2015年06月02日



2015年10月7日に In Deep は http://indeep.jp に移転しました。よろしくお願いいたします。




「頂点の日本」から何が始まる? 地震に関する奇妙なことが続く中で読むシュタイナーの「弥勒の世界の到来」では、地球が助かるかどうかは私たちの「進化」次第だと



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・『薔薇十字の秘密のシンボル』(1758年)より



「頂点は日本」だから・・・

先日の 5月30日のマグニチュード 8.1 という、わりと壊滅的なエネルギーだった小笠原沖の地震ですけれど、私は昔から「震源の深さ」に興味があったこともあり、震源の深さが 500キロメートル以上(正確には 682キロメートル)というのを見た時に、

「この規模の地震で、この深さは珍しいのでは?」

と思いましたが、翌日の産経新聞に以下のような記事がありました。


【小笠原で震度5強】震源を682キロに修正、気象庁「M8クラスで世界最深の地震」
産経新聞 2013.05.31

小笠原諸島の母島(東京都)と神奈川県二宮町で震度5強を観測した地震で気象庁は31日、地震の規模を示すマグニチュード(M)を8・5から8・1に、震源の深さも約590キロから682キロに、それぞれ修正した。

気象庁によると、1900年以降のM8以上では、世界最深の地震だとしている。




深さ 682キロメートルの地震というのは、あまり見ないもので、まして、マグニチュード8というような規模の地震がこのような深い場所で起きたということに対しては、むしろ「不思議」な感じを持っています。

おそらくは、多くの地震の専門家の方々も、こういう地震の存在(深いところでの大地震)は、想像もしていなかったことなのではないでしょうか。

このような「震源の深い地震」というと、南太平洋のフィジー周辺の海域は、深い地震が多いところですが、そのフィジーで今、「謎の震動」が起きています。

これは、

地球で最も震源の深い地震が起きやすい南太平洋のフィジーが「謎の揺れ」に見舞われている
 2015年06月01日

という記事を書きまして、その中にアメリカ地質調査所( USGS )の最近のデータを載せていますが、理由はわからないですが、フィジーでは、震源の深い地震が頻繁に起きます。

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USGS

しかし、今回の日本のマグニチュード8の地震は、これらよりもはるかに深く、そして、このような震源の深さで起きた地震としては、記録に残る中では最大の規模だったのです。

もちろん、地震は震源が浅くなればなるほど、震度は大きくなる(地表へのエネルギーの影響が増大する)傾向にありますから、もし、この地震が地下 10キロメートル以内などで起きていたら、それはそれは大惨事になっていたわけで、深い地震で助かったことは事実です。

こんな規模の地震が浅い震源で起きていたら、関東から九州までの広い範囲が、大きな津波に見舞われていたでしょうし。


しかし・・・ですね。


今回の地震での深刻な被害はあまりなかったとはいえ、こんな深いところでマグニチュード8クラスの地震が起きたということはプレートや地質状況全体に対しての影響はないのだろうかと、どうしても思ってしまいます。

図で見ると、今回の地震が日本の周辺にどういう力と影響を与えたかがわかるような気がします。下の図は、読売新聞の英語メディア Japan Times のものです。

plate-japan.gif
・Japan Times Depth of quake caused widespread shaking


こう・・・何というのか、

「深いところから、地表に向けての広範囲にグッとエネルギーを加えられた」

というようなイメージには見えないでしょうか。

何らかの親分が、「もっと頑張りなさい」と、プレートにエネルギーを注ぎ込んだような雰囲気を感じてしまいます。

これは、日本に対してだけのことで書いているのではなく、つい最近の、

シュタイナーが110年前に述べた「頂点は日本です」の意味
 2015年05月27日

に書きましたように、どういう意味かはよくわからなくても、

「頂点は日本です」

「地震と火山の話」の時に、シュタイナーは言っているのです。

シュタイナーが1906年の講演で書いた図
chesta-drawing2.jpg
Anthro Med Library

上の記事で、私は、


この『天地の未来』で示される日本の位置の意味というのは、次のどちらかなのかもしれません。

1. 日本での地震や噴火などの自然災害が世界に影響を与える
2. 世界中の地震や火山噴火が日本に影響を与える



というようなことを書きましたが、自分にとっては非常に不思議な 5月30日の「震源の深さ680キロメートルの場所でのマグニチュード8の地震」という象徴的な出来事が気になっています。

このシュタイナーの「頂点は日本です」という講演は、シュタイナーの災害と戦争に関しての講演を収録した『天地の未来―地震・火山・戦争』という著作に収められているのですが、これが今、Amazon でも事実上、購入できないような高値( 6月2日時点で最も安い古本で1万8千円)となっていて、そのうち安くなるとは思いますが、この本には、

