み」をひとつずつ捨て去ることが大事だと。

まあ、お釈迦様はそう言いますけれど、普通の人でも何百と持っている「真理とは逆の考え」をそう簡単に全部消すことはなかなかできなそうではあります。

ところで、「涅槃」という言葉も気軽に使ってますけど、どんな意味でしたっけ?

涅槃は、サンスクリット後で「ニルヴァーナ」であるということくらいしか知らないことに気づきました。


涅槃 - Wikipedia

涅槃は、「さとり」〔証、悟、覚〕と同じ意味であるとされる。しかし、ニルヴァーナの字義は「吹き消すこと」「吹き消した状態」であり、すなわち煩悩(ぼんのう)の火を吹き消した状態を指すのが本義である。

その意味で、滅とか寂滅とか寂静と訳された。



難しいのう・・・。

最初に地震のことを書いたりしていて、何だか長くなってしまいました。

本当は、この、苦痛や恐怖の問題として、シュタイナーの 1912年の講演『運命にどう向きあうか』の中に、「苦とは何か」というようなことが述べられていて、その内容をご紹介しようと思っていたのですが、後日にさせていただきます。この講演は、『人間の四つの気質―日常生活のなかの精神科学』という本に収められています。

ただ、その講演から、


私たちは内的および外的な苦痛によって、自分の不完全さを取り除き、自分を完全にしていける


という部分は書いておたきいと思います。

どうやら、シュタイナーは、

「苦痛というものは、人間から不完全さを取り除き、完全になるためのもの」

と定義しているようです。

ちなみに、シュタイナーは、「私たちが前世から持ち越してきた不完全さが、苦痛を求めたのです」とも言っていますが、この主張から見れば、「人間の不完全さ」というものは、次に、また次に、と伝わっていくものらしいですので、どこかの世で「完全」に近づく努力をしなければ、この苦痛の輪廻は消えないものなのかもしれません。

まあ、森田博士は前世の話など興味はなかったかもしれないですが、森田博士の説く「悟り」は、その「完全」に近づくための手段の示唆でもあるのかもしれないと感じた次第でもあります。

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