「人間社会と自然災害の関係」

ということや、

「地震で亡くなった人間の死後と再生」

のこと、あるいは、

「戦争で亡くなった人たちの死後と再生」

のことなど、正しいかどうかは別として、いろいろな意味で興味深いことがたくさん書かれていますので、再版していただれればと思います。

そして、5月30日のマグニチュード8の日本の地震以来ということではないのでしょうけれど、

「世界中で急に地震が増え始めている」

という雰囲気もあるのです。

「雰囲気」と書いたのは、報道でやたらと目につくだけで、きちんとデータをとったわけではないからです。

また、日本で地震のあった 5月30日には、オーストラリアで「地震の公式データが翌日削除された」というようなことも話題になったりしています。

これは、

消された地震:M8.1の地震が日本で起きた30分後にオーストラリアで発生したM4.0の地震データが翌日インターネット上からすべて消滅
 2015年06月02日

に書きましたが、なかなか興味深い出来事ですので、よろしければお読みいただければ幸いです。

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まあ・・・「何かいろいろと変な感じ」はあります。

雰囲気のことはともかく、先日の異常な深さでの強い地震は、おそらくは、日本列島の全体に何らかの力を加えたかもしれず、そして、シュタイナー曰く「地質的に頂点である日本」の影響は、全世界に及ぶ可能性も考えてしまうというような感じです。

今日も、

「ウオーキングなんてやってる場合じゃないかな」

と、ウォーキングをしながら考えていたのですが、明日も歩きます。
そして、飲んで食べて寝ます(日常かよ)。




シュタイナーが語る「弥勒の世界の到来」

上のほうで、シュタイナーが自然災害と人間社会、そして、「地球の未来」についての講演を収録した『天地の未来』が、とんでもない価格になっていて、入手が難しくなっていると書きましたが、この本の最後のほうのセクションに、

弥勒の世界の到来

というセクションがあります。

今回はそこをご紹介させていただこうかと思います。
このセクションはこのような時代に読んでおきたいセクションだと思うからです。

タイトルには「弥勒」とありますが、シュタイナーはドイツ語で講演をしていたと思いますので、マイトレーヤ( Maitreya )というように言っていたように思うのですが、Wikipedia には、シュタイナーの提唱する神智学でのマイトレーヤの意味が載っています。


マイトレーヤ (神智学) - Wikipedia

マイトレーヤと言う名は彼の師が与えた名であり、「幸いなる者」や「喜びと幸せをもたらす者」を意味する。

彼は日本において弥勒菩薩、仏教においてマイトレーヤというブッダ、キリスト教においてキリスト、ユダヤ教においてメシア、ヒンドゥー教においてカルキというアヴァターラ、イスラム教においてマフディーというイマームとして知られている。



シュタイナーはこの講演で、仏陀とかキリストなどの名前を出しますが、上ような意味であり、宗教的な意味での仏陀とかキリスト、という意味ではないようです。

このセクションは、最初は、仏陀の話から始まります。

最近の記事の、

日本も含めて「これは壮大なディストピア社会化実験」の進行中なんじゃないかと思いつつ、それもまた仏陀の言う幻想かもしれないし
 2015年05月31日

に書きました、お釈迦様の悟りの認識、つまり、

世界は幻影である。
世界は現実のものである、とは考察できない。
世界を現実のものと思うのは、大きな幻想である。
人間は元素の領域からの解放に向けて努力しなければならない。
そうすると、もはや名前も事物もない領域、涅槃にいたる。
そこで、人間は初めて幻想から解放される。

を述べた後に、シュタイナーは西洋での精神科学、つまり「キリスト」の話に移行していきます。

今回は、この「弥勒の世界の到来」の最終章「エーテル視力」と題されたセクションを抜粋しようと思います。

少し長い抜粋となるかもしれませんが、ご紹介します。

なお、文中で気にするところとしましては、

> いま人間は、キリストを見ることを学ぶべきです。

というようにあり、シュタイナーは「キリストを学ぶ」と言っているのではなく、

「キリストを見ること」を学ぶ

と言っている複雑な部分に注意したいと思いました。

また、やはり文中に、

> 「私ではなく、私のなかのキリスト」と言うことのできる人々が、植物の力を組み合わせることができるようになるでしょう。

とあり、これはイメージとして難しいですが、過去記事、

1785年の「薔薇十字の秘密のシンボル」の冒頭に出てくる数字
 2012年03月09日

などでご紹介したことがある 1758年に発行された『薔薇十字の秘密のシンボル』( Geheime Figuren der Rosenkreuzer )の中にある下のイラストのイメージでとらえると、何となく雰囲気だけでも掴めるような気もしないでもないような。

『薔薇十字の秘密のシンボル』より
christ-001.jpg


gott-001.gif


この『薔薇十字の秘密のシンボル』は、米国ウィスコンシン大学が所蔵していますが、下のリンクから、ドイツ語サイトですが、どなたでもダウンロードできます。

Die geheimen Figuren der Rosenkreuzer

このページの一番下の Weblinks からダウンロードできます。

ros-7.gif


なお、この講演の中で、シュタイナーは希望的なことだけを言っているわけではありません。

講演は、人類がなすべきこと(進化)をなさなかった場合は、

> 地球は唯物論のなかに沈没し、人類は大きな災害ののちに、この地上で、あるいは次の惑星ですべてを新たに始めねばならないでしょう。

で締めくくられています。

このシュタイナーの講演から 110年が経ちますが、人類は進化できていますでしょうか。

それでは、ここからです。



『天地の未来』 弥勒の世界の到来 より

エーテル視力

キリストは絶えず私たちの周囲にいる、と言われてきました。「私は世界の終わりまで、いつも君たちとともにいる」と、キリストは言っています。いま人間は、キリストを見ることを学ぶべきです。

そして、私たちが見えるものは真実ある、と信じるのです。このようなことが 20世紀中に始まり、これから2千年のあいだに多くのの人びとがこのような体験をするでしょう。

たとえば、「私たちは地球をどう見るか」と問いましょう。科学は地球を、カント=ラプラス理論(注/1755年に発表された「太陽系の生成」などについての「星雲説」と呼ばれる説)などによって、機械的・物理的・化学的に叙述しています。

いま、私たちはこの領域で見解の転換を迎えようとしています。地球は単に鉱物的な力ではなく、植物的な力、つまりエーテル的な力に由来するという見解が登場するでしょう。

植物は地球を中心に向け、上部は太陽と関係しています。この力が、地球を地球たらしめています。重力は二次的なものです。

石炭がかつて植物であったように、植物は鉱物以前に存在していました。この事実はまもなく発見されるでしょう。

植物が地球に形態と実体を与えています。その実体から鉱物的な地面が発生します。この教えは、ゲーテの植物形態学に端を発します。しかし、彼の教えは理解されませんでした。

人間は次第にエーテルを見るようになっていきます。エーテルは植物に特有のものです。植物界の成長力を、人間は自分のうちに受け取るようになるでしょう。そうすると、いまキリストを見ることを妨げている力から人間は解放されます。精神科学は、そのために協力します。

しかし、物質からエーテルへの上昇は人間の内面と関係しないと思っている限り、このようなことは不可能です。

実験室では、人間が道徳的に高いか低いかは、どちらでもいいことです。しかし、エーテル力を扱うときは、そうではありません。道徳的な要素が、製造品のなかに入っていきます。人間がいまのままにとどまっていると、この能力を発展させるのは不可能です。まず、実験台が祭壇にならねばなりません。

ゲーテは子どものころ、自然の産物で集めて作った小さな祭壇の上に置いた香蝋燭に集光レンズを使って日の出の光で点火しました。

まもなく、「私ではなく、私のなかのキリスト」と言うことのできる人々が、植物の力を組み合わせることができるようになるでしょう。いま人々は、鉱物的な力を組み合わせています。

人間の内部は、外界と相互作用をします。外的なものは、私たちの目が澄んでいるか濁っているかによって、姿を変えます。

20世紀のうちに、そしてこれから2千年後のあいだに、人々はキリストのエーテル形姿を見るにいたるでしょう。人々はエーテル地球を見るようになるでしょう。エーテル地球から植物界は生じました。

人間の善良な内面とは異なった影響を周囲におよぼすということも、人々は認識するでしょう。このエーテル的な科学を司るのは、およそ3千年後に下生して成仏する弥勒菩薩です。

弥勒という名は、「善良な志操の仏」という意味です。弥勒仏は人間に、善良な志操の意味を明らかにします。そうして、人間は自分がどの方向に行くべきかを知るべきでしょう。

抽象的な理想の代わりに、前進する進化に相応する具体的な理想が現れるでしょう。

そのようなことが達成されなかったら、地球は唯物論のなかに沈没し、人類は大きな災害ののちに、この地上で、あるいは次の惑星ですべてを新たに始めねばならないでしょう。

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